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47:Leges bonae ex malis moribus procreantur.

 漆黒の髪に血よりも深い赤い瞳の真純血のその女。

 声良し。顔良し。身体良し。更には頭も良いらしい。そんな絶世の美女と名高いタロックの王女様。今はセネトレアに嫁ぎ、王亡き今はこの無法王国を統べる女王だ。

 俺がタロックにいた頃から妙な噂は聞いていた。求婚者を片っ端から気に入らんと処刑三昧なんちゃらとか。

 実際に俺が見たのは初めてに等しい。半年前にちらっと遠目に見かけたことがあったくらい。確かに震え上がるほどいい女だとは思うが、それ以上に恐ろしさが勝る。


 「姫様、此方が連続婦女強姦殺人事件の犯人です」

 「ふむ……なるほどのぅ」

 「じょ、女王様!これは何かの間違いです!私は無罪ですぅっ!!」

 「妾の好みじゃないから死刑」


 「姫様、此方が連続少年強姦殺人事件の犯人です」

 「ふむふむ。なかなかの色男よのぅ。どんな技持ちか気になるのぅ……其方!無罪じゃ!今夜妾の褥に来るが良いっ!」

 「え、幾ら美人でも……女はちょっと……」

 「やっぱ死刑!妾を侮辱するとは許せんっ!」


 「姫様、此方…」

 「生理的に無理。死刑!次っ」


 「姫様…」

 「イケメン無罪っ!次っ!」


 兵士達によって連れてこられる罪人達を、証拠も証言もそこそこに顔と気分で判決を言い渡す理不尽法廷。


 「とんでもねーな……あのお姫様は」


 その光景に、アスカは毒の王家の人間の残虐性に震え上がった。

 それに比べて俺のご主人様はなんてお優しいことで。天敵の聖十字のためにわざわざ捕まりに行くわ、汚名広めてくれた殺人鬼のために身代わりになるわ……優しすぎて泣けてくらぁ。


 「何が凄いって、あれがパフォーマンスだと思われてる事よね。あまりにぶっ飛び過ぎてて娯楽の一環、劇かやらせだと思われてるみたい」


 先日のように黒髪男に変装したロセッタ。ここで混血の恰好は目立つからな。しかし鶸紅葉はこうはいかない。スタイル良いし、胸あるし、トーラの視覚数術のお世話になっている。それはさておき。

 このとんでも裁判。処刑ショー。元々殺される者は重罪者という設定。予め罪状が決まっていて口述はそれをコミカルに演出するものだと思われている。いくら絶世の美女だからってそんな好意的な解釈ありかよ。


 「まぁ、何が怖えぇってあの処刑方法を見ても何も言わないどころか、観客がヒートアップしてるのが怖えぇえよな。もっと殺せーとかブーイングばっか」


 このセネトレアは金で命さえ買える国。だから人の命に価値がない。処刑を楽しむ神経を持った馬鹿共が大勢いる。

 本当なら、女王の残虐性を知らしめるショーのはず。それがむしろ歓迎されている風なのはどうして?あり得ないだろ普通、そんなこと。


 「たぶんこの場の空気に飲まれてる。一種の催眠状態にあるんだ。」


 「いや、相変わらずだね彼女。半年前とまるで変わらない。あそこまで成長しない人間っているんだね」


 トーラは変な方向に関心している。


 「……私がタロックにいた頃から酷い噂はあったけど、基本城の外に出たりしないから、狂王に比べればあれでも可愛いもんだったと思うわ。向こうじゃ王の処刑の方が圧倒的に被害多かったし」


 ここまで表舞台に出てくるような人間ではなかった。タロックでの女の地位はあまり高くはない。それが嫌でこの姫は外に出てきたのかもしれないとはロセッタの見解だ。


 *


 順番待ちの控え室。室内には私と、ラハイア、それから彼の同僚男。


 「早まるな」

 「わ、解っている」

 「全然わかっていないようだが」


 リフルは溜息を吐く。ラハイアは本当にどうしようもない奴だ。一応城に捕らえられている以上、教会の法では生温い、死刑を望まれるようなそれなりの極悪人達。それを相手に助けに飛び出そうとするのは流石に阿呆だ。それで今回の策が全て台無しになったら元も子もない。


 「というよりお前はもう帰って良いぞ?そもそも私をここに連れてくるのがお前の仕事であって、もうお前に用はない」

 「き、貴様ぁっ!!人が心配してついていてやれば何だその言い草は!!」

 「いやぁ、今日もあっついねぇお二人さん」


 朝になったらまたどこからともなく現れたラハイアとロセッタの同僚。何をしてきたのかは知らないが、彼もどうしてここについていてくれるのか解らない。それでも一応味方ではあるようなので、そう邪険にも出来ない。衣装を用意してきてくれたのも彼だし。昨日は街歩いたから普通に女装のままだった。


