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【10.9万PV 感謝!】日輪の半龍人  作者: 倉田 創藍
武芸者編ノ伍 鋼業都市アイゼンリーベンシュタット編

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11話  混迷する都市と動き出す悪意  (虹耀暦1287年4月:アルクス15歳)

2023/10/10 連載開始致しました。


初投稿になりますのでゆるく読んで頂ければありがたい限りです。


なにとぞよろしくお願い致します。

 『黄金こがねの荒熊亭』はれっきとした宿だ。一般人の客が多数を占め、残りは”荒熊”ロドリックやライモンドの目を通して問題ないと判断された新米武芸者くらいしかいない。


 勿論、ロドリックの昔馴染みやその他元武芸者の従業員の知り合いは時折来るが、数えるほどだ。それはロドリックが個人で武芸者活動をやっていたことや下手に武芸者が集まることで余計な気を遣わせたくないという知り合い側の配慮もあったりする。


 その『荒熊亭』でグリム氏族の武芸者が死んだ。


 まことしやかに伝えられる話ではグリム氏族との折衝の結果そうなったと言う。またその場に”荒熊”はいたが止めなかったらしい。


 そんな話が武芸者達に伝播していけばどうなるか?


 事実はどうであれ結果として『黄金の荒熊亭』は”荒熊”ロドリックが率いる氏族の拠点だと見做されてしまった。


 『荒熊亭』に望まていない人間が死んだということで厳しい領軍の捜査が入り、ロドリックは事情聴取のため何度も連れて行かれ、その間に話が広まっていく。憲兵が運び出していた死体も信憑性を高める後押しとなっていた。


 当然本人達は否定する。しかしいくらグレースやライモンド、従業員達が否定してもそれは()()()()()()だと取られるし、何よりその証明であるかのようにそこに泊まっていたアルクス達”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』は更なる襲撃を受けた。


 示談金はそれぞれ15万ダーナと17万と5千ダーナ。銀行に預けに行った方が良いと判断するのは当たり前だ。


 だからあまり目立たないよう出かけた8人だったが、待ち受けていたかのようにグリム氏族の武芸者達は襲撃してきた。口々に『誰某の仇!』『許さねえ!』などと叫びながら。


 アル達は応戦し、死者を出すことなくその場を収めたが場所が悪すぎた。襲撃を受けたのは一般人もいる往来だったのだ。そのせいで完全に氏族同士の抗争と受け取られてしまった。


 これに呼応して騒ぎを起こしたのが小規模な氏族達だ。氏族を運営するのに必要な資金も、大きな利権も持たない単なる徒党を組んでいた彼らは自分達より少々大きな規模の氏族の長を闇討ちした。


 武芸者の中には余計なプライドを持っている者も多い。特に昇級も遅い、うだつの上がらない連中ほど。


 長をやられた側の氏族は無茶苦茶な条件を取り付けようとする小氏族へ当然の如く報復に出た。やられたらやり返すの精神だ。


 それが引き鉄となって小氏族同士の抗争に発展してしまった。場所を問わず、急にぶつかり合う武芸者達に民間人は怯え、憲兵や領軍、国軍の兵士が駆り出される。


 それでも収まらず突発的に氏族同士がぶつかり合い、人死にこそまだ出ていないが重傷者は後を絶たず、民間人側も店や家の一部が倒壊するなどの被害が出ていた。


 異例の事態に武芸者協会は氏族の長達を招集。”荒熊”ロドリックも氏族と見做されているせいか招集を受け、この騒ぎの集束について連日話し合っているらしい。


 しかし事態の改善は見えない。都市まち中で暴力を伴った騒ぎが突発的に起きていた。それもそのはず。ロドリックを含めた一部の長―――アル達に勧誘をし続けていた戦闘狂いの氏族や魔術狂い(フリーク)な氏族はこの騒ぎを収めようとしていても他はそうではない。


