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23:Male parta male dilabuntur.

微妙にグロ回なのかもしれない。

 自分は窓の外、笑う2人を見ている。窓は四角いキャンパス。切り取った時間をその中へ映す。

 彼女はとても変わった子だけれど普通の女の子。人殺しとか奴隷商とかとは無関係の世界を生きている人間だ。

 彼女には敵も味方もなく、唯それは絵という概念。それが敵になったり味方になったり。敵になるのは壁という意味。躓いて、転んで……それでも憎むことなく絵を愛してきたのだろう。そしてその絵を通じて人ってものを愛してきたのだ。彼女はきっと。

 何時だっただろうか。彼女が描いた絵を見せて貰っている時に、金髪の男女が出てくることがあった。


 「リア、これは?」

 「ああ、これ……?これはね、私の父さんと母さんだよ。中年なんかの絵、売れないしこれはデッサンの練習用のスケッチブック」


 夢の中での2人の会話が丁度その記憶をなぞる。窓の中でリアは曖昧な笑み。

 絵の中の2人は優しそうな微笑みを湛えているのに、それを見ているリアはあまり楽しく無さそうだ。


 「あんまり似てないでしょ?」


 本人達を見たことがない自分に聞いている以上、それは本人達ではなくこの絵とリア。つまりは本人に似せて書いてあるその絵とリアが似ていないという意味。


 「そうか?目の色とか髪の色なんかはそっくりじゃないか」

 「……そうだね。そうかもしれない」


 リフルにはわからないんだね……そんな風に窓の中の彼女は笑う。

 あの時は気付かなかった違和感。それが今なら解る。リアが言おうとしていた言葉。

 混血の自分はその絵と彼女の違いを外見色で見ていた。それでも絵描きの彼女は、そんな所で人を見ていない。顔のパーツや骨格……そういった目に見えるけど目に見えないもの。それが彼女に教えていたこと。彼女には真実が見える。

 それに気付いてから彼女が描いてきた絵を見比べる。解ってしまった。2人は彼女と似ていない。笑った顔が全然似ていない。

 リアが家を飛び出したのは……そんな2人の顔を見ていられなかったからだ。リアは自分が何かを知らない。それでも2人を嫌いではなかったから、騙すことが心苦しくてそこから逃げた。

 血の繋がらない両親を、嫌いではないけれど愛してくれるその2人を子供として愛せるのだろうか?彼女はそれがわからない。だから2人の絵も……描いてみたりするのだろう。その絵は段々頁を捲る毎に変わっていって、記憶が曖昧になってしまっていることを表していた。年を取るのだ。それをそこに表そうとするけれど、年老いた両親の顔を知らないから上手く描けない。スケッチブックはまるで彼女の脳だ。苦悩がそこに現れている。

 そしてそれは、ある日付から頁が白紙のまま終わっていた。それは……よく、覚えている。それは彼女と出会ったその日付。

 彼女は絵を描きながら、そこに自分を探していた。誰かの力になりながら、自分の支えを探していたのだ。貴方は誰?そう聞きながら絵を描いて、私は誰?と聞いているのだ。


(リア……)


 彼女はその答えが私の中にあるような気がした。だから私を匿いモデルにしたのだ。窓の外で泣いている私にも気付かずに、あの日の私は部屋の中で笑っている。なんて愚かな。

 会いたいと、思ってはならなかった。守りたいと願ってもいけなかった。手招く彼女を無視して走り出せば良かった。そうだ。出会いさえしなければ……それは間違い。

 出会っても良い。会いたいと思っても良い。彼女が自分を取り戻す鍵、それになれるのなら、もっと暇を見つけて会いに行けば良かった。

 唯、守れば良かった。もっとしっかり守らなければならなかった。私は中途半端だ。この世は思いだけでは何も守れはしないのに。力が伴わなければ何も守れはしないのに。


 落ちた涙が手に触れて、その場所が焼き印を押されたみたいに熱くなる。その痛みに目を開ける。夢が……窓が遠離って消えて行く。


 「………これは、一体……?」


 刻まれた手がずきずきと痛みを発する。手の内側に心臓を入れられたように、どくんどくんと息をしている。


(…………ん?)


