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32:Absentem laedit, qui cum ebrio litigat.

 兄様は何を企んでるんだ?突然こんな事を言い出すなんて。

 トーラはオルクスのその言葉から、軽い混乱を引き起こしていた。その反応に満足そうに、死神は笑う。


 「まぁ、返事はなるべく早い内に頼むよトーラ?別に僕は構わないけどそれで困るのは君たちだろうからね」


 そう言ってオルクスは指を鳴らす。その音に紡がれる数式が、空中に映像を映す。そこに現れたのは、口の物を吐き出して床に倒れているアルムの姿。


 *


 「あれは突然だったよ。勝負もいよいよ終盤に差し掛かるってところだった。アルムちゃんが、吐いたんだ」


 それは何故か。その場の人間は誰も解らなかった。だけど私は知っていた。そして、先日の眠い頭が気付くべき違和感に気付けていなかったことを知る。


 「最初は料理に毒でも入れられてたんじゃないかって騒ぎになって、……彼は連れの数術使いにその回復を命じた」


 黒髪の少女が施術のために近づくと、アルムは泣きそうに微笑んで……彼をエルムちゃんと呼んだ。彼女は気付いていたのだ。言われてトーラも見直せば、確かに数値情報は半年前に失ったその子のデータに酷似していることを知る。


 「唯、彼の数値はとても変化していた。彼は半年前のあの精霊に完全に憑かれていたんだろう。精霊は数術の増幅器みたいなものだからね。あれを使われては厄介だ」


 その力を回復のために使われるのではなく、攻撃のために用いられたのなら尚更。


 「彼は回復の途中で、ある不安に気がついたんだろう。そして彼女の表情から、それが事実なのだと知ってしまった」


 視線一つで。表情一つで。二人は多くを知る。共に生まれ、傍にいて、ずっと二人で生きてきたのだ。それを彼がどんなに拒んでも、情報は流れ込んでくる。

 彼は回復も投げだし、逃げ出すように彼女から離れた。起き上がれる程度には回復したアルムが、よろよろと……やっと会えた最愛の彼を追いかける。二人とも泣いていた。彼女は歓喜で。彼は恐怖と絶望で。


 “クレプシドラっ!!”


 助けを求めるように、エルムは何事かを唱える。それが精霊の名だったのだと知るのは、それが現れてから。

 エルムに重なるように、その身体から抜け出してきたのは……地のように赤い瞳に澄んだ水のような髪を持つ美しい少女。もっとも顔立ちがそう見えるだけであって、女性のような胸の膨らみはないから、中性の精霊なのだろう。

 精霊には4つの種類がある。それは四元素に分かれるという意味ではなく、主に性別という話だ。女に男、それに中性それから無性。この4つ。

 その性別事に、得意分野や契約内容がことなる事が多い。例外や個人差は勿論あるが、女の精霊は回復補助に秀でた術を使うのが得意で、男の精霊は攻撃の数術に秀でている。

 女の精霊の多くは人間の男を好み、その援助を行ったり契約したり取り憑いたり。男の精霊はその逆だ。それでも男女の精霊はまだ人に馴れやすく、好奇心も旺盛で、幾らでも契約のしようはある。

 一方無性の精霊は、男女の精霊よりも高い力を持っているが、人を気に入ることも少ないため、その力を得るのは難しい。いわば精霊の究極体が無性の精霊。

 中性の精霊はその3つに分かれる前の姿。精霊としてはまだ生まれて日の浅い、蕾の精霊。これからどうにでも変わる、可能性を持っている。

 そんな精霊と、あの少年が契約した。人が彼らと契約することには意味がある。才能のない人間が、精霊の加護を得ることで、数術を扱えるようになったり、数術使いがその力を大幅に増幅させることが出来るのだから。

 精霊に好かれる者は幸運だ。トーラは才能こそあれど、その幸運だけはからっきし。精霊はよほどセネトレア王家の世俗塗れた卑しい血を嫌うのか。エルムに憑いているのは穢れを纏っていてお世辞にも良いとは言えない精霊だ。それでも使い方さえ間違わなければ、大きな力になるだろう。大きな脅威になるだろう。


(あんな子供が、乗りこなしたっていうの!?)


 トーラは絶句した。エルムが精霊に操られているのではない。精霊は、彼のために応え、彼の言葉を待っていた。そして呼ばれれば、彼の涙を手にとってその水を手に、数式を展開。彼を守るように大きな氷の翼を広げて行く。

 トーラが、恐れたのはその精霊の潜在能力だ。半年前よりもずっと凶悪なほど力を増している。半年前ですら厄介だと、思ったその精霊。その実体を見てまだそれが中性なのだと知った。もう既に無性にでもなっているのかと思ったが、そうではなかった。

 この半年血水の精霊は、多くの血を啜ってきたのだろう。そしてそれが意味することは、その契約者であるエルムが深い闇へ堕ちたと言うこと。


 “お開きだな”


 周りの状況も気にしないような奴隷商は、しっかり自分の分のデザートを間食し、口元を拭いながら言う。


 “女、言うだけのことはあった。この俺に僅かでも金を払わせたくなるとは上出来だ”

 “ヴァ、ヴァレスタ様!?”

