53:Si vis amari, ama.
またしても問題回。
ヒロインとフラグ立てる傍ら野郎とフラグ立てるわ、一発敵キャラがふた●り女でエロ回。
ヒロインはヒロインで過去があれだし。そんなとんでもねぇファンタジー。
15禁にしたのをいいことに、いつもよりギリギリ路線暴走中。
「馬鹿」
「面目ねぇ……」
ロセッタは軽蔑していた。苛ついていた。なんでこんなことになったのだと私はアスカを一睨み。一度はリフルを呼び起こしたはいいけれど、そこから余計なことを言って余計意識の深層下へ突き落としてしまったらしい。
今朝になって船が港に着く直前、目を覚ましたあいつは昨日より症状が悪化していた。
「ロセッタさん、あまり飛鳥様を苛めないでください」
「私にとってはあんたらが視覚的拷問よ」
リフルだったものは変わり果てた姿になっていた。出会った頃から女装をしていた男だが、変なところで男らしい奴だったと思う。それが今は何だ。何よこれ。外見だけのみならず、中身まで完全女だ。アスカにいつも以上にべたべたして、甘えた声出して。何か知らないけど居たたまれない気持ちになるのよ私が。
だってこいつらバカップルみたいなもんじゃない。その後ろを歩く私の惨めな気持ちが解る?なんで私野郎コンビにこんな惨めな思いしないといけないんですか神子様。
第四島は混血奴隷連れの客も多いから、私らが変装せずに歩けるってのは良いけど私までアスカの奴隷だと思われるのは心外なの!
「しかし、まさかこんなにすぐ宿が見つかるとは思わなかったな」
「そりゃ金さえ払えばどうにでもなるでしょ。ここセネトレアなんだし」
「ていうか何であんたそんなに金持ってんのよ」
「いや、こいつ探してる時に裏情報目指して金貯めまくったんだよ。それに半年前まで東に潜り込んでてあれもかなり金になったし」
貯めるだけ貯めて使い道がなくなった。それに元々リフル探しのための金だ。だからリフルのためには馬鹿みたいに使えるのだろう。高い宿をさくっとカードで支払って……私は経費が落ちるか微妙だってのに。まぁ……給料高いし使う宛ないってのは私も同じだしたまには贅沢も良いのかも知れないけど。こんな所で金ばらまいても潤うのは金がある奴だけじゃない。それなら寄付した方が良かったかも。でもこいつら監視しないといけないし……
(はぁ……。王族ってどいつもこいつも金銭感覚狂ってんのかしら?)
私は宿一つでこんなに頭が痛いのに、何この男は。へらへらしてんじゃないわよ。
「いや、でも一回はあいつを引っ張り出せたんだ。一回できたことが二回出来ないとは言わせねぇ。次はしっかり引き摺りだしてやる」
「そんな簡単な話じゃないと思うけど」
「飛鳥様、彼方にお土産屋さんがありますよ」
私と満足に密談をする暇も与えずに、アスカの腕を引いていくリフル。その嫉妬のような行動に満更でも無さそうな顔をしているアスカ。本当に大丈夫なの?
(神子様はなんとかなるから付いていけなんて言ったけど……)
何ともならないような気がする。これは幾らなんでも。
(何で私がこんな奴らの面倒見ないといけないのよ……)
第一島に残してきたラハイアのこと。彼を城から逃したラディウスのこと。心配の種は尽きない。
「で?何見てんのよあんたは」
土産売り場で固まっているリフルの姿を見つけて、私は声を掛ける。アスカは近くの土産菓子を見ていた。誰に買っていくつもりなんだか。
「………私は」
「何?」
「よく考えたら土産なんて渡す相手もいないのに……どうしてこんな所に来てしまったんでしょうか?」
「リフル……」
忘れているつもり。それでも胸に妙な取っ掛かりがある。
籠の中に入れた商品。その一つ一つが誰宛なのか私には解る。それでもこいつはそれが解らないから、不思議な顔をして……一つ一つ元あった場所へと戻すのだ。
(やっぱり……こんなの良くないわ)
このままじゃ良くない。アスカだってそう思ってくれたみたい。だけど、あの男は悠長に考えすぎ。時間は幾らでもあると思っている。でもそんなことはないんだわ。
「ってあんた今度は何やってんのよ!?」
「あのですねロセッタさん。第四島は各種媚薬の宝庫なんですよ?店員さんに合言葉を言えば売っていただける……」
「んなもん買ってどうすんの馬鹿っ!」
「それは勿論、飛鳥様をその気にさせます。頑張ります」
「姉ちゃん、そいつは凄ぇぜ?そいつをあの兄ちゃんに飲ませりゃ朝までギンギン何ラウンドでもやられ放題ってもんですわ」
「はい!買います!下さい!」
「買うな阿呆っ!」
私はリフルの手から瓶を奪って、店員へと突っ返す。
「あんたいい加減しっかりしなさいよ!自分で傷口広げるようなことして楽しいの!?」
「はい。瑠璃椿は痛いのと気持ちいいのと迸る熱いのが大好きです」
「戻って来なさい馬鹿っ!変なこと言っちゃ駄目っ!!返せ!第一印象とか諸々返せ!あんたのことちょっと見直したとか思ってた私が馬鹿みたいじゃないの!!」
やばいこいつ。私以上に壊れてる。私以上のトラウマ抱えてるっていうの?
「……ロセッタさんの言いたいことは解りました。薬に頼らず自分のスキルで頑張れ。そう言うことですね?」
「全然わかってないっ!!」
もう嫌だこの男。
「あんたそれでも男なの?男の癖によくもまぁそんな薄情でいられるわね!あんたそれでいいの!?あの女のことはどうすんのよ!あいつは……」
第二島で見た。あの女は、トーラは本当にこの変態男が好きなのだ。こんな毒人間にキスなんかして……毒も怖がらないで、そんなことをした女の子をこいつは……まったく覚えていないなんて!何様なわけ!?野郎にセクハラされたショックでそれで他の野郎に走るってどうかしてるわ!
「……うっ」
「ああもうっ!何でそうすぐ泣くのよあんたはっ!!」
「おいロセッタ、あんま瑠璃を苛めんなよ」
「飛鳥様……」
リフルを庇うように現れるアスカ。この超絶ブラコンが!!背後に隠れたリフルに背中にくっつかれて顔がにやけているように見える。こいつはこの状況楽しんでるようにしか私には見えない。
「あんたこいつを元に戻す気あんでしょうね!?こいつがしっかりしてくれないと世界平和にも問題生じんのよ!?」
こんな調子でタロック王討てるのか、心配になる。そもそも私はそのためにこいつらに協力しにきたのだ。だというのに……
「ゆっくり休めば元に戻んだろ。今は疲れを取るのが一番だ。よし、宿ってあそこだな?そろそろ行こうぜ」
「はい、飛鳥様」
またべたべたしてあの腐れ主従は。置いて行かれる私に、通行人達があることないことひそひそと。屈辱だわっ!!
「あの子随分ご主人様に冷たくあしらわれてるのね」
「いや、案外そういうプレイなのかもしれないぞ」
「なるほど、あの子あんな顔してドMなのか」
「わ、私はあんな男の奴隷じゃ無いわよっ!!」
私の主は神子様だもの!他の人間に誰が仕えるもんですか!