 そんなことより何かがおかしい。身体が動かない。


 「…………これが俗に言う金縛りか。しかし声は出るようだな」

 「お前……人の安眠妨害しといて第一声がそれか?」


 何やら近くで声が聞こえる。暗闇へと目を向けると次第にそれが人の姿へと変わる。動けなかった理由がようやく判明。


 「……?何をしているんだアスカ?夏場だし運が悪ければ死ぬぞ」

 「お前が抱き付いてきたんだろうが!!」

 「すまん、布団か枕と間違えた」


 他の部屋の散らかり具合やら、アスカのカードが心配だったのもあり、二晩床で寝かせるのも気が引ける。それじゃあ今日は自分が床で、そう言いかけた途端に強制的に同衾という流れになってしまった。

 しかし……とりあえず謝ってしまったが、よくよく考えれば何かおかしい。此方から抱き付いていたならこっちが身動きが取れなくなるはずがない。

 疑問を持たれていることにアスカも気付いたようで、髪を掻きながら肩をすくめる。


 「…………いや、一回はね除けたんだが…………」

 「が?」

 「なんかこっちが悪いことしたような気になって……」

 「ははは、何だそれは」


 訳が分からないが気負い気味に語るアスカが面白かった。思えば彼はいつもそうだ。私を笑わせてくれる。それが何かを解決してくれるわけではないけれど、私の心を救ってくれる。悪い夢に囚われたこの心を。


 「……?どうかしたか?」


 此方が笑っているのに気付いたのか、彼は此方をじっと見つめている。

 その様子は今度は彼の方が何かを思い悩んでいるようにも見えて、気がかりだ。尋ねてみてから、ああとすぐに解った。

 聞いてこないのは、その悪い夢の内容を穿り返すことになってしまうからだろう。


 「……私は何か、言っていたか?」

 「ああ。リアってな」

 「そうか……」

 「…………心配、だよな。あの……リアって子のこと」

 「ああ、心配だ」


 頷けば、そうだよなとアスカも意味深に頷く。しかしそこで意味深に頷いていた男にとって、続く言葉は意外なものだったらしい。リフルからすればそれは自然な流れだったにもかかわらず。


 「彼女は普通の人間なんだ。普通の女の子なんだ」

 「……そこで私のせいだとか私さえなんちゃらとか言い出したら一発殴るからな」

 「……え」


 今正に言おうとした言葉を遮られてしまった。呆然としていると若干目つきが鋭くなったアスカに軽く頭を叩かれる。


 「お前まだ寝惚けてるのか?」


 呆れたように、仕方がない奴だなと言うように彼はそう言う。


 「いいか、リフル。ここはセネトレアだ。物騒な国だ。何時誰が死んでもおかしくねぇ。それがどんなに理不尽な理由であってもセネトレアだからの一言で解決してしまうような国だ」

 「それは違う!」

 「違わねぇんだよ」


 上手く言い返せずそれでも認めたくなくて彼に詰め寄るも、逆に腕を取られてしまう。


 「リフル、お前だって普通の人間だ。忘れたのか?」


 掴まれた腕にぎりと力を入れられる。振り払えない。その拘束を解くことが出来ない。純粋にこれは力の差だ。


 「…………思い出したか?」


 自分からは痛いと意地でも言わなかった。だから彼も痛いかではなくそう尋ねたのだろう。

 痛覚が戻った今となっては、毒と邪眼があるだけの人間。死ねる人間。痛みを知る人間。それを思い出したかと尋ねられている。


 「このまま力を入れたら骨くらいは簡単に折れるだろ?」


 まだわからないというなら一回折ってやろうか、そう暗に告げられている。頭の回るアスカのことだ。どうせ折るなら足の方がいいかもしらないとか位は思っていそう。

 特に深い理由もなく不毛な口論の結果で痛い目に遭うのは趣味じゃない。仕方がないので首を振って思いだしたと告げてやる。それでやっと手が放された。


 「……お前は毒と邪眼があるだけの、普通人間だ」

 「私が……普通だって?」


 それは嫌味でしかない。慰めにもならない。


 「少なくとも俺はそう思ってる」

 「お前がそう言ってくれても、現実は何も変わらない。アスカにだって解っているはずだ」

 「お前は普通の人間だ。お前は何でもかんでも自分で救えると思うのか?出来ないだろ?」

 「私の無力が……至らなさが、私の弱さが、私が人だという証明だって?アスカ、それは違う……」

 「お前は人より多少厄介な体質なだけの人間だ。神なんかじゃないだろ。だから自分に出来ないことまで出来るはずがないことまで自分のせいにするな」


 それは人には過ぎた願いだ。とても傲慢なことだ。彼はそう諫めるけれど、そんな風には思えなかった。


 「普通の人間と普通の人間が出会うのに偶然以外の理由が要るか?人が危ない目に遭うのにセネトレアだから以外の理由が在るか?ないだろう?例えお前とリアが出会わなくとも、彼女は同じ危険に晒されていた。同じ名前を名乗っていたならそうなっていて当たり前。俺から言わせれば出会ったことを後悔するのは彼女じゃなくてお前の方だ」

 「そんなことは……」

 「もし彼女が被害者として現れても、お前はここまで苦しまなかっただろ?勿論お前のことだ。心は痛めただろう。それでも、お前はここまでこの件に執着しなかったはずだ」


 苦しめられているのはお前なんだよ。アスカはそう言う。そうなんだろうか?


