31:Brevis ipsa vita est sed malis fit longior.
「あの住所の場所はこの辺りだったな……」
そこに着く頃には俺もある時も表面上は落ち着いていた。あれから俺たちは言葉少なに足を進めて東裏町までやって来たが、手がかりは未だ見つからない。住所だけ記されても、それは区画までの表記で番地を記さない。なんとも中途半端で嫌がらせ満載の情報だ。
「少しこの辺りを探ってみよう」
リフルが建物間の細道へ視線を向けて、そしてその方へと駆けだした。
「お、おい!」
このパターンにろくなことはない。そんな勘からすぐに彼を追うと、その小さな背中にぶつかった。彼は立ち止まっている。その視線の先には言うなれば黒。
「って、あれってまさか……洛叉の野郎か!?」
「先生、一体どうして……!?」
俺の言葉に弾かれたよう、リフルがその黒ずくめの男に駆け寄り膝をつく。
「……こいつがやられるなんて、一体何が」
「……毒の匂いだ」
まだ辛うじて息がある。それを確かめてリフルは短剣を手に屍毒を取り出そうとする。
「待て!」
「何を……」
その血からゼクヴェンツでの解毒を行おうというのだろうが、俺はそれを止めさせた。一刻を争うというのに何で止めるのかと紫が睨む。
(おまえな、ここは敵陣だろ?それに何時敵になるかわかんねぇ奴も居るのにで最後の技をほいほい使うな!)
そう小声で訴えれば、追いついてきた聖十字の二人。
仕方ないとリフルも思い直してくれたのか、闇医者に付着していた毒を手に取り、それを舐めて考え込んだ。
「この香りと味だと、媚薬系統の毒だな。なら解毒は……」
そこまで言いかけて、再び主は考え込んだ。
「ちょっと頼みがあるのだが、仲間を解毒する必要があってだな……暫く見張りを頼めないだろうか?そう、あっちを向いていてくれないか?」
その答えで、解毒毒が何か俺は察してしまう。清らかな聖十字には見せられないということなのだろう。
「まぁ、待て。せっかくだ。最終奥義使おうぜ?」
「……お前が二人を信じてくれたというのなら、別にそれでも構わないが」
単にこの腐れ闇医者なんかに、畏れ多くも俺の主の接吻解毒なんかさせたくなかっただけとも言えず、その通りだと俺は頷いた。
やがてリフルは左手の手袋を外し……ざくと手の甲を傷付けて、そこから赤い血を取り出して……その理由がわからないと言った様子のラハイアと、その一部始終を見守るようなロセッタの目。
それを洛叉の口元に押し当てて、血を流し込む。屍毒は全ての毒を解毒する最高の秘薬。それでも使い方を間違えば、全ての命を殺める至毒。この毒の使い方も手慣れた物で、リフルはその解毒に成功。闇医者の呼吸が落ち着いて来る。
死にかけの人間を救った奇跡に、聖十字達は軽く目を見開いていた。解毒前の様子だと、ロセッタの方は……神子にでも聞いていたのだろう。それでも驚かずにはいられなかったのだ。
「今のは一体……?」
その疑問を素直に口に出来るのはこの正直者の特権か。ラハイアが口を開いた。
「お前は知らなかったな。私は毒使いではなく、毒人間と言うものだ」
「毒人間?」
「私は多くの毒を体内に保有する歩く毒薬棚。私の体液全ては猛毒で出来ているし、それを上手く使えば今のように解毒も出来る。そう考えればいくつかの事件も納得出来るんじゃないのか?」
「……まさか!」
「私の変装は無意味でもないし、唯の趣味でもない。理由がちゃんとあったんだよライル」
女装をするのは手っ取り早く殺すため。手っ取り早く触れるためだ。
犯罪者の仕事のタネと絡繰りを明かされたというのに、聖十字は嬉しそうな顔をしなかった。ラハイアは何がどうなっているのかわからないと軽く混乱している。
「しかし何故……そのような、身体にお前はなったのだ?」
生まれながらの人殺しはいない。それを信じる少年は、殺人鬼の過程を求めた。
「さぁな。もう忘れたな」
「このひ弱男は、元王子様。タロックの那由多王子って言えば聞いたことくらいあんたもあるんでしょ?私らシャトランジアのお姫様の実の息子よ」