 “お前の負けだ。票のためとはいえつまらん物を食わせるな”


 審査員の大半が子供とはいえ、味付けが子供向け過ぎた。それが自分を軽んじられたようで気に入らんと奴隷商。例え自分以外の全ての審査員が子供でも、自分好みの味付けでなければ彼は認めなかっただろう。無論ディジットの味付けが彼好みだったとは限らない。それでもディジットの料理に彼は、味わったのだろう。タロックの貴族か王族にでもなったような錯覚を。誰よりも王になりたがっていた彼のことだ。それは悪い気分ではなかったのかもしれない。


 “……というわけだ。貴様らの勝ちと言うことでいい”


 主がそう認めれば、奴隷商に従う二人の意見も本人達の意思など皆無にそう決められる。

 その言葉に無表情だった青髪の少女が目に見えて明るい顔になる。戦闘態勢に入った仲間と精霊をまるで無視。そのまますたすたと戸口へ急ぐ。そんな少女を奴隷商が呼び止めた。


 “待て埃沙。何処へ行く?”

 “今日の仕事、これで終わりだと聞いたわ”

 “愚か者め。主に歩かせる気か?”


 これ以上無駄な時間は使えない。歩いて帰る暇はないと奴隷商は青髪の少女を叱り付ける。


 “馬車が用意できないならお前が馬になれ。いい加減空間移動くらい覚えただろう?出し惜しみをするなこの塵女”


 男は長い足で背中を踏みつけて、戸口に少女を押しつける。少女は奴隷商を睨みながらも、ぶつぶつと数式を紡ぎ出す。


 “何を惚けている?”


 当然置いて行かれる物だと思っていたのか。ディジットの父親は、所在なさげにそこにいた。そして、主に叱責されることで、居場所を失うことで、本来の他の使命を思いだしていた。

 精霊は見えていなくとも、エルムの放つ気迫には気付いているのだろう。混血狩りの人間として、それは見過ごせない悪だ。その危険な目の色の気付いたのか、ヴァレスタが声を掛ける。


 “さっさと戻って口直しに明日の食事の下ごしらえでも始めろ。俺は無礼者も愚か者も好かんが、その過ちを正さん奴がもっと嫌いだ”

 “あ、……ありがとうございます!!”


 挽回の機会を与えられることで、男は目先の使命より、居場所に飛びついた。一度離反によって死にかけた人間が、何より恐れるのは裏切りだ。そう見なされることが己の死に繋がると悟っているのだ。

 しかし、頭の飼う奴隷とはいえ、混血に術など使われたくはない。その抵抗を捨てきれず、踏みとどまる男。


 “混血なんかの術に関わりたくないと見たが”

 “も、申し訳ございません!!”

 “商人ならば使える者は子でも親でも馬鹿でも鋏でも使え。業界の常識だな。お前も混血狩りの人間ならば、効率という物を考えろ”


 奴隷商は深い溜息。これだから馬鹿の相手をするのは面倒だ。そんな顔を彼はしている。


 “我ら純血が手を下すより、混血同士殺し合わせた方が余程合理的というものだろう?奴らは化け物だからな。まともに相手をしようものなら幾らでも死人が出る”


 それでもどうしてもというなら、扉から帰れと告げる奴隷商。その温情に男は、深く頭を下げて立ち去った。


 “ていうかここ、あの人の店じゃなかったっけ?”


 フォースだけがまともなツッコミを入れていたが、状況が状況だけに総スルー。それに気まずそうな顔になる彼の頭をエリザベスがにたにたと笑いながら撫でていた。


 “何、問題ない。あいつが暴れればこんな店など、途端に消し飛ぶからな”

 “そんな危ないならあんたも止めろよ!!”


 これまたフォースがまともなことを言った。しかしそれを奴隷商は鼻で笑う。


 “俺はここに料理を食いに来ただけだ。それ以外のことなどする気はない。それともそれを依頼するか?金でも払ってくれるのなら話は別だがな”


 自分の部下の暴走を敢えて傍観。それを止めて欲しくば金払え。お前は何処の当たり屋だ。トーラも画面の外から流石に突っ込んだ。


 “ほ、本気で言ってるの!?”

 ようやく我に返ったのか。ディジットが声を絞り出す。

 彼女が驚いていたのは、エルムとの再会だけではない。これまで見たこともない世界だ。彼女は今初めて目にしていた。数を精霊を、世界の理を。

 その衝撃から戻ってくることが出来たのは、奴隷商があまりにも薄情でいてくれたお陰だろう。

 この半年エルムを殺さずに生かして傍に置いていた。これまでその男がしたことを許す許さないは別として、そのことに関してだけならば、相手が敵対者でも僅かに感謝の念を覚えたはずだ。しかしその僅かを打ち砕くよう、男は残酷な言葉を紡ぐ。


 “飼い犬同士の諍いもじゃれ合いも、俺の知ったことではないのでな”


 精霊とエルムの暴走を完全に無視して、奴隷商は椅子から腰を上げる。ようやく完成されたらしい埃沙の式に踏み込む。そして一度だけエルムの方を振り返り、奴隷商は口の端で笑う。


