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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
魔導学院編ノ弐 波乱の課外実習編

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25話 明け空に佇む”幽炎”(虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)

今回は後日談その1になります。

前話から時間軸的に地続きのお話です。

 昼時を大幅に過ぎ、()れど夕刻にはまだまだ遠い午後。


 上空へと立ち昇った剣閃の余波か、”慈雨”の副作用か、はたまた雨季の切れ間か。


 現在は雨も小粒になっており、どんよりと昏かった空は時間帯に見合う明るさを取り戻していた。


 そのような空模様の下、〈グリュックキルヒェ〉の中央広場は慌ただしく動く人々で些か騒がしい。


 地震や地割れによって起きた石畳の亀裂には簡易的な木切れが渡されたり、砕けた瓦礫が注ぎ入れられていたりと、応急的な処理が施されている。


 また、ほんの少し前まで無数に散らばっていた大小の瓦礫片も、力仕事のできる住民達が一致団結して撤去作業に当たっているおかげで数箇所に纏められていた。


 少なくとも現状では、最もここが人の集まりやすいところであると言えるだろう。


 そんな広場の中央。ほとんどの者が遠巻きにしている一角。


 半ば近く埋まっても尚、剣身の長過ぎる武骨な両大剣――”凶祓(まがはらえ)の古聖剣”を背もたれにアルクスは軍用の幕張長椅子フォールディングベンチに座り込んでいた。


 身体の至る所に癒薬帯(いやくたい)と包帯を巻かれているものの、血と泥がついた”灰髪”はそのままだ。


「あぁ~…………」


 言語未満の呟きをゆるゆると漏らす。

 

 ――やっと終わった。


 疲労の限界(ピーク)で動く気にもならない。『八針封刻紋(はっしんふうこくもん)』を閉じることすら億劫だ。


 その緋瞳が眼の前で倒れ伏す太古の魔導遺物に向けられる。


 〈魔導自律人形〉。


 斜めに奔った剣閃によって上半身と下半身が泣き別れになっており、その胴部からは何やら複雑そうな機械と彫り込まれた刻印術式が覗いている。


(小型の魔導機関で動いてたって言ってたっけ……?)


 だとすればその内部構造が曝されていることになる。しかし――――。


「……視る気にもなれないや」


 『釈葉(しゃくよう)の魔眼』を開くことさえ、今はしたくない。


(……ていうかもう〈魔導自律人形(こいつ)〉は見たくない)


 文字通りの死ぬ思いで戦って、寄り掛かっている”古聖剣”でぶった斬って斃したのは1時間と少し前。


 疲労困憊と魔力切れ、緊張の糸が切れたことですぐに動けなかった『不知火』の面々の元へ、リューレ上級曹長ら砲術兵達が駆けつけてくれた。


「”鬼火”っ、無事か!? 良かった。君ら……いや『不知火』だったな。諸君らの勇戦に感謝する。とてもではないが我々ではあれを打倒することはできなかった。この恩も、君らの勇姿も生涯忘れん」