惚けるリフルの言葉を遮って、どうして男って変なところで見栄を張るのかしらとロセッタは呆れていた。
「那由多……?確か毒殺されたという……話の?士官学校の歴史の授業で習ったな」
タロックには聖教会も聖十字もない。それがあったならそんな非道な振る舞い、絶対に許されなかったはずだと、無念さから記憶に留めていたのだという。
「そうだ!覚えて居るぞ!!タロック語の授業の単語テストに読みと書き方で出題されたこともあった」
「恥ずかしいから止めて欲しいなそういうのは。私にプライバシーはないのだろうか?」
「王族なんてそんなもんよ。おまけに歴史上で死んだことになってる奴にプライバシーなんてまずないわ」
「貴様の所為だったのかSuit!!あの日の俺が赤点で補習を受けたのは!!」
「ったく那由多くらい書けるようになれよ。常識だぞ?俺なんか目を瞑ってでも書けるぞ?」
「それくらい私も出来るけど、何でかしらあんたが言うと気持ち悪いんだけど」
「ええい!貴様の姉というあの姫も書きにくいことこの上ない!刹と殺は似ているからな!物騒な答案が並んだと教官が嘆いておられたぞ!?横文字文化のカーネフェリーにとってお前達タロック王族の名前は士官学校で割と嫌われていたな!!分かり易くひらがなとやらに改名するがいい!!」
俺たちの発言に、リフルが落ち込んでしまっている。どうフォローすべきか悩んでいる内に、ひょいと暗い影が俺たちの顔に差し掛かる。
「自らの低脳を棚に上げ責任転嫁。カーネフェリーには漢字の美しさを理解できないのだな鳥頭」
「言ったの俺じゃなくてこっちの坊やだからな。つか第一声からご挨拶だなおい闇医者。気分はどうだ?」
「出来れば、口付け解毒のアインシュラーフェンが良かった」
「もっかい死ぬか?」
「先生、良かった……どこかまだ違和感はありますか?」
「リフル止めとけ、こんな変態を心配してやることねぇぞ?」
「そうですね。まだ毒が抜けきっていない感があります。ゼクヴェンツは全てを回復させますが、解毒としては8割程度に留まる以上、2割程度の不具合は自然治癒に任せる形になりますから」
「そうですか。やはりアインシュラーフェン要りますか?」
「是非」
「どんだけ必死なんだよてめぇはっ!!」
アスカは怒りにまかせ、闇医者の膝の裏に蹴りを入れてやる。かわされなかった所を見るに、調子がまだ完全ではないというのは本当らしかった。
そんな俺たちの変なやり取りを、聖十字二人は遠巻きに見つめている。
また変なのが増えたというような視線を向けてくるラハイアと、それを実際口に出して吐き捨てているロセッタ。
「裏町の人間ってみんなこういうやばいのか変態しかいないわけ?」
「…………っち」
「何その舌打ちは!!」
そこで初めてロセッタを視界に映した洛叉。その残念そうな舌打ちに、ロセッタはぶち切れる。初対面の人間にそんな対応されたらそれも当然だとアスカは思った。
「リフル様が百点とすると、君は四十五点だな」
「おい変態。ロリ、貧乳、混血の三拍子揃ってるのに何が残念だってんだよ?」
これまで俺たちが酷い扱いをしてきたロセッタだが、残された光明があるとすればこの男だけだと思っていた。その変態にすら匙を投げられた、心中お察しいたします。
「カラーリングや身長、胸囲は問題ない。後天性というのも興味深い。問題は年齢と主に性格だ!これで男ならまだ許せた。八十越えの大台には乗れた。神よなんと勿体ないことを……やはりこの世には、悪魔しかいないのだ」
「とりあえず喧嘩売られてるってことはよぉく私も理解したわ」
「抑えてくれロセッタ、彼は十四才までが許容範囲の変態なんだ」
「んじゃなんで十八のあんたがばっちしストライクで満点とってやがるのよ!?」
「それは無論究極の完成された美の前に全ては平伏す。この俺も例外ではないと言うことだ。それから最近今日範囲が十五まで広がった。リフル様の外見はその程度故余裕なのだが、君のその百戦を潜り抜けてきたような眼光は、無邪気ともロリとも思えない」
