13話 決意の夜(アルクス12歳の冬)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
今回は前話より少々短くなっております。なにとぞよろしくお願いいたします。
病み上がりから復帰して一発目の稽古、その帰り道。里内は少々慌ただしい。
すっかり冬支度を整えた住人達が、今度は新年を迎える準備でバタバタしているからだ。
アルクスはその光景になんとなく疎外感を覚えつつ、訓練場から連れ立って家路へついた幼馴染3名と人虎族6名の背中を眺める。
アニカから洗濯して返却された首元の防寒布に顔を埋めてとぼとぼと足を動かしていると、彼らの前に一組の男女が急に現れた。
「あっ、おかあさん」
「おとうさんも」
エリオットとアニカの両親だ。父はジャスパー、母はメーガンという。
双子を迎えに来たのだろう。
「おかえり、二人とも」
「「ただいまぁ~!」」
「族長、指導に感謝を」
「ああ。二人とも高い意欲で励んでいる。良き事だ」
そんな会話を黙ってアルが聞いていると、やにわに夫妻がこちらへと向き直る。
途端にアルの身体は勝手に反応し、ザッと跳び退ってしまった。
夫妻は別段敵意や警戒を示したりなどしていない。ただ向き直っただけ。
最後尾にいたのが幸いだ。夫妻以外には見られていない。
己に歯噛みしたアルへ、ジャスパーが声を掛けてきた。
「どうされた?」
首を傾げつつ、やけに礼儀正しい大人の人虎族へアルはしどろもどろに返す。
「あ……いえ、えと、ごめんなさい。急に向かれてビックリしただけ、です」
本当はそうではない。それは己が一番わかっている。
「驚かせたようで申し訳ない。貴兄らに礼を言わねばと思っていたのだが、四人で成したのだから四人が揃ったときにしか礼は受け取らんと言われてな。改めて礼を言いに来た次第なのだ」
「あ……えぇと、そうでしたか」
ジャスパーの説明でアルは納得した。
幼馴染の3人は礼を突っぱねたらしい。なんとも律儀な友人達だ。
「改めて、息子エリオットと娘アニカを救っていただき最大の感謝を」
「感謝を」
ジャスパーとメーガンが丁寧に腰を折る。
アルを除いた3人はピシリと背筋を正して胸を張った。
魔族流の礼の受け取り方。自己の行いに誇りを持つ者がやる姿勢だ。
アルは咄嗟に胸を――張れなかった。
所在なさげに立ち尽くしている。
「助けられてから二人とも貴兄らに憧れたようでな。今後とも出来れば仲良くしてやってはくれないだろうか?」
「もちろん! 良い子たちだもの」
凛華が一も二もなく返すと、マルクガルムとシルフィエーラがうんうんと笑顔で頷き、アルが硬い表情のままぎこちなく頷く。
「ありがたい」
ジャスパーとメーガンは4人へ穏やかに笑いかける。
「ではここらへんで我々は」
「うむ」
副族長オーティスにベルクトが頷いた。
「さ、二人とも挨拶しなさい」
メーガンの言葉に双子が元気よく応えた。
「じゃあねー!」
「また遊んでねー!」
無邪気に手を振る双子を連れた人虎族達が遠ざかっていく。
幼馴染3人が手を振っている。
辛うじてだが、アルも手を振り返すことには成功した。
☆ ★ ☆
小さくなっていくアル達を尻目に、ジャスパーがベルクトに近寄る。
背後を気にしているようで、
「族長、私は何かあの少年を怒らせるようなことを言ってしまっただろうか?」
と問うた。礼を伝えても終始アルの対応が固かったので不手際でもあったのかと考えたのだ。
しかしベルクトは静かに首を横に振る。
「いや、お前もお前の家族もかの少年を怒らせるようなことなど一つもしていない。かの少年はきっと、礼を言われるなどとは思っていなかったのだ」
「なぜだ? おかしいだろう。礼を言われて然るべきだ」
疑問符を浮かべたジャスパーが抗弁する。