 「しかし……こんな一方的なものを裁判と、法廷と呼んで良いのか?いや、良いはずがない」

 「そんなにすぐ結論を出せるならわざわざそんな文法使わなくて良いような気がするな」

 「貴様は人の揚げ足を取って楽しいか!?」

 「まぁ、そう言うな。私も少しは緊張して居るんだ。お前をからかいでもしなければ精神安定も出来ない」

 「俺で安定させるな!」

 「まぁまぁ、落ち着けよライル。美人さん相手にそうカッカするな」

 「そういう問題じゃないだろう!?」


 まぁ、ラハイアをからかうのもこの辺にしておくか。作戦が上手く行けばまた何時でもからかえるのだから。


 「まぁ、策は先に話した通り。ラハイアにあそこまで熱く口説かれた以上私はここで死ぬつもりはない」

 「え?やっぱお前……」

 「誤解を招く言い方はよせ。俺はお前を死なせるつもりはないと言っただけだ」

 「まぁ退路確保は俺が何とかしておいたし、よっぽどのことがない限り何とかなるとは思うんだけどな」


 ラハイアの同僚はさらっと凄いことを言う。流石ロセッタの同僚。教会の裏の人間は言うことも違う。


 「おい……ちょっといいか?」


 突然控え室の扉を叩かれる。その声の主が誰かも解らない。さっと布を被り……それから仮面を付けて顔を隠そうとした。したのだが、その前に身体が浮いた。


 「!?」



 ラハイアはエティエンヌとか呼んでいるが、運命の輪としてはラディウスとかいうその男。

 金髪のカーネフェル人のように見えるが、ロセッタの同僚だ、実際どうなのかはわらからない。気がつけばその男に抱えられ、クローゼットの中に共に退避させられる。


 「いきなり何を……」

 「しっ、ちょっと静かに」


 静かにしてくれと口を押さえられた。息苦しいのは困るので、解ったと頷き手は離して貰う。


 「ラハイア……」

 「ティルト!?」


 その何は、聞き覚えがあった。室内に入ってきたのは黒髪赤目のタロック人の少年……に見えるが、その名は少女のものだったと思う。その姿は、城で女王に仕えている騎士達と同じような恰好。ロセッタと同程度に慎ましやかな胸のお嬢さんだからか、男の服を着ているからか、女にはまぁ……見えない。それに以前より少し凛々しい顔つきになっている。その所為もある。

 彼女はティルト。確か一月前に私達がセネトレア王暗殺のため、タロックの辺境で出会った。故郷を焼かれ家族を失ったこの少女。セネトレア女王へ復讐をと言う彼女をこのセネトレアまで運んで来たのは私達だった。もし何かあれば西裏町を頼れと伝えておいたが彼女が頼ってくることはなかった。

 止めても無駄だろう。そう思い見送った……というのも嘘ではないが、彼女の顔はあまりに似ていた。半年前に見た……異母姉様。それに複雑な気持ちになったのも確か。

 しかし目や髪の色は彼女の方が大分薄いし、年令的にも彼女は幼い。女らしさや色気にも欠け、……似ていると言っても顔だけだ。女王を知らない人が見れば、美しい少年だと思う程度だ。それでも私などよりは、余程あの女に似ている。弟と言われれば納得する者もいるかもしれない。

 しかし、だ。女王暗殺なんて一人で出来る事じゃない。野垂れ死ぬ前に諦めて頼ってくるかと思っていたが、城に潜り込むことに成功していたのか。彼女が無事に生きていたことにほっとする気持ちと……それを不思議に思う気持ちがある。


(姉様が……正体に気付いていない?いや……そんなはずがない)


 しかし男にしか興味の無いようなあの異母姉が何故この少女を生かしたのか。


(……あんまり覗き込むと危ない。気付かれる)


 クローゼットの扉の隙間から様子を窺う私を、運命の輪は小声で窘める。


(というか何故貴方も隠れるんだ?)

(そういう可愛子ちゃんこそ、あいつ知ってんの?)

(……一度会ったことがある)

(そうかそうか。まぁ、俺も色々とあってなー……潜入捜査とかうちの神子様扱き使うから)


 彼女とは会いたくないと運命の輪は苦い顔。よく分からないが彼にも何やら事情があるらしい。


 「……?あんた、一人か?」

 「用があるなら外で聞こう」


 ラハイアは部屋から彼女を追い出そうとするが、彼女が食い下がる。


 「Suitを捕らえたというのは本当なのか?……見たところあんたの他に誰もいないようだけど」

 「それは法廷で明らかにする。その時まであれは機密事項だ。そう人目に触れさせるわけにもいかないからな」


 その言葉に少女は一応は納得したようだが……それでもまだ諦めてはいないよう。


 「ラハイア……頼む。彼の居場所を教えてくれ!俺をSuitに会わせてくれ!」

 「これは仕事だ。私情で情報漏洩は出来ない」


 腐っても仕事人間。相変わらずの堅物だ。私への対応はまだ柔軟な方に見えてきた。


 「そもそも、何故君があいつに会いたがる?」

 「それは……」


 ラハイアの問いかけにティルトが口籠もる。


(あれは礼を言いに来たという顔ではないな)

(あの嬢ちゃんもなぁ……ちょっと一途すぎんだよ。…………ん?どうした可愛子ちゃん?)

(いや……ちょっと知り合いと貴方のキャラが被ってるなと)


 ショックを受けるかと思いきや、この男にやりと嬉しそうに笑っている。意外だ。少しアスカに似ていると思ったが、彼ならここで落ち込んでいる。


(ああ、そこは潜入のためにいろいろ神子様からキャラ付け演技指導もビシバシされて。某所の潜入任務の時はたぶん可愛子ちゃんの所の知り合いがモデルの二枚目半設定でって言われてね。何?そんな似てた?ときめいた?)

