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38:Ut ameris, ama!

 「こらガキっ!さっさと財布を返せ!」


 追いついたその背中は意外と小さい。掴み上げれば私よりもずっと小さな子供だった。

 黒髪黒目の少年。それも生意気な。それは幼なじみの内の二人を思い出させる。フォースの馬鹿は生意気からへたれに変わっていたけれど、もう一人の方はどうなったのか。教会の方に、後の二人の情報は入って来なかった。だから、少し懐かしくなって……油断した。手が緩んだ隙に、さっと腕から逃げられる。財布は奪い損ねた。


 「なぁんだ。追って来たの男の方かよ」


 私は女よ!そう怒鳴り返したくなったがロセッタは我慢した。つまらないプライドで、仕事を失敗するわけにはいかない。冷静になるのよ私。


 「……何であんな真似をした?」

 「いいか?よく考えてみろよ。綺麗な姉ちゃんから財布を奪う。それをさも拾って見つけてあげたような顔をして出て行く。フラグが立つ。ゴールイン。完璧な作戦だろ?」


 私に話している辺りで既に穴だらけだとは言わないでおいてあげた。男は馬鹿だ。大抵馬鹿だ。奇跡的に馬鹿だ。嫌がらせのように馬鹿だ。基本的に馬鹿だ。これでもかってくらいに馬鹿だ。何歳になっても馬鹿だ。その馬鹿オプションに付属して、この年頃の子供は大体みんなこの位生意気なものだ。それを私は知っている。それを許しているわけではないけれど、下手に噛み付いても余計面倒臭いことになるのだ。

 

 「お前、結婚したいのか?」

 「俺じゃねぇよ。そういう奴が一杯いるんだよ。だから俺はスリ兼恋のキューピッド。嫁貰い損ねた兄ちゃんとかおっさん達に空の財布から生まれる出会いをプレゼントしてやってるんだよ」

 「ああ、なるほど」


 金を盗まれたら食うにも困る。宿も探せない。帰りの船を失うかもしれない。そんな時に財布を拾ってくれた優しい男。残念ながら中身は盗まれていたが、可哀想なお嬢さんと哀れみ食事と宿を用意してくれると。


 「って最悪だろうがっ!」

 「痛っ!殴んなよぉ!野蛮人っ!」


 一宿の支払いにしては重すぎる。そのまま無理矢理嫁にさせられるなんて堪ったものじゃない。おまけに財布の中身と、紹介してやる男。そこからも金を得るとは何て汚い商売だ。


(救えないわね)


 こんな子供の内からこんな金に意地汚い腐った心を持つなんて。やっぱり今の世界はおかしい。一度浄化して作り直す必要がある。


 「そんな阿呆なことばっかやってるからこの街客が減ったんだろ?」

 「違うっ!」


 噛み付いてくる少年は黒髪黒目。生意気そうなその目は、やっぱり昔のあいつに少し似ている。それでもその口から飛び出してきたのは、彼とは似ても似つかない言葉だった。


 「それは混血って奴が悪いんだ!それで金持ち連中が金の使い道変えちまったんだ!」


 その言葉にロセッタは呆れて、そして嫌悪した。時代の変化それを誰かの所為にする。混血が望んで混血に生まれるわけでもないのに。国が開けて文化が交わり、人が交わりやることやって回ってきた来たツケ。それを支払うのが子供っていうのはとても理不尽。

 混血の目の色を、髪の色を馬鹿にして見下す前に自分たちが去勢でも避妊でもしなさいよって話だわ。そんな身勝手な奴らの所為で、どれだけ多くの同胞が理不尽な不幸に苛まれたのか。苦しんだのか。それを何も知らない癖に。混血のことを何も知らない、こんな子供まで……偏見で純血至上主義に染まっている。


(まったく世も末ね)


 とりあえず苛ついたので一発殴っておいた。

 馬鹿は死ぬまで死んでも直らないが、だからといってそれが看過されると思ったら大間違いだ。私を苛つかせたのだから。馬鹿は理由になっても免罪符にはならない。仏の顔も三度って言うし私は仏なんかじゃないからもっと気が短い。


 「痛っ!殴ったな!慰謝料寄越せ!!」

 「何処までも見下げた下衆がいたものだな……」


 よくよく考えてみれば、私があいつのために取り返してやる義理はない。これだって元々綺麗な金かどうかも怪しい物だ。


(止めた、阿呆らしい)


