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13:Exoriare aliquis nostris ex ossibus ultor.

 いつも私は不思議で仕方なかった。


 どうしてお母さんはエルムちゃんに隠れてアルムにばかりお菓子をくれるんだろう。

 どうしてお父さんはエルムちゃんじゃなくてアルムにばかり新しいお洋服を買ってくれるんだろう?


 私達は双子の混血児。彼は私の片割れ。それなのに同じじゃないなんて不公平。

 だから私は彼を追いかける。彼と一緒でいたくて。

 お菓子は二人で半分こ。お洋服だってエルムちゃんに半分あげる。

 それでもそうすればそうするほどに、彼は私を煩わしく思うのだ。


 今思えばそれも当然。私は女の子だけど彼は男の子。

 スカートやドレスなんか貰っても全然嬉しくないはずなのだ。それでもその頃の私は私と彼は同じだと考えていた。

 私が好きな物は彼も好き。私がされて嬉しいことは彼も嬉しい。そんな風に思い違いをしながら生きていた。

 それはつまり私という人間にとって、世界とは私主体の物であり、彼はその付属品にして従属者。私が彼を好きだという気持ちは、彼を捕らえ……支配を求めるものだった。

 そんな自分勝手な思い、彼が喜ぶはずもなかったのに。


 そんなことが解らない記憶の中の私は、彼を追いかける。ほら、また見つけた。

 エルムちゃんは隠れん坊が下手。私が見つけるのが上手いのかな。ううん、違う。それはたぶん、数術だ。

 私はgimmickから救い出された後、トーラにいろいろ調べられた。元々数術の才能が私にはあると出会った当初から言われてはいた。それが何のことかわからなかった当時の私はとりあえず褒められたことが嬉しくて笑い返したような気がする。

 笑えるような力なんかじゃなかったのにね。トーラは私に教えてくれた。数術っていうのは代償を必要とする魔法みたいな計算。

 私が本格的に力に目覚めたのは半年前……それでもその前から私は数術を使っていたのだという。


 「君たちは……第二世代の混血だね。ああ、これは別に君たちが混血から生まれたって意味じゃないよ。19……いや、20年前に誕生した混血。君たちはそこから7年遅れて誕生したわけだけど……僕は五年ごとに世代を分ける必要があると考えている」


 「僕は万能な数術使いだけど、僕にも扱えない術はある。リーちゃんなんかもってのほかだけど、僕らは第一世代の混血だ。……それは、音声数術」

 「音声、数術?」

 「音声数術ってのは理論だけはあっても現実に存在してこないとされてきた未開拓の分野。視覚、嗅覚、味覚、触覚数術ってのは存在するし数術使いにも扱えるんだけども……聴覚だけは人は操れないと言われてきたんだ。これまでずっと歴史上では」


 「勿論あれだよ。人間には出来ないってだけで聴覚に作用をもたらすものは存在する。聴覚数式を描く楽器なんてのは確かにあるんだ」

 「楽器?」

 「この場合は楽器が数術使い。曲が数式みたいなものかな」

 「……???」

 「あ、ああ。まぁ気にしないで」

 「うん」

 「だけど人間というその身体を楽器にすることは出来ない。そう言われてきた。集中も無しに発した音声……それが数式展開を引き起こすなんてのは熟練の数術使いでも無理。数術に秀でた第一世代だってそれは扱えない」


 喋っただけで数術は作れない。トーラはそう言う。でもそれはおかしい。私はそれだけでいろいろ破壊した覚えがある。


 「それが稀に……第二世代辺りから音声数術の才能を持った混血が生まれるようになった。第三世代の混血はもっととんでもない才能をもってたりするし、第四世代のことなんか考えたくもないね。もっとも第四世代は本当に赤ん坊とか幼児とかだから才能に目覚めてない子も多いから、しばらくは問題にならないだろうけど」

