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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第2部 青年期 武芸者編ノ壱 新たな仲間と聖国の追手編

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17話 追っ手の凶行とラウラの決断(虹耀暦1286年9月:アルクス14歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 日も完全に暮れた頃――これから夕食や呑みに出歩こうという住民達が増えてくる時間帯だ。


 普段ならガヤガヤと賑わうヴァルトシュタットを、今日だけは別の騒がしさが支配していた。


 共和国の田舎街へと伸びる旧街道は、街の南西方面の門から続いている。


 そことは正反対に位置する東方面の門が、ざわめきに包まれていた。


 鉱人鍛冶師ダビドフ・ラークの工房を出たアルクス達6人一党は、何の騒ぎだと胸騒ぎを覚えて近寄り――……。


 すぐに騒ぎの根源に気付いた。そう広い街でもない。


 東門の方で全身傷だらけの若い男が、門兵や衛兵達に担ぎ上げられていた。


 整備されている石畳には赤黒い染みが伸びており、掠れたような跡が門の外まで続いている。


 歩を進めてすぐだ。


 アルの隣にいるマルクガルムが、鼻に皺を寄せて獣の唸り声のような低い音を出す。


「マルク?」


「魔獣の仕業じゃねえぞあれ。獣の臭いがしねえし、金臭さが強すぎる」


 その一言でアル達もピンと来た。


 よもやこのタイミングでただの偶然ということはないだろう。


「っ? まさか……!」


「聖国の連中だ」


 ラウラのセリフを待たず、アルは下手人を断定した。まず間違いない。


「昨日の今日で襲ったっての!?」


「サイッテーだね」


 凛華が鬼歯を剥き出しに怒りを表し、シルフィエーラが平素とは対照的な感情を感じさせぬ硬い声音で吐き捨てる。


「そんな……」


 ラウラは口元を押さえて立ち尽くし、


「騎士の風上にも置けんクズ共め!」


 ソーニャは萌黄色の瞳に怒りの火を灯した。


 そこへバタバタと走る音が6人の後ろから聞こえてきたかと思えば、聞き覚えのある声が運ばれている男の名を呼ぶ。


「ギード!? おい、ギード!!」


 三等級の一党『黒鉄の旋風』、その頭目であるレーゲンだった。


「何があった!?」


 担いでいる門兵へ問えば、


「こちらも発見したばかりだ。そこの草むらから声が聞こえた為、警戒しながら近づいたら彼が倒れていた。周りには血が点々と落ちているし、我々も慌てて癒者のところへ向かうところだ」


 首を横に振って応える。本当にそれ以上の情報は知らないようだ。


「こんな時間からどこに行って――」


 レーゲンの仲間である女性剣士ハンナは心配するような、非難するようなどちらともつかない声音を発したが、門兵は再度首を横に振った。


「違う、私が対応したから覚えている。彼は昼前この門から出た。この辺りに魔導薬の材料があるから採りに行く、と。なかなか帰ってこないから別の門から戻ったのだと思っていたが……」


 そこまで聞いたアルがラウラとエーラへ伝言を託す。


「支部長を呼んできてくれ」


「うん、ボクらと関係ありそうだもんね。ラウラ行くよ…………ラウラ!」


「……あっ、は、はい! 行ってきます!」


 ハッとしたラウラがエーラの後を追って走って行く。


「すまんアル殿、ラウラが心配だ。私も行っていいだろうか?」


「うん、頼む」


「承知した」


 ソーニャもややフラついている義姉を心配して駆けだした。


 不安げな顔の住民らが「おい、薬師のとこの倅じゃねえか! どうしたんだってんだ?」「魔獣に襲われたのか?」「癒者今呼んでるからな!」と騒いでいるのを押し退けるようにしてアルは進む。


