7.魔王設定はないはず
何で? どうして? 何がどうなってこうなった!?
あ! まさか毒を飲ませようとしてるとか!?
慌てて唇をぎゅっとして、ダミアンをぐいっと押しのける。
唇に有毒なものが付いているかもしれないから、急いで洗い流さないと!
なのに、動けない。
正確には出られない。
いつの間にか壁を背に、ダミアンの両手で閉じ込められてる!
これはいわゆる壁ドン!
違う!
何だ、これは。ええっと……なんて言うんだっけ?
落ち着くんだ、私。
ひとまず、緊急処置としてハンカチで唇を拭いとこう。
「……それはあまりに酷くないかな?」
「酷いのはダミアン様です! 何てことするんですか!?」
「キスだけど?」
「だからどうしてそんなことを!?」
やっぱり、あれはキスだったの!?
って、つい唇舐めちゃった。
でもダミアンも普通にしゃべってるし、たぶん毒を盛ろうとしたわけではなさそう。
まだ腕の中に閉じ込められたままで、間近にダミアンの顔があるけど怯むもんか。
「どうしてって、レティシアが誘ってきたから?」
「はあ!? 誘ってなんていませんけど!」
「こんな人気のない場所まで来て目を閉じたんだから、誘われてるって思うよ?」
「おっ、おお思わないでください! それに私たちは――っ」
「うん。私たちは?」
「……その、ただの婚約者ですし……」
「ただの婚約者じゃない婚約者って何?」
「それは……ちゃんと好き合っている婚約者なら……」
「そっか……」
ダミアンは納得したように呟いたけど、全然動こうとしない。
こういう場合、屈んで下から出ればいいのでは?
ナイスアイデア、私。
思いついたら、即実行!
えいやって屈んで、ささっと出ようとしたのに、ダミアンまで屈んで座ったまま腕の中。
また閉じ込められたよ!
「あの、そろそろ行かないと、お昼休みが終わってしまいますよ?」
「そうだね」
「昼食をとらなくては……午後も授業がありますし……」
「食事を一回抜いたくらいで死にはしないし、授業もサボれば問題ないよ」
「いえ、それは……」
神様、確かにご飯の一回や二回抜いてもいいって思いましたけど、こんな状況は嫌です。
午後からの授業もサボれるならサボりたいけど、やっぱりこんな状況は嫌です。
「さっき言ったよね?」
「な、何をでしょう?」
「好きな相手の心を手に入れられないのなら、体だけでも手に入れるって」
「あ、ああ! おっしゃってましたね! はは……」
それとこの状況と何の関係が?
まさかうっかり犯罪計画を話してしまった私を消そうとしているとか?
私が気づかなかっただけで、ヒロインはもうみんなの前に姿を見せているの?
「け、消すなら、私の記憶を消します! 私は何も聞いてませんから! ダミアン様のことも忘れます!」
「ほんと、レティシアって面白いよね」
今、この状況で「おもしれー女」もいらんのです!
いや、そう思うならもう解放してください!
「たとえ、今はただの婚約者でも、僕はレティシアのことが好きだから、あとはレティシアが僕を好きになれば、ちゃんと好き合っている婚約者になれるね?」
「……へ?」
「このまま監禁してしまえばいいよね? 忠告はしたんだから」
ちょっと何を言ってるかわかんないです。
ただヤバイ状況なのはわかりました。
うん、やっぱりダミアンはヤバイ。
このままでは、私は監禁されて消されてしまうのでは?
そうか。それでゲームにレティシアの存在がなかったんだ。
でも実際にはこうして生きているわけで。
「ま、まだ早いです! わ、私たちは婚約したばかりですし、まずは健全なお付き合いから始めるべきではないでしょうか!」
って、何を言ってるんだ。
もっと他に説得の方法があっただろうに。
「確かに、レティシアの言うことも一理あるね」
一理どころか真理だよ!
でもひとまずは了承してくれたってことだよね。
「それではさっそく始めようか」
「……始める?」
「健全なお付き合いだよ」
「はあ……」
「そうだな。昼食を食べ損ねてしまったから、一緒に早退して我が家で食事にしよう」
「早退!? いえ、でも――っ」
「サボるんじゃなくて、ちゃんと届けて早退するから健全だよね?」
いやいやいや。何か違うって。
色々何か違う気がする。
それでも、虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うし、アクセル様のために頑張ろう!
そう強く決意してたら、悪い笑みを浮かべたままのダミアンの背後でまた稲光が。
おかしいな。ダミアンが魔王だったって設定はなかったよね?
とにかく、昼食に毒を盛られることはまだないはず。
となれば、健全な婚約者の立場を利用して悪事の証拠を掴むぞ!
まずはダミアンのお家へ行って……って、王宮だよね?
気軽にランチに行ってもいいの?
うん、そこは気にしたら負け。
今日は疲れたからこのまま流されよう。
というわけで、頑張るのは明日から!