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26:Relata refero.

 「おい、ライルー!」

 「……エティか」

 「やばい情報入ったぜ」


 現場へ駆けつけた同僚じゃなくて秘密部隊とはいえ立場的には遙かに上司な同僚。これ以上に最悪な状況があるだろうかという状況の中、そいつは次の情報を持ってきた。


 「明日だ」

 「明日?」

 「ああ。城が殺人鬼Suitを再び指名手配するそうだ」

 「何だと!?あいつはもう死んでいる!これはあいつの事件じゃない!!」

 「それがねぇ……お前も知ってるだろ?最近のセネトレアのぶっ飛び具合は」

 「……半年前に嫁いできたタロックの姫がまた何か?」


 タロックの姫はとても残虐だ。セネトレアに来てからもう何百という人間を殺している。正確に此方が把握していないだけでそれはもう四桁になっているかもしれない。

 正義を司る聖十字としては、彼女の振る舞いを止めさせなければならないが……悲しいことだが城にまで、十字法は及ばない。教会で惨殺事件でも起こさない限り教会は彼女を裁くことが出来ない。

 エティエンヌを通じてシャトランジアの神子へ彼女の件の嘆願を託したが、神子は時が裁くと言うだけで、支援の手は伸ばさなかった。いや、もしかしたならもう一人の運命の輪であるあの少女……ソフィアこそが支援だったのだろうか?

 しかし彼女は単独行動が多すぎて、不透明な部分が多い。

 無論上にかけ合おうとしてもセネトレア教会は腐りきっている。動くなら自分で動くしかない。ラハイアのその掟破りの行動のフォローを務めてくれるのが、ソフィアの同僚運命の輪であるエティエンヌ。


 「なんつーかな。あのお姫様は物好きでさ。おまけに美形に目がないんだって話でさ……風の噂で耳に挟んだSuitが偉いイケメンだって話を聞いていてもたってもいられなくなったんだと」

 「な……何だそのわけのわからない理由は!?」

 「まぁ、兎にも角にもだ。姫さんに先を越されりゃ、俺たちにとって面倒なことになる。あの姫さんのことだ。顔が気に入ったらそれで無罪放免とかやりかねんぜ」

 「……それはまずいな」


 法とは本来何処までも正しくそして平等であらねばならぬもの。それが罪人の容姿で罪科が軽くなったり重くなったりしていいはずがない。


(くそっ……!俺は、俺はどうすればっ……)

 このままあの姫を放置しておいたなら、屍の山は増えていく。見過ごすことは出来ない。

 もし仮に今回の事件の犯人の身柄が姫の手に城に渡ったなら……そしてその罪が許されなら、その者は殺しの権利を公に手に入れてしまったことになる。そんなことはあってはならない、絶対に。


 「っにしても、こいつぁ酷ぇな……」


 惨たらしい死に様の少女を目に留めて……上着をさっと脱いで、野晒しの死体に同僚は被せる。そこでやっと気付かせられた。それまでその惨状ばかりに目が行っていた。被害者は、まだ若い女だ。肢体を顕わにしたこんな姿を、人目に触れさせるのは確かに可哀想。


 「気の利かねぇ坊ちゃんだな。犯人への憎しみを焼き付けるのはいいけどそいつはちょっと女の子に対しての礼儀に欠けるぜ」


 現場の維持も仕事の内だ。それでもそれをこいつは易々破る。死者にまで気遣いを忘れないその何気なさに胸を打たれた。


 「…………お前、実はモテるんじゃないのか?」

 「俺は24時間365だったり366日年がら年中モテまくりだぜ?モテ過ぎると本命の子に怒られるから、自重してわざと嫌われるように俺の魅力をセーブしてるんだ」

 「なるほど」

 「あ、何か勘違いしてねぇ?言っとくが俺ソフィアには興味ないからな!あんな胸のない奴を俺は女と認めない!ボンキュッボンでも百歩譲ってボンボンッボンでもいいがやっぱり最初がボンじゃなきゃ駄目だろこれ常識な!」

 「…………彼女がここにいなくて良かったな。お前が一足早く来ていたら今頃蜂の巣だぞ」


 彼が大げさなまでに彼女を悪く言うのは彼なりに気を使ってのことなのだろう。重く考えすぎるなと、俺を笑わせるために。

 小さく苦笑した俺を見て、同僚は視線を逸らして声から悪ふざけのトーンを消した。


 「……なぁ、ラハイア」

 「何だ?」

 「…………あんま無茶はすんなよ。いいか、お前は聖十字の人間なんだ」

 「それは、組織に迷惑を掛けるなということか?」

 「違う。セネトレアは腐ってやがるがシャトランジアは、第一聖教会は少なくともお前の味方だ。だからお前はその威を借りて良い。無茶をするなら教会ごと振り回せ!お前のことだ。自分1人で姫さんの所に乗り込むつもりなんだろう?」