 兵達は担架を持ってきたらしい。


 レーゲンと大して歳も変わらなそうな傷だらけの男性がそちらへと移されている最中だ。


 血に塗れすぎて、怪我がどんな具合かアルにはよく見えない。


「畜生……っ! ここいらにそんな危険な魔獣は出ねえはずだろ!? 賊だってここいらを根城にするような馬鹿はいねえ!」


 ド田舎なくせに武芸都市の領地。安いシノギでデカいリスクを抱える愚かな盗賊などいやしない。


「知らないわ、たまに大移動する魔獣もいるから絶対じゃないのは知ってるでしょ。たまたま来た賊かもしれないし、とにかく落ち着いて」


 ハンナは荒ぶるレーゲンを諫めに掛かる。


「こいつがそんな危ねえとこに行くわけっ…………すまねえ」


 怒りを向ける相手が違う。レーゲンは熱くなった頭を振ってハンナに謝った。


「いいのよ、とりあえず彼を連れて行きましょ」


「ああ」


「我々も手伝う」


 門兵の代わりに街内の巡回をしていた衛兵の一人が、担架の片側を持ち上げる。


 もう一人は彼のボロボロの上着や拾い集められていた残骸を拾い上げ、集まっていた他の兵達が住民達に道を空けさせる。


「すまねえ、助かる」


 レーゲンは素直に感謝しつつ、早く癒者のところへ行かなければと担架の足側を持ち上げた。


 ハンナは彼らを見ながらポツリと呟く。


「本当にどうなってるの? ここらへんで賊か魔獣かもわかんないような怪我をするなんて……」


「賊っつーかあのクソッタレ共だよ」


 その後ろからマルクが急に現れた。


「十中八九ね」


 アルも援護を入れる。


「アンタ達どこから!? って待って、その連中ってもしかして」


「聖国のヤツらよ」


 断定した凛華にハンナは愕然とした。


 が、決めつけるのも危険だと思い留まって3人に言い聞かせてみる。


「昨日の今日よ? 有り得るの?」


「獣の臭いがしなかった」


 冷静な意見だが、マルクはキッパリと首を横に振った。


「でも……」


「ここらへんで急に偶然、賊が湧いたって可能性と、潜伏してた騎士連中が賊の真似事をし始めたって可能性――どっちが高いと思いますか?」


 やや詰問するような口調のアルにハンナが「うっ」と詰まり、渋々認める。


「そりゃあ……後者だろうけど」


「だったらそう考えておいて損はないはずです。兎に角、俺達も癒者のところへ連れてって下さい。あの人の話が聞きたいです」


 自分達の進退、そして生命に関わる情報だ。


 5人分のそれを背負っているアルの眼光は鋭い。


「わ、わかったわ。こっちよ」


 有無を言わせぬ語調に圧されたハンナの先導の下、支部長を連れて来たエーラ、ラウラ、ソーニャと途中で合流してアル達6人は癒院へと向かった。



 ~・~・~・~



 〈ヴァルトシュタット〉は帝国南部では平均的な広さの街だ。


 周辺の自然も豊かで長閑な場所が多く、ゆとりのある敷地に大きな癒院が一つだけ存在している。


 施術室へと辿り着いた6人とハンナ、支部長の姿を見てレーゲンは怪訝な顔をした。


「なんでお前らが?」


「それがね――」


「神殿騎士の仕業だと思ったからです」


「神殿騎士だと?」


 レーゲンの問いにハンナとアルは同時に答え始めたが、後者の発言の方が彼の注意を引いた。


「はい。その人からは獣の臭いがほとんどしないそうです」


 ”臭い”と聞いてレーゲンがアルの隣にいたマルクへ視線を向けると、人狼族の青年は確信を持っているような表情で頷く。


「だからってよ」


 聖国の連中とは限らねえだろ? と言いたげな視線を受け止めたアルは、ハンナがビクリと肩を揺らすほど強い眼光を帯びた視線を返した。


「だから聞きに来たんです、何があったのか。気に入らないなら殴ってもらっても構いません。でも後にして下さい」


 その赤褐色の瞳にレーゲンは瞠目する。


 アルの背負うもの、そしてなぜ半魔族の彼に平然と戦闘民族の魔族が仲間として下についているのかを垣間見た気分だ。


