19:Quid pro quo.
「オードブル、ポタージュポアソンアントレソルベにロティー……サラダアントルメフルュイカフェ……」
ディジットは頭を悩ませていた。問題はこれをどうタロック料理で表現するか。そう、問題はそこ。
一通りのメニューは考えた。それでも何時それが変わっても良いようにフォースに頼んだ食材は何に対応できるようにも一通りを用意して貰っている。
洛叉も付いていってくれたから、旬の素材を選ぶという点は問題ないだろう。その食材からメニューを変えることもあり得る。
とりあえず食材に関してはあの二人を信頼する。それで問題はない。残る問題は……やはり、メニュー。
「タロック料理は肉より魚の方が表現の幅が多いのよね。それにライスを使った料理…………」
問題はそこなのだ。
フルコースは肉料理が二品ある。魚料理は一つだけ。
海鮮料理は是非とも出したい。セネトレアは島国だ。新鮮な海の幸ならこの国でも捕れる。シャトランジア産のものも悪くはないが、セネトレアまで運ぶとなると、多少鮮度が落ちてしまう。となればここはセネトレア産を使いたい。
しかし魚料理と言っても一つに絞るのは難しい。鮮魚を使った寿司に、コトコト煮込んだ煮魚や、大エビの天ぷらというのも悪くない。ここから一つに絞れと言われても難しい限り。こればかりは洛叉の駆ってきた魚を見て判断するしかないだろう。
となると次は肉料理。これは二品もある。
「ハンバーグやステーキなんか出したら、タロックぽさは無いのよね。どうしたもんかしら。おろしダレって手もあるけれど、うーん………牛鍋、照り焼きとかカツ辺りが妥当かしら。でも他の品との調和も大切ね」
牛、豚、鳥……或いはその他の肉。少なくとも二品でそれが被ってはならない。かつあまりマイナーすぎてもどうだろう?出来れば大衆料理で挑みたいものだ。
「……でも丼ものにしてしまうとライスがセットになっていて腹が膨れて最後まで審査して貰えない可能性がある。となると丼物はアウトね」
審査員には女子供もいる。此方側の人間にも満足して最後まで食べて貰えるような物を作りたい。いや、作らなければならない。そして逆に物足りないと思わせてもいけないのだ。
「ライスねぇ……」
フルコースでは料理がメイン。パンは脇役。ライスに至っては……パンとして出して良いのかどうか。それなら丼物として出す?パンは別に作る?確かにパン作りならそこそこレパートリーもあるし自身もある方。
「いや、それでもライスを出さなきゃタロック料理じゃないわけよ。ここは白米と炊き込みご飯の二種類を用意!好きな方を選んで貰えるような形に……」
そうだ。タロック料理にはライス!そこは絶対に譲れない。そのためにも必要なのは……
「あ……!もう来てくれたのかしら!?」
勝手口からノック音。開ければ荷物を抱えた一人の少年。東側ということもあり緑髪の彼も変装している。彼の瞳は青……彼は後天性混血児。リフル同様彼の背も高くない。髪さえ長い金髪ウィッグで誤魔化せば……カーネフェル人の少女に見える。
「あら、蒼薔薇。貴方が届けてくれたの?わざわざごめんね。助かったわ」
「……トーラ様の命令だから」
頼んだ荷物を押しつけるハルシオン。いつもつれない態度の少年も、今日はいつもに増してそんな感じだ。何か切羽詰まっているような……
「……?どうかした?何か顔色が悪いわよ?疲れてる?」
「僕だって暇じゃないんだ。それじゃ……」
「ちょっと待って、はいこれ」
「夕飯まだでしょ?これ持って行きなさい」
「何これ……?」
「何かあるかもと思って作って来ていた軽食よ。あの子達の分はこれから作るし、せっかくだからあんたのマスターとまだだったら一緒に食べて」
「…………」
サンドウィッチの包みを差し出せば、彼は無言で受け取る。扉から走り去った寸前、ちょっと頭が下がったように見えなくもない。
「暴言言われなくなっただけマシなのかしら?相変わらず素直じゃないわねあの子は」
ハルシオンは純血嫌いの混血だ。リフルを通じて彼もディジットの店に現れるようになったが、以前は暗殺業がメインの仕事だったらしい彼も、リフル達がその役に就いてから旧ライトバウアー……混血達は迷い鳥と呼んでいる街の警備に務めることが多いとかで、久々に顔を見た。アスカと毒舌合戦を繰り広げながらとか出した料理を貪っていた姿を思いだし、ディジットは小さく笑う。
(でも……何かあったのかしら?)
