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23.専属侍女


「クレール!」

「はい、クレールでございます」


 ダミアンの言っていたご褒美って、クレールのことだったの!?

 だって、さっき――放課後の生徒会室で言ったことなのに。


「三日ぶりでございますね、お嬢様。またお仕えさせていただきますので、よろしくお願いいたします」

「よろしく、クレール!」


 深々と頭を下げるクレールに駆け寄り、抱きしめる。

 いつもは口うるさいクレールも、今は何も言わずに優しく私の背中を撫でてくれた。


「それにしても、急で大変だったでしょう? でも来てくれて嬉しいわ」

「正直に申しますと、お嬢様がこちらにお住まいになると伺ったときには驚きましたが、急なことだからと王弟殿下がすべて整えてくださいました。そのため私たち侯爵家の者はそれほど労力を必要とせず、私は荷造りもゆっくりすることができました」

「……私がこっちに滞在するって聞いたのはいつ?」

「婚約式の翌日です」

「私が学園にいる間?」

「さようでございます。急きょお嬢様のお部屋の家具や調度品を王宮に運び込むことも決まりましたが、私は監督のみで……最終確認を無事に終えたことで、本日よりこちらでお仕えすることができるようになりました」

「そうなんだ……」


 ということは、やっぱり婚約式から翌日の学園でも私の態度がおかしいことに気づいて、ダミアンは私を監禁することにしたってことかな。

 クレールが不審に思っていないってことは、何をどう説明したんだか。

 それにしても、今日の生徒会の顔合わせのときには、もうすでにクレールは私の侍女として王宮に来てくれることは決まっていたってことだよね?

 それを教えてくれないなんて、ダミアンの意地悪さは変わらずだよ。


「お嬢様、私がいない間に粗相をなさっていないか心配でしたが……やはり残念なことになっておりましたね」

「粗相って言い方が酷い。それに残念なことって何?」


 そうだよ。確かに晴乃()はレティシアの中に入り込んでしまった感じだけど、もともとレティシアもちょっと変わった子だったんだよね。

 お転婆というか何というか。

 ただ、レティシアのほうが外面はすごくよかっただけ。


「いくら婚約なされたとはいえ、王弟殿下に対してあのような物言いは失礼でございます」

「聞こえていたの?」

「はい。相変わらず淑女らしくない大きな声でしたので。大きな声といえば、先ほどの私を呼ぶ声もかなり大きなものでしたね。お喜びくださったのは嬉しく思いますが、淑女たるものいかなるときにも――」

「はいはい。これからは気をつけます」

「はい、は一回だと何度も申しております」

「はい」


 クレールが来てくれたのは嬉しいけれど、やっぱりちょっと口うるさい。

 でもレティシアはクレールのことが大好きだったし、その記憶を受け継いでいる私も好きなんだよね。


「ところで、お嬢様」

「何?」

「お嬢様にいったい何があったのですか?」

「ど、どういうこと?」


 ひょっとして、私が(レティシア)じゃないってバレた?

 そりゃ、そうか。だって、クレールは家族よりもずっと傍にいてくれたんだもん。


「……少し前、王弟殿下とのご婚約が決まる前のお嬢様はどこかいつもと違うというか……ふさぎ込んでいるようなことも多く、僭越ながら心配しておりました。何かあったのかとお訊ねしても何もないと。ですが、婚約式を終えられてからは今まで通りのお嬢様にお戻りになったようでもありますし、今まで以上に……お元気になっていらっしゃるようでもあります」

「そ、そうかな?」

「はい、間違いありません。ですから私にはおっしゃることができないこと――王弟殿下とのご婚約を内々に打診されてお悩みになっていらしたのですか?」

「そ、そうかな? でも何ていうか……諦めたっていうか、今はもう覚悟を決めたの!」

「……そう、ですか」

「う、うん!」


 少し前っていつのことかわからないけど、レティシアは悩んでいたみたいだね。

 やっぱりダミアンとの婚約が嫌で? というより、アクセル様のことを密かにお慕いしていたもんね。

 それはクレールにさえ言えなかったこと。


 ん?

 いや、レティシアはダミアンとの婚約は式直前まで知らなかったよね?

 それなのに思い悩むことがある?


 そこまで考えて思い出した。

 そうだ。婚約のことは知らされていなかったけれど、何となく気配は察していたんだ。

 その相手がアクセル様かも、なんて淡い期待を抱いていたから、それでたぶんいつもと態度が違ったんだろうね。


 本当は強引にこの王宮に住むことになってしまったって、クレールに言いたいけれど、それだとまた心配をかけてしまうしね。

 そもそもダミアンの――王弟殿下の行動をいくら仲がいいからって一介の使用人であるクレールに話すわけにもいかない。

 守秘義務というか何というか。

 これは元社畜精神の私と、侯爵令嬢としてのレティシアが受けた教育の賜物。

 だからこそ、レティシアは自分が婚約するかもって、親友のような姉のようなクレールにも相談できなかったんだから。


 ああ、『王様の耳はロバの耳』って誰かに言いたい。

 何でも打ち明けられる秘密道具でもあればいいのに。

 ダミアンになら作れそうだけど、それだと敵に塩を送るというか、弱みを渡すようなものだよね。

 絶対、ダミアンは細工して自分にだけ知ることができるようにしそうだしね。

 仕方ないから、最重要機密は絶賛ショベルカーで掘削中のお墓まで持っていこう。


 ◇  ◇  ◇


 翌朝、クレールに見送られる日常に安堵してからの、ダミアンが待っている非日常にうんざりして馬車に乗り込んだ。

 ダミアンは私の気持ちがわかっているのか、嬉しそうなのがまた腹が立つ。


「気持ちのいい朝だね」

「曇り空ですが」

「今日はこれから晴れるらしいよ」

「最近、お天気の急変が多いですから、どうでしょうね」


 それも必ず魔王降臨のときだよ。

 はあっと深いため息を吐くと、ダミアンがくくっと小さく笑う。

 今の笑いは何だろうとダミアンをちらりと見ると、ばっちり目が合ってしまった。


「レティシアは本当に変わったね」

「……昨日、クレールにも言われました。おそらく、この婚約が私には荷が重いからだと思います」

「だとすれば、レティシアは追い詰められるとやれる子なんだ」

「はい?」

「荷が重いっていうわりには、生き生きしているよ。以前もまあ、他の令嬢たちよりは元気がいいなとは思っていたけれど、今の比じゃないね」

「人間、開き直ると強かったりしますからね」

「それはそうだね。今のレティシアは強いと思うよ」

「ダミアン様に対してですか?」

「そういうところだね」


 ダミアンはああ言えばこう言うけど、それは今の私も変わらないかも。

 もう監禁されようが、暗殺されようが、やれることはやってやるという『窮鼠猫を噛む』戦法というか、決意がよかったのかな。

 日に日にダミアンの笑顔が自然なものになってきた気がする。


 だ・け・ど!

 絆されたりはしないから。私の推しはアクセル様で、アクセル様の邪魔をする者は何人たりとも許さん。排除する。

 その決意もまた変わらないので、流されているようで流されないんだからね。




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