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27.天国と地獄

 

「抜け目なく他人の心を読むことができるアクセルが、レティシアの表情をそれほど読めないならよかった」

「何だ、試したのか? それとも、自分だけがレティシア嬢のことをわかっているという、やはり惚気か?」


 私が尊さに昇天しかけていると、ダミアンが悪魔な言葉を口にした。

 アクセル様、ダミアンが常に他人に試練を与えているのは否定しませんが、惚気ではありません。

 騙されないでください。

 その気持ちを込めてアクセル様のご尊顔をちょっとだけ拝見しようと視線を向けると、なんと微笑んでいらっしゃった!

 きゃー! アクセル様の笑顔!

 はあ、やばい。

 初めから一瞬だけと決めていたから、そのままの勢いで目を逸らすことができたけれど、レア笑顔に危うく魂を持っていかれるところだった。


「アクセル、レティシアを誘惑しないでくれ」

「誘惑? 意味がわからないな」

「めったに笑わないお前が笑顔になったから、レティシアが混乱しているだろう」

「そんなことはないだろう。なあ、レティシア嬢?」

「――は、はい」


 おのれダミアン。また余計なことを言って、アクセル様を困らせるなんて。

 アクセル様に問いかけられて、ヘドバンかってくらい首をぶんぶん縦に振ったせいでむち打ちになりそう。

 それも、ダミアンに手を握られて止まったけれど。

 いや、何で手を握るの? 先ほどからのダミアンの言動が不快で眉間に深いしわが寄る。

 あとでクレールにマッサージしてもらわないと。


 なんて考えていたら、さらに強く手を握られた。

 首の代わりにこの手を振れば放してくれるかな、ってダミアンを見れば、今度こそ魂を持っていかれそうになる。

 天国じゃなくて地獄にね。

 そんな私の頭の中に、子どもの頃によく運動会で聞いた『天国と地獄』が流れる。

 うん。これは狩りもの競争――じゃなかった、借りもの競争かな?

 私がどのカードを引くかによって、運命が変わる気がする。

 いや。重いな、このゲーム。

 普通の乙女ゲームだと思っていたら、デスゲームで断罪イベントが用意されていました!?

 うん。何かいい感じのタイトルが浮かんだ。


 だとすれば、ダミアンは『微笑みの貴公子』ならぬ『無慈悲な執行者』だよね。

 私はこれから断罪されて、ダミアンによって《キー・オブ・アヴァン》ならぬ《地獄》に追いやられるんだ。

 南無阿弥陀仏。


 せめて〝予言〟が何だったのか、知りたかった……。

 その心残りを抱えてずぶずぶと地獄に沈んでいく私の前に、一本の蜘蛛の糸が現れた。――と思ったら、アクセル様の麗しい笑い声だった。


「ダミアン、レティシア嬢、私がいるのを忘れないでくれ。そんなに熱く見つめ合うのなら、私は退散するよ」

「――ま、待ってください! アクセル様、その……」


 私こそ、待て。それ以上は何も言ってはいけない。

 たとえ不本意な内容の蜘蛛の糸とはいえ、すぐに縋ってしまってはぷつりと切れかねない。

 慎重に、言動には気をつけて。

 我に返った私が改めてダミアンを見れば、やっぱり嫌な笑みを浮かべてる。


「ごめんね、アクセル。レティシアがあまりに可愛くて、目が離せなかったんだ」

「だから、惚気るのはやめてくれ。ほら、レティシア嬢も困っている」


 ええ、人生最大どころか、前世も今世も来世も合わせて最大の難関に困っているどころか、しっぽ巻いて逃げ出したいです。

 ダミアンが目を離さないのは、私が何をするか言うか見張っているだけですよね。

 だけど、もう逃げないって決めたんだから、頑張らないと。


「あの、ダミアン様から〝予言〟について教えてくださると伺っていたのですが……」


 これ以上デスゲームで私をいたぶるのはやめにして、いい加減に本題に入ってほしい。

 その気持ちから勇気を出して訴えれば、アクセル様の笑顔が消えていつもの無表情に戻られた。

 ああ、さすが『氷雪の王子様』。私の心はいきなり猛吹雪です。


「それもそうだ。ダミアン、君が伝えると決めたのだから、ダミアンから話すべきだろう」

「うん、わかってる」


 どうやらアクセル様の笑顔が消えたのは〝予言〟についての話題に戻ったからみたい。

 私のずうずうしい発言のせいではないらしいとわかって、心の中の猛吹雪も止んだ。

 でも、ダミアンの微笑みを見ても心は温まらないからね。

 その嘘くさい笑みはいいので、早く話してください。


「これから話すことは、プラドネル王家の最重要機密であり、王家の者とごく一部の者しか知らないことなんだ」

「……それを、私に話してもいいのですか?」

「レティシアはもうすぐ王家の一員になるんだから、かまわないよ」


 いえ、かまいます。私が王家の一員になるって決定事項ではないですよね?

 ダミアンだって言ってたじゃない。約束は破られることもあるから、婚約だっていつ解消されるかわからない。

 遠慮したものの、本当は〝予言〟についてはすごく知りたかった。

 だけど、これを知ってしまったら、もう監禁だの既成事実だのよりも逃げられない気がする。

 どうしよう。逃げるならまだ間に合う……かもしれないけど、私、無駄な争いはしない主義なので。

 私の中で膨らむ好奇心にも、悪魔な囁きをするダミアンにもどうせ勝てないからね。

 それにほら、私の不安もおかまいなしに、ダミアンは話し始めたよ。

 うん。アクセル様のためにも腹を括ろう。


「プラドネル王家に伝わる秘宝と呼ばれる宝はいくつかあるけれど、それらは世間に知られているものも多い」

「……いくつかの魔法具ですね?」

「そうそう。遠くを映すことができる鏡だの、魔力を増強できる指輪だのあるけれど、それらは力ある魔術師にとっては大した意味をなさない」

「ええ、そうですね」


 そんなものがなくてもダミアンなら、もっとすごいことができる気がする。

 昔から大切にされていた秘宝が、現代ではただのガラクタだったりするよね。

 まあ、その逆もあるけれど、魔法については科学と同じで常に進歩しているんじゃないかな。

 それに、晴乃の世界でもスポーツ選手がどんどん記録を塗り替えるように、この世界の魔術師だって身体能力はどんどん進化していると思う。


「――では、ダミアン様ほどの魔術師でも及ばない魔法具となると、予言書でもあるのですか?」

「さすが、レティシアは鋭いね」


 いや、予言書なんてお決まりのパターンだよ。

 そう思ったけれど、にっこり笑ったダミアンを見て、大きな失敗をしたことに気づいた。

 この世界では〝予言〟なんてものはありきたりじゃなくて、だからこそ〝予言書〟もまた簡単に発想できるものじゃなかったんだ。

 ああ、私の墓穴は今どれくらい深くなったのかな。




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