 真面目腐った顔の上官が背筋を正して礼を言い、


「上級曹長殿の言う通りだぜ、ありがとうな! おかげで街を護れた!」


「当分、酒の席でのネタにも事欠かなくなったしね。ホントありがとう!」


「十年先でも自慢してやるさ。俺達はあの『不知火』と一緒に戦ったんだぜ、ってな!」


 泥だらけの兵士らも少々大声気味にへとへとの6名を讚える。


 それはきっと勝利したということを周囲に喧伝し、観衆らを安心させる目的もあったのだろう。


 しかし、彼らは皆一様に心の底から明るい、晴れ空のような笑顔を浮かべていた。


「っと、いかん。すぐに軍癒(ぐんい)を呼んでこよう、ここで待っていてくれ」


 そう言うと軍靴を鳴らす足取りも規則正しく駆けていき、大河方面から兵を引き連れてやってきた()()殿()とやらと話し込むと――……。


 すぐに復旧対策本部を建て始めた。


 率いられてきた兵士達も泥や煤で汚れているあたり、大河や防壁の方でも何かあったらしい。


 そのまま民間の癒療関係者も呼ばれ、大型の軍幕を設置して緊急癒療班が組まれた。


 アルはそこに運び込まれた負傷者第一号である。


 ”凶祓の古聖剣”に寄り掛かったまま一歩も動けなかったので、仲間とリューレ上級曹長らが丁重に運んでくれた。


 と、云っても”古聖剣”の刺さったすぐ隣に癒療者用軍幕が設置されたのでそう大した距離もなかったのだが。


 その間に街長(まちおさ)が動ける住民や有志を募り、武芸者協会〈グリュックキルヒェ〉支部の支部長が武芸者に呼び掛けて復興作業が始まったのである。


 アルが癒薬帯でぐるぐる巻きにされて出てきた頃には、広場に散らばっていた瓦礫の三分の一は除かれつつあり、軍幕が数箇所に設置されていた。


「我々が残敵掃討と連中の遺体を処理する」


 兵士達は主に治安維持に努めているらしく、生き残っていた『胎星派』の協力者らを連行したり、死亡した下手人らの遺体を運び出したり、消火活動に従事していたり。


「んじゃこっちは亡くなった方の埋葬と救助だな」


 武芸者らは被害者の遺体を丁重に運び出したり、要救助者の捜索をしていたり、と分担して協力しているようだ。


 住民らはそれ以外の細々とした作業やどうにか見つけ出した食材を使って炊き出しを行い始めている。

 

