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作用点のつけどころ

作者: 華嵐三十浪

 口は災いの元とよく言うが、実際に言わなきゃよかったと思うことに遭遇するのは、そうそうないと思うんだよね。まぁ、俺はまだ人生17年目だから、そういった機会がないのは仕方がないってイヤー仕方がない。

 人生の山坂なんぞ、これからだし、今はぬるま湯のような学生生活を楽しむことこそが至上命題ってもんなんだと思う。思うんだけど~、今この状態は、そのなんだ。。どーすりゃいいんだろうか。。。

 俺は晩秋の山の中で、夜中に身を潜め静かに己が身の振り方を考えていた。


 事の起こりは、高校の写真部で月下美人を撮りに行こうと言う話になった所からだった。たまたま、1年生部員八坂の爺ちゃんが所有している山に月下美人が咲く。と言う話になり、夜間撮影の経験がない学生どもはにわかに沸き立った。


 「で、私に何をしろと?」

「今週末の夜だけど、ねーちゃん暇だろ。そいつの爺ちゃんの家まで送ってよ」

「クリーンエネルギーを利用して電車で行け。さもなくば、歩け」

「いいじゃん。どうせゴロゴロしてるんだから、可愛い弟を送っててくれても」

「あのさ、なんで週末の夜が暇だって決めつけてんの?美しく可憐なお姉様はグッドルッキングガイズにチヤホヤされてて忙しいって考えないの」

「。。。。デワ、オネーサマノグッドルンガイズニドライブリクエストプリーズシテクダサレ」

楽しい姉弟の会話は殴打音によって遮られ、家内の平穏を憂慮する怒れるレフリー(オカン)にドローを言い渡される。

 どつかれたのは、もちろん俺だ。

 どうせ、彼氏いない暦=年齢で週末のレクリエーションといえば、会社の同僚(婦人)か友達(女)と居酒屋かカラオケに突入するしかないんだから、送迎の一つくらいしてくれてもいいだろうに。。。

 もちろん、この心の声は口には出せない。

「行きだけでいいからさぁー。機材重いし~。ネ、オネエサマ」

ぼちぼち少年の可憐さがなくなっているお年頃だったが、楽チンを決め込みたかったので無理矢理身体をくねらせて姉に頼み込んだ。

 その瞬間、鼻に鋭い痛みがはしり、俺は自分の浅慮を後悔する。

「るっさいわね。普段勤勉に働く大人のご婦人は週末忙しいのよ。デートに合挽きに逢瀬を重ねないといけなくってねぇ」

レフリー(オカン)にバレないように、俺の鼻の穴に二本の指を力強く静かにねじ込んだ大人のご婦人は、俺を床に投げ捨てると同時に捨て台詞を吐いた。

「字ぃ。。。。。間違えてんぞババァ。。。メンズもクソもカレシもイネーくせに見栄張んなよ」

「イルワヨ。。。」

弱々しくも冷徹な肯定の言葉とともに俺のけつに衝撃が走る。

「イルワヨ。。。カーレーぴっの1人や2人。。。。」

俺は床に臥せりながら、敵の動揺を見て取った。ピッてなんだよ。

 このままでは済まさぬ。。。

いかに姉といえど、俺の鼻と尻の仇をとらねば、弟(家庭内パシリ)の名が廃る!

弱者の意気地見せてくれるわ!

「。。。。サイヨ。。。連れて来なさいよ。。。クリスマスに」

俺の尻の上の足がヒクつく。

「いるんでしょー?彼ピッピ。連れておいでなさいよ」

「な!なんで、わざわざ連れて来ないと」

「連れて来れるわよねー!まーさか!脳内彼ピかしらぁー!アタシ、頭の中から出てこれないイマジナリー彼ピッピのためにこんな無残な目にあってるのかしらあー!!!」

俺は、声をデカくして敵を追い詰める。今、この無残な姿をレフリー(オカン)に見られて困るのは、彼氏いない歴イコール年齢のコイツだ!俺の尻の上の足が戦慄く。

 こい!乗ってこい!さぁ!カマーン!