 “それでも首輪は付けてある。俺の躾けも抜かりない。帰り道も覚えられぬような駄犬なら、俺も要らん。この際捨て置いてやるのも良いだろう”


 こんなことを言われても、氷の翼も奴隷商の方には向かない。確かに彼を傷付ける気はエルムにはないようだ。


 “それとも女、貴様が俺の所にでも来るか?その娘をここに捨てて。そうするならばその馬鹿犬も尻尾を振って喜ぶだろう”


 余程ディジットの料理に満足したのか、奴隷商は回りくどいナンパをしてくる。金が払えないのなら、料理の才で払えと。それを認めるならば、この場を諫めてやっても良いと。


 “結構よ。私はアルムを捨てる気はないし、エルムを犬扱いするような外道の所に預けてはいられないから”

 “まったくあの男でも連れてくるべきだったか”


 ディジットの答えに奴隷商は愉快そうに苦笑。そして埃沙と共に数術により一瞬で姿を消す。これは大きな情報だ。

 洛叉の妹。彼女は空間移動をマスターした。だけどその展開、発動までの長いタイムラグ。彼女も行動先読みに空間移動が加わるのは厄介だが、知ることが出来たのは大きい。

 邪魔者が全て消えたところで、ディジットは前に出た。エルムを刺激しないように、対話で彼を静めようと。


 “エルム……エルム、なのよね?”

 “…………”

 “会いたかったのよ、本当に”

 “…………”


 ゆっくりと近づいて。彼の纏う者にも恐れずに。いや恐れてはいる。これまで見てきたもの、常識、認識。その全てを覆される苦痛と恐怖。どんな聖人君子だって拒絶が芽生える。それでも一歩ずつ、その違和感を受け入れようと心を開く。そうして彼の元まで辿り着き、優しく彼を抱き締める。その温かさに、纏う氷の羽の一部にヒビが入る。


(駄目だ!ディジット!!)


 私は彼女との数術を再開。彼女の脳内に言葉を送り込む。しかし届かない。これまでも、そして今もこの死神がその妨害をしているのだと確信した。


(弟扱いじゃ、子供扱いじゃ駄目なんだよディジットさん……)


 エルムが求めていた物は、それじゃないのだから。


 “私は、貴方が好きよ”

 “……え?”


 その言葉に初めて、エルムが言葉を返した。信じられないと言うように、ディジットを見上げる瞳の中で、二つの星が揺れている。


 “私ね、男運が全然無いの。アスカは風太郎(プー)だし、先生はリフルにぞっこんだし、子供子供と思ってたフォースもちゃっかりエリザさんと良い感じだし”

 “え、全然そんなのじゃないって!!”

 “そんなのだもんっ!!ほら公認来たっ!!やっぱりそういう風に見えちゃう?見えちゃうもんなんだわ”


 何やらギャラリー二人が騒がしい。爆発すればいいのに。私なんかリーちゃんが毒人間なせいで、アスカ君がブラコンなせいで全然進展ないのに。


 “私は貴方に会えて、とても嬉しかったわ”


 ギャラリーと私の苛立ちを静めるような静かな声だった。それでもその声には不思議な強さと優しさが感じられた。その意味は異なっても、愛しい者に語りかけるような、そんな温かな言葉だった。


 “母さんに捨てられて、父さんには嫌われて。それでいつもアスカに庇われて、そんな自分が情けなくて大嫌いだった”

 “そんな時にエルムに会って。初めてあの男に反抗して。そして貴方を守ることが出来た時……私は生まれて初めて自分を誇ることが出来たのよ”


 俯いた視線を上げて、ディジットがにっこり笑う。大輪の花が咲き誇るよう、日差しのように明るい笑みだ。


 “私が大嫌いな私を、少し好きにならせてくれたのは貴方なの。私が大嫌いな私なんかを、好きになってくれてありがとう”

 “ディジット……”

 “エルムは何も悪くない。悪いのは全部私だから。貴方を守れなかった、私が全部悪かったの”


 あの奴隷商に付き従って少年がしてきたこと。それを想像するに難くない。だけど例え何をしたとしても、彼女は全てを受け入れる。全てを許す。どんな罪を犯したとしても、彼が愛しい人であることに変わりはないのだと。犯した彼が罪ではない、その手を汚させる前に、彼を止められず守れなかった、自分の責任なのだと彼女は言う。


 「ディジットさん……」


 トーラも思わず涙ぐむ。感動してではなかった。もうどうしようもないことを知って、他に何も言えなくなったのだ。

 そう。アルムとのことがなければ、エルムもそこで落ちただろう。その胸の中で泣き喚いただろう。全ての悲しみを苦しみを洗いざらいぶちまけただろう。でも、もう遅いのだ。絶望はもう戸口を潜り、この部屋の中に招かれている。

 だからこそ少年は優しいその腕を振り払って、泣きながら彼女を拒絶する。ずっとその腕が欲しかった。その腕に抱き締めて貰いたかった。今は違う思いでも、そうやっていつまでも一緒にいれば、いつか別のものに変わるだろう。そう、あり得ないと否定することを、彼女は止めてくれたのに。だけど……もう遅いのだ。


 “姉さん……”

 “エルムちゃん……?”