 幾ら仲の良い幼馴染であろうと人狼族や鬼人族といった戦闘民族の系譜は、形だけだとしてもそうそう簡単に人の下にはつかない。


「……いや、そうだな。叩き起こして聞くべきだ」


 ややあって、怪我人をすぐに起こすというアルの案に乗った。


 どちらにしろ正体不明の危険が〈ヴァルトシュタット〉周辺に潜んでいる。


 早いとこ情報を得るということ自体は間違いではない。


「すいません」


「構わねぇさ。先生、どうだい?」


「酷いもんだね。それに、そこの彼が言う通り魔獣に襲われたわけじゃないね、これは。刀傷と何か硬いものによる殴打痕がそこかしこ」


 先生と呼ばれた中年の癒者が淀みなく、然りとて労るような手付きで傷を確認しながら応える。


 『治癒術』は万能ではない。


 術をかけようにも傷口を綺麗にしておかなければ、余計な雑菌を体内に混入させることになってしまう。


「……そうかい」


 レーゲンはギードの顔を見つめながら辛うじて唸った。


 支部長も苦り切った顔を浮かべている。


 アルの言葉が真実味を帯び始めた。


「これ使って」


「森人の癒薬帯か。助かるよ、『治癒術』だけじゃ足りなかったところだ」


 エーラが癒薬帯を癒者へ手渡す。植物の専門家が作っているのだから人間が作るよりは断然効能が高い。


 今のところなかなか使わないし、一応使用期限がある。


 新しい分は宿の背嚢に入れてあるし、古い分はここで使って貰おうと考えたのだろう。


「すまねえな」


「いいよ」


 暗緑色の包帯を受け取る癒者を横目に、レーゲンが礼を述べるとエーラは首をふるふると振った。


「すまんが俺は先に軍の方に行ってくる。住民を外に出さん方が良いだろうからな」


 封鎖しておかなければ、きっと新たな被害が出る。


 支部長は急ぎ足で癒院を出て行った。


「……お願いします」


 ラウラが消え入りそうな声で頭を下げる。


 ――私達がここへ逃げ込んだせいだ。


 嫌でもそう考えさせられ、自責の念と傷だらけのギードが脳内で渦巻く。


「気にしちゃダメよ、ラウラ。やったのは十中八九ヤツらでしょ。あんたが気に病む理由にはならないわよ」


 そんな彼女を凛華の青い瞳が真っ直ぐに射貫いた。


 そうだ、結局ここまで酷いことをしたのは自分達ではない。


(でも、そうなった遠因は…………)


 頷いては見せたものの、ラウラの憂いは晴れなかった。




 時刻は夜9時を回った頃。


 治療を施された男性――ギードは病室の寝台に寝かされていた。


 病室には武芸者協会ヴァルトシュタット支部長と『黒鉄の旋風』、そしてアル達6名もいる。


 怪我人の治療中にレーゲンとハンナ以外の4人も話を聞いたらしく、癒院の方へと駆け込んできた。


 彼らもギードとは親交があったようだ。


 聞けばレーゲンとギードはこの街――〈ヴァルトシュタット〉出身で歳も近いこともあって幼い頃から仲のいい友人らしい。


 レーゲンが武芸者登録をした頃、ギードも実家の薬屋で修業をし始めたらしく、今では仕事の愚痴なんかを溢し合って酒を酌み交わす大切な仲間だと聞いた。


 寝ているギードの鼻へとレーゲンが蒸留酒を近づけると、


「う……?」


 彼は癒薬帯だらけの顔を歪ませ、ゆっくりと目を開いた。


「よう、起きたか?」


「レー……ゲン? はっ、そうっ!? っづぅ~~~~っ!?」


 ハッとしたギードが飛び起きようとして、身体中に走る激痛で悶える。


 癒薬帯からはいまだ黒ずんだ血が滲んでいた。


「動くなよ。大怪我してんだぜ」


「助かった、のか……?」


 ギードはどうにか自分の置かれている状況を把握しようとしている。


「ああ、門のとこに倒れてんのを門兵が見つけてな。連れて来てくれたんだよ」


「そうか……あ? 彼らは……? それに、その二人は――」


 そこでギードは気付いた。


 『黒鉄の旋風』はわかるが、この青年達は誰だろうか?