 指導者が数名いたのが幸いしたのだろう。アル達は耳を貸す余裕がなかったが、彼らの担任コンラート・フックスの演説が効いたのかもしれない。


 街全体が酷い惨状にあるにも関わらず、迅速な対応だ。


 そのなかには見知った顔も見える。


 同級生達だ。どうやら自分達に出来そうなことを探して復興の手伝いに動いているらしい。


「腹……減ったなぁ」


 ――そういや朝から何も食べていない。


 アルが疲労による眠気と空腹で緋色の眼光を薄めてぼんやりとしていると、隣の大きな軍幕から青年が出てきた。


「うぉ、ぉ、ぉ……いっちちち。か、身体中が痛ぇ。ギシギシ言ってやがる」


 ワインレッドの総髪頭をした青年。マルクガルムだ。


「お疲れ、マルク」


「んぉ? お、お、アルか。お疲れさん、具合はどうだ?」


「ボロッボロ。内臓も少しやってた。命に関わる負傷はないけど絶対安静だってさ」


 アルの声に反応した人狼族の青年は少し前の迅雷っぷりが嘘のようにそろりそろりと歩みを進め――……。


「お前も大概頑丈だよな……っと、いっでででで!? づぅぅぅ~……っ!?」


 鍛えられた肉体を奔る痛みにぷるぷる震わせながら、リクガメの如き遅さ(超スローペース)で尻を幕張長椅子に沈ませた。


「なんとか芯だけは外してたからね」


 それでもこのザマだけどさ、とアルが痛みに眉を歪ませながら肩を竦める。


 マルクを特段心配していなさそうなのは、彼が苦悶に呻いている原因が外傷でないとわかっているからだ。


「で、そっちは?」


 続けて問う。するとアルの左隣で細い呼気を、


「フゥゥ――……コォォォ――――…………」


 と、長く吐いたマルクは顔を前に向けたまま一言。


「筋肉のあっちゃこっちゃが断裂寸前」


「ぶっつけ本番で全開にするからだよ。術渡した時に『反動ヤバい』って言ったじゃん」


 アルが呆れたような声を上げた。


「しょうがねーだろ。こんなことになるなんて知らなかったんだから。俺だって少しずつ馴らしたかったわい」


 姿勢を微動だにせぬままマルクが憮然とする。


「あっ、出てきてたんだ!」「っ、アルクス!」「マルクも!」


 そこに聞き知った3名の声が届いた。


 マルクがギ、ギ、ギ……と、アルが()うっと顔を上げると、泥水を蹴立てて友人らが走ってきてた。


 くりくりの赤毛を揺らす鉱人娘のアニス・ウィンストン。


 金髪と服をなぜか泥で汚しているラインハルト・ゴルトハービヒト。


 帝国製一六式魔導機構銃を肩に提げたヘンドリック・シュペーア。


 『不知火』の6名と特に仲の良い同級生達だ。


「てっきりいるもんだと思ってたわ。お前、結構早く出てきたろ」


 腕を上げるのも億劫なのか、こちらにやってくる彼らを見つめながらマルクが呟くと、


「気配消してた」


 アルも呟くように回答する。


「ああ……ま、わからんでもねえ。軍幕ン中で何度もお礼言われたからな」


「だろ。ぶっちゃけ今応対する余裕なんてないし」


 あの戦闘を見ていた者らにとって四等級武芸者一党『不知火』は紛れもなく命の恩人だ。


 これまでの経験から、群がられて何度も頭を下げられることを読んだのだろう。


 つまり、面倒臭がったのだ。こういうところで何の躊躇(ためら)いもなく不精しようとするのがアルという男である。


「君ら出てきていたのか、気付かなかった」


 やってきたヘンドリックが眼鏡の鼻あてを押し上げて言う。


「まあね」

 

「あれっ? 二人だけ? 残りの四人は?」


 アニスも褐色瞳をくりくりとさせて訊ねた。


「たぶんまだ軍幕(なか)じゃねーか?」


 と、マルクが応えれば、


「凜華は骨折してたし、ソーニャも肩痛めてた。エーラとラウラもふっ飛ばされてたから軍癒の人にちゃんと調べてもらうように言っといた」


 頭は恐いからね、とアルが繋げる。


「そっかぁ、やっぱりあれ骨折れてたんだ。それで、二人は大丈夫? アルクス君、〈魔導自律人形(アイツ)〉に何度も狙われてたよね?」


 蹴っ飛ばされてたし、とアニスは太めな眉を顰めて心配そうな顔をした。


 こういった騒ぎに巻き込まれたことなどない。当然、怪我の具合など一見したところでわかろうはずもない。


「なんとか。『治癒』使っても丸一週間は安静かな」


「俺は――これどんくらい掛かんだろうな」


「酷い筋肉痛みたいなもんだしなぁ」


 アルとマルクがゆるゆると緋色と灰紫の眼を見合わせる。


「アルクスの方はわかるが……マルクも怪我していたのか?」


 そう訊ねたのは、切れ長の薄茶瞳を細めたラインハルトだ。2人を見て安堵したようで柔らかい表情を湛えている。


「いんや、外傷は大してねえよ。打撲がほとんどだ。まぁ術の反動っつーか、副作用っつーか」


 マルクが首を少しずつ動かしながら応えた。


「反動? それじゃ、あの稲妻のような動きは魔術だったのか……?」


「あれ、すんっごい捷かったのさ! 全然目が追いつかなかったもん!」


 ヘンドリックとアニスが目を真ん丸にして問い、


「俺にも残光……いや残閃か。それしか見えなかった。副作用とやらはそれほどキツいのか?」


 ラインハルトが興味深そうに訊ねる。


 あの雷霆の如き半人半狼の姿は、個人七等級武芸者の彼の眼に灼き付いている。


 争乱の渦中に飛び込み、”絶望”を灼き祓った『不知火』の奮闘ぶりに痛く刺激を受けていた。


「キツいっつーか、あー……」


 マルクが言葉に詰まる。術理は理解しているが、まだ実戦に投入するつもりがなかったので”反動”についてまではイマイチだ。


 それを見兼ねてアルが応えることにした。なにせその独自魔術『武甕雷(たけみかずち)』を創った当人である。


「あの時マルクが使ったのは、体内の魔力を軒並み闘気に――人狼族の場合は魔気だけど――に変えながら、更にそれを高出力の雷属性魔力に変換して神経伝達速度を上昇させるって術なんだ」


