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エルフ育ちのゴブリン紳士とゴブリン一家のじゃじゃ馬エルフ  作者: 東雲佑
第二章 エルフになりたいゴブリンとゴブリンになりたいエルフwith吸血鬼をやめたい吸血鬼
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ep3.無理無理無理のかたつむり

 エンパイア合衆国の国旗に描かれている星の数は、この国に暮らす人々の種族の数と等しく同じである――というのは、すでに過去の話となって久しい。

 加速するグローバリゼーションと種族多様化の波に『これでは国の象徴が毎年変わってしまう』との理由から時の大統領が国旗の更新中止を決定したのが、二十年ほど前。

 それ以降も、国旗の星の数と実際の種族数はその差を大きくし続けている。


 ことほどさように、我らが合衆国ステイツは多様性の国家なのである。

 文字通り『星の数よりも多い』種族の人々が共に暮らし、それぞれの個性を活かして作り上げる社会。


 ほとんどの場合、個人の資質は生まれついた種族の特性と結びついている。

 だから一般論として、自分の種族に関係する才能は積極的に伸ばしたほうがいい。

 ……のだが。


「ざっけんな! 『無理無理無理のかたつむり』だこんなもん!」


 ヘッドフォンを投げ出して苛立ちを叫んだビアンカを、ウィリアムが「まぁまぁ」と取りなす。

 ……かたつむり?


「最初はそんなもんだよ。無理だって思いながら続けてるうちにいつのまにか無理じゃなくなるんだ。そこは他の言語学習と変わらない」

「『でもでもでものデモニッシュ』……」

悪魔憑き(デモニッシュ)……? い、いやとにかく。これもあらゆる言語学習がそうであるように、古エルフ語も基本はリスニングだ。繰り返し音声を聴いて、再聴の上に再々聴を重ねて、そうしてそれを幾度となく真似することによって発音を最適化して……」

「気が遠くなってきた……あたしもう魔法とか使えなくていいよ……」


 投げやりな弱音を吐くビアンカに、再び「まぁまぁ」とウィリアム。


 放課後の視聴覚室で、ウィリアムはビアンカと魔法の練習をしていた。

 魔法というか、その魔法に絶対不可欠な呪文詠唱の練習を。

 ……まさにこの『呪文』こそがビアンカにとっての鬼門だったのだ。


 古エルフ語はやたらと発音が難しい上に、呪文詠唱という性質上やたらと正確さが求められる。おまけにエルフの魔法には元来呪歌的な要素が強いらしく、同じ単語でも呪文によって抑揚がまったく異なる。

 普通の言語学習ならば日常会話に用いて理解を深める方法もとれるのだが、話者の途絶えた古代言語なのでそれも不可能。


「一般的なエルフ家庭だと子供の頃から教育ビデオとかで古エルフ語に親しませたりするんだけど、君んちはエルフ家庭じゃないからね……。

 でも、君は学校始まって以来の魔力の持ち主らしいよ? そんな特別な才能、無駄にしちゃうのはもったいないよ」

「無駄になんかなんないよー。だってあたしにはこれがあるもん」


 デスクに突っ伏したまま、ビアンカは右の拳を持ち上げてみせる。


「あんたの見立てじゃ、これだって魔力を使ってんだろ?」


 必殺ゴブリンパンチ。

 ビアンカの得意技というか、彼女だけの専売特許。


 最近わかったことだが、どうやらこの必殺パンチも高い魔力のたまものであるらしい。地元のご近所さんから習い覚えた空手パンチをベースに、そこにのままの魔力を流し込んで放つ一撃。

 呪文というプロセスを介さない魔力の運用なんてウィリアムは聞いたこともなかったけれど、よく似た技の使い手がブラフマ亜大陸の修行僧にいると紹介している記事が学術誌『ナショナル・ネオグラフィック』のバックナンバーに見つかったのだ。