トーラからの連絡もあれから途絶えている。それが少し気になった。ディジットがそれを疑問に思っていると、店の方から声がする。
「ディジットー!こっちのお皿吹き終わったよ!」
「ありがとうアルム。それじゃあそれ、こっちに持ってきてくれる?」
「はーい!」
返事の後にゆっくりと向かってくる足音が一つ。皿の割れるような音はしない。以前だったらここで全部床にぶちまけ割ってしまうくらいの子が……立派になったものだ。
(この子もしっかりしてきたわね……)
そう思うと感慨深い物がある。環境や周りの変化もあっただろうが彼女が彼女なりに変わろうと思った。それが彼女の成長に繋がったのだと思う。
それは決してエルムがいなくなったからではない。二人が一緒でもアルムにその気持ちがあれば、二人一緒に成長していくことも出来たはず。出来るはず。子供は親の手など無くても勝手に成長するものだ。その意識さえ子供にあるならば。
「私ももう、お役目御免なのかなぁ……ううん、いいことよね。きっと……」
ディジットは溜息を吐く。少しだけ寂しさを感じていたその背中に向かってかけられたのは、明るいフォースの声だった。
「ディジット只今ー!!」
「あ、おかえ……」
振り向けば、洛叉が凄い形相だ。両手に凄い荷物を持たせられている。流石にフォースも鬼ではないらしく、多少の荷物は持ってはいるが、ざっとみて10キロもある米袋を持たせながら他にも荷物を持たせる辺りは容赦ない。
(先生インテリ系だし……明日辺り筋肉痛で寝込んだりして)
「だ、大丈夫ですか先生?」
床に米をおろした後、がっくりと膝をつく洛叉。駆け寄れば、何かを成し遂げたような満足気な表情。
「あの、容赦のなさ…………、本物だ」
「あの……先生?大丈夫?早くこっち戻って来てください」
満足は満足でも今のあれは恍惚の表情だったらしい。
フラフラとした足取りで店の方へと消えていく洛叉を見送りつつ、ディジットはフォースに問いかける。
「フォース、先生に何したの?」
「荷物持たせただけだけど」
「うーん……先生、ストライクゾーン1歳広げたのかしら?何もされなかった?」
「荷物持たせてたし」
「それもそうね。それじゃ買ってきて貰った物出して貰って良いかしら?」
「ああ、わかった」
頼んだ物と任せた物と……それを見ながらディジットはメニューを決めた。
「よし!それじゃ下ごしらえしつつ、今日の夕飯作るわよ!!フォース、あんた何食べたい?」
「え……」
何で俺?そう聞き返すフォースに笑みで返した。
「お使いのお礼よ。この食材で作れそうな範囲で頼むわ」
「それじゃあ……これと、これで……」
*
「……以上が報告となります、姫様」
「……まさかそんなことになっていたなんて。不味いな」
トーラはディジットの頼みの受け、部下に店まで目的の品を取りに行かせた。しかしそこには留守番を託されていたはずのリアがいなかった。
そこからリフル達の捜索もさせたが見つけられない。これは何者かが妨害を行っていると見て間違いない。トーラは自分ほどではないがそこそこの数術使いを大勢抱えている。その誰一人もが彼らを見つけられないというのは明らかにおかしい。
「僕が捜索に向かいたいところだけど、それが相手の思うツボなんだとは僕も解る。名前狩りの連中も、一筋縄ではいかないようだ」
「それから姫様……」
「また悪い話?」
「何とも言えません……」
「解った。話して?」
「ユリウス様が、お亡くなりになりました」
「……一兄様が?」
それはトーラの異母兄の1人。今城に居る中では一番年上の兄。兄妹とはいえ、別の母親の子供だ。おまけに純血だから城で今まで良い暮らしを送って来ていた男だ。別にその死を悲しむ気持ちはトーラにはない。唯、浮かんできたのは僅かの驚き。
「……まぁ、彼もカードだったしね。しかしこんなに早くAが1人欠けるなんて……」
いや、それこそがこの審判の神髄。奇襲、先手必勝こそが勝利への道。わけがわからない連中がわけがわからないと言っている内に、わけがわかっている相手がさっさと殺す。
誰が殺したかわからないが、確かにいい手だ。どんな手を使ったのだろう?城に乗り込むなど並大抵なことではないのに。
(ユリウス兄様か……)
悲しみはしないが、今彼を失ったのはセネトレアにとっては痛手。彼は他の母はセネトレア王の最初の妻。だからこそ他の母の子を見下していた嫌な男だ。
そんな嫌な男でも失うのは痛手。それは確か。
彼はセネトレアという国家を維持させる術には長けていた。彼がいなくなれば、セネトレアに隙が生じる。刹那姫はやる気がないし、商人達は自分が稼げれば国家など滅んでも構わないと思っている。
この期に乗じて城を攻め込む内乱が起きる可能性。外から攻め込まれる可能性。セネトレアは烏合の衆。戦いが始まれば商人達は金を持って金がある他の地へ逃げるだろう。そこに残され戦火にさらされるのは滅ぼされるべきではない人間達だ。
(気に入らない男でも、一目は置いていたんだ。それが何故……?)
