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20:Mors certa, hora incerta.

・前回の流れからして行間注意。深読み注意。

・微妙にグロ注意。

・過去話だってろくなことはありません。


以上前半注意報。

 バラバラになった記憶。その頁を拾い集める。組み立てる。出来た。これで本の完成。私の記憶を綴じた本。それを順番通りに私の脳が捲り出す。

 後天性混血児。その存在を知る人間は少ない。その存在を知っていても、それが普通の混血とどう違うのか。そこまで知っている人間は少ないのだ。

 私、マリアと弟エリゼルの悲劇はそこから始まる。


 「父様!これはどういう事なのですか!?」


 その日の私は泣いていた。泣き喚いて、父に恨み言を投げかけた。そして父はそれに対し、私と同じ言葉で応えた。


 「なぜリゼルがいないのです!?」

 「マリア、もう私にはお前しか居ない……それなのにお前も私を裏切るのか!?」

 「父様、私は裏切っては居ません!母様もリゼルもです!!」


 それはある日突然だった。弟の髪の色が変わった。タロックの黒髪が、とても綺麗な金色に変わった。

 父はそれに怒り狂った。母の不貞を疑った。そして母は弁明も虚しく殺された。

 私と弟はその悲鳴に唯、震えていた。そして泣き疲れた弟のために、私は小さな子守歌。歌っている内に私も眠くなり……眠ってしまった。その翌日……私の隣に弟は居なかった。私の片割れが城の何処にも居なかった。

 弟の所在を知るため、私は父の所へと向かった。父は私の頭を掴んで詰めたい水桶へとぶち込んだ。寒い冬の日のことだった。歯がガチガチ言った。それでも私の髪は黒いまま。父は優しく私を抱きしめてくれた。お前だけが私の娘だと、そう言った。それでも私と弟は双子の姉弟。同じ母様から生まれた世界にたった二人の姉弟。だから私は父の腕を振り払う。


 「返してっ!返してください!私の母様っ!私のリゼルっ!!」

 「私は人間だ!!郭公の子供を育てる義理などないっ!!」


 父は認めない。弟が自分の子であるはずがないと。同じ母から生まれたのだとしても、それは異父二卵性双生児。異父姉弟だと父は言う。妻の不貞の明らかな証拠だと。


 「リゼルは私の弟です!!同じ日に生まれた姉弟です!!それが父様の子でないはずがないでしょう!?」


 それでも私は認めない。言葉ではうまく言い表せなくても私は知っているのだ。私の身体が、私に流れる血液が……彼は私の片割れなのだと教えてくれる。けれど、そんな言葉では父には響かない。


 「ならば何故彼奴の髪がカーネフェルの物なのだ!?あの女は高貴な家の出の娘!!私とあれからカーネフェル人が生まれるはずがないっ!!」

 「当然変異という言葉がございます!!この世にあり得ぬ事などあり得ませんわ!!」

 「黙れっ黙れッ!!そんな戯れ言っ……誰に吹き込まれた!?お前もその男の(むすめ)だというのか!?」

 「っ……」


 泣き叫ぶ私は、父に思いきり頬を打たれた。目を見開いて見上げた先では、父はもう別人のような顔をして……泣きながら笑っていた。私を抱きしめてくれた時の父は、もうそこにはいない。

 今日まで暮らしてきた家が、まったく別の場所に変わった瞬間。母がいない。殺された。父がいない。死んでしまった。


 「あの子は、何処ですか……」


 もう私には彼しか居ないのに。どうして?いつも一緒だったのに。どうして今は傍にいないの?


 「あれなら売り飛ばしてやった。もう生きてはいまい」

 「……そんなの、信じませんっ!!」


 もう諦めろと言う声に、私は背を向け走り出す。


 「待てっ!マリア……!!」


 執事の少年に駆け寄って、私は命令を。今すぐここを出なければならなかった。大人達は頼れない。コルニクスは父の味方。頼れるのは私達二人に仕えてくれたこの少年しかいなかった。


 「ニクス!今すぐ馬車を出しなさいっ!!」

 「しかし、お嬢様……」

 「……お願い、あの子を死なせたくないの!!」


 その一言で、彼は全てを察してくれた。彼も知らなかったのだ。父から部屋での謹慎命令をくらっていた彼は知らなかった。自分の友人が、もうこの城にはいないことを。


 「……解りました。飛ばします。お気を付けて」


 二人で城を抜け出した。雪山を駆け下りた。

 一番速くて一番良い馬車。城から追っ手が来るのはまだ先だ。

 それでも時間はない。城から持ち出した宝石をばらまいて、街で弟の行方の情報を探した。彼が別の島へと送られたことを知った。


 「お嬢様、エリゼル様は第一島ゴールダーケンに送られたようです」

 「船の手配は?」

 「完了しています。さぁ、乗ってください」


 少年に背を押され、梯子を上がり甲板へ。付いてくるのは彼ではなく、見るからに強そうな屈強な見知らぬ男が1人。彼は傭兵のようだった。


 「……ニクス?この者は?」

 「俺が雇った護衛です。第一島は危険が多いですから」

 「それならどうして……」


 どうして貴方も乗らないの?そう問いかける前に梯子が上がった。上げられた。


 「さっさと船を出せっ!!金は払った!金貨分の働きをしろっ!!お嬢様を……」


 その言葉に男は船長室へと走る。そしてそこから脅える船長が急いで出港命令を下していた。

 船が港から離れ始める。彼だけそこに残したまま。置いたまま。


 「これはどういうこと!?ニクス!?」


 彼の名前を呼べば、彼は私に手を振った。そして……そのまま前のめりに倒れた。

 彼の背中に深々と突き刺さる一本の矢。見覚えがある。これは……コルニクス!!ニクスの父が使う武器だ。それがどうして、こんな所に?


