22話 不知火(虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)
前話まえがきにて「あと2話でクライマックスパートが終わる」と予告していましたが、文量が膨らんでしまったので分けております。
次話を含め、もう2話でこの第3部2章の決着となります。
その代わり今話はアツい回になっていると思います。
コンラート・フックスの指示を受けた〈グリプス魔導工房〉の長ザビーネ・リーチェルとその部下の中年職人が、避難民の集まる〈ヴァッケタール魔導史博物館〉へ――。
7等級の認識票を首に提げ、軍刀を携えるラインハルト・ゴルトハービヒトと鉱人族の少女アニス・ウィンストンが、無残にも一部倒壊している癒院の建物へと急ぐ。
その一方、地割れによって石畳に放射状の深い亀裂が奔る広場では、〈魔導自律人形〉との戦闘が依然として継続中――――どころか激化すらしていた。
戦っている彼らには、もう後が無いのだ。
削られ、失い続けていく一方の体力と魔力。擦り減り続ける神経並びにその他戦闘に係るあらゆる資源。
此処で踏ん張らねば……詰む。
僅かに見えた光明が絶ち消えぬよう、何某かの形で繋げてみせなければ……取り返しがつかなくなる。
戦う者の嗅覚と表現すれば良いのか、彼ら全員が半ば本能的にそれを悟っていた。
ズ、ォォオオオ――ッッ!!
成人男性の胴体ほどもある鈍色の太い剛脚が風を渦巻かせ、雨粒を粉砕しながら迫る。
「ちいッ!」
些かも精確さの衰えぬ鋼の巨人が繰り出した前蹴りに、滅多にない形状の大剣を構えた二本角の少女は舌打ちを漏らした。
「凜華、どいてろ! 『影狼』ッ!」
とそこへ、ワインレッドの毛並みを靡かせたマルクガルムが飛び込んできて魔術を発動。瞬時に一筋の光すら反さぬ墨色で左腕を染めた。
これは種族固有の闘気――魔気から転じた闇属性魔力だ。
あらゆる負の反射効果を持つ闇属性魔力を更に高出力・高圧縮化して、身体の一部位に纏わせる彼専用の『気刃の術』。
次の瞬間、突き込まれた〈魔導自律人形〉の右脚と踏ん張ったマルクの左腕が衝突。激突音はない。衝撃だけでなく、音も負の反射効果によって打ち消されたのだ。
「……ぬぐっ、お、おぉぉぉぉッ!?」
ところが、その直後に白目のない灰紫の狼眼が見開かれる。
咄嗟にマルクは追加で『影狼』に魔力を大量に流し込んで術の規模を拡大させた。肘先を覆っていた墨色が二の腕辺りにまで伸び上がり、厚みも増す。
「な……!?」
それでも半歩分、身体を後方へとズラされた。勢いを失った〈魔導自律人形〉の剛脚がそのまま振り上げられる。
「っと、マジかよ!? 素人体術じゃなかったらヤバかったぞ!」
マルクは跳び退いて剛脚による踵落としを躱し、雨水をズシャア……ッと蹴上げながら毒づいた。
(並の威力じゃねえ……!)
