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翌日の朝。海老名と新田は2人だけでブースに座り、昨日のそれぞれの「会議」について報告し合った。新田の班は池袋駅近くにある貸会議室で、飲食もない生真面目な会議に終始したそうだ。
「そんなことしたら却って目立たないか? これから池袋北署の刑事が、鈴木彩が死んだ事件について堂々と捜査会議始めまーす、興味のある方は壁に耳を当てて、じっくりと盗み聞きしてくださーい、って言ってるようなもんだぞ」と海老名が二日酔いのまま言う。
「エビちゃんみたいなやり方も、どうかな?と思うんだけど」と新田が言った。海老名と対照的に元気はつらつ。「お酒が入ったら会議にならないでしょ」
「そんなことないさ。俺は酒飲んでても大丈夫だし。むしろ他の奴らが酒も飲まずに話をするもんだから、みんなしっかりしてるよな。ブーだけは別だけど。予想通りあいつ、最後はグデングデンになっちまった。やっぱり俺もやり方変えようかな?」
2人はとりあえず、どの刑事に何を聞きこませるかを話し合った。
「うん、私もそれで異存はない。でもチストフとストーンは本当に大丈夫なのね?」新田が心配そうに言う。
「問題ない。白人に関しては、ミハイル・タルコフスキーで決まりと見ていいと思う。ただうかつには近づけない」
「日本人か中国人に関しては、合計5人か……その中でも特に怪しいのは?」
「さあ……まだ特定できない。意外とこの5人以外にも、まだ容疑者がいるのかもしれないし。いずれにしろこの5人に関しては、当分は遠回しに様子見……ん?」
海老名の目に警戒の色が混ざった。2人が座っている席の遠くの方で、人影が現れたからだ。3人いる。河北署長に立川課長、もう1人は本庁の刑事。3人は適当なブースに座って何やら話を始めたようだ。離れた場所で、海老名と新田が話し込んでいることには気が付いていない模様だが……
「あの人、上野って刑事よね。本庁の」新田が声を落として言った。
「ああ、何しに来たんだか。あの事件の捜査は終わった、って自分で言ってるのに。嫌な予感がするぞ」海老名も声をひそめながら言う。「丸出のおっさんを最初に連れてきたのも、そもそもあいつだからな。絶対何かよからぬことを企んでるぞ」
「私たちが極秘で捜査を続けてるかもしれないことを、偵察するため?」
「だろうな。あいつは要警戒だ。街中でも俺たちを尾行してくる可能性がある」
「やりにくいな。どうしてそこまで私たちの邪魔をするんだろう?」
「それだけ、この事件に圧力をかけてきた奴が大物だということなのかもしれん。この調子だと……」
「おや、エビちゃん、おばさん、こんな所で何をコソコソ話し込んでるんです?」
丸出為夫が隣のパーテーションから突然顔を出して、海老名たちに声をかけた。
海老名と新田が椅子から転げ落ちそうになるほど驚いたのは、言うまでもない。
「な、何やってんだ、おっさん、こんな所で」海老名が、目が飛び出しそうなぐらい仰天しながら言った。「まさか俺たちの会話を盗み聞きしてたんじゃないだろうな?」
「盗み聞きだなんて人聞きの悪い。何だかボソボソと声が小さくて、聞き取りにくかったですよ。何の話をしてたんです?」
「おじさんには関係ないでしょ」新田が言った。
「そうだよ。あんたには関係ねぇ。どうせもう終わったから退散退散。付いて来るなよ」と海老名は言いながら席を立ち始めた。
丸出もあの事件と関わりがあるんじゃないのか? 海老名は二日酔いのせいもあって、気分がひざ下まで床に沈みそうになりながら思った。何と言っても和戸尊の友達だからな。あいつも容疑者の1人に加えていいかもしれない。これでますます和戸尊は、殺人犯の第1候補として決定だ。