 「…………?」

 「あ、ああごめんね!脱線しちゃった。つまり僕が言いたいのはね……アルムちゃん、君たち双子には音声数術の才能があるんだ。その咽を潰されない限り君たちは速効発動の数術を紡ぐことが出来るってわけ」


 それって凄いの?そう尋ねたら彼女は頷いた。


 「僕が言いたいのは、その才能は以前から君が持っていたと言うことだよ。そしてその音声数術を君は制御できていない。つまりは常時発動してたんだ」


 それを聞かされたときは驚いた。そんな凄いことを私がやっていたとは信じられない。それを信じられなかったその日の私が、自分の顔を抓ってみる。今の私もやってみた。痛くない。それでもその日は痛かった。


 「代償がそこまで大きな数式ではなかったから君に何かがあったりはしなかったけど、アルムちゃん……君は物忘れが酷かったり、物覚えが悪かったりしたことはない?」


 そんなのいつものことだよと、私は力強く頷いた。


 「それが君の数術代償だったんだ」

 「え?」

 「君の代償は、記憶だよ。君はうっかりしているんじゃなくて、数術代償を引かれていたんだ」


 そんなことがあるのだろうか?これは自分が生まれ持った天性の……駄目駄目さなのだと思っていた。直そうと思っても直しようがない、そんなものだと思っていたのに。


 「本格的に調べてわかったんだけど……君が使ってた数術は、リーちゃんの邪眼みたいな……それを弱めたものに似ている。君はいろいろ失敗するけれどそれを許される愛嬌がある。それは君の外見の力でもありその声の力でもある。……君は人を惹き付ける。余程の混血嫌いでもない限り、君を憎く想う人間は居ない。君が笑えば周りは大抵のことを許してしまう」


 リフルの力。ディジットから聞いた。リフルには不思議な力がある。目が合った人を好きにならせてしまうと言う凄い力だ。

 私は出会った頃の彼のことは、綺麗なお姉さんだなくらいにしか思わなかったが、それは私も混血だからだ。

 私はその綺麗なお姉さんを好意的に捉えてはいたんだと思う。

 それは今も同じだ。いや、あの頃よりもっと好意的に思ってはいる。彼は私とエルムちゃんを助けるために大怪我を負ってしまった。昨日も私に優しい言葉をかけてくれた。微笑んでくれた。そうされると、大丈夫だよと言われたような気持ちになって……気負っていた心が僅かの余裕を取り戻す。明日からまた頑張ろう!そんな風に思った。それはとってもあたたかい気持ち。でもそれは恋愛感情などではない。だけれども、親しみは感じていた。同じ混血だし。

 そんな風に思う心。それも微弱な邪眼の力なのかもしれない。

 私の数術が、そんな力と似ているのだと記憶の中のトーラは言う。


 「それって……」

 「そう。つまりエルム君は、これまでずっとそんな君の傍で生きてきた。それはつまりずっと理不尽な状況だったってことで……アルムちゃんが意識して数術を使っていたわけじゃないんだけど、彼を苦しめていたのは事実」


 二人が平等だったとしても、その数術が彼に理不尽を与える。物心ついた頃から両親が私の方ばかり猫可愛がりしてきたのは、そういう絡繰りだった。

 答えは簡単。仕組まれていた。そして仕組んでいたのがこの私。

 彼が離れたがるのがわかる。傍にいることで彼を傷付け、辛い思いをさせて苦しめてきたのだ私は。


 「君が変わらなければ、彼が帰ってきたとしてもまた同じ事の繰り返しだ。アルムちゃんは数術の制御を覚えなければならない」

 制御できれば代償は減らない。私はうっかりしなくなる。失敗もなくなる。手の掛かる妹から、本来あるべき姿に……しっかり者のお姉ちゃんになれるのだ。

 エルムちゃんもそれを私に望んでいたはず。


(私が……私が、しっかりしなきゃ……)


