18話 窮地に陥るアルクスと揃う役者 (虹耀暦1287年4月:アルクス15歳)
2023/10/10 連載開始致しました。
初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。
なにとぞよろしくお願い致します。
運河の方で戦闘が勃発した頃、グリム氏族の拠点である高楼。満月の差し込む五階には魔導灯の明かりはない。
氏族を束ねるルドルフの私室兼社長室にて閉じ込められる形で戦闘状態に入ったアルクスは苦戦を強いられていた。否、ギリギリ死なないで済んでいると言った方が正しい状況だ。
「ほう・・・私相手にここまで生き残ったのは君が初めてだ。やはり惜しい。私の下に着く気はないかね?待遇は約束しよう」
薄ら笑いを浮かべたルドルフは全身の至る所を切り刻まれて血を流すアルに問う。
アルはゼェハァと肩で息をしながら刃尾刀を握り締めた。ルドルフが強者であることは間違いない。しかしアルの対峙してきた猛者達とは毛色が違う。
―――――こいつは、剣士殺しだ。
アルはそう判断した。剣の師である八重蔵やマルクガルムの父マモンのように圧倒的な武力を持っているわけでもなく、魔術の師であるヴィオレッタのように凄まじい魔術の腕があるわけでもない。
両手に嵌めた指輪で鋼糸を操り、左手に逆手持ちした身幅の太い短剣で殴りつけるように斬りつけてくる。それに加え、獣人の血を活かした体術も厄介だ。
それらを巧みな視線誘導やハッタリを織り交ぜて行っている。以前戦った”叛逆騎士”も似たようなことはやっていたがあちらとは格が違い過ぎる。
なにせ疑似餌が疑似餌じゃないのだ。どうしても躱さなければいけない致命打を擬似として放ってくるせいで反応せざるを得ないし、反応しなければしないで一つの手として通してくる。
そして問題はルドルフの迎撃手段だった。こちらが剣を振ろうとすると、刃ではなく腕の振りに鋼糸を張って自傷を狙うという陰湿さ。
じゃあ邪魔な鋼糸を燃やしてしまおうと『蒼炎気刃』や蒼炎を使って斬り払っても燃やしても、ちっとも尽きる気配がない。湧き出すように鋼糸を放ってくる。
アルはまるで蜘蛛の巣穴に入り込んでしまったような錯覚を覚えていた。
それでも思いは変わらない。
「だからラウラとソーニャを捕らえて聖国に突き出そうって?嫌だね」
「強情なものだ」
「あんたと違って日陰者として生きる気はないんだよ」
アルは血と共に拒絶を吐き捨てる。
「ふむ・・・では君は彼女らを誘い出すだけで構わない。後はこちらでやろう」
「そうやってあんたに裏で協力してあとは楽しく過ごせばいいって?」
「その通り」
ルドルフは楽し気に笑みを深くした。
「嫌だ。仲間を生贄にして楽しくなんて過ごせるか」
アルは緋色の眼光を強めて拒絶する。
「嫌かね?私はこれでもここでも祖国でも顔は利く方だがね」
「あんたみたいな人生を送りたくない。真っ平だね」
「ふむ、嫌われたものだ」
肩を竦めるルドルフ。アルは聞きたかったことを問うことにした。
「なんでマリオンを誘拐した?あんたなんだろ?それにミリセントさんと違ってこっちは計画に入ってたはずだ」
するとルドルフは肩眉を吊り上げて驚いたような表情を見せる。
「ほう。どうして気付いたのかね?」
「不自然だからだ。ラウラとソーニャを捕らえる為だったらミリセントさんがいなくなった時点で餌の役割は果たしてる。なのにわざわざ『荒熊亭』を襲撃してマリオンを攫った。獣人の嗅覚は知ってるはずなのに」
鋼業都市を混沌の渦に叩き込み、己はここを離れるという計画がバレるかもしれない可能性の芽。それがマリオンの誘拐だ。
彼女の父ロドリックは元二等級武芸者で母は獣人族のグレース。匂いを辿られて人身売買やその他の違法行為がバレる危険性を自ら高めている。
アルはそれを指摘したのだ。するとルドルフは「ふむ」と言いながら目を細め、こう言った。
「・・・私なりの復讐かもしれないな」
「復讐?どういう意味だ?」
