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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第3部 青年期 魔導学院編ノ壱 入学編

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18話 炎髪の乙女と大魔導(虹耀暦1288年2月:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 昨日は飛竜船の初飛行日でもあったのだが、アルクス主導で組み上げられた駕籠舟は地上100m(メトロン)以上の強風や黒鱗をした飛竜――彩玻璃黒耀(いろはりこくよう)の飛翔速度にも軋み一つ上げることなく往復し切ってみせた。


 大成功である。後は実際に使用しながらの耐久試験だ。


 こればかりは経年劣化や駕籠舟本体にできたほんの少しの歪みから徐々に劣化していく可能性などがあるので、6名が帝都へ戻るまでに結果が出るようなことはまずないだろう。


 また、アル達に懐いている人虎族のエリオットとアニカの双子達が飛び去って行く飛竜船をバッチリ目撃していた為、酔っ払い共を差し引いた一行を乗せて墓参りから戻って来ると直ぐに、子供達がワイワイ群がってきて大変だった。


 風に黎い髪をグシャグシャと荒らされ、「ぷうっ」と保護眼鏡(ゴーグル)を首に下ろしたアルはトリシャの血を引いているおかげか不格好さの欠片もなく、むしろ矢鱈とサマになっていたせいか、子供達は飛竜=カッコいいものとして認識してしまったようだ。


 元々魔物である飛竜種は、それ相応に脳も大きく、襲われたりしなければ噛みついたりはしない。


 しかし、れっきとした竜種。気位も高ければ元来気性も荒い方であり、おまけに雑食ときているので慌てたアルが「大人と一緒にじゃないと絶対近付いたらダメだからね?」と言う羽目になったのだった。


