片付け(2)
「そっか……そうなんだ」
なんだか微妙に納得できないような気もしなくはないが、とにかく1人で暗い地下迷宮をさまよわなくて済むのがうれしい。
ここはグレーゴルの提案に乗っかることにして、まずは自分の出来ることをするのが良い。
「じゃあ、さっそく取り掛かるね」
ロシュは背中のリュックサックを降ろすと、頑丈な手袋を両手につけた。
ちょっと緊張していていつもと順番が違っている。
腰まで伸ばした金髪をできるだけ手早くまとめて後ろでひとつに結び(ユェンと練習した)、スカーフで口と鼻を覆う。
それから違う大陸にある『灼土帝国』で有名な眼鏡屋さんに特注して作ってもらった眼鏡をかけて、やっと準備完了。
『ふーん。仕事モードはそんな感じかぁ。なかなかじゃん。おれ見学してていい?』
「んー、できれば1人がいいな。ごちゃごちゃ言いながらじゃないと作業できなくて……直したいんだけどねこの癖」
『個性の範疇だと思うけどな。まあいいや、じゃあ頼んだぜ』
ぼわんと派手な音を立てて(多分わざとだ)、グレーゴルがつるつる光る姿をどこかへと消した。
ロシュは小さく息をつき、お気に入りのツーピースの長袖をまくる。
依頼は漆黒の鎧の修繕、および部屋の片づけ。
敵は強大だが、するべきことは変わらない──強い興味があり、もしかしたら技能になる何かがあるんじゃないかとギルドの皆も言う、アイテムの管理だ。
基本的に鈍くてまぬけな自覚はいやというほどあるけれど、そんなこと関係なくやる気が出て来るのを、ロシュ自身も嬉しく思っていたりする。
胸がどきどきする。
ユェン姉さんが『活気』の魔法を込めてくれたスカーフの性能を信頼し、ためらうことなく深呼吸する。
「落ち着いて。分けて考えるんだ。まずは何があるか、大まかに理解する」
いつも通りだ。
これが、ぼくの出来ることだ。
眼鏡のフレームに触れる。
見る物品が壊れていようがホコリをかぶっていようが形状を看破し、その正体を見分ける作業を補助してくれる魔法の眼鏡が頼りだ。
物品の山の一角を、勇気をもって慎重に、下から崩した。
大きな鎧と斧が出て来た。巨人族の戦士が身に着ける武器防具だと眼鏡が教えてくれる。
「よーし、来い来い……」
巨大な武具の上に乱雑に積まれ、今がらがらと崩れ落ちてくる小物類をすべて手袋で受け止めた。
とりあえず自らの右隣りに積んでおく。
持ち主がテキトーに堆積させているものだからといって、小物の1つに至るまで疎かにしていい理由にはならない。
【運搬者】なら誰もが持つべき矜持であり、その専門職を選んだロシュの小さな意地である。
「よし」
自分の仕事に満足感を見出した(大事なことだとヴァレリア師匠が仰っていた)ロシュは、小物類が気になって仕方がなかったが、まず同じ要領で大きな物品を整頓してしまうことにした。
ぶっ壊れて錆びついた鉄の車輪や、バラバラになった大砲の砲身。猛牛を象った巨大な青銅の像までが出現した。
アイテムだらけの密林みたいだ。
集めておいたグレーゴル自身も忘れ果てて、きっと把握できていないに違いない。
まだ大きな物を掘り出してみただけなのだが、どうにも疲れていけない。
魔法の道具たちは作業をよく助けてくれるが、自分自身が身体強化魔法を自在に使ったり、機敏な動作で動けるわけではない。盛大なため息をつき、ぐいと背伸びする。
いきなり、息が身体に入らなくなった。
異様な疲れ具合と、どうやら無関係ではなさそうだ。
いつもは予定外の事が起きると頭が混乱してしまい、誰もいなければ泣き叫んでしまうこともあるのだが……。
今は何故か、やたらと頭が冴えていて、冷静でいられる。
ここは暗黒の魔力が満ちて渦巻く地下迷宮だ。何があったっておかしくない。
落ち着け、落ち着け。
何度も何度も念じて、ゆっくりと息を吸い、吐く。
ひゅう、ひゅう、と喉が鳴く。
小さい時に何度も経験した、喘息の発作と同じような状態だと分かる。
一方で、経験したことのない異常な疲労感は決して楽にならず、ますます強まる一方だ。
ロシュは周囲の全てを疑った。感覚を強引に研ぎ澄まし、急いで手掛かりを探す。
急いで。急いで、だが焦ってはダメだ。
確実な答えを見つけなければ、恐怖が収まることはない。
……何かに体力を吸われている……のか?
2022/9/26更新。