8話 二党の座学、妖刀の変化 (虹耀暦1287年6月:アルクス15歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』が再会を果たして幾ばくかの日数が経過した。
今はもう6月も半ば過ぎだ。
芸術都市トルバドールプラッツ―――というより帝国自体どちらかと言えば大陸でも北寄りにあるので夏に入りかけているとは言いつつも、前世日本のうだるようなジメジメとした暑さはなく、からりとした風が吹いている。
魔獣対策として設置されている都市周囲の防壁を抜ければ寝転んで昼寝を楽しむのに快適な草原が葉を揺らしていることだろう。
アルクス達”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』の二党は武芸者協会トルバドールプラッツ支部の食堂にいた。
特に示し合わせたわけではない。
互いに同じ宿は取っていても共に依頼を請けるということはなく、時間が合えば一緒に食事を摂るくらいのものだ。
アル達にはアル達の、ディートフリート達には彼らの生活がある。
変に一党同士の依存関係を築いては身動きが取れなくなってしまうのでそこらへんの線引きは話し合わずともできていた。
とりわけ、現在の”鬼火”の一党は依頼を請ける頻度が激減している。
”樹霊”に託されたかつて存在した小国の騎士の日記と鎧が歴史学者の目に留まり、高額で買い取られたのだ。
もちろん研究結果について、きちんとした形で世間に公表すること―――それが例え図書館の史書コーナーの一角で誰も手に取られず腐りゆくものだったとしても、まっとうな形に残すことを条件に。
アルの予想より買取値が少々高かったので、公表してもらう分の経費として言い値の二割引きで買い取ってもらうことにした。
ちなみにしっかり森人が関わっていて”樹霊”が託したものだということは、協会側から伝えられているので歴史学者達も粗相をするつもりはないそうだ。
自然が多い帝国で大自然を馬鹿にする者は痛い目を見る。
歴史学者だからこそ余計にそういった点は承知しているらしい。
そんなわけで日記と不揃いの鎧一式合わせておよそ90万ダーナ。アル達の逗留している宿が六人で一泊およそ1万と2,000ダーナ。一週間先払いで割引が入って8万ダーナ。
今まで稼いできた分も含めれば金銭的に余裕がある。
こういった経緯があり、最近はもっぱら身体が鈍らないよう毎日の鍛練を行いに来ている日々だ。
逆に『紅蓮の疾風』のディートとレイチェルは鋼業都市で貰った褒賞金とルドルフに貰った幾ばくかの示談金を減らさないようコンスタントに依頼を請け続けていた。
アルとマルクガルムは見知った気配に背後を振り向く。
「よっ、日課は終わったのか?」
ディートだ。職員の昼食タイムを少し過ぎたこの時間、”鬼火”の一党はもっぱらこのくらいの時間帯から昼食兼休憩をとるようになっていた。
「おう。さっきな。お前らは?今日も依頼か?」
「今日は休養日だ。けどま、お前らの鍛練見てるのも勉強になるからよ」
「貪欲だねぇ」
すっかり慣れた風に言葉を交わすマルク、ディート、アルの男衆。
「あったりまえだ。絶対追いついてやるって言っただろ。レイチェルはともかくオレは普通の家で過ごしてきたんだ。鍛錬のいろはだって知らねえんだから見て盗むしかねえんだよ」
あまりにも明け透けなディートの言葉にマルクは「はんっ」と親し気な笑みを溢した。
「ま、良いんじゃねえの?そういうのは嫌いじゃねえぜ」
真っ直ぐなディートは魔族組からすると非常に好印象である。
「午後も鍛錬?」
ディートのすぐ後ろにいたレイチェルが問うてきた。焦げ茶色の髪をサイドでまとめている。きっと彼女の主武器である魔導機構銃の邪魔にならないようにしているのだろう。
「うん。でも少し座学をしてからね―――っと翡翠、溢してるよ」
頷いたアルは卓の上でつまみを取りこぼした夜天翡翠に手ずから干し肉を食べさせた。
「カァ?カアー」