 今が絶好の機会チャンスだと言わんばかりに他方へ噛みついて小規模な氏族を吸収しようとしたり利権を掠め取ろうとしたり・・・事態を悪化させていたのである。


 たった一週間。あのグリム氏族の長ルドルフとの会合からわずか一週間で鋼業都市アイゼンリーベンシュタットは混乱の渦へと叩き込まれていた。




 『荒熊亭』の一階。食堂兼談話室にある長卓に座っていたアルはため息を溢す。


「ふぅ・・・いい加減落ち着いてくれないとここを発とうにも動けないな」


「予想以上に騒ぎの規模がでけえ。やっぱあのルドルフって野郎が裏で糸引いてたんじゃねえか?」


 隣のマルクガルムは左腕に施された()()()()()を触りながら苦い顔をしていた。


「可能性は高いけど、翡翠が見てた限りでは怪しい行動はしてないんでしょ?」


「カアッ!」


 そうだ!と鳴く三ツ足鴉を撫でながら凛華が言う。


「でもやっぱり怪しいですよね?部下はたくさんいるそうですし」


「命令さえ下していれば籠っている楼閣から出ずともどうにでも出来そうだからな」


 ラウラとソーニャはやはりあのルドルフ・グリムを疑っているようだ。ソーニャの言う楼閣とは、グリム氏族が行っている海運業で使う船を入れている係留所の近くにある5階建ての高楼のことである。


 夜天翡翠がアルに報告した限りではそこが事務所らしく、ルドルフは大体の時間その5階にいるそうだ。


「そうだねぇ。それにしたって目的がわかんないよ?騒ぎを起こして何がしたいんだろ」


 シルフィエーラは整った眉を顰めている。


「わかんねえけど、ほら利権がどうのってやつと関係あるんじゃねえのか?」


 『紅蓮の疾風』の頭目ディートフリートは思いっきり顔を歪めて考えていた。こういう裏の狙いなんかを考えるには経験も知識も不足している。


「結局あれからわたし達も襲われたりしてないし・・・もしかしてあそこで騒ぎを起こすのが目的だったのかな」


 レイチェルは魔導機構銃をガチャガチャと弄りながら疑問を呈した。整備メンテナンスではなく改造カスタムしている理由は、対人戦闘では二挺とも咄嗟に使いにくいと判断したかららしい。