(いや、別に)


 否定すると顔に似合わず手厳しいと溜息を吐かれた。それに私が何か言おうとした時……室内で上がる大声。その声が大きすぎて私と運命の輪は、びくっと身体が震えてしまった。


 「あんた、今回の犯人は違うって女王に言ったじゃないか!それなのにどうして偽者捕まえて来るんじゃなくて、本物なんか捕まえたんだよ!?」

 「偽者は既に死んだ。死体だけ運んでも女王は納得しないだろう。そうなれば、本物を連れて行くしかない」


 本物と言って偽者と連れてきたら怒るだろうが、偽者と言って本物を連れてきて怒る人間は居ない。だから女王も上機嫌。


 「……あの馬鹿姫が、どうしてSuitに会いたがるかあんたにわかるか?」

 「……姉弟だからではないのか?」


 家族に会いたいと思うのは、当然のことだと思うとまた馬鹿みたいな善人意見を吐くラハイアに、クローゼット内に呆れの溜息が2つ。


(馬鹿だわあいつ)

(馬鹿だな本当に)


 それでも私も彼も、その呆れに確かな親しみと愛着を持っている。呆れるようなあの馬鹿を、私はそれでも眩しく思う。愛しく思う。

 そんな馬鹿の返答に、ティルトも一度打ちのめされ……それでも言葉を拾い集め、もう一度噛み付いた。


 「普通の兄弟ならそうかもしれない。でもあいつは……あの女が普通なわけない」


 普通じゃない。その言葉には、ラハイアですら言い返せない。耳を澄ませば外の広場から、高らかに死を宣言する女の嘲笑が聞こえる。確かに、普通ではない。


 「だからあの馬鹿は、その人が自分を怨んでいると思っている!殺しに来ると思っている!だからそれが楽しみで楽しみで仕方ない!!」


 少女は泣いてはいない。それでも泣き叫ぶような、悲痛な痛みを感じる声。ティルトは私と異母姉を対峙させたくないようだ。それは彼女を助けた私を死なせたくないからではなく……彼女自身の気持ちのためだ。


 「あの女は俺が殺すんだ。他の誰にも殺させない」


 復讐の赤。燃えさかる炎のような赤い瞳で少女が吠える。彼女の身震いと共に、凜と鳴る鈴の音。その首にはあの日はなかった、赤い首輪。何者からの、所有の証がそこにある。


 「俺はあの人を逃がす。邪魔するんなら……あんたでも斬る」


 ティルトが抜刀。それにラハイアは無抵抗。溜息一つで苦笑するだけ。


 「逃がしたいのは俺も山々だ。しかし俺にここまで連れてこいと強請ったのはSuitだ。あいつが目的を果たすまで、あいつは逃げてくれそうにない。あいつは頭が固いからな」

(お前だけには言われたくないのだが)


 私の呟きに、運命の輪が吹き出しかけて、慌てて自分の口を覆ったのが横目に見える。


 「……それなら」

 「それならあいつも殺すか?」


 空気が変わる。空気が一気に張り詰める。ラハイアが、銃を手に取った。


 「俺は……あいつが正統な法廷で、正式に裁かれる時まで、あいつを死なせるわけにはいかん。あれが人殺しであろうと何であろうと、俺はあいつに罪を償わせるまであいつを守らなければならない」


 見知らぬ武器を前に、警戒からか後ずさる少女騎士。

 狭い世界を生きてきた、少女のために教会という概念を与えるラハイア。タロックの常識とセネトレアの常識はことなる。教会があるか無いか、その点で。


 「タロック人の君は知らないかも知れないが、俺は聖十字。聖十字のあるところに十字法あり。例えそれが王の前でも、俺が両手で守れる範囲は教会の支配地だ」

 「十字法……?」

 「どんな理由があっても、何人も人を殺めてはならない。殺めさせてはならない。聖十字兵は全力でその罪を阻止する義務がある。俺がここに居る限り、俺は君にあいつを殺させない。あいつに女王を殺させない」


 無論君に女王も殺させないと、ラハイアは暗にティルトに伝える。復讐など虚しいだけだと彼は知っているような口ぶりで。しかし今の彼女には、それは火に油を注ぐようなものだ。


 「そんなのおかしいっ!あんなに人を殺して!それであいつは殺されないなんて不平等だっ!!」

 「人を殺すなと言いながら、人を殺せと主張するのは矛盾している。それとも人殺しは人ではないと君は言いたいのか?」


 ティルトは頷きかけ……それにラハイアは悲しい目を向ける。


 「それなら彼女を殺す君も人ではなくなるが、君はそれで良いのか?」

 「…………俺はあいつを殺すために生きているんだ」


 ティルトの言葉。それにかつてのフォースを思い出す。カルノッフェルを憎むフォースも、こんな暗い瞳をしていた。だけど違う。彼の世界は……彼一人に閉ざされたりしなかった。本当は、彼女だってそうなのではないか?

 復讐の先の生。それを彼女は考えたことがあるのだろうか?


(止めときな、王子様)

(!)


 彼女に言いたい言葉があって、飛び出そうとしたクローゼット。しかし、その寸前で……青年に止められる。


(あいつは何言っても聞く耳持たねぇ)

(しかし……)

(復讐者ってのは、その憎しみを続かせるために……復讐相手に憎しみ以上の気持ちを持っちまうもんなんだ)


 それは誰のことを言っているのか。わざとこの青年は彼の口調を真似ているのか。

 彼の上司である神子は、私だけではなくアスカの情報までかなり掴んでいるらしい。彼がこんな事を言うのは、その神子がそれを教えているから。神子はアスカが私をこの街に置き去りにしたことまで知っている。会ったことすらないのに、そこまで知っている。神子イグニスと言う人間は、確かにトーラレベルの術者だというのは間違いないようだ。

 しかしこの青年は、私に危機感を感じさせたいわけではないらしく、今のはうっかり口を滑らせた。そんな風にも見えた。


(けど殺す前にそれに気付ける奴は、ほんの一握りなんだよ)


