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その翌朝、予想通りの重い二日酔いと、身体の奥深くにまで入り込んだ鬱屈とした怒りを抱えたまま、海老名は署に出かけ、自分の席に着いた。こうなったら自分1人だけでも捜査を続けてやる。そんな誓いを頭の亀裂の間に挟んだまま。
捜査1係の刑事たちも、昨日のような大騒ぎとは打って変わって、みんな妙に静か。だがよく見てみると、みんな海老名と同じような二日酔いと、克服できようのない鬱屈とした怒りに苦しんでいるようだ。
「ああ……久々に飲み過ぎた。でもこんなことありえないですよ。あと何日泣き寝入りをすれば、怒りが収まるんでしょうね?」と大森が独り言をつぶやけば、
「王子様……私の妄想の中の王子様、私に力をください。上の奴らをギャフンと言わせるような強い力を……」と新田も、うわ言をつぶやいている。
「うー、俺は刑事なのか、管理職なのか。板挟みとは、こういうことをいうのか? このままじゃ、ますます俺の……」と藤沢係長までが、この始末。
そうやって捜査1係全体が重い精神的苦痛に苛まれ、床を突き破って階下にまで落下しそうなほどまでに落ち込んでいる。
そこへ刑事課長代理の戸塚警部がやって来た。はげ上がった頭は相変わらず輝いているものの、その輝き方もいつになく光線量が乏しい。
「フジ、ちょっといいかな?」戸塚は藤沢係長に話しかけた。「話がある……ついでにエビと新田ちゃんも、ちょっと来てくれないか?」
戸塚警部、藤沢係長、海老名、新田の4人は、パーテーションで仕切られた小さな席に座った。一度全員で座った後、戸塚警部だけが立ち上がって、パーテーション越しに周りを見ながら、「よし、他に誰もいないな」とつぶやいて、再び着席。
「どうだ、みんな。一晩たって昨日のことも落ち着いたか?」戸塚は言った。
「落ち着くわけないじゃないですか」新田が額を片手で押さえながら言う。「こっちまでエビちゃんの二日酔いが感染っちゃったんですから。あの馬鹿署長と馬鹿本庁……もう現実と妄想の区別がつきませんよ」
「現実と妄想の区別がつかないのは、いつものことでしょうが」海老名も気だるそうに言い返す。「二日酔いになったのも、俺のせいじゃないからな。昨日のことを引きずってるのは、俺や新田さんだけじゃない。みんなそうだよ。引きずってないのはフジさんだけじゃないんですか?」
「何だとエビ、まだ俺に喧嘩を売るつもりか?」藤沢係長が今までにないほど苦り切った表情で言い返す。「俺だって管理職になったとはいえ、まだ刑事であることには変わらんよ。管理職じゃなかったら、上が何と言おうと1人だけでも捜査を続けてやる」
「みんなの気持ちはよくわかった。俺も同じだよ」戸塚が言う。「だが上からの命令である以上、堂々と捜査を続けるわけにはいかん。堂々と続けるわけにはいかんが、あれはどうあがいても他殺としか言いようがない。しかも猟奇的な殺人だ。他の署の管内でならともかく、我が池袋北署の管内であのような事件が起きたからには、このまま泣き寝入りを決め込むことは絶対に許せんよ。我々の名誉に関わる問題でもあるし、ここの管内の住人たちも安心できない。上からどんな圧力が加わったのか知らんが、猟奇殺人犯がこの管内でのうのうと暮らしていて、もし次の餌食を狙ってるとしたら、このまま見過ごすわけにはいかん。事件の背景はともかく、殺人の実行犯だけは何としてでも捕まえたい」
「なら、どうするつもりなんですか?」
と係長が聞くと、戸塚は大きく深呼吸をした後、思いつめたような表情で、
「我々だけで捜査を続ける」
他の3人の表情に、戸惑いとともに一筋の希望の光が差し込めた。
「捜査を続けるって……どうやって続けるんです?」
係長が質問すると、戸塚は、
