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 夕方。海老名たちの班による飲み屋での捜査会議も、今日で3回目。

 会議を始めたのはいいが、まだ2名来ていない。三橋と東田萌愛(もあい)。この2人が爆弾のようなとんでもない新情報を後で持ってくることは、海老名は既に電話で聞いている。詳細はまだ不明だが。

 「まだみんなそろってなくて、ちょっと寂しいけど始めるとするか、それ、乾杯!」

 海老名が音頭を取った。海老名は店内全体がよく見渡せるように、席の奥に陣取っている。今のところ怪しい客はいない。

 まずは、その場にいる刑事たちの本日の聞き込み結果について。目新しい情報は特になし。

 次に昼間、新田が二宮から入手した沼影太郎のコカインの顧客と、和戸尊の自宅を海老名と新田が訪問したことについての結果報告。二宮のボツになった報告書のコピーをみんなに回し読みさせながら、会議は続く。

 「この報告書すごいですねこれで白人の犯人はミハイルタルコフスキーで決定ですよもう1人の犯人は許明か桜田剛かまだわかんなくてそれから鈴木純と白幡茂男が……」土屋が相変わらずの早口でまくし立てる。

 つまり鈴木彩を殺害したのは、1人はミハイル・タルコフスキーで間違いなし。もう1人は許明か桜田剛のどちらか1人。さらに夫の純が殺害に関わっているか否か。そして白幡茂男は実行犯ではないにしても、事件にどう関わっているのか……それが問題だった。

 「やっぱり和戸尊はシロで間違いないっすね」高木が焼き鳥を頬張りながら言う。

 「ま、少なくとも殺害に直接手を染めてはいないだろう、という点だけだがな」と海老名は言った。「だが相変わらず怪しい奴だ。今日あいつの自宅へ行って、四六時中冷や汗が止まらなかったよ。とぼける演技だけで精一杯だった」

 「白幡茂男はどうっすか? 目撃証言とは明らかに違ってますが」

 「うん、まずはあいつの素性を、もっとよく調べてからだ。和戸の言ってることが正しければ、白幡が直接手を染めた可能性も充分にある。奴にもまだ当分近寄れないな」

 そこへ三橋が店の中へ駈け込んで来た。

 「よ、三橋、待ってたぞ。あいつはいったい誰なんだ?」海老名が陽気に言った。

 「あいつって誰ですか?」と土屋。

 「ほら、さっきちょっと話しただろ。タルコフスキーのことだよ。三橋、どうだった?」

 三橋は、今日はミハイル・タルコフスキーと思われる人物の画像を持って、色々と回ってみたのだが、今まで海老名たちがタルコフスキーだと思っていた人物、実はタルコフスキーではないことが判明したのだ。

 「この画像を見せて回ってみたんですが……」そう言いながら三橋は、自分のスマートフォンに収めてある白人の画像を、みんなに見せた。今まで、みんながタルコフスキーだと思っていた人物だ。「これを見せたら、こいつはタルコフスキーじゃないって口をそろえて言うんですよ。それで例の教会周辺で、タルコフスキーに関する聞き込みをしてる大森さんに電話したら、やはり大森さんも同じことを言ってまして。こいつの名はジェニファー・マッキントッシュというらしくて、やはり例の教会の牧師でした」

 「で、本物のタルコフスキーってどんな顔してるんだ?」と海老名。

 「とあるニューハーフの方から画像を提供されました。こんな顔です」と言って、三橋はスマホの画面をスクロールさせた。

 そこに写っているのは長髪で肥満体、性別不明の中年白人。

 「んー、どっちとも、よく似てる面だな。俺ら日本人には区別もつかないや」海老名がビールを飲みながらつぶやく。「そのマッキントッシュだかマイクロソフトだかって奴も、ニューハーフか何かなのか?」

 「詳細はまだ不明です」と三橋。「ただタルコフスキーの素性については、かなりよく通じているのではないかと思われます。今から聞き込みを続けますか?」

 「いや、明日になってからでいい。大森にもそう伝えとけ。ところで本物のタルコフスキーは今どこにいるんだろうな?」

 「今のところは、まだわかりません。いっそのこと、あの教会の内部に踏み込んでみますか?」

 「うーん、それはまだ危険かもしれない。あの教会自体が、圧力をかけた奴らとつながってる可能性がある。まだ容疑者たちに正面切って聞き込みできる状態じゃないな。とにかく明日はマッキントッシュに関する情報集めだ。それもマッキントッシュやタルコフスキーに接するのを直接避けてな。それにしても困ったもんだ。ただでさえやりにくい極秘捜査なのに、ここで一気に全てが引っ繰り返されるようなことが起こるなんて……時間がないんだよ。いつ上の奴らが力づくで妨害してくるかもしれないのに。容疑者たちもどこかへ逃げる可能性がある。特にタルコフスキーな。ひょっとしたら本物のタルコフスキーは、すでに惑星ソラリスだかどこかへ逃げてしまってるかも」

 そこへ東田も店の中に入り込んできた。

 「どうだった、モアイ。あの婆さん、今度は本当のことを話したか?」海老名が言う。

 「本当のことというか……ただの記憶違いだったそうです」東田は相変わらずモアイ像のような顔で、鼻息を荒くしながら言った。「ただ今度は絶対に間違いないと言ってました」