 お前は恵まれていると、良かったなと言うように……彼は優しく私の頭を撫でる。それの感じも少し彼に似ていて、なんだかちょっと複雑な気持ちになる。その手は優しいけれど、私を突き放す言葉。

 だってそれは、アスカが私をあんなに大切にしてくれるのは……今でも心の何処かで私を殺したいと思っているからなんだって言っている。

 ティルトが異母姉様を私から守ろうとする姿……それはありとあらゆるすべてから、私を守ろうとする彼に似ている。

 彼女と彼女は、私と彼みたいになるかもしれない。逆に私と彼は、彼女と彼女のように戻ってしまうかもしれない。


(…………)

(見守ってやれ。あんたとあの騎士と同じだ。刹那姫とあの嬢ちゃん……二人の間には誰も入れねぇ。誰が割り込んでも話が面倒臭くなるだけだ)

(なら、尚のこと……私がラハイアを止めねばなるまい)


 飛び出そうとした私を、青年が慌てて引き戻す。


(あいつはあれでいいんだよ。あの空気の読めなさがあいつの力だ)

(しかし……)

(おいおい、俺ら教会の秘蔵っ子はそんなもんじゃねぇよ。あいつは誰と誰の間にでも割り込む天然色男だぜ?ついでに珍しくあの坊やが女の子と絡めるんだ。胸がないのは残念だが、まぁ文句も言えないだろう。ちょっとは祝ってやろう)

(……あいつが嬉しそうなら私も文句は言わないんだが)

(甘やかすなよ。あいつは天井を知らねぇ。何処までも伸びる男だ。可愛子ちゃんが放置プレイ決め込んでから男前度が上がったろ?)


 この運命の輪はラハイアに甘いようで厳しい。それが信頼なのだろうか?


 「君が亡くした人は、君の不幸を願っていたか?」

 「…………」

 「残された者がすべきことは復讐じゃない。同じ悲しみを他の誰かが知ることのないよう……それを止めて守ることだ。それか、その人が安心して眠れるように……自分の幸せを考えることだ」

 「……っ、そんなの綺麗事だよ」

 「君は殺された者が必ず復讐を望むと決めつけている。それは間違いだ。君の復讐も憎しみもそれは君のエゴだ。失った人を想っての事じゃない。大切な人を失った自分が可哀想だからの行動だ」


 ラハイアの言葉は真っ直ぐにティルトへと伸びる。それに彼女は追い詰められる。次第に言い返せなくなる。


(おうおう……ラハイア節炸裂だなー。ありゃ痛ぇ。無駄に正論だから尚更痛ぇ)


 運命の輪も乾いた笑いでティルトを哀れむ程、容赦ない正論だった。しかし正論で人の心をねじ伏せることは叶わない。間違っていても、叶えたい願いを求めるのが人の心というものなのだ。


 「殺されたら、誰だって……痛いし、辛いし、苦しい!怨まないはずないっ!殺されて、そんな死に方して、それで誰も呪わない人間なんかいるはずない!!」

 「いる。それは君が知らないだけだ」

 「いないっ!」

 「…………そう思うなら、もう少し待て。女王の宴の最後の客人も……普通の人間じゃない」


 酷い言われ様だな私も。それでも悪い気はしない。彼は私を貶してはいないのだ。別に彼になら貶されても構わないとかは別の話で置いといて。


 「あいつは今日、女王を殺しに来たわけじゃない。話をしに来た。万が一あいつが今日女王を殺そうとするようなことがあれば俺が止める。……いずれ全ての悪、その然るべき証拠を示し、正しき法で裁く。そして償わせる。あいつにも、女王にもだ」


 そう言われてしまえば、ティルトはもう噛み付けない。無言のまま、一度ラハイアを……それからクローゼットの方を睨み付け、部屋の外へと消える。その足音が聞こえなくなった頃に、ラハイアが此方を振り向く。


 「……いい加減出て来い」

 「いや、助かったぜライルー」

 「リフルは兎も角お前まで隠れる必要は無かったんじゃないのか?」

 「んー……いやほら。モテる男は辛いって言うの?」

 「意味が分からん」

 「まぁ、つまり女の嫉妬は怖ぇえって話だ」


 運命の輪が肩をすくめる。


 「なぁ可愛子ちゃん、あの嬢ちゃんの名前解るかい?」

 「ティルトじゃないのか?」

 「違う違う。女王様に付けられた名前だよ」


 あの首輪を付けたのは、刹那姉様だったのか。運命の輪から、そんな情報を送られる。


 「……那由多」


 一瞬自分が呼ばれたのかと思って振り返る。その先でラハイアと目が合った。彼は考え込むような素振りで私の名前を繰り返す。


 「ティルトは女王に、猫だの那由多だのと呼ばれていた」

 「あのお姫さんもどうしてなかなかブラコンみたいでね、あんたにメロメロみたいじゃないか」


 二人の言うことがわからない。異母姉様が、あの少女に私の名前を付けて呼んでいる?