「俺の計画は次の通りだ。まず、この捜査は極秘でなされねばならん。あくまでもお前ら1係だけの極秘捜査だ。他の者には絶対知られるな。特に署長や本庁の奴らには少しでも気取られてはいけない。会議を開きたい場合でも、大会議室はもちろん、小会議室も使用禁止だ。この席なら4人まで使えるが、常に誰か盗み聞きしてないか、細心の注意を払え。大き目の会議を開きたい時は外でやれ。それも勤務時間外にな。この事件に関する話をする時には大声を出さずに、常に周りを気にしてくれ。それから……1係を2つの班に分けるとするか。エビの班と新田ちゃんの班とで。ただし班ごとに縄張りは作らず、重要な情報はみんなで共有すること。それでエビと新田ちゃんは、常にフジと仕入れた情報を交換し合え。ただしフジは係長という立場上、真っ先に目を付けられやすい。勤務中は常にじっとしてろ。エビや新田ちゃんや俺と話をする時以外は、席を動くな。署長や本庁の奴らに気づかれそうになったら、ノラリクラリととぼけ通してくれ。そして1日に1度以上は、捜査の進展状況を俺に報告してくれないか? そんな感じだ。何かあったら、全責任は俺がとる。他に何か質問は?」
「その方針で異存はありませんが……」と係長。「警部はそれでよろしいのですか?」
「構わんよ。俺ももうすぐ定年だ。もうこれ以上、出世なんかできるわけないしな」
「でも鈴木彩は自殺ではなく、やはり殺されました、と言って捜査を続ければ、たとえ私たちが極秘にしていても、すぐ署長や本庁にばれますよ。その時はどうするんです?」と新田が質問した。
「鈴木夫妻は過去に空き巣の被害に遭ったことがある、って話だろ?」と戸塚が応える。「そのことで捜査を続けてる、と言い訳すればいい。容疑者が浮上してきたという口実で。もちろん本来は3係(盗犯捜査係)の仕事だが、外部の人間はそんな警察の組織の役割なんかに関心を持たないよ。それでいけばいい」
「これは、あくまで俺の勘なんですけど……」と海老名が言う。「おそらく関係者に、本庁と通じてる奴がいると思うんですよ。まだそいつが誰だかわかってませんが。いずれにしても本庁と通じてる奴の尻尾を知らずに踏んづけたら、本庁が必死になって我々の捜査を妨害するはずです。戸塚さんだって安泰な老後を保障できないかもしれない。今、『全責任は俺が取る』なんて、大見得を切ったじゃないですか。それでもいいんですか?」
「まあ、その時はその時だよ」戸塚が楽天的な口調で言った。「エビには大いに期待してるから。もし俺が年金をもらえなくなってホームレスにでもなったら、その時はエビも一緒だ。一緒に空き缶集めて、リサイクル業者の世話にでもなろうや」
「えー、そんなの勘弁してくださいよ。俺は俺自身の人生を、今すぐにでもリサイクルしたいのに……警官なんかに、ならなきゃよかったよ。と言っても、もう遅いけどさ。ま、戸塚さんがそこまで本気出すんなら、とことんまで付いて行くしかないでしょ」
「その通りだ、エビ。俺たちはやれるところまで、とことんやってやる。他の2人も、それでいいよな?」
というわけで、犯人のみならず、警視庁本庁までも煙に巻く極秘捜査は、幕を切って落とされた。
一度緩みかけていた緊張感を改めて引き締め直すため、4人はそれぞれ一旦自分の席に戻って、仕切り直し。1時間後に同じ場所の今度は違う席で、会議は再開された。豆粒ほどの小さな、それでいて中身の濃い、4人だけの捜査会議。
捜査1係の他の刑事たちには、全員に捜査の再開を伝えてある。ただし、あくまでも1人1人こっそりと。みんなの嬉しそうな表情といったら……季節外れの寒さが過ぎ去って、再び咲き始めた薔薇の花のようだった。
上の方で出した結論はともかく、被害者である鈴木彩は、間違いなく人為的に殺害された。彩の眼球をえぐり出したのも、やはり人為的。彩は殺害された直後、すぐに眼球をえぐり出されたのは確かであろう。犯人は2人いる。2人で殺害かつ死体損壊。いや、ひょっとしたら「夫」の鈴木純を含めて3人かもしれない。今のところ、そこまではわかっている。有力な目撃証言があるのだ。
事件当日の朝9時ごろ、2人の「女」が鈴木「夫婦」の自宅マンションの部屋に入り、その1時間後の10時ごろに部屋を出て行った。1人は日本人か中国人だったが、もう1人は間違いなく白人だったと言う。白い肌に高い鼻、ブロンドの長い髪に肥満体。瞳の色は不明だが、典型的な白人の目の形だったとか。年の頃は40~50代ぐらい。もう1人の日本人か中国人も同じぐらいの年齢で、背丈、体型、髪の長さや色もほぼ同じ。
