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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ陸 芸術都市トルバドールプラッツ編

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148/223

6話  『嘆きの精霊と優しき森人』  (虹耀暦1287年5月:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 芸術都市トルバドールプラッツからおよそ16km(キリ・メトロン)西にあるラービュラント大森林のほとり。


 アルクス達”鬼火”の一党は疲れと清々しさをないまぜにしたような顔で一息ついていた。


「ああ・・・戻ってこられたんですね。何だか一気に気が抜けちゃいました」


 ラウラはそう言いつつ背後を振り返る。そこにあるのは鬱蒼とした原生林だ。至る所に生えている草木や樹木のせいで周りより格段に暗い。


「もう夕方か。疲れるわけだ」


 ソーニャは姉に同意した。ラウラのつけている軽胸甲より幾分重たい装備を身に着けているせいで体力を余計に失っている。


「妖桃花の実を貰うまでは良かったんだけどな」


 マルクガルムが言っているのは、”樹霊”がいた風穴から抜け出した後の話だ。


 抜け出した6人の前には妖桃花らしき巨木が聳え立っていたのである。依頼人エーリヒに貰った図と照らし合わせ、シルフィエーラのお願い(”魔法”)のおかげで目標数である果実15個は簡単に落としてもらえた。


 やはり妖桃花が”樹霊”化していたようで、幾らか余計に実も落としてくれた。


 エーラ曰く「お礼とお詫びなんだって」とのこと。 


 しかし、アル達が落ちてしまった風穴は想像以上に曲がりくねっていたらしく、放置することになってしまった背嚢を探すのにかなり時間を取られてしまったのだ。


 おかげで日も傾き、帰りは『陸舟』で森を疾走してきたのである。


「ま、あとは帰るだけよ。さっさと行きましょ」


 凛華はキビキビとした様子で言った。今回は珍しくアルの背に隠れている時間が多かったので元気が有り余っているらしい。


「だねぇ。ボク、少し疲れちゃったよ」


 対照的なのはエーラだ。神妙な顔でクリクリとした緑眼を己の腰提帯ポーチへと向けている。


 そこに納められているのはとある女性騎士の日記。浮かんでいる背嚢の一つには彼女らが着ていたと思われる当時の鎧や甲冑兜ヘルムが、不揃いながら詰め込まれていた。


 これは”樹霊”―――あの優しき精霊達に託された想いだ。


「今回はほとんどエーラの活躍だしね」


「そうね。もしエーラと一緒じゃなかったらと思うとゾッとしちゃうわ」


 アルと凛華は幼馴染の耳長娘へ労わるような視線を送る。耳をピクピクさせたエーラは、


「あはっ、そうだよ?もっとボクに感謝してくれないとねっ」


 と、おどけてみせた。彼女なりの照れ隠しだろう。


 フっと笑っていたマルクは「あ、そうだ」と口を開いた。


「結局あの”樹霊”に遭ったのって偶然なんだよな?」


 誰かの作為ってことはないだろう?と確認を取っているらしい。


「うむ、そうだと思う。依頼人のエーリヒ殿は副支部長の弟らしいし」


 そんなすぐにバレる嘘をついてまで騙す理由はないはずだとソーニャが出張すると、


「そうですね。罠に嵌めるにしてももっと確実な手を使うと思います」


 ラウラも依頼人がクロということはないだろうと述べる。アル達とてアポテーカー夫妻からは微塵も邪気を感じられなかった。


「あの地図を貰ったのも相当昔だって話だし、流石にないんじゃない?」


 と、凛華。知人の森人が描いてくれた地図と言っていたが、相応に時代を感じさせる紙だ。


「だよな。”樹霊”化してるって知ってたらその森人族も何とかしてただろうし」


