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57:Lucus a non lucendo.

 「……どうしたの、ロイル?そんな顔して」

 「んー……リィナか」


 ロイルはぼーっとしていた。美味い飯を食っているというのに、何の味もしない。いつもみたいにそれを褒めることも出来ない。それがいけないことだと解っていても、何の味もしないのだ。心ここにあらずといった表情。それをリィナに咎められた。しかし妙な感覚は消えない。

 第一島に戻ってきてからずっとこうだ。あまりに何も手に付かないので、兄貴にも呆れられている。あの兄貴がしばらく暇をくれるなんて……余程今の俺は使えないのだろう。でもそれは、これから始まる戦いのためだ。そこで俺がいつも通り、いつも以上に戦えるよう、身体を休めておけと言うことらしい。

 これからとても楽しいことが起きる。レスタ兄はその機会を俺にくれた。ずっとそれを俺は待ち望んでいた。いたはずだ。

 あの男との本気の戦いは、きっとこの違和感をぬぐい去ってくれるだろう。それが終われば俺はまた、何時も通り……戦うのが楽しいと思えるはず。


(でも……)


 これまでは別に何とも思わなかったのに。

 あいつはそれなりに強かった。なのに全然楽しくないのだ。2年前やり合った時は、もっと心が躍ったのに。どうして俺は……こんなに苦しい中で戦っているのだろう?昔は剣を振るうだけで楽しかった。嫌なことを何もかも忘れられた。何かを壊すことは、本当に気が晴れた。すっきりした。それがどうして?今は壊せば壊すほど、俺の内に何かが溜め込まれていくようで、心が身体が重くなる。


 「蒼薔薇君のこと……まだ、気に病んでいるの?あれはロイルの所為じゃないわ」

 「そうじゃねぇ。そうじゃねぇんだ」


 あの時、トーラが泣いていた。俺の異母妹が。

 出会ってから一度も俺を責めることはなかった。俺をきょうだいとして呼ぶこともなかった。俺の死を望んだりもしなかった。そんな彼女が俺を初めて責める視線を向けた。

 蒼薔薇の顔に浮かぶ未練。トーラを守りきれない自分の弱さへの後悔、それから対峙した俺への未練。その顔が問いかける。俺にどうしてと聞いてくる。

 そんなこと言われても俺は……俺だって、俺にだって守りたいものがある。動けないんだ。息が出来ないんだ。苦しいんだ。それでもここ以外、居場所がないんだ。

 どんなに悔やんでも、離れられない相手がいる。結局戻ってきてしまう。見えない鎖に繋がれている。いっそこのままこの首が絞まってしまえばどんなにいいか。


 「……わり、ちょっと疲れた。昼寝してくる」

 「……そう。いつ頃起こせばいい?」

 「……すげぇ眠い。しばらくぐうたらさせてくれ」

 「…………解ったわ」



 *


 「何よあんたら、変な顔して。……アスカ?あんた顔色悪いわよ」


 こんな夜遅くに突然帰った俺達を、出迎えるディジットは、わけがわからないと言わんばかりに首を傾げる。彼女は気の抜けるような何時も通りで俺の前に現れた。


 「ちょ、どうしたのよ?」


 ロセッタの後を追いかけて、扉を潜ってこの様だ。迷い鳥の平穏そのものがこんなに恨めしく思えるなんて。

 俺はもうここまでどうやって歩いて来たのかさえ解らなくなる。膝に力が入らない。大地に膝をついたらもう立ち上がれない。顔さえ上げられない。年下の、女の前だというのに俺は嗚咽を止められないのだ。

 喜ぶべきだろう。あいつが何より守りたかったものがここにはまだある。それでも俺の関心はここになど欠片もないのだ。扉を潜る前まではあいつの願いが俺の願いだと、そう思ったからこそここへ来た。それなのに、今はとてもじゃないがそう思えない。


 「くそっ……」

 「ちょっと、アスカ?」


 地面を蹴ったのは怒りの力。迷い鳥を背に俺は駆け出す。


 「モニカっ!」


 返事はない。それでも風の精霊は返事をする時間を無駄だと捉えてくれたのだ。俺の意思を尊重すべくすぐさま数式を展開。風を紡いで俺の移動速度を上げてくれた。

 そうだ。モニカさえいれば、一キロ圏内にさえ入ればあいつを見つけられるんだ。


(待ってろリフル……俺が絶対、助けてやるから)


 *


 泣き崩れたかと思ったら、すぐにそれを拭って走り出したあの馬鹿男。それを半ば放心したように見つめるディジット。我に返った彼女は彼を追うべきか逡巡、そしてすぐにそれが追いつけない速度であることを知り肩を落とした。それに私は気にするなと伝えてあげる。


 「放っておきなさいよ。どうせすぐ戻ってくるわ。手がかりなんて見つけられるはずないんだもの。精霊持ちとはいえあいつは唯の人間だから、どうしようもないことは幾らでもあるわ」


 それでどうにかなったなら、それはそれでマイナスにはならないから別に良い。あいつのことはアスカに任せる。


 「本当……馬鹿ばっかり」


 格好付けて誰かのためとかあいつのためとかそういうことばっかり言っている。だから追い詰められるまで何も見えないのだ。

 そういう才能は稀だ。死の間際までそれを貫ける人間は早々居ない。だからそういう才能がない奴はそんなこと出来るはずがないんだから、自分のために精々足掻くしかない。私が世界のためとか言ってやっていることも、結局の所自分のためでしかない。私がこの腐った世の中を見ていられない。だからやるのだ。


 「ディジットって言ったわね。あんたもカードなんだから何時までもそんな一般人オーラ出されてても困るんだけど?」

 「……」


 相手が怪我人とはいえカードはカード。そして中堅くらいのナンバーなのだから、何もしないで居て貰うって言うのは困る。


 「勿論これまで人殺しをしたことがない人間が何処まで戦えるかはわからないわ。でもお荷物は困るのよ、私もあいつも……リフルにとっても」

 「リフル……?」


 そこで彼女は気付いた。ここにあいつがいないこと。


 「リフル……あの子はどうしたの!?あんた達あの子を探しに行ったんじゃ……!?」

 「そのことについてはこれから話すわ。とりあえずカードの連中探してくる。あんたも見つけ次第会議室にメンバー集めて」


 そう伝えて、それから私は言い忘れたことを彼女に伝える。


 「私と貴女は殆ど無関係の人間かも知れない。それでもあんたはリフル達には世話になってるんでしょ?今あいつは本当に危険な状況にある。それだけは分かっていて欲しい。その上で自分が何をすべきか考えて欲しいのよ」


 彼女とあの双子がどういう関係でどういう存在なのか部外者の私にはわからない。育ての親兼姉代わりみたいなものだという情報が来ているくらいだ。しかしSUITに限らずgimmickにしても、西裏町に居た人間は大抵のこの女との関わりがある。

 これまで他人に多くの世話を焼いてきたのだろう。アスカとリフルが貴女を危険に遭わせたくないっていうのは多分二人が彼女に感謝の念を抱いているからだ。だからあの頑固者の主従にがつんと言ってやれるのはこの女くらいしかいないかもしれない。そんな者がこんな弱気でいられては此方の士気にも関わる。こっちにはお頭がいない。トーラもリフルも行方不明。状況は決して明るくない。


(それに……)


 それだけじゃない。ラハイアが死んだ。


(神子様……)


 ここでリフルを支えることさえ出来れば、事態は好転する。そう貴方は言っていました。彼の犠牲はそれを肯定する材料。だからリフルは絶対に死なない。まだここでは死なない。今私に出来ることはその予言を信じて、最善を尽くすこと。そうなんですよね……?イグニス様。

 だけど不安で仕方ない。私がしっかりしないといけないのに。何とか出来るのこんな状況で。ここにはコートカードの一枚もいないっていうのに。


 *


 「フォースっ!!」

 「ろ、ロセッタ!?」


 部屋に突然飛び込んできた幼なじみに、フォースは一瞬面食らう。

 そしてその幼なじみが部屋に飛び込んできたコンマ一秒後にもう胸ぐらが掴まれているというあり得ない光景。後天性混血だとは聞いていたがここまでだとは思わなかった。というよりタロック時代の彼女は口調こそ荒っぽかったが、立ち振る舞いには品があった。そういう風に躾けられていたから当然だ。言葉の暴力はあっても純粋な暴力を振るわない女だった。だからこそこんな風に胸ぐらを掴まれていることが信じられなくもあった。