これ以上変な勘違いされるのは耐えられない。私は急ぎ足で二人を追いかけた。
*
「……」
「あんたねぇ。少しは喜びなさいよ」
同じ湯に浸かる少女が私を睨んでくる。それにそうは言うけど私は邪魔されているだけなのだ。瑠璃椿は今ふて腐れている。
タオルで身体を隠す私に比べれば、何処も隠さぬその姿勢は男らしく潔いものだが……うん、胸もない。でも鍛えてるからか腕とか足とかには細いなりに多少の筋肉がある。健康的な肉体とでも評価すべきか。なんというか少年のような……とその前に形容詞が入るかも知れない。これで付いてる物付いてればなぁと、溜息を吐く私に……彼女は胸のなさにケチを付けられたのかと私を睨む。だがそうではない。私はとりあえず弁明をしておいた。
「私は女性の裸にはあまり興味ありませんので」
「身体張ってあんた元に戻そうって頑張ってる私の身にもなりなさいよっ!!」
女の裸を見せて、私にときめかせて私が男だと思い出させようということらしいが、まったくときめかないのだから仕方がない。そもそも彼女には何の関心もないのだ。
この赤髪の少女、ロセッタに無理矢理別の風呂に連れて来られた。金の力で今日一日貸し切った家族風呂という部屋らしい。そこまで広さはないが立派だし、傷に染みるが身体の疲れは取れる気がする。だから風呂に関しての不満はない。不満があるとすればここに彼がいないこと。私は毒人間だから大浴場は使えない。それは解っているけれど……
「せっかく飛鳥様のお背中流せると思ったのに……」
「背中流す位ならあんたまで脱ぐ必要無いでしょうが」
「それはまぁ、背中流すなんて唯の口実です」
「だから止めたのよ。あんたが男湯なんか行ったらあんた男漁りパーティ開きそうなもんじゃない。それで死体の山でも作られたらこっちが事後処理に困るのよ」
「水中プレイなら私の毒は流れますし、死人を出さずに最後までやれます!」
「やるな馬鹿っ!」
頭から風呂桶のお湯を思いきり掛けられた。 濁り湯だったこともあり、違うことを連想して少しドキドキしたがこれは彼女とは関係ないことだ。
彼女もそれに気付いたのか、居たたまれないような顔でそっぽ向く。
「あんたはさ……なんだってそんなんになっちゃったのよ。こないだまでの……ううん、2年前のあんただって………こんな風じゃなかったはずよ」
「2年前……?」
おかしな事を言う。私が彼女と会ったのは、昨日が初めてだったはず。そんな彼女が私の何を知っているというのだろう。
疑問符を浮かべる私に舌打ち、彼女は湯の中をズカズカ詰め寄り、私のタオルを引っ張った。
「っていうか野郎の前では脱げて私の前で脱げないってどういうこと!?腹立たしいからそのタオル取りなさい!せめて腰巻きにしろ!胸まで隠すな女々しいっ!!」
「きゃああああああああああ」
「女々しい声出すなっ!あんたほんとに付いてんの!?」
「嫌ぁああああああああああ!!」
「いい加減にしなさいっ!あんたそんな声出して恥ずかしくないの?プライドないわけ!?」
上半身分引っぺがし……そこで彼女は手を止めた。胸も腹も背中も凄い傷だらけ。見ているだけでこっちの肌までヒリヒリしてくる。そんな風に彼女の顔も痛がった。
「あんた、これ……あいつに……?」
「解りません。知りません。覚えていません」
そんな言葉が勝手に私の口から絞り出される。逃げるように、目を背けるように。
「そうだ。これはきっと、飛鳥様が……ご主人様が私を使ってくれた証なんだと思います」
「んなわけないでしょ!?あのへたれDT野郎がこんなハードなこと出来るわけないじゃない!現実逃避もいい加減にしなさいよ!」
彼女が私の頬を強く打った。
「いい?あんたはリフル。あんたはセネトレア王都西裏町の殺人鬼Suit!商人、貴族殺しの殺人鬼!そして混血と奴隷の味方!」
「ロセッタさん……」
「ちょっと敵の策にやられた位であんたの信念は揺らぐものなの!?そんな安っぽい正義だったの!?あんたは命も惜しくないって償いのために生きてたんでしょ!?それが何!?混血を、奴隷を守るって言うあんたの意思はこんなにすぐ消えてしまう物なの!?」
「私は……」
「あんたがずっとそのままでいるって言うんなら私は一生あんたを許さない!あんたが罪のない人を殺したのは何もこれが初めてじゃないでしょう!?何を今更そこまで、思い悩むのよ!?」
そこで思いきり突き飛ばされた。湯の中に沈む私が浮かび上がる頃には、もう彼女は風呂場から消えてしまっていた。先に上がってしまったのだろう。
ぶくぶくと顔半分までお湯に浸かりながら、私は考える。彼女の言葉の意味と、泣き出しそうな彼女の瞳のその意味を。
*
「遅いなあいつ……」
アスカは心配だった。ロセッタに連れて行かれたリフルのこと。しかし女の風呂を覗くわけには……いや、主の裸を見るなんてそんな畏れ多いことが出来ない。あんな胸の抉れたロセッタのことはどうでも良い。
リフルのことが心配で、こうして長湯も出来ず二人が向かった風呂の前で待っている訳なのだが。
「あいつ……変なことされてねぇといいんだが」
「私を何だと思ってんのよあんた。禁断とエロ殺しの聖十字、ロセッタ様がそんな展開用意してやるとでも思ってるわけ?」
湯上がりのロセッタ。いつも暴れ放題の赤髪が、湿り気を帯びまっすぐに。こうやって見れば少しは女らしく見える。浴衣が似合っているのも元がタロック人だからだろうか。歩き方にも品がある。普段はそんなの欠片もないのに。
「……何?」
「い、いや」
俺の視線に気付いたロセッタが睨み付けてくる。こんな顔は相変わらずだ。
「やっぱ元がタロック人ってのもあるが着こなし凄ぇな。似合ってんぜ」
「ばっ……馬っ鹿じゃないの?」
「ははは、そうしてると女みてぇだ」
「私は元から女だって言ってんでしょ!?」
「んであいつは?」
「駄目だったわ。苦肉の策さえ通じないなんて……女の裸見て何も思わないなんて」
「そりゃ嬢ちゃんじゃ無理だろ。俺だって反応しねぇし」
「しなさいよ馬鹿っ!!」
そうは言うがここまで胸がない女に反応するくらいだったら、あいつに反応する方がまだ正常な気がする。
「まぁ、ショック療法としてはありかと思ったんだけどな」
「なんで私の裸が精神的ショック与える前提なのよ!?むしろサービスじゃない!」
「いやむしろ嬢ちゃんがサービス受けたようなもんだろ。あいつの玉の肌を視姦出来るなんてそうそうあることじゃねぇぞ?あいつの普段の露出の少なさ見ろよ。貴重なんだからなかなり」
