19話 揺らぐ”鬼火”と幽幻の銀糸(虹耀暦1288年5月:アルクス16歳)
クライマックスパートその3。お話の波が一瞬小さくなる回です。
次話にも関係のある大事な情報もこの回で明かされます。
絶え間なく響く轟音。大気を劈く破裂音。土砂混じりの瓦礫が宙を舞い、衝撃波が線状に降り注ぐ雨を大きく穿つ。
「『蒼炎羽織』が四枚貫かれてる! 『冰鬼刃』は過信するな!」
アルクスは警告を発しながら、鋼の巨人の頭部目掛けて瓦礫を蹴り飛ばすや否や、歯をギリッと食い縛って加速。その場から掻き消え、銀の残光が奔る。
「でぇああッ!」
右手の龍牙刀と左手の刃尾刀に魔力を流し込み、〈魔導自律人形〉の膝裏を狙って双刀を右に薙いだ。
ところが、3mを超える巨躯はその巨体に似つかわぬ素早さで瓦礫を防ぎ、急速に右へ半回転すると、右膝を上げて分厚い脛部分で二振りの刃をギィィ……ンと防ぐ。
「わかったわ――はああああッ!」
そこへ真後ろから迫った凜華が青い瞳に金環を浮かべ、同じく膝裏を狙って尾重剣を叩き込んだ。
甲高い衝突音が広場に響き渡り、重量級の一撃に〈魔導自律人形〉の膝がガクリと落ちる。
――今ッ!!
緋色と青の二対の瞳に、刃の如き物騒な光がギラリと灯る。
「『蒼炎気刃』ッ! でぇえりゃあああッ!!」
アルが双刀に湾刀状の蒼炎を宿して巨人の頭部の真下から跳び上がりながら、
「『流幻冰鬼刃』! だあああああッ!」
カカ――ン! と、跳び上がった凜華が伸長させた白銀の大剣を真上から薙いだ。
いつぞや高位魔獣〈羅漂雪〉の首すら刈り落とした際にも見せた連携攻撃。轟音が空気をビリビリと揺らす。
しかし、人心の籠もらぬ〈魔導自律人形〉は焦る様子もなく、恐るべき正確さを以て両腕を掲げ、胴部と頸部を守り抜いていた。
あまりの反応速度にアルの片眉が跳ね上がり、凜華が眼を見開く。
ゥゥゥウウウウン…………!
息つく間もなく、巨体から低い駆動音が響いた。
「凜華っ! 退け!」
斬り抜けた宙空で、アルが巨人の背を蹴りつけてパッと身を翻しざまに蒼炎をゴォォォ――ッと噴き出すのと、〈魔導自律人形〉が立ち上がりざまに一回転して両腕を振り回すのに一拍の差もなかった。
「チッ、ぐうぅっ!」
凜華は着地と同時に『百華ノ冰女下駄』の一本歯で大地を弾くように蹴り飛ばし、体勢も低く左回転。尾重剣の腹で剛腕を受け流しながら後退――。
「重っ……たいわね!」
水をズシャア……ッと蹴立てながら下がった先で吐き捨てる。アルの警告がなければ芯に食らっていた。
そのアルは蒼炎を圧し退けて迫る太い鈍色の右手をガンッと蹴り払って、小器用に左足から蒼炎を噴射。
泥だらけになるのも構わず、ゴロゴロと勢いよく石畳の上を転がる。既に服はあちこち破れ、細かな傷で血と泥塗れだ。
「『燐晄縫駆』!!」
剣士2人と目標に距離が開いたと判断するや、癒院の屋上からシルフィエーラが閃光を纏った矢を6本立て続けに放った。
「今です!」
教会で指揮を執っていたラウラも、この機を逃さぬとばかりに誘導光弾を放ち、
「「「「「『風切刃』――!」」」」」
防護柵前で術式を構えていた7組の生徒らが声を揃えて魔術を発動。
「そこ……ッ!!」
帝国製一六式魔導機構銃の銃床を肩に宛てていたヘンドリック・シュペーアも引き鉄を引く。
「『蒼火撃・襲』ッ!」
すかさずラウラ自身も刻印指輪を使って術式を複製。直列に紡がれた『蒼火撃』がアルの蒼炎ばりの威力と弾速を以て、雨粒を呑み込みながら飛翔する。
「撃てえぇぇぇッ!」
続いて、広場にいたリューレ上級曹長の号令も轟き、
「「「「『火炎槍』――ッ!!」」」」
砲術兵達が淀みなく術を紡いで灼炎の槍を射出。
宙を駆ける閃光を皮切りに、魔術と術式弾の束が目標へ向けて殺到した。
〈魔導自律人形〉は複数箇所で高まった魔力反応に赤い瞳孔をポゥ……と光らせ、まずは『燐晄』を纏った矢に分厚い掌を叩きつけ、次いで右の剛脚で石畳をバッガン! と、叩き割る。
巻き上がった土砂に、圧縮された2m近い長さの風――『風切刃』が炸裂し、更に土砂を細かく粉砕しながら消え去り、そこへ『蒼火撃』が轟ォォ――ッ! と、直撃。
続けて『火炎槍』も幾らかは土砂に呑まれつつ、〈魔導自律人形〉へ着弾。
蒼と朱色の炎が爆発するように炎上して巨躯を包む。遠距離攻撃手段による初の真っ当な直撃だ。
「ハァー、ハァー、ハァ……! 当たっ、た?」
――やっぱり属性魔力だけを弾いてる?