鋼業都市〈アイゼンリーベンシュタット〉にて、携行式の旧型大砲の弾丸すら人間態の足でも小揺るぎひとつなく受け止めてみせたというのに。
「どんな重さしてんだよ、ったく!」
たった一撃マトモに受け止めただけでこれだ。『影狼』への魔力をケチっていたら左肩を外されるか、筋でも痛めて使い物にならなくなっていただろう。
(チッ、魔力の消耗もヤベえな)
騒ぎが始まってからずっと、魔力を消費しっぱなしだ。
『胎星派』の信徒共を相手に幾度も戦闘を行い、”凶祓の古聖剣”に2割方吸われ、そのうえシルフィエーラの質量狙撃を手伝って全身に魔気も回した。
そこへきて今の『影狼』だ。幾ら魔族と云えど、底は近い。
「助かったわ!」
凜華が鈍色の巨人の足元を凍らせようと冰気を放つ。こちらも疲労の色が濃い。濡れた黒髪も少々乱れている。
それとは対照的に、魔力を精確に検知した〈魔導自律人形〉はガンッと石畳を蹴りつけて、凍てついた地面から逃れた。その動作に淀みなど見当たらない。
「おう、けどありゃ魔法ありきで考えても、ちっとばっかキツいぜ!?」
「人狼でも直撃は避けるべきね。少しでも動きを止めたら連撃で釘付けにされるわよ!」
【戦化粧】も【人狼化】も共に変異型の魔法。肉体を著しく強化する。その凜華とマルクでこれだ。
そのうえ〈魔導自律人形〉には呼吸という概念がない。要は攻撃と攻撃の間隔がないに等しいのだ。
おかげで息をつく間さえなければ、読みも利かない。
「みてぇだな……! やっぱあのどデカい大剣でぶっ叩くしかねえか?」
マルクの視線が質量狙撃の着弾痕から外れた位置に転がる”凶祓の古聖剣”へと注がれる。
「あんなの扱えるの? あたしでも難しいわよ」
遠心力を利用して何とか一太刀放り込めるかどうか。凜華が肩で息をしながら気の強そうな眉の根を寄せた。
「無理に振り回すくらいにしかねえが――」
「……当たる気、しないわね」
問題はそこだ。〈魔導自律人形〉の動きは、決して遅くないのだ。
巨大過ぎる四肢とそれを動かせるだけの並外れた膂力――否、出力と内部構造と云えば良いのだろうか?
一度地面を踏み込んだだけでも相応の距離を移動可能なうえ、反射速度もそれこそアルクスの龍眼やマルクの狼眼ほどではないにしろ十二分に良い。
尾重剣の倍はあろうかという”凶祓の古聖剣”の一撃が届く可能性も皆無に等しかった。
何しろ、左の鋼腕に異常を与えた唯一の投擲物だ。まず間違いなく機敏に反応してくるだろう。
「お前達ッ、正念場だ! 踏ん張ってみせよ!」
「「「「はっ!!」」」」
リューレ上級曹長らと兵士達も苦しそうに顔を歪めながら、果敢に魔術を撃ち込んでいる。注意を引いてくれているのだ。
「ぜぇ、はぁ……感覚マヒってくるぜ、こちとら軍用魔術撃ってんだぞ」
「さっきの”鬼火”の魔術だって目立った損傷はなかったし、頑丈過ぎだって……!」
男女の砲術兵が連携して術を放ちながらボヤきを口にした。
彼らの放っている『火炎槍』や『雷閃花』は歴とした殺傷用の魔術。人体に直撃させれば一発でカタのつくシロモノだ。
それを何度も躱し、掻き消し、あまつさえ数発程度なら直撃しても何の損傷もない〈魔導自律人形〉には辟易してくる。
「『裂咬掌・累』!」
「『天鼓招来』ッ!」
巨人の赤い瞳孔が彼ら兵士に向くや否や、マルクと凜華の少し後ろからアルとソーニャが彼らと連携するべく、立て続けに術を放った。
ゴバアァ――ッ! と、巨大な瓦礫混じりのゴツゴツした掌が2つ、割れた大地から飛び出し、青白い雷鎚が一直線に迸る。
ところが、鈍色の巨人は『裂咬掌・三ツ巴』を喰らったことから危険だと学習したのか、瓦礫の掌を蹴り砕き、『天鼓』にぶつけることで相殺してしまった。
「くっ……アル殿達が苦戦するわけだ」
ソーニャが目に掛かる雨粒を乱暴に拭う。
「ハァ、ハァ、ハァ……だろ? ホント、嫌んなるよ」
アルは痛みからくる脂汗か雨粒かもわからぬ水滴を血で赤く濁しながら、怨み節を吐いた。
「あの反応速度……中距離じゃ難しいな。やはり直接攻撃しかないか?」
騎士装束に身を包んだ少女が盾の革帯をギュウと握り締めて呟いたと同時、
「俺が”古聖剣”で仕掛けてみる」