「。。。ワカッタ。。。」

掛かった。。俺は突っ伏したままほくそ笑む。

「OK。。商談成立ね。モシ、連れて来れなかったら。。。アンタ、アタシが高校卒業するまでパシリよ。。。。」

商談が見事に成立した瞬間、俺の尻に2度目の衝撃がはしった。



 ホーリーシット!

日本文化圏でよかったわぁ。

海外に一切縁がないから、言葉の意味を心底理解せずに悪態と思しき言葉が躊躇なく脳内再生できる。。。。

海外で使うと有色人種は確実に命を落とす言葉も、脳内で文化圏外であれば使い放題だわ。

 ふ、つい怒りに我を見失って、弟の言葉尻に乗ってしまったわ。。。人ってなんて愚かなのかしら。。。。。


 地方都市と言う名の田舎のショッピングモールのフードコートで、会社帰りに平静を装っている女は深く深く後悔していた。


 今の世の中、恋人がいようがいまいが個人の自由で通すことができる。

しかも、ジェンダーな先人が血と汗と悔し涙と負け惜しみで築いてくれた道のりのおかげで、後ろ指を密かに刺されることがあっても、表立って結婚を急かされることすらなく独り立ちせずにパラサイトモラトリアムを貪ることが出来る。

「ビバジェンダーフリー。。。。」

己が欲望を全うせんがために、種としての昇華をかなぐり捨てている行為だとしても!

このぬるま湯のような快適さを壊すことができようか!

 いや!否!

なのに!ついうっかり、弟の口車に乗って、いもしない彼ピッピを連れて来ると言ってしまった。

 ところで、ピッピって何だよ。。。。

もとい、これを無視や理由なく反故にして、自らの家庭内イニシアチブ崩壊を招くわけにはいかない。

たまたま偶然、数年パシリ(弟)より早く産まれた利点を生かして築いて来た家庭内のオピニオンリーダーとしての地位!失うわけにはいかぬ!

どうすれば。。。。。。

「あ、海外赴任!アメリカかシベリア辺りにでも飛んで貰えば。。。。。。」

イカン、余りにも彼ピッピ、だからピッピってなんだよ!ポケモンか!の条件を良くしすぎたら。

「レフリー(オカン)がだまってない。。。。」

迂闊に、海外赴任までするようなハイスペックエクゼクティブに仕立てあげたら。。。

地方都市(田舎)のマダムネットワークで、存在もしないイマジナリーカレピを突き止めるまで調べ上げるはずだ。。。。

万が一にも偶然条件が揃う適合者が存在していようものなら、厄介払いを望んでいるレフリー(オカン)はもとより娯楽に飢えたマダム(オバハン供)が適合者に。。。

 イマジナリーがリアルに迷惑をかけかねない。

そうなれば。。。あっという間に、見も知らない男を彼氏と思い込んで追いかけ回す妄想癖のメンヘラストーカーの虚構の実績をつくりあげられ。。。

「社会的にも家庭的にも我が信用の崩壊は必至。。。。」

友人に臨時雇用のカレピを、だから何でぴなんだよ!ぽでもいいじゃん!融通してもらおうと思っても、同じ年齢層の彼氏を持たない女の言うことなんぞ相場は決まっている。

 彼ピッピぃ~ダァ。。。そんなモン当てがあるなら人になんぞ紹介するかぁ!だ。

ところで、いつからピッピなんだ?

「クソ!万策尽きっ。。。。。」


女が一人で固く握りこぶしを握りしめる不穏なテーブルの隣に、中学生くらいの女の子達が朗らかに談笑しながら席に着いた。おそらく話に夢中で、隣の不振な女が目に入らなかったのだろう。


「この特集のどれかやってみる?」

「クリスマスイルミネーションまでに彼氏ができるおまじない?」

彼女達は雑誌を手に朗らかに笑う。

 女は気が立っているせいか「彼」という単語に耳聡かった。


 えっ、違う!ピッピじゃないの?

若人はもうピッピって言わないの?