「いやなに、若い時分の話でね。私はマリオンの母親・・・つまりグレースに惚れていたのだよ。だが、不幸なことに私が幾ら口説こうとも全く見向きもされなくてね。気付けばロドリックと懇ろになっていた。当時は傷ついたものだ」
懐かしそうに笑みを深くするルドルフ。
「その腹いせに攫ったと?」
「そうさ。他愛もない話だろう?」
「・・・・・」
アルは黙して過去を語るルドルフに眼を細めた。
「ところで私も一つ質問をいいかな?」
「・・・なんだ?」
ルドルフは心底不思議そうな顔を作って問う。
「なぜ君は”魔法”を使わない?」
「・・・・・」
アルは思わず身体を硬直させた。ここで余計な情報を晒したくはない。不利になるだけだ。
「一歩間違えば私の鋼糸にかかって死ぬ。それは君とて理解しているだろう?なのになぜ、いまだに”魔法”を使わないのかね?」
しかしルドルフは逃さないと言わんばかりに追及の手を止めない。
「・・・」
「沈黙か・・・ふむ、ならば推測してみよう。君は”魔法”を使わないのではなく、使えないのではないかね?」
アルはたらりと冷や汗を流す。魔族と”魔法”は切っても切り離せない絶対の組み合わせだ。それをこうも容易くひっくり返してくるとはアルにも予想できなかった。
その反応を見たルドルフは裂けそうなほどに笑みを深くする。
「ふっははは!やはり真実だったのかね?私はこれでも熱心な『月刊武芸者』の読者でね、君の話ならよく知っている。なにせ、君は矢鱈と記事で取り沙汰されている。あの二人を目立たせたくないかのように」
―――――くそ・・・裏目に出たな。
アルは内心で歯噛みした。ラウラとソーニャに目が行かないよう振舞ってきたのが仇になるとは思いもしない。
「君の活躍は全て読んでいるが、”魔法”について書かれていたことは一つもない。違うかね?」
「・・・・・」
アルはまたもや沈黙を返す。ルドルフは準聖騎士ディーノ・グレコの死亡を耳にして彼らに目をつけていたのだ、ここへ誰が来てもいいように。
その際気になったのがアルの”魔法”についてだった。一切書かれていない”魔法”と目立つ活躍。この疑念に行きつくのも当然である。そして、その先の推論にも。
「そしてこちらは完全な当てずっぽうだが・・・”鬼火”、君は半魔族なのではないかね?」
「っ!?」
驚愕するアル。言い当てられたことなどない。常人ならそんな発想にすらならないからだ。
「どうかね?」
アルの反応で答えは察したはずなのにルドルフはいやらしい笑みを浮かべて問うてくる。
「・・・それがどうかしたか?」
アルは唸るように肯定した。
「やはりそうかね・・・君のような存在が実在しているとは思いもしなかったが納得だ」
「納得?」
怪訝な顔をするアルにルドルフは言う。
「君はどこか私と似ている」
「似ている、だって?」
アルは虚を突かれたように唖然とした。
「もう知っているだろうが私は四半獣人だ。祖国では獣人の扱いが悪くてね。貴族の父を持つ私のような四半獣人は微妙な血統のせいではぐれ者として扱われるのだよ。君とて似たようなものだろう?なにせ魔族でも人間でもない。仲間達といずれ袂を分かつことになるはみ出し者」
ルドルフは朗々と詠う。それは何もかもうまくいかなかったアルが取るかもしれない可能性。
―――――けど、今じゃない。
「だとしても、あんたの協力者になる未来だけは御免被る。そんな国の為に働き続けてるあんたの気が知れないな」
「私を救い、導いてくれた方がいてね。その方の為にこうして敵国に根を張っているのだよ。君もその方に会ってみると良い」
ルドルフの目に一瞬だけ誰かの影が映った。その導いてくれた方とやらだろう。
アルは右手に持った刃尾刀の切っ先をルドルフに向けた。
「俺はあの仲間達と共に道を歩む。導き手なんか要らない」
―――――そうとも。だから――――
「邪魔をするんなら国だろうと、女神だろうと、俺が叩っ斬ってやる」
アルは信念を込めて気炎を吐く。
「そうか。残念だよ。だが君はきっと厄介な存在になる。今ここで死んでもらおう」
ルドルフが目を細めてそう言った瞬間。
―――――来る!