「うん。それにいつ成るかなんてボクらにもわかんないもん。気付いてなくても不思議はないよ」


 そもそも滅多に起きないことだし、とエーラは言った。


「ふむ。では偶然”樹霊”に遭遇することになったが―――」


「エーラのおかげで事なきを得たって感じなんでしょうね」


 ラウラとソーニャはそう結論付ける。あの暗い風穴には三時間もいなかったはずだが、直前までラービュラント大森林にいたせいで変な感覚だった。


「そういうことなんだろうな」


「運が悪いんだか良いんだかわかんないわね」


 マルクと凛華はそう言い合って肩を竦める。すると仲間達の話を聞いていたアルはとある仮説を思いつき、口にしてみることにした。


「運、じゃなかったのかもよ?」


「運じゃなかったって、じゃあ何だったの?」


「どういうこと?」


「仕組まれてたってことですか?」


 即座に首をかしげて問うてくる三人娘。アルは「そんなに真剣な話じゃないよ」と軽く前置きした。


「”樹霊”に遭うまでは植物の精はいたんだろ?」


「うん。あの穴の底は全然いなかったけどね」


「俺達はエーラの先導で動いてたし、エーラも精霊と対話して進んでた。だからあの場所に誘導するとしたら、地上にいた植物の精しかいないんじゃないかと思ってさ」


 アルの発言に仲間達は目を真ん丸にして驚く。


「えっ、じゃあ誘導されたってこと?」


「うそ・・・でもどうして?」


 凛華がむぅ?と難しい顔をして、エーラはやや愕然と疑問を呈した。


 するとアルは「だからそんな真面目な話じゃないって」とからから笑って仮説を述べる。


「俺達にっていうかエーラに、助けてもらいたかったんじゃない?」


「へ?ボクに?」


「うん、精霊に仲間意識があるのかは知らないけどさ。妖桃花が”樹霊”になっちゃってどうしよって時にエーラみたいな森人族が来たら、俺なら同胞を助けてって頼んじゃうと思うんだ」


「あ・・・」


「そういうことね」


 凛華はポンと手を打った。それなら納得がいく。エーラは決して植物を道具のように扱わない。


「なるほど、エーラにとっては友人ですもんね」


 ラウラは「そうだとしたらちょっと浪漫あるかも」と言うように頷いた。


「なぁるほどな。ま、実際”樹霊”のとこ行こうっつったのはエーラだしな」


「それで地上の精霊の見立て通りになったというわけか」


 「ははぁ」と納得するマルクとソーニャ。


「そっ、全部偶然っていうよりは悪くない説だと思うんだよね」


 アルはそう言って「ご清聴ありがとうございました~」というような仕草を取る。


「良いんじゃない?エーラらしいわ」


「ボ、ボクらしいって何さっ・・・・えと、でも、そうしたらボクのせいで皆を巻き込んじゃったのかな?」


 クスクス笑う凛華にむきーっと威嚇したエーラはすぐに申し訳なさそうな顔をした。


「良いんだよ、そんなことどうでも」


 アルはからからといつも通りに笑い声を上げる。


「どうでもって」


「今日エーラがここにいなかったら、あの”樹霊”も、その日記の人も、たぶんまだあの真っ暗な場所にいたんだよ?誰にも気付かれないで、誰かが来るのをまた何年も待ち続けて。

 でもエーラは精霊の声に導かれてちゃんと来た。

 ”樹霊”は元の妖桃花に戻って精霊は解放されたし、騎士の人だってもう魂はとっくに旅立ってるかもしれないけど見つけてもらえた。

 だからさ、俺達の目には見えないってだけでエーラはきっと救ってみせたんだよ。精霊の声に応えたんだ」


 アルが「だからなんだかサッパリした良い気分でさ」とニッカリ笑いかけると、エーラはカアっと頬を染めた。


「あ・・・えと、うぅ~・・・」


 アルの屈託のない笑みにエーラは何も言えなくなる。


「・・・アル殿はあれだな、女誑しだな」


 こんな男が近くにいたんじゃ周りの男は芋くらいにしか見えてないんじゃないか?


