31.囮捜査どんとこい
私の問いかけに、アクセル様はばつの悪そうな顔をされたけれど、ダミアンは意地の悪い笑みを浮かべたまま。
ああ、ムカつく。
だけどまあ、アクセル様の新しいご尊顔――ばつの悪そうなお顔を拝することができたし、一万歩譲って許そう。
はい、イケメン無罪。
ふうっと深くため息を吐いてから、気持ちを切り替える。
私がこの世界にやってきたのは、レティシアでは乗り越えられないからだと考えるのはどうだろう。
ん? それって……。
「レティシア、決して囮にしようと思って婚約を申し込んだわけではないよ」
何か思い出しかけたのに、ダミアンの声が割り込んで霧散してしまったじゃない。
ほんと腹立つし、今さら言い繕わなくてもいいのに。
「ですが、結果的に囮になっていますよね? だからこそ、私を監禁――この王宮に部屋を与え、生徒会庶務に指名することで、できる限り目の届く範囲に置いて……守ろうとしてくださっているんですよね?」
というか、監視だよね。
それで納得。私が先輩たちに囲まれたときにダミアンがすぐに現れたのも、アドソン先生に呼び出されたときにわざわざ待っていてくれたのも、全部ぜーんぶ私に接触する者がいないか監視するためだよ。
別に傷ついたりはしていないんだからね。
私の知るダミアンはそれぐらいやりかねないから平気。
ただ、アクセル様がそれを知っていてなお、私を疑っていたことにショックは受けているけど。
アクセル様は清廉潔白な王子様じゃなくて、まさしく氷のような王子様だよ。
うん。それもまたよし。
「レティシア嬢は……私が言うのも何だが、ずいぶん冷静だな」
「ダミアン様のされることですから」
「ダミアンのことをそれだけ信頼しているのか」
「いえ、信頼していないからこそです」
アクセル様に誤解されたくなくてきっぱり言い切ったら、ダミアンが声を出して笑った。
そういえば、ダミアンの笑い声も珍しいよね。別にキュンともしないけど。
そこで笑えるずうずうしさにまた腹が立って睨みつけたら、アクセル様まで声を出して笑われた。
うん、胸キュン。
「ダミアンのことをこんなに無下に扱う女性がいるなんて、最高だな。さすがダミアンは見る目がある」
「喜んでくれて嬉しいよ」
アクセル様が私のことを最高だと褒めてくださった!?
これは天からの啓示!?
続いた言葉がダミアンを褒めているんじゃなくて、嫌みなこともわかります!
そういう嫌みを言い合える仲には嫉妬するけれど(ダミアンに)、お二人のじゃれ合いを拝見できるのはこの世の楽園!
あれ? 私、ひょっとして《キー・オブ・アヴァン》を発動しちゃった?
なんて冗談はさておき。
ダミアンのことはどうでもいいけれど、カリナ様の死の真相と、アクセル様の心の安寧のためには、囮でも何でもやりますとも。
「この状況に対する事情は理解しました。ですが、ひとつだけ確認してもよろしいでしょうか?」
「何かな?」
「今、お話くださったことを父は――家族は知っているのでしょうか?」
すごく大切なことだよ。
お父様はとてもお優しい方だけれど、娘と国とを天秤にかけたときにどちらを大切になさっているのか。
あと、エルマンお兄様は知っているのかも訊いておかないと、迂闊な発言をしかねないからね。
「……今回のこと――カリナ嬢が暗殺された……可能性も含めて知っているのは、国王陛下と宰相であるカラベッタ侯爵、マードイ侯爵と魔術塔の上層部の一部、そして近衛騎士団長だけだよ」
「では、兄は――生徒会の皆様もご存じないのですか?」
「ああ」
やっぱりお父様は国を選ばれたんだ。
まあ、それは宰相として正しい選択だし、私が――娘が死ぬと決まったわけじゃないからね。
きっと全力で犯人を捜してくれるだろうし、それは信頼している。
ただお兄様たち生徒会メンバーが知らないのは意外だったな。
う~ん。
「もし、差し支えないのでしたら、せめてジャン様とお兄様にはお話するべきではないでしょうか? ダミアン様が常に私の傍にいらっしゃることはできないわけですし、学園内でも事情を知る方がもう少しいたほうがよいかと思います」
「レティシアの言う通りだよ。――というか、理解を示してくれて嬉しいな。さすが僕のレティシアだね」
「そうだな。ジャンとエルマンなら信頼できるし、レティシア嬢を守るにも最適だろう」
いや、ダミアンの私じゃないからね。
アクセル様の「そうだな」は私の提案に対してですよね? うん、そうに決まってる。
あ、そうだ。ついでにアントニーのことも訊こう。
ダミアンならきっと詳しいことを知っているはず。
「あの、アントニーさんはどうされますか? ジャン様とお兄様にお話しされるなら、彼だけに秘密にしておくのは不便ではありませんか?」
私は何もおかしなことを言っていないと思う。
なのに、アクセル様もダミアンも、私の質問に黙り込んでしまった。
ええ? 何で?