 初めて真正面から、双子の姉を見据える弟。その目は対照的であり、その顔には姉の姿を瞳に刻むこと、それ自体既に此方が吐き気を催すほどだと言わんばかりの嫌悪感。


 “何でさぁ、姉さんが生きてるの?”

 “え、……えぇと………あの、ね……?”

 “僕は今日まで何度だって魘されて!その度に死にたいと願ってきた!!それなのにどうしてそんな顔で僕を見る!?どうしてまだ笑っていられるんだ!?”


 “ちょ、ちょっと……エルム言い過ぎよ!アルムだってこの半年……本当に頑張ってきたのよ?”

 “それが気にいらないんだよ!!”


 死に向かう努力じゃない。生へ向かう努力が気に入らない。人に絶望を植え付けておいて、それで自分だけ希望を得たような。そんな顔が許せないのだと、エルムは激昂していた。


 “何度僕から奪えば気が済む!?何処まで僕を傷付ければ解放してくれる!?そんなモノで、僕をまた縛り付けようって言うんだろう!?”

 “ち、……違うよ、私……”

 “へぇ、それなら何?何のつもりでそんな縋るような目で僕を見るの?”

 “私は唯……”


 しどろもどろになりかけながら、半泣きのような顔になりながら、それでもアルムは言葉を紡ぐ。もう届くはずがない言葉を。それでもまだ彼はここにいる。聞いてはくれている。だから……だから、光は奇跡はある。そんな夢を見て……夢を、見て。


 “エルムちゃんが私を嫌いでも、私をずっと許してくれなくても。……それでも私はエルムちゃんが大好きだって……”


 それでも目を覚ませと少年は冷たい言葉を告げる。


 “だから産みたいって?せめて名前だけでも一緒に考えてくれって?それ、本気で言ってるの?”

 “ちょっと、二人とも……何のことを言っているの?”

 “……ディジット。本当に僕が何をしても、同じ事が言えますか?”


 何も知らないディジット。昨日……私が、伝えることを断念したから。だから彼女は何も知らない。知らないことで、無意識に人を傷付けることがあるのだと、私はそれを見せつけられる。でも知っていたから何が出来ただろう。何も変わらなかったかもしれない。だってこの世の中には、どうにもならないことが嫌になるほど沢山あるのだ。これは、その一つ。たった一つに過ぎない。

 言葉の意味がわからないと言う、ディジットにエルムは笑みかける。口元だけでの笑い。三日月のように釣り上げられた口の端。目は尚も悲しみを宿す。


 “ここで僕が!姉さんを殺して!!それでもまだ言えますか!?こんな人殺しを、好きになってくれるなんて!!”


 もう見ていられない。空き家を飛び出そうとする私に、オルクスが立ち塞がる。


 「ベルちゃんっ!!」

 「鶸紅葉っ!!」


 その傍には気を失い項垂れたままの鶸紅葉(ベルジュロネット


 「マナーの悪いお客様だな。当劇場では幕が下りるまで沈黙と着席が義務づけられているんだけど」


 鶸紅葉の喉元には、数術で浮かばせているのだろう刃が光る。


 「ハルちゃん!」

 「はいっ!」


 すぐさまトーラの呼び声に応じる蒼薔薇(ハルシオン)。数術使いの欠点は接近戦。続く式が完成する前にその動きを封じればいい。

 両腕から鎖を投げて、オルクスの身体を拘束。鎖の距離がゼロになるまで、何重にも巻き付け最後は自身の体で関節を極めて縛める。動きは完全に封じた。

 鶸紅葉と刃が糸の切れた人形のように、床へと落ちる……


 「……っち、やれやれ。請負組織SUITのメンバーはみんな血気盛んで困るね」

 「しまった!!」


 オルクスの舌打ち。その音で数術が完成。先に床に崩れるのは比重からして鶸紅葉。次に落下する刃が彼女へと振り下ろされる。

 思わず目を伏せたトーラ。その耳に死神の笑い声。


 「なんてね、驚いた?」


 見れば床には何もない。蒼薔薇を見れば、床を指さし小さな言葉。

 オルクスは何処かへ消えて鶸紅葉の姿もない。蒼薔薇の拘束から抜け出して……


 「ゆ、床に……」

 「ああ、掘り返してもいないからね。消しただけだから。なかなかリアルだっただろう?みんなよく騙されてくれるからねぇ。僕も困っちゃうなぁ、面白味に欠けて」

 「……今の映像と、同じ絡繰りって事?」

 「そういうこと。厳密には違うけど。あんまり同じことってのは脳がないっていうか?」


 「これは音声と映像だけだよ。まぁ、僕の脳のハッキング能力を舐めないでくれたまえ。君達はここにいないはずの彼女を回復して守って助けたつもりでいただけだ。本物の彼女はまだ僕が預かっているよ」


 触れるはずがないもの。その傷の手当て。それをさもしたかのような錯覚。これは視覚数術触覚数術嗅覚数術の応用なんてものじゃない。これは名付けるなら錯覚数術。

 式の解析を始めれば、そこは未知との遭遇。入り組んでいて難解で、独創的な数式だ。公式もあったものじゃない。解かせる気なんてまるでない。書かせるつもりもまるでない。それでもそこに描かれる軌跡はまるで奇跡の様……それはあまりに傲慢で、圧倒的で……荘厳的な美しさ。これも、もはやどうしようもない。その引き金が音でなければ叶えられない。トーラが音に連なる数術を理解出来なければ至れない。

 オルクスも本来その才能はない。だから才能ある子の脳を覗いて、自分との違いを探る。そして音声数術を使えるようにこの男は自分を変えたのだ。だから、オリジナルとは行かなくとも、それに近い物を扱えている。


(でも……これじゃあ、まるで……!!)