 ボソリと耳打ちするソーニャにマルクはフッと苦笑を溢した。


「素で言ってるから余計タチが悪いんだよ。学院に女生徒が少ないことを祈るぜ」


 痴情のもつれなど積極的に関わり合いたくもない。今から不安を覚えるマルクだがソーニャは半ば白けた視線を向けている。


 お前も他人のことは言えないだろう、その言葉をどうにか飲み下すソーニャの視線の先で頬を染めるエーラが凛華とラウラに絡まれていた。


「ふふっ、エーラったら照れちゃってもう」


「ええ、今の凄く可愛らしかったですよ?」


「ぅっ・・・い、いや、ボク照れてとかないしっ!全然ないもん!」


 あたふたするエーラ。しかし凛華とラウラは逃がさない。なぜなら普段は立場が逆だからである。


「もっと褒められてきなさいな」


「そうですよ?今日は本当にエーラの大活躍だったんですから」


「うぅ~、あっ!さてはいつものお返しだね!?くぅっ、卑怯だよ!」


「あんたが言うんじゃないわよ」


「右に同じです」


 姦しい三人娘にほっこりしていたアルの下へ、夜天翡翠が上空からバサバサと艶羽を羽ばたかせて降りてきた。


「や、翡翠。翼の調子はどうだい?問題なかった?」


「カァー」


 羽毛をアルの頬にこすりつけていた夜天翡翠は「なかったー」とばかりに鳴いてみせる。


「そっか。なら良かった」


「カァカァー」


「ん?お腹減った?それとも喉乾いた?」


「カアー」


「どっちもっぽいな。うーん・・・あ!妖桃花に幾つか余分に貰った実、食べてみようか」


「カア!」


 アルがそう言うと、エーラがここぞとばかりに声を上げた。


「あっ!ボ、ボクも!ボクも食べてみたい!」


「逃げましたね」


「そうね。今日はこのくらいにしてあげるわ」


 後ろから不穏な会話が聞こえる。エーラは冷や汗を掻きながら頬を軽く染め、


「ボクが切ってあげるよ!皆もいるよねっ?」


 いそいそと依頼分の入った背嚢と別の背嚢を開けて妖桃花の実を取り出した。


 マルクとソーニャは「俺にもくれ」「私も貰おう」と言いながらクスリと笑う。


「はいはーい。じゃちょっと待ってて~」


 掌大の濃い桃色の皮をした実をサササッと剥いていくエーラ。


「はい、どうぞ~」


 凛華がスッと出した冰皿に、種の方が赤く、普通の桃より白っぽい見た目の実が並んだ。


「こういう見た目の桃って言われたら区別つかねえな」


「皮もそれっぽい。ほら、ちょっとフサフサしてる」


「切ってる感じも良い具合に熟れた桃って感じだったよ」


「匂いは、薄いですね」


「ふぅむ。これが薬になるのか」


「ま、とりあえず食べてみましょ」


「カアッ!」


 銘々にそんな感想を溢して、パクッと口に入れる。次の瞬間。


「「「「「「酸っぱぁっ!?」」」」」」


「な、なんだこれ!?俺の食べたやつが・・・じゃない!全部酸っぱい!」


「うぉぉぉぉぉ・・・・俺、これ以上は無理だ。食えねえ」


「お酢なんかよりよっぽど酸っぱいわよこれ!」


「うへぇぇ、ちゃんと熟れてるの貰ったのにぃ~」


「酸っぱぁ~・・・」


「どこを齧っても酸っぱいぞ」


 騒ぎ出す6人。


「カア?」


 そうか?こんなもんじゃね?というように鳴く夜天翡翠。


「・・・・・ぷっ」


 誰かが噴き出す。


「「「「「あはははははっ!」」」」」


 次いで笑い声が爆発した。


 緊張感がすっかり抜けてしまったのか、そういう年頃なのか、とにかく酷く可笑しかったのだ。


「・・・・そろそろ帰ろうか」


 やがて誰からともなく発した言葉で6人と1羽は帰路へとついた。


 こういう依頼ぼうけんも悪くない、と語らいながら。