(それでも私は……別に、後悔なんか……)


 そうだ。後悔なんかしていない。仮に苦しんでいるのを認めたとしてもだ。だってそれは当然のことだ。彼女は、リアは……


 「なぁ、アスカ……お前ならどう思う?」


 「私は人殺しだ。そんな血まみれの私を見て、彼女は悲鳴も上げず……それどころか笑いながら私を招いた。匿ってくれたんだ。彼女はとても……優しい人だ。今回の件はそれが原因なのだから、やはり私の責任になる」


 アスカは口を挟まない。反論はしたいのだろうが、此方の話を最後まで聞いてやろう……そんな風に思っているのか。そんな彼から覗くその余裕、僅かに残った過去の面影。ああ、昔の彼はもっと余裕があって飄々していたのに、今の彼はどうしてこんなに追い詰められたような顔をするのだろう。とても余裕なんて感じられない。


 「お前なら、そんなこと……と思うんだろうな。そうだな、お前でも……2年前のお前でもきっと同じ事をしてくれただろう」

 「…………どういう意味だよ」


 含みに気付いたのかアスカが割り込む。しかし此方の真意まではわかっていないらしかった。

 別に今だって同じ事をするとでも言いたいのか。それは全然違う。今のアスカはそれが私だったならそうするだろう。2年前のアスカなら、それが私でなくともそうしてくれたに違いない。その変化に彼は気付いているのだろうか?


 「別に。唯、そんな優しい人間を疎ましく思うような人間はいないと思う。勿論私は彼女が好きだ。とても好ましく思っている」


 そうだ。彼女と出会ったことを後悔なんかしていない。彼女は多くのものを私に与えてくれたのだ。彼と彼女はまったく似ていないのに、アスカと出会ったばかりのことを時々思い起こされた。彼女の傍ではまるで自分が普通の人間に戻ったかのように、息が出来る。

 だから彼女とお茶を飲むのが好きだ。楽しそうに絵を描く姿が好きだ。彼女の真っ直ぐな姿勢が好きだ。彼女の口から零れる言葉が好きだ。

 それ以上なんて考えたことはなかったけれど、そんな何気ない風景の中に共にいるのが心地良かった。彼女の傍にいる時は、自分が人殺しだと言うことを忘れてしまいそうになるくらい……

 それでもアスカはそうじゃない。変わってしまったから。幾ら彼が口でお前は人間だと言ってくれても、私はそうは思えない。それどころか、そう言わせているこの眼を自覚し自分が化け物なのだと再確認してしまう。


 「私は彼女が好きだよ。彼女は私が好きではないから」

 「…………え?」

 「アスカ、リアという子は本当に変わっている。彼女の世界には男や女、そもそも恋愛という概念がないんだよ」


 だから彼女を好ましく思っても、彼女を女として慕う人間はいない。そうさせるように彼女自身が仕組んでいるのだ。


 「ある意味では彼女は普通の人間ではないのかもしれない。彼女は人間ではなく、画家という生き物なんだよ」


 彼女が恋をしているのは絵。それが絵描き。人を愛するのが人間ならば、彼女は人間ではない。彼女は人を愛することが出来ない人間なのだから。


 「彼女はどんな人間からも美徳を見つけることが出来る才能を持っている。だから誰でも好きになることが出来るんだ。人を描くというのはそう言うこと」


 微妙な養親との関係も、絵にすることで彼らを愛することが出来るのだ。絵を描き……2人に思いを馳せながら。


 「彼女が人に抱く欲は絵を描きたいという欲。そればかりが大きすぎて、邪眼なんかまるで効かない。………だから私は、そんな彼女にも支えられてきたんだよ。彼女は私とは違う世界を生きているのだとしても」