 錯覚数術。感じるはずの違和感を感じさせなくなる数式。

 その違和感。前にも何処かで感じたことがあった。それはそんなに昔の事じゃない。


 「この間面白い子を見つけてね、間近で数式だけ見せて貰ったんだ。ああ、勿論タダとは言わないよ。代わりに僕も数式を一つ教えてきてあげた」


 オルクスの言葉で確信する。これは、この死神がエルムから盗み覚えてきた数式に違いない。


(アルムちゃんだけじゃなくて、彼までこんな面倒な数式を覚えたっていうの!?)


 味方に騙されて、敵にまで騙されて。もう何を信じればいいのか解らない。

 街は危険に晒されていて、私は濡れ衣を着せられて……大事な部下は攫われて。計画もこんなに滅茶苦茶にされ、向かいの店ではボス戦みたいなものが始まっているのに加勢にも行けない。何が嘘で、何が本当か。今私が見ている物に、何一つ真実はないのかも知れない。


(でも……僕は……)


 せめて目の前の厄介事だけでも片付けたい。彼の心労を一つでも私は減らしたい。そう思って駆け寄った扉は、鍵を開けても開くことがない。外から沢山の人の力で、押さえつけられているかのようで。


 「大丈夫です、マスター。きっと、大丈夫ですから」

 「ハルちゃん?」


 何を保証にそう言いきれるのか。わからない。だけど蒼薔薇は力強く頷く。その横顔に、少し羨ましそうな響きを宿した死神の声。


 「……なるほど、本当にお前はいい部下に恵まれているね。人脈っていうのかな。その才は全部お前に行ってしまったんだなぁ」

 「え……?」


 この人は何を言っているのだろう?人脈があったのは兄の方だ。幼い頃からそうだった。

 いつも友達に囲まれていたのは兄の方。家の中でつまらなそうにしている私と遊んでくれたのは、優しいベルジュロネットだけ。死を読み取る私の手を怖がらずに彼女は握ってくれた。


(……っ、そうだ!!)


 私は、知っている。彼女の死に様を。


(助けなきゃ……早く、助けなきゃ……、間に合わなくなる)


 私は扉に背を向けて室内を向き直る。助けるべきは、見捨てるべきは。今選べるのがどちらかなら。


 「……返事をするわ兄様。好きになさい。こんな私に意味があるなら」

 「マスター!?」


 何故このタイミングで答えをするのか。ハルシオンが綺麗な青い目を見開く。


(ごめんねリーちゃん。僕は……)


 君の味方で、君の支援者で、君の相棒である以前に。僕はTORAのお頭で、セネトレア王女なんだった。

 彼は2年前私に言った。復讐のために殺すのかと。そのために仲間を犠牲にするのかと。そして彼は怒った。王女として私がなっていないと。

 王なら守れ。王なら救え。諦めずに。全てを守れないのだとしても、せめて自分の大切な物は。彼は言わなかった。そのために、自分を犠牲に捧げろとは。それでもこの二年彼をずっと見てきた。見つめてきた。言外に教えられていた。彼の説く王の在り方を。

 そんな彼が私は大好きで、そんな彼に好かれる私になりたかった。きっと今なら誇れる。彼も少しは私に惚れるはずだ。でも彼はそんな私を見ていない。だから私に惚れたりしない。でも、それでいい。私は、彼が見ているからそうするんじゃない。


(私はベルちゃんを助けたい。死なせたくない、絶対に!!)

 邪眼に魅せられた私が、その誘惑に負けていない。彼の大切じゃなくて、私の大切をちゃんと優先出来ている。そう、彼女を無事に救い出せたのなら私は……胸を張って言えるはずだ。心から貴方が好きなんだって。

 そうすることで、私はあの店の人達を見殺しにしてしまうかも知れない。それで彼に嫌われたりはしない。彼は私を責めはしない。でも普通でも居られない。でも嫌われても、それでいい。