自分達の大切な子供を救ってくれたではないか、と。
「かの少年にとって最大の懸案事項。我らが考えているよりもそれをずっと重く捉えているということだ。責任感が強いのが裏目に出ているだけだろう」
「うむ、一瞬とはいえお前に警戒していた。きっとそれだけのことをしたと思っているのだろう」
オーティスの言葉にジャスパーがそんな風に捉えていたのかと驚く。
確かにアルは暴走してカミルもろとも双子へ炎を放った。
しかし、だ。
「馬鹿な。それは里長様がしっかりと説明してくれたではないか」
そうだ。実質的な被害者となりえた者達にはアルの暴走の原因についてヴィオレッタからしっかりと説明を受けた。
だからこそ恨むなどお門違い、禍根などありはしない。
「ああ。おそらくかの少年――アルクスにもしたのだろう。その結果、彼はきっと己を恐れている。だから今日も稽古の後、エリオットとアニカを少しあやしてからは一切近づいておらん」
「…………」
ベルクトがそう締める。稽古前は双子と触れ合っていたが終えた後はあえて近寄っていなかった。
戦うという行為が龍人の血を本能のまま動かす引鉄となっているかもしれない。
「そっとしておいてやれ。かの少年はお前達の宝を守るため、死地へと飛び込む勇気を持っている。きっと切り抜けてくれるだろう」
沈黙してしまったジャスパーの肩をオーティスがポンと叩いて新居へと向かう。
願わくはあの少年が己の裡に潜む獰猛な本能に打ち克ち、前に進まんことを。
そう願わずにはいられないベルクトだった。
☆ ★ ☆
人虎達と別れた場所から自宅までの道はそう遠くない。
まずマルクが「じゃあなー」と適当に手を振りながら帰り、次に凛華が帰り、隣に住むアルが自宅に戻り、エーラがそこからすぐの自宅へ駆けこむ。
帰りは大抵いつもこのルーティンだ。
今日もそうなるだろう。
大して意識にも上らせずそう思ったアルが自宅の玄関に手を掛けたところで、
「ねね、ちょっといい?」
エーラに呼び止められた。
「うん? いいよ、何かあるの?」
首を傾げると「ちょっと来て」とエーラはチョイチョイと手を動かす。
(なんだろ?)
きょとんとしたままのアルはエーラに連れられるがままについていくと、着いたのはすぐ近くの空き地だった。
ここは里の東南端で、小さな公園のような場所だ。幼稚園の運動場くらいの広さはあるだろう。
今では狭く感じるが小さい頃は鬼ごっこやかくれんぼなんかをしていた気がする。
南と東の二方向に植物が生い茂った防壁があって、今でもエーラのお気に入りの場所だ。
一体どうしたの? と、アルが訊ねるより先にエーラが口を開いた。
「アル、稽古終わってからちょっと変だったよ?」
気づいてるでしょ? と、綺麗な緑の瞳が問うてくる。
「うん、身体が反応したみたい。たぶんちゃんと抜けきってなかったんだと思う」
この幼馴染は騙されてくれたりしない。
アルは正直に白状した。
身体の裡で何かが鎌首をもたげる感覚が残っていたのだ。
「そっか、今はもう平気?」
「……たぶん?」
だいぶ治まってきているような気はするが、訓練場に行く前のような落ち着きはない。
「そっ! じゃあこの寒い中、来た甲斐があったってもんだよ。さ、こっちこっち!」
なぜかニッコリ笑ったエーラが公園の中央へ歩いて行く。
アルも釣られてふらふらとそちらに向かう。
降る雪よりも柔らかな白色を帯びた金髪と幽かに照らされた緑の瞳がどこか幻想的だ。
エーラは夢遊病のようについてきたアルの方を振り返り、その瞳を鮮緑に輝かせた。
「じゃ見ててね! そぉ~、れっ!」
両腕をひょいっと上げたエーラの意に沿って、植物のツタや茎が雪中からスルスルと顔を出す。
空き地に広がる植物すべてが動いていた。
アルが驚いている内に様々な植物の群れが周りを取り囲んでいく。
