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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
第3部 青年期 魔導学院編ノ壱 入学編

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11話 アルクスのワガママ(虹耀暦1288年1月:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 時刻は太陽が天頂と東側の水平線との中ほどに当たる頃。


 『不知火』の6名が拠点家(ホーム)の階下に持って降りてきた背嚢は、温かいお茶を呑んでいたヴィオレッタとマルクガルム・イェーガーの父マモンの予想より遥かに小さかった。


「む、それだけかの?」


「はい。その……一年くらい旅をしてきましたから」


 荷物は手軽が良いんです、とラウラが控えめに頷く。

 

 6人はすっかり冬支度を済ませた武芸者にしか見えない。


 彼らにとっては、これが一番落ち着くのだ。


 大事なものを背嚢へパンパンに詰め、両手を空ける。


 背嚢に納まりきらない荷物は抱えるしかなく、抱えれば手が埋まる。


 それは避けなければならない。


 彼らがなぜそんな思考に至ったのか、わからぬヴィオレッタとマモンではなかった。


「そうじゃったのう。さてエーラよ、旨い茶をありがとう」


「ああ。腕が上がったな」


 微笑みかけるヴィオレッタとマモンにシルフィエーラが「てへへ」と、嬉しそうに頭を掻く。


 ちなみに空の散歩から戻ってきた夜天翡翠は、少しだけヴィオレッタに甘えるとすぐにアルの肩へと止まった。


「では往くと、じゃないのう。帰るとしよう。準備はできておるかの?」


「師匠、ちょっと待ってください」


 いそいそと立ち上がるヴィオレッタをアルクスが止めた。


「む、なんじゃアル?」


 これも懐かしいのう、と笑む魔術の師にアルは、


「ワガママ言っても良いですか?」


 と、にこやかに笑ってヴィオレッタを座らせる。


 また何を言い出すのだろう、と『不知火』の5名が訝しむ目を向けた。


 そんな視線を向ける少年少女らを見て、マモンは「変わらんな」と独り言ちる。


 しかしアルが仲間達の視線を物ともしないのだって昔からだ。


「〈ヴァルトシュタット〉に寄って欲しいんです」


 その回答に魔族組が「あ」と言葉を漏らし、ラウラとソーニャはハッとした。


「む? 〈ヴァルトシュタット〉と言うとあれかの? 帝国領の端にある」


「はい。その小さめの街です」


「何用なのじゃ?」


「そこに鉱人族のダビドフ・ラークっていう鍛冶師がいるんです。最後に会ったのは聖国の連中とぶつかる直前で、たぶんトビアスさん経由で討伐の報せは入ってるんだろうと思いますけど、お礼がしたいんです。何くれと世話になったし、ソーニャの魔剣を普通の剣の値段で打ってもらったり」