 彼女が生きるのは昼。私は夜の人間だ。だから共に歩くことは出来ない。それでもそんな彼女に魅せられない理由にはならない。


 「傍にいてはいけないと解っていたのに……彼女の力になりたくて、彼女を側へ置いたこと。それが私の過ちだ。結局私は彼女を守れていない」


 悔やむのだとしたら自分の無力さ。それはあまりに歯痒い思い。


 「リフル……お前……」

 「笑ってくれて構わない。私は彼女が絶対に私を好きにならないと知っていて、だから彼女が好きだったんだ」

 「…………トーラに振り向かねぇってのはそういう理由か?」

 「ああ」


 トーラは、こんな私を慕ってくれる。それでもそれには応えられない。それが解っているから……例え彼女を好きになっても互いに辛いだけだ。だから考えないようにしている。彼女は仲間だ。それ以上ではないのだと。


 「……馬鹿じゃねぇか、お前」

 「そうだな、私は馬鹿だ」


 リアは私を絶対に好きになってくれないから、こっちは勝手に好きでいられる。いても構わない。だってそれが報われる事なんて絶対にあり得ないから。

 私は人殺しだ。報われてなんかいけないから。それでも人に惹かれる心まで、殺すことが出来なくて……この様だ。

 友人だと言い聞かせていたけれど、彼女を一瞬でも意識しなかったと言えば嘘になる。例え自分が彼女に男として思われていなくても、何気ない時間の中で彼女を女の子なんだなと思ったことはあったはず。


 「ミイラ取りがミイラになっても仕方ねぇだろうが」

 「……そうだな」


 彼女が心配だ。そう思うのは、私が彼女を好きになり過ぎていたせいなのだ。

 絶対に報われないから、安心して好感を抱いていた。安心して心を預けることが出来たのだ。寄りかかっていた。知らないうちに彼女の方へ。

 それでも、アスカの言うよう……私も所詮は人間だった。身体がそうではなくとも、心は人間程度の生き物だ。


 「トーラの気持ちが解るんだ……だからそれも辛く思える」


 好きな相手に振り向いて貰えない。絶対に好きになって貰えないというのがどんなに辛いことか。トーラはこんな気持ちをいつも私の傍で感じていたのだ。それで何も言わずにいつも私を支えてくれていた。

 そんな彼女を好ましく思っても、やはり振り向くことは出来ないのだ。


 「私は人間じゃないんだから……もっと強くならなきゃいけないんだ。もっと……」


 強い心が欲しい。強固な意志を。一度決めたことで悩まない。振り向かない。割り切らなければいけないことを、ちゃんとそう思える心を。

 アスカの言った通りだ。全てを救う事なんて出来ない。所詮私もちっぽけな人間だ。出来ないことが多すぎる。私の償いと、トーラの想いという未来が交わることはない。私は裁かれなければならない人間だ。