甘えるように鳴く大型の三ツ足鴉は満足そうだ。
「「座学?」」
武芸者からはなかなか出てこない言葉に『紅蓮の疾風』の二人は声を揃えて首を傾げる。
「あたし達ターフェル魔導学院を受験するって言ったでしょう?」
少しばかり暑いのか隣のアルに寄っかかるようにして凛華が気だるげに口を開いた。ちなみに凛華は暑いとき自身の周囲に冷気を漂わせるのでアルはひんやりとした涼気の恩恵を受けている。文句を言わないのはそのためだ。
「うん」
「でもボクらは少し実戦寄りの知識に偏っちゃってるからさ。ここいらできちんと理論を再確認しておこうってね」
シルフィエーラは赤い数珠玉の髪飾りを揺すって答える。
「はぇ~」
「やっぱり理論って重要なんだね」
ディートとレイチェルは感じ入ったような反応を返した。
「ええ。特に私とソーニャは慌てて術と戦い方を詰め込んだので勉強はしてますけど、どうしても理論を説明しろと言われたら難しいとこなんかがあるんです」
ラウラはアル謹製の魔術教本を「これこれ」というように片手で示す。する残りの”鬼火”の一党面子はうんうんと頷いた。
なんとなく意外に思ったディートは、
「魔族組は難しいってえことねえのか?感覚派って感じだけどよ」
と問う。
「ボクらはこれでも故郷でヴィオ先生の授業受けてたからね」
「合格の見込みがあるって判断されたから里を出てこれたのよ」
エーラと凛華は少々誇らしげに答えた。これでもしっかり勉強しているから出郷の許可を得られたのだ。
「そういうこった。っつっても属性魔力を基本的には使うから感覚派ってのも間違いじゃねえんだけどな」
マルクは同意するように肩を竦める。
「えーと、ヴィオ先生?」
それってだあれ?と言うように首をコテンと傾げるレイチェル。
「ああ、俺の師匠だよ。故郷の里長でもあるね」
アルがそう答えると、
「アルクスくんだけ師匠って呼んでるけど、どうして?」
レイチェルは尚も質問を重ねた。
「俺らはあくまでヴィオ先生の教え子だからな」
「アルは直弟子。全然違うわ」
「ボクらはターフェル魔導学院に合格する為の勉強でアルは先生と同じ魔導師になる為の勉強だから根本的に違うんだよ」
残りの魔族組はそんな風に答える。授業を受けたからこそわかることだ。アル以外の三人が教わってきたことは云わば、数式の定理と活用方法。
アルが教わってきたのは定理を生みだす為の考え方やその定理の証明方法と言える。
「む、しかし魔導師はそれこそ帝国や王国で資格を取らねばなれないのではなかったか?」
ソーニャはふと疑問に思ったことを問うてみた。アルの知識と技術から並々ならぬ力量の師がいることは知っているが、魔導師と言われると違和感が出てきてしまう。
「確かに、私もそう聞きました」
ラウラもかつて父に聞いたことを思い出して頷いた。
「そこはほら、魔族だから。人間の枠組みの魔導師とは意味合いが違うんだよ」
アルは何のことはないと答える。そもそも魔導師と名乗るのに必要な法律が出来たのは50年ほど前だ。それまでは好きに名乗っていたし、たとえ資格が必要だとしてもわざわざ試験を受けに行く魔族は多くない。
「ああ、なるほど。そういうことか」
ソーニャはすんなりと納得した。大体、平気で独自を創るような頭目だ。半ば魔導師と呼んでも差し支えないだろう。
その師ともなるならば尚更だ。
「なぁ、アルクス。それさ、オレらも聞いてもいいか?あれなら報酬も出す」
最近は魔術の勉強というより魔力という戦闘資源を使う為に勉強しているディートは訊ねる。というよりこれではお願いだろう。
「ディート達も?報酬まで出すってどういうことさ?」
アルは不思議そうに問うた。
「えっとね、強くなるにはやっぱり魔術っていうか魔力のことをちゃんと理解してた方が良いって結論が出ててね。
正直わたしは魔導技士の資格に必要な知識に偏っちゃってるから教えるほど知識がなくて、依頼のない日なんかは二人で勉強もしてるんだけど専門的な言葉とか感覚で扱ってる部分が多いからずっと困ってたの」
