17.オープニングスチル
アドソン先生はダミアンが教務室の外で待っていることに気づいたからか、簡単なお説教だけで終わった。
でも「ずいぶん過保護なんだな」と最後に言われたのはかなり恥ずかしかった。
過保護って言うより監視だよ。
「あまり時間を取られなくてよかったね」
「そうですね」
「それで、アドソン先生には強く叱られることはなかったかな?」
「そうですね」
「アクセルに会えるのが楽しみ?」
「そう……ですね?」
生徒会室に向かいながら、私が相槌botと化していたら、ダミアンが微妙な内容を振ってきた。
まっすぐ前を向いていた私が思わずダミアンを見ると、目が合った途端に微笑んだ。
でも、さっきまでの周囲に見せるための笑顔でもなくて、苛立ちを隠している笑顔。
「――もちろん、毎日顔を合わせていたはずの兄に三日ぶりに会えることも、とても楽しみです」
「それはよかったね」
監禁されていたせいで家に帰ることもできず、エルマンと会うことができなかったと嫌みを言えば、ダミアンは嬉しそうな笑顔になった。
これは本物だ。
嫌みだとわかっていてこの笑顔なんだから、ほんと性格悪いなと思う。
もうダミアンについては諦めた。
それよりも、もうすぐ生徒会室で(場所は知ってる)、アクセル様に会えるだけでなく、攻略対象が全員揃うってことだよね。
勝手に生徒会庶務にされたことには腹が立つけど、逆に考えれば攻略対象を観察できるってことで。
辞退するのは諦めて、ヒロインに接触できる機会が増えると思えば――さらにはダミアンとの仲を邪魔できると思えばかなり有利なんじゃないかな。
「朝は嫌そうだったのに、今はずいぶんご機嫌になったね?」
「そうですね。――もう今さら抵抗しても無駄ですから、それなら前向きに楽しんだほうがいいじゃないですか」
また相槌botとなりそうだったので、急いで無難に答えると、ダミアンの笑顔はちょっとだけ面白くなさそうな顔になった。
してやったり、って感じで嬉しいけど、この微妙なダミアンの表情の変化をわかる自分が悲しい。
生存本能が発揮されると、人間って思わぬ才能が開花するのかも。
「では、準備は万端ってことだ」
「緊張はしています」
「そう? ずいぶん楽しそうに見えるけどね」
それはダミアンが不満そうだから。
私が嫌がることがダミアンの喜びのようだから、私が喜べばいいんだという発見。
どうせバレているので繕うことをやめて、ニコニコ笑顔(本物だよ)でダミアンが生徒会室のドアをノックするのを待つ。
中から応答してくれたのは、愛しのアクセル様の声。
そこでふと気づいた。
この状況は『王子様♡』のオープンスチルによく似ている。
ヒロインが生徒会室のドアを開けると、そこには正面に座ったアクセル様がいらっしゃって、その手前にあるフリーアドレスの大きな机を前に他の攻略対象が座って迎えてくれるシーン。
だけど――。
オープニングスチルでドアを開けてくれていたのは、従者のアントニーでダミアンはアクセル様のすぐ近くの椅子に座っていた。
それが今は、ダミアンがドアを開けてくれて、アントニーは一番手前で立っていた。
どうやらそれは身分的なマナーで、アクセル様たちも私の姿を認めるとすぐに立ち上がってくださる。
そんな紳士な行動にぎゅうっと心臓が掴まれたみたいに苦しくなってしまった。
ほんの数日前まで私は坂町晴乃で、日本のブラック企業で働いていた。
そのときの癒しが『王子様♡』で、アクセル様にどれだけ救われたか。
それが今、状況は少し違うけれど、私はアクセル様たちにこうして笑顔で迎えられている。
幸せって本当にあるんだ。って実感した瞬間、いきなり稲妻が走り、豪雨になった。
あれ? 雷雲とかあった? 空が暗くなっていたことには喜びと緊張で気づかなかっただけ?
さすが超絶雨女。
こんな大切な場面で激しい雷雨になるなんて、まるで私の幸せに水を差しているみたい。――豪雨だけど。
何となく振り向けば、廊下側の窓から稲妻の閃光が笑みを浮かべるダミアンを照らす。
ああ、やっぱり私の幸せはまだほど遠いみたい。
これからどんな生活になるのか、底知れぬ恐ろしさを感じて、私は引きつった笑みを浮かべた。