***



 ”鬼火”の一党が芸術都市トルバドールプラッツに戻ってきたのは完全に夜闇が空を支配しきった頃だ。


 まだ開いてるかな、と立ち寄ってみれば依頼人の店には明かりが灯っていたので品を先に届けて依頼票を貰っておこうということになった。


「ごめんくださーい。依頼を請けた武芸者なんですけどー」


 さすがに帳簿台カウンターに人はいなかったのでアルが店の奥へ声を飛ばす。すると奥の方から二人分の気配が動いた。


 良かった、留守じゃないみたいだとアル達が安堵しているところに現れたのは件の薬師と意外な人物。


「やあお疲れさま」


「む、依頼を請けたのは君達だったか」


「アポテーカー副支部長?どうしてここにって、あ、ご兄弟でしたね」


 そういやそうだったとアルが言えば、薬師エーリヒ・アポテーカーは愉快そうに笑い声を上げる。


「はははっ、雑多なうちと兄はどうも見た目の相性が悪くてね。みんな似たような反応をするよ」


「すいません」


「いや、構わない。慣れているからな」


 眼鏡をクイッと上げ、見るからに謹厳実直そうなアポテーカー副支部長は雑多なこの店とあまりにミスマッチに見えた。


「それで、どうしてここへ?」


「ああ、弟が出していた妖桃花の実の採取だが、ラービュラント大森林へ分け入るのは些か難度が高いと思ってな。推奨等級と報酬の引き上げに来た」


「なるほど。じゃあ報酬は上がるんですか?」


「ああ、それで首尾はどうかね?」


「上々です、というか納品に来ました」


 アルがそう言うと兄弟揃って「えっ?」という顔に変わる。こうして見れば似ている部位パーツはないこともない。


 先に動き出したのは弟の方だ。


「見つかったのかい!?」


「ええ、うちの森人は優秀ですから」


 エーラがアルの後ろで「てへへっ」と嬉しそうに笑っている。


「おおっ、個数も状態もちゃんとしてるものばかりだ!」


 アルがさっさと済ませようと卓に出した妖桃花の実を見て、エーリヒは流石は森人だと感嘆の声を上げた。しかし兄の方が触らせない。


「ふむ。それで、どうだったかね?報酬と釣り合っているようならそのままにしておくが」


 どうやら報告業務を請け負ってくれるらしい。だとしたら少し長い話になる。


 ちなみにだが協会としては提示された報酬額から手数料を貰っているので、報酬額が上がるというのならそちらの方が良い。


 エーリヒとしてはそこを履き違えると二度と依頼を請けてくれる武芸者がいなくなるので、文句を言うつもりは無い。


 かつて武芸者達から総スカンを食らって相手にされなくなった結果、隊商の護衛に誰も来ず、そのまま賊の餌食となった商会もあるくらいなので割合繊細な部分である。


「うーん、ちなみにどれくらい上がりますか?」


「一万ダーナと少しというところだな」


「ふぅむ。どう思う?」


 金額を訊いたアルは後ろを振り返って仲間達の方を見た。


「元々悪くない金額だったよね?」


 エーラの言う悪くない金額とは数日は何もしないでも生活できる額という意味である。アル達四等級一党ならおよそ四万と数千ダーナ。


「そうね。”樹霊あれ”って事故みたいなもんでしょ?」


 凛華はあっけらかんと言った。ラービュラント大森林に入ることもなさそうな一般人エーリヒには予期せぬことだろうことは間違いない。


「その分まで請求するのは少々不憫ですね」


 と、ラウラが言えば


「ぶっちゃけ俺らは大して何もしてねえしな」


 とマルクが言う。


「うむ。エーラはどう思うのだ?」


 そもそも今回のMVPは間違いなくエーラだろうとソーニャ。


「う~ん、別に良いんじゃない?あ、日記これのことは報告はするんだよね?」


 そう言ってエーラはアルの方を向いた。

 