殺気が膨れ上がる。アルはパッと前方へ飛び出し、背後の調度品が鋼糸に切り倒される音を聞きながら一気に刃尾刀を突き出した。振るえば腕を取られる。しかし―――
「見えているよ」
鋼糸が奔り、切っ先が逸らされた。ルドルフが薄く笑む。しかしアルは止まらず、鋼糸が刃尾刀に絡んだと判断するや否や、
「『蒼炎気刃』!でぇあっ!」
刃尾刀に蒼炎を纏わせて無理矢理左薙ぐ。灼き斬れた鋼糸が宙を舞う中、ルドルフは闘気をほんの少しだけ纏わせた短剣で刃尾刀を弾き、
「やはりその炎は厄介だ」
一言漏らしながら滑らかな動作でアルの腹に右フックを入れた。腰も入らないような姿勢で撃ち返された一撃のはずなのに矢鱈と重い。
「ぐっ・・・!」
歯を食い縛って耐えたアルの視界に入ったのはルドルフの靴底。殴ると同時に跳び上がったルドルフが左足で空中回し蹴りを放っていたのだ。
咄嗟にアルは左腕に闘気を回して防御。ルドルフは蹴りの反動で後ろへ跳んだ―――――と思いきやサッと右手を振るって張った鋼糸に足を乗せ、ビィンと反動を利用して再度跳び蹴りをかましてくる。
先ほどより勢いの乗った蹴り。アルは咄嗟に右を半身にして躱した。
しかし、ルドルフは躱されたとわかるや否やその場に鋼糸の足場を張り、急激に反転する。
「ちいっ!」
アルの刃尾刀とルドルフの短剣が火花を散らした。この変則性こそがルドルフの強み。閉所では圧倒的な優位が取れる戦法だ。
アルとて広い場所で戦えばもう少しマシな戦いができるのだが、強みをほとんど消されている。
持ち前の高速移動《足》は鋼糸を張られたら自殺行為に等しく、魔術は真言法で使える術以外組む時間を与えられない。階下に逃げて立体的に戦おうとしても既に階段は隔壁のようなものが下りていてすぐには降りられない。おまけに窓は防犯の為か鉄格子が嵌められている。
とにかく抵抗する時間を得られないのだ。焦りばかりが増していく。
「あまり時間もないだろう?私の部下があの二人を捕らえるまでに合流できるのかね?」
鋼糸で跳ね飛んだルドルフが踵落としから足払い、伸びあがりながら短剣で回転攻撃を仕掛けてきた。
「くっ・・・!」
アルは体術の方はスレスレで躱し、短剣は刃尾刀でキィンと弾く。
―――――くそ、焦るな。落ち着け。
己に言い聞かせても焦りは増すばかり。ラウラとソーニャはアルにとって大事な仲間なのだ。
「だあああっ!」
焦燥感から思わず両手で刃尾刀を振り下ろすアル。しかしルドルフは右手を振るって鋼糸を張る。アルは寸でのところで腕を止め、右手で蒼炎杭を放った。
だが、そこに普段のキレはない。ルドルフは易々と躱しざまにヒュンッと右手を振るう。
「くそっ・・・!ぐぁっ!」
鋼糸による空間を裂き潰すような攻撃は避けたものの、次いで繰り出された掬い上げるようなルドルフの蹴りは躱せなかった。
もろに腹部に食らって浮き上がる。そこにグリンと腰を回したルドルフが右足で突くような蹴りを放った。
「がっ!?」
ゴロゴロと転がりながら吹き飛ぶアル。そこに短剣が落ちて来る。
「くうっ・・・でぇあっ!」
急いで転がって起き上がりざまに刃尾刀で薙ぐが苦し紛れの攻撃が通用する相手ではない。
ギャリ・・・ィン―――――!