「……それがあの雷鎚(いかずち)か」


「そ、体外にも出せるし内部を闘気が廻ってるから一撃も重い。動体視力そのものも急上昇するし、手足の――もっと言うと身体全体の動きも加速する。見えなかったのもしょうがないと思うよ。元々マルクの動きは捷いからね」


「闘気を……そんな複雑なことをしてたのか」


「まーな」


 少なくとも今の自分には絶対に不可能だ、とラインハルトは内心で呟く。


 アニスは「ほぇ~」と口をぽっかり開けて、ヘンドリックは「そんなとんでもない術を創ったって……」と驚いていた。


 それに反応することなくアルが続ける。


「ただし、術の制御はかなり忙しいし、失敗すれば自分の雷で身体を内側から灼くことになる」


「ひええぇっ!? えっ! えっ!? じゃあマルク君、それで自分の身体灼いちゃって……」


 びくっとしたアニスが恐る恐る視線を向ける。


「んにゃちげーよ。一瞬危うくなっちまったけど、制御はしくじってねえ」


「それならどうしてそこまでキツそうなんだ?」


 ようやく首を上げきって否定したマルクにヘンドリックが訊ねた。


 それにもアルが応える。


「あの術――『武甕雷(たけみかずち)』で強化された反応速度に筋肉が追いつけなくて、筋繊維が傷ついてるんだよ。連続で衝突事故に遭ったようなもんだからね」


 一条の雷霆にしか見えなかったであろう狼脚や〈魔導自律人形〉を大きく後退させた狼拳。


 それらは全て敏捷性(運動エネルギー)によって実現されている。


 そしてそれを生み出したのは、爆発的に収縮・伸張を繰り返したマルクの筋肉だ。


 如何な人狼族の強靭な肉体と云えど、想定以上の負荷が掛かり過ぎれば傷つくのが自明の理。


 それが彼らの言う”反動”である。


「ほえー……ってか人狼族(マルク君)の筋肉でもキツいって……」


 そんな説明にアニスが引き気味な反応を返し、ラインハルトとヘンドリックは揃って痛そうな顔をした。


 要は重い筋肉痛が全身に奔っている、と同義だ。痛みに見当がついたのだろう。


鉱人族(アニス)の筋密度ならいけるかもね」


 頑丈だし、とアルが言えば、


「なんなら掛けてやろうか?」


 マルクもニヤリとして続く。


「ちょっ!? いい、いい! アタシ、そんなんいらないよ!」


 途端、アニスはぎゃあぎゃあ騒ぎながらパタタタッと駆けてラインハルトの背に隠れた。


 アルがからからと笑い、マルクが「くっははは……! あ、いてて。笑うのもいてーや」と零す。


「って、二人とも怪我人じゃん!? そんななってまでアタシのこと揶揄(からか)わなくていいから!」


「おもしろい反応すっから」


「暇だったから」


「ひっどい!」


 アニスが猛抗議し、アルとマルクが疲れを滲ませた顔で笑う。


 それらを見て、ヘンドリックとラインハルトもようやく心からホッとした。


 一番重傷そうだったアルがこれなら女性陣も大丈夫だろうと思ったのだ。


「そういやなんでラインハルトは泥かぶってんだ?」


 唐突にマルクが問う。


「ん? あぁ、さっき宗主を捕らえた時に転んでな」


 と、ラインハルトは肩を竦めて応えた。


「宗主……?」


「ってなんだ?」


 アルとマルクが揃って疑問の声を上げる。


「この騒動を起こした『胎星派』の頭目だ。俺も武芸者だからな。彼らと協力してさっき捕まえた」


「えっ? んじゃ、あのキー……ガンだっけ? フックス先生の元同級生は?」


「その彼が〈魔導自律人形〉を動かした張本人そうだぞ。僕もまさかとは思ってたが、本当に口封じに来るとは思わなかったよ」


「ん……あ? 口封じ? 結局、どういうこった?」


 ラインハルトとヘンドリックの言っていることがわからず、アルが首を傾げ、マルクが疑問符を浮かべる。


「あ、そうじゃん。二人は全然そこらへん知らないよね。えとね……」


 アニスがポンと手を打つと、2人もそれに気付いたようだ。


 すぐに説明し始めた。


 どうやらアルとマルクが癒療用の軍幕にいる頃、一悶着あったらしい。


 彼らの担任教授コンラートは〈魔導自律人形〉が斃れた後、リューレ上級曹長と帝国陸軍の准尉、それから武芸者協会の支部長にこの騒動の下手人『胎星派』を率いていた宗主のことを報せたそうだ。