「何で私が野郎の裸なんかで喜ばないといけないのよ!?見たって全然面白くないわよあんなの!」
「お客様、そろそろお部屋にお戻り下さい。お食事の準備を……」
「あ。すいません。瑠璃椿ー!お前もそろそろ上がって来いよー?」
旅館の人間に注意され、俺はロセッタと共に部屋まで戻る。その直後、室内には次々に料理が運ばれてくるが……俺はそれを眺めるだけだ。
「……あんた、食わないの?」
「ん、ああ。先に食ってろよ」
食事に箸を付けようとしないロセッタが俺に尋ねる。
「…………あいつを待ってるの?」
「あいつが俺のご主人様だからな」
「よく弟を主になんか出来るわよねあんたも……」
「その話題は止めてくれ」
「あいつがいないから言ってんのよ」
料理はもう全て運ばれた。鍵は掛けた。数術で盗聴も防いでいる。問題はない。彼女は俺を心配性めと肩をすくめた。
「あんたは結局あいつとどうなりたいわけ?ずっと言わないつもり?」
リフルがあんなややこしいことなっているのは俺がはっきりしない所為だと彼女が責める。
「あんたが自分の正体バラせばあいつも変な気なくすでしょうよ。あんたはそれじゃあ満足できないの?」
あいつの兄として収まること。俺は失った家族を取り戻す。一つの願いは叶うんだ。それが叶えば。でも……
「……あいつが俺を認めてくれるかはそれとは別だろ」
俺という存在はあってはならないものだ。だからシャトランジアの正史からも間引かれた。
「あいつは父親とも母親とも上手く行かない内別れたんだ。それならせめて、あいつの両親は互いに想い合っていたと思わせてやりてぇじゃねぇか」
政略結婚なのかもしれない。それでもそこに愛があってあいつが生まれたんだと縋る縁を……どんなに微かでも残してやりたい。俺の正体は、その僅かな糸さえ断ち切ってしまう。
「俺のエゴであいつにそんな思いはさせたくねぇんだ。解ってくれないか?」
それがどんなに手っ取り早くあいつを落ち着かせるための方法なんだとしても、俺にはそれは選べない。
「なら、腹ぁ括りなさいよ」
家族になれない、戻れないなら……新しい形をちゃんと探せと彼女は言う。
「今のあんたのあいつへの思い入れは、主従や友人のそれを越えてるわ。それがあいつをおかしくしてる原因の一つ。あいつが我に返った時、あんたがそれを言えてたならあいつは元に戻ってたかもしれないのに……」
だから神子は俺がおかしくなるのが一番手っ取り早いと言ったのだ。俺の本当を隠すには丁度いい隠れ蓑だと。
「だからってそれは両極端過ぎんだろ」
正体明かすか一線越えろってどんな選択肢だよ。
「いい?あいつは身分を失ったって言っても王族なの。あんたもそう。責任ってものがあるの。解る?」
「それは身分と権力に胡座かいてるやつの持ち物だろ。俺らはそういうのは捨てたんだ。今更王族として国だの世界にしてやる責任なんてものはねぇよ」
あるとしたらそれは、犯罪者としての責任。其方の方だ。
「それでもあいつはあんただけのリフルじゃない。そこは解ってんでしょうね?」
「それは……」
「今のあんた見てるとそれが解ってないように見えるわ。あいつはあんたの物じゃなくて、もっと大きなものの物。あいつは奴隷は奴隷でも、あんたのじゃなくて世界のなのよ」
生きるのも死ぬのもこの世界のため。それが王族としての義務であり、そして犯罪者としての責任だ。自分のためでも誰かのためでもあってはならない。
しかしそんなことを言われても、俺は納得が出来ない。
「あいつは……」
棺の中にいたあいつは、いつも……俺だけの物だったじゃないか。笑わないし泣かないし俺を見ないし俺を呼ばない。それでも俺の物だったはずだ。
それがどうして。生き返った途端、あいつは俺の手から離れていくんだ?無くした物を取り戻す。それはそんなにいけないことなのか?あいつは俺の弟なのに。
「…………な、何よ」
「俺ももう一回風呂でも行ってくる。あいつ遅ぇし」
これ以上ロセッタの話を聞きたくなくて、俺は席を立ち上がり廊下へと出る。
「…………にしてもあいつ遅いな。まさかのぼせてなんかいねぇだろうな」
自分の呟きを耳で聞いた後……そんな気がして余計あいつが心配になった。駆け足で風呂へと向かい……暖簾を潜り、扉を叩く。
「瑠璃っ……リフル!」
返事はない。扉に手を掛けると鍵は掛かっていなかった。土足のまま上がり込んだ脱衣場にも姿がない。
「リフルっ!」
風呂への戸を開けた先に、濡れた銀髪が見える。
「馬鹿!何やってんだお前っ!」
のぼせてやがる。顔が真っ赤だ。すぐさま抱きかかえ脱衣所の椅子に横にならせる。タオルを冷やして頭に乗せるが……
《アスカニオスにしては立派立派ー!大変良くできました!》
「よ、余計なこと言うなモニカ!」
緊急事態にまで変なことを考える余裕なんて普通はない。無いのだが、無かったのだがこの精霊が余計なことを言うから、途端に恥ずかしさが浮上する。
まだ身体もちゃんと拭いてやってないっていうのに。べっとりと肌に張り付いたタオルを引き剥がす勇気が出ないので、タオルの上から別のタオルを被せてそれを抜くという何とも情けない手法を使う。
こいつは顔だけなら女なんだ。そんな相手がタオル一枚。そんな状況で二人きりなんて精神衛生上良くない。俺が真面目に看病しようと思った気持ちを返せモニカ。
《それで?ここからどうするの?》
「お前は扇風機代わりになれ。風の精霊だろ」
仕事を命じられてつまらないと叫くモニカだが、脱衣所から数術代償の物をしっかり受け取ってから数術を紡ぎ始めた。
「……ん?こいつ着替えもって来てねぇのか?」
熱が収まってきたらこの格好は良くない。風邪なんか引かれても困る。期を見て服でも着せるべきだろうか。そう思ったがやっぱり恥ずかしくて直視が出来ない。目の端々にそれでも映る、傷跡が目を引いた。
よく考えたら傷の治療をするってことはこのタオルの下を見ないと行けないわけで、俺にはハードルが高すぎる。ていうか無礼だ。
《でも浴衣はあるわよー。下着はないみたいだから空気読んだんじゃない?》
「どんな空気だ」
《当たり前だけどやっぱり胸はないわねー》
「あ、あって堪るか!こいつは男だぞ!?」
自分に言い聞かせるように俺はそう叫ぶ。その大声に、微かに……リフルが身動ぐのが見えた。
「ん……」
「だ、大丈夫か?」
まだ意識は戻っていない。それでも息苦しそうな声がする。咽でも渇いたんだろうか。
(って俺は何を考えてるんだ!?)
こんな状況で水を飲ませるなんて、そんなの無理だ。こいつは俺の弟なんだぞ?