 尚、その間ずっと彩玻璃黒耀はアルの背中を大きな嘴で不満げにつついていたので、子供達にきちんと伝わったかどうかは甚だ疑問なところである。




 そんなことがあった翌日の午前もまだ早い時間。


 隠れ里の『仕立屋通り』を真っ直ぐ北へと向かっているラウラの朱髪は、緩く後ろで一括りに垂らされていた。


 凛華のように後ろ髪の上の方で纏めるのではなく、下の方で纏められている。


 これはアルの反応が良かった髪型だ。向けられる視線の多かった髪型くらいしっかりと心得ている。乙女の眼はフシ穴ではないのだ。


 すれ違う出来たばかりの知り合いに挨拶を返し、程なくして目的地に着いたラウラは一人暮らしにしては殊更余分な部屋が幾つもある家の門戸を叩いた。


「ん? 誰かの? 開いておるぞ」


 そう言って『念動術』で戸を開いたのはヴィオレッタである。ここは彼女の自宅兼研究室だ。今回ラウラが単身で訪れたのは魔導師としての彼女に用があったからだった。


「ラウラです」


 家の戸口前で名乗ると、


「おお、ラウラか。儂になんぞ用でもあるのかの?」


 と不思議そうな声音が問うてくる。


「少しお時間よろしいでしょうか?」


「うん? うむ、構わぬ。空いておるよ? とりあえず入っておいで」


「お邪魔します」


 ラウラが書斎へと入っていって畏まった礼をすると、ヴィオレッタは研究中だったのか筆を片手に用件の想像もつかないと云った風情で首を捻った。


「どうしたのかの? それに見たところラウラだけのようじゃし」


 他の者はどうした? と、艶麗ながらも人の好さそうな顔で濃紫の瞳をパチクリさせている。


「私一人です。アルさんは駕籠舟の設計図と操作の手引書をきちんと残しておくと。ついでに救急搬送用の小型駕籠も設計しておくそうで、今頃は北門の方だと思います」


 ラウラは淀みなく単身で来たと答えた。この隠れ里は平和なので彼女一人でも出歩ける。


 それなりに分厚い防護柵が周りに敷かれていても全く閉塞感を感じないのは、きっとラービュラント大森林――自然の主張が強いのと、高い建物があまりないせいだろう。


「飛竜船じゃったのう。上手くいったと聞いておるよ。儂も今度乗せてくれるそうじゃ」


 ああ、と手を打ったヴィオレッタはクスクスと艶やかに笑む。あんなに無邪気でキラキラした瞳の愛弟子は久しぶりだった。


「もう一人のお母様とアルさんは言ってましたから、トリシャおば様とヴィオレッタ様には乗ってみて欲しいんだと思いますよ」


 釣られて花が綻ぶように笑ったラウラは「あ」と声を漏らし、


「他の者達もそれぞれ別件です」


 と答える。


 凛華とシルフィエーラは「母娘の時間が足りない!」と言い出したイスルギ・水葵とシルファリス・ローリエによって。


 マルクガルムは妹と人虎の双子に「マモンとベルクト(せんせいたち)にギャフンと言わせたいから手伝って!」と無理矢理連れ出されていた。


 ソーニャとイリスはそんな子供達が可愛らしく見えたのか着いて行った。


 ちなみに、幼い息子と妻リディアを置いてきたトビアスだけは、今日の朝一でヴィオレッタに『転移術』で武芸都市に送ってもらい、元領主夫婦であるランドルフとメリッサは、ルミナス家でトリシャと歓談している。


 きっとユリウスの積もる話をしているのだろう。


「くふふ、もう一人の母とはまたあやつも嬉しいことを言うてくれるのう。して、(なれ)はどうしたのじゃ?」


 母性を感じさせる笑みを浮かべたヴィオレッタが訊ねると、


「はい。これを視てもらおうと思いまして」


 ラウラは腰から鞘ごと杖剣を引き抜いて捧げ見せた。


 小剣より長く、直剣より短く薄い半端な長さの剣。楕円形の縁をした硬質な鞘は、柄に護拳(ナックルガード)がついていなければ杖と見紛うほどヴィオレッタには洗練されて見えた。


「む、確か……杖剣じゃったか。魔導具、ではなく魔導機構が組み込まれた複合武装じゃと言うておったのう」

 

 腕を組んで顎を擦る。その仕草は彼女の愛弟子とよく似ている。もっとも弟子の方は左眼を瞑る癖も追加されるが。


「ええ、これはうち――共和国のシェーンベルグ家で家宝とされてきたものなんです。効果は魔力の増幅。持って流すだけで最低百から五百倍程度に魔力が増幅されて放出されます」


「破格の効果じゃな。その指輪は違うのかのう? それも魔導機構――ええい、面倒じゃ、魔導具で良かろ。ではないのかの?」


 左眉をピクリと上げたヴィオレッタはそんな感想と共に質問を投げかける。濃紫の視線はラウラの左手の人差指に嵌まっている刻印指輪に向いていた。


「こっちはアルさんに買ってもらった指輪です。その時にアルさんが『複写』の効果をつけてくれたので最大で四つ、術式の複製ができます」


「術式そのものの『複写』とはまた実戦思考じゃの。しかし指輪を贈ったとは――……うん、うーん、どう言うべきか。すまんのう、愛弟子が少々アレで」


 この娘らは苦労するだろうて、これでは余罪が幾ら出てくるかもわからん。


 そう思ったヴィオレッタがすまなそうに謝るとラウラははにかんで首を横に振った。


「トリシャおば様にも『できたら待っててあげて』と言われましたし、言われなくても私は待ち続けますから」


 頬を少々赤らめ、それでも琥珀色の瞳に並々ならぬ情念が伺える。それと同時に覚悟や意志も見え隠れしていた。真っ直ぐで眩しいほどの想いだ。


(これもあやつの影響かのう?)


 境遇は知っている。このお淑やかそうな娘が愛弟子に影響を受けていないはずがない。


 かつてイスルギ・八重蔵の言っていたことが現実味を帯びつつあった。いや、一応まだ泣かせてはいないか。


(まったく罪作りなやつじゃ)


 親友に似て見目が整っており、この1年で随分と男っぷりまで上がってしまった愛弟子にヴィオレッタは『それ以上増やすでないぞ』と思念を送る。


 色恋沙汰の行きついた末路で後ろから刺されて死んだなど笑えぬ冗談だ。


 たっぷりそこまで考えて妖艶に笑む。


「そこまで想っておるなら儂から言えることはないじゃろうて。あやつには己がどれほど幸せ者か、いつか気付かせてやらねばのう。それで、話を戻そうと思うのじゃが良いかの?」