 顔面のほとんどに火傷痕があり、左腕に軍人であった証たる小さな墨を入れた壮年の男性。


 ()(さま)その情報は兵士と武芸者達に共有された。


 〈グリュックキルヒェ〉自体から逃亡するおそれもあったのだが、太古の魔導遺物を甦らせたキーガン・シャウマンをこちらは既に確保している。


 〈魔導自律人形〉を動かせるだけの知識を持ち、更に宗主と面識もありそうな彼が『胎星派』の下っ端でいるはずもない。尋問すれば多くの情報を得られるだろう。


 そして――……宗主はきっと広場の騒ぎをどこかで見ていたに違いない。必ず口封じに来るはず。


 そう考えたコンラートと丘から降りてきた彼の先輩ザビーネ・リーチェルが一計を案じたのである。


 他の捕らえた『胎星派』や火事場泥棒を働いた者らと同じところにキーガンを置き、兵士や武芸者を紛れ込ませ、自身らはわざと遠いところで目立つように動いたのだ。


 それから10数分後――。


 〈魔導自律人形〉という憑代(よりしろ)を破壊され、”呪詛(すそ)”の実現も不可能になった宗主は焦りからキーガンを殺しにやってきた。


 どこかで殺して剥いできたであろう兵士の装備を身に着けて。


 その瞬間。


「そいつです!」


 生徒達に指示を出していた風に見えたコンラートが鋭く叫び、紛れていた元魔導騎士フィンを始めとした兵士や武芸者らが一斉に遅い掛かった。


 宗主は一応警戒していたのか、即座に暗殺を断念。


 剣を振り回し、懐から何かを取り出しながら逃げようとしたのだが――――。


「逃がすものか!」


 と、兵士の装備を身に着けていたことに激情にも等しい怒りを覚えたヘンドリックが容赦なく魔導機構銃による術式弾をお見舞いし、


「よくやった、ヘンドリック!」


 と、軍刀を手に飛び掛かったラインハルトが組み付き、そこへ雪崩込んだ兵士らや武芸者がしこたま殴って宗主は組み伏せられ、お縄になった。


 捕らえられた時は全身複雑骨折状態だったそうだ。


「ってわけなのさ。二人とも急に動いたからアタシびっくりしちゃってさ」


 どうやら、というか当然ながら〈ターフェル魔導学院〉の生徒らにその策は教えられていなかったらしい。


「少しはしたないが、聞き耳を立ててたんだ」


 と、ヘンドリックがはにかみながら応え、


「アルクス達が血塗れになって(つか)んだ勝利だ。あんなクズにケチをつけられて堪るか」


 と、ラインハルトが憤然と鼻を鳴らす。


「……あの騒ぎってそれだったのか」


「妙にバタバタやってんなと思ったぜ」


 アルとマルクは納得したように頷き、


「んじゃ、ホントにこの乱痴気騒ぎも仕舞いだな。首謀者も捕まったことだし、俺達のやれそうなことももうないや」


「んだなー。へとへとになった甲斐があったってもんだぜ」


 と、言い合って視線を交わすことなく「お疲れさん」「お前もな」と左と右の拳を打ち付け合った。


「あ、いっつつつ……お前らもお疲れ。お手柄じゃねーか」


「はは、だね。先生もびっくりしたんじゃない?」


 そんな言葉を掛けられたヘンドリックとラインハルトは二人揃って顔を見合わせ、


「あ、ああ。叱られないか不安だが」


「その時は『不知火(おまえたち)』を引き合いに出すさ」


 と、おっかなびっくりと云った風情でぎこちなく、少し気恥ずかしげに拳を打ちつけ合った。


 それを見たアニスが小さな身体を嬉しそうに揺らしながら笑う。


