21.ライバルとは
「――さて、それでは今日はここまでにして、本格的な活動は来週からにしよう」
やっと終わった。
アクセル様の美声にほうっと息を吐き、帰り支度を始めたところで、ダミアンがあり得ない提案をしてくる。
「レティシア。来週から生徒会活動で放課後も時間を取られてしまうだろうから、明日は放課後デートをしようか?」
「え? 嫌です」
って、答えてしまってまた後悔。
この脊髄反射をどうにかしたい。
「あの、明日は遅れてしまった分の勉強をしたいので……」
「じゃあ、一緒に勉強しよう。場所はここの図書館にする? それとも王宮がいいかな?」
「……図書館がいいです」
「図書館デートだね。楽しみだな」
私も前世では図書館デートを羨ましく思ったことがありました。
ほんの少し前までは、一緒に勉強している学生カップルを眩しい目で見たりもした。
でも、こんな図書館デートは望んでなかったよ。
「残念だったな、ダミアン。学園内での不純異性交遊は禁止だぞ」
「ダミアン、妹をあまりからかうなよ」
「僕は本気だが?」
「俺のことは無視かよ」
「答えるに値しないからな」
ジャンがデリカシーのないことを言っているけど、そもそもダミアンは私の意思を無視してるからね。
エルマンも妹をもっと大切にしてほしい。私の気持ちをまず聞いてほしかったよ。
って、うだうだしている間にアントニーはさっさと帰っていってしまった。
どこに住んでいるのか――男爵家でお世話になっているのか訊きたかったのに。
「レティシア、アントニーが気になるのかい?」
「彼はほとんど発言しませんでしたから、どんな方なのかと……」
「へえ?」
あ、やばい。
またダミアンが嫌な笑みを浮かべている。
「お、ダミアンが嫉妬しているぞ」
「ダミアンは独占欲が強いからね。ジャン、僕たちも気をつけないと、ダミアンに敵認定されてしまうぞ」
ジャンはわかってないな。
私は自分をわかっているので、ダミアンが嫉妬しているとは思わないよ。
ええ、単に自分のものが他に意識を向けるのが気に入らないんだよね?
だから、アクセル様が「恋敵認定」と言わずに「敵認定」と言ったことにちゃんと気づきましたよ。
考えるのもおこがましいけど、アクセル様は私に恋愛感情はないんだよね。当然他の女性にも恋愛感情は持たない。
ただし、ヒロインに対してだけは違う。
きっとヒロインが現れたら、今までのアクセル様の恋愛観も何もかもをひっくり返してしまうんだろうな。
それはきっと、ダミアンも同じで……って、ダミアンはどうでもいい。
ヒロインを応援するとは決めていたけれど、アクセル様が恋に落ちる姿を見てしまうかもしれないのがつらいだけ。
ジャンとエルマンはやめたほうがいいとヒロインに伝えるつもりだし。
残るはアクセル様とアントニーしかいないじゃない。
それにしても、予言ってどんなものだったんだろう。
それを知っているから、アントニーも王位争いの一発逆転を狙ってヒロインの家に従者として――使用人として潜り込んだのかな?
わからないことが多すぎる。
でも、この世界は『王子様♡』と似て非なるものと考えてもう間違いないよね。
あとはヒロインを早く見つけて、ハラスメント男子たちについて注意勧告しないと。
「――シア? レティシア?」
「え? あ、はい。何でしょう?」
「レティシアはよくぼうっとしているよね」
「それはすみません」
「謝ってほしいわけじゃないよ」
「では、どうすればいいですか?」
「僕のことだけを考えてくれていればいいんだよ」
「だからこそ、ぼうっとしてしまうのですが」
「言い訳が上手くなったね?」
「信じてくださらないんですね?」
嘘ではないんだけどな。
確かにダミアンだけのことを考えているとは言い難いけど、それに近いのに。
「ダミアン、レティシア、いちゃつくのは俺たちのいないところでしてくれ。身内の恋愛事情は知りたくない」
「はい?」
「それはすまなかったね」
エルマンの酷い発言に驚いたけれど、私とダミアンが――少なくとも私がダミアンを好きだと誤解しているのかもしれない。
ダミアンもエルマンには謝罪するんだ。モラハラあるある。
「お兄様、誤解しないでください。将来的にお父様の後を継ぎたいと思っていらっしゃるなら、もっと多角的に物事を見たほうがよろしいかと思います」
「ずいぶんわかったようなことを言うようになったね、レティシア」
「お兄様こそ、わかったようにおっしゃいますが、ご自分を疑ってみてはどうでしょう? 少なくとも、私の気持ちはわかっていらっしゃらないようですので」
「レティシアの気持ちをわざわざ理解する必要は私にはないだろう?」
兄としての愛情はないのか問いたい。
エルマンはモラハラの傾向がやっぱりあるよ。
ヒロインだけでない、全女性逃げてほしい。
これがまさか将来お父様の――宰相の地位を継ぐとしたら、最悪の世界になるんじゃない?
いっそのこと《アヴァン》に一人で行ってほしいくらい。……って、それいいかも。
エルマンだけでなくジャンやダミアンたちハラスメント男子を《アヴァン》に閉じ込めてしまえば、お互いwin-winだわ。
うん。やっぱりヒロインをダミアンたちよりも先に捜し出して、《キー・オブ・アヴァン》の力を使って、世界平和を目指しましょう。
それこそ《アヴァン》になるはず。
「兄妹ゲンカはそれくらいにして、戸締りもあるから帰ろうか」
「アクセル様、お見苦しいものをお見せして申し訳ありませんでした」
アクセル様が仲介に入ってくださったけれど、今のを兄妹ゲンカと認識されていることが残念。
だけど、アクセル様はご兄弟もいらっしゃらないから仕方ないのかも。
「レティシア。それじゃ、帰ろうか。」
「……そうですね」
アクセル様と離れるのは名残惜しいけど、もたもたしてはご迷惑をおかけしてしまう。
そう考えた私にダミアンがまさかの提案をしてきた。
「そうだ。どうせ同じ場所に帰るんだから、アクセルも一緒に帰らないか?」
「邪魔をするつもりはない」
「い、いいえ。お邪魔だなんて、そんな……ご遠慮なさる必要はございませんわ。ダミアン様もきっとアクセル様がご一緒のほうが楽しいのでしょう?」
「――そうだね。そうしよう、アクセル」
「わかった。じゃあ、一緒に帰ろう」
ひゃっほう!
いったい何の天変地異の前触れかはわからないけれど、ダミアンの気まぐれでアクセル様と同じ馬車に乗れるという奇跡が起きたわ!
思わずスキップしてしまいそうなほど浮かれた私は、差し出されたダミアンの腕にためらうことなく手をかけた。
こうした自然な動きはレティシアが受けたマナー教育の賜物。
でも、浅はかな考えは晴乃の残念な学習能力のなさ。
エスコートのお礼を言おうと顔を上げた私は、悪魔の申し子ダミアンの魅惑的な笑顔を目にして固まってしまった。
馬車に乗って、王宮に帰って、それから……それから私はどうなってしまうのでしょうか。
アーメン。