アルは息を荒げながらも鈍色の巨人から眼を逸らさずに呟いた。
しかし、〈魔導自律人形〉は炎のベールを脱ぎ去るが如く、腕を大きく振るって生み出した風圧で炎を掻き消す。
やはり根本的な質量差が問題なのか、上がっていた白い煙はすぐに止み、熱されて赤く染まっていた巨人の皮膚も瞬く間に元の鈍色へと戻っていく。
術の着弾した部分に少々黒い煤がついた程度で、大きな損傷はなさそうだ。
そこでアルはハタと気付いた。
(って待てよ……)
意識の端に引っ掛かったのは、魔術が着弾する寸前、〈魔導自律人形〉が両腕で護った胸部。せり出した大型擬似晶石が嵌まり、淡い光を放っている。
てっきり無理矢理起動させた際に使用された魔導具だと思っていたが――――。
「そうじゃないのか……?」
よく見れば筋肉模様に深い分割線のようなものが入っている。
「ってことは、〈魔導自律人形〉の胴体だけはわざわざ造られた模造品……?」
だとすれば問題だった。あれだけ警備のしっかりしていそうな〈グリプス魔導工房〉の研究が筒抜けになっており、おまけにそれが利用されたということだ。
「けど、内通者を探すのは後回し……ラウラっ!」
アルは鋭く仲間の名を呼ぶ。
「っ! はい! どうしたんですか!?」
ラウラがパッと琥珀色の瞳を頭目に向けた。同級生らも同じくアルの方に視線を向ける。
「ヤツの胴体に魔術を集中! さっきと同じでいい! とにかく術を束ねて一斉に撃て! できたら兵の人達と呼吸を合わせてくれ!」
アルは大声で指示を出し、
「リューレ上級曹長達も協力願います! たぶんヤツは、魔術なら防げない……!」
先ほど、家屋の穴を通ってきた南防壁の兵士らと合流した中年下士官らへも協力を要請した。
「承知した!」「あ、あぁ! わかった!」
リューレ上級曹長が即応し、もう一人の中年下士官は”灰髪”の青年からビリビリと漂う覇気と緋色の眼光鋭い瞳に気圧されたのか、慌てて頷く。
凜華と共に南防壁で戦ったおかげか、彼女の慕う頭目だと瞬時に理解できた――というより人を率いる資質めいたものを感じ取ったのか、他の兵士ら含めて精神的な抵抗もほとんどない。
癒院の方でも広場の方の騒ぎに気付き、なかで避難誘導や暴れ出した住民を取り押さえていた少ない武芸者らや、同じく身体を張っていたガタイの良い職人や住民らも外に視線を向けて瞠目する。
まだ若い武芸者と思わしき”灰髪”の青年。
彼が率いているようにすら見える仲間の剣士や兵士らの激しい立ち回り、そして雄々しく戦う姿は、この混沌と化した街に於いて唯一輝いて見え――……残された細い希望にすら感じていた。
だが、兵士側からすればともかく、当の三人娘の見解は全く以て違う。むしろその真逆だ。
「アル……!」
矢を放っていたエーラは不安そうに鮮緑の瞳を揺らして、か細く想い人の名を呼ぶ。
「時間がない、わね!」
凜華も鬼歯を食い縛って、鬼気迫る表情で尾重剣を振るう。
「『火炎槍』と『風切刃』の準備を! ヘンドリックさんは引き続き、雷術弾を!」
「了解だ!」
「「「「わかった!」」」」
「「「おう!」」」
「あいよ!」
「ア――……」
ラウラも指示を出しながら、彼の名を零しかけた口元を引き結んだ。彼女らがそんな顔になっている理由は一つ。それは――――。
アルの動きがどんどん悪くなっているせいだ。
明らかに精彩さを欠いている。
援護は増えているにも関わらず、息は乱れっぱなしで常に肩で大きく息をしており、顔色も悪い。頬を伝う水滴も雨粒だけでは決してない。
消えたのではないかと錯覚させるほどの足運びもほんの一瞬しかできず、感知できる魔力も三人からすれば驚くほどに小さい。