「可能性は高いかもな」


「だとすればやっぱりあのルドルフ・グリムがクロで間違いはない。けど―――」


 マルクに頷きつつアルは左眼を閉じる。


「大々的に動いてるわけじゃないっていうのが意味わかんないのよね。ロドリックさんの話じゃ協会の招集には応じてるらしいし」


「だが事態を収拾させようとはしていないそうだぞ」


 凛華とソーニャはそう言った。都市がこうなってしまった以上無闇に外にも出られないため、ここで大人しく情報収集に努めている。


 ロドリックの話ではルドルフはこの状況を静観していただけでほとんど放置していたそうだ。


「うぅん。やっぱり黒に近い灰色って感じだね」


 エーラはそう結論付ける。そもそも黒幕だとわかったところでどうにもできない。


「お父さん・・・・」


「マリオンちゃん、大丈夫ですよ。お父さんはちゃんと帰ってきますからね」


 ラウラは不安げに尻尾を揺らす半獣人の娘マリオンをあやしてやる。ロドリック()が毎日宿を留守にしている今の状況を幼いなりに不安視しているらしい。


「うん・・・」


「いっそこのまま鋼業都市なんて出て行ってやろうかと思うけど・・・・・」


「ほっとけないよ」


 やるせない息を吐くディートとかぶりを振るレイチェルの視線の先にはライモンドと何名かの揉めている武芸者がいた。


「俺らも”荒熊”の氏族に入れろよ!『紅蓮』の連中だって魔族だっているって言うじゃねえか!」


「そうだ、オッサンじゃ話にならねえ!”荒熊”呼んで来いよ!」


「”荒熊”が稽古をつけてやってるって聞いたわ!入れてよ!私達だって新米よ!?」


 口々に勝手な要求をつけてくる新人武芸者達にライモンドは怒りに任せて怒鳴り散らす。


「俺がお前らの入店を拒否したのは一般客に迷惑をかけそうだと判断したからだ!それに『荒熊亭うち』は氏族の拠点なんぞじゃない!帰れ!」


「ふざけんじゃねえ!”荒熊”出せよ!」


「痛い目みたいってワケ?」


 やにわに殺気立ち、武器に手を掛ける新米武芸者。そこにいつの間にか刃尾刀の鯉口を切っているアルと『人狼化』したマルクが膨大な殺気と魔力を浴びせた。


「そんな態度を取るから入店を断られたのがわからないのか?」


「てめえらが凄んでも元四等級のライモンドさんにゃ効かねえよ。俺らはここの客。氏族になんぞ入った覚えはねえ。他ぁ当たれ」


「うっ・・・!?」


「なっ、な、何よ!」


「とっとと去ね。己の非も認めず、狼藉を働くつもりなら容赦はしない」


「ハラワタぶち撒きてぇなら別だがな」


 刃尾刀の刃を見せるアルと狼爪を伸ばすマルク。たかだか数名、寄り集まっていい気になっている新人武芸者達がアルとマルクの殺気に耐えられるはずもない。


「ヒ、ヒイッ・・・!」


「や、やめろ!くるな!」


 一目散に逃げだした。


「誰が行くかよバカたれ」


「ホントにキリがない」


「お前さんら、ありがたいが評判に響くような真似しちゃいけないぜ?」


 ライモンドはそう言った。例え余裕で勝てる相手でも数が多くなれば加減が難しくなる。


「ここの武芸者や協会から多少白い目を向けられるくらいどうってことありませんよ」


 広報担当が興味を無くしてくれれば尚良し。そんな言い方をするアルと、


「襲ってきた連中以外には手ぇ出してないしな」


 補足を入れながら人間態に戻るマルク。一党として別に生活に困らなければ評判などどうでもいい。


 そしてこれがアル達”鬼火”の一党と『紅蓮の疾風』が都市を出ようにも出られない理由である。”荒熊”の氏族に入れてほしいという者達と”荒熊”の不在を狙って入り込もうとする者達。そのどちらもがひっきりなしに来るせいで別の都市へ発つという選択肢が取り辛い。


 特に騒動の引き金を引いた気がしているため、都市が落ち着くまではロドリックの代わりにここを守ろうとう結論に至っていた。世話になっている義理というやつだ。


「おかえり~。今回はボクらと同じ新人だったね」


「ホントに増えたわね、ああいう連中」


「アルさん達があんなに氏族じゃないって言っても聞く耳を持ってませんね」


「氏族だと見られてるライモンド殿の前で言ってもああだからな、同じ人間なのか疑わしくなってくるぞ」


 女性陣は呆れたような顔をしている。彼らの物わかりの悪さも入店を断られた理由だろうに。


「アルクス、マルク悪ぃ。やっぱオレが出たくらいじゃあの人数は怯まなくてよ」


「気にすんな」


「戦えば勝てるだろうけど、人数差があるやつはわかりやすい相手じゃないと怯まないからね」


 すまなそうなディートにアルとマルクは問題ないと手を振った。


「ふぅ・・・でもほんとにいつまで続くのかなぁ。こんなに都市まちが荒れるなんて・・・」


 ガチンガチンと組み上げた魔導機構銃の銃身を矯めつ眇めつしていたレイチェルが憂い顔で呟く。それとほぼ同時に『荒熊亭』の戸が勢いよく開かれた。


「ここにいたか!良かった!君達に頼みがあるんだ!」


 入ってきたのはアウグンドゥーヘン社の男性記者カーステンだ。何かあった時はここに逃げて来れば良いと都市が荒れだしてすぐにアル達が伝えておいたのだ。


「カーステンさん、何かありましたか?」


 火急の用であるのは一目見ればわかる。いろいろとすっ飛ばしてアルは問うた。


「ああ、それが今朝からミリセント君の姿が見えないんだ。社員寮に問い合わせてみたら昨夜から帰ってないらしい。よその部署にも出向いてみたんだが、いなくてこれは何かあったんじゃないかって」