レイチェルは包み隠さず事情を話す。共に死線を潜り抜けた仲だ。今更秘することでもない。
「魔術教本も買ってはみたし、ノイギーア氏族の講座も受けたんだけどよ・・・その、堅苦しい言葉が多くて眠くなっちまって、ちっとも頭に入ってこなくてよ」
ディートはバツの悪そうな顔で左頬の刀傷をポリポリと掻いた。
「あはははっ、昔の凛華みたいだ」
アルは友の言葉に幼馴染の少女を思い出して快活な笑い声を上げる。
「ちょっとぉ?」
当の本人は憮然とした顔で己の角をアルの頬へグサグサと突き刺してきた。大いに不満らしい。
「そうなんですか?」
ラウラは目を真ん丸にして驚く。
「そうだよぉ~。聞いといてよく寝てたねぇ」
エーラは思い出したのかクスクスと笑い声を漏らした。
「いや、お前もどっか行ってたじゃねえか」
しかしマルクがしっかりツッコミを入れる。とにかくこの二人は我が強かったし、自由だった。
無論それでも最も困ったことをするのは兄弟のように育ってきた親友である。
「もっと幼いエーラか・・・大変だっただろうな」
ただでさえ自由な気風の森人なのに、とソーニャが苦笑すると、
「「うん(おう)、大変だった」」
アルとマルクは口を揃えて首肯した。
「ソーニャ?それどういう意味かなぁ?あとアルとマルクも、今の反応ちゃぁんと覚えとくからね」
キリキリと眉を吊り上げるエーラ。ソーニャは素知らぬ振りをする。遠慮などすでにない。
「冗談だってエーラ。忘れて」
ふにふにとエーラの眉間を揉んでやるアルだったが、
「やだ」
彼女はフイッと顔を逸らした。
「否定が早過ぎる」
「あたしも覚えとくわ」
隣の鬼娘がのたまう。
「いや、凛華のは事実だったじゃん」
アルは正確にツッコミを放った。
「あの頃は難しかったのよ。魔術はアルに任せようと思ってたから」
「おい」
とんでもないこと考えてたなコイツ、とアルは半眼で凛華を見る。
「それで、お二人にも授業されるんですか?」
ラウラは凛華の隣からクイクイと龍鱗布を引っ張って問うた。
彼女にとってアルは立派な先生だ。こと魔術に関してはソーニャも同じ認識である。鍛錬中は鬼教官と化すが。
「授業って言うほどのものはしてないけど・・・うーん、二人に教えるには単純に日数足りないし・・・あ、そだ。わかんないとことか微妙なとこを聞いてよ。それに答えてく形にするから。報酬も要らないよ、独自を創るとかいう訳でもないし」
「おお、助かるぜ」
「ありがとう、アルクスくん」
アルの回答にディートとレイチェルは顔を見合わせて嬉しそうに笑う。
「どういたしまして。ふう、それにしてもどんな試験が出るんだろ。今から怖いよ」
「一番造詣の深いアル殿が一番不安がっているというのも変な話だな」
可笑しそうな声音でソーニャが言うと、
「だって試験とか一度も受けたことないんだよ?実技と筆記だって言うし、魔術って秘伝みたいなとこあるから過去にどんな試験が出たとかも知りようがないしさ」
アルはああだこうだと言い訳染みた言葉を言い連ねた。
「お前の場合、もし落ちたらヴィオ先生から何言われるかわかんねえしな」
マルクの追撃にアルが頭を抱える。
「よせマルク。今から緊張が」
「早えよ、緊張し過ぎだろ」
「師匠にがっかりして欲しくないじゃん。『落ちました。来年頑張ります』とか手紙書けないよ」
ぶるぶると怯えるようにアルが言うと、
「それは確かにちょっとやぁね」
凛華も同意した。そんな事態になればあのヴィオレッタが何と言ってくるかわからないし、怖いというアルの心情もなんとなくは理解できる。
「だろ?」
「あははっ、心配性だなぁ。きっと大丈夫だよ」
ポンポンと能天気に肩を叩いてくる幼馴染の耳長娘を見てアルは溜息をついた。
「今はエーラの性格が羨ましいよ」
「ねえさっきからボクに喧嘩売ってる?そろそろ怒った方が良い?」
「ちょ、わかったごめん俺が悪かった。だから『精霊感応』使うのやめて」
鮮緑に瞳を輝かせたエーラに平謝りするアル。
「まーったくもう」
「しかし・・・この人数でここを占拠するのも少し憚られるな」