 犯行時刻と思われる時間帯に、鈴木夫妻の住む自宅マンションのすぐ近くで、独り寂しく窓の外を眺めていた松本景子。犯人と思われる2人の人物が出入りするのを見た、と貴重な目撃証言をしていたが、高齢ということもあり、念のためにもう一度確認しに行こうと言うことになった。東田が松本の自宅を訪れて再確認を行なったところ、松本は事実とは異なる証言をしていたことを告白したのだ。

 「あの時は、あの間にちょっとした事件が起こりましてね。あまりにも怖くて記憶がこんがらがったんですよ。今から考えてみたら……私、嘘をついてたんじゃないですよ。本当です」と松本は改めて話し始めた。

 犯行時刻と思われる朝9時ごろに犯人と思われる2人組が鈴木夫妻の部屋に入り、1時間後の10時ごろに部屋を出たという証言には、間違いがないと言う。1人はいつもと同じ白人だったことも間違いはない。ただもう1人の東洋人は、いつもと違う人物だったとか。体格はやせていて、明らかに顔立ちが違うと言う。細長い顔立ちだった。髪型も金髪ではあるが短く、女だか男だかわからない、とか。事件が起きる前によく鈴木夫妻の部屋を出入りする東洋人は、丸顔で肥満体、長い金髪。

 「細長い顔ね……じゃあ、少なくとも許明は除外か? あいつの顔、まん丸だし。しかもデブだし。英語も話せないんじゃ、タルコフスキーともそれほど親しくはないはずだ」海老名がビールを手酌てじゃくでコップに注ぎ足しながら言う。

 「もう1度改めて容疑者の画像を何枚か見せました」と東田。「候補に挙がったのが桜田剛と白幡茂男です」

 「白幡か……確かにあいつの顔は細長いな。やせてるし。黒髪ではあるけど、金髪のヅラかぶってた可能性もある。それより問題は桜田か。短い髪を金色に染めてるけど、あいつの顔は丸いというのか細長いというのか、よくわからない顔立ちだよな。ま、元から容疑者の候補だから、当たらずとも遠からず。どっちみち、東洋人の方は別人ということか」

 「モアイさん、その2人組が出入りしてる間に『ちょっとした事件』が起きた、って言ったよね」高木が、今夜で何本目になるのかわからない焼き鳥にかぶりつきながら、そう言った。「しかも記憶がこんがらがるほど怖い事件。どんな事件だったの?」

 「それが……」東田がためらいながら言う。「こういう飲食の場で話をするのが適切なのかどうか……すごく馬鹿馬鹿しいことなんですけど……」


 その事件は、犯人と思われる2人組が鈴木夫妻の部屋に入って30分後、再び2人組が部屋から出て来る30分前に起きた。つまり朝9時30分ごろ。

 1人の男が腹に手を当て、青白い顔をしながら歩いて来た。年齢は50代ぐらい。トレンチコートを着てベレー帽をかぶり、パイプ煙草を口にくわえて……


 「おい、ちょっと待て!」海老名が突然口を挟んだ。「そういう恰好する奴といったら、丸出為夫まるいでためおしかいないだろうが!」

 「丸出の奴、あの時どうしてたの?」と高木。

 東田は話を続ける。


 丸出と思われる男は、気分の悪そうな表情で歩いていたが、鈴木夫妻が住むマンションの前で突然立ち止まり、周りをキョロキョロ見渡し始めた。他に通行人はいない。

 するといきなり電柱の陰に隠れて、ズボンと下着を下ろし出し、トレンチコートをまくり上げながらしゃがみ込んだかと思うと、豪快に下痢便を尻の穴から噴射し始めた。

 事が終わると、ちり紙で尻の穴を何度か拭いてから、晴れやかな表情で立ち上がり、膝まで下げていたズボンと下着をずり上げながら、また辺りをキョロキョロと見回す。

 その時、窓からその様子を見ていた松本と目が合った。

 「おい、ババア!」丸出は、全てを見届けていた松本に向かって叫んだ。「今、私のしてたことを見ましたな?」

 松本は必死の表情で首を横に振った。

 「嘘おっしゃい! 見てましたでしょう? このことは絶対に誰にも内緒ですぞ! もし誰かに話したら警察を呼んで逮捕しますからな! 私は警察に顔が利くんですぞ! 誰もが名実ともに認める名探偵ですからな!」


 「……松本さん、その時の丸出の表情があまりにも怖くて、しかも内緒だ、逮捕する、なんて脅されたもんだから、その時のことがトラウマになっていたそうです。しかもその後、向かいのマンションで殺人事件が発生して、刑事も自宅を訪れたことで気が動転したらしいんですよ。だから初めは違う目撃証言を話してしまったとか……」

 と東田は、ため息を鼻から強く噴き出しながら話を締めくくった。

 「あーあ、そんな汚い話されたら、すっかり食欲なくなっちまったよ」と言いながら、高木はレバーの焼き鳥を食べ続けている。

 「そういえばあの日、現場の入口の前の電柱に大きな糞がありましたよね?」と三橋。

 「ああ、ちり紙も一緒にな」と海老名。「ありゃ犬の糞じゃない、またどこかの中国人が野グソしたんだろうって思ってたけど……まさか、あの丸出だったとは。どこまでも見下げ果てた奴。あいつもついでに逮捕してやろうか?」


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