 「ほら、去年の12月のレフトバウアーのオークションでも、あのお姫さんあんたにご執心だっただろ?あれ以来奴隷属性身につけたのか、よく奴隷通りで奴隷買っては城に連れ込んで遊んでたんだよ。あの嬢ちゃんも奴隷通りで男と間違えて買ってきたんだったかな」

 「お前は何時も何処からそんな情報を拾って来るんだ?」

 「神子様ネットワークって言っちゃ元も子もねぇからシークレットで。謎の多い男って格好いいだろ?」


 同僚の回る口にラハイアは呆れ半分関心半分。そんな風に溜息ひとつ。

 それと同じくらいに私も溜息。あの女まで奴隷貿易を楽しんでいるとは、本当に……救えない。


 「つまり彼女は……姉様に魅了されてしまったんだな」

 「まぁ、ある意味」

 「何故そうなる?」


 私の言葉を肯定する運命の輪。それに首を傾げるのはラハイアだけだ。


 「彼女は那由多の名を、立場を私に奪われたくないんだよ。復讐者としてのその名前を」


 女王への執着。それが私への嫉妬に変わる。それを説明してやれば、思い当たる節があったのか、ラハイアも理解した風ではある。

 そんなラハイアに頷いて……運命の輪は疲れたと言わんばかりに伸びをし、扉へと向かう。


 「んじゃ、俺そろそろ仕込みもあっしこの辺で。お二人さん残りの時間仲良くな」

 「仕込み……?」

 「運命の輪も暇じゃねーのよ」


 背を向けたままひらひらと手を振り、彼は消えていく。扉を開けるでもなくそのまま空気に解けるよう、僅かの数字を描き……


 「数術使いだったのか、彼?」

 「いや……俺も初めて知った」


 私の疑問に、ラハイアも目を見開いたまま……彼の退場を見る。


 「初めてって……お前の仲間だったのではないのか?」

 「運命の輪の連中は、余計なことを話す癖に、聞きたいことは話さない奴らばかりだ」

 「まぁ、諜報機関の人間がその逆ならどうかと思うし妥当ではあるか」


 しかしあの青年が変な言葉を残した所為で、また私も緊張してきた。残りの時間……それは女王に招かれるまでの時間の意味。でもそれは、私の残り時間とほぼ重なるのかもしれない。

 死にたい死にたいと、長いこと願ってきたが……あの女にだけは殺されたくないと思うのは何故なのだろう?負けたくないとも違う。屈したくない。認めたくない。あれがあるべき王の姿だと……そうだ、私は認めたくない。


 「彼女は少し……貴様に似ているな」

 「え?」


 いきなり空気の読めない男が、私の思考の邪魔をして来た。人が決意を固めていたというのに何をいきなり。

 ここで言う彼女とは、ティルトのことだろうか?


 「外見が……じゃない。生き急ぐところがだ」

 「そうだな。……だが、そうでもないさ」


 私の手はもう汚れているが……まだ彼女は綺麗なものだ。幾らだってやり直せるだろうし別の生き方もあるだろう。


 「なんならお前が口説いてきたらどうだ?俺が幸せにしてやるとか言えば折れるかもしれないぞ?なかなかお似合いかもしれないな彼女とお前も」

 「どうしてそうなるんだ」

 「抽象的な幸せを提示するより具体的な案を出した方が話術に魅力が出るだろうなと。お前は出世頭だし収入も悪くないだろうし堅物だが性格だって悪くない。復讐の鬼でもその内根負けすると思うぞ私は」


 恋の一つでもすれば、迷いも生まれるだろう。女王を追いかけても破滅の未来。好いた相手を見つければ、自分とその人の幸せというものを考えるようになる。

 復讐者は何も持たないからこその無謀な行動力。守る者を見つければ、復讐者は復讐者ではなくなる。


 「なんなら熱血色男。お前がセネトレアの王にでもなってハーレムでも作れ。生き急ぐ哀れな女を片っ端娶って幸せにしてやれ」

 「そんな不道徳なことが出来るか!」

 「まぁ、それは言い過ぎだが。お前がもう少し軟派になれば楽に救える相手もいると思ったまでだ。忠告の一つとしてでも聞いておいてくれ」


 忠告の前に、最後のと言う言葉が修飾されていることに、この鈍い男も気付いたのか……むすっとそれきり黙り込む。彼が何も言わない以上、私も何も言うことはない。

 そうして無駄に送った時間の内にも、外の歓声もクライマックスへ向かってますますヒートアップ。私の死を求める声が、一回りして心地良く思えてくるから不思議だ。いっそ愉快なほど私は死を望まれている。


 「さて、そろそろ時間か」


 ゆっくりと椅子から立ち上がる、私の手を……誰かが掴む。誰かが?わかりきったこと。この部屋には私と彼しかいないじゃないか。


 「ラハイア?」

 「……貴様は、……お前は俺が捕まえる」


 今この手を離しても……また逮捕してやると彼が私に誓う。その片手には手錠がある。


 「随分と無骨な婚約指輪があったものだな色男」

 「逮捕する気がなくなるようなことを言うな!」

 「それも計算の内だ。まぁ、精々頑張ってくれ」


 からかえばまたすぐに信じて怒り狂う。冗談くらい笑って流せ石頭。セネトレア流の冗談もまだまだこの男には馴染み薄いものなのか。この二年間大分私がからかってやったのに、こういう面はまるで成長しない男だ。まぁ、それでも……たまには飴も必要か。


 「……待ってるよ。お前が、お前の力で……私を捕らえる日をな」


 そう期待を籠めて笑ってやれば、照れたのか視線を逸らす聖十字。


 「く、下らないことを言っている暇があるならさっさと仕度をしろ」

 「それもそうだな」


 用意された衣装の上から混血の奇異な色を誤魔化すための薄布を被る。その上にさらにマントを羽織り仮面を付けてフードで顔半分まで隠したら、何処から見ても完璧な不審者ルック。我ながら惚れ惚れするような怪しさだ。