 「…………馬鹿倅め」


 黒衣の男が雪に埋もれた少年の背中を見つめている。その雪よりも冷たい視線で、彼を……彼だった……“物”を。


 「い、嫌ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 物心ついたときから私と彼と弟は一緒に育った。彼は私達に仕えてくれた。使用人と主の関係だったけれど、私達にとっては家族のように大切な……友達だった。

 何もかもを失った私は、弟に会うため。その思いで前を向いた。止まらない涙を拭い続けた。

 そして数日後、船は第一島へと着いた。その日に、私もまた……混血の血に目覚めてしまった。

 突然変わった髪の色。それでも瞳は赤のまま。それまで私を哀れみ優しい言葉を掛けてくれた護衛が、突然目の色を変えたのもその時だ。私は第一島についてすぐに、奴隷商へと売られてしまった。珍しい混血として、売られてしまった。

 それでも私を買ったその店は……当然の如く、ろくな店ではなかった。

 混血の知識が乏しいその店主。私の髪の色は、カーネフェルの色。だから混血として価値が付くのは瞳だけだと考えた。それがありふれたタロックの色だとも知らずに。

 あまりの痛みに泣き叫んだ。涙が傷に染みた。そして私は一度……光を失ったのだ。


 *


(そうだ……私は……)


 あの日、両目を奪われた。そしてそのまま捨て置かれた。ゴミのように、路地裏に。ゴミと一緒に転がっていた。私はそれをみることは出来なかったけれど、匂いで大体のことは解った。私の側には私と同じように殺された奴隷達の死体が転がっているのだ。凄い臭い。みんな腐っている。蠅が飛んでいる音がする。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。私はまだ生きているのに、傷口に虫が集まってくる。私は食されている。そしてその内みんなと同じように腐るのだ。


 「嫌ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!嫌っ!嫌っ!嫌よ、来ないでっ!!止めてっ、嫌だ……嫌あああああああああああああああああ!!!私の目っ!私の目っ!!!」


 真っ暗。真っ暗。塗り潰されて何にも見えない。私は死ぬまでその暗闇に脅え続けなければならない。いっそ誰か私を殺して!!それでも見えない。見えないからどうやれば自分でちゃんと死ねるのかが解らない。

 私の舌は何処?私の首は何処?ちゃんと噛まなきゃ。ちゃんと締めなきゃ。でもそれを誤れば、また傷が増える。虫達が私に群がるのだ。


 「姉さん、泣かないで……僕が姉さんの側にいる」

 「エリゼル……?リゼルなの?」


 声がする。彼の声。記憶の中のそれとは違う。声だけでは解らない。


 「何処?何処にいるの……?顔を見せて……」


 暗闇に手を伸ばす。ペタペタと手に触れる物がある。これは彼の身体だろうか。その手を温かい誰かの手が掴む。そして私の手をどこかへ誘う。これは顎。これは唇。これは鼻。これは目……

 目がある。彼には目がある。私がちゃんと、見えている。


 「リゼル……私、見えない。何も見えない」

 「姉さん、そんなことはない。姉さんにはちゃんと目がある。僕が見える。だから何も怖くない。だからその目を開けるんだ」


 今姉さんは目を瞑っているんだよ。彼は私にそう言うけれど……私はそれを開けるのがとても恐ろしくて堪らなかった。


 「でも……怖いわ」


 目を開けた先、そこがまた暗闇なら?あの路地裏だったら?そこにニクスが倒れていたら?母様の死体があったら?


 「貴方が好き。貴方が大好き。貴方がいなきゃ、私は駄目だわ。生きていられない」

 「姉さん……」

 「だから嫌!目を開けて、貴方が死んでいたら嫌なの!これが夢だって言われたくないの!!」


 怖い。怖い。怖くて堪らない。そこに貴方の死体があったら、私はどうすればいい?貴方がいない世界に一人きり。そんな風に私は生きられない。生きていられない。私が私を殺さなければ、私は生きていけなくなるのだ。


 「貴方が傍にいるのが、こっちが夢なのだとしたら私は夢でも良い!ずっと貴方の側にいたい!!」

 「姉さん、……マリア、目を開けて」

 「嫌よ!絶対に嫌!!」

 「それならそれでもいいけれど……」


 喋れない。何だろうこれ。何かが唇に触れている。

 何をされているんだろう。くすぐったい……のとそれに付属する何か。口の中がもぞもぞする。なんだか変な感じだ。


 「姉さんが目を開けてくれるまで、僕は何度だって同じ事をするよ?それともそっちの方が嬉しい?それなら目を開けてくれるまで僕はもうキスしない」


 言われて気付く。されたのだ。キス。……そう思うと恥ずかしくて死にそうだ。このまま目を瞑っていれば恥ずかしさから頬を紅潮させているだろう私が彼からも見えなくなる。なればいいのに。それでも彼からは見えているんだ。恥ずかしがっている私の姿が。

 恥ずかしい。だから両手を伸ばして抱き寄せる。くっつけば怖くない。彼から私が見えないはずだ。


 「…………して。もう一回だけ」


 こっそりと。内緒の言葉を口にするよう、彼の耳へと囁いた。


 「そうしたら、ちゃんと起きるから」


 *


 「空き部屋勝手に使って良いって。情報入るまで待機してなきゃ動きようないし、いいわ

 よね?」


 ロセッタの話を聞いている内に、すっかり日も暮れた。どうしたものかと思っている所に教会側からの続報が届いたらしい。


 「リフル、どうする?」

 「……他に手はないか。わかった。有り難く好意に甘えさせて貰おう」


 アスカが主の方を見れば、彼は仕方がないかと言う風に小さく溜息。リアの事が気に掛かるのだろう。場所が解らない上にトーラとの連絡も取れない以上、情報源はロセッタからのものに限られる。

 一瞬伏せられた目はとても辛そうな表情。今すぐ助けに飛び出したいのに何も出来ない。自分の無力さに歯痒い思いをしているのだろう。


 そんなリフルを見ていられなくて、アスカは強めにその背中を叩いてやった。痛いと此方を見上げる彼に、にっと特に根拠もなく自身満面の笑みを送ってやる。さも根拠がありそうに笑うのが主なコツだ。


 「とりあえずこの部屋は流石に俺も御免だな。他の部屋探し行こうぜ」

 「ああ」


 雑念と煩悩が渦巻いていそうなこの部屋で寝るのは無理だ。そんな邪気に当てられて今日の眠れないとかそういう展開は本当に勘弁して欲しい。俺はそう判断。主もそれに頷いた。