「確かにゴブリンパンチは常識外れの技だけど、残念ながらそれは成績に繋がらない。つまり君の成績を上げるというエスコート係の仕事を、僕もまっとうできない」


 それに、と。

 なぜだか少しだけ照れながら、ウィリアムは続けた。


「……それに、エスコート係とか関係なく、僕は君と二年生になりたい」


 言ったあとで、さらなる照れが襲ってきた。

 ウィリアムはわけもわからず赤くなる。


 対してビアンカはと言えば、顔を伏せたまま少しだけむずむずと身動いで。

 その後で、ようやく起き上がってウィリアムを見た。


「わ、わかった。あんたがそう言うなら……」


 そう言った彼女の顔は、こちらもウィリアムと同様に赤らんでいた。


「……もう少しだけ、頑張ってみるよ」

「ほんと?」

「おう、『まじまじまじのマジノ線』だ」

「……あの、ビアンカさん?」


 そこで、とうとうウィリアムは限界を迎えた。


「さっきから君が繰り返してるその謎の言葉遊びって、ええと、なに?」


 ウィリアムが訊ねると、ビアンカは「お、これはな!」と応じて。


「クラスの奴に教わったんだよ。ほら、あのいつも漫画読んでる二人組にさ」


 ビアンカが言っているのは同じクラスの、いわゆるオタクコンビのことだ。


「なんかさ、この喋り方がいま一番『キテる』らしいぜ。流行の最先端、最高にかっこよくて笑えて、あと賢者的に賢いんだとよ」

「そ、そう。それで君も、流行に乗ってみてるってわけだね?」


 案じる調子のウィリアムに対して、ビアンカは得意満面に「おう!」とうなずいた。

 ウィリアムは頭を抱えたくなった。

 それがかっこよくて笑えて賢者的に賢いと見做されるのは、おそらく電脳ネットの世界だけだ。現実に持ち出したらダメなやつだ。


 ビアンカ・バルボアという人格は地元の大人たちの影響をごちゃ混ぜに受け取って形成されていて、そういう自分の雑種性を彼女はとても誇りに思っている。

 だからだろうか、ビアンカは他者からの影響を易々と受け入れる。

 というか、しばしば自分から積極的に真似しにいく。


 ウィリアムの獰猛なシンデレラは、良くも悪くも素直すぎる女の子なのだ。


「ん? ウィル、どうした?」

「いや……どうしたものかと悩んでるとこ」


 さて、ウィリアムの内部にて、いましも一つの葛藤が渦巻いていた。

 ビアンカのこの言葉遣いに否を唱えるのは、紳士として正しいのか?


 ウィリアムの感覚からすれば、ネットミームを現実に持ち出すのはあまりみっともよいことではない。

 が、しかし、自分の価値観に合わないからと言って人の話し方を矯正しようとするのは、それはなんだか傲慢なことだ。

 それにビアンカがクラスに馴染みはじめているのは、それは素直に喜ばしい。


「でもこのまま放っておいたらビアンカはどこかでいらない恥をかきかねないわけで、それを看過するのはそれもまた非紳士的であるといえるのでは? 紳士百箇条第五十三条『義を見てせざるは紳士でない』……いやだけど、しかし……」

「……お、おい? だいじょぶか?」


 ビアンカが心配して声をかけるも、紳士回路がショート寸前のウィリアムには届かない。そのままブツブツと呟きながら思考の輪をフル回転させ続ける。


「……というか恥といえば、なんだかもやもやとやり場のない恥ずかしさが僕の胸にあるぞ。これは、もしや共感性羞恥というやつでは? しかもこの羞恥心、真似っこしてるビアンカじゃなく、真似されてる側から流れ込んできてるような……

 自分たちだけの喋り方を第三者に悪気無く物真似されて、件のコンビはどう感じてるんだろう……」


 と、ウィリアムがいままさに自分の中の羞恥の共鳴シンパシーに気づきかけた、その時。


「ま、悩みがあんならいつでも相談しろよな! 親愛なる友よ(オールドスポート)!」

「うわあああああああああ! やめてくれえええええええええ!」



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[一言] ウィリアム…強く生きろよ…
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