 「…………」

 「やっぱりな。お前が黙ったときは絶対yesだ。お前は嘘が嫌いだからな」

 「……そんなに俺は分かり易いか?」

 「ああ、分かり易いね。俺はお前を半年以上見てきたが、どんな奴でも三日もあればお前がどういう人間なのか解っただろうさ」


 肩をすくめる同僚は、それでも解らないことが一つあると小さく零した。


 「…………お前はSuitが何者か、知ってるのか?」

 「何故そんなことを俺に聞く?」

 「お前のそいつへの思い入れが半端ねぇからに決まってんだろ。確かにお前は正義馬鹿だが、一犯罪者にそこまでの入れ込みようはなかなかねぇ。確かにSuitはこの街で、名ばかりちっと有名だがな……悪行三昧ってんなら他にも大勢悪人はいる。お前が最初に関わった事件の犯人とはいえ普通そこまで入れ込むか?」


 そいつはもう死んだというのに、未だにその影を引き摺っている。それは何故かと言う同僚。


 「…………それは」


 言われてみればどうしてだろう。あいつが他の犯罪者とは少しばかり毛色が違っていたからか?最初は唯の凶悪犯だと思っていた。それでもあいつを追う度、何かが違うと思い始めた。あいつの殺しには我がないのだ。金持ちを殺すのはその財産目当てではない。それは標的が、人々を虐げながら法から逃れているからだ。その殺しがあいつの殺しのスタンス。

 それでも時にあいつは、我で人を殺したりもする。最期に見たあいつの殺しは正にそれ。復讐のために剣を握った。仲間を傷付けられたことで怒り狂いあいつは泣いていた。

 二つの異なる殺し。その共通点から知れることは、あいつは本当に人を仲間を大切に思っていると言うことだ。仲間のために汚名を被る。法や罰に怯むことはない。死を恐れない人間を裁ける法はないのだろう。あいつは生きるために戦っているんじゃない。あいつの戦いを始めて目の当たりにして俺は気付いた。自ら剣に飛び込む勇気。それが勇気であるはずがない。


(ああ、そうか)


 あの日俺は、敗北した。俺はあいつに罪を償わせようとした。殺すことでしか罪を償えない人間が居るのだとあいつは主張し、人を殺した。それが間違っていると俺は言い……あいつを殺さず十字法であいつの罪を裁いてみせると主張した。

 人殺しも生きて償う道はある。俺はそれを信じたし、あいつにもそれを信じさせたかったのだ。どんな悪人だって心の底から腐りきっているわけじゃない。一欠片でも善の心が残っているなら、それを拾い上げ磨き上げ、暗い心を照らす手助けをするのが聖十字の役目ではないのか?俺はずっとそう思っていた。それでもあいつは言い放つ。その一欠片も自分の中にはあり得ない。そして自分の殺す人間にだってそんなものはないのだと。だから殺すしか止める方法はない。自分を止めたいのなら、私を殺してみせろと言った。


 「俺は……後悔しているのかもしれない」

 「後悔?」

 「あいつは自分を悪だと言った。殺されることでしか止められない完全な黒だと言った。それでも……俺はあいつを追いかけてきた。だからあいつがそうじゃないと痛いほど解っている」


 誰よりも自分を卑下するあの男。その中身が違う色なのだと俺は知っていた。だから尚更俺は、あいつに罪を重ねさせたくなかった。それを償わせたかった。今よりもっと素晴らしい……違う生き方、違う救い方、それをあいつは見い出せる。そんな風に思っていたのだ。


 「あいつは限りなく善に近い白だ。俺では救えない奴を何も恐れず救い続けた」


 そこに見返りも報いもない。あるのは罪と罰だけだ。人を救えば救うほどに、その罪科は重くなるばかり。それでも尚、人を救うことを躊躇わない。それを悪の一文字で片づけてしまうことが俺には出来なかった。

 あいつを殺さないことが、俺の勝利条件ならば……俺は奴との議論で敗北してしまっている。世界はあいつの言うように悪意に満ちていて、人の本質は悪である。それを受け入れなければならない。それが悔しいし悲しくて堪らない。そうじゃない。違うんだと、伝えたい相手がもう何処にもいないのだ。


 「あいつは泣いていた……とても深い絶望を宿した目をしていた。俺の信じるものは、俺の言葉はあいつに響かない!」

 「変な奴だな、お前は本当にさ」

 「俺が、変……?」


 嘆きに肩を振るわせる、俺を同僚が苦笑し眺める。


 「俺たち運命の輪ってのは、まぁ教会の汚れ役で……ある意味ではお前の追ってた殺人鬼と同じわけだ」


 違いは神子に認められているかいないかくらいだな、とエティエンヌ。教会に属するから善、属さないから悪。やってることは同じでも罪を逃れている人間がお前の傍にも居るんだよ……彼はそう言っているようだ。


 「それにもしお前がSuitを捕まえていたとしても、神子が俺らに命じたならSuitは死で償わされていた。公には病死だったり事故死とか自害とかそんな風に語られて」


 その時お前はどうしていたのかと、彼は俺に投げかける。


 「俺は……俺が守る。絶対に死なせない。そんなの間違っている!絶対に!!」

 「まぁ、だよな。お前ならそう言うよな。やっぱお前って変だよ。お前は犯罪者まで守りたい、救いたくて仕方ねぇ。とんだお人好しだ」


 同僚は再び苦笑。それがどこか満足げに見えるのが不思議だった。


 「世間的に考えるならな、犯罪者はもう人じゃねぇ。だから殺されても仕方ない。更に言うとな王族は人じゃねぇ。神様みたいなもんだよ。だから人を殺しても仕方ねぇ。それが許されている。今の世の中ってのはそういう認識で出来上がっている。だから幾つもの理不尽が転がってるんだ」


