20.後悔先に立たず
〝後悔先に立たず〟なんて言葉があるけれど、先人はやはり上手いことを言うわけで。
たった今、私はひしひしとその言葉を身をもって感じているわけですが、リセットボタンはどこですか?
「レティシアの言う通りだね」
おかしいな。
さっき雷雨は止んだはずなのに、笑顔のダミアンの背後でまた稲妻が走ったよ。
同時に大きな雷鳴が轟き、学舎内から女子生徒の悲鳴が上がる。
今日の魔法天気予報では快晴だったはず。
でもゲリラ豪雨は予想が難しいから、たまに外れるのも仕方ない。
私もダミアンの考えを読めるようになってきたなんて調子に乗っていたけれど、驕れる者久しからず。
過去の権力者の勘気に触れて失脚した人たちの無念と後悔が今よくわかる。
「そうだな! そもそも今は今期の生徒会が何を目標にするかの話し合いであって、解決策を協議する場ではないのに、うっかりしていたよ。すまないな、レティシア嬢」
「い、いえ……」
ジャンが空気を読まずに割り込んでくれて助かった。
この底抜けに明るいジャンに救われたプレイヤーは多かったはず。
ほっと息を吐いたところで、アクセル様まで申し訳なさそうに私に謝罪なさる。
「レティシア嬢、私からも謝罪させてほしい。意見を聞きたいと無理に促したのに、さらには解決策まで求めるとはいきすぎていた」
「いえ! 殿下は……アクセル様が謝罪される必要はありません!」
「そうだよね。僕がレティシアに甘えて解決策まで要求したのだから」
ちょっと!
アクセル様に謝罪されるという稀有な体験の余韻に浸る間もなく、余計な口出しをしないでくれる?
さすが清廉潔白な『氷雪の王子様』なアクセル様を堪能してたのに。
ダミアンが悪かったのは当たり前なんだから! ――って、謝罪もないとか、こわ。謝ったら死ぬ病ですか?
「だが、生徒たちの差別意識をなくす必要があるのは間違いない。今まで通り地道に啓蒙活動を続けていくのと同時に、何がいいかは今後の議題にしよう」
「アクセル、そんなチンタラする必要はないだろう? 見つけ次第ぶん殴ればいいじゃないか」
ん?
アクセル様の美声に耳を傾けていたら、ずいぶん過激な発言が聞こえてしまったような?
いくら脳筋系とはいえ、やばすぎる考えに驚いていると、アクセル様が呆れたようにため息を吐かれた。
ああ、アクセル様のため息をこの耳で拝聴できるなんて!
「ジャン、さすがにそれは即物的すぎる。それでは、生徒会の支持率が下がり、今後の運営に支障をきたすだろうから却下だ」
「んだよ、アクセル。俺は回りくどいことは嫌いなんだよ。それに女子まで殴ろうとは思ってねえ」
「それでは、女子生徒に対してはどうするつもりだったんだ?」
「その辺にある壁でも殴るかな」
「拳を傷めてしまうから却下だね。剣が握れなくなる」
「そんな軟弱な拳をしてねえ」
「君はね。だが、いつも君がその場に立ち会えるわけではない」
どうしよう。
何をどうツッコめばいいのかわからないくらい、アクセル様とジャンの会話が不穏なんですけど。
ジャンはとんでもないDV思考だし、アクセル様も指摘する方向性が酷く間違っていますよ。
「ジャン、気持ちはわかりますが、やはり暴力はいけません。我々生徒会の方針に素直に従わない生徒に関しては、この学園での存在価値はありませんが、独裁と革命は表裏一体。賢明な為政者というものは、愚民に独裁を悟らせず民意を操作するものです。そのためには地道な根回しも必要なんですよ」
んん?
ジャンのDV提案にエルマンお兄様も冷静かつ論理的に否定しているようで、かなり非道な発言をしていますよね。
こんなのおかしいよ。
ジャンルートとエルマンルートは一回しかしていないけど、こんなんじゃなかった。
周囲まで元気にするような溌溂とした明るいジャンと、常に冷静で知的なエルマンのはずだったのに、印象が違いすぎる。
だから、こんなギャップは望んでいないんだよ。
というか、私の前で本性現しすぎじゃない?
ダミアンをちらりと見れば、特に変わった様子もなく(要するに悪魔的笑みを浮かべたまま)みんなの話を聞いている。
アントニーは書記に徹しているからか、何も発言していなくてよくわからないけど、やっぱりこれは私の知っている『王子様♡』の世界とは違う気がする。
いや、でも、そういえばジャンとエルマンルートでは、先輩たちに絡まれるイベントはなかったな。
ひょっとして、まさかとは思うけれど、ヒロインに害を為そうとしていた先輩たちをジャンは拳で黙らせていたとか?
エルマンは地道な根回しというか、裏から手を回していたとか?
こわ! めっちゃ怖いんですけど!
それに比べて、アクセル様とダミアンルートでは先輩に絡まれていたから、まだまとも……いや、違うな。
ダミアンはきっと絡まれているヒロインを楽しんで見ていたんじゃないかって気がする。
アクセル様は……きっとお忙しくて気づいていらっしゃらなかったのよ。うん。
ちなみにアントニーは一般生徒だったというか、ヒロインの従者だから特に嫉妬されることもなかったんだよね。
「とにかく、生徒間同士の差別意識については、課題として引き続き検討していこう。それでいいね?」
「そうだね。じゃあ、次は――」
あ、ダミアンがいい感じにまとめたけど、まとまるとは思えない。
とりあえず、今回わかった最重要事項はジャンがDV男の可能性大。やばい。
しかもエルマンは精神的DVの可能性あり。民意を操作って、ヒロインの精神を操作したりするかもってことだもん。
あれ? ひょっとして、私はすでにダミアンからDVを受けている?
パワハラ、モラハラ、セクハラ……ハラスメントの詰め合わせじゃない!
ここまできたら、アントニーも何かしらの問題がある気がしてきた。
疑わしきは罰せずではあるけれど、要観察要注意。
ヒロインが現れたら、彼らから守ったほうがいいのかも。