「なんですって!?」


「ミリセントさんが!?」


 凛華とエーラは慌てて立ち上がった。こんなに荒れた都市で戦闘能力を持たないミリセントが一人でいるなど危険でしかない。


「ミリセントさんの行き先に心当たりはありますか?」


 ラウラの問いにカーステンはかぶりを振る。


「いや、今のアイゼンリーベンシュタットの状況に不満は抱いていたみたいだけれど、だからって一人でどうこうするようなことはしないはずだよ。危ない場所には近づかないよう釘は刺してたし」


「不満ってどういうことだ?」


「ミリセントさんはウィルデリッタルト出身なんだよ。武芸者がこんな下らねえ諍いを続けてんのが気に食わねえって思ってても不思議じゃねえ」


 ディートの疑問にマルクが答えた。


「武芸者が生まれたって言われてる場所の出身・・・」


「うん。今は観光雑誌を書いてるけどゆくゆくは『月刊武芸者』の記事が書きたいって言ってたんだ」


 レイチェルが呟くとカーステンは頷く。


「昨夜から姿が見られてないんですよね?」


「うん。同じ寮の子が言ってたよ」


「・・・・・」


「アル、どうする?」


 問うてくる凛華の視線を感じつつアルは左眼を閉じた。ここで手をこまねていてもきっとミリセントは見つからない。けれど手掛かりらしき手掛かりもない。きっと時間がかかるだろう。それに、ここを手薄にするのも正直申し訳ない。


 すると裏庭の方から出てきた猫獣人でロドリックの妻グレースが戸を開きざまにこう言った。


「そのミリセントという方、八人で探されては?店のことは手前共でどうにか致します」


「八人?」


 思わず問い返したアルが『紅蓮の疾風』の方を見れば、ディートは薙刀を引っ掴み、レイチェルが切り替え用の撃鉄を排除した回転弾倉を魔導機構回転式拳銃にカチンと納めている。


「お前らも来るのか?」


「当たり前だろ。依頼を終えればそれまで、なんてオレらの目指してる武芸者じゃねえ」


 ディートはマルクにそう言った。レイチェルも同じ気持ちのようだ。


「『荒熊亭』は大将の代わりに俺らで守るから気にせず行ってこい」


 ライモンドはいまだ決めかねているアルを後押ししてくる。正直に言えばアル達8名はグレースとライモンドにとって心強い味方だ。しかし頼り切りになるのは違う。


「・・・わかりました。じゃあ指示を出す」


「『紅蓮の疾風』はお前の指示で動くぜ。ミリセントさんとそこまで深い面識もねえし」


 ディートの言葉に頷くアルの雰囲気が変わった。慣れている”鬼火”の一党は気を引き締め、ディートとレイチェルがピリッと感じる威風に緊張感を露わにする。


 ―――――これだ。コイツのこれが、オレにも要るんだ。


 ディートはアルの威容を感じ取りつつ心中で唸る。人を率いる為の資質。ついていこうと思わせる戦風。一党の面子をいつか増やすつもりでいるディートにはアルのコレを体得しなければ仲間達が真に纏まったりしない。直感でそう感じていた。


「人員を分散する。俺とエーラは都市中央から東側、マルクと凛華は西側だ。エーラの耳とマルクの鼻に頼ることになる。任せるぞ」


「任せて!」


「了解よ」


「おう!任せな。あ、こいつはどうする?」


 マルクは強く頷きつつ、左腕を見せる。左上肢全体に施された波のような鱗のような独特の紋様をした入れ墨のことを言っているのだ。


「マルクの判断に任せる」


「了解だ」


 アルはマルクに親友としても仲間としても全幅の信頼を置いている。今更細かく言う気もない。


「ラウラとソーニャ、それとディートとレイチェルは都市中央でアウグンドゥーヘン社、協会支部を回って情報収集を頼む。ラウラが纏めてくれ。カーステンさん、良いですか?」