蒼炎を小器用に操って身体を動かしているし、幾重もの殺し合いを潜り抜けてきた剣の腕でなんとか現状を維持できているものの、普段の彼なら体捌きで熟せる動きまで魔力に任せている。
それでも決して戦う意志を捨てない。率先して隙を作ろうと自身の倍以上に大きく、頑健な鋼の巨人へと懸命に立ち向かっている。
しかしながら、無情にも〈魔導自律人形〉はアルと凜華の剣が頑丈な自身の剛体に傷を与えられないと学習しつつあるのか、陽動の効果は薄れつつあった。
ゆえに時間がないのだ。
今はまだ、何よりも魔力に反応しているので優先的に魔族の剣士2人へと襲い掛かっているが、状況が著しく悪化するまできっとそう長くないだろう。
「ハァ、ハァ、ハァ……!」
白い息を荒く吐きながら、アルもそれを自覚していた。
☆ ★ ☆
〈ヴァッケタール魔導史博物館〉前で作業を続けていた『大工房』の長ザビーネ・リーチェルと中年の職人も、当然ながらこの事態に気付いていた。
急造の結界発生装置から手を離し、両者とも茫然としている。それも当然だった。
なぜなら、眼下の光景に誰よりも驚愕したのは彼らなのだから。
「親方……なんでアレが暴れてるんですかい……!?」
「わからん。しかもあれは……」
呟かれた職人の疑問にザビーネは首を横に振り、雨粒のついた眼鏡の奥で眼を細めた。
研究中の〈魔導自律人形〉。それが動いている。その驚嘆すべき事実以上に、彼女が注目したのはその胴部で淡く光る中央の人工物。
あんな大型擬似晶石はなかった。なかったと断言できる。むしろ在るはずがないのだ。
なぜなら擬似魔晶石が開発されたのは、数十年前。
魔導遺物たる〈魔導自律人形〉からすれば極々現代に産み出されたシロモノが、ああしてあそこに収まっているはずがないのである。
「これも『胎星派』とやらの仕込みか……」
ザビーネは纏めていた黒髪を掻きむしった。
あれがあそこで動いていて人を襲っている以上、『大工房』に内通者がいるどころか、深くまで入り込まれていたということに他ならない。
「くそ……職員の調査はちゃんとやってたはずだぞ」
思わず悪態が漏れる。
そんな彼女を横目にマルクガルムとソーニャは焦りも隠さず、今にも広場へ駆けつけようとしていた。
「分が悪ィぞ、俺らも急がねえと……!」
上から俯瞰しているからこそ、誰よりも早くアルの不調に気付けた。アレが現れた時は博物館の中にいたので見ていないが、おそらくアルは負傷している。
マルクは苛立たしさと焦りともつかぬ声を上げ、雨に濡れたワインレッドの髪を掻き上げた。ザビーネや警備にひと声掛けようとしたところで――……。
「しかし、どうする気だ?」
他ならぬ一党仲間のソーニャが彼の腕を掴んで引き留めた。
「あ? どうするって俺らも行かねえと――」
「それはわかっているとも。だがそうじゃない。アル殿の『蒼炎気刃』が通用していないのだぞ? 凜華も膂力で押し負けている。我々がこのまま行ったところで何ができるのだ?」
彼女の萌黄色の瞳は至って真剣だ。決して悲観しているのではない。
「だからって――!」
その真っ直ぐな眼を見て、マルクは荒れかけた語調を律する。
「……すまん。確かにそうだ」
アルの『蒼炎気刃』は闘気から転じた蒼炎だ。並の熱量ではない。
金属盾ですら一方的に熔断し、ほぼ同質の闘気でも使わねば防ぐことはほぼ不可能なそれが、押し退けられるように弾かれている。
端的に云って異常事態だ。
「構わん。何か有効な手を考えねば。魔術だけは――……直撃しているらしいな」
ソーニャが視線を向けた先では、一斉に放たれた魔術が束となって〈魔導自律人形〉に着弾しているところだった。
「けど属性魔力はさっぱり通ってねえ。当たる前に弾かれてるぞ」