 アルがそう言うと、


「この魔剣を打ってもらったのです」


 とソーニャが腰に差していた長剣を取り出した。


「確かに魔剣のようですな。俺に剣の良し悪しはわかりかねますが、キースの打つモノと似ている気がします」


 軽く手で礼を切ってマモンが受け取り、鞘から中ほどまでスッと引き抜いてそう述べる。


「間違いなく魔剣じゃの。魔力が淀みなく通っておる。良い仕事じゃよ。確かに並の剣の金額では釣り合わぬじゃろう。その礼をせなばならんのじゃな?」


「はい。出世払いで良いと言われましたから――」


「礼を言うなら今だわな」


「そゆこと」


 アルとマルクが視線を合わせて頷き合う。


「そういうことなら良かろ。恩を忘れぬのは良いことじゃ」


 感心感心とヴィオレッタは弟子の黎い髪をクシャクシャと撫でた。


 くすぐったっそうにしているアルに、


「アル殿、何かお礼の品でも買っていくのはどうだろう?」


「鉱人族の方へのお礼と言うと――」


「間違いなくお酒ね」


「だねっ!」


 女性陣4名も乗り気で提案する。


「じゃ、酒だね。ダビドフさんなら樽かなぁ。東区に花街があるから、あそこらへんなら酒の種類も多いと思う」


 アルの言う通り、東区には大きな繁華街があり、様々な酒場が軒を連ねているので酒屋も多い。


 逆に安くて量があれば良い、というような酒屋や酒場は士官学院のある西区に多かったりする。


 じゃ動くか、とアルが言い出す前にエーラが龍鱗布を掴む。


「ねぇアル? なぁ~んで花街がある、なんてこと知ってるの?」


 そしてスウッと目を細めた。


 花街がどんなところかわからぬ女性陣はここにいない。


 ラウラもピクッと眉を跳ね上げているし、ヴィオレッタも「トリシャになんて言おうかのぅ」と溢す。


 何やら良からぬ想像をされていると察したアルは、


「ちょっ、違う違う! 行ってないから!」


 と、冷や汗を垂らして述べてみるものの、冷たい視線が止まない。


 その時、朱髪少女と耳長娘にとっては予想外のところから助け舟が入った。


「一時期、舟遊びに嵌まってたから知ってるんでしょ?」


 どこか余裕そうな表情をした鬼娘だ。


「そ、そうそう! 舟頭さんに案内してもらったことがあるんだよ! ホントだって!」


 アルがそれにさっと乗って捲し立てる。


「ふぅん……?」


「そうなんですか?」


 エーラとラウラがじぃっと見つめる。


「そっ、そう。だからそっちに行けばお酒は見つかるよ。ソーニャだけじゃあそこらへんは危なそうだし、マルクと一緒にお酒よろしくね」


 アルは無理矢理視線を外して指示を出した。


「東区だな、了解」


「うむ。任せてもらおう」


 マルクとソーニャはさっさと背嚢を下ろして拠点家(ホーム)を出て行こうと動き出す。


「「で、なんで凛華は知ってるの(んです)?」」


「へっ? そりゃあ、えー……あれよ。たまたまよ」


「嘘ですね」


「ほっ、本当よ?」


「何隠してるの?」


「隠してないし!」


 三人娘が何やら言っているが長くなりそうなので耳を貸す気はない。


「マルク、俺も行こう。未成年だと売ってくれんかもしれんからな」


「お、助かった。っとアル、お前はどうすんだ?」


 父に感謝しつつ、マルクが問う。


「不動産屋に家賃の先払い行ってくる」


 アルは三人娘のやり取りを素知らぬ顔で聞き流して答えた。


「なるほど、そんじゃ行ってくる。行くぞソーニャ」


「うむ、では後でな」


「里長殿、しばしお待ちを」


 そう言って3人は出て行った。


「じゃ師匠、俺も行ってきます」


 あの三人は良いのか? という顔をしている師に、アルは肩を竦めるだけに留めて「翡翠」と左肩の三ツ足鴉に呼び掛ける。


「カァ?」


「学院長のとこに行って、これを届けてきてくれ」


「カア!」


 そう言って短く伝言を書き記した手紙を持たせた。


誾千代(ぎんちよ)から庇護を取りつけておったのじゃったな」


 まさか異世界の知識を売り渡すとは思わんかったが、とヴィオレッタに問われ、


「はい。変に心配かけるわけにもいかないので伝言を、と思って」