 「この大変なときにあんたは何寛いでんのよ!」

 「く、寛いでる!?」


 それは言いがかりも良いところだ。


 「何あるか解らないから仮眠しろって洛叉に言われたんだよっ!!お前もアスカもハルシオンもみんないねぇからっ……」


 気張りすぎて心労が疲労になった。俺はメンタル面が弱い。そこを睡眠時間で無理矢理強化しろと洛叉に言われたのだ。

 何かあったらちゃんと起こすからって言われて薬を飲ませられた。リフルさんの毒に少し慣れたこともあり弱い薬じゃ効かない。だから強い薬を渡された。そして丁度今薬の効き目が切れて目覚めたところだったのだ。そんな寝起きの頭で罵声を浴びせられるとは思わなかった。

 だからだろうか。傷ついたと言うよりは、苛立った。睡眠効果は一時的に俺に開き直りの不貞不貞しさを与えてくれているようだ。


 「……あ、あのなぁっ!いい機会だから言っとくけどいつまでも昔みてぇに俺を子供扱いするのは止めろっ!俺はお前の弟でも何でもねぇし!」


 ロセッタは狡い。俺のことは、神子様って奴から何でも聞いて、俺が知られたくないようなことまで知っている。

 自分だってこの2年色々あっただろうに、教会の秘密主義に染まって何も話してくれない。俺は教会が嫌いだ。だからどうしてロセッタがそこにいるのかもよくわからない。教会の人間みんながみんな、ラハイアみたいな奴であるはずもない。その混血の力を利用されているだけかも知れない。

 だけどそんなこと言おうものなら殴りかかられる。最悪殺される。その位ロセッタは教会の犬だ。

 そんな教会の犬になってしまった女が……俺の罪を知り、俺を軽蔑し……それでも俺をあの頃のように子供扱いする。それって凄く矛盾している。

 昔に戻れるはずないのに。そんなことしても無駄なのに。それは解っているんだろ?だから俺をそんな冷たい目で見る。その癖……まだ俺をあの頃のように親しみを持って馬鹿にする。俺が噛み付こうとするとだけど、やっぱり冷たい目を向ける。絶対何も教えてくれない。


 「痛っ!!な、何すんだよ!!」


 思い切りロセッタに頬を打たれた。相手は後天性混血児。痛いなんてレベルじゃない。俺は吹っ飛ばされて数メートル先の床へと落ちる。


 「童貞(ガキ)が解った風な口利いてるんじゃないわよ」


 何故だろう。子供扱いされただけじゃなくて言葉の響きに悪意を感じた。ガキはガキでも餓鬼とか変換されてないかもしかして?俺別にそこまで……いや、食べる方かもしれないけど、そこまで飢えてねぇしがっついてねぇよ。


 「さっさと仕度して会議室に来なさい!もうすぐ来るわよ、東がここに」

 「え?」

 「奴らが仕掛けてくるって言ってんの!グライドもきっと……」

 「グライド……」

 「しっかりしなさいよ。どうしてあんたみたいな奴が10なのよ」

 「はっ!?何だよその言い方!」

 「あんたが今このアジトで一番強いカード!それは認める!だけどあんた、本当に戦えるの?」

 「当然だろ!俺だって……アルタニア公の番犬だったんだ!」

 「直接その手で人を殺したことがあんたにあるの?」


 私にはそうは見えないわ。そんな冷たい視線を彼女が注ぐ。俺の中途半端さを馬鹿にするようなそんな目だ。


 「……私は仕事でここに来ている。あんたみたいな、リフルに甘えてばかりの子供とは違う」


 その目は言う。誰が相手でも迷わないと。感情を飲む込む赤。ロセッタの目から感情が消えて……とても冷たい色になる。それは相手がグライドだって容赦はしないと、割り切った目だ。多分俺が敵でも同じように……こいつは。


(……って、リフルさん?)


 そうだ。ロセッタはリフルさんを探すために、ここから出て行った。そのはずだ。それでかトーラ達と出かけたって聞いた。その後ここに俺がラハイアと戻って。ラハイアとアスカがリフルさんを探しに行って……

 ロセッタが帰ってきたって事は見つかったってこと?でもそれなら……こいつがこんなに苛ついてるわけがない。


 「!!」


 そっか。ロセッタは俺に当たってたんだ。この理不尽な言葉は全部八つ当たりだ。この冷たい目は、自分自身を見ているんだ。俺じゃなく。

 ロセッタが俺にそうするのは……他に相手が居ないからだ。ここに、グライドもパームも居ないから。幼なじみは、俺しか居ない。


 「…………何よ」


 黙り込む俺に鋭い眼差しを向けるロセッタ。それでも俺はそれを睨み返す無意味さに気が付いた。こいつがここまで苛ついていると言うことは、それだけのことがあったってことだ。俺も心してそれを聞かなければならない。状況は決して明るくない。俺がここでは一番強いカード。ロセッタの言葉は正論だ。守るためには、俺が頑張る。俺が殺さなければならないんだ。


 「わかった。会議室だな」


 俺は荷物をまとめ、部屋を後にする。しかし最初は付いてきていたロセッタの、その足音が聞こえなくなる。

 振り返れば彼女は、子供の襟首を掴み宙に持ち上げていた。名付けるなら“絞殺高い高い”……ってあれどう見てもあやしてる様には見えない。


 「ちょっ……!お前何しようとしてんだよ!?」

 「え?害虫駆除」

 「が、害虫ってこれ混血だから!」

 「んなこと知ったこっちゃないのよ。私は相手が混血だからって問答無用で甘やかす趣味はないの。どんな奴相手でもビシバシ平等にきつく当たるのがこのソフィア様なんだから」


 ある人種だけ甘やかすのも即ち人種差別だという。徹底的に平等に辛く当たる私がフェミニストだと言わんばかりの表情に、何か釈然としない者を俺は感じる。


 「別に殺しはしないわよ。ちょっと痛い目見させてやるだけ」

 「そういう問題じゃなくて……」


 手加減はしてやってるとロセッタは言うが、その割りに足が付かない高さから叩き落としている。多分今の尻餅であの子供達青あざくらいは出来てるだろう。


 「どうしたんだよいきなり?」

 「苛ついたのよ」

 「いや、そうじゃなくて……お、おい……大丈夫か?」


 舌打ちを残し先に向かうロセッタに構わず、俺は子供を抱き起こす。


 「大丈夫か……だって!?なんだよあの危ない女!あんなのここに連れてくるなんてお前ら何考えてるんだよ!?」

 「そうよそうよっ!」

 「……は?」


 何故か俺が罵倒されている。これは一体どうしたことか。


 「最近ここの警備どうなってんだよ?後天性混血の姉ちゃんと兄ちゃんもいねぇ!噂じゃトーラもいないって話だ!」

 「おまけにSuitが死んだってどういうこと!?誰がここを守ってくれるのよ!?」


 リフルさんの処刑。それは本当じゃない。しかしここまで情報が届いている。


(そんな馬鹿な……)


 俺達はそんな情報表には出していない。ここ数日新たに移民を受け入れても居ないはず。混乱を防ごうとは残されたトーラの部下達が努力して来た。それでも……


(まずい)


 こうして一人でも二人でも混乱しだして、嘘か本当かわからないような情報を広げていったら……肝心なときに収拾が付かなくなる。ならどうする?こいつらを何処かに閉じ込める?それとも……口封じ?

 俺はそこでロセッタの言葉を思い出す。あんたに人が殺せるの?と彼女は俺を責めた。

 駄目だ。こんなことで人は殺せない。だけどこのまま放置していて良い方向に行くとも思えない。


(……洛叉に頼んでしばらく薬で大人しくさせて貰うとか?)