 支部で見たことのある新顔だった気がする。


 そしてその朱髪と栗色髪の少女らはアイツらの言っていた――――。


 ギードの問い掛けるような視線を受けたレーゲンが、辛そうな友人の姿に怒りがふつふつと湧き上がってくるのを抑えながら教えてやる。


「ああ、いろいろあってな。悪いなギード、怪我人を長いこと起こしとくつもりもねえから単刀直入に聞く。何があった?」


 するとギードは詰まりながらも語り始めた。


「荷台を引いて、薬の材料を取りに行ったら、急に殴り倒されて、気付いたら、鎧を着た、連中の前に、引き摺りだされてた……どっか、天幕の中だ」


「……鎧」


 明るい茶髪の騎士少女――ソーニャの呟きが耳に届く。


 ギードは首肯しようとして痛みに呻き、口だけ動かすことにした。


「ああ。銀のなかに赤い派手なのが、一人いた。そいつが、朱髪と、茶髪の……身分が、高そうな少女は、この街にいるか? って。支部に、魔導薬を……卸す、ときに見かけたことが、あったけど……その鎧連中が、厭な雰囲気、してたから……知らねえって、答えたら痛めつけられて――すまねえ、いるって、言っちまった」


 話している途中で自分が情けなくギードは思わず悔しそうに朱髪少女――ラウラへ謝る。


「謝罪なんて……私達のせいなんです。ごめんなさい」


「いや……なんか、事情があるん、だろ? アイツら……お貴族様の、護衛って感じ、じゃなかったし」


 泣きそうな顔で謝るラウラに、ギードは首をぎこちなく横に振った。


 貴族令嬢のお忍び旅行を連れ戻しに来た護衛の兵士にしては物騒だったし、何より街に入れない時点で怪しさ満点だ。


「……他に何か聞かれましたか?」


 そこにそれまで静かにしていたアルが声を掛けた。


 ――重要なのはそこだ。どこまで情報が洩れてるのか。


 痛々しい姿のギードを前に心を鬼にして問い質す。


「あ……他に誰か、いたか? って。けど俺は、あそ、こに薬卸してるだけ、で何も、知らねえ。そう、言ったのに、答えろって……また、殴られたり、背中も、斬られた」


「じゃあ、何も答えてないんですね?」


 ギードの証言に、奥歯をグッと噛み締めてアルは最終確認を取る。


「あ、ああ」


 そもそも彼は何も知らない。正真正銘、この街の薬師だ。


 少女らの近くにこの黎い髪の青年がいたのは見たような気がするが、商品を卸しに行くだけなので詳しいことなど一切知らない。


 知らなくて当然なのだ。


「それじゃどうやって帰って来たんだ?」


 今度は支部長が訊ねる。


 それだけボロボロに痛めつけられてどうやって戻って来たのか?


 運ばれたのだとしたら目撃者はいないのか?


 後日詳しい調書は取られることになるのだろうが、共和国の令嬢に関連するものなら早く聞いておかなければならない。


 彼らは明日にもこの街を発つのだから。


「れんちゅ、うが俺、を残して、どっか行っ、た……んだ。だから這っ、て……逃げて、きた」


 痛みがぶり返して来たらしくギードの呂律が回らなくなっている。


「……そうですか、ありがとうございます。怪我してるのにすいませんでした」


 ここまでだ。アルは質問を打ち切った。


 聞きたいことは聞けたし、これ以上は見ていられない。


「気に、すんな」


「ごめんなさい。治療代くらいしか払えませんけど、お金はお癒者様の方へ渡しておきますから」


 ラウラに出来るのはそのくらいだ。忸怩たる思いを抱えた表情でそう言えば、


「ありが、とうよ」


 ギードは口を歪ませるように笑いかけた。


 事情があることがわかれば充分。それに結局、自分は話してしまったのだ。


 治療代まで貰うのは気が引けたが、それで彼女らの心が少しでも軽くなるのであればと、ありがたく頂戴することにする。


「ああ、充分だ。ありがとよギード。もう寝てろ」


 レーゲンが掛布を直してやってそう告げれば、


「あ、あ。おやす、み」


 と漏らしてギードはすぐに眠りについた。限界だったようだ。


「支部長、移動しましょう」


 寝入ったギードを確認するや否や、アルが淡々と告げて病室を出て行く。


「ちょ、ちょっとアンタね!」


「少し淡泊過ぎじゃ……」



 ゾ ク ッ !