 何でも1人で出来るようになるよ。エルムちゃんに頼らなくても大丈夫。エルムちゃんを困らせたりしない。

 私は私を押しつけない。彼のことを考える。それが本当の好きという気持ち。

 私は頑張る。だからいつか彼に許して欲しい。


 私を好きになってとはもう言わない。そんなこと許されるはずないから。

 私が許して欲しいのは、彼を好きだと思うこと。好きでいること。

 言葉を並べて逃げないで欲しい。いつか許されるような私になれたら、もう一度彼に伝えたい気持ちがある。

 その時は逃げないで欲しい。私も逃げない。どんな言葉で返されたとしても、それが彼の気持ちなのだと受け入れる。


 そのためにも彼に生きていて欲しい。彼の無事を確認したい。

 話はしなくて構わない。気付いて貰えなくてもいい。彼が生きていること。生きているなら唯、私はそれを知りたい。


 それが……私の望むこと。


 *


 「驚いたわね、まさか爺が混血狩りのメンバーだったなんて」


 アルムが目を開けると、もうエリザベスは起きていた。上の部分が鉄格子になっている鉄の扉越しに何やら文句を言っている。


 「どうせ老い先短いんだし、もっと有意義なことに時間使ったら?」

 「だからこそ、有意義なことに時間を使っている」


 聞こえた声はあのマスターのもの。どうして私はこんな牢屋に寝転がって居るんだろう。さっきまであの珈琲屋さんにいたはずなのに。

 アルムは首を傾げる。

 その様子が見えたのか、扉の向こうの男が忌々しげに舌打ちをした。そのことに、昨日見た夢を見た今の夢……その中に出てきたトーラの言葉を思い出した。

 あのマスターは、混血が嫌いなのだ。純血至上主義者なのだ。


(どうしよう……)


 それはつまり、私のせい。私が混血だからこんなことになった。エリザベスを巻き込んでしまった。

 これまでだって混血だからって大変な目には遭ってきた。それでもそれはいつも片割れと一緒だった。だから平気。アルムという人間は、何時如何なる状況下でも、彼さえ傍にいてくれれば十分幸せという幸せ過ぎる脳を持っていた。

 その相手が無関係の人というだけで、罪悪感を感じてしまう。それだけ自分が彼に依存し彼の気持ちも苦労も解っていなかった。そういうこと。それはとても恐ろしいこと。


 「そりゃあ私も混血が優遇されてて私みたいな可愛い子が端金で売買されてるって奴隷市場には苛っとしたりもするわよね。たかが毛色が違うくらいでなんだってのよって」


 エリザベスは怒っている。機嫌が悪そう。私が怒らせた?


 「でも、そうなのよ。“たがか、毛色が違うくらい”なのよ?そう思ったら怨むのも馬鹿馬鹿しくなっちゃったわ」


 違う。彼女の言葉は私を守ってくれる言葉だ。どうして?何で?

 彼女の名前を知ったのは今日。gimmickに捕まっていた最後の何日かにに、ご飯を届けてくれた人。

 唯それだけの関係なのに、彼女は私を守る言葉を紡いでくれる。


(リフル……)


 彼が感じていた恐怖とは、こういうものなのだろうか。それを想像し、肌が震えた。

 優しい言葉。その出所。それは本人達の意思ではなく、私がそう仕組んだもの。そうなのだとしたら、私は私が許せない。

 この半年、店に顔を出しに来るトーラやその部下に制御を教えてもらってはいた。それでもまだ完璧ではない。自信がない。疑えば疑うほど、制御が弱まってしまうような気がして怖い。