「こいつ撃ち殺して良い?良いわよね?」
「本当にすまない。彼に代わって謝らせて貰うから、どうか」
「いい加減にしろ!お前達ここに何しに来たか忘れたのか!?」
ラハイアの一喝で、その場は静まり返る。そこでようやくその場の人間達全員が、平静さを取り戻す。俺はと言えば、ロセッタが何時ぶっ放すか見守る方向だった。あの変態は葬られても良いと俺も思う。
「そう言えば私達は視覚数術をまとっていたはずだが、何故先生はわかったのだ?術が解けたような気配も無かったが」
「リフル様、これを」
リフルの言葉に、洛叉は片手を差し出す。その手の甲に刻まれたスペードの紋章。
「げ、お前もスペードかよ」
俺と主のお揃いだと思っていたのに、こいつまで。そう思うと嫌な気分になる。その掌を返してみれば、刻まれていたのはⅦの数。それに俺は心の中でガッツポーズを決める。俺の方がまだ強い。俺の方がこいつの役に立てるし、その気になれば殺せるわけだ。
「その言い草だと、鳥頭。お前もと言う訳か」
心底嫌そうな言葉には俺も全面的に同意の方向で。
「先生までカードに……」
「仕方ないわよ。上と下の傍にカードは集まる物だから。ていうかあんたの顔見知り、たぶん粗方カードになってるはずよ?」
「何だって!?」
ロセッタの言葉に、リフルが取り乱す。それに落ち着きなさいとロセッタが、ぴしゃりと強く頬を打つ。元王族にここまで無礼な国民があっていいのか?ロセッタは元タロックの民だったと聞いたはずだが。
それに対してうちの主は……そんな無礼にあったことのない人間だから、パチパチと目を瞬いて、今されたことはなんだったのかと考えているようだった。しかしここまで毒を恐れない人間を見たことがない。手袋をしているとはいえ、よくもまぁ……肝の据わった女がいたものだ。驚きのあまりアスカはその無礼に怒りを覚えることも出来なかった。
「なるほどね。数札は元素の加護を受ける。微妙な数だけどそれは零じゃない。屋根から落ちたってのにそれ自体の怪我がないのは幸運だったわね」
「どういう意味だ?」
「あんたも数札でしょ?片鱗はあったんじゃない?数札はカードになることで数術を使えるようになることが多いのよ。まだ使えなくとも視覚開花くらいは成ったんじゃない?」
「でも俺、さっきお前がやったっていう数術っての見えなかったぜ?」
「私みたいな裏組織の人間が、証拠に残る道具使うと思う?視覚情報遮断くらいは施してるわよ」
「お前達は先程から何の話をしているのだ?」
1人だけ話題に着いて来られていないラハイア。その質問にロセッタは投げやりな返事を返す。
「……めんどくさいから、あんたには後から説明するわ。それでそこの黒変態、一体何があったのよ?」
「あまりにいろいろ在りすぎて、何処から説明するに悩むが……」
闇医者が勿体ぶりやがりながら、語り始めようとしたその刹那……
「きゃあああああああああああああああああああああああああ」
聞こえる悲鳴。それはすぐそこ。向かいの店の中からだ。
その声は聞き覚えがある。まさ幼さを感じさせる、少女の声色。
「今の声、アルムだ!!」
アスカがそう叫ぶと、その名を知る者も知らぬ者もその声の方へと走る。
「アルムっ!!」
扉を開けば、カーペットを染める赤い色。
「………ディジット!?」
俺が見たのは、俺が見たのは……俺の幼なじみがその腹に刃を受けている姿だった。
彼女の背には桜色の髪の少女。透き通る、氷のナイフ。それで彼女の腹を貫いたのは、小柄な黒髪の少女。血のように赤い瞳で、したたり落ちる赤を見ている。少女は薄水色の半透明の翼を背負う。
「許せねぇっ!!」
アスカは黒髪の少女にナイフを飛ばし、距離を詰める。
しかしそれは少女に届く前に、此方に返される。見えない壁がその少女を守っているようだった。目を凝らせば、うっすらと少女を守るようまとわりついた数字が見える。
(これが、視覚開花!?)