 アルが応えかけた――……まさにその瞬間、居間の端で魔力が渦巻いた。


 弾かれたように顔を向ける師弟の前に、


「その必要はないぞ、”鬼火”や」


 巨鬼族にしては小柄な女性が現れる。


「あ、学院長。こんにちは」


「こんにちは~」


「こんにちは。数日ぶりです」


 ぺこりと挨拶した三人娘へ鷹揚に手を振った学院長シマヅ・誾千代は、


「久しいの、誾千代や。息災であったかの?」


 気楽な挨拶を寄越すヴィオレッタに大きな大きなため息をついた。彼女らは旧知の仲である。


「息災も息災よ。それよか、帝都の外れに『転移』してきたのはお前らだろう? 泡を食った憲兵共から己れのところに連絡が来たのだぞ」


 金の瞳に非難の色を滲ませて誾千代は唸った。


「おお、それはすまなんだ。(なれ)がおるから『転移』くらい慣れておろうと思ったのじゃが、ダメじゃったかの?」


「当ったり前だろう。国防という概念を根っこから嘲るような術だぞ。大体、お前の弟子でも起動ギリギリな術がそこいらの連中に使われてたまるか」


「そう怒るでない。本当は学院の上空に跳ぼうかと思ったのじゃぞ」


 汝の魔力はわかりやすいからの、とヴィオレッタがのほほんと返せば「絶対にやるなよ?」と誾千代が呆れ返る。


 この師にしてこの弟子ありだ。


「ったく。それで? 己れはお前らのおらぬ間、結界の確認をしとけば良いのか?」


 誾千代が『不知火』の頭目に視線を向ける。


 しかし、返事がない。アルは両者の気安い会話を瞳をキラキラ輝かせて聞いていた。


 なにせ種族も、得意とする分野も異なるが、間違いなく魔導史の教本に登場するレベルの大魔導と大魔導が目の前で会話しているのだ。


 その如何にも熟れた掛け合いに心踊らせぬ術師など、モグリも良いとこであろう。


 尚、三人娘はお茶を淹れ直したり、誾千代へ菓子盆を持って行ったりとうろちょろしている。


「お前に言うておるのだぞ」


 誾千代が半眼を向けてアルの頭をガシッと掴む。


「あだだだだっ!? そうですそうです! お願いしました!」


「くふふ、仲が良いようで何よりじゃ。儂もこやつが幼い頃は何度も襟首を捕まえておったのじゃぞ」


 勝手に突っ走るからのう、と淹れ直されたお茶をズズッと呑むヴィオレッタ。


「そうであろうや。つい数日前もこの寒いなか、飛竜が見たいとせがんで見に行った挙句、背に乗せてもらって凍えておったわ」


「アルよ――……んにゃ、トリシャも似たようなところはあるし、遺伝かのぅ」


「だって飛竜ですよ? ラービュラント大森林では見たことなかったし、見たかったんですもん。あ、可愛くてカッコ良かったです」


 ふんす、と鼻息を荒いアルにヴィオレッタと誾千代は揃って似たような表情になった。


「はぁ~……ま、良い。そこな三人娘よ、こやつの首をきちんと繋いでおけよ」


 どこまで漂流するかわからんぞ、と誾千代は言う。


「勿論です」「はぁ~い」「はい、そのつもりです」


 三人娘は憮然とした様子のアルを横目にニッコリしながら頷いた。


 ヴィオレッタは『やはり朱髪少女(ラウラ)もか』、と心中で呟く。


 罪作りな愛弟子がこれ以上余罪を増やさぬよう願うばかりである。


「あ、そうだった。んじゃちょっと不動産屋行ってくるから、師匠と学院長に寛いで貰ってて」


 当のアルはササッと背嚢を置いて羽織風にしていた龍鱗布の襟を学ランの詰襟のように変化させ、「いってらっしゃーい」という三人娘の声を背に拠点家(ホーム)を出て行った。


 その様子を「こなれた扱いをするようになった」と眺めて好々爺の如く笑むヴィオレッタの向かいの座椅子に、誾千代はどっかりと座り込む。


 もっともヴィオレッタは普通の椅子だが、それでも頭頂部はほぼ同じ高さである。


 三人娘もなんとなくその間に座った。


「ま、良い時機に来てくれたな」

 

「どういうことじゃ?」


 誾千代の発した言葉の意味が分からずヴィオレッタが問い返す。


「”鬼火”の小童を見ておると、二七〇年くらい前を思い出すよ。ああいう手合いは当時よく見た。笑っておっても、尖りに尖った神経が背筋に絡みついて()()()()()()()ぞ。