「そしてぇ~、ほいっ!」
次いでエーラがパッチンと指を鳴らす。
その合図によって植物達は眠らせていた蕾を一斉に咲かせ、爽やかな甘い香りや春の森林を彷彿とさせる匂いでアルを包み込んだ。
「すごい……」
精霊の見えないアルでも草木が楽しそうに揺れ動いているのがわかる。
まるで植物達によるパレードだ。
ついついぽかんと見入ってしまう。
「あは! すごいでしょ? この子達に来てもらったんだよ、アルの為にね」
「俺の?」
呟くように訊き返すアルに、
「そだよ! この子たちはねぇ、落ち着く匂いとか香りを出してくれるんだ~。キースおじさんの葉巻知ってるでしょ? あれにもちょこーっとだけ入ってたりするんだよ?」
と言いながらエーラが笑いかけてくる。
「あははっ! びっくりした? アルがあんな風に”成り易く”なっちゃうってヴィオ様から聞いて、少しは落ち着かせられるかなぁってこっそり用意してたんだ~」
イタズラが成功したときのような晴れやかな笑顔だ。
アルは呆けたようにエーラを見て、すうっと大きく香りを吸い込んでみる。
夕暮れが極端に短いこの時期特有の急激に冷え始めた空気と、神経を解きほぐすような鮮烈な香りが身体を駆け巡っていく。
体内にあった険のようなものが洗い流され、ささくれ立っていた感覚が治まっていく気がした。
「……ありがと、エーラ」
アルはスッキリした気分で、ふにゃっと笑いかける。
それと同時に腹を括った。
この1週間と少し、ずっと考え続けていたことだ。
真紅の瞳が輝きを強める。
エーラはアルから妙な感じが抜けたことを敏感に感じ取って嬉しくなり、喚んだ草木の中へ跳ねるように飛び込んだ。
「どうどう? 落ち着いた? はっはー、ボクに感謝だね!」
そう言って楽しそうに笑い、花の群れを連れて舞い踊る。
それはまるで――――。
「”妖精”……みたいだね」
アルはエーラにピッタリだと微笑んだ。
「へっ!?」
しかし言われた当人はビクッと動きを止める。
妖精というのはこの世界で確認されたことはないが、物語や戯曲によく登場するキャラクターだ。
大抵はイタズラ好きで可愛らしく表現されることが多い。
「へ、や、えと……っ!」
アルからそう褒められたのだとすぐさま理解したエーラは、みるみる内に耳まで真っ赤になった。
だが、言った方はまるで照れた様子もなく、
「ん、どしたの? あ、わかった。寒くなってきたんでしょ? 耳まで赤くなってるよ。だいぶ冷えてきたし、もう戻ろ? お礼に送るからさ」
と声をかけてくる。
耳長娘はトクンと高鳴ってしまった心臓を押さえ、真紅の瞳から眼を逸らすようにそっぽを向くことしかできない。
「エーラ?」
再度の呼びかけにようやく「すぅ、はぁ」と大きく息を吸って幼馴染の少年と視線を合わせた。
小麦色の頬に紅のような朱が入っている。
「ほらやっぱり冷えてるんじゃん」
アルはそんな様子にもまったく気付かず、彼女の頬を両手でふにっと挟んでやった。
冬場は大抵手足に熱気を出しているので温かいのだ。
しかし、なぜかエーラの顔は更に熟れた林檎のように染まった。
――おかしい。
寒いときは「やってやって」とせがむことすらあるのに。
アルが小首を傾げると、
「あ、あはっ! じっ、じゃあ早く行こ!? ……てかこれのお礼が家まで送るだけって、家すぐそこじゃん! 見合わないよ? ちゃんとなんかお礼考えないと駄目だからね!?」
エーラは慌てたように早口で喋りながらずんずん歩いていく。
花々や草木は『またねー』と言っているような動作を見せ、サアっと引いていった。
やっぱりいつもの幼馴染だと思ったアルは「うーん、お礼かぁ。どうしよ」と呟きながら後を追う。
エーラが照れていたのは、母シルファリスが父ラファルから「妖精のようだ」と告白されたということをネタにしまくっていたからだった。