突進と共に勢いよく振るわれた短剣を逆さに向けた刃尾刀の峰を足で押さえて何とか防ぐ。
「ここいらで退場してくれるとありがたいのだがね・・・!」
「こと、わるっ!!」
轟―――――ッ!
ルドルフはアルの殺気に反応して素早く跳び退った。次の瞬間、蒼炎流がアルの口から吐き出される。蒼炎弾でないのは何度も避けられているからだ。
しかし後を追うように吐き出された蒼炎流の先をルドルフは鋼糸を犠牲にしてやり過ごし、更に伸びて来る蒼炎は鋼糸の網を張ってピンボールのように跳ね回って回避した。
―――――反応が早過ぎる!
アルは何度目かもわからない歯噛みを繰り返す。ルドルフは獣人由来の勘の良さなのか、殺気への反応と動体視力が高過ぎる。
動体視力に関しては龍眼を発動しているアルほどではないのだろうが、それでも少なくとも常人よりは圧倒的に良い。あの鋼糸捌きはそれがなければ不可能だろう。
そこまで考えたアルはハッとした。
―――――あの鋼糸、至近距離では使ってない・・・?
ルドルフは必ずと言って良いほど後退や跳躍を、つまり距離を取る動きをしながらでないと鋼糸を操らない。
―――――そこを突けば何とかなるか・・・?
アルは滴ってきた血を振るって刃尾刀を構え直した。右腕を軽く曲げて刀身を地面と平行に、切っ先をルドルフへ、そして左掌を柄頭へやる。
「ふむ。馬鹿の一つ覚えかね?先ほどから変わらないように見えるがね」
「言ってろ」
―――――六道穿光流・光の型『迅閃』。
そう言うとアルはドンッと踏み込んで一気に最高速へと至った。
『迅閃』は六道穿光流の中でも『焔燐』以上に攻撃特化の型だ。一直線に敵へ突っ込む性質がある分反撃をもらうと非常に危うい状況に陥る。
それでもアルは一切速度を落とすことなく切っ先をルドルフの心臓を狙ったまま疾駆した。
「舐められたものだ」
ルドルフはアルの初速にこそ驚いたものの余裕をもって鋼糸の網を張る。そのまま突っ込めば鋼糸の餌食だ。あの速度ならば引っ掛かったところを少しでも絞めれば容易に首が落ちるだろう。
しかしアルは速度を緩めずに左掌で柄尻を下に弾き、
「『蒼炎気刃』!」
刀身に蒼炎を纏わせた。そして柄尻を下に弾かれたことで跳ね上がった刀身を振り下ろして鋼糸の網を灼き斬りながら突っ切る。
「な・・・っ!」
ルドルフは斬り裂かれた鋼糸から飛び出してくるアルが右腕を大きく引いている姿を見て眼を見開いた。
「うおおおおっ!」
アルは一切勢いを緩めず、右半身を前にして刃尾刀を真っ直ぐ突き出す。
「チィッ!」
初めてルドルフが動揺を露わにし、慌てて左手の短剣に闘気を流し込みつつ、弾くように叩きつけた。
ギャリリイイイィィ―――――ッ!
ルドルフの左肩を刃尾刀が掠めていく。なんとか凌いだ。ルドルフがそう思ったときにはアルは次の動作に移っている。
「な・・・くっ!」
ルドルフは歯噛みした。目の前のアルが刃尾刀の鞘を逆手で引き抜いていたからだ。
―――――これでは間に合わん・・・!
「でぇあああぁっ!」
アルは闘気を流し込んだ鉄拵の黒蝋色染めの鞘をルドルフの胴に叩きつける。
ドガァン―――――!
響き渡る衝撃音。
「ぐっ・・・!」
ルドルフが痛みと衝撃に息を吐く。
「なっ!?」
しかし驚愕したのはアルの方だった。
―――――硬い!?