数術の、数字が見えている。
《無駄よ、あの子。精霊憑きだもん》
数字だけじゃない。何か聞こえる。頭の中に響くような声。
(なっ……だ、誰だ!?)
《才能ないのね、アスカニオスは。貴方のお父様はもっと早くから私達が見えてたのに》
キラキラと空中が輝き数字が集まり、そこに像を映し出す。そこに現れたのは小さな姿の少女。絵本の中に出てくるような妖精とかそんな類の幻に見えた。
《だけど貴方、幸せよ?この私が憑いてるんだもの》
少女は緑の髪に緑の瞳をしている。小さな胸を張って踏ん反り返る様はプライドがそこそこ高そうだ。
《私はフィザル=モニカ。貴方のお父様からのお願いで、今まで後見人をしてあげていた心優しい精霊様よ。もし私と契約するんなら、あの子の結界破ってあげてもいいけど……どうする?》
(手風琴だと?)
《にしても本当アトファスと違って可愛くないわねぇ。私は貴方のお父様があんまりにもいい男だったから、契約の延長で貴方が見えない限りって条件で貴方の面倒見てあげてたわけ。感謝してくれていいわよ》
しかしあまり進んで感謝をしたいと思えないような性格の相手だ。
精霊数術。そういうものがあるのは知っている。親父が昔、俺に教えてくれた。自然の中には精霊が居るから感謝して暮らしなさいとかなんだとか。
あんまり信じていなかったが、才能のない俺が回復数術を扱えるのは、その加護のためだとか聞かされた。その力の正体が、こんな所で明かされるとは。
カードになって数術の視覚開花が成らなければ、一生気付くことがなかっただろう、その相手。
《私が司るのは風。まぁ俗に言う風の精霊的なあれ。ちなみに見守ってきたって言うと貴方の寝言とか、晩のおかずに自家発電を覚えた年齢まで私は勿論知ってるわよ》
(ぎゃああああああああああああああああ!知りたくないっ!知りたくないっっ!!今までありがとうございましたぁあああああああああああああああ!!って今そんな話してる場合じゃねぇんだよ!!見てわかってくれ!!)
《そうね。じゃあ頑張って》
(って意味深なこと言っておきながら、何もしてくれねぇのかよ!!そんなに契約必要か!?お前実は悪魔だろ!?)
《まぁ失礼ね!恩人を悪魔呼ばわりするなんて!!悪魔って言うんならそれはあっちの子に憑いてる奴の方だわ!》
《そんなことよりうだうだしてていいわけ?あのディジットって子、ほっといたら間違いなく死ぬわよ?》
言われなくても解っている。早くなんとかしなければ、ディジットが危険。
彼女と過ごした日々は、俺の中で重要なものだ。一番には選べなくても、そう簡単に捨てられる繋がりでもない。大切な、人なんだ!!
俺が駆けつけたことを知ったのか、少しだけディジットが笑みを浮かべる。そしてそこで気が緩んだのか……彼女は床へと崩れ落ちる。
「ディジットっ!!」
駆け寄ろうとするが、黒髪の少女の翼が邪魔で、ディジットに近づけない。得物で斬りかかるも、傷一つ付けられない。これじゃあ回復をすることも出来ない。
おまけにこの精霊の話によれば、見えるようになってしまった俺にはもう力を貸してくれないのだと。無理して近づいても治せない。そうなると今、断言されている。
(……何が望みだよ?)