 「さぁ、連れて行きなさい!」


 私がそう言えば、空気から溶けて形を作るよう、オルクスが姿を現す。その手が私に伸ばされる。


 「トーラ様っ!!」


 ハルシオンが制止の声を上げるが、私は小さく首を振る。そしてその手を掴もうと、手を持ち上げた、その刹那に……鳴り響くのは銃声だ。


 「なんか怪しい数式見えたから、試しにぶち抜いてみたけど……正解だったわね」

 「ソフィア!人様の家を勝手に爆破しては駄目だ!」

 「うっさいわよ!!退路確保に止む無しだわ」

 「人為的災害にも程があるっ!!」


 騒がしい会話と共に、扉を打ち破ったのは赤い瞳にゴーグルを装着した長い赤髪の少女と、見たことのある聖十字の少年だ。


 「ら、ラハイア君と……誰?」

 「む?君は確かベラドンナの友達の……ってことは貴様もSUITの仲間だったのか!!」

 「んなことはまぁどうでもいいけど、あいつの仲間無事だってわかって良かったじゃない」

 「無事……なのか?何か空中から上半身だけ出しているどこかで見たことがあるような男に手を掴まれそうになっているが」

 「空中から下半身だけよりマシじゃない。それだったら既に変質者ね」

 「上半身もアウトだろうが!!この不埒な婦女誘拐犯めっ!覚悟しろっ!」

 「ま、それもそうね」


 少年が手にするのは白銀。少女が手にするのは漆黒。二丁の銃を突きつけられて、流石の死神も苦笑する。


 「さっきぶりだねお二人さん。でも少しは空気読もうよ。お姫様のピンチに駆けつけるのが王子様でも騎士でもなく聖職者兼軍人って燃えないし萌えないよ?」

 「そう、処刑内容は燃える系がいいわけね。発火系の弾あったかしら。あーあったあった」

 そう口にしながら、少女はごく自然な動作で弾を詰め替え引き金を引く。


 「唯ねぇ、ちょっと加減が聞かなくて。ウェルダンになっちゃうけどいいわよね?」

 「どうしてそうやって撃った後にお前は言うんだ!!」


 突然の発砲にも数術を駆使。咄嗟に避けたらしいがオルクスの、髪の一部が燃えている。


 「大体この者には吐かせなければならないことが山ほどある!それに殺しは御法度だ!もう少し考えて銃を使え!」

 「御法度なのはあんたらだけよ。私はその辺フリーダムにやっていいってことになってるし。情報くらい死体からでも引き出せるわよ」

 「こんな上半身男でも、改心の余地はある。ほら見ろ!髪を焦がされたというのにまだ笑顔を浮かべているではないか!本当は元々心が広く、優しい人間だったのだ。しかし何か辛いことがあったのかもしれん!きっとそうだ!!」

 「いや、あれはもう笑うしかないんだと思うわ。人間ほんとMK5あたりだとあんな顔になるもんよ」

 「な、なんだそのMなんちゃらと言うのは?」

 「僕のキューティクルな髪をよくも焦がしてくれたね。このお礼はいつか必ずしてあげるよ、聖教会のロセッタさん?」


 そんな愉快な捨て台詞を残して、手と上半身は引っ込んだ。そして空白。後の無音。完全に消えたらしい。


 「まったく。坊やが邪魔するから逃がしちゃったじゃない」

 「俺の所為か!?」

 「大体あんたもあいつに怨みあったんでしょ!何であんな余計な事言うのよ!!」

 「それは……ソフィアがあまりにやりすぎるから、ドン引きして冷静になってしまったんだ」

 「あっそ。なら感謝しなさいよね。お礼は?」

 「何故そうなる!!?でも確かにそうかもしれないな。ありがとうっ!!!って言わせるなっ!!」

 「ていうかなんか向かいの店騒がしいしそろそろ戻らない?」


 オルクスの逆鱗は髪だったらしい。確かに男であそこまで伸ばすのはいろいろ大変だろう。例えば世間の目とか。あんたはもう、またそんな伸ばしてぼさぼさにして!うざったいから早く切りなさいと言ってくる母親とか……は私達にはもういないわけなんだけど。そういうものをかわして髪を伸ばすことの大変さは、私も少しは知っている。情報としては。

 あの1年半で髪をのばしまくったアスカ君を暑苦しいとディジットさんが隙あらば切りたそうな目でその髪を追っていたのを私は知っている。今度は何を願掛けているんだか知らないけど、彼はまだ髪をずるずるずるずる伸ばしている。


 「って……ロセッタ……?」


 聞き覚えのある単語だ。脳内情報検索。


 「何よ。喧嘩でも売るつもり?“うっわ、この子かわいそー!私より背あるのに私より胸がないよー”とか思ってるんじゃないの?ていうかあんたさっきの男に顔似てるわね。実はあいつだったりしない?」

 「ソフィア、それは被害妄想や因縁といったものではないか?」

 「ああ!!!君ってフォース君の幼なじみの子だったよね!!初めまして!」


 喧嘩腰のその少女は、2年前フォースから持ち込まれた依頼内容だった子の名と同じだ。

 元々は黒髪赤目だったと言うが今も赤目ではある。後天性混血になっていたとは思わなかった。タロックに行ってから、何か新しい情報はないかと時折こっそり調べてみたりはしていた。そしてようやく、嫁入り先を突き止めはしたが、嫁入り先の貴族の家には別の妻が娶られたこと以外何も知れなかった。あれ以降まったく音沙汰がなかったのはその変化のせいもあるのだろう。

 その言葉通り確かに胸は……残念だ。今の私とそう変わらない。でも私は胸スライダー持ちだし。視覚数術でいくらでも増やせるし。代償が大きいからあまりやらないけど、一時的ならやろうと思えば本当に肉体改造可能だし。


 「フォース?……ああ、あいつあんたらの所で世話になってるらしいわね。少しは見られる顔になった?相変わらず情けない面してるんでしょ?」

 「いや、それがなかなか。ちょっとは男前になったというかなんというか。最近じゃブロンド美人のメイドの子侍らしてうはうはって感じ」

 「はぁ!?何それ!!フォースの癖に生意気よ!!私身内との酒の席で、あいつの駄目っぷりを語って、あいつは30まで童貞だって方に賭けてたのにっ!!」

 「…………それもなかなか酷い話だな」


 突然始まるガールズトークにラハイア君は置いてきぼりだ。ちょっとごめん。

 心の中で謝罪して、トーラはまた違和感を知る。


(っていうか落ち着いてみれば、ここにどうしてラハイア君が居るんだろう?)