 なんだかとても頭痛が酷い。だから顔を覆った。そういう仕草で涙を隠した。それをアスカは見ない振りをしてくれている。


 「お前は弱くていいんだよ」


 そして小さく呟いた。俯いた私に向かって。


 「弱いし迷うしうだうだするからお前なんだ」

 「……酷い言い草だな」

 「それでもお前は多くを思える優しい奴だから、お前なんだ」

 「そんなことはない、私のは……」

 「お前はそのままでいい。弱いなら俺が守る。……それじゃあ駄目か?」

 「アスカ……」


 不意に髪を撫でられる。見上げた視線の先、頭に手を置いた彼は優しく微笑む。まるで2年前の彼のようだ。見間違いでも……涙が溢れる。


 「強くなられると俺が困るんだ、お役目解雇で。……傍にいられる理由がなくなる、って……うおっ!」


 まるで子供みたいだ。情けない。アスカがそんなことを言うから悪い。感極まって、泣き顔を見せたくなくて、こうするしかなかった。

 アスカは優しい言葉を掛け続けているけれど……それは余計だ。だから泣き止めない。


 「アスカ、黙れ……」

 「あのー……リフルさん、言葉と態度が違い過ぎやしませんか?」


 困惑、苦笑気味のアスカ。抱き付いて、彼の服で涙を拭いながらこの言葉。確かにそうだとは思う。それでも黙って貰わなければ困るのだ。

 ……とまぁ、外見は兎も角いい年をした男が泣きついているなんて端から見れば恥ずかしいことこの上ない図だ。第三者が居ないことに胸の中で感謝をした、瞬間だった。


 「速報よっ!……って起きてたの?」


 バンと扉が叩かれる。鍵を開ければロセッタだ。気負ったような瞳をしていたが、室内を見渡して、すぐに冷たい視線に変わる。


 「ていうかあんたら何やってんの?いい年した野郎が同衾なんて随分なことやってんのね」

 「待て、流石にこれは誤解だろ!?」

 「誤解?何処が?こんな夜中にお姫王子を泣かせてて抱擁て既に十分怪しいんだけど?」

 「いや、これにはだな、深い理由が……」

 「流石信仰から外れた犯罪者。貴族だけじゃなくて裏町ってそういう変態多いの?」

 「でもこれで俺らが女連れ込んでたら不健全だとか銃ぶっ放しそうなもんだよな」

 「あんた本当に相方いると途端にうざいっ!ちょっとまともだと思った私が間違いだった!!」

 「おいおいお嬢さん。ここはセネトレアだぜ?騙される方が悪い」

 「ぶっ放されたい?」

 「ご遠慮します。って何か情報入ったんだろ?」


 アスカとロセッタの口論に呆気にとられて置いてきぼりを食らっていたリフルも、その言葉に我に返った。ロセッタも本来の目的思い出したのだろう。


 「リアって子の居場所がわかった。……来る?」


 待っていたその言葉。リフルは息を整える。


 「ああ」


 *


 「また派手にやったらしいなアルタニア公?此方としては有り難いが……肝心の名前を忘れられては何の意味もない」

 「…………よく、ご存知で」

 「私の所には便利な道具がいくつかあるからな」


 カルノッフェルが全てを終えて隠れ家へ戻った先で勝手に茶を飲み寛いでいる黒衣の男。その傍らには赤い髪の少年と、青い髪の少女の姿。道具とはこの2人の混血のことだろう。

 先天性混血は身体能力こそ後天性混血に劣るが、数術という力を持っている。此方の行動を読まれたとしても何も不思議なことはない。


 「……………僕も貴方が混血を嫌う理由が分かった」

 「まやかしでも見せられたか?」

 「ああ、とても悪趣味な」


 あのSuitの傍には数術使いがいるとは聞いていた。姉さんの情報はその数術使いが得ていたものだろう。それをあの女に植え付けて、姉さんを演じさせたのだ。

 姉さんでもない女を姉さんだと思わせられるなんて。僕らの愛を踏みにじるだなんて。騙された。この怒りは収まることがない。嗚呼姉さん。僕は貴女にとんでもない裏切りを働いていしまった。でも姉さんは優しいから、カウントしないでいてくれるよね?僕はちゃんと償ったもの。そう、あんな女……最初から、いなかったのさ。


 「…………まぁ、いい。これが新たな名簿だ。好きに使え」


 僕の言葉の意味を図りかねた客人は、それを気にする風でもなく書類を此方に差し出した。分厚い書類。並ぶ名前はマリアマリアマリアマリア……ああ、まだこんなにいたのか。ゴミ共め。


 「ありがとう!まだこんなにいたのか……本当、キリがないなぁ」

 「……珍しく浮かない顔だな。憂さ晴らしにお前好みの奴隷でも用意してやろうか?」


 黒衣の客は奴隷商。頼めば姉さんそっくりの外見の女をどこからともなく調達してきてくれるだろう。なるほど、それにマリアと名付けて側に置くという方法もある。それでも僕はそのマリアさえきっと殺してしまうだろう。だってそれは姉さんではないのだ。メアリにどこか似ていたあの女でさえ許せなかったのだ。僕は思い違いをしていた。僕にとってのメアリは姉さんの足元にも及ばなかったって言うこと。僕はそれを思い出していた。そう、僕が望むは唯一人。姉さんだけで良かったんだ。


 「………………結構だよ。僕はやっと解ったんだ」

 「理解したとは?」

 「姉さんの代わりはいない。僕の余生は墓場だ。見えたところで何も見えはしない……」


 メアリ。君から貸し与えられたこの目が疎ましい。今すぐ君に突き返したいくらい。よくも僕にこんな呪いをかけてくれたものだ。見えるからこそ僕は見えなくなった。あの頃見えていた多くを僕は奪われたのだ。

 

 *


 「…………リア」


 ロセッタに連れられていったその路地で、そう言ったきりリフルは黙り込む。遅れてアスカもそれを見て、どうして自分が先を歩いていなかったのかと強く悔やんだ。

 今からでも遅くない。それから視線をそらせずにいる主の眼を塞ごうと手を伸ばし……それに気付いた主が振り向きもせずに首を振る。

 また泣いて居るんだろうか。居るんだろうな。そうすることしかできないのだから。


 「………嬢ちゃん、ここに他の奴らが来るまでどのくらいある?」


 ロセッタに顔を向けると、少し驚いたような顔で此方を向いた。その直前まで、この惨状には眼を覆いたいのは彼女も同じようだったが、彼女もそれから目を逸らすことはなくじっと悪人の罪を彼女も見つめていた彼女。暗い炎を宿した赤い瞳が此方を向いた。