 たぶんそれが最善だ。


 「……解った。ちょっと上に取り合ってみる。付いてきてくれ」


 俺がそう言い洛叉の部屋まで向かう途中、俺の後ろを歩く二人の子供は口汚く様々な者を罵っていた。その言葉に俺は目眩を感じていた。ロセッタが怒った理由が分かってきたんだ。


 「西の長だなんて言ってる癖に肝心なときにトーラも役立たず」

 「こんなに街が荒れてるっていうのに何もしてくれない」

 「それはSuitも同じ」

 「殺人鬼の癖にあっさり死ぬんだから頼りないったらない」

 「Suitがいなくなったら誰がここを守ってくれるのよ」


 自分勝手なその言葉。リフルさんの辛さもトーラの苦悩もまるで知らない。それでいてそれに甘えて守られ当然のように、平穏を享受しようとする。その代わりにこの子達が二人に何をするでもなく。お礼さえなく、こうして不満だけ吐き出し二人を全てを罵倒する。

 それを聞いているとやっぱり俺も嫌な気分になって来て……


(リフルさん……)


 会いたいなぁ。ここ数日会っていない。無事なんだって信じてる。ロセッタがあんな調子だから、きっと良くないことがあったのは確かなんだろうけど。

 それでも……思い出すのは2年前に出会った時と、半年前でアルタニアで再会した時。何時だってあの人は、俺がもう駄目だと思った時に現れて助けてくれた。俺は俺の死をイメージ出来ても、あの人の死を想像出来ない。あの人は危なっかしい人だけど、不思議とそうなんだ。いつも死の香りを漂わせているからだろうか?既にそっち側に引き込まれているような顔をしているからだろうか?あの人が死ぬというのを、俺は考えられないんだ。

 ぼんやりとしたまま俺は目的の部屋の前まで来る。我に返れば背後で二人の子供はまだ愚痴りあっている。それに俺は小さく溜息……


 「洛叉……起きてるか?」


 コンコンと扉をノックして、はっとなる。こんな夜中にこの闇医者の部屋って何かまずくないか?あの男は自他共に認める変態だ。そんな変質的な場面に出会したくはないし、俺が引き摺り込まれるのも何となく嫌だ。何となくって言うか限りなく嫌だ。ていうか何か変な勘違いされても困る。幸い返事はない。今の内になかったことにして引き返すっていうのも有りだ。


 「まったくもって正論だが、半分以上声に出て居るぞ?」

 「っっっっ!?」


 ポンと肩を叩かれて、耳元で低く囁く声を聞く。ぞぞぞと恐怖が膨れあがり……それでも俺は恐る恐る振り返る。


 「ら、洛叉……!」


 もう嫌この男。全身黒ずくめってだけじゃなくて、俺より目の色も髪の色も深い黒だから闇に溶け込むのが上手すぎる。一応俺だって闇の人間なのに。こいつは一応戦闘より医術が専門のはずだろう?戦闘担当の俺があっさり背後取られるなんて……なんか悔しい。


 「それで何用か?」


 俺を追い越し扉の方へと向かう洛叉。肩越しに振り返る彼に俺は思わず口籠もる。


 「え、えっと……」


 ちょっと連れが居る分、口に出しては言えない。それにロセッタが会議室に集合とも言っていた。どうしたものか。

 いや、この男は腹立たしいが確か何でも出来る奴だった。読心術くらい嗜んでいるかも知れない。俺は唇の動きだけで用件を伝えてみた。


 「なるほど、よく分かった」

 「はぁ!?」


 本当に伝わったのか?驚く俺の背後で何かが倒れる音がする。


 「え!?」


 見ればあの二人の子供が倒れている。何時の間に、この男は何をしたんだ?


 「何、軽い脳震盪を起こしただけだ」

 「の、脳震盪って……あんたが何かした風には見えなかったぞ」

 「下位ナンバーは視覚開花もままならん者も多いらしいから仕方ない。もっとも俺は違うがな」


 これは数術でやったことだと洛叉は言った。それでも何も見えない俺にはよく分からない。


 「それでこの二人を暫く黙らせておけばいいのか」

 「ああ……でも何処からそんな情報が入ったんだろう」

 「第一こんな夜遅くに、こんな子供が起きていることも些か妙だ」

 「言われてみれば……」

 「……既にこの場所に、何者かが潜り込んでいる可能性はあるな」

 「……えっ!?」

 「この者達からは数術の気配はしないが……こんな夜更けに起きていると言うことはそれだけ不安が強い、或いはこの場所に不信感を抱いている。その疑念を持たせる要因となった何かがあるはずだ」

 「その要因って言うのを何とかしないと……意味がないって事だよな?」

 「そうなるな。この二人をどうにかすれば、住民からますますここへの疑念が強まるだけだ。それはあの方の望むところではない」

 「それなら……」

 「会議室へ行くのだったな。君も一人を持ってくれ」

 「連れて行くのか?」

 「色々聞き出したいこともある。それに下手に隠すより、話した方が良いこともあるだろう」


 *


 「…………はぁ」


 会議室に集まったカード。その数値を視た、ロセッタは嘆息を禁じ得ない。


 「酷っいもんね……」


 カードは、私にフォース。それから洛叉とかいう闇医者、宿屋のディジット、それからアルムという混血の少女。まず痛いのが全員数札だということ。コートカードが一枚もないのは痛い。ここにアスカが帰ってきてもそれは同じこと。

 フォースも一応は暗殺者。神子様からの情報だと、この闇医者はそこそこ戦えるようだけど……問題は残りの二人。ディジットは料理以外の取り柄がない。アルムは先天性混血で数術の才能があるとはいえ、それを完全に使いこなしているとは言えない。おまけにアルムは身重だし、ディジットはまだ怪我の後遺症がある。カードとはいえ何処までやれるのか。


 「な、何だよその言い方は」


 フォースの馬鹿がむっとした表情になるが、こればかりは仕方ないでしょう。あんただってそれは感じているはずよ。このメンバーの尻拭いをさせられるのはあんたなんだから。


 「あんたらが如何にリフル頼りのトーラ頼りだったのかがよぉくわかったって言ってんの」


 カードとしては決して強くない。それでも数術使いとしての才能でそれをカバーしたトーラ。そして身体能力だけならそこのディジットにさえ劣るであろうあのリフル。……彼はカードの幸運と、それから自己犠牲の精神でここまでこの場所を守ってきたのだ。邪眼も毒も、自分を犠牲にする意思がなければその真価は発せられない。体も心も投げ打って、それでようやくあの弱すぎる男が何かを守れる所まで行き着く。はっきり言って馬鹿よあいつ。そうまでする意味がここにあるとは私には思えない。だってここの人間達がリフルに何をしてくれたっていうの?

 リフルはラハイアと同じ。教会がラハイアに何をしてくれた?ここの奴らがリフルに何をしてくれた?

 「大体なんだってそんな奴ら連れてきてんのよ」


 闇医者とフォースが連れてきたのは、あの二人の子供。リフルとトーラを口汚く罵っていた糞ガキ共だ。今は気を失っているようだけど、その寝顔を踏みつけたい衝動が湧き上げる程私はこの子供達が気に入らない。


 「気掛かりなことがあってな」


 闇医者はこの糞ガキ共を庇うよう、そんなことを言う。口調が少しリフルに似ていてそれに私はなんとなく苛立った。


(あいつが大変なことになってるっていうのに……)


 私は舌打ちをした後、そこで一度息を吸う。時間がないのは確かだからあまり脱線は出来ないのだ。


 「いい?状況を説明してやるわ。まず……ラハイアが死んだ」


 自分の口から漏れる言葉が他人のそれのよう。客観的に語れる程度に心を切り離せてきた。私は運命の輪だ。回るだけ。心は捨て置き、置き去りで良い。どんなに悔しくても今は回るしかないのだ。神子様のためにも。……あいつのためにも。だけどそう思うこと自体、心を縛られているような矛盾。

 ああ、そうよ。私はまだラハイアの死を引き摺っている。だからこそリフルを放っておけない。ラハイアへの未練をリフルに重ねてしまっているんだ。私はきっと……

 あいつはラハイアに似すぎている。あいつまで死なれたら……死なせてしまったら、私はこの世の正義を信じられなくなりそうで、怖いのだ。

 あの二人はこの国が、この世界が、失ってはならないもの。その一つが欠けた以上、死に物狂いで私はあいつを守らなければならないんだ。


 「ら、ラハイアが!?」


 動揺するフォース。その名を知らないようなディジット、アルム。洛叉は何故か意味深な表情。この男はリフルから何かを聞いていたのかも知れないし、あいつの噂を聞いていたのかも。むしろこの闇医者なら、聖十字のラハイアから追われたことくらいあってもおかしくはない。


 「刹那姫の怒りを買ってあいつがSuitってことにされて、カルノッフェルとリフルの罪を被せられて処刑された。だからリフル自身は生きてはいる。だけど精神的にはボロボロよ」

 「…………」


 私の言葉の意味を正しく理解するのはフォースだけ。ラハイアと直接面識があるのは彼だけなのだから仕方がないとはいえ、私はやるせない気持ちになる。

 あいつが今までどんなにこの国のために尽力してきたか。それなのに、それを知らない人間の何と多いことか。そしてその死の意味さえ理解しない人間がいる。私はそれが許せない。彼がしてきたこと、その見返りは何もない。感謝されることもない。多分さっきのリフルのように……人のためとしてしてきたことで、心ない誹謗中傷が飛び交うだけだ。ラハイアの場合は更にそう。あいつはカードだったのに、誰も殺さなかった。自分の意思をを貫いた。それなのにその先にあるのは殺人鬼の称号だ。その嘘に騙された人間達が、これから彼をどんなに口汚く罵るだろうか?私はそれが悔しくて堪らない。許せないのだ。私の正義を、私の希望を汚すようなその言葉が。


