38.お昼休み
王宮に馬車が到着すると、従僕がおそるおそるといった様子で扉を開けてくれた。
今日は別に目を逸らす必要はないからね。何もしていないから。
こんな恥ずかしい思いをするのもダミアンのせいなのに、当人は未だに笑いを堪えて肩を揺らしているから、従僕はまた目を丸くしているよ。
本来なら胸キュンするような誓いの言葉を私が断ったからか、それからダミアンはずっと笑ってる。
防音魔法が施してあってよかったよ。しばらくは声を出して笑っていたんだから。
ダミアンがあんなに笑うなんてびっくりだけど、もう少々のことでは私も驚かないんだから。
それからはここ最近の習慣になってしまった、部屋までダミアンに送ってもらって別れる。
クレールに迎えてもらって着替えて、課題をして、晩御飯を食べて、お風呂に入って、寝る用意して……なんて、本当に日常生活が戻った感じ。
だけどずうっともやもやは晴れないのは、何なんだろう。
そりゃ、ダミアンに犯人について秘密にされていることには腹立つけれど、納得もしているし、カリナ様のこともやっぱり暗殺なんだろうなってわかっている。
犯人だか内通者はまず間違いなく、魔術師の中の誰かだと思う。
それ以外に考えられる人物はいないもん。
国王陛下、アクセル様は当然ないとして、宰相であるお父様がまさか……なんてこともないはず。
一番怪しいのはダミアンでもあったんだけど、ゲームのシナリオにこだわりすぎていては目の前のものも見逃してしまうから気をつけないと。
(あ~やだな~。ただの乙女ゲームだったはずなのに、いつの間に謎解きが加わったんだか……)
この世界が『王子様♡』じゃないとしても、登場人物がここまで酷似していると切り離しては考えられない。
単にこれは私が見ている夢である可能性もあるけれど、たとえ目が覚めてすべてがなかったことにでもならない限りは全力でアクセル様を守りたい。
ダミアンと私が結婚することがアクセル様の幸せに繋がるならそれでもいい。
ブラック企業の社畜として生きる屍と化していた私を救ってくれたのがアクセル様だから。
まあ、本当に屍に――死んじゃったかもしれないけど。
あれこれ考えているうちにいつの間にか眠ってしまったらしくて、次に目が覚めたときにはやっぱりレティシアとしての一日が始まった。
クレールに手伝ってもらって支度をして、朝食を食べて、もう一度身だしなみを整えて、馬車寄せでダミアンと合流する。
今朝は無難な話題――その日の授業予定とか、これからの生徒会活動についてとか。
「――それじゃあ、また放課後迎えにくるね」
「ありがとうございます。それではまたよろしくお願いいたします」
教室までダミアンに送ってもらって、昨日よりもさらに少し落ち着いた周囲の視線を感じながらもお礼を言って別れる。
ダミアンと婚約してからの怒涛の日々も、ようやく落ち着いてきたと思ったのに。
「レティシアさん、少しよろしいかしら?」
まさか昼休みにノーブ辺境伯令嬢である先輩たちがやってくるとは思っていなかったよ。
ダミアンに忠告されたのに、再び挑んでくるその心意気よし!
でも、面倒くさいから無理。
「申し訳ありませんが、少しでよろしいのなら、今ここでおっしゃっていただけませんか?」
「なっ、何を……」
「それとも、皆の前では言えないようなことなのでしょうか? でしたら、このような昼休みではなく、時間調整をいたしますので、改めてお知らせください」
皆の前で恥をかかせてノーブ先輩にケンカを売っている自覚はある。
でもそれはお互い様だと思うんだよね。
今までの身分でなら同等の立場だったけれど、王弟殿下の婚約者となった私を呼び出すのは、目上の立場になった私に対して無礼だもん。
まあ、学園では身分関係なく平等にという精神でいくなら、先輩後輩関係にあるノーブ先輩のほうが立場は上なのかもしれない。
だけどそれは、先輩として模範的な行動を取ってこそじゃないかな。
だからこそ、ノーブ先輩の行動にもやもやする。
「あなた、先輩に盾突く気!?」
「そのようなつもりはございませんが、礼儀は守ってほしいとお願いしているのです」
「何ですって!?」
ここは素直に付いていって、罵詈雑言なりなんなり受けるのも、周囲を心配させて味方につけるにはいいのかもしれない。
でもそれでは、王弟殿下の婚約者として頼りない印象を与えてしまうと思うんだよね。
それに人前で先輩たちに囲まれるなんて、ゲームになかったからどう立ち回ればいいかなんてわからないよ。
そもそも男爵令嬢だったヒロインと王弟殿下の婚約者である侯爵令嬢の私では、すでに置かれた状況が違うから、正解もわからない。
だから居丈高にならず、だけど毅然としてお互いの立場を周囲に知らしめることが大切。
あと、ここでのこのこ付いていったら、ダミアンに危機感が足りないとかどうとか絶対責められるのは間違いないから。
「――レティシア、どうかしたのかい?」
「ダミアン様!?」
諸悪の根源であるダミアン登場。
きっと誰かがダミアンに知らせたんだろうね。それも善意のクラスメイトではなくて、忍者的な人だ。
お昼休みは私とダミアンが別行動していると思っていた(実際そうだけど)先輩たちは、突然のダミアン登場に焦っている。
まあ、ここで上手く収めるには神出鬼没のダミアンを利用させてもらおう。
「ダミアン様、わざわざお迎えいただき、申し訳ありません。きっとお約束のお時間を過ぎてしまったので、ご心配をおかけしてしまったのですね?」
「約束……」
もちろんダミアンと約束なんてしていないけれど、私が先輩たちに改めて出直せって言った理由ができてよかった。
ノーブ先輩たちは予想外の事態に呆然としてしまってて、ダミアンは当然説明する必要もなく話を合わせてくれる。
「うん、でも急な用事が入ってしまったのかな? 何かあったわけでないなら安心したよ」
「ありがとうございます。ノーブ先輩たちが何か私におっしゃりたいことがあるようなのです。申し訳ありませんが、少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
「い、いいえ! もう用件は終わりましたから!」
「そう? 急かしてしまったのでなければいいんだけど」
「ご心配には及びません! そ、それでは、ダミアン様、失礼いたします!」
前回と同じで、ノーブ先輩たちが尻尾を巻いて逃げていったのはいいけれど、そこは私にも挨拶があっていいんじゃないかな。
こっちは先輩たちのせいで、急きょダミアンと昼食をとることになったんだけど。
心配そうに見ていた友達たちに謝って、仕方なくダミアンと教室を出る。
はあ。お説教だかなんだか聞きながらのお昼ご飯はきっと喉を通らないんだろうな。




