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28.予言書

 

「――レティシア嬢は、宰相から何か聞いていたのか?」

「父からは何も。ただ……ダミアン様から〝予言〟について話したいと伺っていただけです」


 私があまりにあっさり〝予言書〟について触れたからか、アクセル様は疑問に思ったみたい。

 どうやら父である宰相は、王家の秘宝について知っているごく一部の者に含まれるらしい。

 それに〝予言〟については、ダミアンからというより、一昨日のアクセル様とダミアンとの会話から知ったんですけどね。


「では、『プラドネル編年史』については知っているのか?」

「いいえ。初めて伺いましたが……。まさかそれが〝予言書〟なのですか?」


 アクセル様にまっすぐ見つめられ問いかけられて、頭の中ではお神輿ワッショイ状態だけど、どうにか冷静に答えられた。

 雀の涙なお給料を頑張って貯めて購入した大画面モニターでアクセル様のご尊顔アップを毎日拝んでいた甲斐があったというもの。

 ちなみにボーナスは業績不振とやらで入社してこのかた支給されたことはなかった。コンチクショウ。


 で、編年史と言えば、歴史的事実が記載されるものだけれど、未来のことも記載されているってことかな。

 まあ、魔法のあるこの世界では不思議でもないけど、初めて聞いた話だし、やっぱりゲームとは違う気がする。


「さすが、レティシア。よくわかったね」

「会話の流れ的にそうなりますよね?」

「それもそうだね」


 ダミアンは「ふふ」って笑っているけど、全然おかしいところはないよね?

 だからアクセル様の表情に変化はないもん。――要するに、真顔。

 さすが『氷雪の王子様』で、『微笑みの貴公子』なダミアンに何がおかしいんだって目線を送っている。


「ダミアン、笑っている場合ではないだろう。これ以上時間を無駄にするな」


 そうだそうだ! もっと言ってやってください。

 でも、アクセル様とのこの時間は決して無駄ではないんです。ご褒美ですから。


 煩悩が顔に出てしまったのか、ダミアンが笑顔を引っ込めて私を見た。

 その目線が先ほどのアクセル様のものより冷ややかなんですけど。

 べ、別に怖くなんてないんだから。

 体は縛れても心までは縛られないんだからね! 

 その気持ちを込めて見返せば、ダミアンはまた嫌な笑みを浮かべた。


「レティシアの言う通り、我が王家の秘宝である『プラドネル編年史』は、普段は実際に起きた出来事――過去が記載されている。ただし、記録係がいるわけではない。いつの間にか記載事項が増えているんだ」

「……何かの魔法でしょうか?」

「それが未だに解明されてはいないんだ。ただごく稀に、まだ起こっていないこと――未来の出来事が記載されることがある。そして、その記載事項のどれもが、その通りに起こる」

「防ぐことはできないのですか?」

「当然、今までに何度も悪しき事項については未然に防ぐ努力はしてきた。だが、どれも叶わず、被害を最小限に食い止めることに注力するようにしているんだ」

「それが最善でしょうね……」


 ダミアンの話す内容は笑えるものではない。

 それはダミアンもわかっていて、口調からも真剣さが窺えるけど、じゃあさっきの嫌な笑顔は何だったんだっていうと、これを知ったからにはもう逃げられないってこと。

 たぶん今も試されているんだろうなっていうのはわかる。

 私が《サント・クリスタル》なんて口にしたから、まだ怪しんでいるんだろうな。

 ここで私がヒロインだったら、《サント・クリスタル》の力を持っていて、ちやほやされるのかもしれないけど、残念ながらモブでしかないのでそんなものはない。

 むしろ期待させてたなら、ごめん。


 ん? そんなことより、先ほどのダミアンの「被害を最小限に食い止めることに注力する」ってことは、〝予言〟に何か「悪しき事項」が記載されてるってことだよね。

 それって、どういうこと?

『王子様♡』では、《サント・クリスタル》の力を持ったヒロインが攻略対象と王位簒奪を狙うダミアンと対決するんだけど、それが書かれているの?

 唯一、ダミアンルートだけは対決相手が違うはず。

 それが誰かは……誰だっけ? 一回しかプレイしていないし、衝撃のエンディングすぎて覚えていない。

 でもそんなことある? いくらなんでも、ラスボスを覚えていないなんて……。


「――シア? レティシア?」

「は、はい!?」

「ぼうっとしているところ悪いけれど、話を続けてもいいかな?」

「も、もちろんです!」


 ぼうっとしていたわけじゃなくて、考えに耽っていただけなのに! 

 アクセル様は変わらず無表情だけれど、呆れていそう。

 それもそうだよね。王家の重要機密を教えてくれているときにぼうっとしているように見えたんだもの。

 よし、気合を入れて聞きましょうか。

 さてさて、《サント・クリスタル》の力が必要になるような事態っていうのは、どんな予言なの?