 そんな奴らのまで法がどうこう言っても無駄なんだ。だから運命の輪が教会には必要なんだと彼は言う。


 「でもいいか?お前のその考えが、誰かを傷付ける。それをお前は解っているか?」


 誰かを守ることは、誰かを傷つけること。例え刃を銃口を向けなくとも行為が既に害をなしているのだと同僚はため息ながらに言い放つ。


 「お前は確かに良い奴だ。世界中探したってお前ほどの奴はそうそういない。だけどお前だって全部は救えねぇ。神子様だってそれは出来ねぇんだ。普通の人間な俺やお前がどうこう出来る話でもなし。それでもこういう仕事やってるとさ、胸糞悪い仕事ってのもたまにあるんだわ」

 「……それは…………?」


 言い辛そうに同僚は、視線を朝焼け空へと逃がす。


 「殺すところ、標的のガキやら恋人に見られちまったりとかな。勿論俺らの標的は神子様が見過ごせねぇって言うくらいの凶悪犯だ。余裕で何十、何百って殺してるような輩だよ。世の中じゃ殺されて当然、その死に感謝する奴らばかりだ」


 先の話と今の話。その結ばれる点を考える。しかし彼が何を言いたいのかが、まだラハイアにはわからない。考え込んだラハイアを、同僚は小さく笑い飛ばした。


 「だけど、そんな奴でも俺らが殺すとな……そいつらに責められることもあるんだ。何で殺したって?詰られる。ほんと笑い話だよ。お前の父親に、お前の恋人に同じ台詞を大勢の奴が投げかけてやりたいと思ってるのに、どの口からそんな言葉が出る?俺らが聞きたいくらいだぜ」

 「…………そういう、ことか」

 「ああ、そういうことだ」


 犯罪者を人として庇うことは、被害者の身内を傷付けること。罪を犯した人間だって法の下では確かに人間だ。それでも彼らにとってその者はもう人間なんかではないのだ。

 余程のことが無い限り、誰だって他人よりは身内贔屓に生きている。知らない人間よりも知っている人間に愛着が湧くのは当たり前。


 「お前はさ、もう少しばかり欲深くなるべきじゃないか?あれもこれもって守りたがっても、結局何も守れやしない。だから選べよ。守りたい順番を。そっから一つずつ解決していけばいい。俺らもお前の後方支援は任されてるしな」

 「…………ありがとう、エティ」


 礼を言えば同僚は下手くそな口笛でそっぽ向く。聞いていないというアピールだろう。男からの感謝なんか欲しくないと言わんばかりの態度は、いつも通りの同僚だ。


(……選ぶ、守りたい者を)


 まだ間に合うのだろうか?俺は俺のこれからの行動で、あいつとの勝負を……その結果を覆すことが出来るのだろうか?


 「それでラハイア、お前は今何をやりたい?誰を守りたい?」

 「俺は……俺はSuitを守りたい。俺はあいつのやってきたことが、他の誰かにこんな風に塗り替えられたくない!」


 あいつはこんな風に人を殺したり辱めたりはしない。俺はあいつを守りたいんだ。あいつの生きてきた道を。

 あいつは俺には出来ないことをしてくれていた。あいつが居たから俺は、走って来ることが出来た。あいつを追いかけていれば、それだけで俺は俺の正義を歩むことが出来たんだ。その道しるべを失った今、あいつが俺に問いかけている。お前の信じる正義とは何かと俺に投げかける。


(答えなければ……)


 でなければこれまであいつが俺にくれた言葉全てが無駄になる。言葉だけであいつを否定するのは簡単だ。それでも俺は行動をもってあいつを否定しなければならない。お前は間違っていると叩き付けてやる。それが俺からあいつにしてやれる、最初で最後の餞だ。


 「あ、そうそう…………神子様からお前に伝言があったぜ」

 「伝言?……俺に?」

 「明日の……つかもう今日か。今日の夕方に西裏町のこの住所の店に行け。いいな?」

 「は……?この忙しい時に一体何を……?」

 「先読みの神子様がそう言うんだ。無視するのはお前の勝手だけどな、後で後悔しても知らねぇぞ?」

 「後悔……?」


 こいつがこういうからには、今回の事件に関することなのだろうか?確かにそれなら無視は出来ない。


 「解った。他の件を片付けてから、其方に向かってみることにしよう」

 「いいか。俺はもうヒントはくれてやったからな。これで気付かないんじゃお前は本当に救えねぇ」

 「……?よくわからんが、わかった」

 「……あー、やっぱこいつ駄目かもしんない」


 同僚は大げさに深く溜息。その仕草にことの不明さは増していく一方だ。

 それに目を瞬かせるラハイアの耳に届いたいくつかの声と足音。


 「ライル隊長ーっ!」


 他の兵士もようやく駆けつけてくれたようだ。事件の発覚の時間が時間だ。休んでいた者も多かった。夜勤の者は見回りもある。これでも早く駆けつけてくれた方だろう。


 「お、他の奴らもやっと来たな。それじゃこの子を運んでやろうぜ。もっとゆっくり眠れる所にエスコートしてやらねぇと」

 「ああ、人目に付く前になんとかしてやらなければ……」


 *


 「那由多ぁ……那由多……ええいっ!猫よ何処へ行ったのだ!?」


 今日の私はとても良い気分。

 良い思い付きを考えた。その素晴らしい考えを聞かせてやりたい相手が居る。しかし刹那の飼い猫は……どうにもこうにも気まぐれで、目覚めるともう隣にいない。

 夜は遅くまで物語を話させていたが、後から寝て先に起きるなんてそんな睡眠時間で足りるのだろうか?やはり下民は高貴な私とは違って、しぶとさに定評でもあるのだろうか?