 「私みたいなピッチピチの青二才がここまで悟ってるわけ。それなのに爺……私より何十年長く生きてんの?それなのに解らないってお笑いぐさだわ」

 「ふん、お前などビッチビチの間違いではないのか?」

 「よし、爺。表に出やがれ。それ遺言な?」

 「誰が出るか。出すか。お前達は人質なんだ!少しは身をわきまえろ!少しは脅えるなり怖がるなりしたらどうなんだ」

 「えー……顔見知りに拉致られても。そんな危機感ないわー」

 「これだから最近の若者はっ……全くこの国もどんどん腐って行くのはお前達がそんな風に腑抜けているからだぞ!俺が若い頃は……」

 「っち……。これだから春の枯れた爺は。色仕掛けに靡かない男なんか男じゃないわよ。使えねぇ。潔くパイプカットでもしてきたら?どうせ使い物にならないんでしょ?」

 「喧しい!こちとらまだ現役だっ!」

 「え……マジで?うわ、ウケるー。遅漏?早漏?計ってあげるからちょっとこっちに来なさいな?」

 「そんな言葉で鍵は開けんからな」

 「っち……」


 二人の会話は早すぎて、三分の一くらいしかアルムには理解できなかった。その中にも謎の単語が含まれていてよくわからない。とりあえずエリザベスがマスターを挑発しているらしいことは理解できた。

 早口言葉をまくし立てていた二人も息切れになったのかしばらくの間。その後にマスターが語った言葉はこれまでのものより、少しだけ優しい響きを宿していた。マスターはエリザベスが嫌いなわけではないのだ。


 「…………ベス、お前だけなら後から逃がしてやってもいい。常連のよしみだ……混血狩りの目的はあくまで混血。匿うなら純血も容赦はしないが、それは不可抗力というものだ」

 「私いなくなったら爺の店潰れるんじゃない?……でも、なるほど。芋づる式?爺あんた釣り人だったのね。確かに1人で乗り込んでくるんじゃなくて仲間とか連れてくる可能性の方が強いわよね」

 「……あんな子供のために何故そこまで頑なになる?いつものお前なら……」


 それはアルムも疑問だった。しかしあんな子供というのが自分を差しているのではなく、フォースを差していると気付いて、何かが見えてきた。


 「ねぇ、クソ爺。このエリザベス様がいい格言教えてやるわ」

 「言ってみろ」

 「女は恋をし、男も恋した。ただし女が恋したのは彼の金。男が恋したのは彼女の身体」

 「ほう」

 「つまりは恋愛も結婚も一つの取引。ギブアンドテイクって奴よ。恋だの愛だのなんて一時的な感情だからね、ずっと続くことなんか無いのよ。だからその執行猶予期間内に夫婦や恋人ってのはそこから二人の関係をランクアップさせなきゃいけない。それが出来なかったら破局するのは当然のこと。だってどっちも本当の意味では好きでも何ともないんだもの」


 彼女が語る恋愛観。それはアルムにはよくわからない、難しい言葉の羅列。

 好きでもないのにどうして付き合ったり結婚したり出来るんだろう。わからない。自分は幾らエルムが好きでも付き合えないし結婚だって出来ないのに。


(お金って、そんなに大事かな……?よくわからないや)