《貴方は力のために、何処までの犠牲を支払える?》
(何だって構うもんか、力を俺に貸せ!!それで今を変えられるなら!!)
《覚悟だけは一人前ね……いいわ、気に入った。それじゃあ代償を教えてあげる》
精霊の声が若干暗く低くなった。アスカはその人外の迫力に思わず息を飲む。
《そうね。それじゃあ今度、貴方のご主人様の下着を月1毎で盗んできてくれたら手伝ってもいいわよ?勿論使用済みの洗濯済みは不可》
「出来るかアホっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
《あいたっ》
俺は勢いよくその羽虫を床へと叩き落とした。
「話は聞かせて貰った」
「り、リフルっ!?」
俺より足が遅い主は、遅れて店の中にやって来た。
リフルはこの変態精霊の声と姿を認識しているようで、真っ直ぐに其方を見つめている。コートカードだというのに、どうして視覚開花が成ったのか?疑問に思ったがこいつは混血。数術を扱えなくとも、見るほうの数術の才能は俺よりある、そういうことか?
「フィザル=モニカさん、そんな物がお望みなら幾らでもくれてやろう」
《女顔なのに無駄に男らしいわね!私、そういう子も好きよ?クソアマリーと同じ顔でも、男の子ってだけで美少年って許せちゃうから不思議だわ》
この件を片付けてくれたなら、そこら辺の路地裏で脱ぎたてでもなんでもくれてやると言わんばかりの潔さ。俺のためにそこまでと思うと泣けてくる。どうしてこんな厄介な精霊に憑かれてるんだ俺。主にこんな捨て身の発言させてしまうとは。俺は騎士の風上にも置けない。
「その代わり供物として消費した分の料金はお前持ちだからなアスカ!買い出しにはお前が行くこと!以上!」
「何その羞恥プレイはよ……せめてお前も付き合ってくれ」
「別に構わんが、絵面的に問題が在りそうだしまだ良心的に女装用の下着を買いに行かせることにもなりかねんぞ?無論私は女装するが」
「羞恥プレイの格が上がっただけかよ畜生っ!わぁったよ!契約してやるフィザル=モニカ!」
《それじゃあ、協力しましょうか?》
風の少女は空気に溶けて、代わりに光り出したのは俺の愛刀ダールシュルティング。
その刃が纏う光は、先程まで少女が居た場所のそれ。その数字が丸ごと俺の得物に宿っている。
《風は時に癒し、時に殺す表裏一体。攻防共に優れた元素。四大元素の中でもっとも攻撃力にも特化している。水の結界を破ることくらい、私にはわけないわ》
フィザル=モニカの声が手にした得物から振動と共に伝わってくる。
「わけわからんが、とりあえず行かせてもらうぜ!」
翼に向かって思いきりダールシュルティングを叩き付ける。それは成功!一瞬でその翼は形を無くし崩れ落ちる。
「やったっ!」
「アスカ、危ないっ!!」
砕いたそれは、姿を変えて無数の氷の刃。それが氷柱となって降り注ぐ。
《でもま、風は水を蒸発させたり氷を溶かしたり出来ないし?そう言うのは火の方が向いてるわよね》
「早く言えアホぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!この腐れビッチぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
《あ"ぁあん?ビッチ舐めんじゃねぇよ童貞野郎がっ!!そうやって女選り好みしてっからてめぇはDTなんだよクソ野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!悔しかったらてめぇのお粗末な物をてめぇに挿れられるくれぇ伸ばして見せろよぉ!?んでセルフファックでもするんだなガキぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!》
「馬鹿!そんなこと言ってる場合じゃないだろう!」