と、振り向いたマルクが顎をしゃくってみせる。
「あれで? 扱えるのか?」
アルは横たわる太古の魔導遺物に緋色の視線を素早く奔らせて訊ねた。
「さぁな。俺に剣の心得はねえ。“遺物”としての効果なんぞきっと発揮されねぇだろうが、ブッ叩くのにゃ充分だろ。こっちゃ魔力を二割近く持ってかれてんだ、働いてもらわなきゃな」
と、彼の親友が不遜な台詞を吐いて寄越す。
確かにあれだけの質量物なら損傷を与えることは出来るかも知れない。前例もさっき見た。
刹那沈黙したアルだったが、灰紫の狼眼を真っ直ぐに見据えて、
「……いけるんだな?」
と、もう一度訊ねる。
”凶祓の古聖剣”を直撃させるのであれば、左腕から異音が上がっている以外未だ健在な〈魔導自律人形〉の動きを相応に封じなければならない。
だが現状、近接戦の間合いで戦っているのはアル、マルク、凛華、ソーニャの4人。その周囲を廻るように遠距離職が動いてくれている。
マルクがあの”古聖剣”を扱うというのなら当然、掛かり切りになる。
そうなれば必然的に近接職の枚数が一枚減る。ただでさえ数の優位性が成り立っていないというのに。
ゆえにアルは問うたのだ。それだけの成果を出せるんだろうな? と。
するとマルクは灰紫の瞳に強い闘志を湛えて、
「へバるまでダラダラ戦うよかずっとマシってもんだろ? 何とかしてみせらァ。それよか、お前こそ大丈夫かよ? もうボロッボロだろ。血の匂いが酷えぞ」
と、狼の鼻をスンっと鳴らして訊ね返した。
親友には――否、『不知火』の面々には疾っくにバレている。
アルの身体は、もう限界だ。
現在進行形で傷口から染み込んでくる冷たい雨が体温を奪い、疲労が足取りを重くさせ、ヒリついた神経が精神を削り続ける。
「そりゃ……まあね。けど、だからっておちおち俺だけ寝てらんないだろ? せいぜい暴れてみせらぁ」
然れど、アルは唇の端を無理矢理引き上げ、龍牙刀を引き抜きながら軽口を叩き返してみせた。
緋色の虹彩と空色の刀身が昏い空の下でもギラリと輝いている。この諦めの悪さと意志の強さこそが彼の強みだ。
「ハッ、上等だ」
それをよく知っているマルクは大きく裂けた口の端をニイッと吊り上げ、
「あんたの前に、あたし達であんなのぶった斬ってやるわ」
凛華が青い瞳を”鬼火”の如く滾らせる。
「そう願っとくぜ」
「兎に角、我々で決定的な隙を作れば良いのだな?」
冷静にソーニャが問うた。あえて長剣を抜かず、盾の把手を握り込んでいる。己の役割をある程度見定めているようだ。
「ああ、何とか一撃放り込めるだけの隙を作る。ソーニャ、闘気の使用を許可する。本当にマズい時の防御に回せ。それ以外はヤツの足場を崩すことに集中してくれ」
闘気を初投入するかもしれない実戦だ。ソーニャは頭目の指示に慄然とし、彌増す緊張感に背筋を伸ばす。
「うむ、承知した」
それでも躊躇いなく、一拍すら置かずに青一本線の入った胸甲をガツッと叩いて応えてみえた。
打てば響くとはこのことだ。萌黄色の瞳には強い闘志を滲ませている。
「そんじゃ、とっとと征こう。状況開始だ」
アルの決然とした号令の下――……。
「「「応ッ!」」」
マルクがワインレッドの影となって”古聖剣”へと一直線に疾走。
凛華が尾重剣を肩に引っ掛けてカカ—―ン! と、一足跳びに〈魔導自律人形〉の正面から猛然と迫り、ソーニャが左の剛腕側に廻り込みながら、兵士らと視線を交わしながら駆ける。
続いてアルも”灰髪”を揺らして駆け出した。
少し離れた建物の上からその背を見ていたエーラは尖り耳をヒクリとさせ、一人焦燥に身を焦がす。
「アル、その怪我じゃ……っ!」
彼女の誰より鋭敏な聴覚が捉えたのは、彼の足音と息切れの激しい吐息。それらが普段の何倍も鈍く、荒い。
「もう、どうしよ……!」
何か有効な手はないか。エーラは思わず濃い小麦色の額に手をやって歯噛みし、教会近くの倒壊し掛けた建物から短外套を広げて飛び降りる。
此れ程に難しい戦闘もかつてなかった。昔ながらの石造りの円形広場たるこの場所は【錬想顕幻】を使えるほど太い樹木らがいない。
広場入口に張った網もどうにか拵えたものだ。どうにもできない。そして『燐晄』も期待薄。