 「この辺は人払いはさせておいたしあの坊やに連絡はまだ回してないからしばらく保つけど……?」

 「なら少しだけ、二人っきりにさせてやれるか?」

 「別に構わないけど……」

 「んじゃ、行こうぜ」


 リアとリフルも2人で語りたいこともあるだろう。それが少しでも救いや慰めになるのなら、そうさせるべき。アスカはそう考えロセッタを連れ、大声を出せば何時でも駆けつけられる場所で待機することにした。


 「にしてもこんな夜中に情報が入るとはな。驚きだ。教会の連中ってのはいつ休んでんだ?」

 「それなりに配置してる人員が居るから交代制よ」

 「なるほど」

 「でもこんなに早期に見つかったのは偶然……いつもの犯行時間より早すぎる。やっぱりコートカードは幸運ってのは本当らしいわね」

 「幸運……ねぇ」


 あれを見てそう言えるこの少女の図太い神経には恐れ入った。

 アスカは溜息を抑えずに口から吐き出す。すると息が一つ多い。隣の少女も同じタイミングで小さな溜息を吐いていた。


 「……意外って顔だな」

 「……そうね、意外ね」


 話を振れば少女は頷く。その視線は壁の向こう。残してきたリフルの方に向けられている。


 「人殺しの殺人鬼の癖に、あいつ……あんなにすぐ泣くんだ」

 「おいおい、いくらあいつが犯罪者だからって血も涙もない鬼だと思ってたのか?」

 「そりゃ、殺人“鬼”ってくらいだもの。思ってたわよ。あれじゃあ唯の人間みたいだわ」


 教会側のこの少女は、あいつが元奴隷だと知ってもあいつが人だとは思えていなかったらしい。当然と言えば当然かも知れないが、あまりの物言いに彼側の人間としては頭が痛くなる。自分の自慢の主が見知らぬ他人に誤解されて我が物顔で語られるというのはあまり気分の良い物ではないのだ。


 「唯の人間なんだよ。人殺したことがあるってだけの、唯の人間さ」

 「それ、おかしいわ。唯の人間なんかじゃない。人殺しは人殺しっていう生き物よ。人間じゃない。人としてしてはいけない一線を越えた生き物よ」

 「そんなにおかしい事かねぇ……俺にはそういう風には思えねぇ」


 少女の語るものは正論ではある。かつての自分もその境界に囚われていた人間だ。でもよくよく考えれば、それもおかしな話だ。人は殺しの是非について境界を設けている。人は殺してはならないが、人でなければ殺しても構わないという認識。所詮は人のエゴだ。組織や社会、国というものを維持していく上で必要であるだけの制約だ。

 そしてこの人というのが動植物だけとは限らない。時としてその人以外に人が含まれることがある。


 「その人間ってのを何処から何処まで認めるかってのも国や人種で大分違う。少なくともこの国で奴隷は人じゃねぇし、混血だってそうであることが専らだ。そんな奴らが殺されても人殺しってことにはならねぇ世の中の方が余程おかしいと思うぜ俺は」


 人を殺めてはならないという十字法を掲げた教会がこんな暗殺エキスパート部隊を送り込んでくる辺りから……そんなものを所持している辺りからして矛盾しているのだ。運命の輪は人殺しのための機関である。同じ人殺しならば、罪を裁くためではなく……もっと多くの人のため、更に多くの人を殺める道を選んで騎士になったのが俺の親父だ。そのために教会派の家を捨てた。だからその辺の事情は人より俺はそこそこ詳しい。聖教会に存在する運命の輪という機関は聖教会の闇であり矛盾の権化そのものである。

 このロセッタという少女は運命の輪に属する聖職者兼軍人である以上、彼女自身も人殺しである。教会のため、正義のためとはいえその行いは教会に背いているに等しい。人殺しに人殺しを非難されているのだから、その辺は此方としても腑に落ちない。


 「教会は、奴隷も混血も人間だって認めているわ」

 「法律上ではな。それでもそれが現実として機能してねぇんじゃ意味がねぇ」

 「どういう意味よ?」

 「十字法ってのではその人殺しや犯罪者だって人間に分類されてるはずだろ?だから死刑もない。その癖あんたらみたいな奴らが居る。教会は秘密裏に死刑を容認してるって言ってるようなもんだろ」