 記憶を掘り返してみれば、先程SUITなんたらとか言っていた。恐る恐る彼を仰ぎ見れば、きょとんとした青緑と黒のオッドアイ。


 「もしかして君、リーちゃんの……正体知っちゃった?嘘ぉ!!一生騙されてる方に僕500シェルも掛けちゃったよ!!」

 「くっ……」


 私と同じ方に賭けていたハルシオンも悔しそうだ。確か以前の酒の席でそんな話になって「僕はマスターを信じます!!マスターに間違いはないっ!(キリッ」とか言って何万か賭けてくれてたな。


 「俺まで賭けにされていたのか!?くそっ!!誰だ!!誰だそんなことをした奴は!!」

 「それは勿論リーちゃんだよ。彼君のこと凄く気に入ってるから」

 「……あいつが?」

 「彼だけだったな。君がいつか気付くって方に賭けてたのは。リーちゃんの1人勝ちかぁ……いや、それなら大もうけか。みんなに奢ってくれるだろうし」


 自分まで娯楽の対象にされていたことを許さないとご立腹の聖十字。そんな彼が興味を示したのは、リフルの名前にだった。お前らある意味どんだけ相思相愛なんだよと心の中でトーラはぼやいた。本当に彼の周りには敵が多すぎる。


(それでもリーちゃんを、変えることが出来るのは……ラハイア君しかいないんだろうな)


 自分には荷が重すぎる。こんな真っ直ぐな目は私には出来ない。世の中の裏に染まりすぎた。だからこそ、解り合えることがあるのは自負している。それでも出来ないことも私にはある。


 「でもリーちゃんきっと喜んでるよ。うん。まぁ僕がいるし?簡単には捕まえさせてあげないけどさ」

 「喜ぶ……のか?あいつが、そんなことを?」

 「そりゃあ喜ぶよ。リーちゃんの夢の一つだもん」

 「あいつの夢?」

 「リーちゃんは君に捕まえられて君に裁かれることが夢なんだよ。勿論やるべき事全部終わった後だけだけどね」


 それは例えば、こういう事。遠回しな根回しだ。いざっていう時傍で守れないなら、選べないなら。私は情報を使う。

 知らない方が良いことは勿論ある。それでも知っていた方が良いことも世の中にはあるものだから。


 「リーちゃんは本当に君が大好きでね。もう僕も嫉妬で死にそうだよ」

 「妙な言い方をしないでくれ」


 この真人間は、冗談があまりお好きではないようだ。気難しい人だね。でも何が恐ろしいって別に今私は冗談も嘘も言っていないということだ。


 「ラハイア君のことをリーちゃんは本当に評価してて、君の信じるモノを信じたがってもいる。だからこそそんな正しすぎる君に、自分を殺して貰いたいのさ」

 「ば、馬鹿なことを言うな!俺は誰も殺さない!例えそれがあの男であってもだ。奴には生きて罪を償わせてやる」


 そんなこと絶対に認めるものかと、若い聖十字は言い放つ。その言葉は確かに耳に心地良い。


 「そうだね。僕もその賭けは、ラハイア君の方に全財産賭けさせて貰うよ。負けろリーちゃーん」


 拳を作り手を翳せば、ハルシオンが気まずそうな顔。その横でロセッタが、店の様子を観察している。


 「……お言葉ですがマスター」

 「実際あいつら負けそうよ?あ、二階に逃げるとこね」

 「あいつら?」

 「だからあんたの愛しのリーちゃんとやらと暑苦しい保護役兼ストーカーがあっちの店に加勢に行ったのよ」

 「り、リーちゃん酷いっ!どうして僕の方に来てくれないの!?おまけに女の子まで連れてくるなんて!!リーちゃんの浮気者ぉっ!!」

 「お、女の子?」

 「珍しく女扱いされたなソフィア」

 「ば、馬鹿っ!」


 トーラの言葉に、ソフィアが少し顔を赤らめる。それをラハイアが指摘すれば、ロセッタが彼に掴みかかった。


 「ねぇ、ロセッタさん?今赤くなったよね?」

 「なってないわよ」

 「嘘!絶対なった!!」

 「なったら悪い!?」

 「悪いよ!どうせ君もリーちゃんの美貌と色香にメロメロなんでしょ!?毒されたんでしょ!?惚れちゃったんでしょ!?リーちゃんの尻軽腐れクソビッチぃいいいいいいいいいいいいいいい!!ほんと何処まで見境無しにフラグ立てれば気が済むの!?でもそんなリーちゃんが僕は大好きですっ!!」