イヤ!違う!そこじゃない!小娘どものくせに彼氏だと。。。。

もっと違う!そこでもない!大きなお世話だ!それじゃない!クリスマスイルミネーションまでに彼氏を作る方法だ!そんな錬金術みたいな画期的な方法が令和にはあるのか?


「いやいや、こっちだよね。片思い編!」

心なしか言われた方の女の子の頬が染まる。


 好きな男がおるんかーい!!


 女は頭のてっぺんから感情が噴き出した。目に見えるものならベスピオ火山を見まごうばかりの壮大な大噴火であっただろう。

 

 今の男子中学生は見惚れるくらい出来栄えがいいのか?

私の時は坊主、ニキビ、チビとか悲惨な環境だったのに!

何が!何が違うんだ!食いモンか?ネット環境か?ゆとり教育か!


 一人身悶えする女をよそに彼女達の話は続く。


「え~、そんなんじゃないよ~」

「おまじないなんかしなくても良さげだけどね~」

彼女達は柔らかくニオニオとしながらお互いに照れ笑いをして、女の思惑とは全くこれっぽっちも関係なく、可愛らしい談笑を続ける。

 彼女達と女の席との間は約1m。しかし、この1mにどんな異界が挟まっているのかと言うくらいに、彼女達と女の間にはどすぐろい隔たりがあった。

「でもさぁ、イルミネーションデートってしたみたいよね」

「うん、いいよねー」


 ふっ。そう、落ち着きなさい私。

そう、彼女達は真に彼氏を求めているわけではなく、ピィどこ行った。

イルミネーションと言うスチュエーションでデートというレクリエーションがしたいわけなのよね。

 ほほっほほほほっほ!子供よのー!ほほほほほほーーーー!


 よく、脳内からこの擬音が口をついて出ないものだと感心するくらいに女は高ぶっていた。

もっとも、夕食時のフードコートで奇声を発したが最後であるのだが。。。。


 違うって!!!!用があるのは、おまじない特集が載ってる雑誌名なんだって!

彼女達の恋愛事情ではない!

 ああ!家にパシリしかいないから、女の子に声かけにくい。

今このテンションで声かけちゃったら警戒される。

ってか、あまりの必死の様にドン引きされて通報されたらジ・エンド。

 と、とにかく、平静を装って盗み見だ!


 数十分後、妙に目を血走らせた女が、書店でティーン向けのパステルカラーが鮮やかに表紙を彩る雑誌を購入する姿があった。


「横にらみで目が痛い。。。。。」



 「結構面倒なものなのね」自宅へ戻った女は、早々に自室へ戻り寝転んで買ったばかりのティーン向けの雑誌を見ていた。

 ざっくりと読んでみたら、なんか、準備物が面倒だな。

ロウソクの、色柄の指定された紙の、紐の、リボンの、リンゴにクッキーって。

 子供向けのかんたんらくらくクッキングの要領だと思ってたんだけどな。まぁ、どれもタイトル通り、らくらくだった試しがほとんどなかったけど。

 タイトル詐欺め。


 おまじない特集には、どこにもらくらく簡単とは書かれていない。

本気で当てにしている割に、詐欺のペテンのと思う女の神経が疑われる。詐欺どころか女の思惑については、雑誌社から名誉毀損を疑われても仕方がないくらいだ。


 それに、新月の夜の満月の夜のって、わたしゃ中秋の名月だってテレビのニュースで翌朝に知ったのよ。

いちいち、月の運行タイミング見て暮らしてないわい。漁業関係者じゃあるまいに。

 ってか、出来る乙女はそう言ったナチュラルネイチャーな移ろいに敏感でなければいかんのか?

この数項目読んだだけで、もういいか、パシリであれば拳で解決できるだろうって思うようではいかんのか。

 彼氏いない歴=年齢は積み上げるべくして積み上げた、当然の帰結なのか?

それって、最近よくDMで来る積立NISAよりリターン確実すぎね?

いやいやイヤイヤ、私はまだ、20代前半彼氏いない歴と言っても、高卒から換算して約8。。。。。


 女の脳裏に、フードコートで袖すりあった彼女達の微笑みがよぎる。


 いかん、パシリに対する体面だけではなく。なんか、いかん!そう、このまま、勢いと体力で全てを解決するような人生はいかん!パシリ側の世界線で物事を進めてしまうのはいかん!