「あ、ああ」


「わかりました!」


「承知」


「お、おうよ!」


「うん!」


「それと翡翠をつける。今回翡翠は伝達役だ。得た情報をこっちに回してくれ」


「はい!」


「カアカアッ!」


 臨時の纏め役(リーダー)を任されたラウラが鼻息も荒く頷き、ソーニャが盾と直剣に手を這わせる。


「それと、道中妨害される可能性がある。ディート、レイチェル、覚悟はあるか?」


 アルの眼光がいつにも増して鋭くなった。射すくめられたディートとレイチェルはビクリと身を竦ませる。魔力も殺気も放出していないはずのアルから重圧を感じた。


「覚悟がないならここの守りに置いて行く。俺達はもしものとき、躊躇わない。もう腹は括ってる」


 その言葉にディートは視線を巡らせた。”鬼火”の一党は普段通りにしているように見えるが、この数日とは雰囲気が違う。研ぎ澄まされた刃のような雰囲気を持っていた。


 見れば、剣も抜きやすい位置にしているし、ラウラは刻印の施された魔導具の指輪らしきものを確認している。


 あるのだ、彼らには。目的の為に誰かを傷つける覚悟が。ディートはレイチェルと視線を合わせ、頷く彼女と共に拳を握り締めた。


「覚悟なら、たった今できた。足は引っ張らねえ」


「わたしもディーくんについてくよ」


「わかった。なら任せる。もしもの時は躊躇うな。後悔も懺悔も後ですればいい」


「了解だ」


「わかった」


 重圧が止む。ディートとレイチェルはホッとしつつも肩に伸し掛かってきた責任からあえて逃げるような仕草をとらなかった。これは受け止めるべきモノだ。


「よし、すぐに出るぞ。皆準備は?」


「「「「「できて(ます)る(よ)」」」」」


「カアッ!」


「問題ねえ」


「こっちも」


「じゃあ行動開始だ」


 そう言ってサッと動き出す8名。不安そうな表情をするマリオンにマルクは「大丈夫さ」と言って頭を撫でる。


 そのままカーステンを連れ、8名と1羽は店の扉をくぐって出て行った。


「あれが”鬼火”の覇気ってやつか。大将と似たようなモンを持ってるな」


「そのようです。ですが旦那様とは種類が違いますね。あちらはもう少し、戦の匂いが濃い」


 グレースは獣人の鋭い感覚でアルを捉えている。彼女の妻ロドリックもアルも人を惹きつける資質を持っているが、感じたのは似て非なる感覚―――近いのにどうしようもなく異なっている感覚だ。


「戦の匂いか・・・あの歳でそんなもんに恵まれても嬉しくないだろうな」


「まだどうなるかはわかりません。彼に相応しい鞘が見つかれば、あるいは・・・・・」


 腰元にぎゅっと抱き着いてくるマリオンを撫でてやりつつ、グレースは不穏にもとれる呟きを残すのだった。



***



 繋がっている倉庫と船渠(ドック)の前には高楼と表現すべき5階建ての建物がある。ここはグリム氏族が営んでいる海運業の事務所兼倉庫だ。


 朱塗りの帝国では珍しく各階に屋根がついていて異国風な高楼だが、鋼業都市にはもっと高い階層の建物が多い為そこまで目立たない。


 1階全面が倉庫、2階が氏族の溜まり場となっている酒保、3~4階が事務室と資料室、そして5階がグリム氏族の長ルドルフ・グリムの―――言ってみれば社長室となっている。この5階すべてが一つの部屋だ。


 そこで部下から報告を聞いていたルドルフは薄ら笑いを浮かべた。


「そうか・・・では計画の第三段階へと移行しよう。思いの外餌への食いつきが良くて嬉しい限りだ。おい、餌に余計な手出しはするなよ。これ以上私の手を煩わせるのは感心せん」


「わかっております。厳しく言ってますので」


 朗々と歌うような声でルドルフは言うが、部下の武芸者にとっては恐ろしくてたまらない。こんな風にご機嫌な声を出しておきながら細切れにされた仲間は数知れないのだ。


「ふむ、なら良い。下がって良いぞ。ああ、そうそう。次もうまくやれよと言っておいてくれ」


「承知しました」


 震えそうになる声を抑え込んで部下は背を向ける。この場にいたがるグリム氏族は誰一人としていない。


 ルドルフは退室していく部下に目もくれず呟く。


「さてさて、どう動くのかな。”荒熊”と、あの”鬼火”は」


 薄ら嗤いを深くしてルドルフは窓の外を見やるのだった。

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