直後に叩き込まれたアルの蒼炎噴流は太い剛腕に受け流され、凜華の冰柱も蒼炎ほどではないがやはり叩き落されている。
おそらくあの冰柱は動きを止めるべく、凍らせるつもりで放たれたモノのはずだ。
「……」
その会話を聴いて、ザビーネの脳内でとある仮説が確信に変わり掛けた時だった。
「ザビーネ先輩っ!!」
「! コンラートか!」
ザビーネの学院時代の後輩で、現魔導学院1年7組の担任コンラート・フックスが石階段を駆け上ってきた。
「先生?」
「なぜここに――」
驚くマルクとソーニャにコンラート自身も一瞬驚いたような顔を見せ、
「先輩、〈魔導自律人形〉の止め方を教えて下さい。時間がありません」
しかしあえて眼だけで応えて、一等魔導技士の先輩へと素早く訊ねる。
「不明だ。そもそも起動条件すらわからなかったシロモノだからな。何者かが強制起動させたんだろう、魔導機関を使ってな」
「な……っ!?」
「「魔導機関……!?」」
コンラートとマルクとソーニャが驚愕に眼を見開いた。
魔導機関とは、帝国でも有名な魔導列車の機関部に使われている大型の動力発生装置だ。
「待って下さい、じゃあアレは魔導機関で動いてるんですか!?」
「ああ、十中八九な」
後輩の問いにザビーネは雑念を払うように首を振って煙草を咥えると、
「おそらく小型化した魔導機関だ。まだ〈帝国魔導研究所〉でも実験段階だったモノをどこかで調達したんだろうさ。元々あの〈魔導自律人形〉自体、魔力の通りが悪いということは研究の初期段階でもわかっていた。だが、人狼君達の会話と観察で確信したよ。魔術は通るが、属性魔力を弾く。魔導機関の出す波動特有の効果だ」
白い煙を吐き出しながら言葉を紡ぐ。
「波動? 魔力感知も利き辛い印象っすけど、魔力を弾くんすか?」
焦りを帯びつつも冷静さを保ってマルクが訊ねた。なにせ専門家だ。有効な手を考えねばならない今となっては金言に等しい。
「正確に言えば弾いているわけじゃない。魔導機関の出す波動の正体とは、排出される気体化した魔力粒子の崩壊現象だ。いずれ魔素に戻るとされているが、性質は魔力に近い」
「えぇと、つまり……?」
ソーニャが難しい顔で唸る。
「つまり崩壊した魔力粒子が魔力の隙間に入り込んで、供給を遮断するのだよ。属性魔力――好青年君の蒼い炎は、彼の魔力を”属性変化”させている。言い換えれば彼の魔力が燃焼材になっていると言い換えても良い。
その燃焼剤たる彼の魔力の隙間に崩壊した魔力粒子が入り込んで供給を止めてる。だから炎に変換できないんだ。それに対し、『火炎槍』は魔術。燃焼剤は空気中の着火塵と酸素。だから術だけは通ってるんだろう」
「なる、ほど……けど、それだけであそこまで?」
アルの魔力は年齢に見合わぬ質と量をしている。その闘気から転じた『蒼炎気刃』が波動だけで受け流されるなど、やはりマルクには信じられなかった。
「それは〈魔導自律人形〉本体のせいだろう。魔力の通りが悪いのは、あの錆一つ無い塗料が特殊なものだからではないか? と推測されていてな。
それでも無理矢理通せば魔術も通る――更に、手の甲の内部にすら刻印術式めいたものが刻まれているらしいことから、きっと動き出したら塗装が活性化して魔力に対する装甲になるのだろう、とも推測されていた」
「……悪い方の相乗効果が生まれちまったってことか」
「私の見解ではそうだ」
マルクが畜生と吐き捨てると、ザビーネも重々しく頷く。
「それで、どうすれば止められますか? 『胎星派』はきっとアレに”呪詛”を降ろす気です」
コンラートは詰め寄る勢いで先輩へ訊ねた。
「なんだと!? だが旦那の話では――」