「いっ!?」


「な、ぁっ!?」


 途端、苦言を呈しかけたハンナと槍士のエマは、揃って冷や水を浴びせかけられたように背筋を泡立たせた。


 アルから漏れ出した魔力と殺気が尋常ではなかったからだ。


 チラリと見えたその横顔は静かな怒気を孕んでいた。それだけなら理解できる。


 しかし、この暴風のような魔力は知らない。病室を丸ごと呑み込む渦のようだ。


 そしてその魔力に混じる殺気。冷たい白刃を思わせる殺意が首筋をそわつかせる。


 アルの黎い髪は屋内だというのに魔力でゆらりと浮き揺らめいていた。


 怒髪天を衝くとはこのことだろう。


「さ、行くわよ」


「うん!」


 凛華とエーラが彼に寄り添うようにさっさと出て行く。


「相当キてんなありゃ。ほらラウラとソーニャも行くぞ」


「……はっ、はい!」


「ああ!」


 魔族組でもここまで怒りに身を浸したアルは見たことがない。


 以前人虎族のカミルをブチのめした時のようにカッとしているなら咎めたが、あの尋常ならざるギラついた殺気はそれとは違う。


 一番近いのは〈ネーベルドルフ〉で〈刃鱗土竜〉と殺り合ったときだろうか?


 あの時と違って、魔力に怒りが籠もっているし、殺気も数倍強烈だがまだアルは冷静だ。


 脳髄は冷徹なまでに冷え切っている。変な表現だが、冷たい赫怒なのだ。


 付き合いの長い魔族組にはそれがわかる。


 ――追っ手の騎士共に遠慮はもう必要ない。


 それどころか彼らの怒りにも豪炎を灯し、昂った魔力が荒れ狂っていた。


 ラウラとソーニャも怒っている彼になぜかゾッとせず、安心してすらいる。

 

 轟々と吹き荒れる嵐のような魔力の波動に刺激されて昂る己を自覚していた。


 初めて出会ったとき、神殿騎士相手に大立ち回りをしていたときでさえ彼はあんな表情を見せていない。


 その彼が――否、彼()があそこまで怒り、本気で殺戮に走ったら?


 頼もしさを覚えると同時に肚を括る。


(ここでウジウジしてても始まらない。今は私達に出来ること、やるべきことを)


 どちらからともなく頷き合って駆けだした。


「ラウラ嬢とソーニャ嬢は幸運だな。あんな連中が味方してくれるんだから」


 新人一党を見ていた支部長がポツリと溢す。


 アルを中心にして暴風のような魔力が病室内を支配していた。


 ギードはその中でも静かに眠っている。怪我が相当深刻だったのだろう。


 感知できた――というよりモロに浴びることになった支部長と、2名を除く『黒鉄の旋風』はすっかり呑まれてしまった。


「ガキの殺気かよ、あれが」


 まったく、とレーゲンが呟く。アルから漏れ出した濃密な殺気によってすっかり頭が冷えていた。


「も、もう……! びっくりしたわよ」


「こわかったよぅ……」


 涙目のハンナと半泣きのエマがぶぅと膨れて文句を言う。


 彼を咎めようとして物理的に近かったせいもあって、重力すら帯びていそうな魔力に顔が青褪めるほど気圧されて(ビビって)いた。


「とんでもないな、アルクスの魔力は。龍人族の血を引いているというだけではああはならん」


「そうね。エーラちゃんもあっち側だったみたいだし、凄い新人が後輩になったものだわ」


 唯一ちょっとビックリした程度の森人族のケリアとプリムラは素直に感心している。


「つーかあれが俺と同じ四等級かよ。冗談だろ?」


 勘弁してくれ、とヨハンが嘆く。


「むしろ俺ァ聖国のクソ共が可哀そうに思えてきたぜ。なにせ連中、龍の逆鱗に触れちまったんだからな」


 支部長はそう締め括って病室を出るのだった。



 * * *



 午後10時を回って宿に戻ったアル達6人は食事を忘れていたことを思い出した。


 まだ酒を呑んでいる者はいるが、食事の提供はある程度でやめるのが一般的。


 そこで一応と頼み込んでみたところ、女主人は快く温め直したものを出してくれた。


 感謝しつつ、そうして短い夕食の時間を黙々と終え――……。


 早々に卓につき直した。


 明日の詳細を詰め直さなければならない。


 アルから漏れていた殺気も今は収まっている。


「で、どうすんだ? 潰すか?」


「いや、方針そのものは変えない。けど目の前に出てくるなら容赦はしない」

 