 「はぁ!?んなわけないでしょ!?私あんな男に興味ないわよ!!っていうか男なんかに興味ないわよ!!」

 「はっ……マスター下がってください!!教会にはそっち系も多いと聞いたが、……確かにカーネフェル時代に見た修道院ではそういう輩もいたな」

 「女にも興味ないわよ!!うざったい勘違い止めてくれない!?」

 「その男勝りな風貌は、女性の気を引くためだったのか。ソフィア、悩みがあるなら……俺で良ければ懺悔にでもなんでも付き合うぞ?」

 「私を、哀れむなぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 「嘘っ!それは全部リーちゃんへの好意を隠すためのカモフラなんだよ!!」

 「あんたら精神疾患でもあんじゃないの!?どんだけ人を疑えば気が済むのよ!!しかも疑い方の角度が異常だっての!!」


 聖教会の人間が何故殺人鬼に協力しているのか。そこを怪しむのではなく人間関係を疑って掛かるとは思わなかったとロセッタが眉をつり上げる。


 「そんなこと言ってさぁ、ほんとはどうなの?いや、これから君たち教会と上手くやっていけるかどうかはその辺にかかってるんわよねぇ、うん。いや、好きとか嫌いとかじゃなくてさ、そりゃ会ったばかりでそこまでわからないよね。でも顔とか声とか、なんかあるでしょ?感想くらい?」

 「あんな女顔の男に興味ないわ。気分的に百合って感じであいつ無理!大体2年前のことだって私ほんとトラウマで……そりゃあ、私も少しは誤解してたとこあったけど、でも……」

 「はいぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!フラグ頂きました!!デレ頂きました!!よし!ハルちゃん!やっぱ殺しておこう!」

 「わかりました、マスター!」

 「来るなら来なさいよ!!SUIT自慢の数術使い様って奴の腕前見せて貰うわ!!」

 「だから何故お前達はそうやってすぐ物騒事で物事の解決を図ろうとするんだ!!馬鹿か!?馬鹿なのか!?馬鹿の一つ覚えなのか!?」


 いがみ合う二人の少女。ほぼ初対面のトーラと仲間のロセッタの、その後頭部を容赦なく打ち据える少年兵。


 「痛っーい!ラハイア君的に暴力はありなの?」

 「口で言って止まらん馬鹿は殴ってでも止める。それが俺の正義だ」

 「……坊やの癖に、言うじゃない。殴り返される覚悟は出来てるでしょうね?」

 「銃は使わんが、一発で駄目なら……俺の両手が砕けるまで殴らせて貰う覚悟だ。なるべく人体に害のない急所から外れたような所を」


 ロセッタは口元を引きつらせ苛ついていたが、トーラはそこまででもなかった。むしろその変化に、柔軟さに……リフルの影を見ていた。


 「変わったねぇ君。君最初の頃はそういう規則も遵守してたのにさー。体罰禁止って十字法になかったっけ?傷害罪とかさー」

 「真の正義を行うためには、多少の規則は目を瞑る。無論そこから生じる罰は甘んじて受ける。文句があるなら正規の手続きをした上で俺を訴えてくれればいい」


 殺人鬼Suitが彼に感化されたように、この少年も殺人鬼から得る物だあったのだろう。


 「さっさと行くぞ!こんな所で人死にを出して堪るか!」


 *


 「っとまぁ、僕らの方はざっとこんな感じでした」


 オルクスの目的とか、鶸紅葉のことなど省けるところは極力省いて、トーラは先程まであったことを語った。リフルに余計な心配は懸けたくない。


 「俺らが大変な思いをしてるときに、お前ら一体何やってたんだよ」

 「マスターに無礼な口を!!」

 「アスカ君には言われたくないなー。ねぇ?フィザル=モニカちゃん?あとフォース君爆発しろ」

 《全くね。主の下着を所望するなんて見下げた下衆騎士もいたものだわ、この変態坊ちゃん!!ほんとアトファスはいい男だったのに何でこんなに残念なんだか》

 「所望したのはお前だろうがっ!!」

 「やはり逮捕すべきなのか?」

 「まぁ、そう固いことを言うなライル。別に下着の一枚や百枚くらい、無くしたところで死ぬわけでもない」

 「Suit!貴様はどうしてそう無駄に心が広いんだ!?馬鹿なのか!?」

 「っていうか、ツッコミ所そこなわけ?でもフォースは爆発しろ」


 一同の言い争いに、1人外れて会議室から窓を見下ろしていたロセッタ。

 再会してからろくに言葉も交わしていない、幼なじみが金髪メイドと一緒に散歩しているのを見つけたのだろう。窓の外に唾を吐いていた。別に特別な好意はないが何か腹立つものはあったのだろう。トーラもそれはよく分かる。女心は複雑だ。


 「私としては、あの混血の子の件についてもう少し詳しく聞きたいわ。これは教会としても見過ごせない。看過できない話だもの」


 そしてすぐに仕事の話に切り替えられるのも、女の特性なのだろう。如何にも。胸がそんなに無かろうと、ロセッタと言う少女は女だった。

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