 「それは私も大いに賛成。マシな部屋私に残してなかったらぶっ放すからその辺配慮しなさいよ」


 ロセッタの厄介な言葉を後に部屋から出ようとした所で、背後から彼女が「あ!」と思い出したような声。


 「ねぇ、あんたらの所の数術使いって確か……トーラって言ったわよね」

 「……それが何か?」


 身内の名前が出たことで、咄嗟に身構えるような強張った態度になるリフル。トーラに何かあったのかと不安を感じているようだ。

 それにロセッタは首を振ったが、今し方送られてきた情報。或いは現在進行形なのか。それがトーラに関わる物かもしれないと彼女は言う。


 「城に潜らせてるスパイからの新情報。城で1人王族が死んだんだけど、それ殺したのがトーラって名前の数術使いらしいわよ」

 「はぁ!?」


 その情報にはアスカも若干驚いた。こっちが任せた仕事はどうした?アルムとフォースはどうなった?何勝手に仕事ほっぽりだしてんだあいつは。ていうか連絡くらい寄越せ。

 しかりリフルはその言葉を鵜呑みにせず、考え込むような表情になる。それを見てアスカは己の失態を知る。リフルはトーラを信じている。二人が二年間で築いたのは愛とか恋とかではないが、確かな信頼はそこにあるのだ。

 その彼が信じる相手をよりにもよってこの俺が疑ってしまった。それでは俺が仲間として失格。それに気付いて小さく舌打ち。自分にだ。


 「……んなわけあるか!あんなのでも俺らの仲間だ!寝言は寝て言えよ」


 数秒遅れの切り返し。それに主は顔を上げる。


 「アスカ……」


 あれ?何これ。何この視線。すっごい嬉しそう。さっきトーラを庇った言葉を口にしたときと同じような反応だ。何かが上がる音が聞こえる。幻聴だとは思う。でもなんかピロリロリーンとか好感度的な何かが上昇しているような気がする。

 あ、別に俺の心情まで気付いていたわけではなかったのか。焦って損した。こいつからの好感度が下がっていないならそれで問題ない。セーフセーフ、余裕余裕。

 アスカがそんなことを思っている内にも、ロセッタは続報を語り続ける。判断するのは全部聞いた後にしなさい。そう言わんばかりに。


 「今日の午後、このゲームのことを知らせに進言しに来た数術使いらしいの。トーラは城でも一目置いてた情報屋でしょ?このこと聞きたくて上位カードが呼びだしたんだって」

 「それはあり得ない!!トーラは今日一日他の仕事を……」


 続報は彼女への更なる侮辱。それを聞き逃せないとリフルはロセッタを睨む。それより早くにそれを察して頭に乗せていたゴーグルを下げて装着する彼女。二人の目が合う。怒りによる邪眼。あれはそれを防ぐための役目なのだろう。

 それはちゃんと防がれているらしく、ロセッタの口調は辛口のまま。


 「そう?それならちゃんと連絡は来ている?彼女セネトレア王女だって話じゃない。カードを手に入れて上位カードに純血の異母兄弟が入ってるの知って、復讐に行ったんじゃないの?」

 「彼女はそんなことはしない!!」

 「何よ、突然熱くなっちゃって…………馬っ鹿みたい」


 大人しいリフルに突然キレられたことが不愉快だったらしいロセッタ。そんな反応は想定外。冷静な男だと思っていただけに失望したと言わんばかりだ。


 「彼女は変わった。私怨で人を殺すようなことは絶対にしない!彼女はこの国の王女だ!王女がそんな風に人を殺すことはあり得ない!彼女への侮辱を……俺は絶対許さない。今後一切そのようなことを口にするのは謹んで貰う。その時俺は、聖教会との話を全て無かったことにする。覚えておけ」

 「おい、リフル……!!」


 アスカが扉から顔を覗かせるも、リフルはバタバタと廊下を駆け、階段を駆け上がる。


 「何あいつ……感じ悪いわね」


 ロセッタは深々と溜息。感じが悪いのはお前の方だろうがと言ってやりたいが此方が年上なので自重してやった。彼女への続報はまだ続いているかもしれない。ここで喧嘩を売ってそれを聞き逃すのは痛手。今は彼女だけが情報源なのだから、多少心に嘘を吐いてでも引き出せるだけ引き出しておく必要がある。


 「あいつはああいう奴なんだ。周りを本当に大切に思ってるから、周りを悪く言われるとついカッとなるんだよ」

 「……ふーん」


 相手側の言葉を肯定したようでこっそり否定。それでもそれに少し機嫌を直したらしいロセッタ。言葉の魔術を知らないな。所詮は年下か。セネトレアの荒波に揉まれてきた年数が違うのだ。まぁこんなものだろう。


 「まぁ、悪い奴じゃないんだけどな」


 むしろいい奴だからな。凄いいい奴だからな。ほんと、あんなに素晴らしい人間はこの国にこの世界にいないんじゃないか?なんたって俺の主だしな。最高の君主だしな。優しいし身内想いだし他人想いだし民想いだし混血想い出し奴隷想いだし女装が凄い似合うしそのままでも十分可愛いし片割れ殺しでレアだし綺麗な色だし以下省略。とか言ったら俺が何発か銃撃たれそうだったので自重した。咽まで出かかっていたけど自重した。

 しかし俺の大人な言葉は少女の胸に響いたようだ。


 「……そう、なんだ」

 「理解したなら今後は気をつけろよ」

 「…………」


 返事はないが、小さく頷いてくれたような気がする。

 さて、ちょっと蟠りも解けたところで情報収集。情報収集。


 「あいつあんなだしな、俺があいつの分まで聞いておくよ。他にも何かあったら教えてくれないか?うちの数術使い様は全然だし、正直あんたらの協力無しに名前狩りは止められねぇ……」


 主のためなら俺のプライドなど安いモノよ。幾らでも媚びへつらって謙ってやろうとも!