 「そこをオルクスに付け込まれてまたあのお姫王子は攫われた。アスカの馬鹿が今探し回ってるけど多分無駄。そして依然としてトーラ達との連絡も付かない。つまりここを私達だけで守らないといけない。そういうこと。私の言っている意味が分かる?」

 「リフルが……また?」

 「ええ、そうよ。あいつは今とても弱っている。あんたらは今まであいつに助けられて来たんでしょう?なら一回くらい恩返ししなさいよ!仲間なんでしょ!?寄り掛かって守られてっ!それで足引っ張ってお荷物やってるのが仲間って言うならあんたらはあいつの仲間失格よ!」


 私の怒声に、アルムはびくと肩を振るわせる。ディジットは静かな青でそれを受け止め、私を見つめ返して来る。


 「具体的には何をすればいいのかしら?」

 「あんた……」

 「リフルがいなかったら、あの子と出会ってなかったら……私はもうどうにかなってたと思うの。だから今更よ。あの子のために出来ることがあるなら……今まで助けて貰った分、力になりたい。私に出来ることなんかたかが知れてるだろうけど……」


 怖くないの?そう私が視線で尋ねるも、ディジットは小さく笑うだけ。

 それは邪眼に魅せられてはいない。それでも、確かな好意はそこにある。奪いたがるような欲じゃない。もっと温かい優しい笑みだ。


 「仲間っていうか……大切な友人っていうか、何かしら。もっと身近な、身内みたいなもんなのよ彼。例えるなら頼りない不肖の兄が連れて来たしっかり者の彼女みたいなそんな感じ。小姑になろうにも非の付け所がなくて、私まであの子を気に入っちゃったとか、そんな感じよ」

 「言い得て妙だが、あの方はあの鳥頭のものでもなんでもないのでその辺り誤解を招く発言は止めて欲しいものだ」

 「あら、先生ったら大人げないわね」


 私にはよくわからないけれど、どこがツボに入ったのか笑い合うディジットと洛叉。その影で先程まで脅えていた混血少女が私を見つめる。


 「赤いお姉ちゃん……」

 「何?」


 彼女はもう震えていない。リフルの話になったことで心を強く持ったのか。名前一つでここまで人に影響を与えるんだから、あの男もそこそこやるものだ。


 「……リフルは、その人がとっても大切だったのかな」

 「…………ええ、そうね。とても大切だったと思うわ。ある意味世界で一番大切な人をあいつは亡くしたのよ」

 「そっか……」


 少女はそう言って俯く。


 「それって、とっても悲しいことなんだよね。リフルはアルム達と………私とエルムちゃんと違って、混血なのに一人ぼっちで。ずっと傍に誰かがいてくれるって……そういうのがなかったんだよね」


 先天性混血は後天性混血と違って、片割れが居る。必ず男女の双子で生まれてくる。それでもあいつは片割れ殺し。混血の例外中の例外。あいつにはその悲しみを不幸を分かち合う相手が居ない。苦しみは全て自分一人だけの物。その辛さを誰に推し量れるか。

 あいつは片割れ殺しだからこそ、銀髪なんて殊更に稀な外見に生まれ……あいつの不幸は全て片割れ殺しに起因する。毒殺されて毒人間になったのも、奴隷になって虐げられたのも。せめて普通の混血だったなら……あいつもあそこまではならなかった。


 「だから……そんなリフルはその人を亡くしたのは、私が……エルムちゃんを亡くすようなものなんだって思ったら……」

 「ちょ……何で泣くのよ」

 「リフルが……可哀相だよ」

 「あ、あんたねぇ……」


 やっぱり子供だ。ぼろぼろ泣き出した少女に私は呆れてしまう。優しいというか感受性が豊かだと言えば聞こえが良いが、そんな立派な物でもないだろう。この少女が哀れんでいるのはリフルなのか自分自身なのか私には見当が付かない。


 「泣いても何も変わらないわよ。あいつを哀れむのなら、行動で励ましてやりなさい」

 「行動……?」

 「あんたが辛いとき、あいつはあんたに何をしてくれた?」

 「リフルは……私の話を黙って聞いて……アルムの……私の頭を優しく撫でてくれたよ」

 「……そう」

 「アルムは何も出来ないから……いっつもリフルが悲しい顔をするの。アルムの知らないところでアルムのことを沢山助けてくれてたんだって思うと……私は本当に何も見えて無かったんだなって……」


 助けられている自覚がなかった。守られている自覚もなかった。自分の心のままに歩いてきて、それで多くを傷付けた。その自覚が今はあるのだろう。彼女自身のことは私は神子様から聞いたデータとしてしか知らないけど、偏に無知で割り切れないことをしでかしている。それさえ数術代償だというのだから……先天性混血も業深い生き物だ。それでも……


(この子もリフルに惚れてるってわけじゃないけど……感謝とか親愛の好意はあるわけね)


 混血とそれから本命がいる相手には効力が落ちるのがあの男の邪眼の特徴。それでもそれなりに信頼されているのだから、もう少し自分に自信を持ったらどうなのかしらあいつも。


(馬鹿なんだから……)


 居場所が無いだとか、ここにいちゃいけないとか。そんな肩身の狭いことを考える必要なんかないでしょうに。少なくともここの上層部の連中はリフル、あんたの味方なのに。

 確かに心ない者達もいる。誰に助けられたのか、誰に支えられてここで暮らしていられるのか。それも忘れて……

 そんな連中に比べれば、まだこの少女の方が見所がある。


 「それなら今度はあんたがそれをしてやりなさい。あいつの頭を禿げるまで撫でてやんなさい」

 「そ、それだけ?」

 「それだけでいいのよ。そのためにも……ここを今、死に物狂いで守らなきゃならない。それは解るわね?」

 「……うん」


 それぞれに状況の確認をさせたところで、私は一同を見回す。部外者の私が何取り仕切ってんだか。本当ならこういうのはトーラかリフルがやるべきなんだろうけど、他のメンバーはこういう役に向きそうにない奴ばかり。適材適所とはいえ違和感はある。それは向こうも同じだろうが文句は言ってこないので話を進める分には助かる。


 「はっきり言ってこっちの戦況は絶望的よ。こっちにはコートカードが一枚も居ない。だけどあっちには少なくとも一枚はある。おまけにキング。ヴァレスタばかりはリフルになんとかして貰うしかないわ。……だけど他のカードは私達で封鎖しなきゃならない。殺すまでいかなくても幸福値を出来るところまで削る必要はある」

 「……他の奴らのナンバーは?」

 「神子様も直接見た訳じゃないから何とも言えないって。唯上位ナンバーはそんなにいないと思うわ。彼らもそれなりに理不尽の中を生きてきたって言えるんだから」


 舐めてかかったら痛い目を見る。それを伝えれば皆が息を呑む。そこで私はここに来る前トーラの部下から預かってきたものを机に並べた。


 「うわ!綺麗……」

 「これはまた……高そうな物を、どうしたのこれ?」


 それに食い付いたのは女二人。確かにそれは宝石を付けたアクセサリー類に見える。普通の女ならまぁ、好きか嫌いかで言えば嫌いな者はそんなに居ないんじゃないかしら。このアルムとディジットもその例外ではなかったようだ。


 「触媒よ」

 「触媒?」


 しかし数術に疎い二人は私の言葉までは理解していなかったようだ。ていうかアルムの方は一応数術使いなんだから知っておきなさいよ。そう思ったが……このぽやーっとした雰囲気の少女じゃ無理そうだ。教えた端から忘れていきそう。


 「なるほど、触媒か」


 代わりに私の言葉に食い付いたのは、漆黒の黒を纏うタロック人。この闇医者、洛叉といかいう男は真純血なのだろう。それがこんな所にいるということは、これもリフルの関係者と言うことか。

 興味深そうに触媒を手に、まじまじとそれを見つめている。こうしてみるとなかなか知的で研究熱心な男のようだが、神子様からの主要人物要約メモには確か“混血、ロリショタ専門変態医”とかだったと思う。知的に見える眼鏡と涼やかな顔立ちも、その一文でああなんだ変態かと印象が裏返ってしまうから恐ろしい。でも今のところ私には害がないからあれは神子様なりの冗談だったのか?いや神子様に限って、仕事の面でそんなことは絶対にあり得ない。やっぱりこの男は変態だ。そうに違いない。だってさっきから視線がフォースの尻とかアルムの胸とか変な場所ばっかいってる気がする。まぁ、でもそんなことにケチつけてる状況じゃないわ。もしこいつが本当に性犯罪者か何かなら、この事態が片付いてから聖十字に任せればいい。私は咳払いをし、各自にその触媒を配る。