「アルさーん、マルクさんも、食事お持ちしましたよー」


 そこへ、食事の盆を浮かせたラウラを筆頭にシルフィエーラ、凜華、ソーニャがやってきた。


「二人とも身体は何ともない?」


 比較的軽傷らしい遠距離職の2人は額と頬に癒薬帯を、近接職の2人はそれぞれ左腕と肩に石膏包帯(ギプス)と分厚い包帯を巻いている。


「俺達は問題ないよ。むしろ空腹で倒れそうだったから助かったぁ~」


「朝から呑まず食わずで戦ってたからな。ありがてえ」


 疲れの滲んだ顔でアルとマルクは緩い歓声を上げた。


 そのままアルの右隣にラウラを始めとした三人娘、


「炊き出しをされていた旅籠(やど)の方が『先に持ってってくれ』と渡してくれたのだ」


 マルクの左隣にソーニャがそんな説明と共に座る。


「カァカァ~」


「翡翠はそっちにいたのか。それで、皆怪我は大丈夫だった? 身体に異常はない?」


 ラウラの左肩に止まっていた三ツ足鴉の黒濡れ羽を撫でながらアルは仲間達を見渡した。


「あたしは左腕の骨折くらいであとは大したことなかったわ。『治癒』使って一週間と少しってとこかしら?」


 どちらかと云えば重い傷を負っていた自覚のある凜華がいの一番に応え、


「私も左肩と筋を少し痛めていたくらいだ。アル殿の心配するような問題はなかったぞ」


 と、ソーニャも即答する。こういう報告はしっかりしておくのが一党を組む武芸者の常識だ。


「ボクも頬っぺた切っちゃったくらいで軽傷だったよ~」


「私も目立つのは額の傷くらいです。ちゃんと治療すれば痕も残らないと言われました」


 続いて広めの料理皿を配っていたエーラとラウラが柔らかく笑い掛けながら応えた。


「そっか……良かった。これでホントに一安心だ」


 アルはそう言うと「ふぁ~~……」と大きく息を吐きながら”古聖剣”に背を預ける。肩の荷が下りた気分だ。


 じわじわと手足に広がる疲れが眠気を誘う。


「あっ、みんなこれ使って」


 アニスが【精霊感応】を使って幕張長椅子フォールディングベンチの前に瓦礫の簡易台をズ……ッと出現させた。


「ありがと~」


 エーラが真っ先にお礼を言うと「ごはん、ごはん~」と言いながらすぐにパクつき出す。他の面々も礼を言いながら食事に口をつけた。


 残っていた葉野菜や芋、赤茄子(トマト)塘蒿(セロリ)、腸詰、貝類、塩漬け肉を細かく刻んで大鍋で煮込んだ汁物(スープ)だ。


 優しい味わいに『不知火』の女性陣がホッとしたような顔になる。


「アタシもお腹ぺっこぺこだなぁ」


「アニス達も貰ってきたら? あたし達が先に貰ったってだけで料理はできてたみたいだし」


「むぐむぐっ、だね! 忙しく動き回ってたし言えばくれると思うよ? 同級生(みんな)も三人がすっごい頑張ってたって言ってたし」


「ですね。獣人族の方がヘンドリックさんのこと褒めてましたよ。『見直した』って」


 鉱人娘と三人娘がにこやかに語り合う。


「そうかな!? んじゃんじゃ貰ってこよっかな!?」


 アニスがパッと表情を明るくし、


「『見直した』って、僕はどういう風に見られてたんだろうか……?」


 照れ隠しなのかヘンドリックが視線を彷徨わせながら眼鏡の鼻あてを押し上げた。


「ふっ……生真面目で偏屈なガリ勉だと思われてたんだろう。俺はどこかで椅子を借りてくる。アニスとヘンドリックは食事を貰ってくるといい」