 「朝っぱらから五月蠅いですよ馬鹿姫」


 一月前に拾った、飼い猫の名前は那由多。元々その名前は、刹那の死んだ異母弟の名前。

 元々は低俗な農民だったというのだから、この猫の朝は早い。奇襲に備えて仕掛けた罠もここ最近は破られていない。私の首を取りに来たはずのこの奴隷は、契約騎士の服に着替えて凛と澄ました顔で寝所に顔を覗かせる。


 「おのれっ……相も変わらず主を敬わぬ奴よ」


 黒髪とその赤い眼は、私のそれより随分明るい。それでも顔は気に入っている。長い黒髪の鬘を被らせたなら数年前の私とそっくりに見えるだろう。

 そう、絶世の美女である私にそっくりなんだから、元は悪くないのだ。飾り立てればそれなりに見えるだろう。それでも今はそうも見えない。それは外見の所為ではなくて、この子供の態度の方だ。


 「ほんに其方は可愛げがないのぅ……もう少しこう、猫は猫らしく可愛らしくにゃあんとでも鳴いてみるが良い」

 「俺にとっては全く良いことがないんでお断りします」


 それでもこの少女には本当に可愛げがない。だから私も最初はこれが男だと思って買ったのだ。短い髪は女らしさを感じさせず、勇ましくつり上げられた眉は凛々しく、腰に携えられた刀も今では似合わないと言うこともない。これが男ならば、違う意味で夜伽の相手を務めさせるのに、嗚呼勿体ない。

 それでもこの少女はとても面白い。からかい甲斐がとてもあって、その反応を見るのが楽しい。

 刹那は生まれつき幸運だった。大国の姫として生を受け、最初から金と地位と名誉と権力を約束されていた。更には、類い希な美しさ……年を重ねる事にそこに色香も増していき、今では絶世の美女と名高い。とりあえずタロックにも飽き、世界を牛耳るセネトレアを遊び場を移したが、退屈は変わらなかった。

 何もかも恵まれているから、誰もが私には逆らえない。命令に従うだけの人形の相手をするのはつまらない。この退屈な世界において、この心を踊らせてくれる者…………それは数少ない。この傍に置いている少女は、その稀少な人間の1人だ。


 「むむっ……色気もなく可愛げもないとな!?それでは其方は女として何も残らんではないか!」

 「っ……!?」


 女としてのプライドを捨て切れない癖に、男の格好なんかして。そこを攻められると顔を赤くして、怒りを顕わにする様は、本当にからかい甲斐がある。

 もっとも私が見たいのはそんな表情などではない。これは唯の途中経過。もっと傷付けることでこの猫は進化を表す。嗚呼、私はその爪が好き。


 「胸もなければ度胸もない。くびれもなければ身分もない。学もなければ金もない。全く其方は哀れよの。胸もなければ胸も……む?これはもう言ったか、妾としたことがうっかりしておったわ。もっとも妾に非はないな、其方があまりに胸が無いから悪いのだ」


 胸なんてあっても本当は邪魔なだけ。肩は凝るわ、仰向けで寝ると苦しいわ、俯せで寝ても苦しいわ、本当にろくなものではない。それがあるだけで男は私を女としか見なくなる。嗚呼、本当にこんなもの欲しいなら分けてやりたいくらい。

 それでも猫は、自分の胸にコンプレックスでもあるようで……そこを刺激してやればすぐにこうして怒り狂う。


 「馬鹿姫ぇええええええええええええええええええ!!!今度言ったら殺すっ!!ていうか死ね!今死ね!殺してやらぁああああああああああああああああああああああ!!!」


 一月前より、随分と居合いの切れも良くなった。振り下ろされる白刃からも、幾らか迷いが消えている。契約騎士達と、影でこっそり鍛錬に励んでいるとかで、私の所に来る時間が減って少し私はふて腐れているのだ。誰だって自分のペットが他の人間にじゃれついていたら気に入らないし、気分が悪くなるものでしょう?それは私も同じだから。

 だから私は、こうやってこの猫が私に向かってくるようにわざわざし向けてやらなければならない。


 「ははははは!それよ!その目じゃ!!やはり其方はその目が一番そそるのぅ!!最近生温い目になっていて退屈しておったところじゃ!」


 あまりにも手酷く打ち負かしてやったらまたこの猫は鍛錬に励む。そして私の所に来る時間が減ってしまうから。今の力量を見抜いて、そこから追いつける程度の強さで相手をしてやろう。私は優しい飼い主だもの。いきなり高すぎる壁になんてならない。ちゃんと階段で導いてあげる。この猫の健やかなる成長を、私もまた心より願っているのだ。じゃないと私が愉しめないもの。


