40.方針
「ノーブ辺境伯令嬢たちを排除するというのは、さすがに行き過ぎだとは思うが、彼女たちに問題があるのは確かだ。やはり生徒会でも何らかの対処が必要ではないかと思うが、彼女たちの標的がレティシア嬢となると、なかなか難しいな」
ジャンの言葉を誰か否定してとは思ってだけど、さすがアクセル様。
まあ、「排除」ってお言葉もずいぶん過激ではありますが、おっしゃっていることはわかります。
私は生徒会の一員であり、ダミアンの婚約者でもあるので、身内に甘いと思われないような対策が必要なんですね。
「だから、そんな回りくどいことを考えなくてもいいんじゃないか? 彼女たちは問題行動を起こしたんだから、処分が下されてもみんな納得するだろ」
「ジャン、何度も言うが僕たちは恐怖政治をしたいわけじゃないんだよ。今は生徒会という学園内の小さな世界ではあるけれど、アクセルは将来国王となる。今回の動き次第では、弾圧と取られかねない」
「だけど、彼女たちが学園内の規律を乱したのは確かだよね。それを放置しておくのも、未来の国王陛下は弱腰だと取られかねない」
強硬派のジャンをダミアンが窘めるけど、エルマンお兄様の主張も正しいんだよね。
『独裁と革命』は紙一重でもあるけれど、舐められたら負けなのも確か。
「だが、この学園は身分に囚われず学ぶことを第一としている。そのため、生徒会でも長年の間、生徒間の見えない格差を是正しようと動いているのだから、今回のことで安易な解決策に飛びつくと、その根幹を揺るがすことになる」
「アクセルの言うことはもっともだけど、今回は辺境伯令嬢と侯爵令嬢として、表面上の身分差はない。だとしたら、処分とまではいかなくても、公に彼女たちに注意することは可能じゃないかな」
そうか。結局は、初めての顔合わせのときに話題になった生徒間の差別意識問題がアクセル様たちの頭を悩ませているんだ。
でもなあ。それもなあ、私のもやもやの原因の一つなんだよね。
「レティシアはずいぶん考え込んでいるようだけれど、何か意見があるのかな?」
「そうだぞ、レティシア。お前としては、ノーブ辺境伯令嬢たちのことはどう思っているんだ?」
「それは……」
まだ、もやもやを明確に表すことはできないのに、ダミアンに話を振られてしまって困るんですけど。
しかも、お兄様はようやく私の存在を思い出したみたいだし。うん、当事者は私だからね。
「レティシア嬢、意見があるなら遠慮せず言ってくれ」
うう。アクセル様に促されて何もないなんて言えるわけがない。
でも私の意見はアクセル様のお言葉を根本からひっくり返してしまう気がする。
「レティシア、自分の意見を言うことも大切だよ」
ダミアンは黙っとれ!
だけどアクセル様だけじゃなく、ジャンやお兄様、アントニーからまで注目されて、何もないとは情けなくて言えない。
ええい。頑張れ、私。
「それでは、あの……非常に生意気な意見かもしれませんが……」
「前置きも予防もいらないよ」
ダミアンは黙っとれ!(二回目)
他のみんなは私を励まそうとしたダミアンの言葉だと受け止めたみたいだけど、嫌みなことはちゃんとわかってるから。
負けるもんか。
「その、そもそも大前提として、生徒会の長年の課題である『生徒間の格差是正』が間違っているのではないでしょうか?」
「へえ?」
「なかなかおもしろい意見だな。レティシア嬢、続けてくれ」
「はい」
ダミアンの相槌は無視して、アクセル様のご尊顔を眩しいけど見つめて頷く。
うん。これで私の寿命は五年延びた。ダミアンを無視したことで寿命が五年縮んだかもだけど。
「実は、学園則を読み直してみたのです。確かにこの魔法学園には『己の立場の如何にせよ、学ぶことを第一に尊ぶこととする』とありました。これが先ほどアクセル様がおっしゃったように『身分に囚われず学ぶことを第一とする』と皆に浸透しているのは間違いありません。ただ、学園則のどこにも身分格差是正については触れられていませんでした。それも当然だと思います。以前も申しましたように、この学園は社会へ出る前段階であり、卒業後は否応なく身分に囚われることになるのですから。とはいえ、社会に出ても忌憚ない意見を述べることのできる環境は大切だと思います。ただし、それは己の立場を弁えたうえでのやり取りであるべきなのです。それを学ぶのもまた、この学園での役割なのではないでしょうか?」
「確かに、レティシア嬢の主張ももっともだな」
「もっともどころか、的確だよ。僕たちは今まで思い違いをしていたようだ」
上手くまとめられす、長々と話してしまったけれど、アクセル様は理解してくださったみたい。
ダミアンにいたっては、全肯定してくれて逆に怖いんだけど。
「レティシアがそのように考えていたなんて驚きだよ。私は兄として誇らしくもあり、自分の未熟さが残念でもある」
「なあ、結局どういうことだ?」
エルマンお兄様まで褒めてくださって身の置き場がなくなりそうだったけど、ジャンのいつもと変わらない明るい声に救われる。
うん。DV思考はどうにかしてほしいけど、その単純さ……実直さは失わないでほしい。
アントニーは相変わらず黙ったまま、書記に徹しているから何を考えているのかはよくわからない。
「要するに、学ぶことに対しては誰でも平等だけど、実社会では平等ではないのだから、学園内での格差是正を実現させても害悪でしかないってことだよ」
「いえ、そこまでは言っておりません」
やめて、お兄様。
私の意見を要約してくれるのはありがたいけれど、過激発言は控えてほしい。
ダミアンは楽しそうに笑ってるけど、何もおかしくないからね。
だって、アクセル様がとっても不本意そうなお顔をされているんだもの。
由々しき事態だよ。
「長年、生徒会が目標としていた生徒間の格差是正について、改める必要があるな」
「そうだね。今まではその目標を柱としていた代もあるくらいだから、簡単に今季は方針転換しますとするなら、皆に納得させるだけの別の方針を示さなければ、僕たちの立ち位置が揺らぐね」
「せめてアクセルが王太子でなければよかったんだけど」
「んなの、面倒くせえからわざわざ方針転換しましたなんて報告する必要ないんじゃね?」
「そういうわけにはいかない」
そっか。どこの組織でも毎年基本方針だの目標だのは出さないとダメだもんね。
今まで生徒会活動に興味がなかったからレティシアはスルーしてたけど、きっと何かしらの活動報告書のようなものはあったんだ。
だからこそ議事録も必要になってくるのか。
ただ生徒総会のようなものはなかったのは間違いない。
まあ、ほとんどの人が自分の生活に直接目に見えて関わってこない限りは、政治だなんだっていうのは面倒で興味を持たないだろうからね。
そう考えると、ジャンの言うように適当でいいような気もするけど、アクセル様がダメだというならダメです。はい。
「じゃあさ、言い出しっぺのレティシア嬢は何かいい案がないか?」
「え……」
だから私は単なる庶務だとあれほど。
おのれ、ジャンめ。「言い出しっぺ」とか、その精悍な顔つきで言ったって許さないんだから。