「勿論。精霊との約束だし、過去の文献としても価値はあると思うよ」


 アルがそう言うと、


「そっか!じゃ、その金額で良いと思う!」


 エーラはアッサリと承諾する。


「わかった。アポテーカー副支部長、報酬はその額で構いませんが、報告があります」


 アルは振り向きつつそう述べた。


「報告か、聞こう。妖桃花は人間にはまず見つけられん。何か障害でもあったのかね?魔獣の住処に行く羽目になったとか、切り立った崖にあったとか」


 アポテーカー副支部長が問うてくる。彼自身、己の力量と武芸者に寄り添う姿勢から今の地位に登り詰めた男だ。アル達のイメージより親身な問いだった。


「いえ、”樹霊”に出くわしました」


「”樹霊”だと?」


 アポテーカー副支部長はギョッと目を剥いた。魔獣とも魔物とも分類できない存在として知ってはいる。その厄介さもだ。


 高位魔獣のように獰猛な捕食者というわけではないが、遭遇すれば逃げることは不可能だと言われている。


 なぜなら、実態がはっきりしないからだ。どこまで逃げれば良いのかわからず、また何が核なのかもわからないし、目撃件数もかなり少ない。


 不見識な者だと『そんなものはいない』とまでのたまう、まさしく樹木の霊なのだ。


「はい」


 淀みなく頷いたアルからは嘘を言っているようには見られない。少なくともアポテーカー兄弟の目からはそう見える。


「”樹霊”ってあの?」


 思わず兄の仕事に首を突っ込んでしまうエーリヒ。森人の友人に昔聞いたことはあるが、彼も実際に見たことはないと言っていた。


「ええ、その”樹霊”です」


「うちの支部でも目撃例は数回ほどしかない。君らを信用できないとは言わんが、報告書に書かねばならん。物証が欲しい。何か証明できるものはあるかね?そもそも倒したのかね?」


「いえ、うちの森人エーラが解放しました。あー、ええと解放って言うと違うか。除霊?浄化?とにかくそっちの解放です」


「なっ、”樹霊”の浄化を行ったのかっ?」


 アポテーカー副支部長は今度こそ心底から驚愕する。それは”樹霊”の浄化が討伐より遥かに難しいとされているためだ。


 何と言っても植物の精霊と意思疎通ができる森人がいなけばまず不可能であり、その上”樹霊”のコアを見つけて対話する必要があるという時点でハードルが高い。


 更に対話そのものだって未熟な者や精神の弱い者がやれば精霊の持つ膨大な情念に()()()()()()()()()


 戦う力を持たないアポテーカー副支部長の驚愕は正しい反応だったのだ。


「あ、浄化って言うんですね。その証拠って言ったらまた違いますけど、一応それらしきものはあります。エーラ、頼む」


「はーい。ええっと、あった。この日記の持ち主の身体に精霊が宿ってました」


 そう言ってエーラは腰提帯ポーチから古ぼけた日記を取り出した。


「それは・・・」


「たぶんかなり昔のものじゃないかなって。この日記を書いた女の人や周りの人達が精霊の気に入るような人達だったんだと思います。

 だから、誰も知らないところで朽ち果てていく《《あの》》人達が憐れで、無念で、誰かに知ってほしかったんです」


 エーラは緑の瞳を少しだけ潤ませ、労わるように日記の背表紙をなぞる。実際に精霊の記憶を見せてもらった森人エーラだからこそできる物言い。


 アルが優しくその肩に手を置くとエーラはニッと笑ってみせ、次いでアポテーカー副支部長へと日記を見せた。


「ボクは妖桃花を”樹霊”化させた精霊達と約束してきました。あの人達のこと、ちゃんと伝えるって。この日記にはあの女の人の想いが綴られてます」


 アポテーカー副支部長の顔が引き締まる。彼らの言っていることが真実だと直感したのだ。


「もう遺体は探せないでしょうけど、鎧とか兜は持ち帰りました」


 アルはそう言って己の背嚢に入っていた甲冑兜と鎧を取り出した。


 見るからに古そうなその鎧は、現在ではもう使われていない技術で作られたものだ。何かをあしらって彫り込まれた紋様も今の世では使われていないモチーフを参考にしているように見える。


「その、鎧は・・・まさか帝国建国以前のものか?」

 