 マルクの端的な問いにきっぱりと言い切るアルの覚悟は、今朝悩んでいた者とは思えないほどに固かった。


「んと、具体的な移動手段は? 幌馬車のまま?」


 エーラが首を傾げる。


「うん、極力軽量化させて突っ走る。目標は武芸都市〈ウィルデリッタルト〉に入って、そこの領主館だか何だかにラウラとソーニャを辿り着かせること。神殿騎士が帝国の人間を攻撃した以上、こっちには大義名分もあるし、どっちにしたって連中は不法侵入者だ。ただの賊でも、聖国の騎士でも見過ごされる理由はない」


「なるほどね。でも追ってくるかしら?」


 警戒して近寄らない可能性もあるんじゃない? と今度は凛華が訊ねた。


「来るよ、絶対」


 しかし、アルが即座に否定する。


「どうしてわかるのでしょうか?」


 ラウラはそう問わずにはいられない。アルの発言は先ほどからやたらと断定的だ。


「ギードさんが見過ごされてたから」


「どういうことだろうか?」


 わからないという顔でソーニャが問う。


「連中の天幕から這って逃げたんなら血の跡がついてたはずだ、門のとこにあったみたいな跡が。いなくなったからって、歩くよりも遅い人間が馬を持ってる連中に見つからないわけないだろ?」


「あ、なるほど。つまり――」


「あえて見逃したんだ。それを見た二人が慌てて飛び出してくるって踏んで」


 そうかという顔でソーニャの紡いだ言葉をアルが引き取った。


「卑劣な連中め」


「それは知ってたよ」


「けどよ、だったら待つって手もあるんじゃねえか?」


 〈ウィルデリッタルト〉からの救援を待ってみるのはどうか? とマルクが提案するも、


「確実じゃない。書状を届けるのに早馬で半日かかるみたいだし。それに、今は門からの外出が出来なくなってる。連絡が届くのに時間がかかればかかるほど連中が増える可能性もあるし、そもそも書状が届いてるとも限らない」


 アルは首を横に振った。

 

 今いる神殿騎士が全部とは言い切れないのだ。奴らに連絡手段があった場合、人員が補充される可能性がある。


 それに対してこちらの頭数は変わらない。


 そしてたった一日で何の関係もない人間を痛めつけた連中が街を襲わないという確証もなければ、手紙が〈ウィルデリッタルト〉の領主に辿り着く保証もない。


「はぁん、なるほどな。()()()()()行こうってか?」


 マルクは兄弟のように育ってきた幼馴染の意図を正しく理解した。


 アルはわざと目立つように逃げ切ってやろう、という算段を立てているのだ。


「そういうこと。連中の狙いはあくまでラウラとソーニャの身柄だ。ならそれを利用して一網打尽にしてもらう。それくらいは〈ウィルデリッタルト〉の領主とやらに働いてもらおう」