 *


 「くっそぉ……また、負けたぁっ!!」

 「くくく、悔しいか猫?悔しいよなぁ猫?のぅ、今どんな気分じゃ?ちなみに妾は最高じゃ」

 「さ……最悪だっ!!」


 ティルトが仕掛けられた罠をかいくぐってようやく女王の所まで辿り着いて、刀を振り下ろす……その瞬間に身体が崩れた。

 計算し尽くされている。その瞬間を見抜いて放たれた毒香。時間が長引けば長引くほど、香りの強さは低減。日頃の押収で女王が毒を纏っていることは知っている。それでも何時何の毒を使うか何てこの女にしか解らない。だから私は、出来るだけ素早くこの女の喉元まで刀を食い込ませなければならないのだ。


(くそっ……もうちょっとだったのに)


 悔しげに眼を細めれば、女王は満足げに私を見下ろす。


 「くくくくく!其方が妾に連敗し過ぎるせいで、妾もいい加減其方の踏み心地を足が覚えてしまったぞ」

 「どうでもいいですけど馬鹿姫、下着この角度から丸見えなんですけど」

 「むぅ……またその冷めた目を。何じゃその目は!普通ここはどんな美男も屈強な男も美少年も涙と精液を垂れ流して泣いて喜ぶ所だというのに!!」

 「俺、野郎じゃないんで。猥褻物陳列罪で聖十字に通報してきて良いですか?」

 「わ、猥褻物とはなんじゃ!この絶世の美女を前に無礼極まりないっ!!第一よくもまぁそんな口が聞けたものよ。其方は今妾の毒で、身体の自由が奪われて折るというに。精々動かせるのは顔のパーツくらい……」

 「う……」

 「さぁて、どう虐めてやろうかのぅ。三時間足の裏くすぐりの刑と足の裏に砂糖を塗って虫に啜らせる刑と足の裏にクリームを塗りたくって犬の舌で舐めさせる刑とどれが良いか?今なら特別にお前に選ばせてやろう!喜べ!」

 「誰が喜ぶかっ!!とりあえず足の裏から離れろ変態女王っ!」

 「それは前に擽ったときに一番足の裏の感度が良かった其方が悪い。止めて欲しくば妾に許しを請うのだな!!」

 「だ、誰が言うもんか!!」

 「よし!ならば右足の裏が虫の刑!左足の裏が犬の刑と言うことで」

 「嫌ぁあああああああああああああああああああああああああああ!!止めろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!しかも何でこんなに早く用意してんだよぉおおおおおおおおおおおおおおお」

 「無論昨晩の内から明日の躾け方法を決めておってな。一晩隣の部屋でスタンバイさせておいたのじゃ」

 「余計なことすんなぁああああああああああああああああああああ!ぎぃやぁあああああああああああ嫌ああああああああああああああああああああ」

 「しかしその間妾も暇よのぉ、特別に妾が其方の無い胸でも揉んでやろうか?妾の指先から巨乳成分的なものが放出されて豊胸効果が期待出来るやもしれん」

 「死ねっ!むしろあんたの手から吸い取られて余計無くなったらどうしてくれるんだ!!ていうかそうやって胸に脂肪集めてきたんだろ!今まで殺した分の女の胸があんたに移動する絡繰りなんだっ!」

 「馬鹿者が!それだったら妾の胸がとっくにZカップを越えておるわ!!」

 「男だけかと思ったら、女もそんなに殺してんのかよ!?本当に何人処刑してんだ最低首刈り血の女王っ!!」

 「そうかそうか。三時間コースは嫌と申すな?それなら十時間に延長させてやろう、喜べ!」

 「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああぁぁああああああああああああ」

 「しかしほんに其方の悲鳴は色気がないのぅ。気張りすぎじゃ!もっと力を抜いて、頭を空にして喘ぐことに集中するが良い!」

 「誰が喘ぐか呆けぇえええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 「ティルトとお楽しみの所悪ぃな、お姫様」


 女王の寝室の扉を叩く救世主の声。金髪のカーネフェル人、女王の契約騎士のトライアンフだ。


 「本当に悪いぞ、出直すが良い」

 「助けてええええええええええええええ!!イアンんんんん!」


 腹の底から声を出して彼に助けを求めると、苦笑した青年が扉から姿を現した。どうやら見捨てないでくれたらしい。感謝と感動のあまり、私の涙腺が緩みかけた。


 「御姫さんに謁見希望の奴が来てるぜ。シャトランジアの神子の後ろ盾が付いてる奴だってな、下手には断れそうもない」

 「シャトランジア?あの宗教狂いの国からのの使者だと?つまらん、どうせ黴臭そうな学術オタクの目保養にも成らん醜男あたりだろう?追い返せ」


 仮にも人妻の台詞としてそれはどうなんだ?幾ら新婚早々未亡人とはいえ。


 「いや、そいつはセネトレアの聖十字所属って話で。まぁ、軽いタイプじゃなさそうだったけど、なかなか整った顔の真面目そうな美少年……」

 「よし!すぐに向かおう!待たせておけ!!いや、やはり身支度があるから1時間くらいかかるぞ!城を案内させておけ!」


 契約騎士が、訪問者の容姿を述べたところで、腰掛けていた寝台から勢いよく立ち上がる刹那姫。衣装部屋へと駆けていきあれでもないこれでもないと衣装を選び出す。

 私も髪を梳かす手伝いを命じられ、それに従っていると……鏡越しに女王と目が合った。


(なんだよ、嬉しそうな顔しやがって)