「な、誰が偏屈なガリ勉だ! 大体――」


「はいはい、喧嘩しない! んじゃアタシらはごはん貰ってくるね! 行くよ、ヘンドリック!」


 長銃を提げた青年が小柄な少女に背中をぐいぐい押され、シニカルな笑みを浮かべたラインハルトも緊張の解けた歩調で動き出した。


「仲良いわねぇホント」


「ふふっ、そうですねぇ」


 少し疲れを見せる龍鱗布を羽織った鬼娘と、同じく疲労の滲んだ朱髪の少女が顔を見合わせて笑う。


「いやー、やっと終わったねぇ。あ、翡翠も食べる? お肉がいい?」


「カァ!」


 耳長娘と三ツ足鴉が仲睦まじげに触れ合う。


「マルク、食べ辛いなら私が食べさせてやろう。ほら」


「おう、あむっ。さっきから腕上げるたびにしんどかったんだ」


 騎士少女がなにやら楽しそうに隣の青年に木匙を口元に持っていってやっている。


 アルはそれらを穏やかな眼で見て、呆うっと白っぽい空を見上げた。


(今回は……疲れたなぁ。鋼業都市の時くらいしんどかったかも)


 と、その時だ。



 ド ク ン !



 左腰に差していた龍牙刀が脈打った気がした。


「っ!」


 驚いて腰に眼を落とす。


「「「アル(さん)?」」」


「ん、どした?」


「アル殿?」


 仲間達が不思議そうな顔をした。アルはそれを聞き流して腰から鞘ごと龍牙刀を引き抜き、鯉口を切って少しばかり刀身を引き抜くと――……。


「……また変わったわね。色はあんまり変わってないけど地鉄(じがね)が明らかに前と違うわ」


 刀剣好きな凜華の言う通り、空色の刀身は少しばかり色が濃くなっており、何より模様がついていた。


「炎、みたいですね」


 ラウラが覗き込んで呟く。地鉄はゆらゆらと揺らめく炎のような紋様が浮かんでいた。


 色合いも相俟(あいま)って(さなが)ら――否、ますます”幽炎”だ。


「ホントだ~、アルがまた強くなったってことかな?」


 前はそうだったよね? と、エーラが緑瞳をくりくりさせる。


「けど、前ほどわかりやすい変化でもねーな」


「うむ。以前は厚みも減ったと言っていたが、今回はそう見えん」


 マルクとソーニャが「ふーむ」と興味深そうな顔で”灰髪”の頭目に視線を送った。


「…………」


 それまで沈黙していたアルはそのまま少しばかり刀身を眺め、然れどなんとなく可笑しくなってふっと笑う。


 少し前、隠れ里に帰った時にこの刀を打った巨鬼鍛冶師に言われたことを思い出したのだ。


「「「アル(さん)?」」」


「……少しは強くなったのかもしれないけど、今回はそれ以上に理由があったんじゃないかな」


「えっ? 刀身に模様がついた理由に心当たりがあるの?」


 興味津々と云った風情で凜華が青く透き通った瞳を真ん丸にする。


「絶対、とまでは言えないけどね。たぶんコイツだよ」


 そう言ってアルは背もたれにしている魔導遺物を指差した。


「”凶祓の古聖剣”……? それがなんで理由になるんです?」


 ラウラが仲間達の疑問を代弁する。


 すると、アルは軽く苦笑いを零した。


「……こんな御大層なもんに力を借りなくちゃ絶対に勝てなかった、ってのがきっと悔しかったのさ。俺が無意識にそう思ってたのを龍牙刀(こいつ)が汲み取ったのか、龍牙刀(こいつ)自身そう感じたのかまではわからないけどね。なんとなく、そんな気がする」