《チャンスじゃない。なんでやらないのよー》
不可抗力と言い張れる美味しい機会だとモニカは言うが、この間と言っていることが違うじゃないか。寝込みを襲うのは最低だとか行ってたのは何処の何奴だ。
しかしあいつは苦しそうだ。その息遣いとか、紅潮した顔とか、長時間傍にいるのは俺にも毒だ。でもこいつの咽が潤わない限りずっとこれを見せられるのか?それも困る。
(でも……だからって……)
この唇に、トーラが触れて。ラハイアが触れて。俺が知らないところでもっと大勢の人間を殺して、解毒してきた兵器。
俺が毒に倒れたときは屍毒を使って解毒した。だから俺には触れていない。何で俺だけそうやって避けるんだよ。洛叉の時だって平気でやろうとしていた。俺が止めなかったら大安売りしていたところだ。あいつと間接だなんて御免だぞ。いや、ということはここで俺がやっておけばあいつもそれを嫌がって、こいつに迫ったりしなくなる?そう考えればこれは美味しい。可愛い弟のためだ。あんな変態傍にいない方が良いに決まっている。
「…………」
仕方ない。これは介抱のためであって、やましい気持ちなんか全然無いんだ。そうだ。人工呼吸みたいなもんだ。長椅子の横に跪き、俺は意を決してリフルを見る。
こんな風に寝顔を眺めると昔を思い出す。
あの頃は眠っていた。死んでいた。顎を掴もうと伸ばした手が何故か首へと伸びて……そこに昔はなかった物を見つける。俺が送ったチョーカーと……ラハイアの十字架だ。
「リフル……」
生きているお前は俺の手を離れていく。こうして他の誰かの心を預けられて。
戻らないで欲しいと思ってるって?それは間違いだロセッタ。俺が戻ってきて欲しいと思ってるのは、リフルですらないんだよ。
「那由多様……」
死んでいるこの人が欲しい。何処にも行かない誰も見ない。俺も見ないだけど否定しない。拒絶もしない。そこにいてくれる。それが、俺のリフルだ。
リフルは好きだけれど、間違っているんだ。正しい姿の、元々のあいつは死んでいる人間。名前を呼ばれる、頼られる喜びはあるけれど。激しくはない喜怒哀楽。それはとても綺麗だけど、俺の予想とはもう別物だったんだ。それは大きな裏切りで、俺の思い出を打ち砕く。
「何してんのよあんた!」
その声に気付いたのは、鈍い痛みを覚えた後。見れば俺の身体はあいつから遠く、脱衣所の床に転がる。見上げればタオルを手にしたロセッタがいる。彼女もまた風呂に入りに来たのだとは解った。
「いきなり、何すんだよ……痛ぇ」
「それはこっちの台詞よ。あんた自分が何してたか解ってる?」
「そんな水飲ませるくらいで何キレてんだ」
「はぁ?何処の世界で首を絞めるのが水を飲ませるって言うの?」
「え……?」
本気で解っていなかった俺の様子に、ロセッタが軽く目を見開いた。
「モニカ……マジなのか?」
《私が止めろって言っても全然聞こえてなかったみたいでお手上げだったわ。アスカニオス……貴方まだ……》
モニカもロセッタの言葉を肯定。こともあろうにこの女共は俺が主の首を絞めたなんて宣う。
「俺は……」
その無意識は、どこから来た?俺がこいつの首を絞めるのはこれで二度目。
「違う……俺は、リフルを怨んでなんか……」
死ねばいいとか殺してやりたいなんて思っていない。
「あんたじゃ無理よ」
それでも俺の殺意を前提に、ロセッタは言葉を紡ぐ。
「幸福値の差で、あんたはこいつを殺せない。自分の本当の願いも解っていないような奴に、数値破りは出来ない。残念だけどこいつはもう、あんたのリフルじゃないのよ」
「俺は……っ!」
「私はあんたの我が儘でこいつを殺させてあげるわけにはいかない。こいつの介抱は私がする。出て行きなさい」
教会兵器、冷たいその銃口を俺は向けられた。出て行かないなら引き金を引く。彼女の赤が物語る。
*
「なんなの、あいつ……」
ロセッタはアスカの背を見送りながら、釈然としない物を感じていた。
「…………水とか何とかって言ってたわね」
見れば確かに苦しそうだ。首を絞められていたから当然だろうけど。
「ったく……情けない男」
水くらい無心で飲ませられないものかしら。大したこと無いじゃないこのくらい。世の中にはもっと凄いことだって幾らでもあるんだし。これだから童貞は。
水を口に含んで、私はリフルに顔を近づける。間近で見るとほんと女みたいな顔してる。珍しい混血だけあって、やっぱり綺麗だとは思う。神子様を最初見たときは天使か何かだと思ったけど……こいつはそういう風な光はない。生きた感じがしない美しさ。どこかの人形師が魂削って作り上げた人形。そういう不気味な影というか違和感がある。だけどその不気味なところがこいつの綺麗を増しているようにも見えるのだ。
「………」
すぐにうがいできるように水の入ったコップを近くに配置。毒には触れないように水だけ押し込むのが目的だけど失敗したら命に関わる。いざという時のためにナイフも用意。毒を食らったときはこいつの屍毒を貰って解毒するしかない。
恐る恐る、口に水を含み……覚悟を決めて私はそいつに口付けた。水を流し終えるまでの僅かな時間、リフルの顔を見ていた。邪眼は開いていないのに……何故か目が離せなかったのだ。綺麗な銀髪。それに見惚れていた。
はっと我に返った時にはもう水は無くなっていた。それなのに私はまだ……何やってるの私。急いで身を起こし、身体を離す。男の物とは思えないような唇の柔らかさがまだ私に残っている。
(落ち着け。落ち着け私)
こんなの全然大したこと無いわよ。幾らでもされて来たじゃない。もっと凄いところにキスされたりさせられたりしたじゃない。このロセッタ様がたかがキス一つで動揺なんかするわけないじゃない。ちょっとこの部屋が暑いから私ものぼせて来ただけよ。
今あったことを消すように、私はうがいを始めた。無心になって長時間……ガラガラとうがいを続ける内にあいつは目を覚ましたようだ。
「あ、起きたのねリフル……」
「ロセッタさん……?」
上半身を起こしたあいつは、私を見て微笑んだ。それはとても優しい笑みだ。あんな顔でそんな顔されたら、誰だって少しはおかしな気持ちになる。これは条件反射。邪眼の所為よ。こんな女々しい男に、私が……私が……
「よかった。無事だったんだ」
「ど、どういう意味よ?」
だけどリフルは変なことを言う。私が無事?それは何?
「君をフォースが探していた……早く」
「あんた……」
私と出会ったその日まで、記憶が進んだんだ。今更助けられても遅いわよ。またやり直そうっていうの?私の過去は何も変わらないのに。そう思えば憎しみと怨みが私の中を暴れ回る。それをぶちまけようとしたけど……その目を見て、出来なくなった。
魘されているのだ。こいつはまだ……。焦点の定まらぬ目で……私を見ている。救えなかった私は後悔としてこいつの中に残っているのだ。
こいつはあの男とは違う。アスカとは違う。あいつは王族としての責務も犯罪者としての償いも果たそうとはしない。だけどこいつは……逃げないのだ。逃げられないのだ。だからその重さに耐えきれず押し潰されてしまったのだ。
私一人救えなかったくらいでまだ引き摺るこいつだもの。あれだけ多くの人を自分の力で殺してしまったなら……それはどんなにこいつにとって辛くて苦しいことだろうか?
「ロセッタさん……?」
「…………」
罪には罰を。口癖のように何時も私は言ってきた。だけど……この子に必要なのは、罰じゃなくて許し。もう良いんだよって誰かが言ってあげなければいけないんだ。じゃないとこの人は何時までも何処までも歩いていくから。両足が折れても腐れても、歩いていってしまうから。
その身体を抱き締めたのは。そんな顔を見たくなかったから。
あんたの所為よだなんて、罵れなかった。大切な友人を一人失ったのも私が奴隷になったのも……こんな髪になったのも。全部全部……この人には関係ない。
「馬鹿じゃないの……?あんた、馬鹿よ……」
ああ、違う。見たくないんじゃない。見られたくなかったんだ……私が。
神子様が私をこいつの傍に置くのは私達の傷が似ているから。解り合えなくても許し合うことは出来る。世界に人に許されなくても、彼は私を許す。だから私に彼を許せと神子様は言いたかったのだ。
「もっと早くっ……助けに来なさいよ!……馬鹿」
間に合わなかった。だけど間に合ったわ。
少なくとも私の心は救われた。あんたなんかに会わなければ良かった。ずっとずっとそう思って来た。だけどそれは間違いだった。
*
「アスカ……」
「腹ぁ斬って詫びさせてくれ!」
俺は土下座をし、手前に得物を置く。これからこの腹をかっさばく予定だった。
「あんた食事時に変なもん見せんじゃないわよ」
「ああ、そうだな」
部屋に戻ってきたロセッタと瑠璃椿。二人は顔を見合わせて迷惑そうに俺を見る。……って、え?瑠璃椿が俺を、迷惑そう……?
「そ、その口調!!リフルっ!!リフルなのか!?」
「それ以外の何だと言うんだ」
「色々あって、2年前に私と出会った所までは戻ったみたいよ」
その肩を掴んだ俺を見上げてくるリフルは、確かにその頃のリフルのようだ。俺に対する態度も少し冷たくなっているというか薄情になっている。
ロセッタに会った頃って言うとレフトバウアー殺人事件が起こる前。丁度こいつが……
(ってことはトーラ達のことも思い出したのか?)
そうなれば芋蔓式でフォースやラハイアのことまで関連づけられて引き起こされたか?