 そんなに楽しみですか。ああそうですか。そうですよね。あんたはそういう人ですもんね。いい男と見れば子供だろうと中年だろうと老人だろうと召し上げて、すぐさま発禁展開に持ち込んで骨抜きにして骨の髄までしゃぶり尽くすんだ。んで飽きたらすぐ後処刑して殺して後腐れ無く終わらせるんだ。ほんと、最低な女だよ。


 「む?何じゃ猫?ふて腐れたような顔をして」

 「……尻軽、淫乱、クソビッチ。俺が手を下すまでもなくあんたなんか勝手に性病移されて死んじまえ」

 「くくく、何とでも言え。男に口説かれたこともない生娘が何と言おうと妾は痛くもかゆくも無いわ。悔しかったら男の一人や二人に押し倒されて来るがいい!あと尻軽はいただけんな!妾は尻の方はまだ処女じゃ!股軽と言い直せ!」

 「もうあんたなんか知りませんっ!勝手にしろよ股軽女王っ!!」

 「むむ?もしや猫よ。妾を心配しておったのか?愛い奴め」

 「誰も心配なんかしてません!そりゃ……あんたに勝手に死なれたら、俺は復讐が出来なくなって困りますけど」


 何だよこの女。散々可愛くないとか言った癖に、掌返したようににやにやしてさ。別に私はそんなつもりで言ったんじゃないのに。

 いつもいろいろ言われているから、言い返しただけなんだ。心配なんか本当に、まったくこれっぽっちもしていない。どうせこの女のことだ。しぶとくいつまでも生き残るさ。世界が滅んだとしてもこの女だけは死にそうにない。そんなイメージが簡単に頭の中で想像できる。この女を私は殺してやりたいと思うけど、この女が死ぬ場面を想像できない私が居る。それっておかしな事なんだろうか?私はこの女に勝ちたいけれど、私がこいつに勝つ姿を想像できない。負ける場面は簡単に頭に浮かんでくるのに。

 悔しげに鏡から目を逸らした私を見上げるその女は、機嫌良さそうににこにこ笑う。そんな顔を見せられると、この女が私よりも年上だって事を忘れそうになる。この女はこんな立派な身体なのに、時々本当に子供みたいな顔をする。


 「そうかそうか。まぁ、そう言うことにしておいてやろう!くくく、妾は寛大よのぅ!まぁその点は心配無用じゃ。毒の王家の妾の身体を殺せる病など有りもせぬ。妾を殺せる毒があるとするならば……それはそうじゃな。我が王家に伝わる至高の毒くらいなものじゃ」


 毒の王家の言い伝えは本当だったのか。タロックの端の方にあった私の村まで、その話は伝わってきた。王様達と貴族達は、毒殺の文化を持っていて……そこから逃れるために、小さい頃から毒を飲んで毒への抗体を身体に持っているのだとか。

 そんな雲の上のような話、その話の中の人物の傍に自分が居ることが……なんだか急に信じられなくなる。

 この一月で、私の日常は目まぐるしく変化した。

 村が焼かれて、奴隷になって……タロックからセネトレアまでやって来て。その途中に奴隷商だったセネトレア王が死んで、それを殺したのが…………


(暗殺請負組織……SUITとか、言っていたな)


 私が初めて混血を見たのもあの時だった。


(リフルさん、だっけ?綺麗な……人だったな)


 あの人は、この女王ともまた違う美しさだった。

 あんな綺麗な男が世の中にいるものなんだろうか?あんまりにも綺麗だからてっきり女の人かと思ってしまった。

 あんな小柄な人なのに、暗殺者で……セネトレア王を殺してしまうなんて、本当に凄い。


(そうだ、俺だって……)


 私だって頭を使えばこんな女1人くらいきっと殺せる。あの人は私より腕細いのに片手で人を殺していた。たぶん、毒を使ったんだ。私も毒を上手く使えば、ありとあらゆる私とこの女の差を埋めることは叶うはず。

 あの一団に手渡された毒の小瓶は、私のミスでこの女王に奪われた。あの毒が手元にあったなら、私もこの女への挑み方を変えることが出来たのかもしれないけれど、一応今は一時休戦中。私はこの女への攻め方を変えるとそう決めたはずだ。

 まずは忠実に、真心込めて、誠心誠意この暴君に仕える。そうして私にたっぷり依存させた後に……そこから突き放す。この女の鋼の精神が最大の難関ならば、まずはこいつの精神から壊す。そこが崩れればどんなにこの女が頭が良くたって、それがしっかり機能しなければ何の意味もそこにはない。


 「至高の……毒?」


 それでも毒への興味は少しだけあった。

 名前からしてなんだか凄そう。それがあれば、復讐が成し遂げられるのだろうか?この怖い者知らずの女王が、自分を殺せると言うくらいだ。余程凄い毒なのだろう。


 「屍毒ゼクヴェンツ。妾の弟が食らった毒よ。それがどんな毒なのか妾は一度も目にしたことがなければ匂いを嗅いだこともない。何でもそれを飲めばどんな人間も必ず死ぬと言われておる。その毒なら或いは妾も殺めることが叶うやもしれぬな。妾を毒殺したいなら、探してくるが良いぞ猫」