 「……あんた、彼がいないと割と普通ね。やっぱ邪眼でやられてんの?」

 「そうか?そうかもしれねぇな……」


 がしと彼女の両手を掴み、俺は影のある微笑を浮かべる。


 「あんたみたいなお嬢さんを前に今の今まで口説けねぇとは俺も情けねぇ……」

 「そういう嘘は嫌いだわ」

 「失敬な。ていうか何故バレた」

 「やっぱ嘘だったのね、最低」

 「痛ぇっ!」


 乱暴に手を振り払ったロセッタに、思いきり腕を抓られる。

 今後の展開を有利に進めるために、利用価値を上げるために好感度アップでも図るかと思ったが駄目だった。仕方ない。これは俺のストライクとは真逆方面。こんな乱暴女なら裸で目の前彷徨かれても俺の愚息が反応しない自信がある。それならまだ女装時のあいつに「お兄ちゃん」とか言われた方がグッと来る。いや、普段着でも照れ顔とか泣き顔とかは賢者タイムの鑑賞とかにも十分値するし十分いけ………


(……ってそれは流石に不味いだろっ!!さっきのあいつの怒り邪眼食らったのか俺!?)


 俺は何も考えなかった。俺は何も考えなかった。よし。俺は何も考えなかった。そうだよな?うん、そうだ。そうに違いない。そうに決まってる。そうそうそう。そうだよな。そうじゃないわけがないじゃないか。


 深呼吸を繰り返すアスカを横目にロセッタは肩をすくめて大きな溜息。


 「顔と声を見れば大体解るわ」

 「そういうもんか?女ってそういうの聡いもんなのかー……」


 だからディジットに相手にされなかったのか。いやでも今のは0割でもあれはあれでも4割くらい本気だったんだけれど。女って10割本気じゃないと心にさえ響かないと?

 いやでも人間そんな恋愛毎ばかりにかまけて生きることなんか出来ないんだし、幾ら気に入った女相手でも10割心や人生賭けるなんて無理だろ。人間関係ってのは他にもいろいろあるし、たった一人に残りの人生の全ての時間を拘束束縛されるなんてことは無理なのだ。そう考えると世の中の結婚って奴が如何に腐っているかが知れる。つまりは別にそこまで好きでもない、命も賭けられないし投げ出せないような相手との束縛関係に身を落ち着かせていると言うこと。

 妥協という言葉はこの現象を言い表すためにこそ存在するのだろう。本当人生の墓場だよな。何で人間ってわざわざ結婚何かするんだ?結婚する奴はみんなドMなのか?それならSな人間はどうすればいいというのか。わからない。

 そんなアスカには理解不能な彼女たちの危機察知能力の高さに舌を巻いていると、ロセッタが呆れたように……多くを嘲笑うように鼻で笑った。


 「妻も子供もいるような身分の癖に、何匹も奴隷囲って日替わりプレイしてるようないい年扱いたクソ野郎に1年くらい薄っぺらい愛を囁かれ続けてみなさいよ。そういうのに敏感になるわよ」

 「……悪ぃ」


 この少女の口からそんな自虐ネタが出てくるとは思わなかった。自分がその傷口に触れたことを知り、アスカの口から素直に謝罪の言葉が転げ出た。

 彼女の人当たりがキツイのは、おそらく過去の一件のせい。それで男嫌いになり、男を見るだけで嫌悪し苛つく体質なのだろう。


 「…………それで、あいつのこと怨んでんのか?」

 「さぁね」


 アスカの言葉に小さく笑った後に、彼女は得物を手にとって、その暗い銃口を覗き込む。その手で教会兵器を握りしめ……祈るように目を閉じ囁く。


 「……私は聖十字。私は悪が嫌い。私は犯罪者が嫌い。人殺しが嫌い。だから彼も嫌い。汚い奴は大嫌い。だからそいつらぶっ殺す。唯それだけよ」


 人殺し。犯罪者。括るなら確かに悪。それでもそれは彼女が彼をよく知らないからそう、平然と言える言葉。

 多くを知って尚それを言うのなら立派な物だと褒めてやるが、偏った知識で主を侮辱されるのは我慢ならない。例え彼女にどんな想いや意思があったとしても。


 「なぁ、お嬢さん。あんたはあいつのこと、どの程度知ってるんだ?」

 「神子様にちょっと聞いたくらいよ。あんたらの組織の構成員の生い立ち、名前とか種族とかいうパーソナルデータ中心に」

 「つまり最初と近況ってところか」

 「そういうこと」


 リフルが那由多。Suitがリフル。それからアスカがキャヴァロだということ位は知っている。先のカード云々の話の中でもそれは何度か確認できた。


 「ちょっとは感謝して貰いたいわね。あんたが隠してること教えてくれた神子様に。そこは彼にはちゃんと伏せてやるから」

 「……そこだけは感謝してるよ」


 なるほど。この少女は中間部分がぞっそり抜けた情報を与えられている。初めと終わりだけならば、リフルは唯王位を失い毒人間となって人を殺しまくっただけの大罪人だ。一応方向性は知らされているようだが、何のためにリフルが混血と奴隷を守ろうとしているかを彼女は知らない。

 だから神子はタロック城への先遣隊を命じてきたのか。リフルが私怨の復讐で王を殺したがっている。そのための兵として混血と奴隷を確保している。そんな風にでも思っているのだろうか?

 そうじゃない。その逆だ。混血と奴隷達を守るために、セネトレアを変え、タロック王を討ちに行く。それを一体何人がちゃんと知ってくれているのだろうか?


 「なぁお嬢さん、……あんたはあいつが何事もなく今日まで生きてきたと本当に思うのか?」


 何と言えばいいだろう。何を言えば、彼への誤解が解けるだろうか?