砲術兵らの魔術に合わせて複合弓で射掛けているものの、然程良い戦果も挙げられていない。
検知器類の集中していそうな頭部や赤く光る瞳孔を狙っているが、その前に叩き落されるか、当たっても大して損傷にならないかのどちらかだ。
「ボクにできることを……」
一言呟いて、鮮緑に輝かせた瞳で周囲をぐるりと見回し――。
「……ラウラ」
同じくもどかしい思いで陣頭指揮を執っていた教会入り口前のもう一人の仲間と瞳が合う。
「はっ、エーラ。アルさん達は――」
ラウラはエーラと一緒に戻ってきた黒濡れ羽の三ツ足鴉を肩に留まらせ、難しい顔で戦場となった広場に注意を向けていたが、仲間に気付いて直ぐ様、詳細な戦況を把握しようとした。
「”古聖剣”で一太刀ぶつけようとしてるみたい。その為に〈魔導自律人形〉の動きをさっきみたいに封じようとしてるの。でも、今のアルじゃ――」
すぐ傍に同級生らがいるのもあって、エーラが半ばで口を噤む。
「そう、ですよね。私でもわかるくらい、アルさんの動きが鈍ってます。それに……」
見るからに辛そうだ。とまではラウラも口に出せず、然れど琥珀と鮮緑の虹彩は共に溢れそうな不安に滲んでいた。
――切れる手札がない。
若しくは効果が酷く薄い。接近戦を仕掛けている4人に匹敵するほどの手はそうそう思いつかない。
思考までも一致した。
「「…………」」
沈黙が支配していたのは数瞬か、はたまた数秒か。
彼女らの担任コンラート・フックスが防護柵の少し後方で慌ただしく動いている。彼もまたこの状況を何とかひっくり返そうとしているのだ。
『少しでも損傷を与えて欲しい』
彼からそう頼まれてもいた。ラウラは上品そうな相貌を険しくさせ、何かないかと思考をグルグルと巡らせ――……。
「……あ」
そして思い至った。一党の仲間達の手助けと成り得るうえに、”古聖剣”を直撃させられるかもしれない一手を。
「エーラ、アルさんは魔術の炎に対しても強いんですよね?」
一応の確認だ。森人の少女は唐突な質問に眼を白黒させ、当惑した表情で頷く。
「え? う、うん。そうだよ。ほら、神殿騎士が撃った大規模魔術も弾いたし、『火炎槍』握り潰してるの見たことあるでしょ?」
「そう、ですよね。それなら――……手があるかもしれません。私達で今から『火炎槍』を集中させて撃ちます。エーラにはその炎を風で大きくして欲しいんです」
ラウラは時間も惜しいとばかりに手早く伝えた。同級生らが「え、こ、今度は『火炎槍』か」、「よしきた、あんたらも準備しとくんだよ」と慌てて術を紡ぎ出す。
「炎を大きく?」
「はい。できたら、それこそ神殿騎士らの放った”連結霊装術式”くらいにまで大きくして欲しいんです」
「……できなくはないと思うけど、〈魔導自律人形〉の反応どんどん良くなってるよ? ここから狙って当たる?」
淀みのない語り口にエーラは数拍の間、思考を廻らせて答えを導き出しつつ当然の疑問も呈した。
視界は確保されているとは云え、教会から広場中央までそこそこに距離がある。
『燐晄』や森人の矢ならまだしも、規模を大きくしようとただの魔術が的中するとは思えなかった。
すると、ラウラは琥珀色の瞳に彼女の想い人と似たような強い光を宿して一言。
「いいえ、託すんです」
「あっ……!」
それだけでエーラは仲間の意図していること全てを察した。
逆にヘンドリック・シュペーアを始めとした同級生らは言葉の意味がわからずに困惑する。
「託すってどういう……?」
「わかんないけど、兎に角準備! 急ぐよ!」
「お、おう!」
「うん、わかった!」
が、それでもこれまで指揮を執ってきた同級生――否、武芸者”炎髪の乙女”の能力に疑いは抱かなかったのか、止まってしまっていた手を慌てて動かし始めた。
「そういうことならボクに任せて!」
彼らと対照的にエーラは乳白色の金髪と紅い数珠玉飾りをぷるぷると振って水滴を飛ばし、教会の壊れた大扉の残骸に腰掛けると複合弓を強弓型に変化させる。
そのまま矢筒から半数以上の矢を引き抜いて握り込みながら、
「風、来て」
『妖精の瞳』を鮮緑に輝かせた。
ヒュウウゥゥゥ――――……!