 美味しいものを食べれば幸せ。可愛いリボンにお洋服。それを着るのは心が弾む。

 それでもないならないで困らない。別にそれが無くても私は生きていけるような気がする。

 失って困るのは、生きていけないと思うのは……彼だけなのだ。

 お金を払って彼の無事を確認出来るなら、これまで貰ってきたお給料。ディジットに言われるがまま貯めてきたそれを全部支払ってもいい。

 それでもそれを誰に払えば彼を見つけてくれる?トーラだってわからないのに。それならお金なんて本当に無意味。

 それでもエリザベスはお金が好きだと笑うのだ。その程度のモノが大好きだと言うのだ。人の命一つに届かないような無価値で無意味なものを。


 「私……男は好きよ。金になるもの。だけど愛してはいない」


 好きと愛は別のもの?それが同じ物だと思っていたアルムは驚いて、彼女を見つめた。


 「……私が好きなのは年下ね。少年はいいわ。男じゃないから」

 「…………男、じゃない?」


 アルムの口を吐いて出た言葉。それにエリザベスが振り向き、微笑む。


 「金に支配された世界では、人は愛なんかなくても寝れるのよ。欲に支配された奴は、世界を人を欲でしか測れない。相手を人として愛する才能を失ってしまう」


 「そうね……。彼が来る前に……1人の罪深い男の話をしてやるわ」



 *


 その男の生い立ちは、確かに哀れなものだったかもしれない。そこから彼が混血という生き物を憎むようになったのも、仕方のないことだったのかもしれない。

 時代の変化なんか悲しいもので彼が如何に素晴らしい職人でも、需要がなければ市場というのは成り立たない。

 平和呆けのシャトランジアが間を取り持ち、表面上落ち着いたカーネフェルとタロック。これに困るのはセネトレア。セネトレアという国はそれまで武器に防具、船を売り……戦争支援をすることに味を占めてきた連中。平和な世の中なんてものになってしまったらみんな職を失うわ。その男の両親が首を吊ったのは、正にそんな理由。

 人を殺すための武器。それでもそれを極めればそれは芸術とも呼ばれるレベル。男の父親の作る剣の輝きは、それはそれは見事なものだった。

 けれど売れなければ食っていけない。他に手に職もない。二国の平和がもたらした不安から、その時代のセネトレアは失業者で溢れかえった。先の見えない時代だから、少しでも手元に金を残しておきたい。他人に支払う金など鐚一文、渡してなるものか。だから男の両親が死を選んだのは、仕方がなかった。他に方法がなかった。

 その時その男はまだ若かった。何故二人が死んでしまったのかがわからなかった。だから男は必死に働いた。昼も夜も鉄を打ち続けた。剣を磨き続けた。売れないのは時代のせいではない。単純に力量不足。親父も自分も。それだけだ。

 それだけの理由など認めてなるものか。戦争なんてどうせすぐまた始まる。今を耐えればそれでいい。人は愚かだ。どうせすぐにまた殺し合う。

 雨露すすって木の皮囓って……口に出来るものなら何でも含んで、命を繋いだ。そうやって彼は必死に生き抜いた。

 そうして彼はこの国一番の職人になった。彼の武器に魅せられる者は多く、……そして続く平和も戦争に備えて彼の作品を欲しがった。

 余り得る金。それを稼いだ働きを議会に認められ……彼は身分を上げ、ついにはセネトレアの一つの島を治めるまでに至った。

 支配者になった男は考えた。自分と同じような苦しみを知る人間を作りたくはないと。

 だから彼は法を整えた。才能ある者、或いは努力を知る者、それには報われる機会を与えることにした。失業対策も行った。当時のその男は、民を本当に思える支配者だった。

 しかし時代は代わるもの。男が何より憎むものの一つ。世界には混血が誕生。

 そして始まる奴隷貿易。じわじわと起こっていた隔たった少子化も顕著になっていたこともあり、その市場は爆発的に拡大。金の流れは一気にその市場へとなだれ込む。

 再びだ。どれだけ腕を磨いても、法を整えても……領地ではばたばた人が死んでいく。殺されていく。不況の波に煽られて。

 世界は何処までも皮肉で悪質。悪いこととは続くもの。そんな時期に彼は妻の不貞を知ってしまった。その日から彼が憎むものがもう一つ増える。それは……女だ。

 彼が残虐公への階段を上り、人としての階段を下り始めたのはその頃から。


 二度同じ鉄は踏まない。彼は奴隷貿易を利用してやることにした。それこそが復讐なのだと男は信じた。

 武器を作りこれまで貯めた莫大な金。それを費やし、雇用を増加。城に大勢の人間を使用人として迎え入れた。

 それも未婚の娘ばかり。妻に不貞を犯されたのだから、結婚もせずに男と交わったことがあるような尻軽女は門前払い。その対応に、陰ではいろいろ領主の噂が囁かれたとか。

 それでも雇用は雇用。そんな娘を持つ親は、挙って娘を城へ向かわせた。

 認められれば多額の金を渡される。それは所謂俗世との手切れ金。契約時点で多額の金を支払う代わりに、一生城に拘束されるという身体の不自由が契約条件。それでも金を求める多くの女が彼の城へと入っていった。領主に妻は居ない。もう居ない。その心の隙を突けば、公爵夫人。