 取り戻さねば。。。年齢相応の婦人の境地を!ナチュラルネイチャーな移ろいに心揺らしすり減らす彩り豊かな暮らしを!


 女はいつの間にか、20代~30代の働く女性を購読者としてターゲットにした雑誌のメインコピーのような文句を脳内に浮かべながら、パステルカラーのティーン向け雑誌と対峙した。


 「新月の夜に、ハンカチに自分と片思いの彼の名前を書いたハンカチを。。。片思い用かい」

「満月の夜の午前1時33分って、細かいな。赤いリンゴに自分と彼の。。。。クソ」

「三日月の夜に、ローソクに火を灯し自分と彼の。。。。コレモカイ!そうホイホイ好きな男がいたら誰も苦労せんのんじゃ!」


 女は悪態をつきながらページをめくっていく。

 ティーン向けのおまじないらしく、だいたいは意中の彼に向けてのアクションだった。


 「しかし、可愛らしいおまじないだわね。たいてい月の夜で、ロウソクの灯りにお気に入りの香水、リボンやリンゴ。。。。これが、いつ五寸釘に藁人形になっちゃうのかしらねぇ」


 女はブツブツとボヤキながら、とあるページで目を止めた。



 俺が学校から帰ると、近所に住むばあちゃんがレフリー(おかん)と世間話をしていた。

適当に挨拶をすませ、リビングを通り過ぎながら聞くともなしに話の内容が聞こえてくる。

だいたいは、家庭菜園の農作物の獣害だ。

 今回は珍しく多肉植物が根こそぎ被害にあったらしく、イノシシが出ているのではないかと町内会で警戒しているようだった。

「シゲーさ、今日は餅持ってきたから後で、きな粉餅してもらいなー」

ばあちゃんが、声をかけてくるので2階に上がりながら背中で返事をする。

「ありがとう。でも、今日は部活で夜中まで出かけるから明日食べるよ」

後ろからばーちゃんのそーかーの声に被さるように、レフリー(オカン)の大豆が見当たらないの声が小さく聞こえた。明日は醤油餅かな。

「ばーちゃん。後でネーちゃんが部活に送っててくれるから、そのついでに車乗せて帰ってもらいなよ」

楽さしてもらうわー。との返事が聞こえる。

 あの、鼻の穴と尻に被害を被った日からしばらくして、姉が俺の送迎を引き受けると言い出した。

なんか怪しげではあったが、利便性やのちの面倒ごとを考えてありがたく受諾した。

 勝手にばあちゃんの送迎を引き受けたが、俺の送迎と違ってまず断ることはないだろう。

 まぁ、渋ってもレフリー(おかん)が上手く言いくるめてくれるだろう。

 俺は、人生初めての夜間撮影の準備をウキウキと始める。


 その夜、姉は用事が増えたことに文句を言うこともなく、ばあちゃんの送迎を済ませてから俺を部活のメンバーの祖父の家まで送ってくれた。

「ハイ、これオヤツ。みんなで食べるといいわ」

車から降りる時、姉は何故か大量のグラノーラの袋を渡してきた。

 驚いていると、箱買いしたはいいが飽きたんだと、理由をつけてきた。

「迷惑かけるんじゃないわよ」

送迎中は無言でオヤツまで用意していたので気味が悪かったが、きっちりと捨て台詞は残していった。

その捨て台詞に、いつもの姉なんだと安心した。

 その安心は数時間後に音を立てて破られることになる。


 俺はすぐに部活のメンバーと合流し、撮影現場の持ち主である八坂の祖父に挨拶をする。

 初めての夜間撮影で校外というスチュエーションで、といつもと違う状況に俺たちのテンションはいやが上に盛り上がっていった。

 八坂の祖父は祖父で男ばかりの高校生が扱いやすいらしく、冗談を交えては終始ご機嫌だった。

「じゃあ、今日は満月で夜でも比較的明るいが足元には気をつけて、行くなってところはぜーったい行くなよ」

家からしばらく歩いた後、山道に入る前に注意を受ける。