下らない言い争いを始めた俺と俺の精霊を叱り付ける俺の主。その叱り方は彼にしては過激だった。思いきり俺は蹴飛ばされた。言うなれば跳び蹴りを食らった。何時の間にそんな技をマスターしていたのだろう?基本天才肌でやってみたら出来たとかそんなオチだったりしそうで怖い。そしてどうしてこんな時ばかりそう言うことが成功するのか。
それはアルムを庇ったディジットのように、俺を庇うように前に出ている彼の姿。唯この場合の前というのは、蹴飛ばされディジットの傍に着いた、振り返る俺から見た方向。
「リフルっ!!」
氷の雨はもう間近だ。
「手当を早くっ!!」
ディジットを助けろとリフルが言う。ああ、そうしなければ。そう思うのに……
「モニカ!お前は回復をっ!」
剣から精霊を解除しディジットの回復に当たらせて、俺は氷の雨に飛び込む。
(ごめん、ディジット)
最後に精霊に命令を下す際、目をやった幼なじみの顔。何故だろう。彼女の瞳は泣き濡れているのに、さっきよりも笑っているように見えた。
「何やってるんだ馬鹿!!」
「馬鹿はお前だろ!」
「お前が前にしたことだ!」
「俺がお前の騎士だ!そういうフェアは要らねぇんだよ!」
衝撃に備え、恐怖からか目を伏せる主を無理矢理引き寄せて、守りに入った俺の耳に聞こえたのは小さな小さな音。
「なんで……」
震える声。それを漏らしたのは黒髪の少女。いや違う。赤い眼が離れていく。
この少女も憑かれていたのだ。そこから抜け出た精霊は綺麗な水色の髪と血のように赤い瞳の少女。そしてその中から現れたのは、深紅の髪。そして桜色の瞳に星と涙を映した、1人の少年の姿だ。遅れて術者が精霊が離れることで、氷は姿を変えて水へと戻り落下する。水は冷たかったが、氷ほど痛くはない。
「…………エルム、ちゃん」
アルムのその呟き。それにああと、彼を知る者は誰もが思った。
俺もリフルも。フォースもディジットも洛叉も。
姿を現した少年を見つめるアルム。アルムが待ち望んだはずの日。最愛の弟との再会がどうしてこんなことになってしまったのだろう。
「お前……どうして、こんなこと……」
アスカの口からもそう零れた。この少年はディジットに惚れていたはずだった。エルムはいつも大人しくて、良い子で……彼女の手を煩わせることはなかった。少なくとも恩人である、彼女に仇為すようなこと……自分の知る少年がするはずがない。
その目の迷いを見るからに、ディジットを刺したのは少年自身、信じられないことだったらしい。それでもその混乱から立ち直ったのは目の前の少女憎しという気持ち。
「……まだ、満足しないのか?」
ギリと奥歯を噛み締める、その音が響き渡る。理不尽に怒り狂う彼は、片割れの少女にその憎しみの言葉を降らせる。
「これ以上僕から……姉さんは何を奪うって言うんだっ!!」
「エル…ムちゃん……?違う、違うの……私、そうじゃない。そうじゃなくて……」
「何が違うんだって!?僕は僕が今ここで息をしている、そのことでもこんなに辛いのに!!」
自分で自分が許せない。少年は泣き叫ぶ。
「まさか……!?」
その様子に、闇医者は何事かを悟ったようだ。
「おい、何の話だよ?」
俺は奴を問い質すが、また勿体ぶりやがって言葉を濁す。その様子にリフルは何か悟ったようだった。
「そんな、馬鹿な……!前例は、無いはずだ!!」
「リフル?」
その焦ったような言い方と、前例という言葉を俺は考える。この二人の姉弟の関係と照らし合わせて。
「……っ!?っておいまさかってまさか!?」
半年前。半年前。一つの事件があった。
長きの監禁生活で精神的に追い詰められたアルムが奴隷商達の口車に乗せられて、無理矢理弟のエルムを誘惑したというか襲ったということがあったのだ。
「嫌だ……嫌だ、どうしていつも……僕ばっかり」
少年は泣いている。彼を慰めるように、傍らに寄り添う水の精霊。精霊は命令さえあれば今すぐにでも、この場の人間みんな殺してやろう。そんな殺気を漂わせている。