「過去に『プラドネル編年史』に現れた予言は、別の書物に書き写し、その対応策と結果を記録を残し、編年史と共に保管している。公式に閲覧可能な王国の年代記に記載されている天災や魔獣大量発生などと符合するから、予言記録書を見せることはできないが、もし気になるなら王宮図書館で年代記を借りて読めばいい。大きな災害の記録はあっても、当時の国王や大臣、政務官たちが驚くほど適正に対処してきたことが窺えるだろう。それが予言のおかげであることもわかるはずだ」

「私は……ダミアン様がおっしゃることを疑っているわけではありません。ですから、過去の予言について確認しようとは思いません。ですが、これからのこと――ダミアン様が私に王家の秘密を打ち明けてくださる決意をされるほどの予言内容が気になります。それほどの大災害なのでしょうか?」


 魔法があるだけでびっくり世界だから、今さら予言書があっても驚かないよ。

 それよりも早く、その内容を教えてほしいのに、ダミアンはもったいぶる。

 まあ、それだけアクセル様との時間が過ごせるんだから許せるけど。


「レティシアはもう《サント・クリスタル》の力を持つ者が――聖女が現れるというのは知っているよね?」

「どういうことだ? まさか、宰相が話したのか?」


 ダミアン許すまじ!

 明らかに嫌な誤解を招く言い方をするなんて、本当に最悪だよ。

 アクセル様に厳しい視線を向けられただけで死ねるのに、お父様まで秘密を守れないって信用を失うじゃない。


「アクセル様、私に《サント・クリスタル》の話をしてくださったのは、ダミアン様です」


 あとアクセル様もだけど。

 まさかあのとき、そこのクローゼットに隠れていましたとは言えない。

 首謀者はダミアンで実行犯もダミアンだけど、アクセル様だってまさか私的な会話を私に聞かれていたとは知りたくないよね。

 うん。本当は私がクローゼットに隠れて盗み聞きをするような人間だと思われたくないだけです。


「ダミアン、どういうことだ?」

「レティシアが《サント・クリスタル》の力があれば、なんて呟いているのを聞いてしまったからね。てっきり予言のことも知っているのかと話してしまったんだ」

「私は単に昔好きだったおとぎ話を思い出していただけです」


 どうしよう。アクセル様が怖い。

 ヒロインだったときには向けられることのなかった怒りがアクセル様から感じられる。

 これはダミアンが裏切者だとわかったときと同じ感情。

 私は無実なんです! ダミアンが全部悪いんです!

 そう訴えたいけど、事実を述べることしかできない。

 まさかここで、実はこれはゲームの世界と酷似していて、私はプレイしていただけだと言ってもさらに怪しさ満点。


 えーん。アクセル様に疑われて嫌われたかもしれない。

 心の中で泣いていたら、憎きダミアンがまた楽しそうな笑顔を浮かべて私を見た。

 絶対に遊ばれてるよ、これ。


「まあ、きっかけはともかく、せっかくレティシアが《サント・クリスタル》なんておとぎ話を持ち出したんだからね。協力してもらうのもありかなって思ったんだ。ちょうど僕の婚約者だし?」

「……おとぎ話を思い出したなどという言葉を本気で信じるのか? しかも婚約したばかりで?」

「婚約者にレティシアを選んだのは僕だよ。それにこうして王宮に招いたのもね」


 招いたというより監禁ですよね。それをアクセル様も認めていらっしゃいましたよね?

 なのに、アクセル様は私を疑ってらっしゃる。

 えーん。これもう完全に詰んだ。


「予言をレティシアに話すと決めたのも僕だよ。ということで、レティシア」

「……はい」

「実はね『プラドネル編年史』にはこう書かれていたんだ。『プラドネル暦1408年、魔王復活により魔が蔓延り瘴気が満ち、人々は苦しみの道を歩むことになる。そこに《サント・クリスタル》の力を持つ聖女が現れ、魔王と対峙する』とね」

「1408年ということは、来年なんですね。しかも結末は書かれていないなんて、かなりあやふやじゃありませんか?」

「〝予言〟はいつも、こんな感じで、その後どうなるとは書かれていない。要するに、忠告はしたから後は自分たちで考え対処しろってことじゃないかな」


 ダミアンに呼びかけられて嫌々返事をしたら、ようやく待ち望んだ予言について話してくれた。

 だけど、やっぱりその内容はゲームとは違う。

 魔王なんて全然出てこなかったのに、スケールが大きくなってるよ。

 でもどこかで……。あ、そうか。


「魔王って、要するにダミアンのことか」




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