 アスカは考える。彼と彼女の共通点。人と人が理解し合うには、相違点を探すことではなく、まず共通点を探すこと。それが大事だ。


 「そりゃ、毒人間になったり邪眼なんてものを宿したりしたのは大変なことだとは思うけど……」


 その二つは彼女にはない。それが念頭にあるからこそ別の生き物。自分とは違う。そういう存在だと思い込む。

 それでも違う。あいつだって唯の人間だったんだ。普通に笑うし泣いたりもする。厄介な属性を手に入れてしまったけれども、普通の人間であることには変わりはないんだ。


 「あいつからは絶対にあんたには言わないだろうから、こっそり教えてやっけどな……あいつは処刑された後……そっから3年前まで貴族の所で奴隷やってたんだ」

 「……え?」


 やはり知らなかったのか。ロセッタの驚愕。見開かれた赤い双眸にアスカは嘆息。

 逆算を始めたロセッタ。自分と他人の不幸を比べても誰も救われないけれど、数字は残酷だ。時にそれを適確に言い表してくれる。

 自分が本当に辛かったその生活の、その何倍もの年月を耐えてきた人間が居る。そしてそれを自分から語ることもない。それに気付いて、彼女は言葉を無くす。


 「あいつはそれで自分のアイデンティティを失うような生活を送ってきた。だから自分ってものが希薄だし、あいつは自分が好きじゃない。だから自分に寄せられる好意は全部が邪眼のせいだと思ってやがる」


 女でも辛いこと。それを男のあいつがされてきたのだ。精神崩壊の寸前まで逝ってしまった。忘れたくて忘れたくて、自ら記憶を塞ぎ込んだ。けれどそれを受け入れ、それを含めて自分だと……彼はそう言っている。辛さが解るからこそ、同じ思いをさせたくはない。そんな事になる前にその境遇から救い出したいと願っているのだ。自分が助けて欲しい時に誰にも助けて貰えなかった。その不幸を怨まず、他人を救うことに目を向ける。あの日の自分の気持ちを知っているから、何に変えても助けなければ。そう考える。

 そうすることで忌まわしい過去も自身の一部に刻み込む。あいつはとても弱いけれど、強い心を持っている。

 壊れた心のあいつがそんな風になれたのは……俺の力ではない。何%かくらいにはなれていると思うが10割俺ではない。

 それはラハイア、フォースでディジットで……ロイルにリィナであの腐れ闇医者で(……まぁこいつはパーセントの前に一桁0と,が付いているだろうが)、アルムにエルムに蒼薔薇、鶸紅葉……それにトーラも加わるだろう。

 今どこでどうしてるのかわからない奴らも中にはいるが、あいつに変わる切っ掛けをくれたのはそいつらも同じだ。俺はそのことには感謝をしてる。その全員に。


 「それを今のあいつに変えたのが、周りの人間達なんだ。だからあいつは出会った奴らを本当に大切に思っているんだ」


 大切にしていると、何度目かの言葉だ。知らない時と知ってから。少しは感じることも変わったのか。少女は何も発さない。


 「俺が出会った頃のあいつはいつも無茶ばかりしていて、誰かを頼るってことも知らないで、……そしていつも、死にたがっていたよ」


 それが何時からだろう。顔を上げた。そうだ、確かフォースの依頼を受けたときからだ。あの時初めて俺はあいつに頼られた。

 今のあいつは俺だけじゃない。もっと多くに頼ることを覚え始めた。それは何のためかと言えば……決まっている。


 「そんなあいつも守りたいものを見つけた。ほんの少しだが、あいつが生の方向を見るようになったんだ」


 2年前もそう。ほんの少し……明るい方向を見た瞬間に、あいつは神に見放され、孤独の中へと舞い戻る。だから今度こそ、そんな風にはさせない。

 あの時だったら、……そうは思う。あの時だったらまだ説得できた。生きて共に全てを救おうと言ったなら、あいつは生きてくれただろう。

 それでもあいつはそう出来ない罪を重ねた。だから容易く頷いてはくれない。それでも今を否定はしない。今の彼奴のまま、あいつの考えを改めさせる。それまで俺は何度だって生きろと口説くし手を差し伸べる。


 「あいつは自分の民のためなら命を投げ出すだろうが、その民のためならどんな屈辱、恥辱を背負っても生きてくれると俺は信じてる……」


 忌まわしきは名前狩り。死んだはずの殺人鬼。その名前を呼び覚まし、あいつがやらないような殺しをやった。あいつの名前をそこに使って。

 あいつはそれを許せない。犯人を、そして自分の名前を、存在をだ。ちゃんと公の場で自分が裁かれれば、あんな風に自分を騙る者もいなくなる。だから今は生を向いていても、最終的にあいつは死を向こうとしてしまう。


 「俺は二度も冤罪で、あの人を殺されるわけにはいかねぇ。あいつの名を騙った奴は放って置けねぇ」


 リフルも同じ。だからトーラの名前が悪用された、城での殺人に怒り狂っている。名前を汚すことは許されないことだ。その名を愛する者にとっての最大の侮辱なのだから。


 「……って静かだな。寝ちまったか?」


 ロセッタは無言。何も言わない。言いたくないのだろう。

 それを察してアスカは立ち上がる。


 「悪いな。つまんねー話しちまって」


 相手が寝たふりをしているなら毛布くらい掛けてやるべきか?そこまでやってこその騙されてあげました行動だろうか?


(まぁ、毛嫌いしてるっぽい同僚が何したかわかんねぇ毛布なんか掛けたら即飛び起きて教会兵器でビンタ食らうだろうな、止めとこ)


 夏場だし風邪も引かないだろう。どうせあれ寝たふりなんだし。そう自分に言い聞かせ、アスカも廊下へと進む。


 「さてっと……次はうちのご主人様の機嫌直しに行かねぇと」


 どうしたもんかな。そう思いながら登る階段。眠りたいのはこっちの方だ。昨日はろくに寝ていない。明日も何があるか解らない。しっかり身体を休めておきたいのだが、果たして上手くいくだろうか?