彼は政治面では有能だったがため、暴君刹那姫に許され、王位継承権剥奪後も国政に携わることを許されていた。逆を言えば彼はあの姫の到来を喜んでさえいたかもしれない。
王位継承第一位のロイルから、半年前の王への謀反でそれを失い、その後すぐにセネトレアに刹那姫が乗り込んだ。
婚姻の発表だけをすると王はすぐにまた行方を眩ませ、国の実権は刹那姫が掌握し始め……それでも国政を行う気がない彼女が代わりにそれを行わせていたのが彼だ。
彼女を補佐する摂政のような立場ではあるが、ある意味ではセネトレア王に彼はなったも同然。だからこそダイヤのAに選ばれた。
「それで犯人は?」
「……現在調査中です。城もそれを探しているようで……」
「わかった。それじゃあそっちの方も引き続きよろしくね。TORAの指揮はしばらく鶸ちゃんに任せる」
「それからリア……彼女についての情報、集めてもらってたよね?どうなった?」
年齢不詳のあの少女。
この2年リフルと共に仕事をしてきたトーラにも、その存在を気取らせなかった謎の存在。確かに彼女自身の印象は悪くはない。だからこそ、気味が悪いとトーラは思う。
そう。本来人間とは10人居るならその10人と、親しくなることなど出来ない。完璧な人間でも不完全な人間でも何かしら気に入らないところを見つけることが出来るのが人間だ。その本来持つべき粗探し能力。その喪失を引き出すのが恋は盲目、恋愛感情。
その愛が冷めて目が覚めるまで、その喪失は続く。
(それが、あの子にはないんだ。それが、あり得ない)
リフルもアスカもディジットもアルムも洛叉もフォースもそしてトーラ自身も。誰も彼女を恋愛対象とは見ていない。見ていないのに彼女の粗探しをしない。無論彼女にも欠点は幾らでもある。目に付く点はあるだろう。しかしそれを誰も不快と思わない。そう思わせるのは彼女の人格。その人格が、人としてあり得ない。おかしな物なのだ。
(こんなこと……リーちゃんには言えないよ)
大事な友人だと思っている相手。それが弄られた脳の人間かもしれないなどと。
一つだけ訂正。もしかしたら、もしかしたら……たった一人。絶対に認めようとしないだろうけれど彼だけは、彼女をそんな風に見ているかもしれないから。尚更言えない。
「彼女は僕の情報網にもヒットしない。彼女に触れても解らない。リア……マリア=イーゼル。彼女の過去は変なところから始まるんだよ」
接触すればそこから他人の記憶を覗けるトーラでも、彼女の起源を知ることは出来なかった。
過去のない人間は信用できない。その人となりを証明する術がないからだ。そんな相手がリフルに心を許されている現状は、彼にとっても危ないことだ。実際彼の行方も不明。彼女の行方も不明。
「リーちゃんが彼女に惹かれているのは、昔の自分と同じ匂いをそこから感じ取っているのかもしれない」
彼女に関わったことが今回の名前狩りの始まり。少なくとも彼女に出会わなければ、彼はここまで名前狩りについて熱心に取り組まなかっただろう。いつもの彼ならフォースやアルムの方を探しに行ったはず。自らの名を騙られたことへの怒りもあるだろうが、それだけではない。彼もまた、聖女という名前に弄ばれているのだ。
「過去が、ない……ですか?」
「やっぱり僕が覗いたところより先の情報は手に入らなかったか。彼女は一体……何者なんだろう?」
鶸紅葉の反応からみて、それ以上の進展はなかったのだと知る。
「身体年齢も止まってる。止まるような精神に響く、とんでもない過去が彼女にはあったはずなんだ」
触れて手に入れた情報は彼女の偽りの起源と、その血の割合。逆算するなら年齢は20以下。彼女の両親はどちらもタロック人。二人が真純血ではないからリィナやエリザベスのようにカーネフェル人外見として生まれる可能性は十分ある。
しかし、触れて解った。記憶の中にいる二人は偽者。少なくとも彼女の父も母も金髪のカーネフェル人であることだけは絶対にあり得ない。
「マリア=イーゼル。彼女も後天性混血児なんだ。何も不思議な事じゃない」
*
「姉さん……っ、姉さん……っ」
男は泣きながら帰ってきた。帰ってくるなり抱き付いた。抱きしめられた。リアは抱きしめられていた。どうしてそうされているのかわからない。あの赤い髪の少女が何かしたのだろうか?