 「……昨日より悪化していないか?」


 少なくとも昨日は美男と解るシルエットだと女王が言っていたのにとラハイアが言葉を濁す。


 「何を。初めの印象が酷い方が引っ繰り返し甲斐があるではないか」


 邪眼以外の魅了を高めるためにも、そういう小細工は必要だ。まずは関心を持たせる。注目を集める。そこで一気に引き寄せる。そのために必要なのはギャップだ。


 「いきなり全裸より、脱がせていく方がエロいしそそると思わないか?」

 「どういう発想をしているんだ貴様は……」

 「だがな、最初から素顔の私が出ても、観客はつまらないどころか石を投げるぞきっと。その投石で死んだら馬鹿みたいだからな」

 「俺は今のお前の方が石を投げられると思う」

 「死なせないんだったな?頑張って守ってくれ」

 「余計な世話掛けさせるな……」


 *


 《アスカ君、そろそろだよ。警戒怠らないで》

(わーった……)


 アスカの頭に響くのは、トーラからの念話通信。トーラは数術で姿を消し、最もリフルに近づけそうな場所にスタンバイ。

 俺と残りの女二人は、それぞれ退路確保のため人混みの中に紛れている。


(リフル……)


 待つ時間は何時だって長い。それでも時間は動き続ける。そしてとうとう、時間になった。丁度太陽が一番天高くに昇る頃……王宮広場に一際大きな歓声が上がる。その方向を見れば聖十字兵のラハイアに連れられた黒い人影。二人の背後には大勢の兵士が続く。

 バルコニーに立派な椅子を用意して、高みから判決を行う女王。王宮広場の中央には、罪人用に作られた台があり、そこで彼らは女王の裁判に挑む。

 しかし態度や礼儀に欠けると女王が判断した時点で…天その場で処刑された者も多く、半ば処刑台と化している。そこで死なずに済んだとしても、死刑が言い渡された者は広場に設置された拷問器具、処刑器具で遊ばれる。これまでの罪人達で、火刑以外は一式させられたんじゃないか?火刑は臭いも煙も上がる。観客への配慮で止めたのだろう。広場には死体を捨てるための穴がある。普段はそこに蓋をしているのだが、今日は解放されている。それは地下水道へと繋がっているのか……死体と肉片が落とされる度、水と他の何かが飛び散る音がする。

 女王とその黒い影は深淵を挟んで対峙。夏場で暑苦しいだろうにあんな黒装束を纏うあいつの気が知れない。汗毒でも予め手にしておくつもりなのだろうか?そうは思ったが違う。あいつは台まで乗せられたところで、そのマントを脱ぎ落とす。

 光を曲げる薄布の反射でその髪色は解らない。明るい色なのは確かだけれど。瞳や顔に至っては、仮面の所為でわからない。しかし隠されることによって逆にこう、あいつの素顔を知っていても何か……惹き付けられるものがある。形良い唇に、俺でなくともごくりと唾やら息やら飲んだ奴らがわんさかいた。……女王もその一人だ。


 「聖十字、約束通り……その男の素顔を見せよ!」

 「…………女王陛下、これを裁く前に一つ余興は如何ですか?」

 「余興とな?妾はあまり焦らされるのは好きではないぞ?」


 聖十字が妙なことを言い出した。あの堅物がこんな機転を言えるはずがない。それならこれはリフルの仕込んだ策だろう。


 「無理にこの者の仮面を剥がそうと何度か試みましたが、失敗に終わりました。これの言い分は素顔など晒さなくとも裁判は行えるだろうと」

 「顔は魂の指標だと言うではないか。顔を見なければ裁きようがない!」


 あくまで顔を見せろと言う女王。それにあいつは、意味ありげに口を笑わせる。


 「……刹那姫。私の本当の名を知る貴女ならば、貴女は知っているだろう。私が観衆の前に素顔を晒すことなどあってはならない。この世の均衡を崩したくなくば……貴女は私の顔を見ず、裁くべきだと考えた。それが貴女のためでもある」


 その言い回しに、群衆は何かを思う。思わせぶりなその言葉に、あらぬ邪推を始める。そうなれば尚更……真実を、その素顔を求める。

 最初は殺せコールだったこの広場。それが見せろコールに塗り替えられる。


 《リーちゃん……一人でこんなこと、思いつくなんて》


 トーラも驚きを隠せない様子だが、俺も驚いている。あいつは今邪眼を使っていない。それなのに、女王の掌握した空間を……少しずつ浸食し始めている。

 初めて会ったあの日とは違う。唯命じられるまま毒を飲み、処刑されたあの人とは違う。この人は同じ死の舞台に挑みながら、その脚本を自分の手に守る。


 「しかし、私の名を知らぬ者は私が何かも知らない。私が男か女かさえ解っていない。もしかしたら刹那姫。貴女もそうなのだろうか?」

 「……ふむ。確かに実際脱がせたわけでもないからのぅ…」


 頷く女王はそこではたと気がついたようだ。聖十字の言う余興の意味を。だが俺や観客は置いてけぼりだ。


 「なるほどのぅ!確かにそれは愉快な余興よ!!して、その望みは?」

 「刹那姫。貴女にいくつか質問をさせていただきたい。答えて頂けたなら、その数に応じて何処からでも脱ぎましょう」


(ぶはっ!!)


 リフルの問題発言に、俺は驚愕のあまり吹き出した。口と鼻から。

 監視役を演じながらリフルの傍についているラハイアも、はぁ!?という顔になっている。


(こ、こんな公衆の面前でストリップって何するつもりなんだよお前!)

 《い、いや……でもいい手だよリーちゃん。データ保存しとかないと》

(いい手……?)