 「リーフルー……いねぇな」


 上の階に向かり、一通り部屋を見てみたものの、それらしい姿は見あたらない。

 それでもまさかここから飛び出したなんて事は恐らくない。今回ばかりはそれはない。


 「マリー……マリー……今日半日俺を街中走り回らせたマリー……」

 「そ、そこまでじゃない!三、四時間じゃないか!」

 「あ、いた」

 「……っ!」


 自分からわざわざ出てくるとは。にやと笑うと口をわなわな震わせ扉を閉め、室内へ。

 くくくと笑ってその部屋の前へと移動。ドアノブを回しても扉が開かない。鍵締めやがったな。

 ぶち破られたくなければ開けろと立て籠もり犯に脅迫ノック。


 「ツッコミのために罠にはまるとは。まだまだ甘いな。それその行動こそがボケだと何故気付かない!俺に口で勝とうなんて100年早い。悔しかったら100年生きてみるんだな」

 「別に勝ちたいなんて思ったことはない!」

 「そういうのが悔しがってる口調って言うんだぜ。ほら、負けたからには潔くここ開けろ。男は度胸。男は潔さだろ。これ常識な」

 「別に私が何処の部屋に泊まろうがお前には関係ないだろう!何をしに来たんだ、放っておいてくれ」


 1人になりたいんだとリフルは扉を背で塞ぐ。


 「そうか。それならしょうがないな」

 「……アスカ?」


 その言葉に立ち去るとでも思ったのか?廊下に座り込んだ音に気付いてリフルが俺を呼ぶ。


 「いやー昨日は俺のベッドお前に取られて床寝だし、今日は走り回って足痛ぇが、今日は廊下で寝ることになるとは世の中ほんと鬼ばっかだぜ」

 「俺の方が弱いカードだってのも判明したし、ロセッタにいろんな情報聞いたてたら俺も何時まで生きられるのか解らなくなったなぁ……一年半も離れてたんだ。せめて最期くらいお前の側で死にたいもんだが、俺の主は冷たいし?」


 一言告げる度に、扉の向こうで「うっ」とか「あっ」とかそんな呻きが聞こえる。葛藤しているようだ。


 「もし明日廊下で俺が死んででも気にしなくて良いんだぜ。別にお前が悪いんじゃないんだからな。こんなところで寝ようとした俺が悪かったんだ」


 極めつけの決定打。カチャリと鍵の開いた音。ギィと扉に隙間が生じる。


 「へぇ、入れてくれるのか?別に気にしなくても良かったんだぜ?」

 「…………はぁ、本当にお前には勝てる気がしない」

 「勝ってくれても一向に構わねぇんだがな俺は」

 「そんなに生きられるか!まったく……」


 もう着替えたのか。今朝ぶりの銀髪が顔を覗かせる。そのふて腐れたような顔は、本当に子供のようだ。2年ですっかり背丈も離れた。彼は置いて行かれたと思うかもしれないが、望んでも同じ時に留まることが出来ないのは此方だって心苦しい。

 リフルの成長と止めているのは心的外傷と毒の力だ。他の混血達のならばまだ救いもある。心的外傷から完全に解放されれば、成長を重ねることが出来る。それでも毒人間は同じではない。

 共に生きれば生きるほど、違いを知って辛い思いをするだろう。寿命が人のそれと変わらなくとも、成長し老いる人間の中で成長もせず老いることもない人間が側にあることは難しい。何も感じずにいられるはずがない。お互いに。


 「それでも2年前なら生きてくれただろ?」

 「それは……」


 2年前。全てはそこへ結びつく。そういう事件が合ったのだ。

 レフトバウアーでの邪眼の暴走。それさえなければリフルはこんなにも思い詰めなかった。瑠璃椿は殺しを悔いてはいない。それは道具だったからだ。それでもリフルは人間だ。だからそれをこんなに悔いている。

 その暴走の全貌を、未だにアスカはよく知らない。事実として起こったこと。その情報を知っているだけだ。それでも知りたいことはそれじゃない。

 その日この目の前の人が何を願い、何を思い……そして裏切られた時にどんな気持ちになったのか。知りたいのはそっちの方だ。

 彼はそれを抱え込んでいる。誰にも語ることはない。勿論話したところでなかったことにはならないだろう。それでもどうか話して欲しい。


(俺はお前の騎士だから……)


 その心まで守りたい。辛さとか罪とか全部引き受けてもいい。でもそれが現実的に考えて不可能或いは認められないのなら……せめて半分背負わせて欲しい。

 何時如何なる時も、俺をお前の共犯にしてくれ。そのために俺はここにいるんだ。

 室内で一度だけ跪いたアスカの行動を、複雑な表情でリフルは見つめる。そんな主の頭に手を乗せて、思いで話をするように……アスカは2年前のある日の妄想を今更口に出す。


 「例え話みてぇだけどよ、俺とお前でコンビを組んで、請負組織をやってさ。いろんな奴の依頼を受けて、今みたいに混血とか奴隷を助けに行ったり……そうだな。誰も殺さずにそういう道を見つける方法もあったのかもな」


 2年前の自分は、もうリフルに人殺しをさせたくないと思っていた。そうさせるくらいなら自分が殺す。武器になる。罪も汚れも自分が被る。

 殺しというものそ忌避して、だからこその万屋系請負組織。何でもと言いつつ受けない仕事はそれなりに。殺しはその代名詞。幼い頃からいろんな人間の死を見てきたから、復讐以外でそれに携わりたくはないと思っていた。仕事を選り好みしていた。

 聞きたいことはある。だからこそ、まず自分を語る。心を開けさせるには心を開くことが重要だ。自分を見せない癖に、お前を見せろ曝かせろと言うのはあまりに横暴。

 もっとも相手が知りたくもないのに延々と聞かせられるのは唯の苦行。それでもそこまで嫌われてはいない自信も自覚もある。だからこそ話す。


 「俺は……あの頃までは人を殺したことがなかった。そういう仕事だけは絶対に引き受けねぇ。やっちゃいけねぇラインだって決めて境界引いてた。本当は金のためならどんな手使ってでも金貯めて、棺桶探しすべきだって解ってたのにな。そんな人の血啜ったような金で居場所を知っても、那由多様は喜ばない。そんな風に決めつけてさ」


 実際そうだった。半年前、手を汚した俺を見たとき……こいつはとても傷ついた。

 この半年間俺ではなく自分自身を責め続けた。俺がやったことが原因でこいつを苦しめていた。つまり俺がやっていたことはろくでもないことばかり。それでも俺だって後悔はしていた。それは2年前まで遡る。