「しかし奴隷船を助けに来て、第四島まで運ばれるとは思わなかった。そもそも何故アスカがここにいるんだ?先回りか?流石請負組織は違うな」
「あ、いや……まぁ、うん」
そんな風に俺を尊敬してる風に言わないで。実際はお前と一緒に療養に来ただけなんだから。
(しかし……これはラッキーかもしんねぇ)
丁度あの頃のリフルが生きたがり全盛期。大量虐殺事件を引き起こす以前。請負組織として頑張ろうとしていた頃。このままのリフルを維持出来れば……
「まったく。昨日に引き続き二日連続切腹の真似事をするとは。いいかアスカ?私は昨日言っただろう?私を置き去りにしたことを悔やむのなら、私の傍で生きて償えと」
「リフル……っ!!」
「うわっ!」
「会いたかったぜ……」
「な、何を突然……」
涙ながらに抱き付いた俺にリフルが狼狽える。
「今なら感激のあまりお前に何でも出来そうだ。人工呼吸レベル余裕過ぎる」
「私は解毒以外でそんなことはしたくないのだが。こう見えても私も男だし、どうせやるなら女の子の方が良い」
「冷てぇな。だがそれでこそ俺のリフルだ!」
しれっとした対応に俺は吹き出した。こいつがこいつとして生きてくれているだけでこんなに嬉しいことだとは。何で俺あんなことしてしまったんだろう。今度から両手縛っておくべきだろうか。
「そう言えばアスカ、髪が何故一晩でそんなに伸びたんだ?実は物凄くエロいのか?」
「そういうお前こそ、髪短くなってるぜ」
「何?ああ!本当だ!何故こんな事が……?……というかアスカ、髪だけじゃなくて背まで伸びてるぞ?」
「カルシウムって馬鹿にならねぇな。昨日三食牛乳飲んだ所為だと思う」
「どこのメーカーだ?」
俺の適当言葉を本気で信じているわけではないだろう。それでも詮索はしてこないのはありがたい。良いのかこれで。まぁしばらくはこれで誤魔化すしかないだろう。
「どうでもいいけどあんたらいい加減夕飯食いなさいよ。冷えるわよ。っていうか冷えたわよ」
ロセッタの冷たい視線。それに促され俺達は冷えた飯を食らう。冷えていたがこいつと食う飯は最高に美味かった。
「しかし第四島がこんな所だとはな……せっかくだ。少し散歩にでも行かないか?」
「それ、いいな」
「ロセッタさんはどうする?今日は疲れただろうし先に休んでおいた方が良いとは思うが……」
「そうね。それじゃあそうさせて貰うわ」
普段あんたらの監視なんとかとか言っている癖に、割とすんなりロセッタは引き下がった。
夜道を二人で下駄と着物姿で歩く。夜の街は繁華街の灯りがちらつき、照明だけでも綺麗なものだった。第一島とは違い、華やかなムードがある。そんな景色の中で、リフルが小さく呟いた。
「アスカ……今はあれから何年だ?」
「……2年だ」
「そうか。2年か……」
やはり気付いていたか。そりゃそうだ。あんな言葉で騙されるのはアルム位だ。
「私は彼女を助けるまで2年も掛かってしまったんだな。おまけにここ最近のことをすっかり忘れてしまうとは……全くもって情けない」
通りかかった橋の上から小川を見つめるリフルの背中は物悲しそうで、隣に俺も行き……同じ場所を眺めてみる。
「……いい男になったなアスカ」
「っ!?はいぃ!?」
突然なんて事を言い出すんだこいつは。この突拍子のなさがリフル。物静かな所為もあり、過程を口にせずそのまま結論から話し出すからこいつは時々こういう風になる。
「背も伸びたし……髪も綺麗だし、目にも気迫が出た。どうだ?あれからディジットとは上手くいっているのか?」
「いや、全然。むしろ昔より脈無しだ」
「そうか、勿体ない。もっと本気で本腰入れて口説いてみてはどうだ?お前はやる気が足りないだけで、それさえ出せばきっと何でも出来ると私は思うぞ」
「……いいんだよ、俺は」
「アスカ……?」
水面に映る自分の影が、2年前から変わらない。髪の長さは変わっても背は伸びない。俺との差がまた開いたことを悲しんでいるようなその姿。
出来ることなら俺も一緒に立ち止まりたいそう思うけどそれが出来ないなら……それでも俺は、傍にいる。
「俺はお前がいればいい」
「は、恥ずかしいことを……」
「中年になっても爺になっても妖怪みたいにお前に付きまとってやる」
「何の犯行予告だそれは」
「だからお前がそんな顔すんな」
余計なことを考えられないように、ずっと傍にいてこの手を縛る鎖になって欲しい。そのための方法があるのなら……今すぐ俺に教えて欲しい。
(……あ、その手があったか)
それは悪魔の囁きか。不意に名案が浮かんだ。
「俺が大切なのは……ディジットじゃない」
「……え?」
別に言葉自体は嘘じゃない。しかし今の流れでこんな言い方したら、勘違いされるような気がする。こいつも馬鹿じゃない。だからこそそこに賭ける。
勘違い。でもそれならそれでもいい。どうせこいつは毒人間。出来ることは限られている。こんなちっぽけな言葉一つでこいつを繋ぎ止められるなら。俺の狂気を押さえ込めるのなら。
「俺が一番大切なのは、お前だリフル」
*
二人が出て行った。それを確認し、私は頭の中で神子様に呼びかける。報告すべき事があった。アスカがあいつを殺そうとするなんて、こんな情報聞いていないわ。
《どうかしましたかソフィア?》
(神子様、アスカニオス殿下が那由多王子の首を絞めました)
《ああ……それは恒例イベントだから気にすることはないよ》
(え?)
神子様は、茶でも啜るように答えてくれた。え?これって緊急事態じゃないの?神子様はのほほんとした声でよくあることですと答えてくれる。よくあっていいんだろうかこんなこと。
《彼は、弟君を唯愛してる訳じゃあないんだよ》
(そうですね。変質的に愛してますね彼)
私の答えに神子様は吹き出して、咳き込まれた。暫く間が開いて……神子様は言い直す。
《そう言う意味でもなくて……彼はとても複雑な内面を抱えているんだよ》
(複雑な内面?)
《彼は自覚症状がないだけで既に手遅れな程彼にベタ惚れしているからね。独占欲は人一倍だし、危険な思考に取り憑かれている》
(そうですね。種違いとはいえ実の弟に惚れるなんて危ないですよね)
《ああ、うん。それもそうなんだけど、それだけじゃないんだよ》
(まだあるんですか)
《うん、悲しいことに我が国の殿下は随分と異常者みたいだよ》
私の反応に、乾いた笑いを漏らす神子様。
《僕が君をそこに送り込んだのは、彼に那由多王子を殺させないためでもある》
だから目を離すなと、第四島までついて行けと神子様は私に言ったのだ。そんな思惑があったとも知らず私は……
私は私の行いと気持ちを恥じる。そんな私を神子様は責めず、私に情報を与えてくれた
《邪眼に魅了された者は基本的に那由多王子に害を与えない。嗜好によってはそうも言えないけど殺すようなことは絶対に出来ない。これが大前提だ。だから魅了されている時の殿下は少なくとも那由多王子を殺すことはない。その代わり周りの人間を殺しかねない》
(でも……)
《うん。彼は完全には落ちていない。意志が強いからね。だから彼が那由多様を殺そうとするのは彼が正常な時なんだよ》
(はぁ!?あれで正常なんですか!?)
《うん、残念なことに。だから余計なことを考えないように、多少狂っててくれた方が安全なんだよね彼は》
(そ、そういうものなんでしょうか……?)
