44.格差世界
「あ、ごめん。邪魔をしたかな?」
「いや、大丈夫だ。エルマン、アントニー、二人に任せて悪かったね」
「書庫は狭いから、二人で十分だよ」
エルマンお兄様が申し訳なさそうに言うと、ダミアンがにっこり微笑んで答えた。
アントニーは黙ってぺこりと頭を小さく下げる。
まさかこんなに存在感のないアントニーが隣のレクザン王国の王子様だとは思えないよね。……まだ確定ではないけど。
「ありがとう、エルマン、アントニー。それで、誰が……何代前の生徒会が『格差是正』の方針を打ち出したんだ?」
「それが驚きなんだけど、現魔術師長であるマードイ侯爵の弟君なんだよ」
「魔術師長? ということは……十一代前か」
「おいおい。マジか」
「ここでカリナ嬢の叔父君の名が出てくるなんてね」
アクセル様の問いに、エルマンお兄様はもったいぶることもなく、答えてくれた。
それがもうびっくりなんてものじゃないんだけど。
私の言いたいこと以上にアクセル様とジャン、ダミアンが言ってくれたから、私は余計な口を挟まず再び沈黙。
カリナ様の叔父様は、魔力の強さを誇るマードイ侯爵家の名に恥じないほどの実力を持っていらっしゃる。
だから、お父君の先代侯爵であり前魔術師長の後を継がれるのにも、反対はほとんどなかったらしい。
そんな方が十一代前の生徒会長だったことに驚きはないけれど、防音魔法を施し、後の生徒会の基本方針となる『生徒間の格差是正』を打ち出したの?
それって、まさか……。いえ、そんなことはないよね?
実は現魔術師長が魔王復活を望んでいて、姪であるカリナ様を毒殺したなんて。
だけど、魔術師長なら『プラドネル王国編年史』を、〝予言〟を知っているのは当然で。
「何? 『格差是正』の方針を最初に打ち出したのが、魔術師長の代の生徒会っていうのが、そんなに問題なの?」
「いや、実は先ほどレティシア嬢の疑問からダミアンが調べてわかったことなんだが、この生徒会室に防音魔法を初めて施したのも十一代前の生徒会長であることがわかったんだ」
アクセル様やジャンの驚き様に、お兄様もアントニーも不思議に思ったみたいだけど、それは当然だよね。
レティシアがそうだったように、貴族の子息は幼い頃から奉仕精神は教えられるものだし(それを身に着けるかどうかは別として)、生徒会として『格差是正』を打ち出すこともそこまでおかしなことではないのかもしれない。
ただ、代々受け継がれているという『防音魔法で力試し』も同じ十一代前の生徒会から始まったとなると、偶然というには不自然だよね。たぶん。
しかもそれが『プラドネル王国編年史』の存在を知る魔術師長なんだもん。
やだ、私ってばとんでもない真実を突きとめてしまった!?
なんてドキワクしていたら、ダミアンがいつもとは全然違う深刻な声でさらなる驚きの事実を告げた。
「確かに十一代前の生徒会長はカリナ嬢の叔父君である魔術師長ではあるが、この生徒会室の防音魔法を施した最初の人物は彼の方ではなく、アドソン先生だ」
「は?」
「どういうことだ?」
「それは間違いないのか?」
「ああ、アドソン先生の魔法展開は独特だからな。普段は一般的な魔法に擬態させて使用しているようだが、十一年前のこの魔法は自己主張が強く、かなりわかりやすい」
「単に、防音魔法をアドソン先生が担当しただけではないのか?」
「そうかもしれないが……。魔術師長よりもアドソン先生のほうが魔術師としての実力は上だからな」
アドソン先生? ダミアンからその名前を聞いて、動悸が激しくなる。
そのせいで、みんなの会話をきちんと理解することができない。
頑張れ、私。
「全部偶然ということはないのか?」
「発言してもよろしいでしょうか?」
「ああ、かまわない」
これはアクセル様の怪訝な表情にときめいての動悸じゃないよね?