「好きでもない、姉さんを……その子をどうして僕が愛せるんだよ!?」
その言葉はまさかへの答え。
アスカは悟る。エルムは、アルムのそれを知って彼女を殺そうとしたのだ。その腹の子供ごと。過去を清算するために。
だけどディジットはそれを庇った。誰も殺させないために。
「僕はお前なんか大嫌いだ!!二度と顔も見たくなかった!声だって聞きたくないっ!!消えてしまえ!!死んでしまえっ!お前もっ!!そんなっ……おぞましいものもっ!!」
少年の涙を取り込んで、精霊は姿を変える。髪は腰まで伸び、姿は少女のそれから女性のそれへと変貌。纏う数値の数も膨れ上げる。
その数が輝きが、空中から室内に迎え入れるは洪水。全てを押しつぶすような質量。そして、これは唯の水じゃない。触れた場所から肌が焼ける。そんな痛みを生む酸の水。
「くそっ!」
庇っていたリフルを抱え上げて退避させるが、水はどんどん傘を増す。扉から逃れる量だけでは、誰も守れない。
そこでアスカは我に返って思い出す。ディジットはと振り返れば、闇医者に先を越されていた。腐っても医者。今回ばかりは礼を言ってやる。
「兎に角逃げるぞ!」
「ね、ニクス!私も負ぶって?」
「走った方が早いからっ!」
フォースは何処かで見たことがあるようなメイド女を連れていた。彼女は俺に気付くと、にこりと笑ってお強請り目線。
「そっちの剣士のお兄さん?ここの窓か扉ぶち破ってくれません?」
彼女の示す方には、押し流された家具ですっかり塞がれた出口候補達。
「俺はロイルじゃねぇんだ!んなこと出来るか!……モニカ出来るか!?」
《えー無理無理。屋根吹き飛ばすくらいなら出来るけど》
その言葉に、俺は閃く。何も逃げるのはここからでなくていい。
「全員二階に逃げろっ!!アルムっ!お前も早くっ!!」
「私は……」
「ディジットはお前を庇ったんだ!」
それなのにここに残るのは、彼女の行動を無にすること。それを告げれば、ようやく彼女も足を床から解き放つ。
何とか二階まで辿り着き、一息吐いたところで、俺は足りない人間が居ることに気がついた。
「おい、ラハイアとロセッタはどうした?」
「ああ、二人なら先生に頼まれて……」
何か知っているらしいリフルが口を開けば……ガシャンと窓硝子の割れる音。窓から転がり込んでくる赤髪の少女。
「退避路確保完了……って言いたいとこだけど、こんなに大所帯とか聞いてないわよ?一気に運べる人数にも限界あるんじゃない?」
隣の建物の屋根から手を振っているのはトーラ。その横にはハルシオンとラハイア。
トーラの無事を確認した途端、抱えている主が涙ぐむ。緊張の糸が途切れたのだろう。
トーラは両脇の二人を連れ、室内へと空間移動。一瞬だったが膨大な数が浮かび上がるのを俺は捉えた。
「リーちゃん!!僕ってものがありながら女の子連れてくるってどういうこと!?」
やって来るなりそう言って俺の抱える主に詰め寄るトーラ。その言葉に、俺とリフルは小さく吹き出して笑う。リフルの方は泣き笑いだったため、トーラもこの場でのそれ以上の言及は避けることにしたようだ。
「ロセッタさんだっけ?君の所の神子様がどの程度の者か知らないけど、あんまり僕を舐めないで欲しいね」
トーラが今度描いたのは限りなく薄い数字の洪水。唯威圧感だけはひしひしと感じることが出来る。その威圧感に俺たちは包まれて、呑み込まれるような暗闇。
やがて景色が開けて、そこは見慣れたアジト迷い鳥。旧ライトバウアーの街。
さっきの式に回復もつけていたのだろう。焼かれた足の痛みも和らいでいた。流石はうちの数術使い様だ。高等数術の疲れを感じさせないような毅然とした態度で、彼女は声を張り上げる。
「洛叉さん!すぐにディジットさんを病室へ!アルムちゃんも診て貰って!今は安静に!フォース君とエリザさんは迷い鳥案内デートでもしながら爆発しろ!残りのメンバーは今すぐ会議室!」