「えぇ? そいじゃ”古聖剣”に妬いちゃったってこと? あ、でも…………うぅ~ん。ちょっとありそうかも」


 と、エーラが顎にちょんちょんと指を当てて言う。


 なんたって息子を溺愛している龍人族(トリシャ)の牙で打たれ、どんどん突っ走っていく想い人(アル)愛刀(ようとう)だ。


 あり得ない話ではない。むしろ可能性としては大いに高い。


「ふふっ、そうかもしんないわね」


 それに思い至った鬼娘がくすくすと心地の良い笑い声を漏らす。


「ですね。あ、でも試しに行くならちゃんと怪我を治してからですよ?」


「一人で協会に行って依頼取ってくるのもなしだからね?」


 ラウラとエーラが揃って琥珀と緑の瞳を向けて釘を差した。


「はは、わかってるって……いや、しないってホント」


 アルがじとっとした視線に冷や汗を垂らし、


「ったく、ちったぁジッとしてろぃ。ハチャメチャやると大変なことになるってわかったばっかだろーが」


「うむ、そうだな。最後の方など〈魔導自律人形(アイツ)〉はほとんどアル殿狙いだったではないか」


 マルクとソーニャが胡乱な視線を送る。


「わかった、わかったって。降参。説教はなしだよ」


 アルが早々に諸手(もろて)を上げ、仲間達が「まったく」と言いたげな顔で息をついたあと、誰とも無しに笑い出す。


 その声はやはり疲れを多分に滲ませていたものの、緊張の解けた、年相応に若い笑い声であった。



 ~・~・~・~



 それから一、二時間もせぬ頃。


 すっかり遅い昼食を摂り終え、仲の良い同級生らと他愛もない話に『不知火』の元へ、


「好青年くん、いるかね!? ”古聖剣”の起動条件についてだが――!」


「ちょ、よせよせザビーネ! 後輩の子が休んでるんだから……」


「何を言う! 生徒達は明日にでもコンラートが連れ帰ってしまうではないか! 今しかないんだぞ!」


「いや、だからってなぁ……」


 と、〈グリプス魔導工房〉の長ザビーネとその夫で元魔導騎士のフィンが連れ立ってやってきた。


 白衣も白を基調とした助祭服も泥や雨水で薄汚れていたが、『大工房』の親方の眼は眼鏡の奥でも知的好奇心でギラギラしている。


 反対に苦労性な雰囲気を滲ませたフィンは薄くなってきた頭髪を押さえて、「すまん!」と言いたげな仕草(ジェスチャー)を執った。


 しかし――――。


「ひょっ!? ア、アル、さん?」


 ラウラの少々跳ねた声にも青年は反応を示さず、件の魔導遺物とほっそりとした彼女の肩に身体を預けて「すかー……」と眠ってしまっていた。


 意志の強さを湛えていた眼光は瞼に隠れ、あどけない寝顔を晒している。


「寝ちゃってるわね」


「大変だったもんねぇ」


 鬼娘と耳長娘がゆっくりと立ち上がって(くろ)に戻った髪を撫で、


「お疲れさまです、アルさん」


 朱髪の少女が支えるように身体を寄せた。


「ほれ、行くぞ。お前は部下に復興作業の指示出さなきゃならんだろ」


「くぅ、むぅ、しかしだな。あっ、明日の朝コンラートに頼んで――」


「いいから今はこっちだっつーの」


 それを見たフィンが「起きたらありがとうよって伝えといてくれ」と呟いて、ブツクサいい続ける妻を引っ張っていく。


「ザビーネさんも大概だな」


「ふっ、まぁあの騒ぎの中であんな装置を組み上げた御仁だからな」


 マルクとソーニャが苦笑しつつ、然もありなんという顔で見送る。


「ねぇ明日ちゃんと帰れるのかなぁ? 街こんななっちゃってるけど」


「大丈夫なんじゃないか? 辺境伯領(じっか)なら大掛かりな連絡用魔導通信機もあるんだが、どちらにせよこういう場合、帝都に早馬を飛ばしたりするはずだからな」


「…………帰りか。乗合じゃないだろうな?」


「うええっ!? それはヤだ! 疲れてるんだよ!?」


「俺に言われても困る」


 アニス、ヘンドリック、ラインハルトが他愛もない会話に興じる。


 

 こうして〈グリュックキルヒェ〉全域を覆わんとする『胎星派』の企み――”呪詛(すそ)”は、その地に生きる人々、魔導学院生や巻き込まれた者達、そして武芸者一党『不知火』の奮闘によって淀みの一切もなく祓われたのだった。

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