私は今抱きしめられている。誰に?殺人鬼に。人殺しに。
私は抱きしめられている。何故?わからない。
私は彼を抱き返している。どうして?どうしてなんだろう。
何故だろう。わからない。それでもこの手は勝手に、震えている大きな背中をそっと撫でてみていた。私は唯、それを見ている。
まるで私の両目がキャンバスだ。それは唯画集を捲るように絵を映し続ける。私はそれを見ていた。そうしたら、歌が聞こえた。口から勝手に歌が聞こえる。誰の口?
(……私の口だ)
歌っているのはリアだった。よくわからないが子守り歌のようなそれ。それを歌いながら不思議だなと思った。リアはこれまで歌いたいと思ったことが一度もなかった。何かを伝えたい。そのための手段は絵。自分には絵しかないと思っていた。
でも、何も絵だけではない。方法は他にもある。それなのに、どうして今まで自分は歌ってこなかったのだろう。振り返る。記憶の中の本。その頁を捲る。けれど自分が歌を口ずさんでいる姿は一枚もない。
「姉さんっ……マリア姉さんっ!!」
歌は彼に何かを届けたのだろうか。抱きしめられる……その力が増した。男は愛おしげに頬をすり寄せる。涙に触れる。
私は何?わからない。私はリア?本当に?
まだ仕上がらない絵には、リアの名前は記されていない。この部屋には何も私がリアだと証明してくれる物がないのだ。そう呼んでくれるリフルもいない。
唯、泣きじゃくる……大きな子供。彼は私を姉さんと呼ぶ。彼は私をマリアと呼んだ。
彼は少し前まで私を他人のようにお嬢さんとか貴女とかと呼んでいた。だから私はリアだった。それでも彼は、今は私をマリアと呼ぶのだ。
そう呼ばれる度に、私は奇妙な感覚へと陥る。夢と現の狭間に迷い込んでしまったような、曖昧な意識。
今居る所がそのどちらなのかわからない。唯……そのどちらかに迷い込んではいけないことを、私は……どうしてかそれを知っている。けれどどちらが行ってはならない場所なのか。それが解らない。だから私は揺れ動く。
私は……リアは、信じたい。今居る方が現だと。私はリア。しがない絵描き。ちょっと変わった経歴の、とても綺麗な友人が居る。彼には不思議な仲間が沢山いて、その人達はみんな変わっているけど面白くていい人ばかり。
私には夢がある。それはたった一枚、凄い絵を描くことだ。だってそれって凄いこと。
本当は一枚一枚その人のためにその人を見ながらじゃないと描けない絵。そうしなければその人を救えない絵。力になれない絵。
でも、目にしただけで人を安らかにして、優しい気持ちにして……悩みを吹き飛ばせるような、そんな最高の一枚を描くことが出来たなら。その一枚で、多くの人の悩みを消し去ることが出来るのだ。
私はそれを誰にも売らず、誰でも簡単に見ることが出来るようにしたい。それが私の……リアの夢。
リアは絵描き。歌わない。歌ってはいけない。いけないのだ。
歌ったら、それはもうリアじゃない。リアではなくなってしまうのだ。
(嫌だ、嫌だ……嫌だ)
いつの間にか泣いているのはリアの方だ。彼はそれに気付いた。気付く程度に落ち着いてきたのだ。
もう歌いたくない。歌ってはいけない。その心の声を彼が聞いたのかはわからない。結果として、彼はリアの歌を止めてくれた。
けれどその瞬間…………決定的に終止符を打たれた。そんな気がした。リアは絵描き。リアは変人。リアは女の子ですらない。そういう女の子がリア。恋をするなら絵だけ。絵を描くことだけがリアの人生。
だけど、思い出してしまった。
(そうだ、私は……リアじゃない)
贈られたのは目覚めの口付け。夢を見ていたのはリアの方だったのだ。
けれどそれは、リアという人間を眠らせる。覚めない眠りへと誘う口付け。
殺された。殺された。もうリアは、死んでしまった。
だから私は絵を描かない。筆を握ることはない。キャンバスと向き合うこともない。私はマリア。……彼の背中に手を回す。
このまま続き書いたらこの回の後半、18禁臭しかしない。
勿論例のごとくカット。
恒例行事として行間をお読みください。以上。
裏本編はどの章も必ず一回はエロシーン来るね。行間でだけれども。