 「洛叉とアルムは一応数術は使えるんでしょ?ナンバー的にはディジット、あんたにも十分素質はある。フォース、あんたは使えても正直微妙な所だわ。使えない前提で考えてた方がいい。でも一応あんたら全員に、第二島から貰ってきた触媒は渡しておく。トーラが加工しといてくれた物よ。ありがたく貰っておきなさい」

 「なぁ、ロセッタ。触媒ってどう使うんだ?」


 凡人のフォースが早速私に聞いてくる。あんたは数術使えなくてもリフルやトーラの傍にいたんだから少しくらいは知ってろ!……そう思ったが、あいつらは混血。混血は触媒無しに数術出来るし、リフルに至っては邪眼以外の数術が使えない。仕方がないと言えば仕方がないのかも知れないが……こんな基本中の基本をこの大変な時期に教えなければならないと思うと、これからの先行きが不安で仕方がない。


 「どう使うって、基本はブースターよ。身につけていれば数術の計算が簡略化されて脳への負担が減るし、場合に寄っては代償が減ったり……後は単純に威力が増幅される。無いよりはあった方が良いっていうか、基本的に純血の数術使いはみんな持ってる。じゃなきゃ脳への負担が大きすぎてどうにかなっちゃうわ。混血も持っていた方が良い。その方が強い力を奮えるわ」

 「それじゃあ……これ落として、誰かに拾われちゃったら」


 確かにその危険性はある。でもそれは原石での場合の話。加工の仕方によっては、装備できる人間を限定することも可能だ。そこまで設定できる術者が少ないため、そういうことは不可能だと思われがちだが、流石はトーラと言ったところか。部下も結構良い腕している。


 「その点は問題ないわ。個人設定組み込ませておいたって話だから基本的にあんたら以外の人間に使えないようになってる」


 不安そうになるアルムに私は溜息を吐きながら、落としそうにない奴だから大丈夫と言ってやる。


 「まぁ、指輪とか腕輪タイプに加工したのが殆どだから、落とすってことも無いでしょうよ」

 「それもそうね」

 「それはともかく何であんたらナチュラルにデフォルトっぽく左手薬指に装備すんのよ。ツッコミ待ち?」


 石との相性で腕輪になったフォースとディジットはさておき問題は残りの二人だ。お前ら明らかに妻帯者と違うだろ。


 「ロセッタ君と言ったか。何も指輪は婚姻の証ではなく古来より騎士の受勲の際に主から賜ることもあるとかなんたらかんたらうんぬんかんぬん。故に問題はない」

 「気分的にリフルといちゃついてるってことね、よくわかったわ」


 やっぱこの男は変態だ、紛う事なき変態だ。大丈夫なんだろうかリフルの奴。こんなのとかあんなのとか身近に置いてて。ていうかあいつの周りにろくな男いなくない?


 「あ、そ……そうだよね。おかしいよね」


 アルムはうっかり嵌めてしまったらしい。そりゃあこの位の年の女の子ならそういう夢もあるでしょうけど……彼女の身の上じゃちょっと難しい。よりにもよって相手が実の弟と来た。あの変態殿下のアスカほどじゃないけどかなり荊道だ。


 「ど、どうしよう、抜けないよ!赤髪のお姉ちゃん!!」

 「はぁ……もうあんたはその指で良いわよ。抜けないなら落とさないでしょ」

 「あ、そっか!お姉ちゃん凄い!」

 「面倒臭いからロセッタでいいわ。さん付けでも可」

 「わかった、ありがとうロセッタ」


 アルムは愛らしい笑顔で微笑むが……私は目眩を感じていた。この子は余りに緊張感がない。この子の相手をしていると気が抜ける。


 「とにかくよ。何時でも戦える心構えだけは忘れないで。おまけにここにもうスパイが潜り込んでいるって可能性まである」


 「これから住民のデータを洗って、怪しい奴を見つける必要もある。ここ数日でこの場所で起きた事とか、感じた違和感とかあったら教えて欲しいわ」

 「ここ数日……?」

 「……ええ。それでも心当たりがないなら、もう少し先……星が降ってから。その頃まで遡っても構わない。あんたらは比較的この場所に待機してた日数も多い。それだけ違和感に触れている可能性があるのよ」


 私はこの迷い鳥って所に滞在した時間も短い。一度ここを案内されて、その後すぐにトーラ達とリフル探しに連れ出された。だから違和感なんて、違和感だらけよ。元々こんな殺伐舌場所だったのかどうか何か解らない。


 「ここの奴らって、リフルやトーラのことをどう思っているの?あのガキ共の話を聞く限りじゃあんまりよく思われてないみたいだけど」

 「……トーラは感謝されてるわ。ここを取り仕切っているのは実質彼女の組織だもの」

 「…………リフルは?」

 「リフル様はあまり表に出たがらない。この場所でも民の前では素顔を見せることは殆ど無い。邪眼と毒を恐れてだろう」


 ディジットと洛叉の返答に、なるほどねと私は思う。あの馬鹿の考えそうなことだ。どうしてそうやってすぐ自分を悪役に仕立てたがるんだか。本当に馬鹿じゃないのあの男。

 呆れる私に噛み付くような視線を送るのはフォース。


 「何よ?」


 私が睨み返せば、僅かに怯むがまた私を睨み付けてきた。フォースの癖に生意気よ。


 「リフルさんは……リフルさんの力は無理矢理人に好かれる力だ」

 「知ってるわよ」

 「だから同じくらい人から嫌われる力だ」

 「は?」

 「前に居たんだよ。リフルさんの素顔を見てリフルさんに懐いて……懐いた振りをした奴。そしてそいつに想いを寄せてる奴が、リフルさんを逆恨みして殺そうとしたことが」

 「……それとこれがどう関係あんのよ?」

 「無理矢理好かれた分、本当は他の誰かを好きになってたかも知れない人の好意をねじ曲げる。だから人から怨まれる。……だからあの人は以前に増して極力ここの人達に関わることを止めたんだ」


 それがこんな誤解に繋がるなんて、こんな奴らを増長させるなんてと、フォースは悔しげに机に拳を落とした。結構痛そう。それでもこの馬鹿は手よりもっと違う場所が痛いのだろう。


 「元々殺人鬼の肩書きに脅える者も多かったからな。あの方に感謝するのは……あの方に直接助けられ、その素顔を目にした者くらいだ」

 「……なるほどね」

 「一応リフルとトーラの名前が西を守る防御壁になってたのは確かよ。Suitが死んだって半年前に噂されてからはトーラの名前一つでここと西裏町を守ってきたんだから……トーラに感謝している者は多い。だけど……」

 「だけど?」

 「トーラはリフルに感化され過ぎちゃったのよ。前までも混血保護をしていたとはいえ、一応あれはビジネスでしょ?助けた奴隷達はTORAの表と裏でしっかり働いて貰っていたんだから。だけどリフルと組んで、このライトバウアー……迷い鳥を復興させてからはそれもちょっと変わってきたの」

 「変わってきた……?」


 ディジットは、何とも妙な言い方をする。


 「本当に行く場所がない人間なら仕方ないのよ。シャトランジアの移民船にも乗れない、そんな人達なら……」

 「…………何が言いたいの?」

 「ここの暮らしを見て貰えば解ると思うけど、基本的に自給自足。金銭の絡まない生活でしょ?セネトレアにあってセネトレアじゃない。当番の仕事さえ守ってくれれば衣食住が保証された場所……リフルは本当に奴隷達のことを考えてここでの暮らしを打ち出したのよ。だけど、段々移民の質も変わって来た。そんな気がするの」


 理想と現実の乖離。それをディジットは指摘する。


 「ある程度トーラが移民のチェックはするけどね、それでも逃げてきた奴隷なんて身元を保証できない人ばかりでしょ?一人一人記憶の隅々までチェックしてたらトーラが過労で倒れちゃうし……ある程度は仕方のないことなのかも知れないわ」

 「要するに、風の噂で聞いたここでの暮らしの楽さに惹かれ……お客様気分で移民してきた馬鹿がいるってことね?」


 私の確認に、ディジット達は頷いた。


 「そういうこと。リフルは本当に最底辺のためにこの場所を提供しようと思った。だけどそこまでじゃない奴らが中途半端な気持ちで来てたりするのよ。もう行く場所もない助けてくれってTORAに縋り付いてまんまと人の厚意を騙して」

 「……この場所とか情報を外に持ち出されると色々困るだろ?だから入るのは簡単にしても出すのは難しくしてる。警備を布いてまず逃がさない。基本余程の理由がないと入ったら出られない。その覚悟もないのにこの街に来る愚か者が絶たないんだよ。そう言う奴はリフルさんとかトーラへ不満をこぼすようになる」