 そんな女達のあざとさと強かさ。それを計算した上での雇用だと、その内何人が気付いていただろう?おそらく一人もいない。彼女たちは金の魔力に魅せられて、判断能力が鈍っていたのだから。

 娘達には親の手に渡る手切れ金以外に入る金はない。ほとんど無いようなもの。そんな端金。

 馬鹿な娘達は信じていた。当然の如く。あれだけの金を気前よく渡す男なのだから、きっと給料も弾んでくれると。しかし契約書を確認すれば、そんなことは一言も明記されていない。彼女たちは戦慄する。なんということなの。これではまるで私達は奴隷契約を結んだようなものじゃない!!

 逃げだそうとしたならば、契約に乗っ取って何をされるかわからない。風の噂では彼の妻はそれは惨い殺され方をしたらしい。

 娘達は震え上がる。それでも強かな彼女たちは何時までもそうしてはいなかった。

 領主は他にも雇用をしていた。手切れ金などない、男の使用人。彼らは何者でも良かった。純血ならばそれでよかった。彼らはちゃんと給料を支払われていた。端金などではなく……多額の金を。

 それこそが、領主の罠だと彼女たちは気付かない。


 神に仕えるよう生涯清らかなまま、貴方様に仕えます。そういう契約。それが契約。

 領主は女を信じない。自分を裏切った妻と同じ低劣な生き物だと信じて疑わない。だから女という生き物の本性を暴き、引きずり出して、それを見下し嘲笑い……やはりお前も同じだとそんな失望を知り、容赦なく処刑する理由を手に入れる。全てはその段取り。女という生き物への復讐だ。

 男を知らない女は何も知らない。男を知っても何も知らない。

 それでも強かさは持っていた。この腹の子供は、領主様。貴方の子供にございます。

 そんな嘘が口から吐いて出る女は大勢。そして領主はほくそ笑む。


 「あれは夢だと思ったが……そうか現実だったのか。しかし私の寝所に忍び込んだのは誰だったのだろう?暗くて顔がよく見えなかった。しかしもう一度私を愛してくれたなら、きっと彼女が誰だかわかるはず」


 そんな言葉で女を一人ずつ部屋へと招き入れる。そして出てくる者がいないのに、次の女が呼ばれ、消えていく。その扉を潜る意味を、彼女たちは理解していたのだかどうだか。上機嫌で待っていたのだとしたらなんという喜劇。