 「仕方ないわ。綺麗事だけで世界は救えない。綺麗事は神子様担当。運命の輪はその裏方担当。汚れ役なんだから仕方ないわ」

 「最大数の幸福のために、最小限の犠牲はやむを得ないってことか」

 「そういうこと」

 「…………なるほど。知らないってわけじゃねぇわけか」

 「……あんたこそ詳しいわね」

 「まぁな」


 少女の口ぶりからして、自身の未来を知らないわけではなさそうだ。

 少女は知っている。その犠牲の中に自分のことも数えているのだ。自身の死を肯定している。この少女がリフルに向けてきた冷たい言葉の数々は、自分自身にも言い聞かせている言葉だったのだろう。


(こいつら……似てんな)


 ロセッタもリフル同様、自分は人間ではないと言っている。人としての幸福を望むことなど許されない。そう語る。だから2人とも、こんなに暗い眼をしているのだろう。


(運命の輪……か。皮肉な名前だな)


 車輪は回る。回り続ける。それはカラカラと、容赦なく命を踏みつぶしていく運命。運命の輪が神子の代替わりによって変わる理由は、機密漏洩を防ぐため。基本神子の代替わりはその死をもってのことだから人柱か殉職とでも呼べばいいのか。運命の輪の人間は基本的に神子の死亡した日に共に死ぬ。俺が昔であった運命の輪のメンバーももう冷たい土の下だろう。

 稀に後釜として相応しい人材が見つからなかった場合は暫く延命されることもあるが……後釜が見つかり次第自ら命を絶つのが慣例だ。それを忠誠心と呼べば美談ではあるが、こんな少女までそんな機関の一員かと思うとそうも言ってはいられない。

 任務で死ぬか人柱として眠るか。戦った先に己の幸福などあり得ない人生。何故こんな子供がそんな生き方に辿り着いてしまったのか。


(…………奴隷になったって話だったがシャトランジアに渡ったってことは教会に助けられたんだよな。だからって……自分の命、人生捧げるほど神子に心酔するものか?)


 ロセッタが、神子を語るときの熱意は異常だ。教会に対する信仰心が見られない彼女が崇めているのは神子その人のみ。元タロック人だというのに年上の俺やリフルに対する敬意など欠片もない。元の身分や年齢がなんであれ、犯罪者だと見下されているのだとしても、この少女は自分が認めた相手にしか敬意を示さないタイプ。それが唯一そうして語る相手が神子、イグニス。


(どんな奴かまったく情報がねぇしな、暇を見つけてトーラあたりに探らせるか)


 自分の部下の犠牲を肯定する神子。神子でさえ全てを救えない。そんな力不足の神子を崇めて、うちの主を見下されては堪ったものじゃない。

 うちの主は弱いし暴走するし運も悪いが仲間内の犠牲を肯定することなど絶対にない。組織の長として動いてはならない時も、単独で自分個人の問題としてその解決に乗り込もうという無謀な奴だ。だからこそ、力になりたい。守りたいと思うのだ。

 あいつの暴走じゃ神子より多くを救うことは出来ないかもしれない。それでもそれを俺が、俺たちが手伝う。1人では無理でも、そうすることであいつだって神子より多くを救うことが出来るかも知れない。例えそれが既に全てではなくなっているのだとしても、あいつは一瞬だって彼女を見捨てようとは思わなかったはずだ。だからそれを無意味と俺は呼ばない。


 「それじゃ、あんたらにはあいつは理解できねぇかもな」

 「……何、それ」

 「さぁな。嬢ちゃんの神子様ってのは自分の頭で考えることまで禁止してんのか?」

 「は?んなわけないでしょ!」

 「んじゃ自分で考えな。それが相互理解って奴だ。しばらくは俺らと行動するんだろ?そうした方があんたも動きやすいと思うぜ」


 少女は何度か瞳を瞬いた後顎に手を当てぶつくさと何やら考え始めたようではある。


(…………にしても、どうしたもんかな)


 離れた場所からは何も聞こえない。小声で会話をしているのだろう。盗み聞きをするつもりはない。今はリアと2人きりにさせてやるべきだ。

 これが最後なのだから。


 *


 こんな風に引き裂かれた人を見るのは二回目だ。

 こんな風な姿を見ると、自分は何かに呪われているんじゃないかと思う。ちょっとでも好意を寄せた相手はみんな、こんな風に死んでしまうのだ。警告されているような気分。お前なんかが人を愛することがあってはならないと、そう告げられているようだ。手を繋ぎたいとかキスをしたいとか、それ以上とか。そんなことを望まなくとも、想うだけでそれはもう罪だ。化け物にとってはそれは罪だ。一瞬でもそういう風に好きだなと想ってはいけない。でなければまた、こういう景色を見ることになる。