通信が途絶え、私は妙な気分のまま一人部屋に寝転がる。多少魅了されて狂ってた方が安全ってどんな危険人物なのよアスカって奴は。
暫くするとその危険人物と散歩に出かけたリフルがふらついた足取りで部屋を訪れた。
「お帰り……ってどうしたのよあんた。ていうかアスカは?」
「う……あ、アスカは……また風呂に入ってくるって……」
帰ってきた時のリフルはとても様子がおかしかった。帰って来るなり布団に倒れ、起き上がらない。その顔を覗き込めば凄い真っ赤だ。
「風邪でもひいたのあんた?」
そう尋ねたが首を否定の形に振る。
(あいつが風呂?真っ赤……?倒れる……?)
ロセッタは今の状況を冷静に分析してみた。結果、卑猥な答えしか出て来なかった。
「もしかしてあんたあいつにやられたの?」
「やられてないっ!!」
ガバと身体を起こし抗議してくるリフル。しかし顔は以前として紅潮している。だが、この反応からして方向性は間違っていないようにも思う。
(何かしら……)
何か知らないけど苛つく。私の裸見た時とか、私が水のませてやった時とか、私が抱き付いてやった時はこんな反応しなかった癖に。傷付けられた女としてのプライドが痛む。
「アスカに……キスされた、だけだ……」
「何処に?」
「…………」
「何処?」
「……手の甲」
「阿呆かっ!!!!!!!あんた非処女非童貞の癖にそんくらいで恥じらうなっ!馬っ鹿じゃないの!?」
私は枕を思いきりぶつけてやった。だけど私は悪くない。こっちはまた昨日の今日でトラウマなるようなことされたんじゃないかと思って心配してやったのに!
「そ、そこだけじゃないぞ!額と瞼と頬にもされた!」
「ついでにあいつも大馬鹿かっっっっ!!」
数で誤魔化しやがったわねあのへたれ。そこまでやるなら一思いにやれ!いや、やられたらやられたでこっちの任務としても困るんだけど。
でも効果はかなり良いみたい。しまった!こいつは毒人間だからされる場所じゃない!された回数でぐぐっと来るんだきっと!
トーラにされた時は口だったけどこんなに動揺していなかった。毒を恐れずに触れてくるという好意にこいつは胸を打たれる。その回数が多ければその分ぐらつく、そう言うことなんだ。
(っていうか何これ……)
私は何故だか苛々している。苛々もするわ。でもこんな風になるのは私だけなの?あんたに服着せてやったの誰だと思ってんのよ。介抱してやったのも覚えてないのにあの男なんかにされたことはしっかり覚えててこんな反応するなんて不公平……
(ふ、不公平!?)
今の無し!なんか不適切な表現が混ざってた。私は全然まったくこれっぽっちもそんなこと思ってないんだから。
(……でもまぁ、少しは気分転換になったのかしら?)
昨日までの翳りも顔から消えている。それならこの島に来たのもそう間違いではなかったのかもしれない。
だけど私が身体張ってこいつを元に戻そうとしたの、殆ど無意味だったじゃない。私が一緒に風呂に入ってやったのは無意味だったし、のぼせたショックで海で溺れた記憶とリンクして、私との出会いをうっすら思い出した……それだけじゃない。
「……ってあんたどうしたの?」
「よ、よく考えたら女性と同じ部屋に私がいるのはおかしいな。こんな夜中に失礼した」
これまた顔を赤らめて、慌ただしくリフルが隣の部屋に出て行った。
「何よあれ……」
何で今更赤くなるのよ。私を女扱いするのよ。人の裸見ておいて興味ないとか言った癖に!同衾程度であんな慌てて……
「馬鹿……」
そう呟いた私の胸に、何か込み上げてくる物がある。相変わらずむしゃくしゃするけど、だけとそれは温かな温度を放つ。
少しだけ。ほんの少しだけよ。私は……嬉しかったのだ。
*
(しまった……)
我に返って勢いでロセッタの部屋を出て来てしまったが、私はどうすれば……アスカの部屋に戻るのか?さっきの今だ。平然と対応できるだろうか?
「……飲み物でも買ってくるか」
何故か緊張して咽が渇いた。旅館の外……繁華街には飲料売りの屋台があったはず。
ふらふらと夜風に吹かれながら私は外に出る。海からの潮風はそこまで強くもなく、夏夜の熱気だけ遠くへ運んでくれる。第四島プリティヴィーア。なかなか良い街だ。
「すみません、水を一瓶頂けますか?」
「はいよー」
店主が私に水を差すと同時に。通行人がから、隣の後ろの店主から一斉に向けられる刃物。
「っ!?」
「その首の十字架……お前は教会の犬だな」
「……え?」
「昼間からこの辺りを嗅ぎ回っていたっていうのはお前だな」
「おい、ここじゃ目に付く!場所を移して吐かせよう!」
「ああ、しかし混血の聖十字までいるとは。教会め……舐めた真似を」
「あの、何を……」
彼らの言っていることがわからない。私は教会の人間なんかじゃない。
「これは唯のアクセサリーだと思うんですが……」
「そんな嘘には騙されん!……ほれみろ!これは元々耳飾りだ!教会の犬達のシンボルだ!」
そんな言いがかりを付けられて、私は腕を引かれる。余り暴れて事件を起こすわけに行かない。隙を見て逃げ出すのが一番か。
(確かに寝床に困ったとは言ったけれども……)
何もこんなことにならなくても良かったんじゃないか?
両腕を縛られ、暫く歩かせられて辿り着いたのは廃墟のような建物だ。その建物の中には甘ったるい匂いが溢れかえる。これはたぶん毒の香りだ。良くない匂いだ。直感で分かる。
「お頭!こいつが街をこそこそ嗅ぎ回っていた聖十字です!」
「まぁ……混血の聖十字とは珍しい」
突き飛ばされた私の耳に届くは女の声。暗くてよくは見えないが、その色素の薄さから彼女は恐らくカーネフェル人。彼女が身動きする度に、ジャラジャラと金属の触れ合うような音がする。
「ふぅん……なかなかいい目をしている。気に入ったわ。この子は薬漬けにでもして私のペットにしましょう!」
平然と怖気の走るようなことを口にする。やはりこの国にはろくな人間がいない。
女は手から何かを落として、それがジャラジャラと音を立てる。それが鎖だと気付いたのは、此方まで鎖に繋がれた人間が寄ってきたからだ。
「褒美に私のペットを一匹持って行きなさい。お前達で好きに遊んでくれて構わないわ」
「!?」
「お頭の混血ペットと遊べるとは!」
「お頭は躾が上手いですからねぇ、今日は楽しめそうだ!」
下卑た笑い声。それが無性に勘に障る。
「あらぁ?怒っているの?優しい子ね。見ず知らずの子のためにどうしてそこまで怒れるのかしら?」
「その子には手を出すな。やるなら私をやれ」
「それは出来ない相談だわ。新しい子をいきなり壊してしまうのは勿体ないもの」
私にすっと歩み寄る女の顔には仮面。口元だけを露出した……それだけの表情ではこの女が何を考えているかは伺い知れない。
「それに私はね、相手が男の子でも女の子でも初めては私が貰う主義なの。若くて美しい子の悲鳴と生命力。それは何よりのご馳走よ」
「……それならまず貴女から好きにしてくれ」
どうせ相手は女。配役は余程のことがない限り動かない。演目は多少変わっても最終的に私がこの女を毒殺できる。それは揺るがない。
「あら、……面白い。そんなことを言うのは貴方で二人目よ」
女は何も知らずに嬉しそうな声を出す。