 ていうかそんなの勝手に保存すんなよ、発見次第俺が破棄する。


 《だって凄いよ、観客を一気に支配した》


 広場に上がる歓声。仮面だけではなく、他の物まで脱がせられる。おまけに相手は性別不明、それでも美形と名高い殺人鬼。男なら得、女なら得。どっちでも得という変態が入り乱れ、凄い反響だ。


 「よかろう!ならば妾も其方に尋ねたいことがある。同条件で勝負と行こうではないか!」


 乗り気なんてものじゃない女王に観客はますます盛り上がる。しかし俺はシリアス展開期待してた分、呆気に取られる気持ちが強い。

 何これ。何なのこれ。あいつがピンチで、そんな時に颯爽と俺が救い出して、やっぱりお前が一番頼りになるとか惚れ直させるつもりだったのに。


(なのにっ……こいつら唯脱ぎたいだけじゃねぇかっ!!)

 《タロック王家は露出狂の気でもあるのかなぁ……っていうのはまぁ冗談として、女王様も馬鹿じゃないって事だね》

(は?)

 《観衆の興味がSuitに移っているのに気付いたんだよ。だから流れをこうして引き戻した》


 一見阿呆に見えるこの応酬、その水面下には様々な計算が働いているのだとトーラは言うがどうなのだろう。


 「では被告人、まずは妾からの質問じゃ」


 流れるような動作で、女王は豊かな胸を支える下着を外す。あの女、プロだ。プロのビッ●だ。何カップあるんだってその下着に、ドレスの下の膨らみに観客の半数以上が大歓声。所々から聞こえる舌打ちと悪態の声は、ええと……女としての敗北を悟った女達からのものだろう。遠目に見えるロセッタも、般若みたいな形相だ。

 その下着を、くるくる回し、女王は遠くへ放り投げる。そっちに人が大移動。転ぶ人、踏まれる人。悲鳴と歓声。多分今ので何人か潰れ死んだ。しかし女王は愉快愉快と自分の人気にご満悦。


 「答えて貰おうか?其方の名を述べよ」

 「…………」


 本名を言えばこの余興はお終いだ。だから女王もそれを尋ねたわけではない。今この場で呼ぶための名前を教えろと言っているのだ。


 「我が名は、Suit……」

 「それではSuit、其方は妾に何を尋ねる?」


 女王の問いに、リフルは薄布を捨てる。日差しの下に現れる奇跡の色。風に靡く銀髪は、この世の者とは思えぬ美しさ。

 その名前に、その髪に……誰もがそれが本物の殺人鬼と信じて疑わない。これまで大勢殺した凶悪犯の傍にいるという恐怖。それを麻痺させる好奇心。それを誘発させるはこいつの魅了能力だ。


(凄ぇ……あいつ、まだ何も見ていないのに)


 邪眼の発動、そのトリガーが瞳。目を合わせることが大事。しかし微量な魅了能力は瞳以外からも放出されている。人の目を引く、興味を持たせる、それ自身があいつの持って生まれた力なのだ。仮に毒なんか無かったとしても。


 「セネトレアの法について伺いたい」

 「ほぅ……この国の法とな?」

 「このセネトレアに、殺人を咎める法はない。ならば本来、殺人鬼と呼ばれる者は存在しない。今日この場にも、私以外に人殺しである人間がいるはずだ。しかしそのすべてが殺人鬼と呼ばれることはない。それは何故か?」


 本来ここに立つ人間は、私だけではない。その者が立たないのなら、私さえ立つ必要はない。これまで裁かれてきた罪人達さえ、本来無罪とも言える。この国が本当に無法王国ならば……リフルはそう告げる。

 それは罪人の開き直りと聞こえるかも知れない。しかし今回、こいつは誰も殺していない。それを否定も肯定もせずに突き進むには、悪くない切り口か?


 「ふむ。確かにそうじゃ。この国……少なくともこの第一島には、殺人はおろか窃盗も強姦も裁く法はない。王は君臨すれども統治せず。それが第一島のやり方故」


 女王がくくくと笑い、ぱたぱたと優雅に扇を仰ぐ。


 「しかしそれでは国が成り立たん。故に議会の人間、その身内……そこに害為す者は城が国の運営のため、捕らえ裁く法がある。其方やあの者達が罪人と言われるのは、その禁忌に触れたからに他ならぬ」

 「サー・ヴェルトロース、ヴァイカウント・エステティカ、サー・グラオザーム、レディ・フロワデーレ……」


 ラハイアが懐から取り出した、紙の束。そこに綴られているのは人名らしい。彼が読み上げるのは人の名だ。


 「何のつもりだ聖十字?」

 「女王陛下はご聡明でいらっしゃる。ならば一度会ったことがある人間の名など当然覚えているでしょう」


 ラハイアへの質問に、リフルが答える。彼は読み上げることに忙しい。その名が通りすぎて行くにつれて、女王もリフルが言わんとしている意味を知り、青ざめるかと思いきや……扇子を捨ててにぃと愉しげな笑みを作った。


 「まぁ、確かに妾は聡明じゃ。聞けば記憶はするだろう」

 「ならば、お気づきでは?。貴女へ求婚し、名乗った後に殺された者も、一人くらいはいるはずです」

 「中立のシャトランジア、その飼い犬である聖十字をよくぞここまで……。正義を餌に飼い慣らすとは、見事じゃSuit」

 「聖教会が把握しているのは、以上51名です」


 ラハイアは、そこまで語り……再び黙り込む。別に殺人鬼の味方ではない。正義以外の味方には成り得ないが、正義のためなら誰の敵にでもなる。女王をも恐れぬその振る舞い。それもまた一興と女王は笑う。