 あの時は鋭利な刃物でぐちゃぐちゃにされたお嬢様。今度は違う。これは千切った跡だ。手でやられたのだろう。

 可哀想なリア。もう絵が描けない。

 光を声を音を失っても利き手さえあれば幸せ。絵が描ける。そう言っていた彼女の腕が本来ある場所にない。手も足も首も身体もバラバラだ。心臓と眼球が刳り抜かれている。衝動的な怒りにまかせて貫き、握りつぶされたように見える。だからここには見あたらないのだ。

 カルノッフェルは正気に戻ったのだ。ロセッタの教会兵器の力を何らかの方法で振り払い、リアへの殺意を取り戻した。一度阻まれた殺意が膨れあがったのだろうか。彼女は先日の被害者よりも酷い有様。あの日殺された女は少なくとも手や足や首や胴はくっついていた。痛めつけられた心の抜け殻、身体が転がっていた。

 リアに暴力の跡はない。殺しは衝動的なものだ。これまでのように生きたままいたぶるというより、殺してしまった。もう死んでいるのに気付かず何かを恐れるように破壊した。そう見える。

 だから最初の一撃で彼女は死んでいた。遺体の損傷は酷い。それでもそれは彼女の死の後。……だからせめて、痛みが一瞬であったことを願い祈るだけ。


 「リア……ごめん……」


 何がコートカードだ。幸運なカードだ。大切な人の1人も守れやしない。トーラのような数術の力があったなら。彼女の居場所がもっと早くわかったなら。いやそんなものがなくても闇雲にでも街を走り回っていたら。

 きっと何も変わらない。それでも何も出来ないからと、他人の力に頼って唯待っていた結果がこれだ。半年前まで続けていた過ちとまるで同じ。教会を頼って、教会を信じて……自分は託すだけで何もしてこなかった。その間にもこうして命は消費されていく。

 何も出来なかったことが解る。騒いでも余計自体を引っかき回すだけだと痛いほど解る。それでも何かできたはずだと後悔ばかりが押し寄せる。

 死体に口付けて、それで彼女が生き返るなら何度だってそうしよう。だけどそんなことはありえない。彼女の身体はバラバラだ。それを数術や医術で元に戻そうと形ばかりを揃えても、欠けたパーツは揃わない。心臓がないのだ。それにもう脳も死んでいる。彼女を綺麗な死体にすることは出来ても、生き返らせることは出来ない。死体に毒を飲ませても、死体が甦ることはない。

 万物を操る数術でさえ不可能と言われているのが死者の蘇生。この世で金を積んでも叶わぬ願いの最たるものだ。

 だからこそ、人は殺してはならない。殺されてはならない。それを知りながら人を殺してきた私にとっての報いなのだろうか。

 人を殺した私が殺されるのならわかる。それでも人を殺したこともない、リアが殺されるなんてそれはあまりに理不尽だ。何故人殺しの私が生きていて、普通の女の子だった彼女が死ななくてはならないのだ。それが真っ当に生きてきた人間に対する仕打ちなのか?

 神がいたなら何故彼女を救わない?人間に出来ないことでもお前達には出来るのならば、そうするべきだっただろうに。

 人殺しがのうのうと生きていて……罪のない人間が殺されていくのはあまりに不条理。


 「……私が、生きているから……いけないのか?」


 罪から逃れてのうのうと。それは私だ。私のことだ。Suitは死んだ。世間的にはそうされている。私は人殺しでありながらその罪から逃れてしまった。だから私の名を語る者が現れた。でもそれは、私の理不尽を曝くものだったのではないか?

 私がちゃんと罪を償って、公の場で死ななかったからこんなことになった。そうだ、リアと出会ったことが誤りだったのではない。問題はそこにあったのだ。


 「リフル」


 いきなり名前を呼ばれてびくと身体が震えた。女の声ではない。これはアスカだ。


 「そろそろラハイア達が来る。お前その格好で会ったら不味いだろ。帰るぞ」

 「…………」


 彼は動こうとしない私の手を引いて無理矢理歩かせる。


 「そろそろ明るくなる。彼女だってそんな姿を何時までもお前に見てて欲しくはねぇと思うぜ。……あの子だって女なんだからな」


 それが彼女に最後にしてやれる女扱いだろうと、アスカが言った。

章ヒロインがさくっと死亡。

ゲームにするときはもう少しいろいろ変えるかもしれません。



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