その隙をルドルフは見逃さない。右手に魔力を送って鋼糸を操る。意思を持ったかのような動きで鋼糸がキュパッ!と折れ曲がり、アルの左肩口を裂いた。
「づっう!」
慌てて跳び退るアルに鋼糸がヒュパアッと襲い掛かる。
「さっきと動きが・・・!まさかっ!くっ、その指輪、魔導具か!!」
アルは鋼糸の先に水銀のようなものが光っているのを見て叫んだ。
「御名答。尤も”聖霊装”というのだがね」
ハッとしたアルが頭上を見上げるとルドルフが踵を叩きつけようとする寸前。
「しまっ・・・うがっ!?」
左肩に叩きつけられた踵がアルの体勢を崩す。ルドルフは着地すると同時、流れるような動作で腰を左に引き、ヒュボッ!と風切り音をさせて左足を突き出した。
「ぐぶっ―――――がはっ!」
アルは腹部に刺さった蹴りの威力に吹き飛ばされ、壁際に叩きつけられて肺の中の空気をすべて搾り出される。
吹き飛ぶ瞬間見えたのはルドルフの胴。そこには鋼糸が幾重にも巻きつけてあった。鈍く光る鋼鉄がアルの一撃を減殺していたのだ。
―――――あれじゃ・・・無くならないはずだ。
アルは視界が霞んでいくの自覚する。
「・・・・・」
そして完全に気絶した。
「ふむ。私に手傷を負わせるとはやはり侮れんな。しかし、惜しい」
ルドルフはそう言ってガクリと項垂れているアルの首や手足に巻きつけていく。
☆★☆
運河から陸に辿り着いたマルクと凛華、そしてシルフィエーラの魔族組3名は猫獣人族のグレースとその娘半獣人のマリオンを含めた虜囚達から出迎えられていた。
「ありがとう!本当にありがとうございました!」
「うん!ここがどこだかはわかんないけど、とにかくありがとう!」
「手前からも感謝を。本当に助かりました。それで・・・マルクさんのお怪我は大丈夫なのでしょうか?」
「マルクお兄ちゃん・・・」
「大丈夫っすよ。派手なだけで大して効いちゃいませんって。マリオンもそんな顔するなよ。問題ねえって」
マルクはマリオンの頭を撫でながらそんな風に述べる。痛いのは痛いがヤバい攻撃はもらっていない。
「それなら良いのですが・・・されど、彼女らは如何致しましょう?手前共でどこかに護衛するのは危うい気が―――――」
困った顔でグレースがそう言い掛けたところで大声が響いた。
「グレース!これは一体――――マリオン!マリオン、無事だったか!良かった!本当に良かった!」
幾人かを率いてきた”荒熊”ロドリックだ。
「お前様!」
「お父さん!お父さんだ!」
ロドリックは走ってきたマリオンをぎゅうっと抱き締め、次いで妻を抱き寄せる。
「本当に良かった・・・・・”狼騎士”君、大丈夫かい?かなり血が・・・まさかここにいる人達の救出で?」
「そうっすけど、大した事ねえっすよ。意地を通したってだけなんで」
マルクは平然と返した。これについてもアルの気持ちがわかったと思っているところだ。何度も気にされるというのも案外面倒なものである。
「そうか。ところで彼女らはあの船から?」
「ええ。囚われてた人達ね、売られる前の」
凛華は肯定して眉間に皺を寄せた。快く思っていないのは明らかだ。
「こんなにたくさん・・・やはりグリム氏族の仕業だったのかい?」
「うん。かなり手慣れてるっぽかったよ。しっかり檻まで用意しちゃってさ」
エーラもご立腹気味である。ロドリックは柔和な顔を怒りに染め上げた。
「ルドルフめ。いつからこんな真似をしてたんだ・・・!」
「お前様。とにかく彼女らを帰してやりたいところなのですが、どうも匂いからしてこの都市以外からも連れて来られているようなのです」
「ここ以外からも?あいつ・・・!いや、そうだな。とにかく彼女らを安全な場所へ。大丈夫。私にアテがある。今、領主様が支部に依頼を出してるんだ。一般人の人命救助をね。ノイギーア氏族とクリーク氏族もそれに参加してるから人手を借りよう」