「眼はギラギラと殺意を忘れないのに、口ではそんなことを言う。隙あらば私の喉元食らいついてやろうっていうその目!いいわ……とっても美しい!」
女は高らかに笑った後、腕を振り上げ手下達に指図をする。
「お前達!さっそく宴の用意をなさい!この強情な子が泣いて許しを請う様を、お前達にも見せてあげましよう!」
*
「…………遅い」
そりゃあ俺だって長風呂はしたかもしれない。それでもあいつが帰って来ないのはおかしいだろう?旅館の中で別れたが、あんな狼狽えた様子で出歩いたなんて考えられない。ロセッタの部屋も覗いたがあいつはそこにいなかった。それなら風呂にでも行ったのか?家族風呂の方を覗いたが、やはりあいつの姿はない。
モニカに辺りを飛び回らせて、捜索をさせたがまだモニカは帰って来ない。仕方ないので俺とロセッタで街を捜索することになった。
「あんたが変なことするから嫌気がさして逃げたんじゃないの?」
「何で嬢ちゃんまで知ってんだよ!」
「あの子が私の所に卒倒しに来たのよ。すぐ出て行ったけど」
何故かロセッタはいつもより冷たい。声のトーンに俺への敵愾心が滲んでいる。女心はよく分からない。夜に連れ回されて美容の敵だとでも思われたんだろうか。良いじゃねぇか別にその位。混血ってだけで黙ってればそこそこ可愛いんだ。多少肌が荒れても気にならねぇよ。
「おや、兄さん方は昼間の……」
「ん?」
繁華街まで足を運ぶと、露天商の一人が俺達に声を掛けてくる。
「あの銀髪の女の子といちゃついていた兄さんじゃないか。いや、夜にはそっちの子とデートかい?二股出来るなんて金持ち奴隷持ちはいいねぇ」
不本意だがここは情報収集のため折れよう。視線をロセッタに送れば、渋々彼女も頷いた。
「よく覚えてんな」
「あんな可愛い子はなかなかいないからな。一度見れば覚えもするよ」
しかし一日の通行量を考えればそんなことは無いだろう。幾らあいつが人目を引くとしても、俺達のことまで覚えているはずがない。つまりこいつはあいつの行方を知っている可能性が強い。ここは気付かないふりで従うのが一番か。
「いや、ありがたいな。あいつは俺の自慢の女なんだが、こいつとじゃれてたら嫉妬で逃げられてな。探してたとこなんだよ。あんた、見なかったか?」
謝礼なら弾むぞと金をちらつかせれば、男はこっちだと腰を上げ歩き出す。
「街の外れでね……祭りがあるんだよ。あの子はその笛の音に誘われて歩いていってしまったんだ」
「まったく尻の軽い雌豚め。帰ってきたらたっぷり仕置きしてやらねぇとな」
とりあえず露天商に話を合わせてやる。性格の悪い混血飼いを演じて俺はほくそ笑む。
10分ほどだろうか。歩けば賑やかな街も消え、廃墟群が現れた。その中の一つに男は俺達を誘う。
その中は、妙な空気が流れている。阿片窟のような場所なのだろうか。あちこちで怪しげな薬を売る者と、それを購う者がいる。階を進めば売春宿でもあるのか、右から左から嬌声が聞こえてくる。ここはそれなりに物騒な裏町での生活に慣れた俺でも、不快感と不気味さを味わうには十分すぎた。
(あんたのご主人様、ほんと厄介事に関わるの得意ね。人間悪事探知機って感じ。もう運命の輪にスカウトしたいレベルだわ)
(残念だが金積まれても売らねぇよ)
小声でロセッタと嫌味を言い合うが、本当にあいつは犬も歩けば。何処に行っても面倒事に巡り会う。休暇さえままならない。出歩く場所全てがあいつにこの世の罪を正せと、この世の悪を突きつける。あいつだって人間だって言うのに、身体は一つしかないってのに難儀なことを押しつけてくれるもんだ。
「…………」
「…………ん?」
隣を歩くロセッタが僅かに震えているように見えた。湯冷めしたのだろうか?
「何?」
「これでも着てな」
上着を彼女の頭から被せてやれば、抗議するような目を一瞬向けたがそのまま俺の袖に身体を寄せる。
「な、何だよ?」
「…………俺が暖めてやるくらい言えないわけ?」
俺を嘲笑う言葉を口にするが、くっつく彼女の身体から僅かな震えが伝わってくる。これは寒さではないのだ。この場所はロセッタにとってあまり気分の良い場所ではないらしい。
そりゃ俺にとっても大差ない。うわぁ、凄ぇここ気分良い!ここに永住したい!とか思わねぇし。一刻も早く立ち去りたいという点では同意見。
「お頭!連れてきました!こいつらが残りの聖十字です!」
一番上のフロアに着いて、案内役は大声でそんなことを言う。聖十字の言葉に反応した者達が、一斉に振り返り戦闘態勢へと入る。
「なるほど、そういうことっ!」
ロセッタは着物をまくり上げ、片手に漆黒の十字銃を構える。
続いて俺もダールシュルティングを抜刀。今はモニカがいる。新しい刃のお披露目、肩慣らしには丁度いい。
「止めろお前達。私がそれを呼んだのは、この宴を見せてやるため」
そんな俺の考えも、響く女の声が遮った。女の声に従うように、手下達は動きを止める。
声のした方を見れば、そこはそのフロアの中心。台座の上には金髪の仮面の女が一人。その女の横には布の掛かった檻がある。女が指を鳴らせば手下共がその布を外す。
「リフルっ!!」
檻の中にはぐったりとしたあいつの姿。両手を縛られ吊されている。その首で十字架が光る。あのラハイアからの贈り物が、こいつを聖十字と勘違いさせたのだ。
(余計なことしやがって……)
台座まで駆け寄ろうとした俺に、女は再び指を鳴らす。
「馬鹿っ!!」
ロセッタの声に振り向く。その瞬間俺は風を感じた。その風に避けろと脳裏に響く直感が。しかし風がどこから来るのか解らない。
《アスカニオス!上っ!》
モニカの声にすぐ逃げれば良かった。しかし俺は言われた方を見てしまった。
「ってマジかよ!?」
そりゃあ上ですよ。上ですね。上から来る、それはわかった。だけどさ、この檻距離が幅が広すぎんだろ。解っても走ってもあれは避けられねぇ。後天性の身体能力があり距離もあったロセッタでも逃げ出せなかったんだから。ありゃ酷ぇ……。
「あらあら、そんなにがっつかなくても貴方にも見せてあげるわよ。この愛らしい少年聖十字が汚される様を思う存分にね!」
同僚の痴態で抜けるものなら抜いて良いのよと女は笑う。腹立たしさを覚えるような哄笑で。
「そこまで言うのなら、貴女は余程具合の良い女で?私を愉しませて貰えるんだろうな?」
リフルは無駄に余裕の笑み。あれが非童貞の余裕か。でもどうしてそういうことするんだよ。そうやって挑発するからこの間だってあんなことになったんじゃないのか?
俺の心配は結構当たる。仮面の女はリフルをちゃんちゃら可笑しいわと言わんばかりの笑みだ。
「何を勘違いしてるのかしら?」
女が派手な下着を脱ぎ落とし……ひらとドレスのスカートを捲って見せた。
それにリフルは絶句。俺も奥歯がカタカタ言った。
「あ、あんた男かよ!!」
その年で女装男がいるとは思わなかった。普段リフルが女装三昧だから女装に敵愾心とかは無い。似合ってれば可愛いしいいんじゃねぇの?とは思う。しかし人前に出て良いのは似合っている奴だけだ。いや、この仮面野郎も似合ってるっちゃ似合ってるが自分の年を考えろ。三十路は越えてるだろう。
ていうかなんだその無駄にでかい物は。あのリフルでさえ脅えてるじゃねぇか。いや、それでもちょっと期待している風にも見えるのは俺の目の錯覚か?
