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34.世界平和万歳


「おはよう、レティシア」

「おはようございます、ダミアン様」


 今日も朝から嘘くさい爽やかな笑顔でダミアンが迎えてくれた。

 この休日は妃教育だの何だのに時間を費やされてしまったけれど、それはまあいい。

 ダミアンと会うことは幸いにしてなかったから。

 だけどこうしてまた一週間が始まり、登校前から馬車内でダミアンと二人きりになると思うだけで、もう私は疲労困憊だよ。

 はあっとため息を吐いて、ダミアンの手を借り馬車に乗る。


「浴室だけでなく、非常時以外は姿を見ないように命じているから、安心していいよ」

「……安心できないことがよくわかりました」

「レティシアの侍女はとても優秀だね」

「お小言が多いですけどね」


 馬車が学園に向けて走り出して、しばらくしてからダミアンが口を開く。

 何のことかと少し考えて、一昨日のクレールとの会話に対する答えだと気づいた。

 やっぱりあの会話は聞かれていたみたいだし、もう隠す気もないみたい。

 私はしれっと答えたけれど、すごく動じているからね。

 こんなに堂々と盗聴している宣言されて、動揺しないはずがないよ。


「同じように自分たちの会話も盗み聞きされているかもしれないとは考えないのですか?」

「もちろん、その危険はあるから、絶対に聞かれたくない話をするときは、防音魔法をかけているよ」

「それって要するに、自分たちは密談しています、って宣言しているようなものですね」

「僕が言ったのは『絶対に聞かれたくない』だよ。それがたとえ壁だったとしてもってこと」

「……盗み聞きしようとする人がいたら、その(護衛)が排除してくれるということですか?」

「排除は最終手段かな」


 ダミアンはいつものにこにこ笑顔だけど、やっぱりこの顔が一番怖い気がする。

 壁って、せめて人間扱いしてあげて。

 目立つ護衛とは別に隠れた護衛―――忍者みたいな人たちがいるだろうことは予想していたけど。

 しかも、盗み聞きしようとする人を排除しないってことは、わざわざ聞かせるってこと。


「要するに、盗み聞きしようとしている人がいたら、まずは何かの合図でもあって、嘘の情報を教えたり、それが誰なのか探らせたりするんですね?」

「レティシアは賢いね」

「馬鹿にしています?」

「まさか。本当に感心しているんだよ」

「……そうですか」


 すごく残念なことに気づいてしまった。

 どうやら本当にダミアンには自覚ないんだって。

 自覚なく、自分以外みんな『馬鹿』って思っているから、無意識に相手を馬鹿にしたような発言をしてしまうんだろうね。

 ぶっちゃけ、それは事実だし、たいていの人はその通りだと思っているから、この嘘笑顔に気を取られて何も思わないんじゃないかな。

 でも、少なくとも自分が優秀だと思っている人たちにとっては、ダミアンの話し方は嫌みに聞こえるから反感を買う、と。

 って、別に私は自分を優秀だとは思ってないからね。

 単にダミアンの本性を知っているのと、それなりの会話をしているから気づいただけ。

 自惚れてません。はい。


「とにかく、ダミアン様とお話するときには、内緒話も気にせずできるってことですね?」

「内緒話をしてくれるのかい?」

「ダミアン様が望まれるなら」

「へえ? レティシアの内緒なら、ぜひ知りたいな」


 う~ん。やっぱり、この馬鹿にされている感。癖になりそうだけど、落ち着け私。

 内緒話っていうのは私の内緒じゃなくて、聖女の話をしたいだけだから。

 ダミアンの嫌みのような挑発のような発言は無視。


「聖女の出現が予言されていて、アクセル様たちに敵対する人たちの目的は聖女を手に入れたい、というよりも、魔王を復活させたいのでしょうか?」

「なぜそう思うんだ?」

「私が馬鹿だからです」

「……うん?」


 頭が良くて魔力も強く、魔術師として最強のダミアンも、同じように強力な力を持つアクセル様も、すべてを手にしすぎていると思うんだよね。

 そのうえ、持たざる者――手に入れられるほど近くにいるのに、手に入れられず、すべてを持つ者であるアクセル様やダミアンに馬鹿にされている人たちはどんな気分だろう。

 私も同じ馬鹿として――凡人なりに考えてみたら、彼らの目的が少しわかる気がしたから言ってみたんだけど。


「レティシア、どういう意味かな? 僕はレティシアのことを馬鹿だとは思っていないよ」

「それは認識の違いですね。でも今はそれが問題ではなくて、彼らの気持ちを考えてみたんです」

「彼らって、敵対する者たち――反逆者のこと?」

「はい」


 私はアクセル様が最推しで、その気持ちは絶対に変わらない。

 だけど、アクセル様に欠点がないとは言わない。

 それも含めて私はアクセル様尊しだし、心臓を捧げてもいい。

 とはいえ、客観的事実として、アクセル様もダミアンと同類なんだよね。


 生真面目すぎるがゆえに王国第一主義であって、自身を犠牲にすることさえも厭わないのはわかる。

 ただ、王国のためなら他人も犠牲になって当然と思っているところが窺えるし、ダミアンよりもその考えを隠そうとしていない。

 それでも周囲が好意的に見ているのは、『王太子』『成績・魔術師としても優秀』『誰にでも平等』ゆえの『清廉潔白』であって、まさしく『氷雪の王子様』なんだよ。


「王族の方々は優秀すぎるゆえに、他人の気持ちを思い遣る心が欠損するんでしょうか?」

「それは要するに?」

「擬態は上手くても、優しさがない。心がない。遺伝かもしれませんね」

「……否定はしないけれど、それでもレティシアはアクセルのことが好きなんだよね?」

「恋は理屈じゃありませんから」

「恋って言いきってしまうんだ」


 はい、失敗。言い方を間違えた。

 でも〝推し〟の概念を説明するのも面倒だし、ダミアン相手にはもう気を遣わなくてもいいよね?

 だって、これは政略結婚で私は囮なんだから。


「心配なさらなくても、人前ではちゃんと貞淑な婚約者を演じます。囮として立派に振る舞ってみせますから、ダミアン様も私の心がどうこうってお気になさらなくて大丈夫です」


 心まで手に入れたいとかどうとか言っていたけれど、それよりも囮として役に立つほうが大切だよね。

 征服欲よりも支配欲よりも、国家安寧。王家安泰。世界平和万歳。

 こういうときは、さっさと話を戻そう。


「というわけで私なりに、聖女を狙っている……というより、魔王復活を企んでいる人たちの気持ちを考えてみたんです」

「……まあ、言いたいことはたくさんあるけれど、ひとまず聞いてみようか」

「はい。簡単に言えば、国家転覆を狙っているんでしょうね」

「確かに魔王が復活すれば、この国は滅びに近づくだろう。でもそれは、この国だけの問題じゃない。この世界の問題――要するに、自分たちだって危ういことくらいは、彼らだってわかるだろう」

「さあ、どうでしょう」

「まさか、わかっていないとか言わないよね?」

「私がもし彼らの立場なら、可能性に賭けるんじゃないかって思うんです」

「可能性? まさか、魔王を操れるとでも?」

「操ることは不可能でも、交渉はできると考えているのでは?」

「それは馬鹿にもほどがある」

「ですよね」




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