そう言ってロドリックは後ろにいた数名の武芸者へ「というわけで済まないが人を頼めないか」と言う。片方は魔術師らしい恰好の細身の女性でもう片方はバリバリの戦士然とした男性だ。
どうやらその両氏族から人員を借り受けていたらしい。二人は「承知した」「任せて下さい」と返答を残して駆けて行った。
「これで目途は立ったわね。ラウラ達は無事かしら」
「心配だね。騒ぎ、全然収まってないし」
「ディートとレイチェルの方もな」
魔族組が心配そうな顔をする。するとロドリックが答えた。
「あの四人なら無事だよ。少し前に会った。君らより年上の森人二人とあとミリセントって娘も。領主様の軍と行動を共にしてたよ」
「えっ!ミリセントさん見つかったのか!良かった!」
ロドリックの齎した吉報は三人にとっては予想外だ。マルクは嬉しそうに笑い、
「ええ、あの船にもいなかったからホッとしたわ。でも領軍と行動を共にってどういうこと?」
凛華が微妙な表情を浮かべる。
「森人二人っていうのもどういうことだろ?現地の?うぅん?」
エーラも凛華と同じような表情をした。無事なのは心から嬉しいが状況が掴めない。
三人がそんな風に首を傾げていると、父に抱き着いていたマリオンはようやくロドリックの首から腕を離してこう告げる。
「お父さん、あのね、わたしを連れてった人、あの人だった」
「えっ?マリオン、誰に連れ去られたか覚えてるのかい?」
「うん。あの、るどるふ?って人。お父さんと目は似てるのにぜんぜん違うこわい人」
「なんだって!」
「一体、どうして・・・?」
ロドリックとグレースは少なからず衝撃を受けた。まだグリム氏族の連中がやったのならば理解はできる。だが、ルドルフ自身が連れ去ったというのなら明らかにマリオンを標的にしていたと見て間違いない。
「とにかく俺らはあの四人と合流しようぜ」
「そうね」
「うん!」
動き出そうとする魔族組。そこへロドリックが待ったをかける。
「待って欲しい。私も行く。奴には話を聞かなければ」
「お前様、手前も訊きとうございます」
怒りを滲ませるロドリックとグレース。愛娘を知らぬ地へ飛ばされそうになったのだからその怒りの度合いは深い。
「あー・・・じゃ現地で待つことにします」
「あたし達もあの四人が気になってるし」
「アルの方もだけどね」
エーラがそう結ぶとグレースはハッとした。彼らの頭目”鬼火”はもしかしたら半魔族かもしれないということを思い出したのだ。
「お前様、”鬼火”とは?」
「彼とは会ってないよ」
不思議そうに答えるロドリック。
「・・・では手前共は人手を待って、その後向かいましょう」
「ん?うん、何かあるんだね。わかった。私達は彼女らを護送する目途が立ってからそちらに向かおう」
「了解っす」
「じゃ、後で」
「どこらへんいるかな?」
ロドリックの返答に魔族組は素早く踵を返した。
***
魔族組の3名がラウラ達に合流したのはそこから10分もしない内だ。マルクの鼻とエーラの『精霊感応』があればこの程度は容易い。
軽い足取りで駆けていくと、そこにはしかめつらしい表情の領軍20名ほどを従える槍を担いだ麗人がいた。徒歩のようだが、列の後方には檻のような駕籠をした馬車が控え、彼女の後ろには見たことのある老爺がいる。
「何者だ!」
突如として現れた魔族に兵士が誰何の声を上げ、槍を向けた。しかしその後方から、
「ま、待ってください!仲間なんです!」
と声が上がる。ラウラの声だ。安堵の息を漏らす三人。無事らしい。すると麗人が指示を出した。
「矛を収めよ。知り合いだそうだ」
「し、しかし」
「もし敵で、私の首を獲る気なら既に獲っている。力量差くらい読めておるだろう?」
「は、はっ!失礼致しました」
「良い」
余裕のある動作で腕を振る麗人―――パトリツィア・シュミットの脇から四人が飛び出し、後を追うように森人二人と人間二人が続く。
「皆さん!ご無事で!」
「ま、マルク!?どうしたんだ!大丈夫か!?」
心から安堵したようなラウラと仰天するソーニャが駆けてきた。二人とも煤や土の汚れはあるが怪我はなさそうだ。