「人に降ろすやり方は不可能だ、とヤツが――宗主がそう言ってました」
元魔導騎士の眼鏡の奥にある瞳には隠し切れぬ激情が仄めいている。
「話したのか!?」
「戦闘になったんです。アレと地震のせいで逃げられましたが。この地震も”呪詛”の初期段階に起こるモノです。急がないと進行していっていずれ――」
「禁足地行きか……まったく厄介なことをしてくれる」
苛立たしげにザビーネも煙を吐く。
「つまりアイツを倒すしかねえってわけか……。……術なら効く、があの巨体であの動き。並の術じゃどうにもならねえぞ」
眉間にシワを寄せる人狼の青年に、
「……そうだな。アル殿の『裂噛掌』もすぐに破られたし――――んっ?」
ソーニャは頷き掛け、脳裏に奔った閃光に動きを止めた。
「どした?」
「マルク、要は魔術――つまり魔力を供給し続ける必要のない物理現象でさえあれば、ヤツを傷つけられるということだよな?」
「ああ、そうらしいな」
マルクが意図が掴めないながらも頷く。
「ならばあの大剣――”凶祓の古聖剣”をヤツにぶつけたらどうだ?」
”姫騎士”の脳裏に浮かんだのはこの博物館に展示されている、尾重剣より身幅も刃渡りも倍以上にある巨大な大剣。
〈魔導自律人形〉と等しく、起動条件のわからぬ魔導遺物。
「つまり……あのドデカい剣でブッ叩くってことか?」
あれだけ巨大ならば”遺物”の効果を発揮させずとも、その質量でヤツの関節部を潰せるかもしれない。それで少しでも機能を低下させることができれば、少なくとも戦いやすくはなるはず。
「そうだ。【人狼化】と闘気ならマルクでもなんとか――」
ソーニャが大きく頷いてそう言い掛けた時だ。
「カァー! カアカァー!」
暗い上空から『不知火』のもう一羽の仲間、使い魔の三ツ足鴉が舞い降りてきた。どうやらアルの指示の下、仲間達へ伝言を届けに来たらしい。
「翡翠か!」
見上げたマルクは一瞬胸を撫で下ろし――……大真面目な顔で夜天翡翠を二度見した。
「カァ?」
「マルク?」
伝達や索敵を任せている三ツ足鴉と、これから行おうとしていることに思考を巡らせ、
「翡翠、このままエーラんとこまで翔んでってここに呼んできてくれねぇか?」
伝言を受け取らぬままに指示を出す。
「クァ? カァ~?」
不思議そうに夜天翡翠が頸をクリクリと回し、
「どういうつもりだ?」
ソーニャも困惑顔で訊ねた。
「あの馬鹿デカい大剣を振り回す前に、アレ目掛けてエーラに撃ってもらうのさ。【精霊感応】と俺がいれば、なんとか目一杯引けるだろ」
マルクは灰紫の瞳に強い光を湛えて応える。
彼女の持っている弓では尺が足りなさそうだが、ここいらには草木も生えている。森人の魔法があればできないことはないはずだ。
「そういうことか。わかった、それなら私はエーラの抜けた穴を埋める」
決意を伴った彼の顔に一瞬ドキリとしたソーニャだったが、すぐさま強く頷いて駆け出す。
「ああ、頼む。気をつけろよ! ってことで翡翠も急いでくれ」
「カアカァ!」
三ツ足鴉も「了~解!」と言いたげに啼いて、雨粒を物ともせずに強く羽ばたいていった。
(俺も行動開始だ)
「すんませんけど、先生、ザビーネさんも――」
マルクが急ぎ足で背を向けたところで、
「いや行ってくれ、マルク君。”遺物”を持ち出す件なら元魔導騎士の僕が要請したってことにしとくから。エーラ君にも伝言しておくよ」
唇の端を吊り上げたコンラートが遮るようにそう言って、
「人狼君、『防護障壁』の発生装置は展示部屋の真上だ。〈グリプス魔導工房〉工房長の名で許可を出したと証言しよう」
ザビーネもニヤリと笑って続けた。中年の職人だけは「え、ええ? いいんですかい?」と目を白黒させている。