途端、彼女の金髪をくるくると弄ぶように風が巻き起こり、次いで矢束がギュルギュルと捻れて太く長い一本の矢へと変わっていく。
そのすぐ後方。防護柵の内側では、ラウラが光属性魔力を一つ出現させながら凛と声を張り上げていた。
「私が今から誘導光弾を撃ちます! 皆さんはそこ目掛けて『火炎槍』を一斉に撃って下さい! 残ってる魔力を使い切っても構いません! ヘンドリックさんは炎術弾を瞬間的に撃てるだけお願いします!」
指示された内容に同級生らが思わず目を剥く。
「ええっ!?」
「使い切るって……」
「そりゃ、ほとんどもう残ってないけどさ」
「そしたら魔力切れが――」
殊こういった場面に於いて、魔力という万能資源を自ら切らすような真似は避けた方が良い。
通常の軍隊も似たような考え方をする。彼らの反応も尤もだった。
「出し惜しむより遥かにマシです! 魔力切れを起こした方はすぐに後方へ! 交代して下さい!」
が、それはあくまで一般論。今必要なのは瞬間最大火力だ、とラウラが断じて檄を飛ばす。
それに、癒院と教会北側の急造通路にも防護柵を築いているが、そちらで動いている同級生らはそこまで魔術を使っていない。どちらかと言えば避難誘導や怪我人の手当てに奔走している。
彼らを交代要員とすれば継戦能力も落ちないはず、と判断していた。
「……了解した!」
「わ、わかった……!」
「う、うん!」
「要は全力の『火炎槍』を撃てばいいんだろっ? やってやるさ!」
「術式の用意を! 急いで!」
ラウラの指示下で生徒らが淡く光る鍵語の群れをそれぞれに並べ――……そう時間も掛けずにしっかりと構える。
「準備はいい!?」
それを見計らったかのように、エーラは鋭く呼び掛けた。
「はい!」
気合いの籠もったラウラの声が投げ返されるや否や、
「アルーーーーっ!!」
高く透き通る声を発する。
「っ! エーラ……!?」
直後、幾つもの亀裂が入った広場を駆けていたアルは弾かれたように反応し、教会方面へと目を向けた。
視線の先では森人の少女が強弓型に切り替えた複合弓に、捩じれた太矢を番えている。
(何を……?)
する気だ? と思うと同時。
「そこです!」
防護柵前で杖剣を真っ直ぐに掲げていたラウラが、頭上に浮かばせていた白っぽい光属性の魔力弾をひゅうっと左手で放つ。
放たれた先はアルと〈魔導自律人形〉との丁度中間位置の空。次の瞬間。
「「「「「「「「「「『火炎槍』――ッ!!」」」」」」」」」」
同級生らが一斉に灼炎の飛槍を放ち、
「いけぇッ!!」
ド、ド、ド、ドウ――――ッッ!!