「……レティシアは、アントニーをどう思う?」
「どうって……よく知りませんから、答えようがありません」
実は隣国レクザン王国の王子様でした、なんて言えないし。
そもそも違う可能性もあって、同じ学年ではあるけれど、レティシアとしては何となく存在を認識している程度なんだよね。
特に有爵家の出身でもないから、それは侯爵令嬢として仕方ない。
「アントニーさんについては、私よりもジャン様のほうがお詳しいでしょうし、何よりダミアン様ならご存じでしょう?」
ただの一般生徒ならともかく、生徒会メンバーに入れたということは、いくらジャンの推薦とはいえ、きっちり調べているはずだよね。
そう考えて問いかけたら、ダミアンがにやりと笑った。
はいはい。もうその笑顔はいいですから、アントニーの素性を教えてください。
「アントニー・バックスはジャンの家、ベンティ伯爵家の従者として――」
「え?」
「うん?」
「あ、いえ……」
ジャンの家の従者? ヒロインの実家である男爵家じゃなくて?
やっぱりこの世界は『王子様♡』とは似て非なる……って、私の反応をアクセル様もダミアンも訝しんでる。
とりあえず、誤魔化さないと。
「あの、従者なのに学園に通わせてもらえるなんて、ベンティ伯爵家は寛大なんですね」
「それほどアントニーが優秀だということだよ。ジャンが庶務に推薦して僕たちも認めるくらいにね」
「そうでしたか。それなのに知らなかっただなんて、アントニーに申し訳ないですので、どうか黙っていてくださいね」
うふふと笑ってみたけれど、ダミアンは誤魔化せてないみたい。
でも仕方ないじゃない。
成績優秀者にはそれほど興味がなかったみたいだから、(レティシアは)知らなかったんだもん。
「ベンティ伯爵家の従者となると、出自もしっかりしているのですよね?」
いい感じにアントニーの正体を探る質問をした私、偉い。
だって、学園に入学する年――十三歳でアントニーはもう働いていたってことだよね?
ゲームとは違って、ジャンの乳兄弟か何かなのかな。
「彼は……」
「おい、ダミアン。そこまで言うのか?」
「別にかまわないだろう? レティシアをここまで巻き込んでいるのだから」
それはそう。
アクセル様が危惧されるのもわかりますが、私はもう十分にこの問題――予言に関わっているからね。
今さら秘密の一つや二つ抱えたからってどうってことないです。
アクセル様の安寧のためなら、拷問されようと秘密を漏らしたりなんてしません。
代わりにダミアンの秘密をいっぱいしゃべって許してもらいます。
「レティシアも簡単に口を割ったりしないよね?」
「はい、お任せください」
その言い方は、拷問される前提じゃない?
そりゃ、アクセル様の不利になることは言わないけど。
さあ、アントニーの秘密をどうぞ!
それがヒロインの情報に繋がるのだから。