 「彼らは議席を持つ貴族だそうですが、貴女が言う国法で本来守られる側の人間。ならばお美しい刹那姫…………王は法を破っても罰せられない。それが正しきの世の姿とお考えか?」


 ここで仮面を外すのかと思いきや、まだ焦らす。しかし、観客は一瞬静まった後、ぅおおおと大歓声。あいつが脱いだのは下から。ベルトを外し、まずは一枚。


 「それとも王とは法をも凌駕する、神と貴女はお思いか?」


 そして、タイツの下……晒されたのは白い生足。

 夜を生きる殺人鬼の、日に焼けていない白い肌。ほっそりとした華奢な足。女王のような見事な曲線美とも違うが、妙な魅力がある。形容するなら吸い付きたくなるような……が妥当だと思うが、俺が口に出したら俺が変態扱いされそうなので言わない。だけど周りの観客達の唾を飲む様子から、もっとやばいこと考えてる奴もいそうだ。ええと、あれな感じの液体をぶっかけたいとか。

 しかし見れば女の観客も、きゃあきゃあ騒いでいる。仮にこれが本当に男なら信じられない。臑毛すら出ずむさ苦しくないんだから、これで噂通りの美形なら飼いたいとか思って居るんだろうか?

 しかし今の問いは二題だというのに、おまけと言わんばかりに靴まで脱いで。何その余裕。整えられたその足指の、桜色の爪。そんなところまで造形品のような美しさ。上着に隠れた尻のラインは僅かに丸みを帯びて、これまたどっちとも言えない色香を醸し出す。

 もう少しっ!角度によっては見えるか?いや観客は柵である程度距離を取らされているから、届かない。見えそうで見えないというこのもどかしさ。上着が短めのスカートのよう……それでも鉄壁の防御。


 「焦らしもあれだが、早急過ぎる輩も嫌われるぞ?」


 女王が肩をすくめる。


 「だが、その心意気は気に入った!」


 その余裕を引きはがしてくれようと、女王はますます上機嫌。


 「答えてやろうぞ殺人鬼!王とは法よ!王こそが法!妾こそ、随時書き換え可能な歩く六法全書よ!」


 傲慢の権現。女王の哄笑は天にまで響かんばかりに尊大だ。


 「即ち、王とは神よ!妾にここまで言わせて未だに反旗も翻さない豚共が。貴様ら愚民は隷属趣味の変態以外の何者でもなかろう」

(この女……何を!?)


 どういうつもりでそんなことを言っているのか解らない。わざと自分が不利になるようなことを。今の言葉で、観客への魔法が解けている。我に返った者も多い。


 「妾はこの国を食い潰すために嫁いで来たというのに、まったくつまらん。性欲ばかり溢れるだけの、牙を去勢された犬ばかり。このけだもの共が。容易過ぎる国盗りなどまったく面白味に欠ける」


 続けてのこの問題発言。わざと煽っているようにしか聞こえない。


 「第一セネトレアは小国の分際で最近調子に乗っているのが気に食わん。ここらで一発滅ぼしてやろうと思ってな」


 明日の天気を語るような適当さ。そんな口調で一つの国の滅びを告げる女王。


 「聞け豚共!このお美しき刹那様は、このセネトレアを滅ぼすためにやって来た。妾はこれからも好き勝手やって、この国を傾けよう!止めたくば止めに来い!だが妾に何かがあれば、父上は黙っておらぬぞ?タロックに攻め込まれる理由が欲しくば妾を殺しに来るがいい!くくくっ……はははははっ!」


 その言葉に、仮面の下でリフルの瞳が燃えている。纏う殺気が俺の方まで伝わってくる。今のはリフルを怒らせるためだ。

 その言葉は限りなく真実だろうが、ここで言う必要はなかった。そのためにこれから国での立場が危うくなることは間違いない。しかし、面白味……それを求めるがために、この女は敢えて危険を冒したのだ。


(楽しんでやがるっ……)


 命の危険。生死を賭けたこのゲーム。あらゆる方向へ喧嘩を売りに行っている。それら全てを敵に回しても自分が勝つと理解した上で。その過程を最大限楽しむために……この女!


 「Suit!最後の質問だ!其方の名前を言ってみよ!」


 今度はドレスのスカートの下から、するっと大人の色気たっぷりの下着を解く。この女も紐派らしい。タロック王族紐パン好き過ぎるだろうが。

 女王が先程同様それを投げれば、まだ目の覚めない馬鹿が大勢いるらしい。先程と同じ現象が起こる。また何人か死んだ。

 それでも目が覚めた人間は、恐れ戦く。女王の笑み。この女は本当に人が死ぬのを何とも思っていない。殺すことを楽しんでいる。普段自分たちだって大差ないだろうに、自分が獲物側に回ったのだと気付いた途端、人は常識を口にする。そしてその非常識から逃れようとする。これまで自分がしてきたことも忘れたみたいに。


 「……那由多」


 小さく呟き、あいつが仮面に手を掛ける。


 「私は、那由多=T=ターロット」


 その名乗りと同時にそれを投げ捨てる。見慣れた顔なのに、時が凍ったんじゃないかってくらいに動けない。魅入られたようにその笑みを俺は、俺達は見つめる。

 タロックの赤でも、カーネフェルの青でもない。その狭間。交わった末の色。紫の瞳でその人は笑う。


 「はじめまして、刹那異母姉様」

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