「セネトレアは本当に素晴らしい国よ。金さえ積めばどんなパーツだって手に入る!そして数術使いに掛かれば、人体改造も夢じゃない!だってあの人達数値を操れるんでしょう?細胞の書き換えだってそう難しい事じゃない」
「あんたせっかく美人そうなのになんでそんな勿体ねぇことを……」
仮面の下がどんな顔かは知らないが、胸はでけぇし良い感じに年食ってるしこれで人妻だったら俺のタイプだ。しかし下にあんな凶悪な凶器が付いてる以上、人妻だって俺は御免だ。ていうか俺よりでけぇ。あれは長さも太さも堅さも申し分無さそうだ。女に負けるとか……くそっ。っていうかリフルがさっきよりもそわそわした顔になってねぇか?でかけりゃいいってもんじゃねぇだろ。目ぇ覚ませ!そもそもこういう事は愛があってこそだろうが。そんな元はどこの馬の骨に付いてたかもわからねぇ粗末なもんを縫いつけた女相手にそんな顔すんなって……
俺は不意に昔あの時、どうしてこいつの首をもっと強く絞めておかなかったのかと悩んだ。そうすりゃこんな一面知らずに済んだのに。いや……こいつがこんなんなったのは俺が置き去りにした所為で、これは俺の罪なんだが。……それでもやっぱり俺はショックだ。俺の清楚で可憐なご主人様が、なんであんな淫乱ビッチに。いや……それでもやっぱり可愛いけど。
「男だ女だ、私はそういう固定概念が大嫌いなの。女だから男に抱かれなければならないとか、そんなのクソ食らえだわ。そんな法律があるわけでもないのに、国も世界もそれを求める。背負わせる!いかれてるわ!こんな世界!本当の自由なんて何処にもないのよ!」
自分が選んだわけでもない。それでも強いられる暗黙のルール。男に抱かれることは屈辱でしかないのだと仮面の女が言った。その復讐を語るように、女はとんでもないことを言う。
「だから私はね……少年でも少女でも!青年でも幼女でも!私の心の琴線に触れ、私が触れたいと思ったら私が抱いてあげるのよ!」
「っ……!」
檻の側面を取り外し、女はリフルへ近づいた。今の話から再び嫌悪感が勝ったのだろう。リフルが逃げようと暴れ出す。しかし薬を嗅がせられて、その抵抗も止んだ。
「あいつに効く薬だって!?」
「第二島でのこと、忘れたの?」
ロセッタが言う。
「それじゃあ、あいつが……」
第二島で毒媚薬を作っていた者。それが他の島へと移動した。そんな話は聞いていた。
「あいつがっ……リフルをあんな身体にしたっ……」
毒人間への最終段階を進めさせた毒の作り手。
(許せねぇ……)
俺はダールシュルティングを鞘で鋼鉄刀に切り換えて、檻をぶん殴る。しかし固ぇ。こんなんじゃ、傷一つ付けられない。
俺の足掻きを仮面の女は笑って、リフルの腰を引き寄せる。
「貴方はどんな顔を見せてくれるのかしら?とびっきり嫌な顔を見せてくれるわよねぇ?その女の子みたいな顔、恥辱と屈辱でぐっちゃぐちゃにしてあげるわ。貴方の中みたいにね」
「そこまでよ」
いつの間にか牢には大きな穴。ロセッタは台座への階段をほぼ登り切っていた。
俺が鉄格子を打ったその時に、ロセッタも撃っていたのだ。だから聞こえなかった。
「ほんと、変態と悪人ってしぶといのね」
ロセッタが先程の発言と共に引いた引き金。それは女の仮面に当たり、女の素顔を暴き出す。
仮面の下には大きな火傷の跡。元は美人だったんだろうが顔半分が火傷で覆われていて、直視するのも憚られる。それでもロセッタはそいつの顔を真っ直ぐ睨み、銃口を向けていた。
「ここであったが百年目!引導渡してやるわ、ファルマシア=リーベスト!」
「その赤毛……メディ!私のメディシー!嬉しいわ!また貴女に会えるなんて!」
「私は会いたくなかったわよ。ていうかあんた死んだもんだと思ってたわよ」
「あはははははははは!面白いことを言うのねメディ!」
ロセッタは吐き捨てるよう、女は愛おしげに……対照的な言葉を紡ぐ。
「か、顔見知り……なのか?」
ロセッタと仮面の女ファルマシアはどうやら面識があるらしい。俺は半ば呆然としたまま、それでも牢から飛び出した。それに気付いた手下達が向かってくるためなかなか台座までは進めない。
「聖十字を探し回ってたっての、まさか……そういうくそったれた理由なんかじゃないわよね?」
「勿論、愛する貴女のためよ私のメディ?」
「それが遺言ね。今度こそきっちり息の根止まるの見届けてやる」
「それは出来ないわ。だって貴女は私が大好きじゃない。だから殺せなかったのよ?殺したつもりになっただけ」
「違うっ!」
「あらぁ?その顔……なるほど、そう言う事ね。貴女は昔から惚れっぽい浮気者だったものねぇ」
ファルマシアはリフルの背後に周り、銃を構えるロセッタへの盾として使う。ロセッタの任務はリフルを助け、死なせないこと。
そんなことを知る由もない。だけどそれに引き金を引けなくなるロセッタを見て、にぃとファルマシアは笑うのだ。
「今はこの子に夢中なの?そうね、面食いで更に男嫌いの女嫌いの貴女らしい選択だわ。女の子みたいな男の子。可愛いけど優しくて、潔くて男らしくて……」
「っ……」
服の上。それでも、まだ癒えない傷の上から爪を立てられて。リフルが苦痛に呻く。早く助けに行きたいが、敵の数が半端じゃねぇ。
「そんな子が、貴女の目の前で女みたいな声を上げさせられたら失望物よねぇ?百年の恋も冷めるわねぇ?ふふ、貴女の悔しがる顔を見るのが楽しみだわ。ねぇメディ?私のこれ、以前より凄くなったでしょう?可愛い貴女をもっと可愛がってあげるために新調したの。貴女はもうあれじゃあ満足できない身体になっていた頃だものねぇ?」
「黙れっ!それ以上言うなっ!!」
「駄目よメディ?ご主人様に向かってそんな口の利き方しちゃあ」
「それ以上騒ぐなら、この子の奥まで挿れてあげるわよ?こんな小柄な子だものねぇ。こんな規格外の物挿れられたら、直腸破裂して死んじゃうかもねぇ?こんな可愛い子がそんな惨めな死因だなんて恥ずかしいわよねぇ?」
「や、止めなさい!そんなことして唯で済むと思ってんの!?」
あんなので俺の主を汚させて堪るか。しかし攻撃の術がないあいつの起死回生。汗が出るほどの長期戦をしてくれそうにはないあの女。それでも血さえ出ればリフルの勝ちだ。屍毒で毒殺できる。しかし、だがしかし、俺はそんな大怪我治せるのか?俺は医学の知識はないし、人体構造理解せず、下手に傷だけ塞げば、大変なことにもなりかねない。外部の怪我は何とかなるが、内側の怪我なんか俺には治せそうもねぇ。
(くそっ……)
洛叉の野郎を毛嫌いしていたのが不味かった。今更だ。医学なんてそんな数日で覚えられる事じゃない。俺はあいつに頭を下げてでも……奴に出会った頃から学んでおくべきだった!それかあいつをここに連れてくるべきだった!
「ロセッタっ!!」
俺がそこに行くまでなんとか時間を稼いでくれ!悔しいが今は、お前しか頼れないんだ……ロセッタ!!俺の主を、弟を……死なせないでくれ!
主人公がヒロインポジションってのは裏本編ではいつものことか。
最近エロ回ばっかですみません。しかも主に誰得な。