 認めてもらったような気がしたラウラは嬉しそうに笑みを返して「はい」と頷いた。


「その杖剣の魔力増幅効果を調べたい、ということで合うておるかの? それともまた別かの?」


 濃紫の瞳に真剣さが宿る。正直に言えば魔導機構の分野は彼女の長年の友であるシマヅ・誾千代の方が得意だ。しかしこの杖剣はどこか、何かが引っ掛かる。


「増幅効果の細かな実験は済ませてあります。知りたいのは原理の方なんです」


 ラウラの言葉にヴィオレッタが顔を上げる。


「原理とな?」


「はい。アルさんに頼んで『釈葉の魔眼』を使ってもらいましたが、未だに謎のままなんです」


「む、アルの魔眼でも視えぬのか」


 未だにじゃと? と、妖艶な吸血族は少々驚いた。


 『長距離転移術』すら視ても問題ないほどに成長している弟子の魔眼で読めないとは?


 ヴィオレッタの脳が知啓への触手を伸ばし始めた。


「そうらしいです。何度か試してもらいましたけど尽く失敗に終わったみたいで『全く未知の鍵語か術式、もしくは体系が使われてると考えて良い』そうです」


「未知の体系…………それほどか」


「はい、この杖剣は魔力を増幅します。ですが使用者本人に魔力を与えるのではなく、放出魔力を極大に増幅するんです。少し前に調べた際、この杖剣で増幅された魔力は、私の魔力と全くの同質だということがわかりました。薄まったわけでも広く引き延ばされたわけでもないみたいなんです。ですが、そんなこと、普通は有り得ません。無から有は創り出せませんから」


 ラウラはアルに師事してもらっているから知っている。魔術とはそこまで万能なシロモノではない。


 そして魔導機構学とは理論をとことんにまで落とし込んだ技術の粋である。


 魔力を流せばその何百倍もの魔力となって放出されることなど、普通は()()()()()()()()()のだ。


 だからこそ異質。身近にあって強くそれを認識させられていた。


「ふぅむ……興味をそそられる内容じゃのう」


 ヴィオレッタは唸る。内容についてもそうだが何よりラウラの理路整然とした魔導理論に感心していた。


「そこで仮説を立てたんです」


 ラウラは息を深めに吸ってそう告げる。これはアルにも言っていない。荒唐無稽過ぎて言えなかった。


「その仮説とは?」


 座るよう促しながらヴィオレッタが『念動術』で茶杯を差し出す。その表情は至って真剣そのものだ。


「……はい、これは”()()”なのではないかと思ってるんです。この刀身の中に原理も不明な通り道があって、そこを魔力が通り抜けることで増幅ではなく、()()してるんじゃないか、と。


 その証拠というわけではありませんが、この杖剣に刃側から魔力を流しても増幅効果は一切ありません。完全に不可逆になっていて、柄から握り込んで刀身の方へ魔力を通さないと効果がないんです」


 遺物。アル達がぶつかった聖国の敵が用いた【巨神の(かいな)】や【月朧の手】、【月雫の指輪】といった”聖霊装”の原型、あるいはそのまま使用されている呪物めいた代物。


 その名の通り、大昔の戦争や神話の時代と呼ばれる年代の産物で、魔力を流すと予想もつかない特殊な効果を発揮するものを指す。


 この杖剣もそういった類のものである可能性が高い、とラウラは仮説を立てたのだ。


 しかし、あまりに極端なその推論を聞いてもヴィオレッタは笑い飛ばさなかった。


 柄頭に軽く手を当てて、紫色の魔力を微量に流し込んでみると、杖剣は剣先からその何倍もの魔力を放出する。そして今度は剣先から魔力を流してみると、ラウラの言う通り何の効果が発揮されなかった。


