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 数日後、海老名の嫌な予感は的中した。とんでもない情報が飛び込んで来たのだ。

 拘置所内の独房で、桜田剛が首を吊って自殺したのである。

 かくして事件は闇に葬り去られた。真実は踏みにじられた。

 鈴木彩は自殺。眼球は猫にえぐり取られた。それ以上の発表はないまま、世間の関心は廃墟のように風化していくだけでしかなくなってしまった。

 ミハイル・タルコフスキーは姿を消したまま。桜田の「自殺」も、海老名たち以外に誰も知らない。

 池袋北署の捜査は無駄に終わった。

 「そういうことだったのか!」海老名は怒り狂いながら叫んだ。「嫌な予感がすると思ってたら……こんな終わり方はひどすぎる!」

 「本当に桜田は自殺したんでしょうか?」大森が呆然としながら言う。

 「殺されたんだよ! 検察に! みんなグルだったんだ!」海老名が自分の机を拳固げんこで叩きつける。「ここで尋問してる間は、取調室でも留置場でも自殺する気配は全くなかった! あれは自殺と見せかけて殺されたに決まってる!」

 「私たちの努力は、いったい何だったの?」新田が落胆しながら言う。

 藤沢係長も苦虫を嚙みつぶしたような表情で悔しがっている。戸塚警部も項垂うなだれている。高木や東田といった若い刑事たちも、みんな意気消沈としている。

 「我々に圧力をかけてきたのは、結局誰だったんでしょうね? そんなに大きな力だったとは……」三橋が表情を変えずに言った。「虚しいもんですよ、この世の中なんて」

 「おい、三橋、こんな時に悟りきったようなことを言うな!」

 海老名が急に立ち上がった。今にも三橋に殴りかかろうとするかの勢い。だが、すぐに踏みとどまって、

 「ああ、ムシャクシャする! この怒りを、どこにぶつければいいんだ? これがもし小説の世界で俺が編集者なら、1発でボツだ! こんな結末があるか! くそ!」

 海老名は自分の席の回転椅子を、力任せに蹴飛ばそうとした。だが当ては外れて、足は椅子を空振りし、履いていた革靴だけが脱げてしまい、宙を舞う。

 そこへ丸出為夫まるいでためおがそばを通りかかった。海老名の脱げた革靴が丸出のかぶっていたベレー帽をかすめ、そのベレー帽まで宙を舞ってしまう。丸出のはげた後頭部があらわになる。

 「な、何をするんですか、エビちゃん」丸出が自分のベレー帽を追いかけながら言った。「何を怒ってるんだか知りませんが、落ち着いたらどうですかな?」

 「うるせぇ! この野郎!」海老名の怒りは止まらない。「おまえにも頭にくる! もう二度とうちの署に来るな! さっさと出て行け!」

 「酒気帯び運転……」とつぶやきながらも、海老名の怒り方が尋常ではないのを見て、さすがの丸出も空気を読んだのか、自分のベレー帽をかぶり直しながら、逃げるように退散して行った。

 もうすぐ6月。外は梅雨の先走りと言ってもいいような、陰鬱な雨が降っている。池袋北署の刑事たちの、懸命な捜査結果を全て洗い流すかのように。

 結局、警察に圧力をかけて真実を歪めてしまったのは誰だったのか? ミハイル・タルコフスキー、桜田剛、そして鈴木彩とは誰だったのか? なぜ彩と桜田は消されねばならなかったのか? そしてタルコフスキーは今、どこにいるのか?

 もし例の教会の教義が正しいのなら、全てを知っているのは、鈴木彩のえぐり出された眼球だけなのかもしれない。彩は最後に何を見ていたのか? その眼球には、どのような光景が映し出されていたのか?

 全てをかき消すように降る雨は、何も教えてくれない。


 (次回に続く)


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