「よう。お前らに任されたこと、ちゃんと成し遂げたぜ。マルク、血やべえぞ」
「無事でよかった。やっぱり運河の方で戦ってたの、三人だったんだね」
ディートフリートとレイチェルも続いて声をかけてくる。こちらも汚れてはいるが至って無事なようだ。
「お疲れさま、良かったわ。心配してたのよ」
「結構汚れてるね、そっちは大丈夫だった?こっちはさっき終わったとこだよ」
「俺の怪我は大した事ねえよ。ふざけた獣人に絡まれたからわからせてやっただけだからな」
魔族組三名は嬉しそうな笑みを見せた。その時、上空から三ツ足鴉が舞い降りて来る。
「カアー!」
「翡翠!良かったぁ!」
「無事だったのね。ちょっと心配してたのよ?」
「クァ?カァカァ!」
腕に止まらせた凛華とエーラが黒濡れ羽を撫でると夜天翡翠は嬉しそうに身体を膨らませて鳴いた。
マルクはラウラ達の背後から近づいてきた人間二名と森人二名を見てなんとなく事情を察する。
そこにいたのは『黒鉄の旋風』に所属する森人のケリアとプリムラ、そして武芸都市元領主のランドルフ・シルトとミリセントだった。
「久しいな、三人共。マルクの方はそう大したことがないと聞いて安心したぞ」
「ホント!久しぶりねぇ!エーラちゃん、見てたわよぉ?また凄い弓術だったわねぇ」
ケリアとプリムラは再会を素直に喜ぶ。魔族組もそれは同じだ。
「おう、ケリアさん達が加勢してくれたんだな?助かるぜ」
「久しぶりね!変わりないようで安心したわ!」
「あはっ!そうでしょ~?新しい技なんだ~」
それぞれに挨拶を返した。その後ろからミリセントがやってくる。
「あ!ミリセントさん、良かったぁ~。あっちの船にいないから不安だったんだよ」
「ホントよ。大丈夫だった?変なことされてない?」
ミリセントはエーラと凛華からそう訊ねられると「えと、えと!」とどもった。普段の様子から考えられない反応に魔族組が首を傾げ、ラウラ達が「あー・・・」という声を上げた。
その後意を決したように顔を上げたミリセントは、
「だ、大丈夫ですー。あの、えと、”鬼火”のお兄さんに助けてもらえましたからー!」
と言い切る。彼女は”鬼火”の一党の熱心なファン。その一言だけで魔族組は事態を察知した。
「そう。アルがバラしちゃったのね?」
「助け出されたんなら”灰髪”になっちまったんだろ。しょうがねえさ」
「ま、どっちにしてもいずれバレたと思うし、やっぱりミリセントさんが無事でよかったが正解だね」
あっけらかんとしている三人にすこーしだけおっかなびっくりだったミリセントは笑顔を見せる。
「はぁい!変なこともされてませんよー。でも、あれからお兄さんと会えてないんですー・・・」
「アルはあそこだろうな」
マルクはもう一つ二つ倉庫を横切れば着きそうな高楼に視線をやった。凛華とエーラはランドルフの方に問う。
「それで、ランドルフさんはどうしてここにいるんですか?」
「ケリアさんとプリムラさんがいるってことは護衛かな?」
「うむ、その通りだ。久しいな、三人とも。また顔を見られて嬉しいぞ。ラウラ嬢やソーニャ嬢にも言うたがあの時より更に洗練されておるようだ」
「いろいろあったからねぇ」
「そうね・・・少しは強くなれてるってことかしら」
「じゃねえか?あんまわかんねえけど」
エーラがしみじみと、凛華が不思議そうに、マルクがやはりあっけらかんとしてアルの祖父へ挨拶を返した。
「旧交を温めたいとは思うておるが・・・・」
ランドルフはそう言って後ろを振り返る。そこには槍を担いだ麗人がいた。
「うむ。失礼するぞ。私はパトリツィア・シュミット。この鋼業都市アイゼンリーベンシュタットの領主だ。
貴君らの頭目が我々が逮捕せんとするグリム氏族の長ルドルフ・グリムの潜伏先で戦闘中であるとそちらのラウラ嬢達から聞いてな。詳しく聞いてみるとそこのミリセントという新米記者が証拠を持って逃げてきたというので検めさせてもらっていた」