 そこで彼女たちを待っていたのは、男が磨きに磨いた至高の作品!磨き上げられた芸術は、その時その場所では拷問器具で処刑道具。

 私を裏切ったなと、男は彼女たちをいたぶり……殺す。

 その時腹の中の子供がどうなったのかは、あまり知られていない。それでも男が女を部屋に呼ぶのは本当に出産間際の時期になってから。

 内から外から襲う、耐えがたい痛み。それを堪えたところで幸福などあり得ない。


 *


 あまりの話に、アルムは目を見開いた。口も開いている。でも何も言えない。

 エリザベスの話は難しかった。それでもそれが唯ならぬ空気を纏っていることは理解できた。とても恐ろしい話だったということも。


 扉の向こうにいる男は、黙ってそれを聞いていた。その話が終わると考え込むような声で、小さく誰かの名前を呟く。


 「アーヌルス…………前アルタニア公の話か」

 「まぁね」

 「ベス、お前はそこに働きに行ったんじゃなかったか?」

 「そうよ?私はあの糞爺に復讐するためにヴァレスタ様に協力したんだもの」


 やれやれと扉に向かって、肩をすくめながらエリザベスはそう答えた。


 「私は、そんな悲劇の中で一人の女が産み落とした子供だったわけ。生まれてすぐに奴隷貿易に流されたけど」

 「私の母親ってのはどっかの名家の令嬢だったんじゃない?あのご時世に珍しいタロック人外見の。アーヌルスも見た目はタロック人だしカーネフェル外見の私が生まれることはなくはないし。でも皮肉よね。純血で、良いところのお嬢さんから生まれた私が価値ない奴隷として生まれるなんて」


 稀少価値ある人間から生まれた自分に価値がない。物心着く前から奴隷人生。その中で復讐相手の名前を知った。それを告げる男に出会った。それは……あの悪魔のようなあの男。

 赤い赤い……真っ赤な瞳の怖い人。


 「……あの城で作られる、メインの商品は私みたいなのじゃなくて混血だった。男の使用人はタロック人。女の使用人はカーネフェル人がメインだったから当然だけど」


 武器を作っていた男は、他の仕事にも手をかけるようになった。復讐のため、時代の変化を受け入れて……また多くの復讐を生む仕事を始めてしまった。


 「あのおっさんは女への復讐をしながら、同時に混血への復讐もやっていた。もしかしたらそこの彼女もそんな風に生まれながら売り飛ばされた子かもしれないわ」


 不意に告げられた声。あ、……そう思った。私にもその復讐の権利があったのかもしれない。そう教えられた。

 そうだ。ある日私は気付いた。父も母もカーネフェル人。二人から混血の私達が生まれるはずがないと。後から先生に聞いた話だと、それは本当だった。カーネフェル人の外見色は劣性遺伝。エリザベスのように、カーネフェルの遺伝子を持つタロック人同士からは混血が生まれることがあっても、その逆はあり得ないのだと聞かされた。

 その頃の私はそんな裏付けは知らなかったけれど、父と母がその日を境にとても怖い人のように思えて仕方が無くなった。これまで両親と信じていた二人が全くの別人。私達は売られてきたのだろうか?それとも攫われてきたのだろうか?

 その日その瞬間から、私には弟しかいなくなったのだ。世界に二人だけ。私達二人だけ。私の世界は彼のもの。彼さえいるならそれで良い。彼もきっとそうなのだ。だって私達二人きりだから。……そう思っていた。

 自分の起源が、そんなおぞましいシステム。世界のどこかにいると信じた本当の父は何処の馬の骨とも知れない輩。女を混血を嘲笑うだけの欲の塊。いつか私と彼を優しく抱きしめてくれる。そう信じた母は何処にもいない。もう死んでいる。殺されている。

 そして私達双子は、決して望まれて作られたものではなかったのだ。愛し愛され生を受け、生まれたのではなかったのだ。

 金のために、欲のために、復讐のために……その過程で産み落とされた産物。


(気持ち、悪い……)


 そんなことを知ってしまうと、今吸っている空気。そんなおぞましいことが存在する世界の空気。それを取り込むことが物凄く汚らわしい。そんな気がして、猛烈な吐き気に襲われる。

 咳き込む私に気付いたエリザベスが背中をさすってくれるから、それを必死に押さえ込む。それでも……嗚呼、それが私の胃の中で暴れている。


(エルムちゃん……)


 彼が私を嫌いでも、それでも私は彼が好き。

 父と母が私と彼を愛してなどいなくても、私は彼を愛してる。

 彼の顔を、彼の声を思い出して、嫌な気分を振り払おうとする。


(…………あれ?)


 これまでずっと一緒にいたのに、半年彼を見ていないだけなのに。

 私は彼の顔を、彼の声を……さっきまで覚えていたはずのそれが思い出せない。


(何で!?どうして……!?)