ソーニャはそう言って食堂を見渡した。幾ら支部の中と言えど食堂の席をずっと陣取るのも忍びない。
「あー、確かに。どうする?外でやるか?」
「うーん・・・どうしようか」
マルクが賛同して視線をやると、アルは「むぅ」と顎を擦る。
「訓練場の方、端っこの方使えませんか?あんまりこの支部って訓練場を使ってる方そんなに多くないですよね?」
ラウラは「あっ」と手を打って提案した。
「そういやそうだったっけ。そんじゃちらっと確認して空いてたらそこにしよっか」
アルはのんびりとした様子で頷く。鍛錬中や戦闘中以外のアルは基本的にこんな感じだ。ディートとレイチェルもこのギャップには慣れてきている。
「すまねえな」
頭目として礼を告げるディートへ、
「いや、どっちにしろ座学やるときは宿に戻るなりなんなりしてたから大丈夫さ」
アルは手を振り振り「気にするな」と返した。
「あっ、ディーくん、アイゼンリーベンシュタットで買った魔術教本、宿に置きっぱなしだよ」
「っとそうだった。お前ら何時からやる?それまでに行くわ」
「ん~と、そうだな。まだ食事もしてないし午後二時くらいでどう?」
そっちも昼はまだだろ?とアルが言うように提案すると『紅蓮の疾風』の二人はコクコクと頷いてすぐさま動き出す。
「了解だ。そんじゃレイチェル、行こうぜ」
「うん、じゃあみんな後でね」
「「おー」」
「「「はーい」」」
「うむ」
鷹揚に手を振る6人。
「カァ~」
「翡翠、眠いなら午後は寝てて構わないわよ?」
「カァ」
凛華にクリクリと頭を撫でてもらった夜天翡翠はふわりとアルの左肩に乗ると魔獣特有の平衡感覚でそのままうつらうつらと瞼を落とし始めるのだった。
***
ラウラの提案通り、午後二時過ぎに訓練場に出向いた”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』は訓練場の端にある休憩所の席に座って座学を開始した。
魔族組にとってはヴィオレッタの授業で学んだことの再確認。
ラウラとソーニャにとってはなんとなく体感で理解していたことの明文化・定義化だ。
温故知新。既知の情報から更に発展させた知識へと至るに必要なプロセスである。
彼らにとっては6月に入ってから不安がったアルによって開かれた座学の時間なので慣れたものだ。
アルにとっても今までやってきたヴィオレッタとの講義を思い出して、実技を交えながら確認していく時間なので有意義な時間だった。
特に幼過ぎる頃からやっていた為、当時は実感のなかったことでも今ならわかるということで新しい魔術の案なんかも思いついたほどだ。
しかし、この自称座学の時間に最も衝撃を受けたのは誰を隠そう『紅蓮の疾風』のディートとレイチェルであった。
「え?じゃあラウラちゃんとソーニャちゃんの使ってた術式は真言術式だったの?」
「うん。『蒼火撃』関連は全部そうだね。戦闘でしか使えない威力だから初めから最適化してるし、ソーニャが得意な『雷閃花』と『障岩壁』も既存の真言術式をソーニャの癖に寄せてる」
「だからあんなに行使速度が早かったんだ」
と、レイチェルは何度も頷いて納得の声を上げ、
「魔族だから口から炎吐いてるってわけじゃなかったんだな」
「刀持ったら手が使えなくなるだろ?この三人と稽古やってたら手を空ける時間がないからそうするようになったってだけだよ。なんなら手足のどこからでも出せるし、足で魔術を起動するのも練習してできるようにしたんだよ」
「あ、そういやソーニャが足で『障岩壁』使ってたな。当たり前にやってたから忘れてた・・・そうか、練習すりゃできるもんなんだな」
ディートが感じ入ったような声を上げる。
この二人からすれば、目から鱗のような授業だった。
ノイギーア氏族の開いている講習が無益だったというわけではない。
ただ、彼らは武芸者の集まりだ。中にはそれ相応の教育を受けてきた者もいるが、それでもいまだ時代の最先端―――否、最深部で研究を続けているヴィオレッタほどの知見はない。
