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29.推しは神

 

 ん? 私、今声に出していた?

 そう気づくと、怖くて隣に目を向けられない。

 おかしいな。『微笑みの貴公子』から冷気が感じられる気がする。

 さらには『氷雪の王子様』がなんと! 笑いを堪えていらっしゃる!

 え? アクセル様が肩を震わせていらっしゃる?

 どうぞ、我慢なさらず笑ってください。私はその笑顔を心に刻み、あの世へと素敵な思い出を持っていきます。

 墓石にはどうぞ『推しの笑顔による心臓発作』と刻んでください。

 決して、ダミアンの怒りによる心臓麻痺ではないからね。

 たった今、心臓がひゅってなって呼吸もままならないけれど、これはアクセル様の笑い声による幸せ効果。

 だって、ついにアクセル様が堪えきれずに声を出して笑っていらっしゃるんだもの!

 ああ、我が人生に一片の悔いなし!


「レティシア」

「ひいっ!」


 このまま昇天してしまおうと思ったのに、悪魔が私の魂を狩りにきたよ。

 怖い、怖い。このままどうか心安らかに眠らせてください。


「嬉しいよ。ついに僕のことを呼び捨てにしてくれるなんて」

「そ、空耳では?」

「嫌だなあ、レティシア。魔王が空耳なんてするわけないじゃないか」

「魔王だなんて、それこそ空耳ではないですか?」

「あれを見るに、そうとは思えないな」


 どうにか誤魔化そうとしたけれど、アクセル様が俯きながらも肩を揺らし、声を出して笑っていらっしゃるから、空耳という言い訳は通用しなかったみたい。

 というか、アクセル様を「あれ」とか言わないでくれます?

 指さすなんてお行儀の悪いことはなさらなかったけれど、顎でくいって示しましたよね?

 なんて無礼な!


「レ、レティシア嬢……」

「はい、何でしょう?」


 アクセル様が私に話しかけてくださった。

 しかも笑顔で……というより、笑いをどうにか抑えていらっしゃって、涙目なんですけど。

 これはもう僥倖。スチルにこんな笑顔はなかった。ということは、ヒロインでさえ見たことのないご尊顔。

 はあああ。言葉の通り尊い。


「疑って、悪かった」

「い、いえ。そんな、アクセル様が謝罪なさることなんて、何もございません。私が怪しいことこのうえないのは仕方ありませんもの。ですが、それもダミアン様のせいですから。疑うべきはダミアン様かもしれませんね」


 あ、しまった。

 人生の最推しに謝罪されるというイベントを前にして、あまりに饒舌になりすぎた。

 これ、私のよくない癖。そして後先考えないお馬鹿な言動。

 だって、隣で悪魔的――いや、魔王の如き笑みをたたえたダミアンの気配がするもん。

 ええ、私ほどになると見なくてもわかるんですよ。

 効果音をつけるなら、さしずめ『ゴゴゴゴ!』って感じかな。


「レティシア、どうしてそこまで僕を疑うのかな?」

「それは……いきなり婚約と同時に、この王宮に監禁されたからでしょうか?」

「いきなりではないよ。ちゃんとご両親に許可もいただいているし、レティシアにも確認したよね?」

「確認? というのは、王宮で昼食をとろうと誘われ、有無を言わさず連れてこられたことでしょうか? しかも、久しぶりに登校すれば、生徒会庶務に選出されておりますし、我が家の部屋から家具調度品まで運び込んでいらっしゃるなんて、どう受け止めればいいのでしょう?」

「レティシア嬢は生徒会庶務になるのは嫌だったのか?」

「いいえ、皆様(アクセル様)とご一緒にお仕事できることは喜びでございます」


 このまま地獄に堕とされてもいいやと開き直ってダミアンに正論を突き付けたけれど、楽しそうな笑顔が返ってくる。

 もう怖がったりなんてしないんだから、とダミアンの顔をまっすぐに見つめて訴えていたら、まさかのアクセル様が悲しそうに訊ねられた。

 そんな、また新たなスチル――表情を拝見できるなんて、嫌なわけがありませんとも!

 子犬のように垂れた耳が見えるようです。まさか、ここで推しに新しい感情を抱くなんて!

 ――か・わ・い・い♡


「よかった。生徒会の仕事はきっとやりがいがあるだろう」

「はい! 頑張ります!」


 元気よく答えたら、アクセル様は満足げに頷かれた。

 たぶん上手く操られた気がするけれど、それもよし!

 問題は、やっぱり隣で暗黒微笑を浮かべている魔王だよ。ププ。脳内とはいえ、暗黒微笑なんて言葉を久しぶりに使ってしまった。


「それに、ダミアンは魔王などではない。わかりにくいけど、レティシア嬢を守ろうとしているんだ」

「……私を守る? 誰からですか?」


 むしろ、ダミアンと婚約してから災難でしかないんですけど。

 監禁され、先輩に絡まれ、先生に叱られたのに?

 アクセル様がいらっしゃるから許せるけど、勝手に生徒会庶務にまでされたのに?

 むしろ私をダミアンから守られるべきではないかな。

 もちろん、アクセル様のお言葉に反するつもりはいっさいありませんが、どうしても気持ちは漏れてしまったみたい。

 アクセル様は大きなため息を吐き、私に厳しい視線を向けられた。

 ああ、これはご褒美な厳しさ。私を嫌ったり疑ったりしたものではないわ。


「レティシア嬢が疑問に思うのも仕方ないが……。ダミアン、《サント・クリスタル》のことまで話しているなら、もっときちんと説明しておけ」

「だから、それを今しようとしているんだよ。それなのに、まさかレティシアに魔王呼ばわりされるとは思っていなくて、傷ついているんだ」

「お前の心にもないことを言う癖をどうにかしろ。何が『微笑みの貴公子』だ。その気持ち悪い笑顔と同様に、嘘くさくて信用できないのも当然だ」


 きゃー! さすがアクセル様!

 私の気持ちを代弁してくださるなんて、控えめに言ってやっぱり神!


「ええ? 『氷雪の王子様』には言われたくないなあ。ほんと、アクセルは心が冷たいよね。態度もだけど」

「くだらないことを言うな。とにかく、ダミアンが言わないなら、私から言わせてもらう」

「どうぞ」


 ダミアンはふざけた調子だけれど、どこか緊張した様子なのがわかってしまった。

 何? アクセル様のお声を聞けるのは嬉しいけれど、どうやら嬉しい内容ではないみたい。

 先ほどの〝予言〟以外に――魔王復活以外に何か悪いことがあるの?




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