 そのショックで吐き気もどこかへ行ってしまった。

 それが落ち着いたようにエリザベスの目には映ったのか、彼女は男との話を再開させる。

 その間もアルムは考える。必死でその理由を考える。


 「…………そんな風に稼いだ金で、あの男はまた武器を作る。素晴らしい武器を。そしてその素晴らしい武器で人を殺し続けた。……私はあの男が死んでせいせいするし、ああ良かったぁ!本当に心の底からそう思ったものだわ」


 生き続ける限り不幸な子供を、奴隷を作り出し続ける。だからあの男は死んで当然。死ぬべきよ。エリザベスはその死と復讐を肯定している。それを話半分でアルムは耳に入れていた。

 しかしそこにフォースが現れる。その話の中に。


 「だけど、そんな最低な残虐公を慕った馬鹿な子供がいた。その子供はまだ彼を殺した相手への復讐を忘れられない。そんなあいつを見て……私は私の罪を知った」


 それにアルムは思考を停止させられた。これまで散々愛なんてものとそれを貶してきたエリザベス。そんな彼女の言葉に、それが宿っていたのに気付いて。


 「復讐ってさ、どんなそれっぽい正統な理由があったとしても、誰の恨みも買わずにそれを成し遂げることなんか出来ないんだわ」


 その言葉は彼女自身に、そして扉の向こう側にいる男に。二人を諭すように紡がれる。


 「人って不思議な生き物よ。本当に端から見れば良いとこなしの最低人間。あんな奴でも誰かに慕われてたんだな…………その死を悲しむ人間がいるなんて、私はあいつに会うまで気付きもしなかった」


 自分が憎む相手でも、誰かに愛されている。その可能性を初めて知った。

 そんな奴世界に1人もいるものか。そう思い込んでいた。それは誤りだったのだと知らされた……彼女はそう言う。


 「だから私は私の復讐に迷いが生じた。それでも憎しみは捨てきれない。私が背負ってきた多くの不幸はあの男こそが元凶。あいつさえいなければ……その気持ちを殺すことは出来なかった」


 それならば、復讐は成し遂げられたのだろう。

 アルムも僅かに安堵する。ちゃんと悪い人は報いを受けたのか。少しは顔も知らない母も浮かばれる。そんな気がした。

 そして自分の醜さと、彼の凄さをすぐに知る。


 「だからあいつはほんとなら、私を憎み、私も殺そうとしてもいいはずなの。それなにあいつは、私を許した。信じられる?信じられないでしょ?」


(フォース君は……許した?)


 理解できない。

 自分の大好きな人を間接的に殺した相手。もし誰かがエルムをそんな風に殺したなら、自分はその人を許せるだろうか?

 アルムは自問自答。答えはすぐに出た。

 絶対に許せない。どんな手を使ってでも必ず復讐をして、殺してあげる。彼が味わった以上の苦しみを思い知らせてやる。泣いたって許しはしない。

 そう思う心。それが当然。そして……そんな自分がとても意地の悪い人間のように思えてとても苦しい。

 女の本性を暴くと、その領主は言った。その復讐。

 それが彼の顔も知らない自分の中にも息づいている。復讐相手に復讐されているという理不尽。彼の呪いは自分の内にまで刻み込まれている。

 残虐公に刻まれた母の痛み。その傷から腹の中まで染みこんだのだろうか。


 「だから私はあいつを信じた。こんな私を信じてくれた、あいつのためにも約束は守らなきゃならないの!私はこの子を連れて行かなきゃいけないし、この子を守らなきゃならない。お解りかしらクソ爺?」


 格好良くエリザベスが言い放つ。中指を立てる意味はわからないがとても決まっていた。今度真似してみよう。

 アルムがそう思ったその刹那……


 「な、何事だっ!?」


 鳴り響く轟音。それに扉の前を離れる男。


 「あ……、思い出した!!」


 私の、私の物忘れ。それは数術代償。

 つまり私は何らかの、数術を紡いでしまっていたのだ。

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