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エルフ育ちのゴブリン紳士とゴブリン一家のじゃじゃ馬エルフ  作者: 東雲佑
第二章 エルフになりたいゴブリンとゴブリンになりたいエルフwith吸血鬼をやめたい吸血鬼
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ep6.現代社会に生きる吸血鬼の最大の弱点

『お、ウィル! 見ろよ、またモンザエモンが来てるぞ!』

『違うよビアンカ、モンザエモンじゃないよ。首輪に名前が書いてあっただろ?』

『ああ、そうだった。ようしサンちゃん、いまあの美味しいやつやるからなぁ』

『サンちゃんじゃなくてサンチャゴ……ま、いっか。カツオブシ持ってくるね』


 ゴブリン寮の二人の会話を、少し離れた場所でココは聞いている。

 盗み聞いている。使い魔であるサンチャゴの視覚と聴覚を盗用ジャックして。


 紳士バカのゴブリンとロープレエルフの益体やくたいもない会話を聞きながら、どうしてわたしはこんな覗き魔みたいな真似をしてるんだろう? とココは思う。


「……これじゃピーピング・トムならぬ、ピーピング・ココちゃんなんですけど」


 口に出した瞬間、余計にみじめになってくる。

 感覚共有のために閉ざした瞳と耳を、ココはさらに深く、固く閉ざす。


 しかし、それでもココは覗き見をやめられない。目を逸らすことができない。

 ゴブリン寮の二人から。

 そして二人の内どちらかといえば、エルフの少女から。


 謝りたいと、謝らなければいけないとそう思いながら。それでもココが謝れずにいる二つの理由のうちの一つが、まさにあのビアンカ・バルボアだ。

 なにしろ謝罪の相手であるゴブリン君とあの女はいつでも一緒に居るのだ。なんというか、ものすごく近づきがたい。


「あのロープレ女、あいつのせいでわたしの学園生活は台無しになったのよ……!」


 あいつのせいで、あいつのせいで、とココは呪詛するように繰り返す。


 あのゴブリン君のことだけではない。あの日の鉄拳制裁のことでもない。


 あの女はわたしからなにもかもを奪った。

 いや、現在進行形で奪い続けている。


 たとえばあのホビットのオタクコンビ。わたしが姫活動の一環として時折構ってやっていたあの二人組が、よりによって今ではあの女と仲良くしている。

 いや、オタク君たちだけじゃなく、他にも非エルフの連中を中心に、わたしと仲の良かった子たちが何人もあいつと親しげにしているのを見た。


 そんな風にしてあいつが誰かと打ち解けるたびに、わたしの交友関係が削られる気がした。

 あいつの友達が増えるたび、わたしの孤独が深まるような気がした。


「……わたしの友達を、取らないでよ。あんたにはいつでもあんたのことが一番なパートナーがいるんだから、それでいいでしょ?」


 弱々しく、どこかすがるようでさえある声で、相手には聞こえることのないお願いを呟く。


「吸血鬼になりきれない、なのに吸血鬼をやめることもできない、そんなみじめなわたしから、らないで……」


 吸血鬼になりきれず、なのに吸血鬼をやめることもできない。

 謝るべき相手にココが謝れずにいる理由の二つ目が、まさにそこにあった。


 ビアンカの鉄拳制裁とその後のウィリアムの紳士的献身によって悪い夢から覚めたココだったが、しかし、彼女の中の吸血鬼は易々(やすやす)とは封印されてくれなかった。

 ココの中の吸血鬼とはすなわち、一度膨らんでしまった自尊心のことである。


 そのせいでココはごめんねと言えず、ありがとうと言えずにいる。

 素直になれずについ憎まれ口を叩いてしまう。

 そして、吸血鬼の友達をステータスにしたいだけの連中の為にそいつらの期待するよう振る舞って、あとで死ぬほど虚しくなる。


『にゃははは! そうだウィル、どうせだし今夜はカツオブシを使った飯にしようぜ!』


 サンチャゴの耳を通してビアンカの笑い声が聞こえて、ココは思わず下唇を噛む。


 あいつはきっと愛想笑いなんてしたことないんだ。楽しいから笑って、ムカついたから怒るんだ。

 だからあいつは自分の怒りを正当化しようとすらしないし、根に持たないで水に流すことができる。

 だからあいつは、自然体のままで誰かに好かれるんだ。


「……わたしがなりたかったわたしは、きっと、あいつみたいなわたしだったんだ」


 閉じられた瞳から、ついに涙があふれ出す。

 声を抑えて泣きながら、ココが脳裏に蘇らせたのは一週間前のことだった。

 料理の授業で自分にかけられた言葉。屈託のなさ過ぎる声。


 ――ココ、頼むよ。


「……もしもわたしが友達になってってお願いしたら、なってくれるかな?」


 そう呟いた数秒後、涙がさらに勢いを増した。

 プライドの高い吸血鬼にはそんなこと言えるわけないと、そう気づいてしまったから。


 現代に生きる吸血鬼の最大の弱点とは、年々増加する紫外線でも銀や匂いの強い食品へのアレルギーでもなく、自分にも手に負えない強烈な自尊心なのだ。

 ココはいまこそそれを思い知った。


「……吸血鬼なんて、やっぱり、最低最悪だ……」


 吸血鬼のわたしを、わたしは抹殺したい。


 震える声で、絞り出すように言った。




   ※




 エンパイア合衆国は多種族国家である。

 星の数よりも多様な種族が共に作り上げる社会、そこには多様な悩みを抱えた少年少女たち(ティーンエイジャー)が暮らしている。


 ある吸血鬼の少女は自分が吸血鬼であることに苦しんでいた。

 吸血鬼なんて最低最悪だと、吸血鬼の自分を殺してしまいたいと彼女は泣いた。


 しかしもちろん、吸血鬼だけでなく、エルフにだってゴブリンにだって苦悩はある。

 フェンスの向こうの芝生は、いつだって緑色に輝いているものなのだ。



 ということで次は、ゴブリン寮の二人のお話。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こういうのもまた眩しくて青い春ですねぇ(*´∀`*)
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