14.優しさは油断大敵
「う、嘘でしょう……」
三日ぶりに登校した私は、掲示板の前で驚愕のあまり立ち尽くしてしまった。
掲示板前に生徒たちが集まってるな、何だろうなって思っていたら、一緒に登校したダミアンが「見に行ってみる?」なんて優しいことを言うから。
ダミアンはこの内容を知っていて、私の反応を楽しみにしていたんだろうね。
だって今、隣で笑いを堪えて私を見ているもの。
「……ダミアン様、これは何かの間違いでは?」
「まさか。間違いのある内容を掲示したりしないよ。ほら、ここに学園の掲示許可印もある」
「……どんな嫌がらせですか?」
「何のこと? 生徒会役員は生徒たちの推薦によって決められるからね。民意だよ」
「でも、生徒会庶務だけは別ですよね? 確か生徒会の方たちが選出するって……」
「そうだね。生徒会役員全員の承諾が条件だね」
未だに笑いながら私を見るダミアンは心底楽しそうで腹が立つ。
その笑顔を見て、遠巻きにしている生徒たちの中からいくつもの黄色い悲鳴が上がった。
確かに、ダミアンの今の笑顔は無邪気な感じで、普段の穏やかな微笑みに比べてめったに見ることができないレアものだけど。
『微笑みの貴公子』なんてありきたりすぎて、はいはい。って感じだよね。
とにかく、この笑顔は私を生徒会庶務に――雑用係にした喜びと、私の反応を楽しんでいるからなんだよ。
ダミアンが今言ったように、生徒会役員は生徒たちが匿名で自分たちを率いるに相応しいと思う人を選んで(推薦や立候補はない)投票し、獲得票数の多い生徒から選出される仕組み。
だから思いもよらず生徒会役員に選ばれてしまう生徒もいて、辞退も許されるけれど、それはまずない。
今回選ばれたのは生徒会長にアクセル様、副会長にダミアン、書記にジャン、会計にエルマンお兄様。
この役職だけではさすがに生徒会業務を担うのは大変だろうと、庶務を生徒会に入れることができる。
庶務の人数制限は四人。
要するに各役職につき一人の秘書がつくような感じで、生徒会役員が個人で庶務を選出するんだけど、他の三人の役職の承諾が必要なんだよね。
「……ちなみに、私を選出したのはダミアン様ですか?」
「もちろんだよ。できる限りレティシアと離れたくないからね」
ちょっと! いきなり大きな声で答えないで。
周囲にも聞こえて、今度は違う悲鳴が上がってるじゃない。
ダミアンが副会長に選ばれたってことは、学園で二番人気ってことで(一番は当然アクセル様)、私と婚約したことで女子生徒たちが(一部男子生徒も)嘆き悲しみ、私に怒りを抱いているんだから。
それをこの仕打ち!
ますます女子生徒から(一部男子生徒からも)目の敵にされるじゃない!
「拒否権はありましたよね?」
「辞退することは可能だけど、その期間は過ぎてしまっているね。だからこうして公示されたわけだし」
「……二日間の監禁理由はこれですか?」
「さあ、どうだろうね?」
うっかりしていたけれど、三日前の放課後に生徒会役員選出発表予定だったはず。
この公示を見る限り、予定通り発表されたんだろうね。
辞退できるのは発表後の二日間だけ。熟考期間が短いのは辞退する生徒がほぼいないから。
過去に数人いたらしいけれど、理由は家庭の事情(父親が急逝したため家督を継ぐことになったが多い)で、やりたくないからとかいった理由はないらしい。
庶務も同じように生徒会役員から選ばれ打診された場合、熟考期間は二日間だけ。
でも、打診された場合だよね?
「私、打診されていないんですけど」
「ちゃんとしたよ。僕からの推薦でレティシアを庶務にしたいってご両親とエルマンには伝えたからね」
「私自身にしてください」
「でも、生徒会の仕事をしていると帰宅が遅くなることもあるからね。ご両親に許可を得るのは当然だろう? ご両親やエルマンから聞かされていなかったなんて知らなかったんだよ」
「帰宅も何も、私が帰るのは王宮じゃないですか!」
家族から聞かされていない私が悪いって言われているみたいで、つい大声で反論してしまった。
そのせいでまた周囲がざわりとして、失敗したことに気づく。
ああ、認めちゃったよ。
たとえ既成事実とか何とかの噂が広がっていたとしても、私自身が王宮に帰るって言っちゃった。
自分の失態にショックを受けつつちらりとダミアンを見たら、信じられない表情をしていて二度見してしまった。
何て言うか、愉悦? 恍惚?
上手く言えないけど、とにかく私の失態に喜んでいるのだけはわかった。ほんと最低最悪だよ。
「とにかく、この話は改めて放課後にしましょう。もうすぐ始業時間ですし、教室に行きますね」
「放課後は生徒会室でね」
「……わかりました」
どうにか庶務を辞退するためにも、アクセル様たちがいる前で話し合ったほうがいいと思う。
ダミアンだけだと、言い負ける自信しかない。
教室に向かって歩き始めると、ダミアンも一緒についてきた。
「どうしてついてくるんですか?」
「僕も教室に向かっているだけだけど?」
「――っ、では、私はこちらから行きますので!」
階数は違っても教室棟は同じなんだから、同じ方向に行くのは当然だよね。
ちょっと恥ずかしくて、それ以上に一刻も早くダミアンと離れたくて、私は遠回りだけど特別棟の裏をぐるっと回っていくことにした。
その分、急がないといけなくて、小走りになる。
ダミアンはもうついてこなくてほっとしつつ、少しだけペースを落として歩いているうちに冷静になってきてふと気づいた。
私が庶務に選ばれたことに驚きすぎて忘れてたけれど、本来はヒロインが選ばれるはずだったんだよ。
でもヒロインらしき名前が掲示になかったのは間違いない。
どういうこと?
生徒会発足までにヒロインを見つけるつもりだったけれど、まさか本当に私がヒロイン!?
なんてことはない。だって、私には《サント・クリスタル》の力の片鱗もないことがわかっているから。
それじゃあ、ここは『王子様♡』と似て非なる世界ってこと?
私はこのままダミアンにいたぶられ続けないといけないのかな。
アクセル様に助けを求めたいけれど、昨日知ってしまった新たな一面を考えると躊躇してしまう。
それじゃあ、エルマンお兄様はどうかな?
でも、私が庶務に選ばれたことを教えてくれなかったし、監禁されているのに会いに来てくれないどころか、手紙さえもくれなかった。
ダミアンの邪魔が入ったって可能性もあるけど。
生徒会の中で助けを求められるのは、ジャンかもしれない。
ジャンは熱血で正義感が強い人だったし、私が本気で嫌がっていることを知れば、辞退期間が過ぎていても融通してくれるかも。
まあ、ダミアンが立ちはだかるだろうけど、ジャンルートではしっかり立ち向かって打ち勝ってくれてたもん。
そこまで考えて、掲示されていた生徒会役員の名簿をふと思い出す。
そういえば、もう一人庶務の名前があったよね。
自分の名前ばかりに気を取られていたけれど(うぬぼれてるわけじゃないよ)、ジャンが選出したらしい庶務の名前。
まあ、ジャンが書記って確かに大変だろうからわからないでもないけど、『王子♡』の中ではヒロイン以外に庶務はいなかったはず。
自分の記憶を手繰り寄せ、役員名簿の名前を改めて思い出す。
「……って、嘘でしょう!?」
一人で声を上げてしまったのは仕方ないと思う。
だって、あの名簿にあった名前は『アントニー・バックス』。
攻略対象の一人なんだもん!