 金が大事ならあいつが走って来れば良かっただけのこと。それに汚い金が汚い場所へ流れ込むのは自然の摂理と言えるかも知れない。


 「まぁ、因果応報って奴か」

 「え?いん…が?」

 「混血純血って叫きたいなら少なくともその純血の常識くらいは覚えるんだな。タロックでは常識だ。お前は見下す相手を見つけても、誇る側の知識が何もないのか?」


 それでよく胸を張れたものだ。これだからセネトレア人はと見下す視線を送ってやれば、劣等感に駆られたのか子供は不機嫌面になる。

 そうよね、あんた達は。見下されたくないから、タロック人より薄いタロックの血にコンプレックスがあるから、だから格下を見つけて嬉しいんでしょ?見下す相手、混血の誕生が。


(馬鹿らしい)


 よっぽど高貴な生まれでもない限り、庶民は他国の血が多かれ少なかれ入っているものだ。この少年よりはずっと濃いタロックの血を持っている、タロックで生まれた私だって、後天的に混血の血に目覚めたように。


(あんただって、何時……迫害される側に変わるかもわからないのに)


 そう。全ては確立。運が悪ければ誰だって後天性混血になる。一滴でも他国の血が混ざっていれば。


 「俺から見ればお前だって十分混血だ」

 「ば、馬鹿にするなっ!ちょっと綺麗なタロック語話せるからって調子乗るなよ!」

 「はいはい。まぁその金は好きにしろよ。どうせ俺の金じゃない」

 「え?マジで!やりぃ!兄さん意外と話しわかるじゃん!お礼に今度女でも紹介してやろうか?三割引で請け負うぜ!」


 今の今まで起こっていたことも忘れたのか。調子の良い子供だ。鳥以下の脳味噌でも飼っているのだろうか?そんな容量の少ない相手に何を言っても無駄だとは思うが一応忠告はしてやった。


 「でもなガキ……覚えとけ。罪には罰を。どんな理由があろうと裁かれなかろうと罪は罪。Pede poena claudo.どんな小さな悪だって、報いはやって来る。それは光じゃなくて闇の中からでも」


 覚悟もなく罪を犯すな。犯したのなら腹を括れ。報いは必ずやって来る。私は別に偽善者じゃないからそこからこの子供を救ってやる義理はない。どうせまもなく滅ぶ世界だ。せいぜい悪人共は最後まで馬鹿を演じて、最後の日に後悔すればいい。その時悔い改めたって、もう遅いのだとは教えてやらない。救う価値のない人間を助けるなんて無駄な努力私はしない。時間はそう長くはないのだから。


 「それ、何語だよ?」

 「無教養なんだな。馬鹿が移ると困るから、もう失礼させてもらう」


 背を向けて肩越しに手を振れば、後ろで子供が再び怒り狂っている。石を投げてきたが、一般人の攻撃くらい、目を瞑ったままでも避けられる。飛んできたそれを掴み返して、とりあえず投げ返してぶつけてやった。勿論私が外すはずもない。急所からは敢えて外してやったけれども。


 *


 「まったく……」


 窓から外へと飛び出して、ロセッタは昼間のことを思いだしていた。その言葉はあの少年より、彼にこそ相応しい。因果応報とは言ったけれど、あの男はどれだけの悪行を積んできたのだろう?ロセッタがリフルのもとにやって来てまだ3日だ。その3日の間に何度面倒事が起こっただろうか?コートカードの不運と悪運は伊達じゃない。


(あんなののお守りをしろだなんて、イグニス様も無茶言うわ)


 それにしてもつくづく私と彼は誘拐に縁がある。あの日私を助けに来たのが彼で、3日前彼を助けに行ったのが私とラハイア。そしてまた今度は私が助けに行く。

 2年前と今。あの殺人鬼から感じるもの、印象は僅かに違っている。ぱっと見人形みたいな奴。無駄に綺麗。それだけ。それだけだから妙に冷たい印象を受けたのが2年前。今はなんというか……唯の人間に見える。泣いたり傷ついたりもする人間。とても弱い存在に見える。それは人殺しに掲げられるイメージではないはずだから、妙だと思うってしまうのだ。


 「んで、ガキ?お前はこんな所で何してるんだ?」

 「げっ!昼間の兄ちゃん!!」


 宿の外、植え込みの陰に見慣れた顔。昼間の財布泥棒の少年。逃げようとしたその首根っこを掴んで持ち上げる。私を甘く見ているのか、彼は暴れて逃げようとするけれど、私だって裏家業の人間だ。まさか片手一つ、幾ら暴れても指一本びくともしないとは彼も思わなかったのだろう。