 「2年前、お前と出会って……瑠璃椿が那由多様だって知ってからはずっと後悔していた。俺が手を汚していたら、お前をもっと早くに見つけられて……助けられていたんじゃないか。そんな風に思った」

 「アスカ……」


 そんなことを考えていたのかという驚きと、それは違うという否定と。その後現れた泣き笑い。それを袖で拭ってやった。


 「俺もお前と同じだよ。お前が間に合わなかった仕事を終える度に抱え込む後悔。俺のそれがお前なんだ。だから俺はもう二度とそんな思いはしたくない。お前が困っているなら助けたい。どんな手を使ってでもお前の力になりたい。そのためにもお前の側にいたいと思う」


 もう同じ後悔はしたくない。手段は選ばない。落ちるところまで落ちてやる。そして俺はこの手を汚した。一回汚してしまうと、なんだそんなもんか。そういう気持ちになっていく。今まで何を恐れていたのか。今までの自分の考えが信じられなくなったくらいだ。

 9年間掛かってやっと見つけた瑠璃椿。それが今度は1年半。こんなに短縮できたのだ。払った犠牲も無駄ではなかった。少なくとも俺はそう思える程度には罪深い。こいつより余程最悪な人殺しだ。救うためじゃない。自分が救われるためにそうしていたんだ。裁かれるべきは俺のような人間の方だろう。


 「だが……俺のそういう考えが、お前を追い詰める要因だったんだよな」

 「……違うっ!私はっ……」


 ボロボロとまた泣き出した泣き虫の主を、袖じゃ足りんと抱き寄せる。


 「ゆっくりでいい。ゆっくりでいいから……落ち着いて。俺にお前の言葉で教えてくれ。……な?」


 ぽんぽんと背中を軽く叩いてやると、いくらかは落ち着きを取り戻したのだろう。すぅと息を整え、鼻を啜った後……発せられる小さな囁き。


 「……アスカは、優しいから」

 「ん?」


 耳を澄まさないと聞こえないような、聞き逃してしまうような声。全神経を張り巡らせてそれを聞く。


 「私は……瑠璃椿は、そんなアスカ様に会えて本当に幸せでした」

 「お、おう」


 口調が瑠璃椿に戻っている。そうしなければ言えない言葉なのだろうか?それとも2年前の気持ちだから、そう話すのが自然だと自信の口が思ったからなのか。


 「瑠璃椿は、アスカ様が好きでした。大切でした」

 「……ああ」


 それは道具としての気持ち。持ち主を盲目的に慕う心だ。

 心を砕かれ壊されて、空っぽだったから……そこに成り行きで主となってしまったアスカが多くの割合を占めただけ。

 深く思い出すように。自身を探るように当時の気持ちを拾い集める瑠璃椿。


 「私は……アスカに出会うまで、この毒とも目とも向き合わずに生きてきました。殺すために便利。それこそが暗殺道具としての武器らしさなのだと思っていました」


 罪悪感などなかった。殺しても何も感じなかった。そういうものだったのだと瑠璃椿は話す。自分が誰か何か。わからないままそうあった。どうしてこんな毒を持っているのかもわからずに、人殺しを強いられた。


 「それでもあの日、私の涙を拭ってくれた貴方の手……とっても温かかった。だから毒にアスカ様が倒れたとき、私は初めてこの毒を怨みました。殺してしまうことを後悔しました」


 髪に触れていた手に、そっと添えられる小さな手。手袋を使って触れられる。そのまま触れることが出来ないのがもどかしいと言うようにぎゅっと掴まれた。


 「そしてアスカ様が記憶探しの依頼を受けてくれて、私に力を貸してくれた。私はその優しさを今でも覚えている……そして貴方の言うように、そんな貴方に憧れて……一緒に請負組織が出来たらどんなに素晴らしいだろう。そんな風に思った時もありました」


 瑠璃椿はそれを過去形で語る。今はもうそんなことは無理だしあり得ないのだとそこに秘め……


 「ライトバウアーから落ちて……目を開けたら船の中。海のどこかで拾われて……その船はレフトバウアーに停泊。私が目を開けたときにはもうそこにいて……私が目覚めるまで側にいてくれた子がいました」


 知っていることを、第三者と当事者から聞くのとではまるで意味が異なる。知っていることなのに、全く違う話のようにさえ聞こえる。


 「彼女の名前がロセッタ。フォースの幼なじみ。私は依頼を思い出し、アスカの姿を思い出し……私を助けてくれた貴方みたいになりたくて、1人でも依頼を遂行しようと思いました」


 それが自分の恩返しで、償い。請負組織の手伝いの……最初の仕事。これが上手くいけば、人殺ししか出来ない自分も他の何かに変われるように、思っていた。信じていた。そんな風に……生きることも出来るのではないかと明日を夢見た。

 人殺しの道具だった瑠璃椿が物語る……そんなささやかな夢。そんなことなら叶えてやりたい。今からだって見せてやりたい。いくらそう思っても今もリフルにその言葉は届かない。彼はもう瑠璃椿ではないから、2年前と同じ夢を見ることは出来ない。


 「邪眼で魅せて船員を毒で触れて痺れさせて……その解毒を迫り船長と交渉するつもりでした。船の出港を停止させ、その隙に彼女を逃がそうと……それでもその時、私の邪眼が暴走した。感情の暴走もしていない。本当に何もしていない。邪眼で彼らと視線を合わせるより前に」


