1話 5年後(アルクス12歳の冬)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
作者的第3部開始となります。
アルクス・シルト・ルミナスが刀術・六道穿光流及び魔術に対して本腰を入れるようになってからおよそ5年の月日が経過した。
まだまだ荒削りだった隠れ里の周囲も整ってきている。
具体的なところで言えば、中央にある広場の見栄えが少々良くなったり、里の周囲30kmに『幻惑の術』と呼ばれる魔術をかけて、隠密性を更に上げたりといったところだ。
この魔術はヴィオレッタが考案したものである。
しかし、実際に人の五感に作用する術というわけではない。
そもそも人の精神や五感を直接狂わせるような術は存在しないと言っても過言ではない。
なぜなら被術者――つまり術を掛けられる本人の魔力に弾かれるからだ。
魔術や”魔法”が平然と闊歩しているこの世界においても、精神に影響を及ぼす魔術など与太話やおとぎ話も良いところなのである。
ならば『幻惑の術』とはどんな術か。
この術は効果範囲に入り込むと一歩ごとに景色が屈折して見える。ただそれだけ。
しかし、織り込むように一つ一つの術式を配置された原生林の中では恐ろしいまでの効果を発揮する。
なにせ一歩進むだけで、上下前後左右の景色が不規則にズレるのだ。
現在地がわからず方向感覚を乱されるどころか、そのまま正気を失う可能性すらあるだろう、とは実際にそのエリアを歩いてみた戦士の言である。
そうして里が徐々に変わっていく数年でアルもすくすくと成長していた。
アルことアルクスは現在12歳。
ふわふわした銀髪はあまり変わっていないが、可愛らしいと奥様方に誉めそやされていた母譲りの顔立ちはここ数年で精悍さが顔を覗かせるようになってきていた。
稽古は盛んにやっているものの、過度な筋トレを行わないようにも指導されているので身長も順調に伸び盛り。
六道穿光流の初伝を修めたせいなのか、はたまたその異国の剣術流派と本人の親和性がやたらと高かったせいか、独特の悠然さと異国情緒を滲ませている。
鬼人族の師、八重蔵の影響を受けて服装も着やすい和装束染みたものを好むのもそう見える一因だろう。
また特徴的な紅い瞳は気合や覚悟を抽出して煮固めたような強い意志の輝きが増した。
しかし、以前より精神構造が複雑になっているので時折憂いを表す陰りも垣間見える。
アルを可愛がってきた年上のお姉さん方には、この男性をチラリと感じさせつつも中性的な雰囲気が非常に人気だ。
ちなみに一番喜んでいるのは母トリシャで「お母さんとあの人の良いとこ取りね。でも眼光はもう少し抑えなさい」とのことである。
その彼の幼馴染達3人もそれぞれ成長していた。
マルクことマルクガルム・イェーガーはやんちゃ坊主らしい顔立ちだったが、最近は父親譲りのワイルドさが混じり始めていた。
更にワインレッドのつんつん髪も伸ばすようになって久しいが、これは無精からきている。
人狼態で戦うなら髪の長さは影響しないし、寝癖を直すのも楽なので普段鬱陶しくならないくらい伸ばすようになったのである。
また身長は幼馴染組の中では最も高く、伸びた端から日々の稽古によって適度な筋肉がついていった結果、上背のあるガッチリした体躯をしている。
アルとは対称的なワイルドさでマルクもまた野性味のある男性にクラっとくるタイプのお姉さん達から人気である。
そして女子2人。
イスルギ・凛華も身長が伸び、本人は邪魔に思っているが母の水葵から遺伝したのか胸もすでに発達しはじめていた。
しかしほぼ毎日稽古ばかりしているためスラリと引き締まった手足、一本背筋に芯の入った歩き方でスタイルはかなり良い方だろう。
また見た目の印象は4人の中で最も大きく変化している。
雪のような白い肌、玲瓏な細面に怜悧な青い瞳。二本角をあまり隠さない程度に伸ばした前髪にシンプルな白い髪留めで一括りにされた肩ほどまである後ろ髪。
深窓の令嬢染みた儚げで大人しそうな印象から名が体を表したような凛とした雰囲気を放つようになった。
その佇まいやサッパリした性格から年下の幼女や少女達から憧れの眼差しを向けられ、凛華自身の性格をよく知る里の少年や青年達からはむしろ恐れられている。
尚、その筆頭は兄の紅椿だ。
あの4人組のなかで一番早く手が出る、という噂を流しているのはもっぱらこの兄である。
そしてもう一人、エーラことシルフィエーラ・ローリエもしっかり成長していた。
身長は4人の中で一番低く体型もいまだスレンダーであるが、母シルファリスと姉シルフィリアがそうでないので本人に不安はない。
小麦色の肌に乳白色を帯びた金の短髪。
右耳に小さな羽飾りのついた装飾品をつけ、活発な印象を与える顔立ちはそのままに女性らしさが芽を出したような印象だ。
くりくりっとした好奇心旺盛な眼も変わっていない。
弓の練習を他の年下や年上の子供達より早く始め、また始めたときには魔力感知もなんとなしできるようになっていたので熟達速度が尋常ではなかった。
また生来の気質が精霊に好かれやすかったらしく【精霊感応】を使いこなして、簡易狩猟場にいる魔獣なら足留めから仕留めるまでを鼻唄交じりに一人で熟せるようになっている。