 「暴れたり騒いだら面倒だし首の骨でも折ってやろうか?」


 ドスの利いた声でそう耳打ちしてやれば、少年はぴたっと動きを止めた。現金な奴。

 ロセッタが溜息を吐くと、向こうの通りから馬車が一台飛び出してきた。植え込みに身を隠せば、向こうからは見えていない。しかしその馬車を操る男と、乗り込んだ二人の老婆には嫌と言うほど見覚えがある。


 「んで?何しに来たんだ?」


 そう言いつつも、私は走り出す。馬車を見失うわけにはいかない。全力で走ったら怪しまれるし、この荷物が驚いて舌を噛むだろう。ほどほどに押さえて私は走った。それでも十分この荷物にとっては早すぎたらしく、再び暴れ出す。


 「ここで手放したら、落下して骨折って死ぬかもな?」


 しかしこの言葉には敵わなかったらしく、再び大人しくなった。手間かけさせるから子供は嫌い。


 「金だよ……」

 「金?」

 「金くれるって言ったんだ!あの姉ちゃん連れて来れば!」


 なるほど、私以上に胸はない(まぁ男だし)リフルでも、外見だけはかなり良い。それがタロック女の変装でもすれば確かにいい釣り餌だ。そして場所の向かう方角からして、食い付いてきた餌はかなり大きい。私達の目論見は、成功したと言っても良い。

 しかし少年の口から聞こえてきた言葉は、私の予想とは若干違うものだった。


 「第2公は最近代替わりして、まだ若い兄ちゃんなんだ」

 「はぁ?そんな話……」


 第2公はいい年したおっさんだったはず。しかし少年は嘘を言っているようにも見えない。第一ここで嘘を吐けるような頭があるようにも見えない。


 「そりゃそうだよ!まだ何処に伝わってない!つい最近なんだ!公爵の息子二人が共謀して殺ったんだ」

 「それでその兄弟は、今度は公爵の地位を巡って対立したって?」

 「ああ、そうだよ。それで、先に見栄えの良い女を娶った方が公爵になれるって話で」

 「……それでスリと女紹介のバイトがてら、良い感じの女捜しをしてたのか」

 「そうだよ!!」


 そう問い詰めれば少年が頷く。若干逆ギレ気味で。


 「じゃ、今あいつを攫ったのがお前の依頼人ってわけか」

 「え、違ぇし」

 「は?」


 一瞬足が止まった。


 「どういうことだ?」

 「あれは兄弟の方でも兄ちゃんの方の手下だよ。あそこらの客引きの連中は、女に服売りつける振りして更衣室で拉致したり、宿を安く泊まらせる振りして攫ったりが常套手段で」


 この少年は弟の方の依頼を受けて……財布拾った振りして、リフルをおびき出すつもりだったのか。やっぱり昼間に、奪い返しておけば良かった。因果応報のツケが何故か私に回ってくるのなら。


(にしても……下らないおしゃべりで、馬車との距離が開いてしまったわね)


 まだ少年から聞き出したいことはある。あの殺人鬼を一人にするのもいまいち信用できない。何だかんだで危なっかしい奴だから。一応私の仕事はあの男のサポートをしつつ、死なせないよう守ること。目を離した隙に殺されていました、じゃ困るのだ。神子様の計画に支障を来すわけにはいかない。


 「仕方ない……」


 ロセッタは空いている片手で獲物を取り出し、馬車の車輪に向けて発砲。当たった!しばらく進んで、馬車が揺れだした。速度が落ちた。そこにすかさずもう一発!一つの車輪を完全に破壊。馬車は傾き、横転。これでしばらくは足止めが出来るはず。逃げ出すにも人の足なら、私なら余裕で追いつける。


 「お前もああなりたくなかったらさっさと洗いざらい吐け」


 目の前の光景に絶句している少年を引き摺りながら、私は馬車に向かって歩く。もちろん道を追ったりしない。街道の横の森の中を進み、宿屋の主人が荷物を運んでいくルートをしっかり目で追った。


 「……場合によるが、お前に協力してやらないこともない」

 「え?マジに!?」


 髪からゴーグルを下ろして目に装着。近づいてくる数値の群れが見える。あっちはアスカに任せておこう。リフルを死なせてはならないのは確かだが……なんたってあいつはキングカード。よくよく考えればそうそう簡単に死ぬような奴ではないはずだ。

