試しの塔(6)
「裏切られたとか、思う? 彼に」
身体も心も弱いロシュにとって、言いたいことを我慢したり本音を隠すのは、普通のことだった。
それだと却って相手を苛立たせてしまうかもしれないと思ったから、正直に尋ねてみた。
『すべてを賭けたはずの使命を取り上げられてしまったような感を持ったか、と言うことか?』
「うん」
『乾き人』は砂の形で存在し、魔力や水分を吸った時にヒト型に戻る魔法生物。
通常は幾重にも重ねて特殊な魔法をかけた清浄な砂に人間の意識を移し替えて作るのだが……。
もうひとつ。
主に主人にすさまじいまでの愛情を抱いた忠実な下僕や臣下が、正しく暗黒の炎に身を焼くことで変化する方法もある。
為人どころか名前も知らないけれど、目前の女性は迷いなく後者を選んだのではないかと、ロシュは直感した。
『まあ、悩んだことも確かにあったな。奴の為なら何でもする、誰よりも傍に居たいと息巻いて、『乾き人』になった──そうしでもしないと、いずれ奴と差し違えてしまうかもしれないと思った』
私の主は異様にモテるんだ、と照れ臭そうに言って、女戦士が微笑む。
「妬いたんだね。狂っちゃうくらいだった?」
『そうとも。彼と私は種族が違う、種族が違えば感覚も違う。恋人が皆に愛されるのは魔族の喜びだ。嫉妬は紅蓮の炎となって私の身体と心を焼き尽くし、名を朽ちさせた。あの方に頂いた、大切な名前だったのに。傍に居たいだなんて体の良い言い訳だ、彼に剣を向けないための手段に過ぎなかった』
名前をなくした女戦士が、ふと気づく。
『お前は他人と関わりたくないのではなかったか』
「そうだけど……無理なんだろうね。試練が始まってすぐなのに、もう分かっちゃった」
『もっと文句を言ったりしないのか。冒険が──もっと言えば人生が思うようにゆかぬと、分かってしまったんだろう?』
「うーん……」
文句を言ったって、現状は変わらない。
叔父の口癖を思い出す。
「無駄口を叩いているヒマがあったら野菜の一種類でも育てられるようにならんか」とうるさく言われるばかりだったけれど、厳しいだけだった叔父も、間違ったことを言っていたわけではないと思う。
「文句とか、言わないようにして来たから」
『なら良い。作業を続けられそうか』
「あ、うん。今度は警護しててもらわないと集中できなさそうだなーとか思ってるんだけど……ついててくれない?」
『私は構わん。お前の生命力を借りた恩もある。判断できないことだったとはいえ……済まないことをした』
「気にしないで」と軽く請合って、ロシュはグレーゴルの依頼を果たすべく再び動き始めた。
未だ乱雑な状態の物置を再びざっと整理し(仕事が進まないので妥協したが何日か経ったと思われる)、鎧兜の材質と同じ魔法鉱物をようやく発見し、時間をかけて形を整えた。
それからは、魔法の接着剤と工具を駆使して、原状復帰だけを目指して必死に取り組んだ。
他の事がからっきしダメな分、できる仕事を少しでも手抜きするわけには決して行かない。
空腹や排せつ、睡眠などの生理的欲求が少しも湧き起らないのをありがたく思いながら、集中力を保って、どうにか修繕を終える事ができた。
名前をなくした女戦士は静かに部屋の入り口に立ち、魔獣がロシュに近づかないよう見張りつづけていた。
少年が懸命になした仕事を見て、『見事だ』と青い目を細める。
「そうかな」
『なぜ謙遜などするんだ? 自信がないのか、己の為すことに』
「うん。畑仕事ができなきゃ、ぼくの国じゃ、居る意味ないんだ」
『そうなのか……我が王が理想とした連合国の姿とは言い難いようだな。さすがのドライバッハも、臣下に分け与えた国土の統治にまでは予測が及ばなかったと見える』
「120年も経ってたら、仕方ないよ」
『うむ。今更どうこうしようと思っているわけではないのだがな。まあ、後でゆっくり考えることにする。グレーゴルを呼ぶが、良いか』
「お願い」と言ったとたんに、女戦士が指を鳴らしたのに応えて、つるつるの骸骨戦士が姿を見せる。
『おー、終わったか! 苦労かけちまったな』
「うん、まあ、大変だったけど……できたよ。つけてみて」
2022/10/4更新。
2022/10/15更新。