 愕然とするアポテーカー副支部長。これが本物だとすれば歴史的に大変価値のある代物だ。


「そこまでは俺達にもわかりません」


「何ということだ・・・・君達はこれをどうするつもりかね?」


 まさか採取依頼でそんなものを持って帰ってくるとは、と内心呆然としかけるアポテーカー副支部長。


「一応提出して調べてもらおうかと。引き取り手がいないなら俺達でなんとか調べる予定です」


 アル達が話し合って決めていたことだ。


「・・・なる、ほど。そういうことなら引き取り手は多いはずだ。ここまで状態の良い物なら歴史学者には垂涎物だろうからな」


 とアポテーカー副支部長が言うと、


「俺達としては調べてもらうことと、できれば記録に残してもらうことが最善です。それが”樹霊”を浄化できた理由でもありますから」


 アルは「だよね?」と確認するようにエーラを見ながらそう返した。彼女はうんうんと頷いている。


 ―――――なるほど、それが条件か。


「理解した。然るべき研究者に打診してみよう」


 アポテーカー副支部長は正確にアル―――――というか精霊の代弁者たる森人エーラの意図を汲み取って日記を引き取った。無論、汚さないよう丁重にだ。


 これを無視して再び”樹霊”が現われでもしたら笑えない事態となる。こと植物に関しては森人の忠言通りにして間違いだったことはないのだ。


「ありがとうございます」


「よろしくお願いします」


 アルとエーラは揃って頭を下げた。


「ああ。その鎧はすまないが明日にでも詳細な報告と共に支部に頼む。話は通しておこう。依頼票も先に預かっておく。明日にでも来てくれ」


「わかりました」


 じゃあ、俺達はこれでと言い掛けるアル達の下へ、いつの間にやらいなくなっていたエーリヒが奥の作業部屋から声を掛けてくる。


「あっ、ちょっと待ってもらえないかい?人工栽培のものより立派な実がほとんどだって聞いてたんだけど、ここまで立派なものだとは思わなくてね。そんな難しい依頼を熟してくれた武芸者にお茶も出さないなんて妻に叱られちゃうよ」


 どうやらエーリヒはアル達が報告している間に妖桃花の実を保管しに行っていたらしい。盆に硝子杯グラスを載せて歩いてきた。


 それを見たアポテーカー副支部長はなぜか顔を顰める。


「エーリヒ、それを出すのか?」


 見れば硝子杯には黒っぽいシロップのようなものが注がれていた。


「なんだい兄さん、これは僕の開発した健康に良い魔導飲料だよ」


「魔導飲料という響きがもう怪しいだろう」


「何言ってるんだい。魔導薬の世界は日夜進歩してるんだ。開発した僕自身、毎日これを飲んでるから病気とはとんと無縁さ。兄さんと同じような生活してるけど隈だってないしね」


 アポテーカー副支部長は困ったようにこめかみを押さえる。確かにエーリヒはアポテーカー副支部長より健康そうに見えないこともない。


「ささ、飲んで飲んで。大丈夫、兄さんはこう言ってるけど怪しくないよ。薬師の僕が保証しよう」


 上機嫌で勧めて来る薬師エーリヒ。


「えーっと・・・」


 アルは黒っぽい液体を見た。ほんの少しだけトロッとしている。


 ―――――なんか、どこかで見たことあるような・・・あ、養命酒?っぽい?