目撃者は松本景子(82歳)という老婆。鈴木夫妻の住むマンションの、細い道を隔てて向かい側、古い雑居ビル兼マンションの3階に1人で住んでいる。若い頃は水商売をしていて、今は年金暮らし。日課といえば、南側に面した窓の外をただじっと眺めること。人通りの多い道ではないが、時々窓の外の道路を通り過ぎる人たちを見ながら、この人は今までどのような人生を歩んできたのか、を想像するのが何より楽しいらしい。天気のいい日は陽が差し込みやすいので、いい日向ぼっこになるとか。この老婆の証言によれば、
「あの2人、よくあの部屋を出入りしてますよ。どういう人たちかは存じませんが」
とのこと。他にも近所で複数の目撃証言もあるので、これは間違いのないことだろう。犯人の1人は白人……
「あの事件に外国人、もしくは外国出身者が関わってるんじゃないか、ってわかり出してしばらくしてから、本庁の刑事たち、急にやる気をなくし出したわよね」と新田が言う。
この事件に外国人が関わっているのではないか?……それは鈴木夫妻の経歴からも確かなことかもしれない。
殺害された鈴木彩が女に性転換する前の名前は、田島拳志郎。上智大学の法学部を卒業後、国家公務員1種試験を合格して経済産業省に入省。3年ほどカナダに滞在経験がある。夫の純も女だったころに、ワーキングホリデーでニュージーランドに滞在している。2人が経営していたパブ「ジギー・スターダスト」には、外国人の出入りも全く珍しくはなく、金髪碧眼の白人の常連客もよくいたとか。しかも鈴木夫妻は2人とも英語が堪能なので、白人客と英語で会話をしている場面も珍しくはなかった。
「捜査に圧力を加えてきたのは、どこかの国の大使館かもしれませんね」と海老名。「それも極秘裏で。相当やばい秘密が漏れ出したとみて、焦ってるんでしょう。だから元官僚の鈴木彩を殺害した。彩って本当は何者なのかな? 夫の純もそれを知ってるのかな? ま、純の場合はワーキングホリデー以外に、外国や中央省庁との接点はないですけどね」
殺害された後に眼球をえぐり出す。それは眼球に対して何らかの信念を持っている者の仕業ではないか?という意見では一致している。そのような信念を持った、ある組織の関係が浮上してきた。
それは「天国が見える教会」という名のキリスト教会。英語名は「The Church of Paradise Visions」。カリフォルニアで創設されたプロテスタント系の新興教団。日本では板橋区の大山に本部を構えて布教活動をしている。残念ながら大山は池袋北署の管轄外。日本での信者数は3千人ほど。この数には、この教会が主催した信者の葬式に列席した者が圧倒的多数を占めるはずなので、実際には信者などほとんどいないにも等しい。
この教会の特色は、信者の葬儀にある。牧師が聖書を朗読しながら、死者の両目の瞼を大きくこじ開けて、教会側で作成した「天国の絵」なるものを、死者の目に見せる儀式があるという。この儀式を行うことで、死者は確実に天国へと行けるとか。この教会側の説明によれば、生者はこの世で見た最後の光景を目に焼き付けながら、あの世へと行くらしい。故にもし最後に見た光景があまりにも悲惨なことであれば、天国へは行けず、地獄に落ちる可能性もあるとか。葬儀でこの奇妙な儀式を行うのも、そのためである。
「人間は視覚を中心に物事を考えます」と、この教会の牧師は説明する。「他にも聴覚、味覚など色々な感覚がありますが、最も重要なのは視覚です。つまり目に見える光景が一番大事なのです。あの儀式を行うことで、この世をさまよう死者の魂は一度自分の身体に戻ってきます。そしてあの絵を見せることで、確実に天国へと旅立って行けるというわけです」