ぼんやりとした頭でそんなことを考えながら、手を挙げて発言の許可を得るアントニーを見た。
アントニーは書庫から持ち出した議事録らしき本を開いて皆に示す。
「この議事録を追うと、生徒会の方針である『生徒間の格差是正』……当時は『生徒間の差別意識改革』となっておりますが、それを提案したのはどうやらアドソン先生……副会長です」
「アドソン先生は副会長だったのか……」
「先生は子爵家出身だったよな?」
アントニーの言葉に反応したのはジャンで、続いて発言したのはお兄様。
その言葉をアクセル様が補足される。
「正確には、先代子爵の庶子だ。しかし、魔力の高さを認められて幼いときに正式に子爵家に養子に迎えられたんだ」
「さすが、アクセル。詳しいな」
「この国の重要人物については、ある程度頭に入れている」
ある程度ではなく、全部ですよね。
アクセル様もダミアンも、一度見たものは忘れない能力を持っているから、貴族名鑑とか全部覚えていそうだし、学園の教師についても平民出身でも絶対に身辺調査はしているだろうから詳しいのも当然。
むしろ、全生徒のことまで知っていそう。というか、知っているんだろうな。
「アクセルの言う通りの生い立ちなら、当時のアドソン先生が『生徒間の差別意識改革』を提唱するのもわかる気がするな」
「そんな単純なものでもないかもしれない」
「ダミアン?」
「先ほども言ったように、実力では現魔術師長よりも上なんだ。だが、生徒会では副会長に甘んじた。それはまだ我慢できたかもしれないが、魔術師長の座に関してはどう思う?」
「今のアドソン先生の立場は……」
「単なる魔術塔の魔術師だ。役職も何もない」
「魔術師長より実力があるのにか?」
「それが政治だろ」
ジャンの発言に答えるダミアンはいつもより口調が荒くて、室内の空気が張り詰めていく。
それだけ、何かまずいことが起こっているってエルマンもアントニーもジャンさえもわかるんだ。
でも私はそれどころじゃないっていうか、こみ上げてくる恐怖に震えを抑えられそうにない。
これはダミアンが怖いからじゃない。この恐怖は――。
「レティシア、大丈夫か? 顔が真っ青だよ? 僕の言い方が乱暴すぎたかな?」
私の異変に一番に気づいたのはダミアンで、いつもより優しい口調になって問いかけてくる。
私の顔を覗き込むその顔は本当に心配そうで、あまりにダミアンらしくなくて笑いそうになってしまった。
「あの……」
だけど、出てきたのは笑い声じゃなくて涙声。
ぶるぶる震える手をダミアンの温かく大きな手が包んでくれる。
こんなときに優しくするのは卑怯だよ。
魔王相手に好きになってしまいそう。
違う。今はそんなことを考えている場合じゃない。
この件に関してだけは、ダミアンは味方だと信じたい。
涙でぼやけるダミアンを見つめてそう思ったのは、やっぱり絆されてしまったのかな。
「ダミアン様……」
「うん?」
「私……」
怖い。これは口にしてはいけないこと。
なぜかそう頭に刻み込まれていて、言葉にできそうにない。
だから私はダミアンから視線を逸らして、アントニーからジャン、お兄様へと目を向けた。
そして、アクセル様の険しい表情――心から私を心配してくれているからこその超レアな表情を目にして、晴乃の心を取り戻す。
そう。これはレティシアでは言えないことだけど、晴乃である私なら口にできる。
再びダミアンへ視線を戻して、本気で心配するレアな表情をまっすぐに見つめた。
「私は、……レティシア・カラベッタは、アドソン先生に魔法で暗示をかけられています。きっと、ノーブ先輩も……」
言った。言ってしまった。
そう思った瞬間、私は意識を失ってしまった。