パトリツィアは革の装丁を施された古臭いが上等そうな帳簿を振りながらそう告げる。
魔族組は「なるほど、そんな話になっていたのか」となんとなく事情を理解した。証拠を掴んだ記者と渦中にいた武芸者が揃って騒動の原因を突き止めたので行動を共にしているらしい。
「あれの中身は?」
マルクはミリセントへ問う。
「えぇと、人身売買の記録と・・・・」
「国軍の武器の横流し取引もだよ」
ミリセントとレイチェルがそう答えると、
「そんなに長いことやってたわけ?今回助けた人達以外も被害があったんでしょうね。最っ悪」
「だね。たぶん凛華の凍らせた方にその武器が乗ってるんじゃない?」
凛華とエーラは揃って嫌そうな顔をした。パトリツィアは二人の発言に驚愕する。
「待て。では船の荷を押さえたのか?」
「ええ。二隻は人がかなり」
「うん。もう一隻はたぶんだけど。武装してたし、横流しついでに使ってたのかも」
「確認に人をやれ」
「はっ!」
パトリツィアは凛華とエーラの礼を失した回答を咎めもせず、即座に指示を出すした。兵士が数名走っていく。
「我々はこれから彼奴らの拠点へ出向く。来るか?」
「同道します。頭目がいるし」
マルクがそう言うのと残りの5名と1羽、『紅蓮の疾風』の2名が頷くのはほぼ同時だった。
「よろしい。では行くぞ」
アルを除いた”鬼火”の一党と大所帯になった一同が進みだす。目的はグリム氏族の捕縛だ。
程なくしてすぐに見えてきた高楼の目前で集団の前を歩いていた”鬼火”の一党に属する5名はビタッと立ち止まった。
「む?どうしたのかね?」
「どうした?」
ランドルフとパトリツィアが問うてくる。しかし5人は難しい顔で高楼5階をジッと見つめていた。
「アルクスの魔力をここから感じます。それは間違いありません。ですが、どうにも変と言いますか・・・・・」
貴族二人の質問に答えたのはケリアだ。
「変とはどういうことだ?」
わからないという顔をするパトリツィア。それも当然である。アルが戦っている姿など知らないのだから。
「なんだこりゃ?魔力じゃねえ」
マルクは奇妙な感覚を覚えていた。知っているのに知らない感覚。
「でも、闘気でもないよ?もちろん龍気でもない」
エーラはアルにとっての一番の懸念材料を否定する。一番近いのは殺気だろうか?それがここまで漏れていた。
「魔力もかなり放出されてますよね?」
ラウラもやはり訝しむ。アルの魔力自体は可視化すれば煌々と高楼を照らすほどに発されているのにどうにも激しさを感じない。
「うむ。やはり龍気ではないぞ。あの強烈な感覚とは違う。もっと静かなものだ」
ソーニャも似たような感覚を覚えたのか眉間に皺を寄せた。
「ここまで届く魔力って・・・凄いね、アルクスくん」
レイチェルはその圧倒的な魔力量に圧されて冷や汗を浮かべている。
「けど、なんなんだこれ?肌が妙にザワつく」
ディートは直感が鳴らし続ける警鐘に妙な感覚を感じていた。殺気だとしても首筋に熱した刃を当てられたような変な殺気だ。
そこで今まで黙っていた凛華は口を開く。彼女だけはこの奇妙な感覚の正体に気付いていた。
「あれは・・・アルの剣気よ」
「「えっ?」」
ラウラとエーラが呆けたような表情を浮かべ、
「「あれが、剣気だと?」」
マルクとソーニャが驚愕する。『紅蓮の疾風』の二人は「え?嘘だろ?」という顔をし、ランドルフとパトリツィアが唖然とした。
その瞬間。
ドッ・・・ガアアアアン―――――ッ!
高楼の屋根が轟音と共に吹き飛ぶ。思わず見入る人々。飛び出してきたのは身体をくの字に折った人影。続いてもう一つの人影が飛び出した。
轟ッ!轟ッ!轟―――――ッ!
夜空に蒼い光芒を残し、尾羽を散らせて飛翔している。
「アル・・・!」
それは地上にいる者達が合流しようとしている頭目の姿であった。
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