鈴木夫妻は、別にこの「天国が見える教会」の信者ではないようだ。だいたいゲイやレズビアン、トランスジェンダーなど、いわゆるLGBTには無宗教者、というより神を信じない者が多いもの。ただし接点が全くないわけではない。とある信者の葬儀に、鈴木夫妻が参列していたのである。
その信者は町谷賢一(享年54歳)。池袋の繁華街でゲイバーを経営していた。半年ほど前、板橋区の東武東上線内の踏切で、電車に飛び込んで自殺。鬱病の気があったとか。天国が見える教会には死の数カ月前に入信。教会が主催した葬儀には鈴木夫妻を始め、多くの同性愛者が参列したという。店員の面倒見も良く、同性愛者たちに慕われていたらしい。
「俺、あの人には数回しか会ったことないけど、妻があの人のことを慕ってましてね。割と池袋辺りでは有名な人だったみたいなんです。とにかくいい人だ、神様なんて信じちゃいないけど、神様のような人だった、なんてよく言ってましたよ」と鈴木純は話していた。
鈴木夫妻周辺の人間関係、LGBT、鈴木夫妻が経営するパブの常連客、天国が見える教会、その教会が行なった町谷の葬儀の参列者、外国人、特に白人……それらを総合的に判断して、捜査が打ち切りになる直前までに、4人の容疑者が浮上した。
まずロシア人のウラジーミル・チストフ(47歳)。モスクワ郊外出身のニューハーフ。職業は翻訳家。現地の大学で日本文学を専攻したので、日本語はほぼ完璧。天国が見える教会の信者である。ジギー・スターダストの常連客の1人だが、事件の1カ月ほど前に店の中で大騒ぎをして、鈴木彩と言い争いをしていたとか。それ以来、店を出入り禁止になったという。
次にオーストラリア人のラモーナ・ストーン(51歳)。両親は純潔のヨーロッパ系白人で、女に性転換した元男。職業は英会話の講師。日本語も流暢。無宗教者だが、町谷の葬儀に参列したことがある。鈴木彩とも付き合いがあり、よく鈴木夫妻の自宅にも遊びに行っていたという。
中国人の許明(54歳)。遼寧省出身でゲイ。女装癖はあるものの、普段は男装。職業は漢方薬の調剤を専門とする薬剤師。天国が見える教会の信者。鈴木彩とは割と付き合いも多く、許明が処方する漢方薬の顧客でもあるとか。日本語も堪能。
最後に日本人の桜田剛(41歳)。バイセクシャルで男性も女性も愛せる。女装癖が特にあるわけではないが、男だか女だかわからないような風貌。職業は腹話術師。鈴木彩が女に性転換する前の元恋人で、恋人関係が終わった後も友達であるとか。イギリスへの留学経験、大手商社のシンガポール支社での勤務経験もあるので、英語も流暢。無宗教。
「犯人は、この4人のうちの2人か……」と藤沢係長。
「いや、他にも怪しい奴がいますね」と海老名。「少なくともこの外国人3人はシロかもしれない、という気もするんですよ。まずロシア人のチストフと中国人の許明。この2人、日本語はペラペラだけど、英語はほとんど話せないらしいですからね。共通点はホモであることと、あの気味の悪い教会の信者というぐらいで、例の店でも英語の話せる奴とはいつも違う席で飲んでたらしいし。だいたい誰かと話す時も日本語か、チストフなら同じロシア人の仲間、許明なら中国人の仲間と、それぞれ母国語で会話してたらしいですから。2人とも鈴木彩とは個人的に接点はあるけど、どうも他の共通点に乏しい」
「でもロシア人や中国人がプロテスタント系のキリスト教会の信者だっていうのは、ちょっと怪しいんじゃない?」と新田。「ロシア人なら普通はロシア正教、中国人なら道教か仏教? チストフも許明も、あの教会の割と熱心な信者なわけでしょ? 鈴木彩は信者じゃなかったらしいけど、ひょっとして実は隠れ信者で、その信仰のことで色々と意見が対立してたとか、という話もあるじゃん」
「俺はそれはどうかな?と思うね。だいたいロシアなんて、つい30年前まで共産主義国だ。中国なんか今でもそうだろ? 神なんかいない、宗教は阿片だ、と教えられてきたから、そもそも宗教そのものを知らずに育ってきたわけでさ。日本で地獄の見える教会……だか何だかの布教活動で宗教なるものを知ったとたん、コロっと信者になった。別におかしな点はないと思うよ。教会側としては、良質な鴨が葱背負ってやって来たもんだから、その晩の鴨葱鍋はさぞ美味かっただろうさ。鈴木彩が隠れ信者だったって話も、ニューハーフの1人が明らかに邪推でそう言ってただけだし、信憑性には乏しいね」