 ――使えるものは何だって使う。疎まれようが知ったことか。


 アルの顔にはそう書いてある。


 完全に吹っ切れたらしいことを悟ったその様子にマルクは豪快な笑みを見せた。


「了解だ、任せろよ」


 彼以外も頷いている。結局取れる手は少ない。持ちうる手を全て使うしかないだろう。


 そう決意していたところで、凛華がふとギードの発言を引っ張り出した。


「そう言えば、赤い派手なのがいたって言ってたわね」


 エーラも頷いて憶測を立てる。


「指揮官か、聖騎士ってやつなのかな?」


「聖騎士の方に近いかもしれない。俺が斬り殺したヤツも指揮官っぽかったけど、羽飾りくらいしかしてなかったし、てんで弱かった」


「聖騎士か……わけわかんねえ力とか”遺物”? ってのを使うんだったっけか」


「ああ、そう言われている。彼らには序列があってそれぞれが”異能”を持っているそうだ」


 マルクがそう言うとソーニャが首肯した。


「”異能”?」


 思わずアルが訊き返すと、


「ええ。その者にしか扱えない力のことで――女神に宿して貰っただとか精霊の力だとか、そんな風に言われてます。”聖遺物”を扱う者もいると耳にしたこともあります」


 ラウラが答えた。


「厄介そうだな」


 よくわからないなどと云う不特定要素(イレギュラー)は戦闘において好ましい要素ではない。下手を打てば致命級だ。


 魔族組の顔が一気に険しくなる。


「とりあえず正面衝突はなしって方針は間違ってなさそうね」


 凛華が結論を述べると、全員頷いた。


 その時だ。宿の扉が開き、


「やっぱりいたな。邪魔させてもらうぜ」


 と『黒鉄の旋風』の6名がやってきた。


「どうしたんです?」


「護衛依頼の臨時枠が空いてないか、ラウラ嬢に聞きに来たんだ」


 アルが問えば、彼らの後ろにいた支部長が答える。


「臨時枠、ですか?」


 聞き慣れぬ単語にラウラは疑問符を浮かべた。


「ああ。ラウラ嬢の護衛依頼は指名依頼だ。だがそこに臨時でこいつら分の枠を追加できないかと思ってな。場所は武芸都市〈ウィルデリッタルト〉まで」


「レーゲンさん、いいんですか?」


 アルが意図を汲み取って訊ねる。


 彼らは危険を承知で手を貸してくれようとしているのだ。


「連中がいたら依頼にも出られねぇし、今の俺らの拠点は武芸都市でな。帰るに帰れねぇからついでにと思ってよ」


 するとレーゲンはなんてこたァねーよ、と肩を竦めた。


「報酬は武芸都市についたあとの食事一食分。どう?」


 ハンナがパチッとラウラへウインクをかます。


 ――微々たる報酬で命を懸けるつもりか?


 ソーニャは目を見開いた。食事代などたかが知れている。


「勿論、臨時だからな。指揮権もそっちの頭目(アルクス)にある」


 支部長が追撃するように利点を述べる。


 要ははした金で人員だけ増えるということだ。


 ラウラは惑うように視線をさ迷わせ、最終的にアルを見た。


 ――どうしたら良いでしょうか?


 琥珀色の瞳はそう言っている。


「ラウラが決めてくれ……いや、決めるべきなんだと思う」


 アルはその視線の意味をきちんと理解した上で、言葉を返した。


 依頼者は彼女で自分達は依頼を受ける側だから、などという表面上の理由ではない。


 一時的にとは云え、全く無関係な帝国人を彼女らのゴタゴタに巻き込むことになる。


 その覚悟を以て彼らと共に前へ進むか。巻き込まないで何とかするか。


 ラウラはしばし考え込んだ後、


「……では、お願いします。ただし支部長さんの言う通り、指揮権はすべてアルさんに預けて下さい」


 『黒鉄の旋風』へ頭を深く下げた。


 彼女には、彼ら6人の気持ちが痛いほどにわかる。


 親しい人を傷つけられた怒りや悲しみ。


 鬱憤を、怨みを、憎しみを晴らせるものなら自分とて晴らしたい。


 そして何よりアル達の為。


 彼らは強い。だが、自分達お荷物を背負うにはあまりに人数が少ない。


 きっと無茶をする。否、絶対にしてしまう。


 特に仲間のことであれほど深く頭を悩ませていたアルは。


 だから請けてもらうことにした。


 接した時間は少なくともそれがわかってしまったが故の決断だった。


「おう勿論だ。お前らよろしくな」


「ええ、よろしくお願いします。じゃあ早速、翌朝の段取りについて指示があります」


 とっとと本題に入ろうとするアルに、レーゲン内心で安堵しながら苦笑を返す。


 老婆心ながら、癒院を出ていった際の雰囲気は、まだ年若い少年が纏うには些か殺伐とし過ぎていた。


「いきなりかよ」


「ええ、人手が足りないと思ってたんです。これなら、連中に一泡吹かせられる」


 アルが好戦的な笑みを浮かべる。


 そんな彼を見てラウラはホッとしながら窓の外に目をやった。


 一昨日まで綺麗に見えていた月はすっかり鳴りを潜め、分厚い雲がかかっている。


 これが自分達の行く末を暗示するものか、()()の未来を示したものか、今の彼女にはわからなかった。

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