隠れ里(故郷)のリリーさんがこんな感じでよくわかんない飲み物勧めてきてたね」


 エーラは少しだけ警戒の色を見せた。隠れ里の癒院で癒者をやっている森人のリリーは自作の健康飲料(ドリンク)をよく作っていたのだが、非常に苦いことで知られている。


「あれにっがいのよね」


 凛華も思い出したのか「うわぁ・・・」という顔だ。


「匂いはあそこまで草っぽくないけどよ」


 マルクの言う通り、パッと嗅いだ感じは香草ハーブと香辛料が強い。が、黒いというのが何とも恐ろしい。


「う、うぅむ」


 ソーニャは「飲まなきゃいかんのだろうか?」という顔を隠すつもりもないようだ。


「い、頂いてみますか?」


 ラウラは気を遣ってそんなことを言っているが、腕がピクリとも動いていない。ありありと飲みたくないという気持ちが伝わってくる。


「そ、そうだね。頂こうか」


「いや、無理する必要はないぞ、”鬼火”の」


 せっかく淹れてくれたんだし、とアルが言えばアポテーカー副支部長はそう言った。この悪癖さえなければ優秀な薬師の弟なのだが、と独り言ちる。


「い、いえ頂きます、悪いですし」


 アルがそう言うと仲間達も「そう、ね」「うん・・・」「・・・おう」「は、はい」「うむ・・・」と頷いて硝子杯グラスを取った。


 嬉しそうに顔を輝かせるエーリヒ。


「じ、じゃあ―――――」


 ままよっと硝子杯グラスを傾けるアルに釣られて仲間達も続く。


「「「「「・・・・・」」」」」


 そして沈黙。


「どうだい?悪くないだろう?」


「ええ・・・そう、ですね」


とラウラ。


「うん・・・うん?」


とエーラ。


「苦くは・・・ないわね」


と凛華。


「味・・・がよくわからねえ」


とマルク。


「甘味はあったな」


とソーニャ。


 5名に共通しているのは、何味かわからないという感想を抱いたことだ。


 香草ハーブ系のスッとした香りもすれば、胡椒や生姜のようなピリッとした感覚もあり、かと思えば柑橘系の爽やかな匂いもするし、ほんの少し燻製っぽい苦みと樹糖のような甘味もあった。


「どうだったかな?」


 5人がエーリヒに苦笑いを返す中、ただ一人アルは言葉を発さず、ジッと記憶を探るように顎を擦っている。


 ―――――これ、どっかで・・・・・


「アル?」


「あっ!」


「どうしたの?」


 ―――――これ、あれだ。ジンジャエールとかクラフトコーラの原液っぽいやつ。


 アルはビビッと閃いた。


 如何せん前世の、しかも人格の違う時に味わっていた感覚のせいで思い出すのにだいぶかかってしまったのである。


「エーリヒさん、これ炭酸で割ってキンキンに冷やして飲むといいと思いますよ」


 アルは前世の記憶を引っ張り出しながら感想を述べた。


「おお、それっぽい感想だ!炭酸かぁ!それは思いつかなかったな。今度試してみるよ!」


 まさかマトモな感想が返ってくると思っていなかったエーリヒは上機嫌である。


「う、旨かったのかね?」


 あれが?そう言いたげなアポテーカー副支部長にアルは肩を竦めた。


「いえ、よくわからないっていうのが正直な感想ですけど、似てる味を知ってたんです」


「なるほど、我々の知らない種族が飲んでいてもおかしくはないか」


 アポテーカー副支部長は勝手に納得したが、当たらずとも遠からずである。


「ふぅむ、炭酸かぁ」


 エーリヒはまだ言っていた。


「すまんな、弟はあの調子だ。夕飯を食いそびれない内に帰ると良い」


「みたいですね。じゃあ帰ります」


 そう言って店を出ていくアル。それに続いたマルクは店を出るや否や口を開いた。


「アル、似てる味ってあれか?前世での話か?」


 少なくとも隠れ里でああいった味の飲料は供されていない。


「うん、っていっても前世あっちのはもっと全体的に整ってたし、炭酸で割られてたからそのまんまってワケじゃないけどね」


「ふぅん、でも美味しかったの?あんまり想像つかないけど」


 凛華はアルの前世の世界で生活している人々の舌を疑う。


「あはは、そりゃ俺が知ってるのは長い歴史をかけて洗練されてきたものだから。でもすごく人気だったよ。エーリヒさんが味を調整して上手いこと売り出せば現世こっちでも広まるかもね」