俺たちは小学生よろしく、はーいと快活に返事をした。

 山道といっても、八坂祖父が暇な時に手入れをしているだけあって取り立てて危険な感じはなかった。皆のんきに、キャッキャウフフと道を進める。

 日は暮れてしまったが、現地に着いても開花時間には間があるのでゆっくりと準備ができそうだった。そして、物語はいやがうえにも冒頭へと導かれて行く。。。。

 月夜にひっそりと咲く静かなイメージとは裏腹に、月下美人は華やかで繊細な美しさをまとっていた。女王の名に相応しく、鋭くきらめく月光を纏って見劣りしなかった。

 普段なら眠い目をこするところだが、楽しさと興味が上回り眠いなどと思いもしなかった。皆、無言で花にカメラに向き合い撮影を進めていった。

「おい、何か物音しないか?」

ふいに、何故かヒソヒソと友人が囁く。何も聞こえていなかった俺はファインダーから目を離した。

「何も聞こえないけど、ここ私有地だろ?俺達以外に誰が。。」

「私有地でも山の中だし。。。」

俺たちがひそひそと囁く中、すぐに八坂祖父が俺たちを制し静かにしろのジェスチャーをした。

「イノシシかもしれん。イノシシならやり過ごさんと。。。」

そういえば、昼間ばあちゃんの家庭菜園が被害にあったとか言ってたな。

俺たちは明かりを消し、息を潜めた。

 俺たちが息と身を潜めていると、どこからともなく土を踏み小枝や落ち葉を踏む音が聞こえてきた。

だんだんと音が近づいてくるに従い、野生動物ではないのがわかってきた。

「コレ。。。」

俺が口を開きかけた時、先ほどよりも険しい顔をした八坂祖父が皆を制した。

さっきよりも静かにして身を潜めろと言うことらしい。

「人間なら、もっとヤバいわい。。。不法投棄の奴らか」

たしかに、こんな時間に整備されてるとはいえ山の中だ。まともな目的を持った人間が来るわけがない。

 もうすでに、浮き足立ちたい気持ちでいっぱいだが、この後どういう行動を取るにしても相手が何者か確かめないといけない。

「。。。。。コイ。。。。」

声が聞こえてきた。これは間違いなく人間だ。八坂祖父のいうところのもっとヤバいだ。

「ツ。。。。。コイ。。。。」

近づいてくる不審者は、まばゆいばかりの月光を背後から浴びていてシルエットでしか確認ができない。

 ブツブツ言いながら、何かを撒き散らしている。

「不法投棄か?」

八坂祖父は怪しげな姿を確認しながら、どうも1人しかいないようなのでよく見ようとして目を細めていた。そこに俺たち以外の声が静かに響いた。

「北はこれでいいわね。次は。。。」

アレ?この声。。。。。

 俺は、静かに潜めていた身を伸ばし不審者を目視した。

 鋭くきらめく月光に照らしだされた姿、イヤ、光の粒子を闘気として纏う雄姿といった方がふさわしい仁王立ちだった。

 その雄姿を見た、この衝撃を誰に伝えればいいのだろう。

いや、伝えたら俺が終わる、いや、少なくとも不審者改め姉が終わる。。。。。

 なんにせよ、今目の前で行われている不法侵入問われるかもしれない言動を行なっているのが、実の姉だと理解した衝撃をなんと言い表せばいいのだろうか。。。

「おい、シゲー。アレって」

「見も知らん赤の他人の女だ」

部員の田辺と柴田は俺の家で姉を何度か見かけている。

 今日は、とてもとても明るく美しい満月で、しかも晴天。

晩秋に入ってきたので寒さを感じるくらいになっている。

その寒さが空気を明瞭にして、月明かりに照らされれば闇夜でもハッキリと人の顔が判別できる。友人の強張った顔もハッキリと見て取れる。

 ファッキン晩秋。ここが英語圏でなくて。。。。。

「こっちが東ね」

姉は手の上にコンパスを載せているのか、手のひらを水平にして90度踵を返した。