 フォースもこの半年間見てきたものを思い出すよう語り出す。フォースが任せられてきた警備の仕事は何も外側からの敵を防ぐだけではない。内側からの敵を逃がさないためのものだったのか。


(なんてことなの……)


 人のため。そうやってきたことが裏目に出る。あの男は本当に……何処まで報われないのだろう。味方のはずが敵。味方の裏切り……それはラハイアのそれと重なって、私の胸は張り裂けんばかり。あの二人は全く違う場所を歩いているのに……立ち塞がる障害は、こんなにも似通っている。


 「そういう者に限ってさほど働かなかったりもするのだがな。食う物だけしっかり食い、それでいて高級料理が食べたいなどと不満を漏らす。うっかり俺も衝動的に斬り殺したくなる人間が幾らかいたな」


 洛叉の言葉は、先程の私の怒りを肯定するようだ。つまりはこの二人の子供も最近ここに越してきたばかりの者なのだろう。


 「でも……こいつら、リフルの処刑を知ってたわよね?」

 「ああ……そうだな。こいつら外に知り合いが?それとも数術か何かでやりとりを……?」

 「…………面倒ね」


 私は自分の漆黒銃を手にとって、こういう時用の弾を詰めた。片方には各種結界数式。片方には……


 「おい、ロセッタ……」


 翳る私の表情に、フォースが何か言ってきたが私は一睨みしそれを黙らせる。


 「殺しはしない。だけど手段は選んでられないわ」


 殺す以外のことなら私はやる。こいつらが無関係でも一般人でも関係ない。僅かでも敵に繋がる糸があるなら、容赦はしない。


 「手段って……お前、そんなの」

 「うっさい!あんたには言われたくないわ!殺すな殺すなってあんたリフルとラハイアに甘やかされすぎたんじゃないの?あんたの仕事が殺すことでしょ!?ちゃんと殺せんの!?あんたが一番強いカードなのよ!?」

 「……っ、わ、わかってるよそんなことっ!!」


 私に言い負かされて、逃げるように会議室を飛び出すフォース。


 「フォース君っ!走ると危ないよ、転んだら痛いよ」


 転ぶのはあんたくらいでしょうよ。そう思い溜息を吐いている内にアルムの姿も消えていた。どうしたものかと部屋の内と外を交互に見やり、私に近寄るディジット。


 「何があるか解らないし、途中でお腹減ったら食べて」


 何時の間に作ったのだろうか軽食セットを残して、彼女もアルムを追いかける。会議室に残されたのは私と洛叉。元タロック人とタロック人……それでも通じ合うものがあまりない。


 「口を割らせる……か。拷問なら手伝おうか?」

 「あんたの拷問ってなんか犯罪の香りしかしないんだけど」

 「拷問など多かれ少なかれそんなものだろう。合法の拷問などあるものか」

 「……結構よ。私は教会兵器で簡単に口を割らせられるわ」


 最大多数の幸福のため、最小限の犠牲はやむを得ない。今は時間がないのだ。これが最善。そのための私だ。汚れ役は慣れてるもの。


 「私は数術兵器を使ってこいつらの口を割らせる。あんたらはその間この街の守りを任せるわ。スパイを割り出したら私が始末に行く。必要ならその時協力を願い出る。それで頼むわ」

 「ふむ……ではその拷問の際、医者の知識は必要ないか?患者の精神状態など見るに、切り込み方も変わってくると思うのだが?」

 「……何で私に付いてくれるのよ?」

 「……あの方ならば俺にそうお命じになっただろうと思ったまで」

 「ふぅん……あんた、見かけ通り頭切れるのね」


 リフルが、何て嘘。カードが散らばるのを良く思わなかったのだこの男は。向こうが三枚。此方が二枚。彼方が四枚、此方が一枚なら……私に何かあったなら、そう考えたのだろう。


 「生憎そんなに簡単に隙見せるようじゃ教会の裏方なんてやってられないんだけど。それにあんたの、身内についててやらなくていいの?」

 「彼方にはフォースが居る」

 「……あいつのこと、信用してくれてるわけ?」

 「彼はⅩ。コートカード以外は打ち負かす強さを持ったカード。彼には何らかの意味があり、それを為すためにここにある。でなければ彼がⅩカードになるはずがない。俺が信用するとすれば彼のその何かだ」

 「面倒臭い奴多いわよねタロック人って。可愛い女の子と二人きりになりたかったくらい言えないわけ?」

 「生憎君は俺のストライクからは1歳ほど外れている。故に興味は皆無だ」

 「ここの男共っ、ほんと失礼な奴ばっかりっ!!お世辞の一つも言えないの?」

 「世辞で良いなら言っても良いが、世辞と解っていて言われる意味と言う意味はないと俺は思うそれはまったく時間の無駄だ」

 「正論過ぎて欠伸が出るわ。んじゃ、そろそろ始めるわよ。防音数式展開、盗聴防止数式展開、不可視数式展開っ!起きなさいガキ共!」


 私は気絶している子供二人を縛って蹴り起こす。早速悲鳴と非難の声が上がるが私の知ったことじゃない。こっちは拷問してるんだ。怖がって貰わないと意味がないのよ。


 「お前達の知っていること、洗いざらい吐いて貰う」


 そう言って私は二人を教会兵器で一発撃った。


 「痛っ……くない?」

 「な、何するんだ!驚かせやがって!」

 「口の利き方ってのに気をつけろ。これからお前らに質問していく。嘘を吐いたらその時点でお前達は死ぬ。黙秘しても良いけど、早く答えないと取り返しの付かないことになる」

 「そ、そんな脅しっ!」

 「と、取り返しの付かないこと!?」


 強がる者と、脅える者。所詮は子供だ、すぐに吐くだろう。

 私は答える。今撃った弾の正体を。


 「毒よ。解毒剤が欲しけりゃ洗いざらい吐くしかないわ。じゃないと死ぬわよ……そうね、もって半日。でも遅ければ遅いほど手遅れ。後遺症が残る。どうするかはそっちの自由。……嘘だって思うなら片方死ぬまで待ってあげてもいいわよ。こっちはそれでも困らないから」


 *


 「くそっ……」


 アスカは明け方まで街中走り回った。それでも一キロ圏内にリフルは見つからない。


 《アスカ……多分、かなり強力な結界を使われてるんだわ》

 「はぁ!?お前精霊だろ!?」

 《……ごめん。でも私だって何でも出来る訳じゃないわよ!!精霊にだって相性があるの!風の力は土の壁に覆われて、風の音を塞いでしまう!この国は私にとって最悪のフィールド!おまけに相手が土の数術使っているなら私にはもうお手上げよ!》

 「わ……悪い。ちょっと苛ついてた。……お前に当たることねぇよな」


 何やってんだ、俺。


 《アスカ……焦る気持ちは解るわ。でもリフルちゃんはコートカードのキング。そんな危ないことはきっとない……大丈夫。まだ大丈夫よ。取り返しの付くことしか起きない》

 「……ああ」


 取り返しの付かないこと。あいつが死ぬことはない。こんなに早く幸福値を使い切ることはない。


(でも……)


 絶対にって言い切れるのか?だって同じKカードのラハイアが……もう死んだんだ。ラハイアは他のカードに殺された訳じゃない。幸福を使い果たしたわけでもない。それでも死んだ。あいつが大丈夫だって俺には到底思えない。

 他に手がかりもない。あいつらが新たに何か新しい情報を掴んでいないか。それを頼るためにまた迷い鳥に戻る……そう思い帰路に着く。モニカの風に乗り山道を越えていた……その山中で鋭い殺気に襲われる。その殺気に集中力が乱れる。モニカとのシンクロが低下……


 「うわっ」

 《アスカっ!?》


 空中から投げ出される俺。咄嗟に受け身を取る。モニカも風を起こしてダメージを軽減。なんとか無傷で地面に降りる。


 「随分とご挨拶じゃねぇか……出て来いよ」


 ダールシュルティングに手を掛けて……俺は何時でも剣を抜き払えるよう神経を尖らせる。

 丁度苛ついてたんだが、ますます苛ついて来た。こんなところで仕掛けてくるなんざどうせろくでもない相手だ。リフルの情報に繋がるか、繋がらないかじゃない。俺がリフルの元へ向かう邪魔をする奴は誰が相手でも構わない。邪魔する奴はぶっ飛ばす。

 そう思い殺気のする方を睨み付けるが、そこから出てきたのは意外な相手。木陰から現れたのは俺が見知った顔だった。


 「よ、元気そうじゃねーかアスカ」

 「ろ、ロイルっ!?」


 どうしてお前がこんな所に。お前は……ああそうだ。ライトバウアーの場所は知っていたよな。2年前、俺達がトーラに呼び出されたとき……お前も俺を追いかけて来ていたんだった。


(だが……何故今更?)


