16.遅刻
モンスターならぬダミアンと先輩たちのせいで、始業時間に少し遅れて教室に入ったために、私は大いに注目を浴びてしまった。
それも遅刻したからだけじゃないよね。
ダミアンとの婚約と二日間休んだことも原因だと思う。
「カラベッタ君、この遅刻は届出を受けていないが?」
「申し訳ありません、アドソン先生。今回は私のミスで遅刻してしまっただけです」
「そうか。では、放課後教務室に来なさい。今はこれ以上君に時間を費やすわけにはいかないからな」
「はい、先生」
ああ、どうしよう。
放課後は生徒会室に行かないといけないのに。
アクセル様のご尊顔を拝見するのが遅くなってしまうけど、ダミアンと顔を合わせるのが遅くなるのは大歓迎。
生徒会の皆様にはちゃちゃっと庶務はできないって伝えてさっさと帰れるようにするのもありかも。
リアル生徒会室を見ることができるのも短時間とはいえ嬉しい。
そんなことを考えながら、どうにか学園生活を今まで通り過ごす。
友達はどこか遠慮がちで何か言いたげだったけど、とにかく鈍感レティシアを発揮。
昼食時に食堂ではダミアンと目が合ったけど、私が友達といることに気づいて近づいてくることはなかった。
小さく手を振ってきたから、私は軽く頭を下げるだけにする。
友達は「きゃあ!」って黄色い悲鳴を上げてたけど、確かに顔だけはいいもんね。あと、身分と成績と魔力もすごい。
あれ? 性格以外は理想的なんじゃない?
性格最悪なせいで全部台無しなうえに、マイナスでしかないけど。
残念な気持ちになりながら、授業を受けていたから今一つ身にならなかった気がする。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、放課後です。
このまま教務室でアドソン先生にお説教されたらすぐに帰ってしまいたいけれど、アクセル様にはお会いしたいからなあ。
たとえ性格にちょっと難があっても、やっぱり今さら嫌いになったりなんてできない。
だって、アクセル様は私の人生の推しだもん。
全肯定はしないけど、ダメなところがあってもいいじゃない。
アクセル様は『王子様♡』とは違って、この世界では現実に生きていらっしゃるんだから、マイナス要素があって当然。
うん。元気出てきた。
「レティシア、お待たせ」
「――まあ、わざわざお迎えにいらしてくださるなんて。ダミアン様のお時間をいただいてしまって申し訳ありません(要約:暇なの?)」
「謝罪の必要はないよ。レティシアは生徒会室にまだ行ったことがないだろう? だから、たどり着けないなんてことがないように迎えに来たんだ」
「……ありがとうございます」
要するに逃がさないってことで、どうして私はそんなことにお礼を言っているんだろう。
イケメン無罪なんて嘘。
顔はいいのに性格が最悪だと、こっちの気分も最悪になるもん。
だけど私は空気が読めるので、教室内ではニコニコ笑顔。
ダミアンもニコニコ笑顔で教室内はほっこり。
一部ではダミアンの笑顔でまた黄色い悲鳴が上がったりしているけれど、この教室内の平和は私を犠牲にして成り立っているのよ。
「それでは行こうか?」
「いえ、残念ながら今日は始業時間に遅刻してしまったため、教務室に行かなければいけないんです」
それもこれもダミアンのせいなんだけど、当人は不思議そうに首を傾げた。
くっ……そんな仕草が可愛いとか思わないんだから。
「ひょっとして、アドソン先生に呼び出されたの?」
「よくご存じですね」
「レティシアの授業予定は把握しているからね。今日の一限目はアドソン先生の魔法理論だったろう?」
「ええ、その通りです」
ストーカーのようで怖いけど、たぶんダミアンは私の時間割をわざわざ覚えたわけじゃないと思う。
一度見たものや聞いたことは覚えているタイプの天才なんだよね。
羨ましい。確かアクセル様も同じタイプだったはず。
「じゃあ、僕も一緒にアドソン先生の許へ行くよ」
「はあ? あ、いえ。それはありがたくも心強くはありますが、遅刻は私の責任ですので、一人で大丈夫です」
「遠慮はいらないよ。責任を取ってほしいって言ってたよね? それに、今朝遅刻してしまったのは、僕との時間を過ごしたせいなんだから」
やーめーてー!
みんなが耳をそばだてている状況で誤解を招く言い方をしないで。
「いいえ、遅刻したのは私が遠回りをしたせいであって、ダミアン様のせいではありません。ダミアン様は大丈夫でしたか?」
「僕は問題なかったよ」
でしょうね。
ダミアンに――王弟殿下に注意できる教師がいたら知りたい。
むしろ、その王弟殿下の婚約者である私にお説教しようとしているアドソン先生がすごいと言えるかも。
攻略対象ではなかったはずだけど、かなりのイケメンだよね。
「でもせっかくだから、教務室まで一緒に行くよ。少しでも一緒にいたいからね」
「……ありがとうございます」
ダミアンの白々しい愛情ある言葉にまた上がる女子生徒の黄色い声を聞きながら、私はにっこり微笑んでお礼を言うしかなかった。
仕方なく諦めて帰り支度をすると、ダミアンと一緒に教室を出る。
もちろん廊下でも注目の的ではあったけれど、誰も声をかけてくることはなかった。
「ねえ、レティシア」
「何でしょう」
「アドソン先生は魔術師としてもかなりの実力者でもあるし、とてもかっこいいよね」
「……そうですね」
ダミアンが他人を褒めるなんて怖いんですけど。
さっき私が心の中でイケメンって考えたのがバレた?
まさかそれだけで、『僕のもの』を奪われたと思ったわけではないだろうけど、要警戒。
「レティシア、気をつけてね」
「何をですか?」
「先生のことだよ」
「おっしゃる意味がわかりません」
「そう? 遅刻したのならその場で叱ればいいのに、わざわざ放課後に呼び出すなんておかしくない?」
「アドソン先生は指導が必要な生徒はいつも教務室に呼び出しなさっています。おそらく、皆の前で叱責して恥をかかせることを避けていらっしゃるのでしょう」
「へえ? でもさ、みんなの前で呼び出している時点で無意味じゃない?」
「それは……私が遅刻したのは事実ですから、皆に隠す必要もありませんもの」
「まあね。ということは、皆が知らないところで呼び出されている生徒もいるわけだ」
「そうかもしれませんね」
前世では、皆の前で叱責することもパワハラだったもんね。
もちろん叱責内容によるし、指導や注意と線引きが難しかったから、なかなかパワハラ認定も難しいとこではあって、ブラック企業な弊社はすべて指導認定にされてたな。
ああ、嫌なことを思い出してしまったよ。
「じゃあ、僕はここで待っているから」
「ええ? それは……申し訳ないです。先に生徒会室へ向かってください」
「いや、待つよ。まさか始業時間に少し遅れた程度で、長々お説教はされないだろう?」
「ですが――」
「ほら、行った行った。アドソン先生をお待たせするほうがダメだろう?」
ダミアンに背中を押されたせいで、教務室に一歩足を踏み入れた私は先生たちに注目されてしまった。
先生たちは驚いていたり、微笑ましそうに見ていたりと様々で、その間を縫ってアドソン先生の机まで向かう。
おのれ、ダミアン!
アドソン先生のお説教以上に、試練を与えてくるなんて!