その直弟子が言葉を砕いてわかりやすく、更には市販の教本に載っていないようなことまで実演してみせるのだから然もあらん。
ディートとレイチェルはラウラとソーニャに混じって質問を重ねては、アルと他の魔族組が説明する内容を教本にゴリゴリと書き込んでいった。
普段とは別種の熱量で二時間半ほどが過ぎ、ようやくまったりとした時間になった中で武芸者なら当然行きつく話題をディートは振る。
「なぁ、お前らのやってるあの炎の刀だとか、雷の爪だとかって普通の属性魔力じゃねえんだろ?」
「うん、違う。俺の創った独自魔術をそれぞれの専用にしてる」
アルはこくりと頷いた。左肩に載って己の羽毛に埋もれていた夜天翡翠が軽く揺れる。
「独自かぁ。普通に纏わせたってダメなんだろ?」
「ダメっていうか大して効果なかったんじゃねえの?」
「雷を纏わせてみたけどお前の爪みてえにはならなかった」
「だろうな」
もう試してみたらしいディートにマルクは肩を竦めた。闘気から生み出されている高密度、高出力の属性魔力だ。当然普通の属性魔力と同じことにはならない。威力は雲泥の差だろう。
「あれって・・・闘気なんだよね?」
レイチェルは以前話していた内容から推察する。
「うん、そうだよ。闘気から更に属性魔力を生みだしてる」
アルが正解と頷いてみせると
「え?けど、闘気にしちまったらそっからどうにもならねえんじゃなかったっけ?」
ディートは首を傾げた。
「そこを独自魔術で何とかしてるのがあれだよ」
「あ、そういうことか。はー・・・てことはあれか。闘気をまともに扱えねえとあの術は使えねえのか」
「そ、だからやるなら闘気を使うところからだな」
アルとマルクがそんな風に言うと、ディートは渋面を作る。
「闘気か・・・けどオレの魔力でやったら一瞬で尽きちまうんだよな。諸刃の剣っつーか切り札っつーか」
「まずはその認識から改めた方が良いかもね」
「どういうことだ?」
ディートが不思議そうにアルへ問うてくる。
「闘気は切り札じゃないってことさ。単なる手札の一つだよ」
アルはそう断言した。
「そらお前にしたらそうかもしんねえけどよ。やべえって時に使うモンだって。実際一瞬しか使えねえし」
ディートは抗弁する。魔力の豊富な魔族とは違うのだ。
「うーん。じゃディートちょっと立ってみてくれ」
「ん?これで良いか?」
「そのまま闘気を込めて殴ってみてくれ」
アルはそう言って左掌を向けた。
「えっ、いや、けどよ」
「やったらわかる」
ディートは一瞬逡巡し、そして拳を握り締める。己より強者であるアルは何かを教えようとしてくれているのだ。強さに貪欲なディートは覚悟を決めた。
「わかった。そんじゃ、やるぞ。どらあッ!!」
闘気を込めたディートの右拳がアルの左手へと叩き込まれる。五等級武芸者の拳だ。チンピラ程度なら骨折は必至。
しかし――――――。
「なっ!?」
パシッと受け止められた。それはもう呆気ないほどに。
「今、ディートの闘気は俺の闘気に呑まれたんだ。だから普通に殴り掛かったときの威力しか出てない。どころか殴ったディートの方が痛かったろ?」
アルがそう言うと、ディートはジンジンする右拳を押さえながら知らない現象に戸惑う。
「どういうことだ?呑まれるって?」
「闘気同士がぶつかったら魔力の質が深い方が低い方を消しちまうんだ。正確には相殺してるらしいが、そういうのを呑むって言うんだよ。
アルは闘気を切り札にした時の危険性を言ってんのさ。ディートと同じくらいの魔力の質なら問題ねえけど、相手が魔力の扱いに長けてたら最悪自滅しちまうぞ」
マルクがそう言うとディートは愕然とした。それも致し方ないことである。
人間の武芸者で闘気を平然と使うのは一定以上の実力者ばかり。
闘気同士の衝突など稀である。ディートとレイチェルが知らなくても無理はないことだ。
「まじかよ・・・」
「『黒鉄の旋風』の六人は闘気を切り札扱いしてない。小まめに扱って威力を上げたり防御を固めたりしてる。特にレーゲンさんは魔術を扱う頻度が低い代わりに闘気を多用してる」