が、両者とも「どうとでもなる」と言いたげで、頼もしい大人の笑みを向けていた。
「……あざす! そんじゃ!」
マルクは刹那、呆気に取られ――言葉の意味を理解した途端、ゆらりと【人狼化】してダッと大地を蹴った。
「フゥ――――……我々もあれをどうにかする手立てを考えねばな」
「ええ。アルクス君達が持ち堪えてくれている間に、この状況をひっくり返さないと。”呪詛”の初期段階から既に十分近く経ってます。次の段階がいつ始まったとしてもおかしくありません」
「だが結局、『胎星派』の用意した〈魔導自律人形〉を倒さねば根本的な混乱は消えんぞ。既にアレが絶望の象徴になってるのだろう?」
「……ですね。となると、やはり魔導機関をどうにかできませんか? そうだ、確かキーガンはそういう分野で働いていたと言ってました。何とかする手立てが思いつくかもしれません」
「なるほどな。いや――――……」
風と雨音に混じって、そんな2人の真剣味を帯びた声が聴こえる。
マルクは心中で己を急き立てつつ、ワインレッドの影となって更に加速した。
☆ ★ ☆
エーラは悔しそうに柳眉を顰めて、癒院の屋上で臍を噛む。
普段の依頼や、今まで経験してきた死地に於いて、初めてここまで自分が役に立たぬと痛感し、忸怩たる思いを抱えたこともなかったからだ。
どういうわけか『燐晄』はその熱量を強制的に失わされるし、ならばと矢にも植物の精を宿らせて関節に絡むよう射掛けてツタや枝の縄や網で足留めを狙うも、途轍もない膂力によって引き千切られる。
かつて高位魔獣〈刃鱗土竜〉の成体2頭に襲われていた時を彷彿とさせるほどに、貢献できていない。
そしてあの時のアルも辛そうで、必死な表情を浮かべて誰よりも危ない場所で戦っていた。
(何とか、しなきゃ……!)
否が応でも過去の記憶が掘り起こされて脳裏を過ぎり、苦い胸中が無意識に焦りを生む。
その時だ。
「カアーッ! カァカァ!」
雨を切り裂いて夜天翡翠が上空で啼いた。
「「翡翠!?」」
凛華とエーラの声が重なり、
「翡翠か! ハァー、ハァッ、ハァ……! もう、少しっ、離れてろ!」
すかさずアルも指示を飛ばす。息も絶え絶えだ。その余裕のない声音に、耳長娘も鬼娘も焦燥と不安を掻き立てられる。
「カァカァッ!」
しかし、なぜか夜天翡翠はエーラの下にまで舞い降りてきて、三本脚で彼女の肩を掴むとグイグイと引っ張り出した。黒濡れ羽まで大きくバサバサと羽ばたかせている。
「翡翠? なに、どうしたのっ?」
「カァー! カアカァッ!」
彼女の問いに強く啼く。遊んで欲しい時には絶対にやらないような力強さだった。まるで「急いで! こっち来て!」と言っているようだ。
そして引っ張っている方角は小高い丘――〈ヴァッケタール魔導史博物館〉がある。
「ボクにあそこに行けって言ってるの?」
「カアーッ!!」
ようやく意味を掴んだような気がして訊ねれば、三ツ足鴉はそれを肯定するかのように強く啼いた。
「でも――」
そうすれば援護の手が減る。今のアルや凜華、兵士達を広場に残していくわけにもいかない。エーラが承諾しかねたところで、
「エーラ!! 博物館に行ってくれ!」
『拡声の術』を使っているのだろう、大きな声が届いた。少女の割には低く、然りとて太いわけではない、聞き馴染みのある仲間の声。
耳の良いエーラが尖り耳をピクッと動かして声のした方に緑瞳を向けると、
「ソーニャ!」
いつもの騎士胸甲をつけ、背に騎士盾を、左腰に長剣を差した栗色髪の少女が石坂を駆け下りているところだった。
「どういうこと!?」
エーラが風に声を乗せて真意を問い質す。すると――――。
「マルクが待ってる! 急いでくれ!」