 そうなったら面白いかもしれない、とアルは答えた。


「へぇ~。じゃあエーリヒさんに期待だねっ」


 エーラがニコニコと笑う。


「ふふ、そうですね。とりあえずは――――」


「宿の食堂が閉まらない内に帰るとしようか」


 ソーニャがラウラの言葉を引き取った。


「カアッ!」


 そうだそうだ!と言うように夜天翡翠がアルの左肩で鳴く。


「そうしよっか。翡翠もお腹空いてるみたいだし」


 アル達”鬼火”の一党は和やかに会話を交わしながら帰路へとつくのだった。



***



 その数年後のことである。芸術都市トルバドールプラッツで行われている演劇に新しい題名タイトルの演目が追加されることとなった。


 演目名は『嘆きの精霊と優しき森人』。


 ストーリーは2部構成で、前半がかつて存在した小国の騎士に視点が置かれている。


 国土を争う戦争になった際、あまりに酷い戦火に見舞われた為、騎士達は民を率いて決死の覚悟で森に避難するのだが、敵兵達はそこにまで追ってきた。


 激しい戦いで仲間や守るべき人々を失いながらなんとか洞穴へ逃げ延びたものの、不運はそこで終わらない。


 敵兵達の追撃は地形が変わるほどに容赦がなかったのだ。


 木々が吹き飛び、土が巻き上げられ、その影響で地盤が緩み、彼らは地割れに呑み込まれてしまう。


 しかし、騎士達は誇りを失わなかった。


 守るべき女性や子供を鼓舞し、何とか地上へ脱出しようと試みる。


 だが、大自然はそう甘くはない。


 彼らが脱出手段を探す内に元々やせ細っていた子供達は衰弱し、歩くことすらままならず命を落としていく。その親達は子供を失った悲しみで半狂乱に陥る者、自殺を図る者まで出てしまった。


 騎士達はそれでも、と力を振り絞って奮闘する。


 しかし、現実は厳しかった。


 死体は悪臭を放つようになり、病まで蔓延するようになってしまったのだ。


 その内に食糧が尽き、騎士達も衰弱していく。


 そうして最後にたった一人残った女性騎士は己の不甲斐なさ、無念を嘆きながら事切れてしまう。


 それが前半の内容だ。あまりに真に迫った芝居で鼻を啜る音が絶えないともっぱらの噂になったほどである。



 後半はそれを見ていた精霊が嘆き悲しみ、誰かに見つけてもらおうと奮闘するところから始まる。


 しかし精霊の姿は人に見えない。


 絶望した精霊は悪霊と化し、”樹霊”となってしまった。


 そして現代。


 そこに通りかかったのがとある一党。”樹霊”に襲われながらも果敢に戦い、最深部にて待つ”嘆きの精霊”の下に辿り着く。


 その一党の中には()()()()()がいた。彼女は激しく暴れる”嘆きの精霊”の声を聞き、そして涙を流す。


 彼女の涙を見た”嘆きの精霊”はそこで動きを止め、最後に彼女へ願いを告げて、消え去った。


 その願いというのが、前半で命を落とした者達のことを伝えて欲しいというもの。


 必ずその願いは聞き届けると涙する森人の少女。


 最後にその少女を背景に、実話をもとにした話であることがナレーションで語られてこの演目は幕を閉じる。


 実話をもとにした演目は数あれど、ここまで現代の話が出てくることはそうそうなく、森人の観客からも評価が高く、さらに芸術都市トルバドールプラッツ近くの森で起こった話だということで非常に人気のある演目となっていくのだった。



 当然これは日記を読み進め、鎧から時代を考察した歴史学者が出して出版された本と、”鬼火”の一党の報告から生まれた台本である。


 帝都の劇場でも披露されることになる演目だが、この演目の後半の主役である森人の少女ととある一党にアル達が気付かないはずもない。


 観終わった後、森人の少女とその一党の頭目との淡いラブロマンス要素に赤面して出てくるエーラであった。


 無論、凛華とラウラから茶化されたことは言うまでもない。


 またその頃には芸術都市生まれの新しい炭酸飲料が流行りだしていたそうだが、妖桃花の果実をモチーフにしたデザインをしているらしい。


 その炭酸飲料に妖桃花の実は使われていないので、来歴を知らない者は首を傾げたそうだが、アル達はクスッと笑って買ってみることにしたのだった。

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