いわゆる惚気である。
当のラファルは「今でもシルファリスは妖精のようだ」と言って憚らないこともあり、ローリエ家での愛の告白と言えばコレだった。
ゆえにエーラが顔を真っ赤にして照れたのも当然なのである。
なんとなく気になっている男の子からそんなことを言われたのだから。
* * *
エーラを家まで送り届けたアルは自宅の戸を開いた。
居間には母トリシャを訪ねてきたヴィオレッタがいる。
もう夕飯時だ。おそらく共に夕食を摂ることになるだろう。
(都合がいいや)
とアルは瞳を真紅に輝かせる。
「母さんただいま。師匠こんばんは」
「おかえりアル」
「経過の観察も兼ねておったが大丈夫そうじゃな、アル。こんばんはじゃ。邪魔しておるぞい」
それからすぐに夕飯になった。
アルは筋を切った肉と葉野菜や玉葱、人参、芋の煮込み料理と蒸麦餅をガツガツ食べる。
最近はもうトリシャと食べる量も変わらない。ヴィオレッタの食べる量はすでに超えていた。
またガツガツ食べているのに品が悪く見えないのはトリシャの教育の賜物だ。
トリシャは自分の手料理をおいしそうに平らげていく息子を微笑ましく見ているし、ヴィオレッタはこれだけ食べられるなら体力もいずれ戻るだろうと胸を撫で下ろすのだった。
~・~・~・~
夕食を終え、ヴィオレッタが魔術で手伝いながら洗い物も終えた。
今はトリシャの淹れた茶を3人で啜っている。まったりとした時間だ。
(ここしかない)
と、アルはやや緊張した様子で切り出す。
「母さん、師匠も。お願いがあります」
「急にどうしたの?」
「儂もか?」
母だけではなく自分も?と問いたげなヴィオレッタにアルは頷き、
「俺が龍人の血、本能をどうにかできてるって判断できる状態になったら…………そのときは、里を出る許可を下さい」
ペコリと頭を下げた。
「な……」「は、え……」
母と師が仰天した様子でポカンとする。
すぐさま我に返ったトリシャは息子より緊張した声音を隠せぬまま訊ねた。
「里が、嫌になっちゃった? それともお母さん何かしちゃった?」
アルは母に似た青みがかった銀髪を揺らし、ぶんぶんと頭を横に振る。
違うのか、ならばと今度はヴィオレッタが訊ねる。
「誰かに心無い言葉でもぶつけられたか?」
無論、この間の件でだ。
これにもアルは強く頭を横に振る。
「里のみんなは優しい言葉をかけてくれました。『大丈夫だったか?』って」
――だとしたらなぜ?
トリシャとヴィオレッタが目を見合わせたところでアルが顔を上げる。
次いで紡がれた言葉は彼女らに更なる驚愕をもたらすことになった。
「誰にも、責められませんでした。優し過ぎるくらいでした。でもそれって……俺が母さんと父さんの子だから、ですよね? マルク達と一緒にエリオットとアニカを助けに行ったからじゃなくて」
――そういうことか……そう考えたのか、この子は。
トリシャとヴィオレッタは二の句が継げないと共に納得してしまった。
そしてすぐに後悔する。
里の住民にはそれこそ充分すぎるほど事情を説明した。
アルが半龍人であるために起こってしまったこと、そしてどういった経緯で起こってしまったのか。
起承転結、因果関係、背景、何もかも伝えた。きっと誰一人誤解していないだろう。
だがそれが仇になったのだ。
伝わり過ぎて、ダース単位の文句を覚悟していたアルには優しい言葉しか掛けられなかった。
口があまりよろしくない八重蔵やキース達でさえ多少いじるくらいですぐに温かい言葉をかけてくれたのだ。
「もう怪我はいいのか? 無理はするなよ」と。
アルにはそれが辛かった。
年下の幼い少年少女らに怯えられることもなければ、憎まれ口も叩かれない。
掛けられるのは温かい言葉だけ。
そんなこと、普通はあり得ない。
ではどうして文句を言われないのか?