 わけのわからないまま起こった暴走。トラウマに足が竦んで動けない。当時を思い出すように、ガクガクとリフルの身体が震え出す。

 互いに殺し合う人間達。邪眼に魅せられた愚か者達。そしてその内誰も動かなくなった。

 残されたのは術者の瑠璃椿……そして子供だからそれから免れた少女が一人。


 「…………彼女は、泣いていた。私が、目の前で殺し合わせてしまった人間達を彼女は見ていた」


 ロセッタが自分を憎む理由が分かる。解るのだと彼は言う。なるほど。怒っていたのはトーラを侮辱したロセッタにだけではなかったのか。リフルは苛立っていた。自分自身に。

 下の階で彼女を相手に声を荒げた後に、思い出したのだろう。2年前の彼女の顔を。また傷付けてしまったのでは、そんな風に脅えたのだろう。

 2年前に犯した大罪。幼い子供にとんでもないものを見せてしまった。その心を抉ったのだとリフルは泣き喚く。救うどころか傷付け、そして救えず終い。自分は一体何をしたのだろう。何もしなければもっとマシな結果になったのではないか?頑張れば頑張るほど意味を成さない。報われない。そんな中で唯、自分が生きていてはいけないことだけは知る。


 「積み荷を運ぶだけの人間を……私は殺してしまった!!殺すつもりなんかなかった……それでも私が殺したんだ!!私がっ……!!奴隷商でもない。奴隷貿易に携わっているのだとしても殺すほどの罪ではない。人殺しでもない人間を、私は殺してしまった!!彼らにだって帰る家や待っている人……彼らを想う家族や恋人がいただろうにっ!!」


 もう2年前と同じ夢は見られない。アスカも変わってしまった。戻れないのだとリフルが言った。


 「……それで?」

 「……え?」


 アスカの問いかけに、リフルは瞳を見開いた。それに最後の涙が落下。


 「お前の言いたいことはわかった。それで?」

 「どういう、意味だ……?」

 「それだけかって聞いてるんだよ」

 「それだけって……」


 奇妙な詰問に戸惑い気味のリフル。それでもアスカは手を緩めない。


 「お前はそれしきのことで俺から離れたっていうのか?」

 「それしきのことだと!?」


 流石にこれにはリフルも食い付く。それでもこっちにとってはそれしきのこと。だからどうした?その一言で全てを返せる。


 「そのくらいで俺がお前を見限ると思ったか?」

 「…………思わない」

 「それならどうして?」


 解っているのにどうして行方を眩ませた?理由は知っている。でも聞きたいのは理由ではない。こいつの思いだ。


 「だって、邪眼が……アスカやディジット達。あの宿の人達を殺し合わせてしまったらっ……それが怖くないわけがないだろう!?」


 再び泣きそうな顔でそう叫ぶリフルに、アスカは溜息一つで打ち返す。


 「それならそれを俺に言ってくれればいい話だろ?」

 「……え?」


 目を見開いている主の両頬を両手で引っ張って伸ばして遊ぶ。


 「その時は俺はあそこを引き払うし、どっか違う場所へ行っても良かった。魅了される人間が居ないような辺鄙なところとか、混血の多いトーラの所に厄介になっても良かった」

 「でもアスカが魅了されたら……」

 「馬鹿。俺のタイプは年上系のお姉さんか妙齢の美人人妻だ。お前なんかに魅了なんかされて堪るか」


 実際変な副作用が発生したりかなり危ないところまで来ているらしいが、断じて認めてなるものか。

 そう思うのだが、正直に信じて貰えるほど俺の言葉には信頼がないらしい。しょっちゅういろんな嘘を言葉に混ぜているから仕方がない。卑怯癖も付いているしこれも仕様だ。

 とか思ってた矢先に、一発頬にビンタを食らう。非力とはいえ目一杯力を込めたのだろう。痛い。それでも拳にしなかったのは彼なりの甘さなのだろう。


 「私が本当に何も思わなかったと思うのか!?瑠璃椿(わたし)がお前と離れるのがどんなに苦しかったか、お前は何も知らないからそんなことが言えるんだ!!」

 「それならお前だってそうだろ。俺があの一年半どんな思いで暮らしていたか、お前に解るのか?解んねぇだろ?」

 「お前が悪いんだ……混血なんかを、……奴隷なんかに変に優しくするから。私はそんなの今まで知らなかったからっ!何かおかしくなりそうで……変な感じで、でも嬉しくて…………心が温かい。それが幸せなのだと教えられて、それに浸った後にそれを失う気持ちが分かるか!?」


 そんなものをお前が教えるから、振り出しに戻っただけなのにそれがとても辛く苦しいことのように感じてしまうようになる。それはお前のせいなのだとそう訴えられる。

 ああ、見つかった。少なくともこの審判が続く限り強請れる材料。安く見積もっていた自分というものが、彼の中では今も尚思いの外高く評価されているのだと聞かせられている。


 「……リフル、さっきも言ったが俺の方が弱いカードだ。力とか技は俺のが強くても、肝心な場面で運に見放されてお前を守れないかもしれない。それどころか寝首を掻かれて死ぬかもしれねぇ」


 俺には1人人質が居る。そいつの名前は俺という。こいつにとって、人質は効果的な脅迫だ。にやと笑って彼を見れば、僅かな怒りで両肩が震えている。


 「お前の言い方は……卑怯だ」

 「それは俺にとっては褒め言葉だぜ」

 「…………」

 「むくれるなって。子供みてぇだぞ」

 「むくれてなどいないっ!!」

 「へいへい。……ま、どの道お前が死んだら俺やトーラみてぇな数兵は、すぐに後ろ盾を失って死んじまうだろ。お前は生きなきゃならねぇんだよ、そいつらのためにもこの審判が続く限りは」


 そう言えば、主は否定の言葉を失った。それでいい。まだまだ言葉の魔術は俺のが遙かに格上だ。

 審判は一枚になるまで続いていく。それならば、唯皆で生き残ればいい。それこそが、こいつを死なせない方法だ。カードが巻き込まれるだって?大いに歓迎大いに感謝。人質が多ければ多いほど、こいつは生に縋り付く。身内連中に他にもカードがいれば俺は非常に助かるな。もっともそんなことを主に言えば、今度こそビンタ一つじゃ済まないだろうが。


章ヒロインの正体は、結局章ボスの姉ちゃんなのかどうなのか。

その辺まだはっきりしてないからセーフだよね。うん。あれは挨拶みたいなものさ。エロではないよね。うん。大丈夫。

裏本編は犯罪絡みの話ばかりだからかエロやらグロ展開ばかりが増えますな。

無論詳細はカットカット。規約は守らんとね。

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