 今はさっさと第2島攻略を図りたい。せっかくその片割れに繋がる手がかりがあるのに、みすみすこいつをその敵地に連れて行くのはどうかと思う。


 「第2公候補の弟ってのがその兄ちゃんって奴よりまともな人間なら、あいつと引き合わせてやっても良い」

 「でもあの姉ちゃん攫われてたし……」

 「番犬が一匹取り戻しに言ったから大丈夫だ」

 「……あのカーネフェリーのひょろ長優男?」

 「俺もあいつと姉さんを結婚させたいわけじゃない」


 私があの女装男の弟だと思われているのを逆手にとってやる。それは効果があったのか、少年はぱぁと表情を明るくし、にやりと笑ってみせる。


 「わかった!それじゃあ会わせてやるよ次期第2公、グメノリア様に!」


 *


 縛られて運ばれて、馬車に乗せられて。リフルが暫く馬車に揺られていると……馬車が突然揺れた。と思ったら傾いだ。

 咄嗟に男はリフルだけを連れて、横転する寸前の馬車から飛び出した。


 「くそっ、何で邪魔が入るんだ!城までもう少しだって言うのに」

 「あの方達を助けないんですか?ご家族ではないのですか?」


 なんなら助けるの手伝うから解け。そういう意味で言ってみたが、男は従わない。

 なにやら騒いでいる老婆二人を残して、私を抱えて脱兎の如く駆けていく。


(なんて奴だ……)


 悪人は勿論嫌いだ。でもその中で特に私が嫌いなのは、家族を蔑ろにする悪人だ。

 私から向けられる軽蔑の眼差しに気付いたのか、男は当たり散らした。


 「五月蠅い!女が口答えをするな!」

 「…………そんな事を言っているから嫁いでくる相手が見つからないんじゃないのか?」

 「なっ……なんだと!?」

 「少なくとも私は、女の人を奴隷、道具扱いする男性は嫌いです」

 「ふん、お前の男だって所詮は男だ!腹の底じゃどうせ同じ事を思ってる!口に出さないだけでな!それならまだ正直な俺の方が潔い!」

 「……ふっ………くっ、くくっ」


 この中年男、なかなか笑いのツボを突いてくる。私は笑いを堪えるのが大変だった。

 あいつはそう思えないからこそ、最近あんなに様子がおかしいんだ。器用貧乏というか何だかんだで不器用な男だから。


 「いや、あいつに限ってはまだそうだったらどんなに良かっただろうな」

 「は?」

 「いや、こっちの話だ」


 それに何というか男だ女だなんてもの、邪眼魅了者の前ではあまり関係ない。免罪符にもならない。まぁ元を正せばその責任は私に返ってくるのだから、悪いのは全部邪眼と言えば邪眼なのだが。


 「ああ、言い間違えた。何も女を粗末に扱う男に限らない。私は純血至上主義者とだけは何が何でも結婚しないな。このまま何処に連れて行かれようと私の意志は変わらない」

 「ふん、強がっていられるのも今の内だけだ。気取っていようと高貴だろうと女など所詮は雌だ。雌豚だ!下の口に突っ込まれれば、肉に溺れてその内従順になると相場が決まっている!」

 「くくくっ……わ、私を笑い殺す気か?」


 相場って何処の相場なんだ?女を知らない男の思いこみと妄想は面白い。

 大体、高級奴隷養育機関でみっちりあんなことやらこんなことやら仕込まれた私に?今更何をと言う話だな、まったく。


 「そうだな。基本弱みを握るのは絶対条件として、問題はそこからどう責めるかだな」

 「え?」

 「まぁ、偏に愛あればこそだ。唯欲のために抱いても心は付いてこないぞ?」


 そう言って笑ってやったが、この男は何もわからなかったようだ。私を不気味に思ったのか、騒がれるのが面倒だと思ったのか。懐から取り出した、小瓶の液体。それを無理矢理飲み込まされる。その瞬間、息が詰まる。

 毒も薬も基本的に毒人間の私には効かない。それでも鼻の奥に香るこの香り。どこか懐かしい。頭の奥がくらくらする。目眩。香りに宿る記憶。そういうものもある。トラウマのフラッシュバック。意識を途切れさせたのは、多分毒ではなく……それだ。

次回は注意回。注意書きのために区切ろうと思ったら今回短くなりました。

主人公がエロ担当だから仕方ないね。何の問題ですか?

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