それは守役として日々住民を守っている母トリシャが紛れもなく里に貢献している強者だから。
そして里の建造時、己の命を賭して住民を守り通した父ユリウスが英雄だから。
つまり、両親の威光があるからに他ならない、と。
至極当然の理屈として、アルはその発想に帰結してしまったのだ。
そんな馬鹿な話はない。
自分の功績を棚上げにしているとヴィオレッタは思ったが、愛弟子の眼には強い光の中に後悔が見える。
それを見て悟った。
アルの中では減点要因の方が大きいのだ、と。
目の当たりにしてきたのだろう。
狩猟場から奪われ、横倒しになった丸焦げの木々を。荒れ果て灰の積もった大地を。
だからこそ余計に責めてほしかったのだ。
『なんてことをしてくれたんだお前は』と、叱ってほしかったのだ。
トリシャはアルの言葉を否定しかけたが、更に紡がれた言葉で何も言えなくなる。
「母さんと父さんの子だから里の人達が許してくれたんだとしたら――……『あの時、許したのは間違いじゃなかった』って思ってもらえるような人になりたいんです。今日も、ちょっと稽古しただけで龍人の本能らしきものが蠢いてました。たぶん一生付き合っていかなきゃならない問題なんだと思います。
だから、それをどうにか御せる方針ができたら、里を出る許可を下さい。ただのアルクスとして積み上げてきます。誰でもなかった――魔族ですらなかった、父さんみたいに」
「「…………」」
ヴィオレッタとトリシャは眩暈すら感じた。
許されたからこうして平穏のなかにいるのだと気付き、きっと愕然としたのだろう。
事実は違う。みんな理解してくれていた。許しなど必要なかった。
しかし自分で責めて、凹んで、一人で踏み留まって、そして腹を括ったのだろう。
瞳に強い後悔を湛えながらも言葉そのものは前向きだった。
里で順当に経験を積んでいけばアルの評判だって上がる。
優秀な魔術師で上昇志向の剣士、すぐに頭角を現すに違いない。
だが、アルはそれを――両親の威光を逃げとして蹴り飛ばし、下駄を放り捨てる気でいる。
正面からぶつかり合う気でいるのだ、半龍人という存在と。
これはアルなりの早過ぎる自立心の発露だ。
真紅の眼光が眩い。
そこまで生き急がないでいい。あと数年後に言ったって罰は当たらないだろう。
トリシャとヴィオレッタはそんな言葉をどうにか呑み込む。
ただ庇護するだけならいい、愛でていればいいのだから。
だが違う。一人の意志を持つ個だ。
そしてその意志は想像を遥かに超えて強固だった。
きっと檻に入れても蹴破って羽ばたいて行くだろう。
それならば出来るだけ高い位置から飛んで欲しいと願うのが親心だ。
ヴィオレッタがトリシャに視線を送ると、彼女は息子によく似た紅い瞳にグッと力を入れて微笑む。
覚悟は決まったらしい。
ヴィオレッタもふぅと息をついてアルを見据える。
「良かろう、アルよ。己が本能を御して見せよ。さすれば里を出る許可を出そう。じゃが条件がある」
「条件? ですか?」
問い返すアルに師はキリッとさせて告げた。
「儂が危険じゃと判断しておる聖国及び共和国へは出向かないこと。そしてきちんと定期的に連絡を寄越すこと。最後に、帝国にある儂の友人が働いておる魔導学院へ入学することじゃ、受験料は儂が持つ。つまり成人するまではある程度こちらの方針で動くということじゃ」
「魔導学院? そんなのがあるんですか?」
アル自身、師の言う条件に近い行動方針で動く予定だった。
話を聞けば聞くほどきな臭い国になど近寄らないが吉。
そして母に寂しい思いをさせるのだから心労までかけないよう、どうにか連絡しようとも思っていた。
しかし、学院があるとは知らなかった。
「うむ。まあそちらはおいおい説明するとしよう。それで、条件は理解したかの?」
「はい!」
アルが力強く頷くと、我慢できなくなったトリシャが滑り込んできてぎゅうっと抱きしめる。
「わっ、もう母さん。そんなにすぐ里出たりしないよ。目途はまだ全然立ってないし、ズルズル何にも解決しないまんまになりそうだったから宣言しとくことにしたんだよ」
「わかってるわ。でもごめんね、アル。そんな風に考えてたなんて全然気づけなくて」
「母さん仕事行ってたし、しょうがないじゃん」
「仕事やめるわ」
「「それはダメだよ(じゃ)」」
トリシャがベタベタと息子にくっついたところでヴィオレッタは再度「はぁ~」と息をついて、独特な形の煙管に火を灯しながら弟子へ苦言を呈する。
「ふーっ……まったく。アルよ、食後にそのような重い話を持ってくるでない。胃がもたれてしもうたじゃろうが」
その一言でようやく張り詰めた空気は弛緩し、いつもの団欒の時間となるのであった。
コメントや誤字報告、評価など頂くと大変励みになります!
是非とも応援よろしくお願いします!