ヘンドリックが一六式魔導機構銃の引鉄を立て続けに引いて、炎術弾を4発速射した。
一点に向けて放たれた赫炎の槍束。
アル達が驚いたように目を瞠り、兵士らが瞬間的に動きを止め、跳ね上がった魔力反応に〈魔導自律人形〉が身動ぐ。
ほんの僅かな空隙。一秒にも満たぬ刹那。
その瞬間、琥珀色の虹彩が燦然と輝き、刻印指輪によって『複製』された『蒼火撃』の派生術式が直列五連に紡がれて発動する。
「『龍蒼華・襲』ッッ!!」
隠し切れぬ品の良さと武家の娘のような張りのある声が轟き、杖剣の切っ先から無数の”鬼火”が彼岸花の如く花弁を広げて投射された。
『襲』られたことで花弁の一つ一つが『火炎槍』並に長い。宛ら横に墜ちる流星だ。
「なんて規模の……!」
両手足を縛り上げられていたキーガン・シャウマンが座り込まされたままに思わず目を剥き、慌ただしく動いていたコンラートと元同僚のフィンまでも半ば愕然とする。
だが、これだけで終わらない。
『龍蒼華・襲』が圧倒的な物量を以て、赫炎の束を呑み込んだ――矢先。
「『燐晄一矢・大鷺草』……ッ!」
腰掛けたまま目いっぱいまで強弓を引き絞っていたエーラが、森人の弓術を業にまで昇華させた絶技を用いてカァン! と、いう甲高い弦音と共に捩じれ太矢を射った。
直後、長く太い閃光が弦を離れると同時に紐解けながら飛翔。瞬間的に蒼い豪炎との距離を潰す。
しかし、豪炎の中へ到達する前にすっかり紐解け、それぞれの矢が鷺のような閃光の花びらを象って飛散した。
――不発っ!?
声を出す暇すらないほどの刹那、同級生らは乱れる息を呑んだ。
だが次の瞬間、皆が皆唖然としてしまう。
咲いた大鷺草の花弁の如き閃光の群れが螺旋を描きながら蒼い豪炎を廻るように飛翔したかと思いきや――……唐突に豪炎がその更に3倍ほども膨れ上がり、巨大な蒼い火箭と化していた。
エーラが放ったのは風の精を宿らせた『燐晄』。それらが龍巻染みた風の渦を形成し、蒼い豪炎を更に大きく燃え上がらせたのだ。
それは宛ら、かつて『不知火』6名の目前にまで迫った”連結礼装術式”『精霊の浄火』の如き焔塊。
広場全体を覆い照らす程の蒼く巨大に過ぎる”鬼火”。それはまるで――。
「”不知火”だ……!」
誰かが呟いた。
大陸各地の伝承に残る、海上に浮かぶ決して消えぬ怪火。それが間近に姿を現したかのような光景に圧倒され、開いた口が塞がらない。
「「アル(さん)! 受け取って!!」」
すかさずエーラとラウラは異口同音で叫んだ。少女らの鮮緑と琥珀の瞳と、緋い龍眼が交差する。
「っ! わかった!」
彼女らの強い視線を一身に受け止めたアルが龍牙刀を閃かせ、足から蒼炎を噴き上げて跳び上がる――のに続いて、即座に動き出したのは凛華だった。
「『夢幻』! でぇえやあああッ!!」
尾重剣に纏わせていた白銀の『冰鬼刃』を最大まで伸長させ、〈魔導自律人形〉へと一気に駆けるや否や、姿勢も低く踏み込みながら独自剣技を放つ。
――――ツェシュタール流大剣術『銀華一閃』。
両手持ちにした尾重剣で大きく右に薙ぎ払う真一文字斬り。アルの『焔燐裂破』と同じく一撃必殺を狙う剛撃。
ドッガアァァァァ……ンッ!!