八坂祖父が意を決したように立ち上がろうとした瞬間、姉の咆哮が響く。

「来い!!!理想のハイスペックイケメン!!」

姉は叫ぶと同時に、片足を力強く前方大地に踏み込み、高校球児や大リーガーもかくやという勢いで手の中の何かを投げた。

いや、見えぬ壁に向かって渾身の力を込めて打ち込んだ。

そして、その勢いのままハイライトの効いた鬼の形相で、もう一度何かを投げながら咆哮する。

「来い!眉目秀麗!金持ち!の彼氏!!ピイィ!」

「月よ!月光よ!私に恋人を連れて。。。。。来いーーーーーーー!!!!!!!!」

投了の終わった姉からは、普通は見えないはずの覇気が立ち上っていた。

 俺は恐る恐る周囲を見た。八坂祖父は、口をあんぐりと開けたまま身を潜めていた。

他の部員たちも身を潜め、目を見開いたまま俺を見ている。

あんな知らねー女見た事ねー。。。

「次は、南か結構面倒ね。これ1回1回同じことやらなきゃいけないのね」

姉はコンパスで南を確かめて向きを変える。

 そして、大地を踏み割りそうな勢いで足を踏みしめ、手に握った何かを投げ咆哮する。

「来い!ハイスペック!イケメン!金持ち!!!!理想の彼氏!!現れ出でよ!!我が前に立て!来たれ!我は求め訴えたりィ!!!」

ねーちゃん。。。それ別の召喚魔法じゃね?。。。。

絶対間違ってる。

 俺の頬に生暖かいものが流れる中、姉の投げている何かが勢い余って、身を潜めている場所まで跳ねてきた。

部員田辺が何かを拾う。

「刻んだアロエ?」

ばーちゃんちの家庭菜園の被害品。だから、無言でばーちゃん送迎したのか。

部員柴田も何かを拾う。

「大豆?」

レフリー(おかん)がナイナイ言うてたな。

後輩八坂も何かを拾う。

「干からびた大麦かな?」

オヤツにみんなで食えって押し付けてきたな。大麦抜いてたんかーい。

 姉は東西南北それぞれに呪文だと思われる欲望を吐いて、アロエと大豆と干からびた大麦を投げた。

そうして東西南北に咆哮と呪物を撒き散らす儀式が終わると、姉はやり遂げた顔をしてに静かに去って行った。時間にしては30分もかかってなかったように思う。山は静かに静寂を取り戻していった。

 友人達や後輩、祖父は、姉の呪詛が終わるまでひとこともしゃべらず、俺とも目を合わせなかった。

まさか、事の発端が俺の鼻と尻の敵討ちだとも言えなかった。

 家庭事情が社会生活に影響を及ぼすというのは、レフリー(おかん)の井戸端会議で聞いてはいた。しかし、こんなボディーに効くブローだとは聞いてなかった。

 姉の奇行の原因の一端を担ってしまった以上、迷惑をかけた世間に一言でも弁明もしくは謝罪をするべきなんだと思う。しかし、たかが17年の経験値で対処できるファーストインパクトではない。

 その後、俺達は無言で夜間撮影を終えて帰路に着いた。帰り道に俺は八坂祖父へ、姉が撒き散らした呪物の清掃作業を絞り出す声で申し出た。

「シゲー、俺手伝うよ!」

「あ、僕も!」

友人達や後輩が俺も俺もと、身内の不始末の片付けの手伝いを申し出てくれる。誰も、あの不審者を姉だと明言しない。目の前が滲んでくる。

「かまんかまん。アレなら自然に還るか動物が食う」

不自然なほど優しく八坂祖父の手が俺の肩にかかる。大きな手のひらは生温かさが、申し訳なさを倍増して感じられた。


 後日、八坂祖父経由で、ハイスペックイケメンではないが健康な男であると注釈がついた見合いの話が姉に舞い込んだ。おまじないが効いたのかどうかはわからない。。。。

 結局、ピィってなんなんだ。。。。



お楽しみいただければ幸いです。

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