 元々迷い鳥の場所を知っていたはず。それをヴァレスタに教えることも出来たはず。それを今までしなかったのは……こいつに何か思うところがあったから。

 なら今何故お前がここにいる?ヴァレスタとは関係無しに俺に用があって?……それともヴァレスタがここを嗅ぎ付けて、それをお前に命じたからか?


(何にせよ……油断は出来ねぇ)


 柄から手は離せない。得物を握りしめたまま、俺はロイルと対峙する。


 「……何の用だよ?俺は今忙しいんだが」

 「俺はあんま、兄貴のやり方は好きじゃねぇ。でもレスタ兄はレスタ兄だ……やっぱどうしても嫌いになれねー所がある」

 「……だからなんだよ」

 「兄貴も俺のことは嫌ってるとは思う。でも嫌えてもねぇんだろうなとも思う。何だかんだで甘いんだよ、レスタ兄ぃ……俺には」


 煮え切らない妙な態度だ。ロイルが何を言いたいのかよく分からない。つぅかこいつ何しに来たんだ本当に。俺がそれを疑うくらい、今の此奴ははっきりしない。いつものこいつ……らしくねぇ。


 「お前とリフルとは違うかもしんねーけど、やっぱ俺も……兄貴は裏切れねぇ」

 「お前……気付いて!?」

 「……あいつの処刑。見たことあんだよ、俺も。名前までは覚えてねーけど、あの色は忘れねぇ。レスタ兄、そっくりの……銀髪の」


 ロイルは元……セネトレア第一位王位継承権を持つ王子だ。リフルの……那由多様の処刑に招かれていても、確かにおかしくはない。


(マジかよ……)


 こいつにそんな空気を読む術があったとは。馬鹿正直な馬鹿だとこれまでずっと思ってきたが、俺はこいつをよく見ていなかったようだ。しかし驚くべきはそこじゃない。


 「……何かあるとは思ったが、なるほど……あの人も片割れ殺しとはな」


 請負組織gimmick頭……ヴァレスタ。黒髪赤目の奴隷商。見目麗しいだけの金の亡者。とんでもない拷問鬼畜ドS野郎。それでもその目に睨まれれば、誰もが恐怖に恐れ戦く。そんな何かを持っている。他人を屈し、従えるような……それもあの男がリフルと同じ、片割れ殺しの混血だったからなのか?


(しかし……)


 混血狩りの長が混血だとは、誰が思ったことだろう?この情報を流せばあの男を討つことは出来そうだが、如何せん……今はトーラが居ない。彼女無くして情報を操るのは難しい。第一……ロイルがこんなことを俺に話すと言うことは、覚悟を決めていると言うことだ。なら、俺も覚悟を決めなければならない。それが最初で最後の礼儀だろう。


 「兄貴の処遇が本格的に悪化したのは、あの日以来だ。親父が変わったのもあれからだ」

 「……あいつの所為だって言いたいのか?」

 「少なくとも兄貴はそう思ってる」


 あいつだって被害者だ。それは逆恨みだ。……それでもリフルはその件に関してはヴァレスタが被害者なのだと言うだろう。自分が処刑を受け入れたことで生まれた風評被害。混血が虐げられるようになったのは、身分あるあいつが処刑されたことに因る。

 もしその理由であの男に傷付けられたなら、あいつはそれを許すだろう。何をされても……あの男には自分を憎む権利があるのだと。


(リフル……)


 そうじゃない。そうじゃないだろう?お前はそれでいいかもしれねぇが、俺はそんなの許せない。あの男の憎しみは、お前だけには向かわない。だからそれを許すこと自体、お前には許されないこと。それを教えてやりたいのに、どうしてお前は今ここにいないんだ?

 俯く俺に、ロイルは小さく言葉を続けて添えて来る。それは俺にとってはかなり意外な言葉だった。


 「けど同時にレスタ兄は……リフルに入れ込んでる部分もでかい」

 「……入れ込んでる、だって?」


 そりゃあの惨状からして何かは入れただろうが入れ込んでるってどういうことだよ。


 「兄貴には片割れが居ない。だから兄貴はリフルに会った時……本当はすげぇ嬉しかったんだと思うんだ」

 「嬉しいだって!?俺の主にあんなことをしておいて……っ!!」


 リフルはあそこで一回壊れたんだぞ?ラハイアの事がなければずっとあのままだったかもしれない。そのラハイアだって救えずに……あいつは、あいつは……っ!!


 「兄貴はあいつだけは自分のことを理解してくれるんじゃないかって思ったんだよ」


 同じく、父の裏切りで……王族としての地位を失った。闇に生きる者となった。共通点は幾らでもある。それでも二人はあまりに違う。


 「でもリフルは兄貴と違う。違う生き方を選んだ。兄貴はそれが自分を否定されたような気になった。もしくは自分が劣っていると言われた気になったんだ」


 そこからだ。ヴァレスタがリフルに執着し始めたのは。

 最初は自分を振った刹那姫の弟ということで腹いせにいたぶってやろうと、そんな気持ちだったものが……同じ片割れ殺し、それで別の道を歩く者として敵視するようになったのだとロイルは言う。


 「2年前…………あいつ、レフトバウアーであの目……暴走させたんだったな?」

 「ああ」

 「それさえなければ、あいつも俺らも……」


 それが原因で瑠璃椿は殺人鬼Suitになった。ロイルは城に、東に帰る切っ掛けを作ってしまった。


 「……あの頃からなんだよな」

 「?」

 「あんま、楽しくなくなっちまった」

 「楽しくない……?」

 「昔はよー……俺もそれなりにバトって、うっかり殺したり、ノリで殺したり良くやってただろ?」

 「……だったな」


 出会った頃のロイルは今より余程凶悪だった。別の仕事で敵対していて、俺を殺しに掛かってきた。懐かしい。

 そこでうっかり打ち負かした所為で、そこから付きまとわれる日々が始まって。宿無しになったロイル達にディジットの店を紹介して……そこからこいつもどんどん丸くなっていったんだった。リィナと二人だけの世界を生きていた……そんなこいつが、人との出会いで変わっていった。

 半年前の件だってそうだ。以前のロイルならエルムとアルムを助ける依頼なんか受けるはずがない。こいつは戦うことしか頭にない奴だった。それが何時からか、面倒見が良くなったもんだ。


 「強ぇえ奴とやり合うのは楽しいし、弱い奴ぶっ倒すのもストレス解消なるし。暴れるのは最高に楽しかった。そのために生きてるんだってさえ思った」


 それが今では昔ほど楽しくないと奴は言う。


 「それがリフルのレフトバウアー事件とどう繋がるんだ?」

 「死に顔だ」

 「死に顔?」

 「どいつもこいつも死にたくねぇって顔に書いてある」


 それを見ると、どうも楽しくないんだとロイルが言う。死者の顔に浮かぶ未練。それが今まで無かったわけではないだろう。獣相手や余程の戦闘狂同士のバトルだけなら力だけの世界。恨みっこ無しと楽しさだけがあったかもしれないが、対人戦闘もそれなりにこなしてきたこいつだ。人を手に掛けたことだってあっただろうし、さっきそう言っていた。

 なら、これまでそんなことがなかった……ではなく、そこからロイルが我に返った。或いは人のことを見るだけの余裕を持つようになった。視野を広げた。そういうことだ。

 その成長は……ロイルにとって、必ずしもプラスではなかった。


 「そりゃああそこにいる連中なんて少なからず悪いことして来た奴なんだろうし、人間なんか何時か死ぬし、そういうのに拘るなんて馬鹿みてぇだろ?そう思うぜ俺は」


 こいつが覚えたのは他者への哀れみだ。それは戦闘狂として、間違った感情だ。それが戦うことを楽しめなくさせた大きな要因。

 こいつはリフルの邪眼の暴走で、殺し合った人々の……その苦しみ悶える表情が、脳裏に焼き付いて離れないのだと言う。命懸けで欲した者が、手に入らず息絶える。そもそもその欲した者さえまやかしだ。最初から自分の心だったわけじゃない。その矛盾に息絶えるまで気付かず、理不尽な未練が残される。欲に染まったその顔は、死にたくない死にたくないと叫び続ける。あれが手にはいるまで、死んでも死にきれぬのだと。

 言われて俺も思い出す。俺はリフルのことで頭がいっぱいで、そこまで死体を良く見ていなかった。それでもとても安らかに眠っているようには見えない。報いと呼ぶには確かに惨い……そんな有様だったように思う。