 己れら魔族と違って”鬼火”は半分人間。そのうえ頼りになる龍人族(せんとうみんぞく)の血を封じておる。よくやっておるし娘っ子らのおかげで踏み留まれておるのだろうが、ああやって精神を病んだやつは何度も見てきた。それに、ああいうやつは最悪の病み方をする、意志が強過ぎるゆえにな。壊れちまう前に”平和”を与えてやれ」


 真剣な様子の誾千代に三人娘が度肝を抜かれたようにアルが出て行った方を見つめ、ヴィオレッタが紫紺の瞳を細めた。


「何があったのじゃ?」


「こやつらの武芸者活動は?」


「ある程度は知っておるよ」


「ならばわかるであろう?」


「……そうじゃの」


聖国(クソ共)が不穏なのは変わらぬが、全体的に見ればこの国は平和の範疇に入る、間違いなく。そんな中におっても、あやつからは戦の匂いがじんわりと漂っておる。平和を与えて神経を肥え太らせろ。でなけりゃいずれ、根元からポッキリ折れちまうぞ」


「……そうさせてもらうとしようぞ。先ほど部屋を訊ねた時も仲間でないと気付いた途端、異様な反応を見せておった。感謝するぞ、誾千代や。儂の愛弟子らをちゃんと見てくれておるようで安心じゃ」


「なに、己れとお前の仲だ」


 フッと微笑む誾千代にヴィオレッタも嬉しそうに笑う。


 しかし三人娘は笑えなかった。


「これで……三人目です」


 ラウラがポツリと呟く。


「む、何がじゃ? ラウラよ」


「アルから戦の匂いがするって言った人」


 応えたエーラも眉根を寄せている。


「ルドルフって聖国の間者に、ロドリックさんっていう二つ名持ちの元二等級武芸者、最後に学院長」


 凛華も不安そうだ。


「……そうじゃったか。かなりキておるようじゃの」


「アル自身もたぶん自覚があるんだと思う。だからルドルフにもロドリックさんにも神妙な顔してた」


「そうか。だが自覚のある内はまだ大丈夫だ。それにお前らのおかげなのであろう? オリヴィエ家の馬鹿息子のせいで荒れておったあやつが落ち着いたのは。いずれお前達が心底から落ち着ける居場所になってやれば良い。心根が変わらぬのであれば、だがな」


 誾千代が金の瞳を向けてそう言うと、凛華はパチクリと青い瞳を瞬かせてエーラとラウラに目をやり、二人も真剣な顔で頷き、拳を握り締めた。


「オリヴィエ家の馬鹿息子? 何の話じゃ?」


 疑問符を浮かべるヴィオレッタに「ああ、それはな――」と誾千代は数か月前の出来事を話して聞かせた。


 森人の小僧がエーラに懸想した挙句すげなく袖にされ、アルに鞘当てしたのだがその際に半魔族であることを喧伝し、バカにしたという話だ。


 聞き終えたヴィオレッタはなんとも不愉快そうに鼻を鳴らす。


「半龍人のあやつには付き物じゃが気に入らぬのう。それで、そのオリヴィエとか云う一族がおるのはどの森じゃ?」


「言わぬわ。無期限の学院追放処分を下したし、”鬼火”の歯牙にも掛けられておらぬ相手に何をするつもりだ」


「なぁに、そう言うでない。儂と汝の仲じゃろう? そやつらの森の上空に岩でも『転移』させるだけじゃよ?」


 ちょちょいのちょいじゃ、とヴィオレッタは嘯いた。


「だから言わぬのだろうが。まったく弟子馬鹿め」


 誾千代が胡乱げな表情のままに唸る。


 三人娘は2人があえて場を和ませようとしてくれていることに気付きつつ、


「隠れ里についたらトリシャおばさまがきっと甘やかしてくれるわよ」


「だねぇ。骨休めしてもらお」


「アルさんのお母様ですか。少し緊張します」


 そんな風に語り合うのであった。



 * * *



 それから十数分もしない内に「ただいまー」と夜天翡翠を連れたアルが帰ってきて、その更に数十分もしない内に大樽を抱えたマルクとソーニャ、マモンが拠点家(ホーム)へ帰ってきた。