との返答が淀み無く返ってくる。それきり遠目に見えていたソーニャの姿は石造りの家屋の影に隠れてしまった。
彼女の様子からして、こちらの状況は伺えていたはず。だとすれば、己を急かすのにも真っ当な理由がある。何より緊急事態でマルクが全く関係ないことを頼むとも思えない。
ならば行かなければ。自分にできることをする為に。何よりも彼らの為に。
その結論に達するのに数秒の刻も要しなかった。
「……よぉし、わかった! みんなっ! 少しの間、堪えてて!」
己の頬をパンっと張ったエーラは眼下で戦う仲間達へと叫ぶ。
「エーラ……!? わかった、こっちは任せときなさい!」
凛華が一瞬驚いたように青い瞳を真ん丸にし、然れど幼い頃から知る少女の決然とした顔を見て直ぐに鬼歯を剥いてニッと笑み、
「ハァッ、ハァッ、ハァ……!」
アルも息を荒げながらも緑瞳と視線を交わらせて大きく頷いた。
何も言わなかったものの、エーラには彼が続けたかった言葉がわかる。『急いでくれ』だ。彼自身、限界が近いことを自覚しているのだ。
それでもその強い意志を宿した緋色の瞳には、彼女への信頼が籠もっていた。
「急ぐよ、翡翠!」
「カアッ!」
ゆえにエーラは切り札を――想い人と同じ困難に立ち向かう勇気を、彼の傍にいると決めた覚悟を胸に握り締めて駆ける。
疾風と化した森人の少女が、乳白色を帯びた金髪を荒々しく踊らせた。
☆ ★ ☆
魔導史博物館前のコンラートは学院時代の先輩へ頼み事を口にする。
「ザビーネ先輩、すいませんがここは任せます」
「ああ、頼まれた。お前は急げ。取り返しがつかなくなるぞ。それとコイツも持っていけ」
本来であれば、彼が武芸者の生徒を待ってあの人狼族の青年から受けた言伝を伝えるのが筋だが、状況がそれを許さない。
当時の『胎星派』を真実滅ぼした彼にしかわからぬ感覚と、確かめねばならぬこともある。猶予がないのだ。
痩身の中年女性は線の細さを感じさせぬほど太々しく笑むと、濡れた白衣の物入れから何やら黒っぽい機材を取り出して放り投げた。
「これは……?」
コンラートは見た目よりズシリと重い掌大の機材に眼を細める。平たい貯蓄型擬似晶石が背面に配置されていた。
「『大工房』内で試験運用中の小型共鳴式送受信機だ。ま、通信機さ。帝都の大型魔導通信機ほど上等でも複雑でもないが、直線距離で数百メトロン程度の範囲内なら音声による交信が可能だ。
ハッキリ言って性能は良くないし、消費魔力も大きい。その擬似晶石も使い差しだが、ないよりはマシだろう。起動状態にしておけ」
そう説明しながらザビーネが対となる魔導具――試作小型通信機を中年職人からもらって横合いについている押し釦をカチカチと操作してみせて声を乗せる。
「またえらいもんを……ありがたく借りていきます」
コンラートの知っている通信機と云えば、バカデカい機材を背負って無線を飛ばす型か、主となるほぼ据え置きの大型送受信機と対になる単一機能しか持たぬ受信機型だ。
それが秀才一等技士ザビーネの手に掛かれば――確かに音声はザラザラだったが、ここまで小さくできるらしい。
「ああ、障害物の有無でもかなり変わるからな。この天候も悪影響を及ぼすだろう。きちんと音声を届かせたいなら高いところにでも登れ。ま、うちの旦那にでも頼るといい」
冷静さを保ち続ける理知的な先輩の態度に内心感謝しつつ、
「では、先輩も気を付けて」
「ああ」
コンラートはパッと身を翻して石階段を駆け下りていった。目指すは彼の元同僚と大事な7組の生徒達のいる『虹耀教』の教会だ。
コメントや誤字報告、評価など頂くと大変励みになります!
是非とも応援よろしくお願いします!