一度狩りの途中で至近距離まで獲物に寄られて怪我をしかけて以来、アルと短剣術の訓練をするようになった。
最初は凛華に頼んだのだが非常に雑な指導の上、しまいには「短剣なんて使ったことない」とそれまでを全否定するようなことを言われたためアルに頼んだのである。
それまでにはアルも何とか「刀以外でも…………うんまぁ見れなくはないかな?」くらいに成長していたので一緒に訓練することになった。
結局後から凛華とマルクも参加するようになり、短剣術を上達したいのか短剣を使わないでも良い状況を作る稽古を積んでいるのか、今ではよくわからない状態だ。
性格の方はおそらく4人の中で最も変わっていない。
老爺と天気の話をして飴をもらい、年上のお姉さん達と話してお化粧道具を借り、年上のお兄さん達のコイバナに首を突っ込んで干し肉をもらい、それらを振舞いつつ年下の少年少女らと追いかけっこをする。
そんな感じであるので里の中では一番顔が広く、親しみやすい少女としても知られている。
* * *
今日はそんな成長著しい4人が一同に集められた。朝一番に来るように、とのことだ。
場所は西門を抜け、訓練場の更に奥。つまり鍛錬場。
アルと凛華が連れ立って歩いていたところへ、残りの幼馴染2人も慣れたように合流した。
「あれ? マルクとエーラも呼ばれたの?」
アルが問うと、
「ふわぁ~……おう、そっちも呼ばれてたんだな~。何やるか知ってるか?」
マルクが欠伸混じりに答える。
「いんや、俺たちも朝来いって言われただけ」
4人で合同訓練でもやるのだろうか?
アルとマルクは首を傾げた。
ちなみにアルの自称は10歳の誕生日を迎えたその日に「ぼく」から「俺」へと変えている。
「おはよぉ~う。二人とも、早いねぇ~」
マルクの欠伸が移ったのだろう。エーラはくぁ~っと伸びをしながら挨拶をした。
「おはよ。あたしたちもさっき来たのよ」
凛華はいつも通りキリッとして応えるが、朝は弱い方だ。
アルと一緒に来たのも、寝坊しないよう迎えに来てくれと頼んだからである。
4人がまだまだ眠そうにどうでも良い会話をしかけていたところで、アルはパッと振り向いた。
六道穿光流を学び始めてから気配に対してやたらと鋭敏なのだ。
釣られた3人がそちらを見ると、そこには歩いてくるヴィオレッタと八重蔵がいた。
――なんで二人がいっしょに?
4人の心の声が揃う。
「おはようじゃ、四人とも。時間をしっかり守っておるようで何より」
ヴィオレッタは彼らへ向けて「感心感心」とにこやかに挨拶した。
「「「「おはようございます」」」」
すぐに集められた理由を訊ねようかと思ったアルだったが一度様子を見ることにして口を噤む。
「汝らを集めたのは他でもない。今日から里の見回りに参加してもらおうと思ったからじゃ。時間は夕方から宵の口、場所は里内じゃ。言ってしまえば里の守衛見習いの、さらにその見習いといったところじゃの」
ヴィオレッタがさっさと用件を語る。
あまりに唐突だったので4人は目を白黒させた。
「えぇと、ヴィオ様。言われたことは聞き取れましたけど俺らまだ十二歳です。見回りって早くないですか?」
困惑から真っ先に脱け出したマルクは手を上げて疑問をぶつけた。
守衛の新人はおよそ18歳から。その見習いが15歳からというのが里では一般的。
見習いの見習いと言われたが12歳じゃ早すぎるのではないか?
そもそも必要なのだろうか?
「うむ。それぞれの指導役から話を聞いての。里内の見回りくらいであれば実力的に問題ないとのことじゃ。とは言うたが、ぶっちゃけ半分くらいは汝らを鍛えるのが目的じゃの」
「あの~ヴィオ様、いいですか? 仕事って、夜になっても帰ってない子供をボクらが家に帰す、とかですか?」
「そんなとこじゃの。他にも一通り見て回って普段の里と違う点などを見つけて報告するのも仕事じゃな。そろそろ冬も本格的になるでの、火事なんかには気をつけねばならぬのじゃ」
「あ、そういうのもあるのかぁ。えと、わかりました……?」
エーラの質問から職務内容についてはある程度理解できた。
凛華もそういうことならと息を吐き、気合十分といった表情だ。
しかしながらアルにはまだ疑問がある。
「師匠。見習い仕事の中身はわかりました。でも八重蔵おじ――先生がいらっしゃる理由はなんですか?」
見習い仕事を言い聞かせる為だけに八重蔵を連れてくる必要はないはずだ。
ヴィオレッタが妖艶に微笑む。
「こっちが今日の本題じゃ。八重蔵に来てもらったのはもう一つの訓練を前倒しで始めることにしたからでのう」
「もう一つの訓練? ですか?」
「うむ。魔法を覚え、魔力の扱いを覚え、身体の使い方を覚え、尚且つ魔獣相手の戦闘経験もある。どれをとっても年齢の割には熟達しておる方じゃ。そう判断したからこそもう一つ上、その先の訓練になる」
「先の。っていうと魔術……は違うか。何ですか?」
首を傾げるアルともっとわからないという顔をする3人。
「魔術は有志じゃの。学びたいと思えばいつでも生徒として受け入れようぞ。そうではない。魔力の扱いをしっかりモノにしている者以外に扱わせると危ない。じゃから大体……そうじゃの、早くても見習いくらいにならねば教えぬものじゃよ」
「「「「……?」」」」
やはりわからない。
凛華の兄の紅椿や、エーラの姉シルフィリアは何か言っていただろうか?
