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39.危険分子


「……ありがとうございました」

「何が?」

「助けに入っていただいたことです」

「ああ、あれね。まあ、一緒に昼食をとれるいい理由になったから、僕としては嬉しいかな」

「わあ……。そうおっしゃっていただけて、嬉しいです」

「その顔、全然嬉しそうじゃないよ」

「わざとです」


 お礼を言ったのに、またからかうような返事をしてきたから、顔をしかめて答えた。

 すると、ダミアンは指摘しながらも楽しそうに笑う。

 それだけで『微笑みの貴公子』にみんなが注目して、黄色い歓声も上がった。

 人気者はつらいねえ。

 食堂に入っても注目は続き、ダミアンを前にしているだけじゃなくて、みんなの視線までを浴びてしまって食欲減退だよ。

 ダイエットにはもってこいのダミアンだね。


 幸いにして注目されているからか、ダミアンは特に何か嫌みを言ってくるでもなくて、思っていたよりはご飯を食べられた。

 まあ、さっきの出来事についてこの中で話をできるわけもないか。

 おかげさまで午後はお腹が鳴ることもなく無事に乗り切ることはできたけれど、どうにも釈然としないものがあって授業に集中することはできなかった。

 ずっと感じているもやもやが形になりそうなんだよね。


 それで休憩時間に教室の小さな本棚に並べられた本の中から、とある一冊を取り出した。

 次の授業はアドソン先生だから、見逃してもらえるかはわからないけれど、緊張しつつ目的のページを探していたら、始業の鐘が鳴る。

 だけど、アドソン先生は入ってこなくて、代わりに別の先生が自習を告げた。

 ラッキー。

 どうやらアドソン先生は急用が入ってしまったらしい。


 アドソン先生は魔術師としてかなりの実力者で、本来なら教師をしている時間はないような方なんだよね。

 それなのに、未来ある学生を教え導くことで可能性を広げられるならと、臨時講師として教鞭をとってくれてる。

 おかげで、卒業生の魔術塔への就職率(といっていいのかわからないけど)が上がったんだって。

 というわけで、アドソン先生の授業は臨時休講になることがたまにある。


「――今配ったプリントは全部で三枚あるが、確認してくれたまえ」


 休講を知らせにきた先生がプリントを配布して言うから見たら、印字されていないことに気づいて手を挙げる。

 どうやら私たちの列の後ろの三人が同じように白紙のプリントだったみたい。


「すまんすまん」


 代理の先生はそう謝りながら私を含めた三人にわざわざ直接新しいプリントを持ってきてくれたけれど、それが終わると出ていってしまった。

 ということは、監視のない自習ってことで、みんなが浮かれてあれこれ別のことを始める。

 わかるわ、その気持ち。

 プリントの提出は次の授業のときでいいらしいから、おしゃべりする子、真面目に勉強する子とそれぞれいて、私はちょうど持ち出した分厚い本を心置きなく読むことができた。


 終業の鐘が鳴ると、ダミアンが迎えにきて、クラスの子たちが浮足立つ。

 お昼休憩でも現れたのに、レア度は変わらないのかな。

 まあ、私もアクセル様だったら何度でもお会いしたいから、気持ちはわからないでもない。


「アドソン先生の授業は休講?」

「はい。急用ができたそうで……って、よくご存じですね」


 また忍者からの報告かな。

 ということは、課題もせずに私が読んでいたものが何かはわかっているのかも。

 だけど、そのことに触れることもなく、生徒会室に到着。

 どうしよう。ダミアンが普通で怖い。

 嫌みの一つも言ってこないなんて、調子が悪いのかな。

 ちらりと視線を向けると、いつもの微笑みを浮かべて見返してきた。

 うん。特に問題はなさそう。

 それよりも、今日もまたアクセル様に拝謁できる幸運に感謝しないと。


「――揃ったね。では、今年度の生徒会としての目標を改めて立てようか」


 私たちが生徒会室に入ると、もうすでにアクセル様もジャンたちもいて、礼儀正しく立ち上がって迎えてくれた。

 また謝罪しつつ昨日と同じ席に腰を下ろすと、アクセル様が凛々しくも麗しいお声を発せられる。

 ああ、幸せ。……なのはいいんだけど、私はいったい何をすればいいんだろう。

 議事録はジャンとアントニーが担当しているし、まだ活動内容が正式に決まっていない今は、庶務として特にすることがないんだよね。

 手持ち無沙汰になりつつも、今度はアクセル様のお声に気を取られてしまわないよう、話し合いの内容をしっかり聞く。

 だから、今日は大丈夫だと思っていたのに、まさか話題を振られるとは思っていなくてびっくり。


「――レティシア嬢、今日の昼休憩でノーブ辺境伯令嬢たちに声をかけられたそうだな?」

「はい!」


 アクセル様に声をかけられて驚きと喜びで返事が元気よすぎた。

 隣でダミアンが笑いを堪える気配がするけど、別に我慢しなくてもいいのに。


「だが、彼女たちの要求を断ったと聞いたが、その理由は?」

「それは……ノーブ先輩たちには、先週も――ダミアン様と婚約したことで、不興を買ったようで多勢に無勢で囲まれてしまったんです。幸い、そのときはダミアン様がいらっしゃってくださり事なきを得ましたが、今日も先輩たちに従ったとして、無事でいられるのかわからず、少し時間がほしいという要求をお断りさせていただきました」

「なるほど……。わかった。ありがとう、レティシア嬢」

「いえ……」

「ダミアン、先週の話は聞いていないが?」


 アクセル様はいつも通りに話されているのに、口調が淡々とされているからか、責められている気がしてしまってちょっと怖かった。

 だけど、やっぱり怒っていたわけではなくて、ちゃんと説明したらわかってくれてほっと一安心。

 ただし、ダミアンに対してはちょっと苛立っているみたい。

 苛立つアクセル様を拝見できるなんて、ダミアンに感謝。


「すべてを報告する必要はないだろう? ノーブ辺境伯令嬢たちについては、僕とレティシアで解決すべき問題だと思っていたからだ。しかし、今日のように教室にまで押しかけて皆の前でレティシアに対して無礼な態度を取ったことは許されるべきではない。だから、アクセルにも報告した。ただ、先週のことは頭から抜けていたんだ。それについては、すまない」


 はい、言い訳。長々説明しているけど、今のは最後の二文くらいでよかったよね。

 ダミアンらしくないなと思ってたら、エルマンお兄様が顔をしかめて私を見る。


「レティシア、ダミアンと二人の問題とはいえ、私には教えてくれてもよかったんじゃないか?」

「お兄様とお話する時間がありませんでしたから」


 ダミアンのせいで。――と言わなかった私、偉い。

 何となく微妙な空気になってしまった生徒会室に、ジャンの明るい笑い声が響く。


「言葉足らずは否めないが、みんなレティシア嬢のことを心配しているんだ。今後はレティシア嬢に危険がないよう、情報共有をしっかりしていけばいいだろう」


 ジャンのおかげで、部屋の空気も緩んだ。

 ありがとう、ジャン。DV野郎とか思ってごめんね。


「まあ、とにかくノーブ辺境伯令嬢たちは危険分子として、取り除いたほうがいいな。どうする? 拳で話をつけるわけにはいかないから、エルマン得意の裏工作でいくか」


 うん。前言撤回。

 危険分子はジャンだよ。お兄様も頷かないで。

 お願いだから、ジャンの提案を誰か否定して。




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