 これが内蔵型で取り立てて操作部もない魔導機構道具なら今のでも必ず作動する。


「……可能性は充分に有り得るのう」


 杖剣を矯めつ眇めつしたヴィオレッタはようやくポツリとそう溢した。


「そう、ですか。来歴なんかもわかれば良いのですが、すいません。聞く間もなく」


 推論が当たっているかもしれないと示唆されたラウラはホッとしつつ、捲し立てるように謝罪する。


「事情は知っておるゆえ気にするでない。それよりよく”遺物”じゃと発想を飛躍させたのう」


 感心してヴィオレッタがそう言うと、


「魔術において理論は必ずついて回るとアルさんに教わりました。でもこれはその理論を幾つか跳躍していました、まるで”異能”みたいに。道具に宿る”異能”となれば”遺物”の可能性がある、むしろそれくらいしか思い当たらなかったんです」


 ラウラは面映ゆいと云った様子で答えた。


(卵の考え方ではない。殻は既に割っておるのう)


 ヴィオレッタは心中でそう評して問うた。


「それで儂にこれを調べて欲しいのじゃな?」


「はい。その、できれば不明な部分も解き明かせたらなぁって」


 照れ照れと朱髪を耳に掛ける人間の少女。


 ヴィオレッタは愉快な気分だった。この半人前の少女魔導師のそこかしこに見られる考え方は愛弟子のもの。つまりアルが教導者としても優秀な証明なのだから。


「ならば儂と共に解き明かさぬか?」


 ゆえにその言葉は極めて自然に発されたものであった。


「はぇ? えっと、どういう意味でしょう?」


 ラウラが狼狽と困惑の半ばに陥る。依頼しに来たらお前もやらんか? と、言われたのだからこちらの反応もまた自然である。


「儂の弟子にならぬか? というお誘いじゃよ」


「え、ええっ!? ありがたい話ですが、そのよろしいんですか?」


 私は共和国の人間で、と言い掛けるラウラを悠久の時を生きてきた吸血族の麗人は楽しそうに遮った。


「儂の愛弟子とて半分は人間じゃし、誾千代のやつも人間の多いところで学院長なぞしておるでのう」


 結局のところ、同じ人だろう。価値観や文化の違いはあれど、分かり合えないことはない。


 少なくとも目の前にいる、愛弟子へと並々ならぬ想いを募らせる朱髪の少女とは分かり合えるとヴィオレッタは判断したのだ。


「ああ、忘れておった。それに愛弟子は異世界から転生してきた半龍人でな。儂はその師匠じゃぞ?」


 年の功を遺憾なく発揮してヴィオレッタがお道化る。こういう時、特殊過ぎる生まれを持つ弟子がいると助かるというものだ。


 ラウラは口を半開きにして「あ――」と声を漏らした。

 

 アルが半魔族でもあんな風にちっとも卑屈でないのは彼女がいたからだ、と気付いたのだ。


 勿論、彼自身のめげない精神力と努力によって築き上げられたものもあることは既に理解している。


 けれどきっと最初に教えを与えたのは、目の前で艶然と笑う麗人だ。そう直感した。


 そしてラウラ自身も求めている。二度と奪わせない為の力を、無力感に苛まれないで済む為の知恵を。


 だからこそ口元をグッと引き結ぶ。琥珀の瞳に決然とした意志を秘めて。


「そのお誘いお受け致します。私を弟子にしてください」


「うむ、良かろ。よろしく頼むぞ」


 ペコリと下げられた朱髪を見ながらヴィオレッタは穏やかに答えた。


「はい、よろしくお願いします」


 優しい濃紫の瞳にラウラが自然と笑顔を浮かべる。師弟という関係性は初めてだった。


 アルとて魔術を教えてくれた師ではあるもののそれ以上に彼への想いの方が強く、また仲間という意識の方が強い。


 魔族の、しかもおそらくとんでもない大魔導の弟子になったのだ。


 ヴィオレッタは優雅に「くふふっ」と笑い声を漏らして訊ねるように声を掛ける。


「では初めての講義じゃが、杖剣の構造分析から始めようかの?」


「はいっ!」


 ソワソワしていた朱髪の少女にんげんは一転して元気いっぱい頷くのであった。

評価や応援等頂くと非常にうれしいです!


是非ともよろしくお願いします!

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