「でも犯人は明らかに信者なわけよね? 目玉をえぐり出したのも、あの教会の教義を信じてたからじゃないかと思う」
「それと、犯行現場を俺たちに見られないようにね。目玉には死ぬ時の光景が目に焼き付いたままなんだって? おそらく遺体を回収されて解剖したら、目玉に犯人の姿が映ってたとか。そんな非科学的なことでも、信者にとっては重要なことなんだろ。だから、あんな猟奇的なことをしたんじゃないの?」
「エビ、外国人3人はみんなシロだと言ってたけど、もう1人のオーストラリア人もシロの可能性があるってことか?」
と係長が海老名に質問した。
「ラモーナ・アリス・ストーンのことですか? ラモーナ・A・ストーン。どっかで聞いたことのある名前だなって思ってたら、デヴィッド・ボウイの曲に出て来る猟奇殺人鬼のことですよ。女になる前はレイモンド・アーノルド・ストーンって名前だったらしいけど、名前も似てるし、デヴィッド・ボウイが好きだったから、ラモーナ・A・ストーンに改名したとか言ってる奴です。はっきり言って、ただの間抜け野郎じゃないかと思うんですけどね。いかにも私は猟奇殺人鬼で、鈴木彩を殺したのも私ですよ、って言ってるようなもんですよ。ま、まだわからないですけどね」
「なるほど。ということは、確実にクロなのは日本人の桜田だけか」
「それもどうかな?と思うんですよ。目撃者の証言では、あの日、鈴木夫妻の部屋に入った女……というか、女装した男というか、そいつら2人ともデブで丸顔だったらしいですからね。でもあの男だか女だかわからないような腹話術師、ガリガリに痩せてますから。骨と皮だけ。筋肉とかもないんじゃないか、というぐらい肉が付いてないし。ある日突然、皮かぶったままバラバラって骨が崩れるんじゃないんですか? アンパンマンに出て来るホラーマンみたいに。ま、服を何枚も重ね着すれば、体格はわからないですけど」
「ならエビは、4人とも犯人じゃない可能性があると考えてるわけか。他に怪しいのがいるかな?」
「俺の考えでは、まず自称ロシア人のミハイル・タルコフスキーも怪しいと思いますね。『惑星ソラリス』って映画の監督と同じ苗字の奴です。あの教会の牧師だし、ロシア語話せないという証言もありますから。あと日本人で、同じくあの教会の牧師の白幡茂男。こいつは小学生の少年に性的いたずらをして訴えられたことがある、って話ですからね。それから精神科医の和戸尊、こいつは間違いなくクロだと思ってるんですけど」
「和戸尊って、あの丸出為夫と住んでるとかって人?」と新田。
「いや、そいつと丸出が一緒に住んでるんじゃなくて、あの医者が経営するクリニックの中に丸出が住んでるの。その和戸は家族と別の場所に住んでる」
「でも和戸って、奥さんと子供がいるんでしょ? 鈴木夫妻の自宅には行ったことがないとか言ってるし。どこが怪しいの?」
「だって丸出と友達なんだぜ。それだけでも充分に怪しくないか? しかも鈴木彩の主治医で、ジギー・スターダストの常連客で、おまけに町谷の葬式にまで出てる。丸出は本庁とつながってるし。和戸が犯人じゃないとしても、絶対に重要な手掛かりを握ってるはずだ。丸出と一緒に一網打尽にしたいね」
「そうか、我々の考える容疑者は合計7人。このうちの誰かが、捜査を打ち切りにさせるほどの強い力を持ってるわけか」と戸塚警部。「この7人をなるべく避けて、聞き込みをできないもんかな」
「それは絶対に無理だと思いますよ。力を持ってる奴が、必ずしも犯人とは限りませんからね」と海老名。「無関係な人間だと思って聞き込んだら、そいつが力を持ってる張本人、なんて可能性もある。いずれにしろ空き巣被害を口実に極秘で捜査を続けても、いずれは本庁に感づかれますよ。どこに爆弾が仕掛けてあるか、わかったもんじゃない。戸塚さんもフジさんも、もし上からクレームが来たら、その時はよろしく」