凄まじい威力を証明するかのような轟音が響き渡る。だが、この剣技の真髄は、一撃に込められた切断力や破壊力ではない。
「くっう……! 咲きなさい!!」
痛みを感じぬ鈍色の巨人が間髪入れずに振り下ろした拳を、凛華は白銀の衣をすっかり脱ぎ捨てた尾重剣の腹でいなして叫ぶ。
途端、〈魔導自律人形〉の足元を中心にパキパキパキ……ッと白霜が降りていき、大気すら銀色に凍てつかせていく。
これこそが彼女の狙い。『銀華一閃』とは、雪粒より小さくなった冰気を一点集中させて全放出する剣技だったのだ。
冰気に侵されることにない然しもの〈魔導自律人形〉でも、その周囲や触れている大地、空気中の塵や水滴まで凍てつくことは防げない。
瞬く間に広がった白銀の分厚い檻によって、足先から大腿部までを雁字搦めに封じ込められた。
「アルっ!」
直ぐ様凛華が頼りにしている青年の名を呼ぶ。その時点でマルクも動き出していた。
「危ねえぞ! 退いてろ!」
兵士らへ警告を一声発し、全身に魔気を廻らせると”凶祓の古聖剣”の長い柄を引っ掴み、
「ふんぬっおおぉ……ッ!」
と、食い縛った牙の隙間から気合いを零しながら大上段に構えて駆け出す。
それと、ほぼ同時だった。
「ぐッ、んぐぎぎ……っ! 受け、取ったあっ!!」
広場を照らす巨大な蒼い火箭――”不知火”に躊躇なく龍牙刀を突っ込んだアルが、炎熱の嵐を何とか制御し終えたのは。
炎龍人の血を引いているお陰で炎への適性が著しく高い彼でも御すのに非道く難儀した、あまりに膨大な熱量。
それが空色の刀身をすっぽり隠すほどの長大な蒼い嵐の刃となって轟々と渦巻いていた。
「これなら……!」
仲間の少女らと友人らの力を結集させた”不知火”を手に、緋色の龍眼が鈍色の巨人をキッと見据える。
そこで、すぐ傍にいたソーニャが「アル殿!」と呼び掛けて、
「『裂咬掌』!」
ぎゅうっと拳を握り締めて魔術を発動し、空中で”古聖剣”よりも広く長い刀身を手にした頭目の着地点に土砂と瓦礫混じりの巨大な掌を形成。
「頼んだぞッ!!」
そのまま踵をガツン! と、踏み鳴らした。
すると、大きな掌に着地したアルを押し出すように『裂咬掌』がゴバァァ――ッと目標へ向けて射出される。
下半身まで囚われた〈魔導自律人形〉までの一直線。最短軌道。障害はない。
(これで決める……!!)
風雨に”灰髪”を靡かせるアルの緋瞳が刃の如くギラリと光った。
が、鈍色の巨人は蒼い刃を手にした彼の姿を捉え、瞳孔に赤い光をポゥ……と灯す。
La……LAAAAAAAAAAAAAA――――!!
直後、ゴパッと開かれた口腔から魔力の籠もった咆哮が衝撃波となって放たれた。
しかし――。
「二度も喰らって、たまるか!」
アルは掌の上から前方上空へ跳躍。咆哮を鮮やかに躱す。
「っぐ……!」
だが、惜しむらくは疲労だ。思ったより足に力が入らなかったせいで、絶妙に間合いが遠い。
すぐ下方で、奔り抜けた衝撃波が『裂咬掌』をバラバラと砕いて瓦礫に戻していく。
「ちっ、飛距離が……」
と、アルが零しかけた――まさにその時だ。
「『流転・障岩壁』ッ!」
衝撃波が『裂咬掌』を粉々に砕き切る前にソーニャが騎士盾の尖った下部の縁を巨腕の付け根に叩き込む。
途端、瓦礫に戻り掛けていた土砂や石片が再び動き出して細い障壁を形成。伸びていった先でアルの足をズオォォォッと押し上げた。
「征っけえッ!」
ソーニャが吼える。
「やれ、”鬼火”!!」
「やっちまえッ!」
「お願い! 決まって!」
兵士らが呼応するように叫び、その光景を見ていた彼らを始めとする全員が無意識に拳を握り込む。
「ソーニャ、助かった!!」
アルは弾き飛ばされた中空で龍牙刀の柄を握る両手を密着させ、瞳孔に金縁を奔らせると見えぬ足場を蹴飛ばすように踵から蒼炎を噴き出した。
狙うは直下でこちらを見上げる〈魔導自律人形〉。放つは剣の師から『お前だけの型』と言われた独自廻転落下剣技。
――――六道穿光流・異説『嶄裂大龍尾』。
「づ ぉ お り ゃ あ あ あ あ あ あ あ あ あ ッ ッ !!」
響き渡る咆哮。気炎を吐いたアルが蒼い尾を棚引かせて一直線に落下。
長大な蒼い刀身が円刃を模したかのような剣閃を描いて鋼の巨躯へと叩きつけられる。
太鼓に生息していた龍が遥か上空から撓る尾を険しい山々へと振るうが如き一太刀。
甲高くも重たい激突音が広場を轟き巡った。
衝撃波が奔り抜け、雨粒を弾き飛ばすだけでなく、周囲の細かな土石すら吹き飛ばし、噴き上がる炎熱が水気を蒸発させて白煙が上がる。
ところが、”魔導自律人形”は限界まで可動域を利用したのか、致命的な損傷を避けていた。
――狙いをズラされた!
