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試練、あるいは(6)

『よし、できた』

明朗な、自らの仕事を誇るような声とともに、即席の台座から消えていた眼鏡が戻ってきた。

手に取って確かめ、あるべき位置に戻す。

丸くて大きな、よく磨かれたレンズも、マーブル模様の入った鼈甲べっこうのフレームも(ライヒェルト兄さんがどれだけ先行投資をしてくれたものか、未だによくわかっていなかったりするのだが)。

いかにも高級な愛用の品に特に変化があるとは、ロシュには思えなかった。


『いい材料でいいデザインだからね、やたらと手を加えるのはどうかと思ったんだ。レンズの魔力とか魔法に対する性能を上げたくらいかな』

「えーと……具体的には」


『誰かや何かが魔法を用いようとする場合、必ず周囲の魔力がその誰かに集中するよね? 魔法の基本中の基本』

ロシュはゆっくりとうなずき、自然に頭に沸き起こる記憶に身を任せた。見たければ見ていいよと、言葉にはしなかったが、姿なき魔物にも許すつもりで。


『隋風の園』で最初に学んだ。

世界に満ち満ちる、空気や陽光のごとく身近な。

それでいて不可視、不可思議な力、魔力。

人間ひとも魔族も同じだ。

魔法を行使するためにはまず──それが周囲にあるか、体内にあるかを問わず──魔力を集中せねばならない。


そのための詠唱である。

そのための魔導具である。

何の手続きも必要とせずに様々な現象を引き起こせるとすれば、それは魔物や魔獣のみである。


魔法について知りたいと願ってすぐ、ヴァレリア師が多忙な時間をわざわざ割いて教えてくださったことだ。

才覚を持った人々も多いが、持つ魔力の多い少ないはほとんどかかわりがない、諦めずともよいと仰って、優しい先生は頭をくしゃりとなでてくださったものだ。


『ロシュ君の大事なものまで見ちゃった。なんか……うれしいな』

「……ライヒェルト兄さんも、見せてくれるといいね」

『うん。ぼく、今度こそ、いい人間になるよ』

「がんばって」

『ありがとう──って眼鏡の話してたんだよね。ええとね、かければ魔力の流れがはっきり見えるようしといたよ。宝探しにうってつけ。もしかしたら魔物とかの奇襲にも、今までよりは備えられるようになるかも』


不慮の事故や魔物の奇襲が少しでも減ってくれれば、それだけ目標に近づく速度も上がる。

これはロシュにとっても、とても良い成果である。

“彼”の悪戯にくらい、もっと引っかかってあげてもよかったかな、なんて思ってしまうほどだ。


『それならダンジョン全体に細工しときましたが?』

「へぇっ!?」

ロシュの思考を読み取ってか、魔物の声が最初に出くわしたときと同じような意地悪な響きを取り戻した。

『そりゃそーでしょ。誰がネギ背負った鴨(ターゲット)、簡単に逃がしますかって』

「ですよねー……はぁ」


『だ・か・らぁ、その眼鏡とか上手に使って、何とか乗りきりゃいいだけの話でしょうがよ。違う?』

「……違わない」


ロシュは盛大にため息をつき、それからアイテムボックスを開放した。

『試しの函』を取り出すと、さっき眼鏡を置いた台座に、同じく据え置いた。

『ほい、じゃあ取引成立だね。この先も頑張って~。(ちなみにこの部屋はあと数十秒で……)』


箱がふわりと浮いて、狭い部屋の中央にある細い柱の中へと吸い込まれる。

そして、姿のない魔物の気配も、すぐに消えてしまった。

ロシュは息をついてその場に腰を下ろしかけたものの、すぐに立ち上がらねばならなかった。


“彼”が気配を消す直前まで何か言っていたのを、思い出したのである。

わざと魔力の風の中に紛らわせていたのだろう、はっきり聴き取れはしなかったが……。

どこか楽しげだったような気がしてならない。

奴の楽しみといえば、そう──こちらが命を張る類の悪戯だっ!


部屋を取り囲む岩が、がたぴしと音を立てている。

ロシュは却って冷静に周囲を見渡し、わずかな魔力の輝きをも見逃すまいとした。


拳銃を取り出し威力の高そうな1発を込める。

『炸裂弾』。その威力にかけるしか、ない。


間に合うか。

間に合わせる。


わずかな燐光を放つ岩壁の一点に狙いをつける。

2023/5/15更新。

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