「帝都の蒸留所で造ってるっていう酒にしてみたぞ」


「マモン殿が匂いを確かめてくれてな」


 そこそこ重量のありそうな明るい木の大樽をドンと置く。


「正直、俺用のも幾つか見繕おうかと思ったぞ」


 そう言ってマモンは口の端を軽く吊り上げた。


 どうやら花街にある酒屋は置いてある酒の種類が豊富だったようだ。


「里長殿、道中でダビドフという鍛冶師について聞かせてもらったのですが、なかなかに粋な御仁のようです」


「ふむ、となれば礼を渡すついでに酒の席にでも誘うとしようかの。もう少しで昼時じゃしな」


 顎をひと擦りしてヴィオレッタが提案すると、


「お」


「それ良いかも」


「土産話と一緒に、と仰ってましたもんね」


 マルク、アル、ラウラがほぼ同時に反応した。


 残りの3人も「良いんじゃない?」という顔をしている。


「ではそうするとしよう。里の者達に心配を掛けぬよう、儂の家に伝言でも送っておけば大丈夫じゃろ」


 そう言ってヴィオレッタは手元の紙にサラサラと何かを書きつけ、造作もない様子でひゅん! と、跳ばした。


 『転移術』で伝言を送ったのだ。


「今の『歪曲転移陣』に似てますね」


 右眼に『釈葉の魔眼』を発動させたアルが「おお!」と声を上げてワクワクしたような表情を見せる。


「それに近いのう。儂の部屋の『転移陣』と儂自身を紐づけておるのじゃ」


 じゃから今の儂はいつでも自室に物を送れるのじゃよ、とさりげなく応えながらヴィオレッタが立ち上がった。


「器用な奴め…………今度、己れにも教えろ」


「くふふ、まぁ良かろ」


 誾千代は少々悔し気だ。


「さて、では往くとしよう」


「いつでも」


 ヴィオレッタの号令にマモンが落ち着いた様子で返答を返し、『不知火』の魔族組はワクワクしたような顔でブンブンと首を縦に振り、人間組が緊張気味にごくりと喉を鳴らす。


「ではの、誾千代や」


「おう。”鬼火”や、いや他の五名(おまえら)もか。せいぜい帯を緩めてくるが良い」


 金の瞳に見つめられた『不知火』の面々の――家にいた3人が力強く頷き、残り3人も一瞬不思議そうな顔をしたあと、


「了解です」


「うっす」


「承知」


 神妙な顔で頷く。


 その瞬間、バッと『長距離転移術』の術式が広がって居間全体を包んだ。


 キラキラと輝く無数の鍵語が大洋の魚群(さなが)らに廻り踊る。


「やっぱり凄いですね」


 数日前に見たときも驚いたが、それでもラウラは言わずにいられなかった。


「無駄に長年生きておるからのぅ」


「またな、ヴィー」


「ではの。休暇が明ける少し前に戻る予定じゃ」


 誾千代に一つ頷いたヴィオレッタはそう言ってパッチンと指を鳴らす。


 その瞬間、術式群がパッと白く瞬いてギュッと収縮した。


 『転移術』の中にいた8名と1羽が光に呑み込まれていく。


 跳ぶ先は辺境の街〈ヴァルトシュタット〉だ。


「…………」


 一瞬で静かになった拠点家(ホーム)


 皆が跳んだのを確認した誾千代はおもむろに葉巻を咥え、火を点けないままに呟く。


「ま、ゆっくりしてこい」


 そしてヒュ……と自身も『転移』した。


「しっかしあやつ、ちぃとも老けぬよなぁ」


 学院長室の椅子に背を預けつつ、いつの間にやら火を点けた葉巻をひと吸いして、煙と共にそんな言葉を吐くのであった。

評価や応援等頂くと非常にうれしいです!


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