 「……俺が城から逃げたから、この国はこんなになっちまったのか」

 「おい、ロイル……」

 「俺が大人しく王になっていれば、今より少しはマシだったのか……考えるだけ無駄だよな。俺馬鹿だし。才能ねぇし。俺が立派な王になんかなれるはずねーんだ。だから俺が王になってても周りに良いように使われて、何にもさせてもらえねーで……親父みてぇにおかしくなる。それは嫌だって思った」


 こいつがこんなに自分のことを話すなんて……本当に様子がおかしい。覚悟なんてものじゃない。こいつは本当に本気で……終わらせるつもりなのか。


(ロイル……)


 ここまで来て、俺の方が迷い出す。こいつがカードなんだってのは解る。如何にロイルでも後天性混血のロセッタとやり合える一般人が居るわけねぇ。俺だって騙し討ちでもしなけりゃ鶸紅葉や蒼薔薇には勝てなかった。正々堂々やって勝てる相手じゃない。それをこいつは正面から良い勝負をしてやがった。

 こいつがカードなのは確定だ。手加減して勝てる相手でもねぇ。殺すつもりでやらねぇと、死ぬのは俺だ。それなのに……俺は今、揺らいでいる。

 こいつは……俺がセネトレアに来てから随分と長い付き合いだ。ディジット程じゃねぇが、それなりに長い間連んできた奴だ。元々敵だった。今は敵でも、ふとした拍子にまた……あの店で、いつもみたいに馬鹿やれるんじゃないかって。

 影の遊技者でディジットがまた店を始めて、アルムが転けて、エルムが床掃除。リィナが変な酒のつまみ食いだして、ロイルがまた俺に勝負を仕掛けてきて……あの頃のリフルは俺を守ろうと俺の代わりに戦おうとしたけど、今ならどうするだろう?俺とこいつ、どっちの応援をするんだろうな。でもまぁ、勝っても負けてもお帰りって、お疲れ様って俺を迎えてくれるんだろう。俺はまた卑怯なやり方でこいつを負かすんだろう。それで悔しがっているロイルをリィナが窘める風でからかって弄って。そんなこと思うなんて馬鹿げている。馬鹿げているのに……懐かしい。

 2年前。たった2年。それだけで随分遠くへ来たもんだ。人殺しだけは絶対しないって誓ってたはずなのに、俺はあっさりその誓約を飛び越えて……こんな場所まで来てしまった。リフルに近づくためだ。後悔はしていない。それでも2年前とは違う。埋められない溝があることを、ひしひしと感じている。


 「笑えるだろ?王って本当つまんねーんだ。別になりたくもねぇのに、継承権ってのあるだけで周りから怨まれる。そんならそんなもん捨てて、俺よりもっと才能のある誰かが王になればいい。そう思ってそれを捨てても……まだ俺を追いかける奴が居る。また城に戻って王位を継ぐんじゃないかとか。俺が死ぬまで安心できない奴らが大勢いる」


 同じ城の中の連中から、死ぬことを望まれる職業。腹違いの兄弟達から怨まれるだけの日常。


 「兄貴は性格悪ぃけど、才能はあるんだ。兄貴が王になればこの国は今よりマシになる。あんな顔して死ぬ奴が……減るような国になる」

 「本当に、そうか?」

 「……わかんねぇ。けど俺は、あんな下らねー理由で兄貴を殺させたくねぇんだ」


 それが嘘でも。騙されていても構わない。信じたいから信じるだけだ。その目は語る。リィナという逆鱗に触れない限り、やっぱり見捨てられない相手なのだと告げている。


 「兄貴がそう言うなら俺は……楽しくねぇ仕事でも、やっぱり断れねぇ。楽しい振りしなきゃなんねぇ。じゃねぇとリィナも俺を心配すっから」

 「……だから一人で来たのか?」

 「ああ。アスカ……お前と本気でやり合えば、俺は忘れられる。もう何も考えない。迷わない。あの日みてぇに、俺に思い出させてくれよ。唯やり合うだけの面白さって奴を!」

 「……それでお前が死んでもか?」

 「ああ」

 「……それで俺が死んでも、…………二度とその面白いやり合いってのが出来なくなってもか?」

 「ああ」

 「……なら、受けて立つって言いたいところなんだがな。生憎俺も暇じゃねぇ」

 「はぁ!?ここまで聞いて断るか!?」

 ロイルが大口を開けて絶句している。なんとも間抜け面だ。癒されたわけではないが、少し気持ちが楽になる。

 気持ち的にはやってやりたい。それでもそうはいかねぇ。こいつはこんなんでも東の人間だ。情報の一つや二つ吐いてもらわなけりゃ割りが合わねぇ。


 「確かにお前とヴァレスタとは違う。それでも俺はリフルが大切だ」

 「見てりゃー解る。俺にとってのリィナだろ」

 「その位大切だってのは否定はしねぇ。そのリフルの一大事なんだ。あいつを見つけるまで俺は……道草食ってる暇はねぇんだよ。お前も解るだろ?」


 俺がお前で、それがリィナだったなら。

 そう暗に告げればロイルが小さく息を吐く。どうやら解ってくれたようだ。


 「まー……アスカのことだし、簡単に引き受けてくれるとは思わなかったぜ」

 「だろ?」

 「だから俺も考えて、兄貴に怒られるの覚悟で持ってきた物がある」

 「え……?」


 持ってきた?それは情報じゃなくて……?

 俺はリフルの居場所の鍵になるような答えを期待した。しかしこの馬鹿は俺の期待を裏切った。ロイルが懐から取り出したのは小さな小箱だ。小箱の中には硝子ケース。そこにしまわれているのは……宝石と見紛うような、綺麗な……綺麗な……紫の………


 「ようやくっ……やる気っ!出たかよアスカぁっ!!」

 「ああっ……!てめぇ……なんつぅもん持ち出しやがったっ!!」


 反射的に斬りかかる、俺の太刀を受け止めて。その眼球一つを丁重にしまうロイル。

 あれは間違いない。リフルの……俺のリフルの眼球だっ!あの綺麗な目が……どうしてあんな場所にある!?


 「俺に勝ったらこいつ返してやるよ。もう一つの目の場所も教えてやる」

 「もう一つ……か」


 それはもう……俺の大事なご主人様に、それはどちらも欠けているってこと。


(許せねぇっ……!!)


 あの目は、あの目は何時だって……あの人の顔に付いていて。あの綺麗な色が笑ったり、泣いたり怒ったり……嗚呼、その表情一つ一つが今も脳裏に焼き付いて離れない!それがこんな風にっ!!確かにコートカード。幸運のカード。まだ死んでいないかもしれない。だけどこれは最悪だ!!

 オルクス辺りの数術使いを捕まえて治療させれば治る怪我かもしれないが、万が一この眼が破損し失われるようなことがあれば……あいつはもう、あの色は……永久に失われてしまうんだ。

 別に俺はあいつの目の色だけに惹かれたわけじゃない。そう思いたいのに、こんなに俺は動揺している。

 俺は何に怒っているんだ?あいつが傷付けられたこと?あいつのその色が失われたこと?所詮あいつの外見しか見ていなかったんだと思い知らされたようなこの気持ちが認められなくて!?それとも変わり果てたあいつの姿……それを見て、変わらず思える自信が無いこと!?

 嗚呼そうだ!その全てだ!!俺は不安で堪らない!俺の思いも忠誠も、全てあの目のためだったのだ。邪眼の力に過ぎなかったのだと断定されてしまうのが恐ろしくて恐ろしくてっ!!そうじゃないんだって言い切れる強さが俺にはない。

 俺のあいつへの思いは、こんなことで揺らぐ物だったのか?俺はそれが情けなくて、悔しくて……自分が自分で許せないのだ。

 何があってもお前はお前だとか、ずっと変わらず好きでいるとか、そんな言葉が虚しいんだ。目のないリフル……違う目の色のリフル……俺はその違和感ごとあいつを愛せるのか?俺が揺らげば、俺が変われば……それがあいつを傷付ける。解っているのに、どうして俺は迷うんだ!?

 この眼さえ、この眼さえ取り戻せばまた元通り。あいつがあいつで俺を見る。出会った日と変わらぬ紫で。

 俺は俺の抱える不安と対峙するのを恐れる余り、全てを怒りに昇華した。目の前の男からあの目を取り戻せば、俺はその不安から目を背けることが出来る。無論両目を取り戻す。それでも……せめて片目さえあれば、俺はそれをリフルと認識できる。


 「来いよロイルっ!ぶっ殺してやるっ!!」

 「そうだ、その目だぜアスカ!俺がずっと見たかったのはっ!!」

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