アルがそう言うとディートとレイチェルは驚いて目を見開く。
『黒鉄の旋風』はああ見えて高水準な面子で構成された一党なのだ。でなければ20代半ばで三等級になど上がっていない。
「えっ、そう、なのか?」
「知らなかった」
武芸者になる切っ掛けとなった憧れの一党の話を聞いて神妙な顔をする『紅蓮の疾風』の二人。
「だな。俺らと模擬仕合した時は隠してたけど、強かだぜ?あの六人は」
「うん。だから切り札って考え方はやめた方が良い。勿論依頼先で使えとは言わないけど、いつでも使えるように鍛錬はしとくべきだよ」
アルとマルクの言に、レイチェルは口を開いた。
「そっか。あ、そうだ。闘気を使うにはどうしたら良い?今のとこディーくんもわたしもすぐ魔力切れしちゃうの。ラウラちゃんとソーニャちゃんはどうしてるの?」
「使えるが鍛錬の時にしか使ってないな。特に私はこの一党の中でも一番魔力が少ないからな」
そう答えたソーニャだが、ディートとレイチェルを合わせた量よりも保有魔力量は多い。日々の鍛練の賜物だ。
「私も使えますけどソーニャより頻度は低いですね。近接戦はあまりしませんから」
ラウラは基本的に後衛で術師寄りの戦い方をする。それでも使えないことはないし、適度に扱う鍛練は積んでいる。
「そっかぁ・・・だとしたら」
「魔力を増やすのが先決、いやこの場合魔力そのものの扱いを上達させる方が良いか・・・?」
レイチェルとディートは互いに顔を見合わせてこれからの鍛練方針を言い合ってみた。
「じゃない?今渡したら事故を起こすだろうから独自は教えないけど、これあげるよ」
そう言ってアルはサラサラと何かを書きつけたメモを渡す。
「・・・これ、独自か?」
「うぅんと、どんな術?」
「レーゲンさんにも渡した『吸魔陣』だよ。魔力を吸い尽くすだけの魔術。それで操魔核を鍛えたら魔力量だけならどうにかなるよ。質は・・・やっぱり使うのが一番だけど」
「えっ、良いのか?独自なんだろ?」
ディートは驚いてアルを見やった。しかし当の本人は大して気にも留めていない。
「レーゲンさんにも渡したし、攻勢魔術でもないから別に良いよ」
「・・・そうか、ありがとよ。やっぱ晩飯おごるわ」
殊勝な顔でディートがそう言うと、
「おっ」
「良いねぇ~」
それまで黙っていた凛華とエーラが途端に「ひゃっはぁ~」と声を上げた。
「現金過ぎるぞこいつら」
マルクが半眼でアルを見やる。
「俺のせいじゃないよ」
そう言うくらいしか出来ないアルであった。
***
その後、少し雑談して「良い時間だし、広場を冷やかしながら夕食にでも行くか」ということになった”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』。
「あ、そうだ。アルクス、最後にあの炎を纏わせるやつ見せてくんねえか?闘気の感覚を掴んどきてえし、オレらとの勝負じゃ使わなかったろ?」
ディートはそう言ってアルへ拝むような仕草を見せる。鋼業都市での出来事はディートの意識を塗り替える事件だったらしい。
「ああ、別に良いよ」
アルはそう言って『封刻紋』を解いた。
そして「どうせなら」と龍牙刀に手をかけ、いやにスルリと抜けた刀身に疑問を覚えつつ、抜き切った刃を見て言葉を失う。
「アル、あんたそれどうしちゃったのよ?」
「あれ?いや・・・あれ?絶対昨日と違うよね?」
「はい。間違いないです。昨日と変わってます」
三人娘は驚いているアルに寄ってきてジロジロと刀身を眺めつつ声を上げた。
「妖刀だからか?」
「妖刀だとこういう風になるのか?私の魔剣もこうなるのだろうか?」
マルクとソーニャが意見を述べ合う。
「どうなってるんだ、これ?」
アルが掲げた龍牙刀の刀身は輝きこそ以前と変わらないが、白銀から透き通るような空色へと変わっていた。
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是非ともよろしくお願いします!