「闘気じゃよ。汝ら全員に資格ありと判断したから今回呼んだのじゃ。そして八重蔵はその教導役、儂が監督役じゃの」
「闘気……? って、何ですか?」
何が何やらちんぷんかんぷんという4人の表情を見て、八重蔵は前に出た。
「里長殿、闘気の説明は俺がやりましょう」
「では頼むとしようかの」
「闘気ってのは、体内の魔力を燃焼させることで発生する不定形の力の塊だ。魔力と違って属性の変質なんかは効かねえ。無属性魔力に近いが魔力を燃やした結果な分、適当に魔力を放つよりも圧倒的に強力でな。
きちんと使いこなせりゃ”魔法”並。けど扱いが難しいし、加減を間違えれば体内魔力をすっからかんにしちまって危ねえ状況に陥る諸刃の剣にもなる。
特に凛華とマルクは魔法と併用するときは注意しとかねぇと、一瞬で燃料切れして倒れちまうぞ。あ、それと剣気や殺気なんて言われてるもんとは別もんだからな。あっちはもっと感覚的なもんだし、魔力を伴わねえ」
「ついでに付け加えるとすれば、呼び方は種族ごとで違うということじゃの。じゃが基本的な性質は何も変わらぬ。凛華であれば鬼気。アルであれば龍気。エーラであれば霊気。マルクであれば魔気といったところじゃの」
即座にヴィオレッタの補足が入る。
こちらは八重蔵より少々学術的な説明だ。
4人は思わず顔を見合わせて「うん……うん?」「むぅ~?」などと唸る。
情報量が多い。耳馴染みのない言葉ばかりだ。
――つまりは……魔力を体内で燃やせばいいのか。でも下手を打つとヤバいらしい。
要件を満たさないと教えないと言った以上はおそらく、いやきっと難しいはずだ。
ことこういった何かが今まで簡単だった例などないのだから。
「まぁ、そうなるわな」
八重蔵は子供達の反応を見てぽつりと言う。
そもそも魔力を燃やすというのがよくわからないだろう。
「実演してくれぬか? 効果のほどはそれでわかろう」
「うす。おーい凛華」
ヴィオレッタの指示を聞いた八重蔵が凛華に呼びかけ、
「”魔法”使ってこれで俺に斬りかかれ、ほれ」
娘へと無造作に長剣を投げ渡した。
「え……? でもこれ、真剣じゃん」
革鞘から剣身を引き抜いた凛華が驚く。
父の強さはよくよく理解しているが無手の相手に魔法まで使うのはさすがに危ないだろう。
「いいから。大丈夫だって」
対する八重蔵は自然体そのものだ。
早くしろと言わんばかりの言い草に凛華もグッと気合を入れる。
途端、彼女の顔に朱色の隈取が浮かび、唇にも血のような赤色の口紅が引かれた。
鬼人族の”魔法"『戦化粧』だ。発現したての頃より隈取も紅もずっと色が濃い。
「わかった、じゃあやるわよ! 知らないからね!? ――はあああああッ!!」
言うが早いか八重蔵へ目掛けて一足で間合いを詰める。
そして長剣を真っ直ぐに振り下ろした。
ガッチイ……ィィン。
そんな高くも鈍い音を響かせて八重蔵は左手で凛華の剣を受け止め、
「ほら、こんな感じだな」
掌を開いて見せた。
斬りかかった凛華を含めて4人が目を見開く。
そこにあるべき切創が一筋もない。少し赤くなっているくらいだ。
「わかったか? こんな具合で強力な武器になる。さ、そいじゃ見ててやるからやってみな」
そう言って腕を組む八重蔵。
一度見せたし出来るだろうと言わんばかりの顔である。
「いや、八重蔵よ――」
「「「「そんな簡単にできるかぁ!」」」」
あまりにもぞんざいな指導にヴィオレッタの言葉を待たずして子供達のツッコミが炸裂した。
闘気はその性質上、魔力の消耗が激しい。慣れていなければ尚更だ。
結局その日は闘気の訓練で丸一日潰れ、へとへとに疲れ果てたアル達4人は口数も少なく帰路についたのであった。
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