10.既成事実
「それで、どうしてレティシアはここから出るために《サント・クリスタル》の力が使えればなんて考えたのかな?」
はい、振り出しに戻った。
どう答えるのが自然か考えても無駄なのはわかる。
きっと何を言っても誤魔化しだとバレる気がする。
問題はダミアンが私の誤魔化し――嘘を見逃すかどうかだけ。
「……あまりに退屈だったので、子どもの頃のことを思い出していたんです。神話の中の《サント・クリスタル》の力はとても魅力的で、子どもの頃は万能だとさえ思っていましたから、ここから出ることも可能なんじゃないかって考えただけです」
「へえ……。じゃあ、今のレティシアは《サント・クリスタル》の力が万能ではないと思っているってこと?」
「……世の中に、『万能』なんてものは存在しないと思っているだけです」
「なるほど」
確かに《サント・クリスタル》はどんな病気や怪我も治癒することができて、魔獣や瘴気を払ったりできるから万能魔法としか思えない。
なにより《キー・オブ・アヴァン》を発動させることのできる唯一の力だから。
ゲームのエンディングでは、《キー・オブ・アヴァン》を発動させて、この世の楽園のようになった世界で幸せに暮らしました。めでたしめでたし。で締めくくられてた。
でも、この世の楽園って怖くない?
ちょっと怪しい宗教観があって、私はエンディングとしては単に『めでたしめでたし』でよかったと思う。
まあ、どのスチルでも攻略した相手とヒロインが並んで幸せそうに微笑み、その周囲に他の攻略対象が微笑んで二人を祝福しているってだけだったから、そこまで『楽園』とやらが描写されていたわけじゃない。
たぶん、ただのハッピーエンドな世界に名前をつけたかっただけだと思う。
とはいえ、アクセル様ルートをはじめ、他の攻略対象ルートでも、最後のスチルにダミアンは存在しなかった。
逆にダミアンルートにだけ、アクセル様の御姿がどこにもなくて、私にとって悲劇のルートでしかなかったんだよね。
「――では、明日からまた学園に登校できるよう手配するよ」
「え? 自宅に帰ってもいいんですか?」
「いや、帰る必要はないだろう? 学園にはここから通えばいいんだから」
「……ここから通う意味がわかりませんが」
「レティシアは僕の妃となるための教育がまだ終わってないよね? 王族は何かと面倒くさいんだ」
「学園が休みの日に通わせていただければ、十分ではないでしょうか? 結婚はまだ先なのですから」
「おや、まだ先だなんて冷たいな。結婚なんてしようと思えばいつでもできるんだよ?」
「ダミアン様のお立場でいつでも、というのは難しいのではないでしょうか?」
「それはもちろん、表向きはね?」
「表向き……」
「式典だの祝宴だのは準備に時間もかかるが、結婚に本来必要なのは神への誓いだけだ。それなら今ここで行うことだってできる」
「で、ですが、祭司もおりませんし、陛下の承諾もなく、そ、それに! お妃教育もまだ全然進んでおりませんから、私ではまだまだダミアン様には不釣り合いで申し訳なく、精進させていただきます!」
「うん。では、ここから学園に通えばお妃教育も精進できるね」
「そうですね……」
結局、自宅に帰ることは叶いませんでした。
とはいえ、ダミアンは私を監禁……これからは軟禁? していったい何がしたいんだろう。
私とその付属である地位や持参金、将来的な後ろ盾を手に入れたくて婚約したんだからそれでいいはずなのに、とんでもないことまで言い出したし。
やっぱり私の中身が原因?
それだけで結婚を急ぐのも変だし、監禁されるまでもないと思うんだけど。
一人でもやもやするより、もう素直に訊いたほうが早いかも。
「ダミアン様はなぜわざわざ私を監……ここに留まるようにされたのですか? 私という存在を婚約者という立場で得たわけですし、私自身をお近くに置かれる必要はないのでは?」
「婚約はあくまでも結婚の約束でしかないだろう? そんな不確かなもので安心するなんて馬鹿らしい。約束なんて、破ろうと思えば簡単なんだから」
「……王弟殿下であるダミアン様との約束を簡単に破れるわけはありません」
「レティシアはそうだろうね。君は真面目だから。でも、世の中には不真面目なやつがいっぱいいるんだよ?」
たとえ不真面目な人がいっぱいいたとしても、王族相手に約束を破るなんて――もしくは破らせるなんて命知らずなことができるわけがないと思う。
しかも、相手はダミアンだよ?
ダミアンがとんでもない魔術師であることは学園どころか国中の人が知っているはずで、そんな彼にケンカを売る馬鹿はいないでしょ。
あ、私が密かに売ろうとは思ったけど。
「僕はね、前にも言ったが、自分のものを盗られるのは許せないんだ。だから単なる約束ではなく既成事実を作ろうと思ってね」
「既成……事実?」
「そう。既成事実。レティシアは婚約者である僕の屋敷……まあ、この王宮は屋敷と言うには少々大きく住人も多いが、そこに滞在しているんだ。そしてたった今も侍女を下がらせ二人きりで過ごしている」
「で、ですが、私たちの間には何もありません!」
「では、本物の既成事実にしてしまおうか」
「結構です!」
ダミアンはとんでもないクズ男というか、嘘つき野郎だった……。
たとえ婚約者の家だとしても、未婚女性が付添人もなしに泊まるなんて本来なら許されないよ。
学園内でも男女で二人きりになるのは禁止されているくらいなのに。
みんな隠れて青春してるけど。
両親の許可があって、さらには婚約しているからって簡単に考えていたけど、宰相とはいえ単なる侯爵のお父様が王弟殿下に逆らえるわけがない。
ダミアンの言い方だと、この既成事実は世間に広がっているってこと。
要するに、すでにダミアンと深い仲だと思われているわけで……。
ということは、明日からどんな顔して学園に通えばいいの!?