アルは歯噛みする。
龍牙刀が膨大な熱量と共に刃を食い込ませているのは、異音を発していた左の剛腕――その肩口と二の腕の関節部。
検知器で捉えた視覚情報から回避不能と判断したのか、鋼の巨人は左腕を宛てがうように振り上げたのだ。
最初にぶつかった左手首は難なく熔断できた。が、その間に腕ごと反らされ、それでも振り下ろした結果がこれだ。
斬り飛ばされた巨大な左掌が赤熱化した金属片となって転がっている。
「く……おおおッ!」
ジュウウウウウウウ…………ッ!
半ば以上――割合で云えば鈍色の太い関節部の7割近くを灼き斬った空色の刃が振り抜かれ、宿していた”不知火”の炎熱が割れた石畳や土砂へと抜けて、瞬間的にドロドロとした熔岩を生み出した。
凍てつく白銀の檻がシュウウウ……! と、水蒸気を上げながら熔けていく。
――やり損なった!?
一部始終に目を凝らしていた者達は背筋に厭な汗を掻いた。
左腕の手首から先がなく、肩口から先が動くかは不明だが、鈍色の巨躯は未だ両の剛脚で立っている。
現に痛覚がないせいか既に右腕を振り上げ、反撃の態勢。アルは着地したばかりで、刃を振り下ろした姿勢で膝をついている。
だが――……。
「失敗なんかじゃ終わらせないわよ!」
「わかって、らァ!」
すかさず間合いを詰めていた凜華とマルクが吼えた。
「はあああああああッ!!」
アルを庇うように前へ出た二本角の少女が尾重剣を真下から振り上げ、
「うぉらあああああッ!!」
瓦礫を利用して無理矢理跳び上がったワインレッドの人狼が大上段から”古聖剣”を振り下ろす。
ゴギャアァァァンッ!
と、広場に再び轟音が響き渡った。次いで何かが捩じ切れるような金切り音が大地を叩き――。
ゴン……! と、重たい音を立てて鈍色の何かが地に落ちる。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ……! 悪い、二人とも! 助かった!」
「このくらいなんてことないわ!」
「おう、気にすんな! 左腕一本もぎ取ってやったんだ、御の字だろ!」
仲間の手に引っ張られながらパッと跳び退ったアルに、凜華とマルクが喜色の滲んだ声を返した。
固唾を呑んで見守っていたソーニャ、エーラ、ラウラ、兵士達を始めとした観衆らの視線が落ちた鈍色の巨大な何かに注がれる。
熔けた石畳の穴から覗くそれは、腕だった。
肩口から無理矢理引き千切られた鈍色の肌をした太い剛腕。〈魔導自律人形〉の左腕だ。
無数の視線が無意識に”絶望”の権化を探し――……左の肩口から先を失くし、重量の均衡を崩してたたらを踏んでいる鋼の巨人の姿を視認する。
直後、歓声が爆発した。
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