 「そんなあるのかないのか解らないようなもの……」

 「それがどうやらこのセネトレアにあるらしいぞ」

 「は……?」

 「SUITとか言う殺人鬼輩がのぅ、妾が嫁いできた頃……半年前くらいまでこの国で暴れていたらしいのじゃが、その頃からぱたと姿を消しての、死んだという噂になっておったが……それが最近また現れたとの話じゃ」


 女王の長い黒髪を……解かしていた私の手が止まった。


 「す、……SUIT?」

 「何だ?聞いたことがあったのか?まぁそこそこ有名な話らしいからのぅ」


 殺人鬼。殺人鬼。聞き間違えかもしれない。あの人は暗殺請負組織だって言っていた。

 SUITなんてセネトレアではよくある単語なのかもしれない。そう思うことにして、私は小さく深呼吸。


 「そいつと毒に何の関係が……」

 「妾の話をちゃんと最後まで聞かんか」

 「はいはい」

 「とにかくじゃ!その殺人鬼の得物がその至高の毒だというのだ!おまけにかなりの美男という話での」


 ああ、それなら別人だ。ぱっと見そんな美男ってわけじゃなかったあの人は。どっちかって言うなら美女でもなくて美少女って感じだった。恩人の濡れ衣が晴れて、少しだけほっとした気分。「結局また男かよ……」と悪態を吐くくらいの余裕を私は取り戻した。


 「刹那姫、例の件……印刷全部今朝までに終わったって」

 「あ、お早うイオス!」

 「む、流石猫。色目と猫なで声を男ばかりに使いおる」

 「使ってないからっ!!」


 ちょっと同僚に挨拶しただけ。ただ復讐相手のあんたにだけ態度が違うだけだっていうのに何この物言い?さっき尻軽とか言ったのをまだ引き摺っていたのか。なんて執念深い女なんだ。本当にこの女は最悪な正確だ。良いのは主に顔だけじゃないか。

 何か釈然としない気持ちで、刹那姫を睨むがこっちはこっちで色目発動真っ最中。基本的にこの女は顔がよくて棒があれば何でも良いのか。


 「それはどうでも良いとして、ふむご苦労。今日も其方は良い感じに陰気臭い美男じゃな。妾は其方の外見共々陰湿な感じの趣向もなかなか嫌いではないぞ?気が向いたら明日以降妾の寝室へ来るが良い」


 トライオミノスがドン引きしている。それはそうだろう。朝一番に報告に来た部下相手にこの発言はない。挨拶代わりにセクハラってどういうことなの?確かにトライオミノスは無駄に明るいトライアンフと比べれば影のある男かも知れないけれど、だからってその決めつけはどうなの?大体この間はこの騎士達には興味ないようなことを言っていたのに、がっつり許容範囲だったんだ。ああそっか。基本この女は男とは一対一で口説くのがモットーなのかもしれない。


 「馬鹿姫、人の顔で性癖まで決めつけるの止めろよ……ごめんねイオス。この馬鹿姫には俺からガツンと言っておくから」

 「ティルトさんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!」

 「あ、アニエス!?」


 今度やって来たのはメイドの格好をさせられている元セネトレア王女のアニエス。

 この女王と違って、とても優しいお姫様。そんなに年の変わらない女二人が継母と娘という微妙な関係をやっているのがこの刹那姫とアニエスだ。

 お伽話よろしくこの女王刹那はアニエスをいびっている性悪女。元はお姫様だというのに女中扱いして、ドレスも奪ってメイド服で身の回りの世話やら城の掃除をさせるという鬼畜っぷり。他の兄弟達は大勢処刑されたというのだから、これでもマシな処遇だと鬼畜女王は笑っていたが、ティルトはそうは思えない。何にせよ、この城の中で心強い味方はアニエスだけだ。

 同じ女に復讐を誓う、そんな同士が泣きついて抱き付いてきたんだ。これは女王の髪と櫛なんか放り投げて抱き返すしかないだろう。

 うっすらと涙を浮かべている赤い眼は女王のそれより薄く、ティルトのそれよりは濃い色合い。茶色の髪はタロックの血が薄まっている証拠だけど、優しい彼女の柔らかい印象と似合っていてとても綺麗に見える。

 刹那は確かに誰もが認めるほどの美人だけれど、棘も毒もある花だ。アニエスはおっとりしていて人の心を和らげてくれる包容力のある可憐な美人だ。前者はどこまでも女って感じだが、後者は母と娘を併せ持つようなそんな穏やかさが共にある。美しさだけなら鬼畜女王の方に軍配があがるかもしれないけれど、相対評価なら断然アニエスの圧勝だ。


 「ティルトさん……っ、私……私っ」

 「落ち着いてアニエス、何があったの?」


 しゃくり上げるアニエスに、女王が私の背後で何か不満そうな声を漏らし始める。


 「むぅ……なんじゃその二人の世界みたいな空気は。なんか腹立たしいのぅ……其方もそう思うじゃろう?根暗騎士?」

 「…………」

 「腹いせにとなりで一発決めこまんか?何、3分で終わらせてやる」

 「……結構」

 「つれない男よ。だがそこがいい」


 トライオミノスは女王の誘いをさらっとかわす。長い前髪に隠れた彼の視線は唯一点、アニエスの方へと向けられている。

 そんなアニエスとは言うと、女王の方を鋭い視線で睨んでいた。いつもの穏やかさはそこには微塵も感じられない。


 「刹那っ……また貴女が殺したの!?返してっ!兄様を返してっ!!」

 「あ、アニエス?」


 「何をわけのわからんことを。ユリウスの馬鹿に何かあったのか?」

 「兄さんが殺されたのよ!!」

 「何ぃ!?それは惜しいことをっ!せっかくもう少しで口説き落とせそうだったというのに!!あれは身持ちが意外と堅くてな。くっ……惜しいことをした。死ぬ前に一発くらいあれともやっておきたかった」


 くぅっと口惜しげな顔をする女王。悲しむ点が明らかにアニエスとは異なる。身内を失った人間相手にそんな場所を悲しむとは、この女何処までも鬼畜だ。絶句している私の耳に「また貴重な肉棒が失われたか」とか不謹慎すぎる嘆きの言葉が届けられていた。もう嫌だ、この主。


 「ええい女中姫!死後硬直はどの程度進んでおる!?今ならまだ屍姦くらいは余裕か!?これを機に新たな領土開拓も悪くはないやもしれぬな」

 「最低っ!貴女やっぱり最低だわっ!どうして!?人が死んだのにそんな事が言えるのよ!?兄様は貴女のために今まで随分力になってあげていたじゃない!!」


 正論だ。正論過ぎるよアニエス。だけどこの女相手にそんな常識は通用しないんだ。それを理解しなければこの女への復讐なんて夢のまた夢。今は悔しいだろうけど、我慢しなくちゃ駄目なんだ。

 もっとも私も村を焼かれたその日に今みたいなことを言われていたら決死の覚悟で斬りかかりに行っただろうな。この女王の悪いところは人の心を理解しないこと、しようともしないこと。人の痛みがわからないから、平然と人を傷付けるのだ。本人に悪気が無くとも、その言葉がどんなに酷いものか。それを理解していないからこんなことが言えるのだ。


 「アニエス、まずは落ち着こう?ね?この女が腹立たしいのも性格が悪いのもいつものことだから、気にしちゃ駄目だよ」

 「ふん、言うではないか。其方の主はこの私だというのに……なんじゃなんじゃ、女中姫ばかり甘くしおって」


 その癖この女王と来たら、自分はちゃっかり傷つくという技を持っている。どうして自分の痛みが分かるのに、人を傷付けたら同じようにその人も痛いんだって解らないのか。


 「しかし昨日と言えば……星が降った次の朝よの。確か情報屋を呼んで解説をさせた……妾があれを見たのはそれが最後じゃ。後はずっと部屋で妾はごろごろしておったぞ」

 「不本意だけどアニエス、馬鹿姫の言っていることは確かだ。俺もずっとそこにいた」

 「だったのぅ。昨日は那由多の御伽祭りをやっておっての」

 「レパートリー尽きるかと思ったんですけど」

 「くくく、学のない猫には一千一夜は無理かのぅ?」

 「…………そう、ですか」


 アニエスも今回ばかりは犯人がこの女王ではないとやっと認めてくれた。


 「第一妾が殺すならもっと大々的にやっておるぞ?暗殺なんてつまらん殺しは妾の趣味ではないからの」


 女王のこの一言で、確かにとその場の人間全員が納得してしまった。確かにこの女なら、嬉々として処刑と執り行うだろう。


 「して、奴が見つかったのは何時のことか?」

 「たった今です。……兄様は、昨日命令を伝えるために、いろんな場所に出かけるはずだったと聞いています。それでも馬車が動いていなかったので、おかしいなとは私も思ったんです」

 「死体の損傷と、死亡推定時刻は?」

 「お医者様の話ですと腹部の損傷が原因、切り口からしてナイフが凶器。そこからは毒物反応もあったそうです。死亡推定時刻は……昨日の昼頃だとか」


 刹那は淡々とした口調で、アニエスを問い詰める。珍しく真面目な表情だ。いつもが酷すぎるせいだからだろうか、そうしているといつも以上に引き付けられるように見えるから不思議だ。


 「なるほど。トライオミノス、……これより一切城に外部の者は入れるな。警備は固めろ。数術使いを見つけたら怪我を負わせても良いが、生かして捕らえろ」

 「数術使い?」

 「昨日城を訪れたのは、西裏町の数術使いだと聞いた。今の今まで死体を隠していたなど考えられん。おそらく何らかのまやかしを使ったのだろう。数術使いはそういうものだと聞いて居る。……ユリウスはダイヤのカードだ。犯人は恐らく同じくダイヤの下位カード。この猫以外のな」


 「確かお前の相方、トライアンフの方はシャトランジア出身だったとか?数術にも明るいだろう?あの男にしばらく警備の指揮を執らせる。事件の解明へ挑ませろ」


 この城の中に何者かが入り込んだ。それも得体の知れない術を使う相手。

 命の危険に脅かされている。そうなのかもしれないのに、この女王は不敵に笑っている。

 何でこんな時にこんな顔を浮かべられるんだろう?

 わからない。だけど、そんな風に笑う顔が……一番この女らしくて、一番目が離せなかった。


後半を3章に入れるかどうするかと思ったけれど、13章書いてるテンションで書いたので13章に。

3章の方はアニエス視点でシリアスに進めよう、うん。

久々にタロック編の主従も書けて楽しかったです。3章進めるには……本編の6章と8章、SUIT編の13と15章さらには18章の半ばまで終わらないと。

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